GOOD VIBES ミッドナイトラクザ by KURAZAMUKEIZU
こんばんは。ただいま2月6日月曜日の4時4分ですね。
今日は、かき揚げ塾のリアル講義をやってきまして、第7期の4回目ですね。
全部で6回、6ヶ月で6回なので、4回目ということはもう折り返し地点というか、4ヶ月目に差し掛かっているということで、
そろそろ気合い入れて書かないと、本が書き上がらないというような時期になってきたんですけどもね。
ここでちょっと私は今日、面白いワークを一つ発案してというか、実験なんですけど、まだ初めてやるんでね、どうなるかわからなかったんだけど、
前回のこの79話でね、今ここで小さくてもかけがえのない幸せに出会うというお話をしたんですよね。
要は、僕らはイベントとか行動の単位で自分のやっていることをいつも把握しているんだけど、
例えば今日どんな時に幸せを感じたかということをちょっと振り返ってみると、決してその行動名とかイベント名では表せない。
名もなき一瞬にそれが隠れているというか、隠れてはいないんですけどね。
名もなき一瞬にそれが起こっている、この僕らが幸せと感じるような出来事とかね、体験みたいなのがそこにあるんだというお話をした。
これで僕がその実験として、つか自分でね、どんな時に幸せを感じたかを書き出してみたんですね。
それも放送の中で、なんか2匹の猫と天津あまぐりを食べた時みたいなことでお話したと思うんだけど、
あれを書いていてね、これはちょっと文章の練習にすごく適してるなと思ったんですね。
その話もしたかな、ちょっと覚えてないんだけど。
これを早速ですね、書き上げ塾の皆さんにやっていただこうと思って。
しかもその、どんな時に幸せを感じたかっていうのを書くのは悪い気はしませんからね。
まあその幸せって言われてもないなみたいなことが出てくると困るんで、
幸せにハードルが高いなと思ったら、いいことでもいいし、ちょっといいことでもいいし、
なんとなくニヤッと笑ったぐらいでもなんでもいいんで、
とにかくその心がね、なんかいい感じに動いた瞬間を書いてくださいっていう風にお願いして、
15分ぐらい書いてもらったんですね。
で、この後にですね、まあワークなので、ただ書いていただいて終わりってわけにはいかなくて、
もう1個追加付け加えようかなと思ったんですね。
で、それは書いた項目が、この五感のね、視覚とか聴覚とか味覚とかありますよね。
この五感のどこでキャッチしたかっていうのを、読んだ後にね、一義を書いたのを読んだ後に、
これは視覚でキャッチしました、みたいなことを添えてもらうっていうワークをやったんですよ。
で、これで多くのものは、これは見たやつですね、視覚です、これは聞いたやつですね、味わったやつです、
ってことで言えるんだけど、中にはね、時々それが出せないものもあるんですよ。
例えばその僕が書いたとしてね、この今日の書き上げ軸でいい時間を過ごしたって、もし書いたとしたら、
それは視覚、聴覚、味覚、触覚どれって言われた時に、どれだろうってなるわけね、すぐに測答できない。
っていうことは、これは書き上げ軸でいい時間を過ごしたっていう、この描写はですね、瞬間を捉えてないってことがわかるんですね。
これは帯で捉えてるんですね。書き上げ軸が3時間半の講義の後、2時間の懇親会がある、それをいい時間を過ごしたと言ってることは、
これは瞬間を捉えてない、これがすぐにわかるんですよ。
おお、そうかそうか、五感がこのどこにも入ってないなってやつだね。
これに気づくことで、その瞬間を描写する、切り取るためには、五感を働かせる必要があるんだなっていうことがわかりますよね。
今日私がたくさんいいのが出たんですけどね、15歳の皆さんがだいたい10個以上書いてくれたんで、
無数の幸せな瞬間が並んで、これを見てるだけでもね、もうみんなで読み合わせをしながら楽しいひと時なんだけども、
例えばその中で私がおおと思ったのはね、味噌ラーメンのスープの底に味噌の大豆を見つけたっていうね、
これがやっぱり一番今回僕が気に入ったやつかな。
これは味が入ってますね、味覚が当然入ってる、味噌ラーメンを食べてますからね。
でもこの切り取った瞬間は、大豆を見たっていう視覚のところなんですよね。
何がいいのって、これ一瞬と思うんだけども、よく読んで何度も読んでると、
なるほどと、この味噌ラーメンの味噌にまさかこの大豆が粒が入ってるっていうのはなかなか思わないよな、
これはもしかしていい味噌使ってるんじゃないかみたいなね、多分そういう感動なんですね。
ここにそれが美味しかったと書いてないのもいいんですよね。
この美味しいはやっぱり瞬間を切り取ってるというよりは、後から振り返って美味しかったなみたいなことを判断、ジャッジしてるっていうね。
これを読み手に感じさせるっていう、この書き方をすると、このワークの一番いい例というか、
僕が書いてほしいような文章になっていくっていうね。
これをやって、ちょっとまだいくつかブラッシュアップしないといけない部分も見つかったんですけどね。
これやっぱり行数を決めておいた方がいいなって。
一行で書くっていうのがベストだなとかね、いろんなことが分かったんですけどね。
なんかこれはちょっと書き上げ塾のワーク、もしくはエフタさんってやってる執筆教室とかでも取り入れてみようかなと思ったんですけどね。
佐々木さんもすんげえいっぱい書いてくれて、帰りにこのワークをツイッターでつぶやいていますみたいなことをね。
でもこれツイッターにつぶやくのもこの一行って悪くないよねとかね。
そんな感じの取り組みだったんだけども。
これをやりながらね、改めて私はですね、この五感というのはすごい第一だなという感じがしたのね。
というのはその五感で僕らが捉えるものっていうのは基本的には現実だと思うんですね。
もちろんこの番組でよくお話ししているように、僕らの心というのは五感にこういうふうに見ろっていう命令をするんでね。
やっぱりありのままを捉えているかどうかっていうのはちょっと微妙なんだけども、より現実に近いでしょうと。
見ているもの、聞いているものね、味わっているものは。
一方でこの番組でも問題とされているね、ここをなんとか解消したいなという部分がいつも思考なんですね。
頭の考え、良くないことを考える、未来の不安を考える、過去のことを考えて後悔するみたいなね。
この考えがやっぱり僕らの心を結構痛めつけているっていう、この考えている時間というのはやっぱり心象、現実ではなくてね、完全にないものなんですね。
場合によってはもう本当に頭の中で作り出した空想妄想だったりする。
つまり僕らはいつもこの二つの世界を生きているってことですよね。
一つは五感で捉えているその現実、より現実に近い世界ね。
もう一つが頭の中で作り出す、考えによって生まれる心象の中にいるっていうね、こちらの世界っていう。
どちらが長いかっつったらもしかしたらね、場合によっては頭で考えているこの心象の世界にいる時間の方が長い可能性もありますよね。
結構もしかしたら24時間のうち5分ぐらいしかね、その五感で捉えた現実の世界というのにはいないかもしれない。
こういうふうに僕らは生きているんだけども、そんな中でね、今日どんな時に幸せを感じたか、幸せを感じた瞬間を描いてみる、描写してみるっていうね。
それも人に伝わるように描写してみる、丁寧に描写してみるっていうことを通じて、案外この現実も悪くないなっていうことをね、自分に教えられるんじゃないかなっていうのがまず一つあったんですよ。
要は多分僕らはね、自分の周りにある現実をあまり良いものと捉えてないというかね、危険なものだったり危ないものだったり厄介なものだったりそんなふうに捉えているので、なかなかここに向き合いたくない。
だからどうしてもその頭で考えている方の心象に行ってしまうっていうね、多分そういう力が働いているんじゃないかなって感じがするんですね。
でもそれでね、実際にそのなんていうのかな、その心象を作り出しながらね、現実より良い状態、現実を見るよりも良い状態になっているかって言ったら実はそれは真逆でね、やっぱりこれが僕らの悩みとか恐れや不安、怒りだったりね、そういうものの根源にやっぱりなってるんですよね。
だからなんとかこの思考を止めるというか、余計なことを考えないようにしたいんですよ。
これにこの五感を使って今ここを切り取るというこのワークが非常に良いっていうのが2番目なんですよね。
一つ目はその現実は悪くないっていうのを結構自分で自覚できるっていう。
しかもこの取り組みをしてるとやっぱりキャッチしたくなるんでね。
なるほど、五感で捉えて僕らはこの幸せを感じてるんだなっていうね、頭で考えて感じてるんじゃなくて、まずは何かをキャッチしてるんだな、外からね。
それはまさに現実の何かを捉えてキャッチしてる。
ここが分かるとこれをやり続けてればもしかしたら余計なことを考えずに済むかもしれないなっていうね。
そういう救いのようなものが出てくるんだけども、実はこれを私は普段結構よくやってましてね。
自分へのトレーニングというか、まさにこのメソッドのような形で使ってるものがあってね。
それを今日ちょっと紹介しようかなと思いました。
要はね、これは現実を五感で捉えてから考えましょうっていう話なんですよ。
僕らはおそらく考えてから何かしようとする。
そうではなくて、まず現実に直面してそこからそれについて考えようっていうやり方なんですね。
一時が万事それでいけるかというと、そんなことはないかもしれないんだけどね。
練習のためにあえてこのやり方を採用してみるっていう、それほど困ったことも起こらないのでね。
僕がこのやり方を思いついたそのきっかけっていうのはね、基本的にはその打ち合わせなんですよ。
編集者の頃から、例えばそのデザイナーさんと打ち合わせをするって機会は結構あって。
今日までそれ以降もね、この一つの企画について誰かと複数人で打ち合わせをするっていうね。
だから形のないものですね。
形のないものについてどんなふうに仕上げていくかっていうこの打ち合わせをするときに、何もない状態でね。
僕はこれを手ぶらって言ってるんだけど、手ぶらで話していると、もうそもそも最初に持っているお互いのイメージっていうのがね、ずれてるんですね。
かっこいいの作りたいねって言ったとしても、そのかっこよさがずれてるんですよ。
どういうかっこよさかみたいなので、擦り合わせすると全然違ったりするわけね。
だからそのなんだろうな、ヨーロッパ風なのかアメリカ風なのか、それともアジア風なのかみたいなことだってあるし、時代もありますよね。
ものすごく最先端のね、まさに今風のかっこよさなのか。
それとも50年代、60年代とかいうレトロなかっこよさなのかっていうだけでも違うから、本当に個々の東西っていう感じね。
ここがずれるんですよね。
だからこの状態で話してると、いつまでも折り合わないというかね、ディテールで揉めたりとか、いつか必ず方向性で揉めたりする。
でもこれはね、目指すところが最初からずれてますから、当たり前っちゃ当たり前なんですね。
こういう時にほんのちょっとしたラフがあるだけで、少しでも形が目の前にポンと提示されるだけで、一致する点が増えていくんですね。
だからそうすると誤解がなくなって、その頭の中のゴールが統一されていくっていう。
だから僕はこの手ぶらで打ち合わせするっていうのをなるべく避けていて、ちょっとでもいいから、
例えばウェブサイトだったらね、ちょっとしたこの下書きでもなんでもいいんで、デザインでもキャラクターでもこういう感じみたいなね、
そういうラフみたいなものがあるかないかでちょっとここは大きく変わっていくっていうね、そんな経験をしていて、
これでその現実を互換で捉えてから考えるっていうね、この癖がついたっていうのもあるのかもしれない。
まあでもだからといってね、これはちなみになんだけど、よくあるこういう感じとか言って、
その似てるサンプルを持ってくるっていうのはまたこれ別の話なんですよね。
こういう感じでミッキーマウス持ってきてこんなキャラクターみたいな、そういうのはやらない方がいいんですよね。
それやるとすごい腕のいいデザイナーでね、早いとこパパッと片付けたいなと思ってる人はもうそっくりに仕上げてくれるんで、
それが望みではないんですよね。
こういう感じっていうそのなんていうのかな、言葉で伝えなきゃいけないところもやっぱあることはあるんですよ。
ドンズバでミッキーマウスの絵を見せてこういうキャラクター作ってっていうのはやっぱ僕としてはね、
これはちょっとボハッとかなみたいな感じがあって、そうではなくて自分の頭の中にあるイメージを少しでもいいから形にしてね、
まさにお互いが真相を見て揉めないようにするっていうかね、その代わりにしっかりと現実を提示するっていうそんな感じなんですよね。
で、これ私はちょっと今回造語を一つ思いつきましてね、素直の素に考えるの思考の子で、スコーっていうね。
これ要は何かっていうと野球の練習でボールを打たずにバットを振るのを素振りって言いますよね。
だから剣道でもありますよね。相手がいないんだけど竹刀を振ってる、これを素振りというね。
これで同じようにこの目の前に対象がない状態でそれについて考えることをスコーという風にね。
今回この話をするためにだけに編み出した造語なんですけどね。
要はできるだけスコーしないようにするってことなんですよ。