送局性障害の理解
4月23日。 前回の収録からしばらく空いてしまいました。
この間何をしてたかというと、 実はほとんど寝てました。
私は送局性障害っていう病を患ってまして、
結構もう長いんですけど、たまにこういうサイクルに入る時があります。
靴とまでは行かないんですけど、長い時間の睡眠が必要という時期ですね。
だいたい活動できるのが3時ぐらいっていう感じになるんですけど、そうするとまあできる行動が限られてますよね。
特に私がよく行っているスケートなんかは、リンクがね5時までしか空いてないので、3時からとなると難しいです。
陸で何かできることはないかなぁと思って、走る元気まではないんですね。
なので、ちょっと歩いて体を少し温めてから公園に行って、プログラムの練習をしたりしてます。
田舎なのであんまりそういうことをしている人がいないので、結構視線を感じたりするんですけど、やるしかないのでね、やってますね。
そうすると曲性障害になったきっかけなんですけど、発覚したのは鬱になった時ですね。
鬱になったきっかけは交通事故にあったんですけど、私が歩いている時にアクセルとブレーキを間違えた方に轢かれてしまったんですね。
コンビニに突っ込んでガラスが割れて、私はガラスと車の間に挟み込まれるような形になってしまって、そのままガラスが頭の上に降ってきたりとかしてるっていう状況までは覚えてるんですけど、
その後吹っ飛ばされて頭を打ってとかいろいろあったみたいなんですけど、その辺はちょっとあんまり記憶にないんですけど、死んだと思いましたね。
そのようなことがあって、ちょっとトラウマになってしまって、フラッシュバックとか言って思い出す、その状況を思い出すことが繰り返されているうちに鬱になってしまったんですね。
最初は鬱の治療をしてて、事故がきっかけってこともあるので先生はもう最初は鬱で診断してたんですけど、
よくよく見ていくと、ちょっと時間が経たないとわからなかったんですけど、これは僧侶性障害だってことになって、事故前の状態がたまに僧の状態があったっていうのに先生が気づきまして、
自分では僧の状態っていうのは気づきにくいらしいんですね。派手な行動をとるとかっていうのをよく言われますけど、見た目も派手になったりとか、行動も行動的になるだけではなくて、ちょっと普段は絶対しないようなこととかまでしてしまうっていう、
割と周りから見ると僧の状態の方が厄介らしいです。よく問題行動を起こすなんて言われますけど、僧の状態の時に起こすことが多くて、僧の状態に切り替わるのが急に切り替わるんですよ。
なので周りの人がちょっとついていけないってなったりすることがあります。鬱の時はもう動けないので、ある意味自分一人の問題というか、周りに迷惑をかけたり、周りとの関係が悪化したりっていうことは少ないんですけど、僧の時は行動的になっている分、周りの環境、周りの人に迷惑をかけたりすることがたくさんあります。
そして僧から鬱に転じる時に、結構危険なんですね。起死観念が出てきます。毎回ではないんですけど出てくることがあります。
そういう僧の状態っていうのを、実は秘めていた。でも自分では、そうだと気づかないので、病院に通ったりとか治療をしたりとかっていうことはしてなかったんですね。
鬱病と僧極性障害はやっぱり治療法が違うので、薬も違いますね。なのでその診断がつくまでは薬が効かなくってかなり苦労したんですけど、今はもう落ち着いてます。
まだ波はあるんですけど、激しい波ではないっていうので、起死観念だったりとか、すごく人に迷惑をかけるような僧状態とか、そういうのはないですね。でも波はあります、今でも。
薬の効果と自己受容
治療方針としてはこの波を少なくしていくっていうことなんですけど、最初は波がないっていうことが自分のアイデンティティを失われているような気がしたんですね。
それを受け入れるまでに結構時間がかかりました。心が死んだような感覚というか、こんな状態で生きてて意味があるのかなって思ったりしてました。
でも薬を最初の頃は受け入れられなくて、飲まないこととかもあったんですね。
いわゆる民間療法とか、レメディみたいなものとか、本当にあるとあらゆるものを試したんですけど、結局よくはならなくて。
ある時、しっかり薬を飲んでみたら逆にどうなんだろうっていう逆の方向からの気づきがありまして、薬を飲んだんですね。
そしたら落ち着きました、僧状は。
それが自分が前考えていた心が失われるんじゃないかっていう状態かどうかは正直判断ができないです。
でも今好きなものもありますし、恋人もいますし、死んでほしくないとか、会う約束をしようとかって言ってくれる人もいるので、
こういう一つ一つの目の前に現れる約束とか予定とか、そういうものが今私を活かしてるんだなって思います。
それに対して、もう悲しい気持ちとか喪失感みたいなのはないですね。
昔はやっぱりできてたことができなくなったっていう苦しさはあったんですけど、
今の病気になってすごく長いので、昔のことをもうだんだん思い出せなくなってるんですね。
好か不好か、それが今の状態を安定させているのかもしれないです。
もう今の状態が自分のアイデンティティだって思えるようになったところから、かなり気持ち的には楽になりますね。
無駄にあがかない、あるものを受け入れるっていう心境ですね。
ただ頭は働かなくなります、確実に。難しい文章が読めなくなるとか、数字に極端に弱くなるとか、
もう時計とかも苦手ですね。本当に数字は弱いです。
集中力のなさなんですかね、そういう症状は確実に出てきてます。
でもそれを考慮したとしても、薬を飲まない時より今の方が確実に症状は改善しています。
人によると思うんですけど、迷っている方は一度薬を受け入れてみるっていうことも可能性の中に入れてみたらいいんじゃないかなって思います。
よく薬で胃脱症状とか、もう辞める時にしんどいみたいなのが調べたらたくさん出てくるんですけど、
その辞めるまでの間が症状が落ち着いていたら、その時間を生きることができるんじゃないかなって思うんですよね。
結果的に薬を飲んだ方が私は生きることが楽になったっていう。
この先、薬をやめることになった時に胃脱症状がすごく出る可能性はありますよ。
あるんですけど、今現状として自分の症状を受け入れられるところまで持ってきているので、
これはこれでうまく付き合いながらという言い方になりますけど、これはこれで一つの手なんじゃないかなと思っています。
でももうちょっと元気になりたいですね。スケート滑りたいです。
今日ちょっと長くなったのでこの辺で終わりにしたいと思います。
ありがとうございました。