まあやめるわけにもいかないわけですよね 趣味といえどもですねやっぱりこう一旦何かを始めたらね
それをできれば大切にずっと続けていきたいなぁというのはありますからね 音楽文書を書く絵を書くいろんなね
でこれは実はその私が緑の本グッドバイブスご機嫌な仕事を書くにあたって これについてはっきりとこの本の中で名言はしてないんですけどね
一つ僕がその自分がそれができるようになるっていうのが大きな 課題みたいなものそして一つの実験としてね
本当にこういう時僕らはどうすれば続けられるんだろうっていうのを この本を書きながらなんか実験をした数年間だったような感じがするんですね
でだから私はその本ができつつある2018年ぐらいから 日刊のブログというのをねこれ実は人生初なんですよ
以前やってた例えばゾノスタイルとかねガジェットライフハク系のブログは不定期に書いてましたから 週に2本の時もあれば3本の時もある
もしかしたら月に2本ぐらいしか書かない時もあるみたいなね なんかね日刊ブログというもので自分を縛るのがとても嫌でね
それはそれだけはやめようと思ったんだけどなんかこの本を書くにあたっておそらくこの 悩みというのは絶対に寄せられるだろうなぁと
継続をする定期的に継続をするという だから私はこれをやっぱり経験してみてどんな問題が起こり
どんな心を自分の中に持てばこれが解決するのかっていうのを試してみたくてね 2018年本が完成する間際ぐらいから日刊のブログを始めたんですね
確か土日はお休みで平日5本書くというそんなペースだったと思うんだけども 最初はねちょっとビビってて文字数を減らそうみたいなね
本当にもう一言二言多分300とか500以内ぐらいに収めてたんですよ しかもこの本のダイジェストのような感じでね
すでにも書いてしまったことを少しこうなんだろうな ようやくのように書いていくと本の紹介
本のプロモーションみたいな感じだったのかな ところがやっぱりこう物書きの差がというのがね
だんだんだんだんこう出てきまして 500じゃ物足りないんでだんだん800、1000とかいうふうに伸びていくんですよ
これは私のgoodbybys.workというね 公式サイトに行っていただければ今でも全話残っているので
1話からたどっていっていただけるとその文字が増えていく様子がもう如実にわかる
確か20話30話あたりからどんどん1000、2000とかって伸びていって 最後は中盤あたりからはだいたい3000が平均ぐらいになったのかな
短くても2000、長くて3000、もっと長い時は4000ぐらいいった回もあった気がします
ブログが待ってるわけですよ 平日はね
もう誰もいないまあやべせる子さんはいるんですけど まあ彼女はもう私が10
19かな20歳ぐらいの時からその大学の後輩でね お付き合いがあるもうあらゆることを見ている方なんで
グッドバイブスじゃない自分みたいなのを見せても全然問題ないんでね 車の中で絶叫してましたね書きたくねー
っていうね本当にブルーかけたくない今日はみたいなことをこう 王様の耳はロボムノーバの耳みたいなね
あのどうしても言わざるを得なかった彼いるじゃないですかどうあのね あのなんかホラーなかなんかじゃないな子アナカなんかに言うんですよね
王様のフィニアロボの耳いてあれと同じようにね 書きたくねーブルー書きたくねーってなんでこんなの始めたんだやめてみたいなことを
時にはその窓を開けてね ガーッとこう
首都高かなんかと高速が通ってないから全部下道通ったんだ 公衆街道かなんかでね車が大パーッと通る中5外に向けて書きたくねーってこう叫ん
でましたね そんな感じ
こういう諸々か普通にかける日もあればものすごく書きにくい日もあるというのを 経験しながらね
で同時にその時ねあのチェン実というのもありましてね これが週に1回この私はまたチェン実でやめとけばいいんだけど
週に1本で2000字ってのはちょっと物足りないだろうみたいなことを勝手にね自分で 決めましてね
ここは4000とか6000多い時は9000ぐらい解散せよ これを日刊のブログに加えて週1週1本で書くとでこれをやりながら
私は今言ったねその気分が乗らないときどうすればいいんだっていうこの解決法を ずっと模索してたわけですね
で結論から言うとですね本当に何かこう申し訳ないなって気持ちがちょっとあるんです けどね
気分は関係ないというのが私の結論ですこれは今も変わりません 今もですね
グッドバイブスファクトリーにその日刊のワークアウトを書いてます そして最近ではこのポッドキャストも始めました
やりたくねーって思う時ありますよやっぱり書きたくねーって思う時ありますよ でも関係ないんですできるんですそれがね
でどうしてだっていうこれが多分今日のお話になるんだけど えっとですねこういう時はね2人の自分というのを想定するんですね
でグッドバイブス私の話はこの2人の自分からよく出てくるんですよ 本当に2人いるわけじゃないんですね
でもなんとなくその2人の自分がいると想定するということで随分と問題が整理しやすく なってくる
何を修正すればいいかがわかりやすくなってくるんですね でこれもその悩みとかね問題によってこの2人の自分は名称が変わるんですけどね
まあでも本質はいつも同じ2人なんですよでもわかりやすいようにこう その時その時に応じてねこの問題だったらこの2人の名称っていう感じで僕は説明してるんだけど
この書けないそれから何か自分がやりたいことがなかなかできないと気分によってね そういう時に使うのはまずは一つはやりたい自分ですよ
そもそもやりたい自分がいなければこの悩みは起きないんですねこれは葛藤なんですよ やりたいのに気分が乗らなくてできないという葛藤ですよね
だから2人の自分なんですよまずここにやりたい自分というのがいるわけ 私で言えば毎日ブログを更新したいっていう自分がいるわけですね
繰り返しますけどこれがいなければ悩みは起きないんですね やりたくなければやらないで終わりなんで
悩むということはこの自分がいながらにしてもう一人 書きたくない自分というのがいるわけですこの2人で書きたい自分と書きたくない自分
これだとあまり解決にならないんだけども書きたい自分はそのままでいいんです ただしこいつはどういう自分かというとね
書きたいというのは多分なんつーのかな心の中からこれがやってみたいっていう なんつー単純な思いなんですよ
非常にピュアな思いなんですよこれをやってみたいっていうのはね でこれはどちらかというと僕はねなんかやっぱ子供心に近いなって感じがするんです
この書きたいよーって感じね なんか小さな子供自分がまあそうだな小学校低学年ぐらいかな
中学年ぐらい4,5年生ぐらいまでかな なんかこう自分が趣味にハマったりねなんか僕はね漫画家になりたいなと思った時期が
あって わらばんしですけどね当時ねわらばんしにあのペンは一応買ってねインクをつけてこう
漫画教室みたいな当時売ってた本を書きながら見ながらね 下書きしてペン入れしてみたいなことをやってで学校にその閉じたわらばんしをね書いたわらばんしの
本を持って行ってこう見せたりしてたんだけどこの時の気持ちってすごいピュアなんですよ 別にそれでお金儲けようとかなんとか友達に褒められるっていうのは後の方で出てきたかな
なんか喜んでもらえるっていうのはちょっとあったんだけどもそれとそれよりも書きたいと 書いてみたいね
その後はまああの音楽やり始めてオーケストラに入って 楽器を演奏したいっていうこのピュアな感じ
これが今でも僕らの中に多分あるんですよ それがブログを書きたいとかねポッドキャストをやってみたいとかね
この仕事をやってみたいっていうのもおそらく少しそこの部分が使われているはずなんですよ ねでここに対してその同じね私の中に
そうやりたいことを止める自分がいるっていう風に捉えるんですね これやっぱりそうでしかないんですよ
気分が乗らない乗らないということは止めてるんですね 例えばね子供はね多分気分が乗らないとかなんか興味を失うとかっていうのは興味を
失うはあるかもしれないけど気分が乗るとか乗らないとかあんま考えずにただやるんです よね
やりたいと思ったらねだからこの気分が乗らなくなるということは自分の中にですね やめろって言ってる自分がいると考えるのが僕は一番いいと思ってるんですね
でもまあよく考えるとおかしな話なんですよねやりたい自分がいるその反面もう一人の 自分がやめろというと
このやめろという自分の正体をね解き明かしていくとなるほどだからやめろと言うんだ っていうふうにちょっとわかってくる
僕はねここにそのさっきねやりたい自分は子供のような自分だと言ったんだけども まさにね私が子供の頃っていうのを思い描くわけですよ
この時やりたいと思ったことは全部やらしてもらえたかっていう問いなんですね 多分そんなことはないんですよ
そこにやっていいとかやってはいけないっていう存在がいたんですねこれがまあ 保護者としておきましょうかね保護者がいたんですよ
この人がえっと私にそれをやっていいやってやってはダメだっていうね なんていうのかな判断をするんですね
でその基準は何かっていうとおそらくだけど安全か危険かだったと思うんですよ まあいろんな意味でね直接的にその何か危ないことをすんなダメよってこれはもう
なんでやりやると怪我するとかね そういうことですねそれとは別にもうちょいこのなんていうかな人生を長く見てそれを
やるとろくな人間ならないとかね それをやるといい学校に入れなくなるとか
こういう読みでもその危険だからやめろっていう 判断はできるはずなんですよね
この保護者のもとに僕らは長いこと置かれて ジャッジをしてもらってたわけですよ
やっていいやっていいダメダメダメ例えばその宿題がいっぱいあるのに何々ちゃんと ちょっと虫を取りに行きたいんだけどいいかなダメですよ宿題をやってから
みたいなことが指導が入るわけ でこれをね僕らはいつまでその指導を受けてたかってこう
振り返ってみるとねものすごく曖昧だってことがわかるんですよ まあこれも人によって違うでしょうね
私の場合はかなりもうそうだなぁでもやっぱ高校ぐらいまでは言われてた気がしますね 大学で東京に出てからはもうあの好きなことをやると私は決めていたので
一切その親の助言も聞かなかったし言わなかったですけどね だからまあ私の場合は178位ぐらいでそこは終わったんであとは自分で決めるという
そこの割と9区切りははっきりしてるんだけどね でもなんかよく考えるとね顔色気にしてるみたいなことがあるので
なんかもしかしたら僕は二十歳すぎてもそこはこう 完全には解放されてないのかなーって感じもしなくはないですね
これが猫曖昧なんですよなんかこうここから先は終わり保護者はもういなくなります みたいなその線引きがされてるんじゃなくて
なんかグラデーションの中でちょっと弱まっていきながら 自分でやるかやらないか決めるみたいな世界に入っていくんだけども
この時にねこのグラデーションの中で私たちは 一人でポンと放り出されるっていうのがやっぱちょっと怖いんですよね
このジャッジしてくれる保護者がいないっていうのはちょっと不安なので これをね自分の心の中に持つんですよ
これがもう一人の自分なんですでこの自分の使命というかね役割というのは徹底的に その私のね子供としての自分を守り抜くっていうこういう役割を
まあ使命感というかね責任を担っているようなものが自分の中にもう一人いるわけね でしかもこいつはですねその本当の保護者じゃなくてその保護者のな原因みたいなものを
心の中に持っているんでちょっとねやり口がおかしいんですよ 一つはねものすごくやりすぎる
例えるならばその可愛い子には旅をさせろってあるじゃないですか これの真逆をいくんですよ
絶対に旅はさせない可愛いからこそ絶対に旅はさせない ここにいなさいと安全なところにいなさいっていうね
まあ本当の保護者だったら話し合えばわかってくれるんだけどこれ自分の中に持ってますから なかなかねそういうふうにうまく働いてくれないですね
とにかくさっき言った徹底的に自分を守るんだっていうこの9感覚だけでこう存在しているような感じ まあ要は
あらゆる危機を想定してね最悪の事態を想定して自分がいかに酷い目に合わないのか っていうことね一生懸命こいつは守ろうと守ろうとしてくれるんですね
まあありがたい存在ではあるんですけどね 遺憾性さっき言ったようにやり方に問題があるんですよ
とにかくこのもう一人の自分のね保護者としての自分の まあやりすぎな保護者と言いましょうかやりすぎな保護者の自分は
どうやって安全を担保するかというと動かなければ安全だっていう むちゃくちゃな手法を取るんですよ
うんだから何何かすれば必ず失敗する可能性うまくいかない可能性バカにする可能性 誰かと比べて下になる可能性
それから何かを完璧にやろうと思ってもできないがっかり自分にがっかりする可能性っていう のがもうあらゆる動く動けば必ず一つ二つ3つは発生するわけね
で まあ本当のいわゆるこう人間の保護者だったらまあそういう目にもあってきてこの子のためになるん
じゃないかみたいな風に考えてくれるんだけど このなんていうのかな自分の心の中に持っている原影としてのね保護者は単純というかね
むちゃくちゃというかねかなりおかしなやり方をしてくるわけね そのやりたい自分ねその本来の自分がお伺いを立てるわけですよ
これやっていいってそしたらちょっと見せてつってそのやろうとしていることをもう一人の 自分が眺めるのね
とねああでもねこれねやり始めたら絶対苦労するよ これすごくめんどくさいよ時間もかかるよもうきっと眠たくなって嫌になるよ
でねしかもこれあの出来上がったものをね人に見せるでしょ そうするとなんだこれつってバカにされるよ
もっとねあのそれだけならいいけどこういうことやってる人他にいっぱいいるでしょ その人たちを見たらね
なんか自分の方が全然ダメだってがっかりするよ 今あなたねこれね完璧に仕上げたいと思ってるでしょ
きっとできないからやめておきなさいって言うんですよ だから何を何をやろうとしてもちょっとでもね
そのそこに危険とかリスクとか見えるとね このやりすぎな保護者は僕らを止めようとするわけね
でもちろんそういう今言ったような会話が自分の中でなされるんじゃなくて このやりすぎな会保護者はねものすごく巧妙な手口を作っ使ってくるわけ
3つあるんですよね一つはえっとその今言ったような保護者が言ったようなその 未来に何が起こるかということを考えろって言うわけですね
そして僕らはその通りに予想するわけですよ大変そうだなぁ キツそうだなぁね私がもうまさにそのライブハウスライブハウスから帰る車の中で
やってたことですよ このまま帰って4時から書くなんて絶対キツいよって
それを予想すると頭の中にねこの番組でもいつも言っている心の像が出来上がり ストーリーが出来上がり
恐れや不安が湧き上がってくるわけですねその対象に近づきたくなくなる 逃げたくなるんですよこれが一つ未来良くない未来を予想させて
恐れや不安を抱かせるねで2番目はそうやってできないことが続くじゃないですか できないんじゃなくてやらないんですけどね
やらないことが続くとどんどんどんどん罪悪感を抱くんですよ これがまあとどめになるわけね
罪悪感を抱くと自分が弱くなるますます動けなくなる 自分はダメだって自信も失うね
恐れや不安を抱かせそして動かせなく動かなくさせ その結果としてできない自分というのを責めるというねこれが2番目なんですよ
罪悪感を抱かせるねでこれを繰り返していくとね だんだんだんだん自分への認識っていうのが固まってきますよね
私はどうせ長続きしないだろうとかねうんでここに入ってるのが私は気分が乗らない とかけないだろうとかね
興味を失ったらできなくなるだろうっていうのがこの3番目 なんつーのかなこの12を繰り返しながら自分への認識を固めていくっていう
まさにねこのやりすぎな保護者が狙った通りの効果が私にもたらされるわけですね もう一度整理するとね第一段階はこれをやったらこんなに良くないことが起こるよ
っていう未来の予測をさせる そうすると恐れや不安を抱くこれだけでももう動けなくなるんですね怖いから近づきたく
なくなる その後にそれをやらなかった自分というのを
もうおかしいんですけどねその恐れや不安さえ抱かなければできたんだけどももうそれを 抱いてできなかったというこの結果が残りますわね
これを見せて罪悪感を抱かせる まあこれ一つとどめのような感じなんだけどこれによって僕らはもうさらに動けなく
なるとだからこれは繰り返されるわけですね 繰り返すたびに繰り返すたびにだんだんだんだんできなくなってくるわけですよ
恐れや不安を抱き動けなくなるその動けなくなったやらなかったっていう自分に対して 罪悪感を抱くと
でこれを繰り返しているうちに第三段階私とはそういう人間なんだっていうね 何とか繰り返しますけども私は継続できない人間なんだとかね
気分が乗らないと何かができなくなる人間なんだみたいなことをまくりよくタイプとか 言うんですけどね私はそういうタイプだからっていう
この認識を固めてしまうんですねうまくできてるんですよ本当にでここまで行くと その自分が動けない原因がその気分とかね
興味とか面白さとかにあるっていうふうにやっぱ僕ら思ってしまうんだけど これはね多分だけどこの第三段階まで行かせたその保護者の巧妙な手口による
ものであって 僕はこれ錯覚と言ってもいいような気がするんですね
そう思い込まされてるっていうかね自分自身の保護者によってね でもまあこれはすげーうまくできてるのはだからここの気分を変えようとか興味を
こう復活させようとかしても無駄なんですよ なぜかというとそれをやるとまた第一段階に戻るだけだからまた恐れや不安を抱き
罪悪感を持つとでやっぱりダメじゃんということになってしまうんですよ さらにねこう悪いことには僕らの悩みを大きくするポイントはね
本当の保護者がね例えばね私がまあ高校ぐらいの時に ギターが買いたいんでアルバイトしてもいいかと言ったとするじゃないですか
そうするとちょっと待てと受験勉強をどうするんだとそれからそんなね あなたが今行こうとしているラム例えばカフェでバイトしたいとそんな夜まで
やってるところで働いたらね多分危ないと だからダメだとそこでその保護者が脳を出したとするじゃないですか
そしたらおそらくだけど代わりにお金を出してくれるのが保護者なんですよ だってバイトはダメだと言ってるわけだからね
分かったと今すぐは無理だけどまぁあの今度の誕生日に買ってやるから バイトせずに勉強しろっていう風にその保護者がその動かなくさせた代わりの肩代わりを
してくれてたんですよ だから僕らはそのそれを止めてもそれほど大きな被害はなかったんですね
だけどこれを一人でやり始めた時にそれをやめろというもう一人の自分の声に従って その第三段階まで生かされてできませんということになるとそのケツを拭いてくれる人が
いないんですよ ここで僕ら困るんですねできないと困るっていう結果だけが残るから
なので どう考えてもこの自分の中にいるやりすぎな保護者の言うことを聞いてはダメなんですよ
こいつをなんていうのかななんかこう例えばスポーツで言うならば コーチですよ
指導者所指導者でもありますからねむちゃくちゃな指導方針で僕を動かせなくしておいてこれが 安全だから安心しろというとでもその結果その僕は何もできずに困るわけですね
ブログは書けないわ仕事も途中で続かなくなるわね 動けなくなりはで困るのは自分なんで自分に帰ってくるからこのコーチをね
とっかえなきゃダメなんですよ これはもうスポーツとかだったら絶対そうしますよ
こいつの言うこと聞いてても全然勝てねえと試合にも出れねえじゃねえかってなったら まあこいつはちょっと退場いただいてね
もっと別のコーチを持ってこなきゃいけないですこれが僕の解決法なんですよ だからさっき言った3つが起こった時にはこれは私のやりすぎコーチが私を動かさ
な動け動けなくさせるために やっていることなんだなっていうことに気付く
だからまずは未来のこの恐れや不安ここに騙されないようにすることです だから私はそのライブからね帰る車の中でやりたくねーよーと叫びながら叫びながらですよ
あこれはどうせ私の中のやりすぎの保護者が俺に思わせていることなんだなっていうことを まあ一応見破ってですね
この恐れや不安は本当に幻だイリュージョンだと僕の心象に過ぎないと どういうことかというとやってみれば必ず消えるんですよ
ライブ終わりに4時に帰り5時に帰りで何とかでもまあこう パソコンを開いてねエディターを立ち上げるわけそして3文字書けばこの恐れや不安は消える
んですよね なんだかけんじゃんとまだまだ1本ぐらい記事いけるよねとここのなんていうのかな
手を出す直前まで 保護者がやるやってくるこの恐れや不安を抱かせるこの想像に騙されない
頭で描いてもいいんですよああやだな怖いなあとめんどくさそうだなとでもこれは絶対 嘘だと
そんなことはやってみるまでわかんないんだっていうふうにこのコーチの音 僕に仕掛けてきたねこの
なんとか考えさせる先のことを考えさせるってやつを受け流すんですよ 考えたとしてもそこにどっぷりとつからないようにするんですね
そしてもう一つ万が一できなかったとしても絶対に罪悪感を抱かないっていうふうに決意 するんです
しょうがないとできなかったんでしょしょうがないよとこれで終わるようにしとく このできなかった結果に対して罪悪感を持つというのは第二段階なんでね
そして3つ目の気分が乗らなければかけないとか面白くなくなったらできないとかっていう この3つ目の認識もおそらくこのワンツースリーで持たされてるんだなっていうふうに疑うん
ですよ そして仕上げに
そのやりすぎのコーチではないもう一人のコーチ別のコーチをここに招き入れるんですね そのコーチは何をしてくれるかっていうと
この書きたい自分子供のようなねピュアに書きたいって言ってる自分はもうダメだ やるなやるなと言われてね結構いじけてるんですね
だからなかなかこれがこう出てこれが来られなくなる これも一つの要因なんですよもうしかもね自分はできない子なんだっていう認識まで持たされて
るんでもうなんか部屋の隅っこでやりたくない勉強とかね 本当はやりたくないこうなんか体操とかねそういうことをやらされているわけ
なんかこうを習い事とかねそういうことをやらされているわけ こいつにもう一人のコーチは大変だったねって声をかけてあげるんですよ
やって大丈夫だよやっていいよっていう風にね だって気分が乗らないんだもん大丈夫大丈夫気分関係ないよ
だって君やりたいんでしょ 気分とか興味とかそういうもので君のねやりたい気持ちは消えないんだよって
だってもうやりたくないもんって言ったらいややりたくなかったら今悩まないでしょって やりたいから動けないことに悩んでるんだよね
これ自分に言うんですよ全部ね だから必ずやりたい気持ちがあるんだから心配しなくていいと
そうっつってねちっちゃな子供がねちょっとこう なんつー机から離れてね本当にやりたいその漫画を書くところにこう
ととととととってこう歩いていくわけですよ でももうずいぶんとその12でやられてますからいやでもやっぱり書いたらきっと良くないことが
起こるとか言うんですよその保護者の言う通りにね そこでもう一人のコーチがそんなことはねやってみなきゃわからないって君はね
今までもともとは多分だけど何も考えずに書いてたんだよって そして書き始めたらあなんて漫画を書くのって楽しいんだろうとかね
なんて楽器を演奏するのは楽しいんだろうってそこでそこで感じてたんだよって だからこのやる前の感覚は前のね
まあ申し訳ないけどとっても君のことを大切に思って守ろうとしてたコーチなんだけど 今いないから
安心してちょっとやってみって言うんですよでそうするとそうかなぁつって ペンを持ってねちゃちゃって書いてみるとあ楽しいかも
あいけるかもって言ってこいつが蘇ってくれるんですよ ここに気分とか気持ちとかそういうものは実は関係なかったんだなっていうことがわかる
そんな感じですね そしてね仕事であれね創作活動であれ僕らはその自分のアウトプットを世の中に出すことになる
わけです これは非常に過酷な世界でもあるわけですね
まあその私がどんな気持ちで作ったかとかどのぐらいの思いで作ったかとかってそういう ものは僕以外の人は全く知らないわけだからただただその作品なり仕事ぶりなりを見てね
まあ本当にまあ辛辣なフィードバックが帰ってくるわけですよ 私で言えば書いた記事が全く受けないとかね
さっき言ったような開催したセミセミナーに全く人が来ないみたいな でさっき言ったようにその子供としての私やりたい私というのは非常にピュアな代わりに
ものすごく気づきやすいわけです ただでさえねただでさえそのガラスのような感じなのにそこに今までそのやりすぎな
保護者が現れてきてねほらだからやんない方がいいのよって言われて続けてきたんで なんかそういうちょっとね自分が想像した期待通りの通りにならないことがねその
捜査活動とか仕事とかで起こると本当にこう影にこう引っ込んでしまうんですよ もうやらないって言ってここでねここで本当の保護者の役割っていうのを果たす自分
というのを持つんですよ まあこれはねあのなれるまでは難しく感じるかもしれません
ずっとそのやりすぎ保護者を自分の中に持っていましたからね この校長いきなり帰るっていうのは大変なのかもしれないんだけども
でもそんなにそんなに難しくはない ちょっとちょっとね考え方を変えるわけですね今今私に必要なのは余計に自分を動かさ
なくすることではなくてこのピュアな音やりたいと言ってる自分を 元に戻してあげることなんだよなとこれが本当の私の保護者としての役割なんだなって
いうふうに認識をちょっと変えて その隅っこでね知事困ってもうやらないって言ってる子にねポンとて肩を叩いて
やろうよだってやりたいんでしょって一言声をかけてあげる この時点でおそらくだけども僕らの中にその気分を気にするとかねやる気を気にする
とか その自分のコンディションだろうねそれまでどんな今日1日を送ったかとかそういう行き
札とかを一切関係なくこの子をちょっと机の前に戻してあげるということがね できるんじゃないかなと思いますそして私も本当に
多分私は私のこのやりたい子っていうのはね人一倍いじけやすいし人一倍傷つき やすいんだろうなって感じは自分ではしてるのね
そして私のやりすぎ保護者は そういう意味ではねやりすぎ率がすごく高かった感じもするんですよ
こいつをそっとこうご退場いただいてねこいつにあんまり抗わない方がいいですね どちらかと言ったら今日までありがとうっていう感謝の気持ちぐらいな感じで
でもねちょっとあのもう一人ね今回良いコーチをちょっとお招きしたんで1回だけちょっと 後退してもらえませんかね
このぐらいの感じで定調にそのね扱ってここと戦っちゃダメです こいつは戦えば戦うほどその怖さを感じてより強固に自分の中に座ろうとするんでね
さらっと猫ちょっとちょっと今回あのこの方で見たらそんな感じでそのもう一人本当に 自分を守って本当の意味で守ってくれるつまり動かしてくれるってことですね
本当の意味で守ってくれるこの自分これが本当の保護者これが多分ですね 大人になるということだと僕は思ってるんですね