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2022-09-28 46:31

029 コミュニケーションから恐さを取り除く最初のステップ

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今日は、一昨日にちえさんと開催したコミュニケーショントレーニングから、最初のステップを紹介しています。番組でお知らせしたF太さんとの執筆教室と「ありのままを見るデッサン教室」のお申し込みはこちら→ https://goodvibes20221007.peatix.com https://peatix.com/event/3365306/view

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グッドバイブス ミッドナイト楽座 by 倉園佳三
こんばんは、ただいま9月28日水曜日の2時35分ですね。 今日は遅くもなく早くもなくいい感じの時間です、私にとってはね。
昨日、私がもう一つやっているポッドキャストの番組で、恋愛とコミュニケーションを一つずつ学び直すいっぱいのみや、知恵とゾロというのがありましてね。
知恵とゾロで検索すると出てくるんですが、これが同じ月推進配信なんですが、少し遅い時間に上がりますんでね。
なんとなくこれは、科目通に聞いていただくような感じになると思うんですが、これとこのミッドナイト楽座を連続で聞くと、週に6本、実はその私絡みの番組が聞けることになっているんですがね。
その知恵さんがもう今ではすっかりね、私の大事な仕事のパートナーというかね、相棒のような感じになってまして、
彼女と今コミュニケーショントレーニングというのを開催してまして、これ3ヶ月のコースだっけな、これの第2回のね、ワークショップを昨日オンラインでやってきたところなんですね。
この知恵さんというのがね、とても面白いキャラクター兼経歴の持ち主でして、恋愛コンサルタント歴14年以上というかね、
もともとコンテンツというか恋愛商材というんですかね、そういうものを会社に所属しながら営業していた方でね、その後独立されて、確かですね、その後に番組でもよく言ってるんで多分大丈夫だと思うんですけど、
なかなかその人とのコミュニケーションがうまくいかずにね、引きこもっていた時期があるという方なんですよね。
私も一度だけ大阪でね、実際に確か年末ぐらいかな、去年の末ぐらいにお目にかかったんですけどね、本当に体も小さくてね、でなんていうのかな、もうテレアなんですかね、人見知りなんですかね。
私と初対面だったんですが、本当に一言二言しかね、言葉を交わさずにね、ポッドキャストとかzoom越しだと結構いけるんだけど、ガンガン喋ってるんだけどね、直接会うと本当にこう、なんていうんですかね、子供がお母さんの影にヒュッと隠れてしまうみたいな、そんな感じだったんですけどね、まあでもそれからまた9ヶ月経ってますからね、
もしかしたら今直接会えばね、そんな感じじゃないかもしれないんですけど、まあそんなかわいいらしい方なんですよね、それでちょうどそうだ、その大阪に行った時に私が今年の1月かな、攻撃のないコミュニケーション、攻撃のないコミュニケーションという本を出しまして、これがAmazonのペーパーバッグというね、サービスでね、なんか私にとっては非常にね、こう手塩にかけたかわいい本なんだけど、
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それの出版記念でやった大阪のトークライブにね、千恵さん来ていただきまして、それ以来なんていうかな、彼女はその、グッドバイブスって本当にいろんな話が竹に渡るんだけどね、その中でもコミュニケーションに関していたくその気に入っていただいて、それからなんていうのかな、最初は彼女のその恋愛、やっぱりね恋愛をテーマにしたコミュニティを一緒に運営したり、
ポッドキャスを撮ったり、ビデオを撮ったりしているうちにね、私がその本を出した時に、実は自分で開催していたコミュニケーショントレーニングっていうのがあったんですが、これがね、なんかものすごく不人気でね、なんかね、本当にわかんないんですよね、どんなセミナー、どんなプログラムが人気があって、どういうのが外すのかっていうのはまだ私が自身ちょっとつかみきれていないんだけど、
まあちょっと想像以上に人が集まらなくてですね、それでもなんか頑張って3,4回はやったんですけどね、なんか毎回1人とか2人で、なんかちょっと来てくださる方に申し訳ないなっていうかね、これワンオンワンのセッションじゃん、もうみたいな感じになっていって、なんとなく自然消滅、最初はあれですよ、佐々木さんも一緒にやってたんですよね、で、私と佐々木さんと事務局の矢部聖子さんがこうズームにいるんだけど、参加者が1人みたいなね、
1対1みたいなちょっと拷問のような時間を過ごさせてしまうんで、ちょっとね、なんとなく申し訳ないんでね、やめてしまったんですね、自然消滅させたっていうかね、でもあの本の最後にはコミュニティというのを実施しているので、ホームページから申し込んでください、みたいにこう大々的に書いてありましてね、それをですね、なんか知恵さんが復活させてくれたんですよね、
で、しかも私のは割とゴリゴリだったんですけど、もうちょっと柔らかい感じに彼女が料理してくれましてね、で、集めてくださるお客さんも、なんていうのかな、こう、自営業みたいな方が結構多いんですよね、昨日も元々エステサロンで働いていた女性の方々で、それぞれなんか独立して既にお店を持っている方、
もしくは来年の年初あたりにね、大阪で自分のお店を張れて開くみたいな、そういうどちらかって言ったらこう自営業みたいな方がね、多くて、なんか私はやっぱりこう自分の交際範囲というかね、知り合いの範囲でしかやっぱり人をこう見ていないのでね、なんとなくその、まあ一つはやっぱり会社で働く人かなとかね、そのあたりしかこう念頭に置いてなかったんですけど、
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なるほど、その例えば一人で独立してね、そのエステサロンとか、例えばマッサージ整体とかね、私も一人知り合いで脱サラしてあの整体師になられた方がいるんですけどね、そのインターネットを使ったビジネスでもなくて通販でもなくて、直接もう生でいつもね、お客さんとやり取りする業界っていうのがあるなぁと思う。
しかもですね、そのいわゆるチェーン店のような店長がいて、何人もそのスタッフがいてね、まあそのちょっと難しいお客さんがいても助けてもらえるような状況ではなくてね、もうちょい過酷ですよね、かなり過酷な状況だと思うんですよ。
その部屋にね、二人っきり、そしていつもピン1対1でこうお客さんと接する、この業界は確かにこの攻撃のないコミュニケーションがお役に立てる分野だなぁとかっていうのをね、その集まってくださった皆さんを前にしながらね、改めて大々と教えてもらったようなそんな感じなんですね。
まあだから知恵さんと一緒にやるとですね、そういう私が見てこなかった世界、そしてこれからも一人だったら絶対に見ないであろう世界をね、なんかさらっとこう見せてくれる、そういうとこが僕は大好きなんですよね。彼女と一緒にやる仕事というのはそこになんか楽しさがある。
で、今日はですね、ここでお話しした、その久しぶりにね、随分とその私もちょっとトラウマまではいかないんだけど、ちょっとコミュニケーショントレーニング臨機嫌悪っていうのがあって遠ざかってたんですよね。1月に本を出しておきながらね、なんかこのコミュニティでこけたんで、ちょっとこう本に対する思い出も少し薄まっていたりとかね。
まあそういうもんだんですよね。ちょっとしたきっかけで、こう自分に対する信頼とか自信とかっていうのはね、失われていき、たまたま夏あたりからね、ラクザシリーズとかジャジンワークとかね、あとまあエフタさんとの執筆講座みたいな、ちょっとまた別の楽しい試みがたくさん始まってしまったので、なんとなくその離れて、コミュニケーションバナレというかね、この話受けないからもうすんのやめようみたいな、ちょっとしたこういじけた感じになってたんですけどね。
それを呼び覚ましてくれる。これが大事なんですよね。1人だとそういう心象の中に閉じこもってしまうんだけど、僕のことをよく知る他の人ね、他の人の方が自分のことをよく知ってるんですね。その人が僕をそこに連れ出して、もう一度こうコミュニケーションやってみたいな感じで、その場に引っ張り出してくれると。
その感謝も込めてね、今日はちょっと改めて攻撃のないコミュニケーションから9ヶ月、その間も実はね、そうは言いながらも私もそのコミュニケーションの話は日々いろんな機会の中でブラッシュアップしてましてね、アップデートしていまして、例えば今書けと言われればね、もうちょっとあの内容から一歩進んだことが書けるんじゃないかなっていうぐらいの自負はあるんですね。
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そのあたりの話をね、今日はしてみようかなと思います。要はそのコミュニケーションをね、もっと楽に楽しくできないもんかと、なんかドキドキしながらちょっと怖いなと思いながら人と話すと、この感じから抜け出したいよねっていうのが、まあこの本のあの本のテーマなんですよね。こういう攻撃のないコミュニケーション。
やっぱり第一歩はですね、コミュニケーションって生まれながらにできることだよねっていうこの認識に戻ることかなと私は思います。簡単に言うと私たちはね、人生で多分2つのことをやってるんですね。
1つは人が作った競技、ゲーム、もしくはビジネスですね。人が何らかのルールや仕組みや枠組みを作って、そこに入って何かをする。これはですね、当然だけど、スポーツが一番いい例ですよね。野球という仕組み、ゲームを作ってルールを作った。ここには必ずね、技術、知識っていう経験みたいなものがね、どうしても必要になるんですね。
学校の勉強とかもそうですよね。これも人が作った仕組み、ルールの中で学び、どちらかというと今は勉強するというよりもね、テストで良い点を取るみたいなところがその競技性を持っているわけですね。当然その仕事も全てそうです。人が作ったものですよね。
そこには企画、立案、それから制作、営業、それから経理、総務、人事とかね、販売とかPR、マーケティング、いろんな分野の、これもやっぱり人が作った仕組みが盛り込まれているわけですね。
だから当然そのある仕事をするためには、その仕事に見合った技術、能力、知識、そういうものを身につけていかなきゃいけない。スキルもそうですね。これが私たちが人生で行っていることの一つです。
2つ目は何かというと、人が作らなかったことです。これはもう簡単に言えばですね、食べたり寝たり歩いたりする、そんなことですね。歩くというのは競技ではないですから、競歩は別としてね、早く歩くってなると、これがまた競技、人が作る競技になるんだけど、ただただこの足で歩くっていうのは、多分だけども誰からも教えられずにね、勝手に多分自力でなんとか歩けるようになる。
食べることもそうですよね。まあちょっとはその練習みたいなことが入るのかもしれないけども、そしてやっぱり寝るなんてものは、もうまさに自然に生まれた瞬間にできることですよね。これら全てが人が作っていないものですよね。そして人が作った競技とかね、仕事とかとは違って、この人が作っていないものというのは、僕らは自然にそれをやる能力を持っているということですね。
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もっと言えば、呼吸をするとかいうのもそうかもしれないですよね。で、じゃあ恋愛ってどっちだと思いますか?って。僕はね、絶対恋愛は人が作ってないもんだと思うんですよ。だってやっぱりね、僕は小学校の頃からね、やっぱりちょっと混ぜてましてね、毎学年、小学校1年、幼稚園の時から幼稚園1年生ずっとその、小学校、中学校、高校って必ず毎学年、
好きな子がいたんですね。今、名前を言えって言われたらね、多分全部言えますね。幼稚園から。幼稚園はね、多分差し支えないと思うから言ってもいいかなと思うんだけど、金子美香ちゃんっていう初恋の女の子がいましてね、アルバムあるんで、いつでも見られるし、顔も全然覚えてますね。
なんでその子が好きだったのか、ちょっと今では全くわからないんだけど、恋をするという感じっていうのは、多分僕らは生まれながらに持った能力だと思いますよね。まずはその子を好きになる。そして好きになると何がしたくなるかって言ったら、そばに行きたくなりますよね。そして話がしたくなる。
もっと好きだなあという気持ちが大きくなってくると、ずっと一緒にいたいっていう思うようになるんですね。だからなんか、幼稚園とかから帰るときもね、美香ちゃん一緒に帰ろうとか言ってね、手をつないで一緒に帰るみたいな、そんな感じじゃないですか。これがつまり大人になってもね、何にも変わらずやってることですよ。
ところがね、なぜか僕らはこの人が作っていない、特殊な能力も本当は必要としない、こちら側をね、さっき言ったもう一つの人が作ったものの、ゲームとか仕事とか競技みたいなものに、いつのまにか変えてしまってる感じがするんですよ。
その原因はいろいろあるんですけどね。例えばね、普通に僕らは何もしなければ、夜眠くなったら眠れるんですよ。でもこの番組でもね、いつもお話してるように、恐れや不安の心象を抱えね、悩みを抱えると、僕らはそれをずっと頭の中で考え始めてね、ストーリーを作り出し、何度も何度も嫌な場面をプレイバックしながら、過去の自分がこう思った嫌な出来事、
っていうのを心にずっと留め置いてしまうので、やっぱり寝ることがなかなか難しくなるんですよね。それから恋愛もそうですよね。このさっき言ったような、本当は単純なものすごく単純な大好きな人と一緒にいたいと、だからその人に振り向いてもらえるようにね、アプローチをしたりするっていうすごく単純な行為であったのに、
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おそらくだけども、ここにね、なんか有利な結婚とか幸せな結婚とかね、結婚の条件はこうだ、みたいな、たぶんね、結婚みたいな、たぶんこの結婚っていうのが人が作った仕組みなのかな、たぶんそうなんですね、きっとね。まあこれはいいと思うんだけども、これと恋愛がね、なんかこうごちゃごちゃになって、そこに様々なテクニックとかノウハウとか、成功法則みたいなのが入ってきちゃうんですよね。
これをね、やっぱり僕らはね、しっかりとご注意しておかないといけないんじゃないかなと思うんですよね。食べることもそうですよね。ここにその体型を保つとかね、健康を保つみたいなことが入ってくると、自然に食べることができるっていうこの能力に、やっぱりその競技、仕組み、ビジネスみたいなところを盛り込んでしまうんですよ。カロリー計算したりね、なんとか制限をしてみたいっていう、どんどんどんどん難しいものになっていくわけです。
寝るのが難しい、食べるのが難しい、恋をするのが難しい。もう一つの要素はね、これはそれを否定するわけではないんですが、人が困っているっていうのが一つの問題なんですね。問題が起こると問題解決というのが必要になってくるんですね。僕らはね、生きていく上で問題を放っておけないのでね、なんだかの解決する手段が必要になってくる。ここにやっぱりビジネスチャンスがあるんですよ。
つまり今私が話したようなね、人が当たり前にできること、睡眠、食べること、恋愛、もしかしたら呼吸もそうですよね。なんかその呼吸法とかあるじゃないですか。これは何かを解決するために多分生み出されたもの、人が作ったものなんですよね。ここにビジネスチャンスがあるもんだから、やっぱりありとあらゆるそのノウハウ、テクニック、ハウツーみたいなものが世の中に溢れ出すわけですね。
デバイスとかも出てきますよね。それからサプリメントなどいろんなものが出てくる。飲むもの、食べるものね。ここはやっぱりその結構大きな市場なんで、やっぱりウルフォーとしてはここを強調しますよね。
これ次第にだんだんだんだん、やっぱりそのスポーツとか野球とかね、仕事とか営業とかね、経理、人事みたいなものとね、なんか同じような感じになっていくわけです。その人が作っていないね、僕らが当たり前にできるようなことが。ここをね、やっぱりちょっと1回こうフッと踏みとどまってですよ。踏みとどまるじゃないか。こう冷静になってね。
そもそもこれって、なんかそういう技が必要なものだっけ?っていうこの感覚はね、とても重要な感じがするんですよ。もちろんね、世の中にそんだけのノウハウテクニックがあるということは、中にはその人によってはね、とても役立つものがあるっていうのも事実だと思います。
だとしてもですよ、何もなくてもできるはずなんだっていうところに、こう1回心として戻る必要はね、とてもあるんじゃないかと私は思うわけです。そしてコミュニケーションなんですよ。コミュニケーションはどちらだったんだってことですよね。当然だけど僕はコミュニケーションっていうのは、人と話す、人の話を聞く、自分の考えを伝える、これがですね、人が作ったものであるはずがないんですよね。
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だって僕らは生まれてしばらくするともう喋り始めるんですよ。そしてその喋ることっていうのは、多分喋り始めた当時はとても楽しいことだったはずなんですよね。今まであーとかうーとか言って何を言ってるか周りの人が分かってくれない。すんごいイライラしますよね。いや違う、ご飯なんだってばーっていうのをギャーとしか言えない。それを自分の口で、例えばマンマンとかね、ご飯って言えるようになった喜びってやっぱすごかっただろうなって感じがするんですよ。
まあそれをね、幼少の頃だから二度と味わうことはできないんだけども、このなんか人に何か自分の考え、気持ちを伝えられる喜び、そして相手が何を考えているか、相手がどんな気持ちでいるかっていうのを、その自分が分かる言葉で教えてもらえる喜びっていうのは、多分だけど最初の衝撃はすごかっただろうなと思うんですよね。
そのぐらい僕らは自然に当たり前にできること、これがコミュニケーションなんですよ。だからこのコミュニケーションの中にいろんな技、テクニック、そういうものを盛り込まなければ盛り込まないほど、僕らはおそらくうまく話したり、うまく人の話を聞いたりできる。これはね、間違ってないと僕は思うんだよね。だからまずはここに戻ってみる。
戻ってみるとあることに気づくんですよ。いや、でもそうは言っても怖いぞって。うん、なんか自分が自然にできるはずのものですよ。確かにそう言われればね。だけども人と話すのは何回そんな子供の頃に気軽に親と話してたようには、とてもじゃないけど今自分の周りにいる人とは話せませんよっていう矛盾が起きますよね。ここが重要なんですよ。じゃあそれはなぜだっていう問いなんですよね。ここでね。
何がそのナチュラルにできるこの行為を邪魔しているんだろうって。おそらくこれは過去の経緯なんですよね。もう言うまでもない、考えるまでもなく嫌な思いを山ほどしてきたんですよ。人と話すことによって。一言で言えばね、傷ついてきたんですよ。うん、人と話すたびにね、人と交わるたびに、人と関わるたびになぜか傷ついてきたんですよ。
これをね、かなり意図的にその認識しておくということが第一だと思うんですね。もともとは多分喜びだったんですよ。自分の考えが伝えられるすげーなコミュニケーションってすげーな会話ってやばいぞと。もう人の考えがわかるじゃないかっていうね、おそらく楽しいものだったんですよ。うん、喜びだったんですよね。
ところが、小中高大とね、そして社会人になっても、人と関わるたびに、人と話すたびに、人と交わるたびになぜか傷つく。そしておそらくそれは言葉によって傷ついてきたんでしょうね。まあ態度もあるんだろうけども、多くの場合はその何気ない一言、人が発した一言、そういうものに傷ついてきたんだと思うんです。
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で、ここの傷つくも僕は二つあるなと思っています。一つはですね、まあ単純に他の人から傷つけられるということですね。ひどいことを言われる、うん、何か自分が本当に言われたくないことを言われる。で、これがまず一つね、人から傷つけられたっていうのが一つ。でもね、僕はね、もう一つの方が実は大きいような気がしてたね。特にコミュニケーションに関してのその恐れや不安を感じる要因としては、
これはですね、このポッドキャストの24話で話した意図せず悪者にされる経験ってやつですね。このあるコミュニティのしきたりとかルールとかその文化とかね、そういうものを知らずに自分が何気なく発した一言がものすごくひどいこととして扱われてしまったりね。
私はその時、確か九州弁であんたって言ったら先輩に怒られたっていう話をしたんですけど、まあそんな軽い方でね、もっともっとこう、うん、なんつうかな隠蔽なやつもきっとあるんでしょうね。そんなのわかるかよっていうところは当たり前でしょうとかね。
あとまあそのなんだろう。いや悪気はないんですよと言ったところでね。いやいやいや悪気があろうがなかろうが私が傷ついたのは事実だからみたいな風に言われたりとかね。もうそうなると救いないよねみたいな。多分この感じ。これはですね、傷つけてしまう不安なんですね。
意図せず相手を傷つけてしまう不安。だから言葉を慎重に選ばなきゃいけない。空気を一生懸命読まなきゃいけない。まさにその傷つく、傷つけてしまうこの2つの不安ですね。これが私たちの心の中にグサッと刺さっていて、この状況から自分を守ろうとして私たちはいろんな防御をここに施しているわけですね。
コミュニケーションをする人と話す時には、なんていうかな私のイメージではね、戦国時代の武将のような鎧甲冑がもう体中にガッチガチについているような感じね。一言の出現はしねえぞと。そして相手が何か自分を傷つけそうなことを言うものならもう即座に反応してやるぞみたいなそんな感じ。この両方を警戒しているわけですね。
傷つけられる不安、傷つけてしまう不安。うん、なんとなくね、こうだんだんこう見えてきましたよね。そもそも当たり前にできるコミュニケーションが何か嫌なものになっていったのはなんだよ。傷つく不安と傷つけられる不安。なるほどねと。
じゃあ次ですよ。これはどこにあるってことですね。私の中に確かにあるんですよ。傷つけられる不安と傷つく不安が両方ともね。これはどこから来てるんだ。間違いなく過去の経験ですよね。過去の記憶です。この過去の記憶をね、元に。とても嫌な記憶なんだけども、なんとなく自分の中ではこの記憶が自分を守ってくれる感じがするんですね。
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このひどい経験をしたからこそ私はその警戒をするんだと、警戒ができるんだと。自分の周りにいる人はね、みんな善人だとかね、みんな優しいんだとかね、心が大きいんだとか、そんな楽観的な読みをしていたら大変だと。だからこのひどい経験、傷ついた経験、傷つけられた経験、人を傷つけて、意図せず傷つけてしまう経験が私をそちら側じゃなくて、その警戒する方に持って行ってくれるんだっていう。
頼りにしているわけですね。この過去の記憶をね。じゃあその防御とはどんなものかっていうね。ここをやっぱりこう知っておきたいですよね。私は人と話すときにどんな防御を張り巡らしているのか。傷つかないためにね。人を意図して傷つけないために。
これはまあいろいろあるでしょうが、準備をするというやつですね。次にどんな言葉を発するか、人の話を聞きながら準備をするんですよ。どうやって準備をするか。ここが重要なんですね。一番のポイントなんですよ。相手が何を考えているか、どんな気持ちでいるか、自分のことをどう見ているかを想像するっていうことで、これをやろうとするんですね。
この人は今この表情を浮かべた。こんな感じの動きで今喋っているということは多分怒っているに違いないとかね。多分ちょっと私のこの言葉に不快な何かを感じたに違いないみたいなことを読むわけです。
頭でそれを想像して、ここにしかもですね、かなりの確信を持ってその想像が正しいというふうに認識しているわけですね。そうでないと役に立ちませんからね。自分の想像が当たってないかもしれないなっていうんじゃ準備にならないので。なぜか知らないけど、かなり根拠なしに私たちは人の心が読めると信じているんですね。
実際そのなんていうかな、俺仕事できるよねって思っているような感じの、それを全面に出している系の管理職の人たちでね、よくあるじゃないですか。いやいや俺はもう部下の考えていることなんて手に取るようにわかるよみたいなことを豪語する方がね、多分いらっしゃると思うんだけど。
ある意味その人の心を読むって人身把握術みたいなのがその管理職の一つのスキルのような感じにもなっているんですよね。でもね私はねこれはね大間違いだと思うわけです。超能力者でもない限り絶対に人の心はわからないですよ。
8割ぐらいわかればいいとか9割ぐらいわかればいいって思いがちなんだけど、コミュニケーションにおいては100%でないと意味がないんですよ。1%でも外したら返す言葉がふさわしくない可能性が出てくるわけです。
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そもそももう80とか70いかないですよね。きっとね。僕はもう今上さんと28年過ごしてますけども、上さんが何を考えているかを言い当てる自信なんか今でもないです。本当にわからないですよ。だからねよく話し合ってみるとそうだったの?そういうふうに思ってたの?みたいなことが今でも起こる。
これはおそらくですね、夫婦でもそうなんですから、職場の同僚とか上司とかね、仕事だけの付き合いしかない人間関係の中で、相手の心とか気持ちとか考えが読めると思わない方が本当はいいんですよ。
だけども僕らはこれをやる。そしてそれがかなり正しいと信じている。ここに頼っているわけですね。じゃあこれをやるとどうなるかっていうのを考えてみてほしいんだけども、私たちのね、その想像っていうのはさっき言いましたけども、何かの対策を打つためにやるわけです。だから楽観的なやつは一切無用なんですよ。だから悪い方に悪い方に触れるしかないんですね。
これがおそらく誤解とかね、行き違いとかそういうものを生むんだろうと思うわけです。そしてその悪い想像をコミュニケーションの中でしながら、僕らは恐れや不安を抱く。恐れや不安を抱くとどうなるかというと、さらに防御を固めたくなる。
そしてこの防御というのはね、これはどんな防御でも一緒なんですよ。スポーツの世界のディフェンスだろうと、それからまあ例えば軍事の話などとなんだろうと全部同じで、防御というのはね、2つの特徴を持ってますよね。この防御を張り巡らした瞬間に何かが来た時に攻撃を繰り出したくなるんですよ。攻撃は最大の防御なりって言葉がありますよね。だから僕らが施している防御というのは攻撃の準備でもあるわけです。
これが一つね、何かがあるとすぐに攻撃を繰り出したくなる。これは守るためですね。もう一つは防御をしているので、相手の発言がね、やたらと攻撃に見えるんですよ。これは不思議なもんでね、なんかこう身を守るグッズを持っていると使いたくなるわけですね。使いたくなるこの心がある種のフィルターのような役割を果たしてね、相手の発言がいちいち攻撃に見えてくるってこういう現象をもたらすんですよ。
だから実は防御を張り巡らすというのは非常に攻撃のやり取りになりやすいっていうことでもあるわけですね。この元が私たちがその自分を守ろうとしてやる相手の気持ちを読むこと、想像することなんですよ。しかもかなりの確信を持ってね。
要はね、この防御が、防御、想像という名の防御がね、僕らのコミュニケーションをより危うく危険なものにしてるんだとすれば、これをやめるっていうのが僕は最初のステップなんじゃないかなって気がするんですね。ここでグッドファイブスにはね、基本の型というのがありましてね、本当のことはわからないっていうキーワードがあるんですよ。
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本当のことはわからない4つありましてね、これはまた個別にこの番組で一つ一つ取り上げていこうと思うんですが、このコミュニケーションで使うのは、他の人が何を考えてるか本当のことはわからない。これをですね、完全に受け入れておくんですね。
これはね、思い込みとか必要ないんですよ。事実ですから。事実であるということを認めればいいだけなんですね。読めると思わない。聴能力者じゃないんだから無理だよね。諦めるってことです。諦める代わりに本当のことはわからないという事実を受け入れるってことです。
これによって僕らはもう想像することはできないんだなっていうことが判明しますよね。しても意味がない。どうせ間違ったことしか自分の頭の中で思い浮かべられない。そしてそれはかなり怖い映像であるはずだから、その防御を持てば持つほど自分は攻撃しやすくなるし、人の発言は攻撃に見えやすくなる。
だとしたらそんなものはどうせ役に立たない。間違ってる想像なんだから手放した方がいいよねっていう、とても単純な話なんですね。全然難しいというか無理なことは僕は言ってないような気がするんです。やめるんですね。やめて何をするかというと、目の前に現実があるじゃないですか。相手という現実がありますよね。相手が話す言葉。これが現実なんです。
私が頭の中で想像することは現実ではない。これは心象なんですよ。ストーリーなんですよ。私が勝手に作り出した。これを見るから怖くなる。そしてこれに向かって対話をしているからおかしくなるんです。もう少し分かりやすく説明すると、僕らは人の話を聞きながら次に返す言葉を準備しますよね。その間何をやってるかって言ったら頭の中で想像してるんですよ。
次の言ってとかね。これを返したらどうなるとかね。この人はこれを返したらこういう風に言ってくるんじゃないかとかね。そもそも今この人はこういう気持ちでこういう考えでいるっていうのも読んでますよね。これは目の前に現実の相手と対話してるんじゃないんですよ。
頭の中にいる仮想の自分が作り出した相手と対話してるんですね。だから怖くなるし、だからややこしくなるし、だから多分だけどもふさわしい言葉を返さないんですよ。そんなことはやめてですね。それは不毛なんですよ。多分きっと。そうではなくて目の前にいる相手をもう一度見直すんですよ。
見て、そして相手が何を喋ってるのか、どんな表情でどんなことを伝えようとしているのかをもう一度よく聞くんですよ。これを行詞形調と僕は呼んでるんだけどね。見る聞くよりももっとグッと突っ込んだやつですね。とにかく見つめる、とにかく聞きまくるっていう。これは現実なんですね。
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その間できるだけ頭で考えることをやめるわけです。でもこれ意図的に考えるのをやめようとしなくても僕らの脳はシングルタスクなのでね。行詞形調をするという見る聞くことに集中し始めた瞬間にピタッと思考は止まります。これは間違いないんですね。どちらかしかできないんですよ。だから考えるときは見ても聞いてもいないんですね。
だからよくあるじゃないですか。なんかこう話が紛糾してるんだけどお互い相手の話を聞いてないっていうね。もっと言うと相手の話を遮るじゃないですか。相手が話終わる前に何かを言うじゃないですか。なぜ言えるかと言ったら相手が言うことをもう想像し終わってるからなんですね。これをやるのをやめるってことです。その代わりに見る聞くこれに徹するんです。そうするとね何が起こるか。
あれですよ。私たちが最初に言葉を覚え最初に相手の話を聞けるようになり自分の考えを伝えられるようになった。そのコミュニケーションができるようになった最初の状態ですよね。おそらくだけどもその時に僕らは傷ついた経験とか思っていないので頭で何かを想像したりはしないんですよ。
いやこの言葉で伝え合うってすげーなっていうこの仕組みにねたたたたその感動しながらそこに身を委ねてひたすら相手が何を話してくるのかどんな言葉を発してくるのかこの表情は何を意味してるんだっていうことねじっくり見たり聞いたりしてるだけですよ。
ここに多分戻ることができるんですね。その瞬間に私たちは先ほど僕がねお話をした当たり前にできるコミュニケーションを取り戻すことができるんですよ。さらにね付け加えるならばその時僕らはどんな感じだったかって言ったらおそらくどんな相手に対しても興味を持ってたはずなんですよ。
興味を持っているから見たり聞いたりするんですよ。じっくり行事継承するんですね。興味というのはこれはよく僕がお話する本性は愛であるというね。愛から多分発せられたサブセットのようなもんですよね。愛がなければ興味というのは多分持てないはずなんですよ。
今私たちがねこの日常で会話をする人たちに愛を持って接しなさいなんて言われても絶対できないじゃないですか。だからそんな無理ゲーをするのではなくてねただただ行事継承して頭で想像することをやめて目の前の人の言葉表情あらゆるものを見たり聞いたりするんですねじっくりと。
それが実はその私たちがもともとコミュニケーションを始めた時の姿勢というかね多分そういう形でやっていたはずなんです。その姿勢が自然と多分だけでも興味をもたらしてくれるんですね。そうすると興味はさっき言った愛のサブセットですからこの瞬間その行事継承している私の眼差しがほんのかすかだけど愛を帯びるんですよ。
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これを私は愛の眼差しと呼んでるんだけどね。これが相手に伝わるんです。これはグッドバイブスのバイブスですね。私がこの人の話を一生懸命聞いてみようと。好きでも嫌いでもないんだけどね。とにかく聞かなきゃコミュニケーションできないんでわかんないんで聞いてみようと。
たったこの一点の決意だけで私の中に自然と興味がふつふつふつと湧き上がってくる。そしてその興味を私が帯びた瞬間にこの興味は愛のサブセットなので私の眼差しが愛に変わるんです。そしてそれは相手に伝わるんですよね。
これはどういう反応をもたらすかっていうと向こうから見ると防御を解いたっていうことを意味するんですね。もっと言うと攻撃しないんじゃないかなこの人はっていう感覚を相手にもたらすわけです。だからこの話をよくすると相手がこの話を知らないと意味ないんじゃないですかみたいなことが返ってくるんだけどこれ違うんですよね。
こちら側がやるだけで十分なんです。この眼差しが相手に伝わりお互いにガチガチに鎧甲冑を着て話をしていたこの状態がね私が見る聞くことに徹することによって少しだけ興味をふっと湧き上がらせるだけで愛の眼差しがさかすかにくっとくるだけで相手にもそれが伝わるんですよ。
もちろんねここは時間がかかることもあります。向こうの防御が硬い場合はねなかなかそのぐらいのことじゃ解いてくれない可能性もあります。
だけどもどちらの方向に進むかというと解く方向に多分進みます。だからこれを繰り返し繰り返しやっていればやっているほど私と話すその相手はね他の人は別ですよ。私と話す時においてはその人は少しずつ少しずつ防御を外していくはずなんです。
そして私は頭で想像するのをやめて行詞形調した瞬間におそらくほとんどの防御は外れてますからね。相手を見て話すというこの姿勢をとった時に僕の防御は外れるのであとは相手が防御を解いてくれるのを待つのみなんですね。
そしてその防御を解くというのはね私のこのまなざしで解かしているような感じ。大丈夫ですよと。まあそのそういう風な意識は持ってないんですけどね。大丈夫ですよと言われているような感じが相手にも伝わっていくわけですね。
こうして次第にお互いに防御を解きながらね。こちらが先行になるんですけどね。こちらが解かない限り相手は解きませんからね。それは覚悟してやるしかないんだけども。
あとは私はですね行詞形調しながら現実から自分が次に返す言葉を教えてもらうんです。
今までは自分の頭の中で相手の考えを想像し自分が返す言葉を作り出していました。
これは何をしているかというと目の前の相手と会話しているんじゃなくて自分の頭の中で作り出したより怖い相手と対話しながら自分の頭の中で同じ会話をしながら一人芝居みたいなものをしながらね。
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勝手に作り出した言葉を今度は外の相手にぶつけてたわけです。うまくいくはずがないですよね。
だからもう考えることは一切やめるんです。考えなくても僕らは喋ることができます。これが現象のコミュニケーション。もともと僕らが持っていた能力。
これは何をしているか相手が話したことに対応してるんですよ。まさにキャッチボールのようなもの。
僕はこれをひらめきのキャッチボールと呼んでるんだけどね。ひらめくためには現実を見なきゃいけないんです。相手が何を話し、どんな表情をし、どんな言葉遣いをし、どんな単語を私に投げかけてきてるのか。
これだけを頼りに一切の空想想像を捨てて、実際に発せられた言葉、実際に現れている表情、これだけを頼りに、私はこれを見て何て返す、何て喋るんだということを自分に問いかけながらひらめいた言葉を返していく。
これが攻撃のないコミュニケーションなんですね。
これをやっていくと、お勧めは気のおけない人、家族とか友人とか恋人とかパートナーとかそういう人から始めることをお勧めします。
じゃないといきなり想像するな、考えるなってやると無理なんですよね。
僕らは沈黙が怖いとかっていうのもあるじゃないですか。もし言葉が出てこなかったらどうしようみたいなね、そういう恐れや不安もあるので。
まずは沈黙しても大丈夫な人、何も言わなくても平気な人、夫婦とかかなり仲のいい友人とかがお勧めですよね、パートナーがお勧めです。
この人からこのやり方を試してみるんですね。
おそらく僕らはね、そんな人たちに対しても防御を張り巡らしながら頭の中の想像する相手と会話してたはずなんで、これをやめて、身近な人、気のおけない人、安心できる人から試してみるわけです。
それで、お、なんか上手くいくじゃんと、なるほど、こういうやり方で僕は元々お話をしてたんだなっていうことを思い出しながらですね、それって今ここでやるわけですよね。
この今ここの経験で、過去の傷ついたり、傷つけられたり、意図せずに誰かを傷つけてしまった経験、この記憶をですね、塗り替えていくんです。
確かにそういう痛い思いはしたよなと、それは相当自分の中でも深い傷として心の中に残っているよなと。
でも待てよと、もう一回元々私がやっていたコミュニケーションのやり方をここで試してみようと、そしてそれで怖い思いをしなかったとすればね、一個一個この傷ついた経験というこの記憶を手放していってもいいんじゃないかなと。
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元々僕らがその防御を張り巡らしたくなったコミュニケーションの中で、その要因というのがこの傷つきだったとしたら、この過去の記憶が消えていけばね、消えていくことはないんだけど、この過去の記憶を強く心に留め置かなければ、そもそも防御というのは必要ないよねっていう形でコミュニケーションに臨めるはずなんですね。
だからどこから行くか、とにかく想像しないとこから行くんですよ。
想像という防御を手放すとこから始める。そして行詞継承しながら現実の相手に次に自分が発する言葉を教えてもらいながらね、ひらめきのキャッチボールをしながら、その今ここの経験で、お、なんか安全に終わったじゃん、良かったじゃん、いいコミュニケーションができたじゃんっていう、この経験を使って過去の記憶を塗り替えていくってことですね。
今ここというのはそういう力を持っているんです。僕らは前回も言いましたよね。今ここで生まれ変わることができる。つまり今ここで過去の痛い経験、傷ついた経験というのを塗り替えることができるんです。もうそれを持たなくていいんだなっていうことを自分に教えていく。
こうやって次第に次第に防御を手放して、さらに手放して、最終的には本当に丸腰で何もしないっていう状態で話せるようになれば多分だけども、僕らが望んでいた楽で自由で楽しいコミュニケーションというのが戻ってくるだと思いますね。
ここは今最後ざざざっと荒筋のようにお話ししましたが、実際には何度も何度もうまくいかない経験を繰り返しながら、それでも諦めずに、こいつだったら大丈夫かなっていう人を相手に何度も何度も防御をしないというやり方を試しながら、少しずつ少しずつそちらに近づいていくような感じですね。一朝一夕にはいかないと思います。
ここからいくつかまたさらにこのコミュニケーションで安心を得るための取り組みというのがあるんですけども、今日はちょっともういい時間になってきたんで、またどこかでこの続きはお話ししたいと思います。
例えばね、相手がめちゃくちゃ激怒してたらどうするんだよとかね、全くこのやり方が通じない人もいるんじゃないですかみたいなもろもろあります。そういう話も含めてまたどこかでお伝えしたいと思います。
今日はそんな感じですかね。
今日の19時かな、エフタさんとの執筆講座が始まります。毎回この執筆教室はですね、1日前と当日にドワーッと人がやってくるんですよ。
オンラインなんでね、ギリギリまで迷われているのかな。なんかその、入る直前に申し込めばいいみたいな感じなのかもしれないですよね。
だんだん増えてきて安心したんですけど、なんか数日前までお一人でね、大丈夫かエフタさんみたいな感じで、まあそれでも僕らは諦めずにね、いろんなできることを一生懸命やってきたんですが、おかげさまでまた結構集まっていただいてます。
45:10
よかったら当日参加全然OKですんでね、PTXから申し込んでいただければ直前まで入れますんで、ぜひぜひご参加ください。
とってもいい教室になりつつあります。多分今もいいんだけど、これからもなっていくと思います。ぜひ試してみてください。
それから週末のね、10月1日土曜日1時半から午後9時というところでね、加藤さつきと一緒にありのままを見るデッサン教室というね、これもかなりグッドバイブスのメソッドが盛り込まれているとてもいいプログラムなのでね、木炭でデッサンをするってそれだけでも僕は毎回毎回すっげー楽しいなと思えてます。
こちらもまだまだ空きがありますんで、ぜひぜひご参加ください。そんな感じですね。では皆さん、今日はですね、相手と話すときは頭で想像したり空想したりせずに、目の前にいる人をじーっと見つめてよく話を聞いてみてください。そんな感じでいい一日をお過ごしください。ありがとうございます。
46:31

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