2025-06-21 37:14

#102 鈴木大拙と郷ひろみの話

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田中さんが積読で『日本的霊性』と久々に出会った話と、郷ひろみのコンサートに行った話からコミュニケーションを紐解いています。

(今回、田中さんのマイクの雑音が多めで申し訳ありません!)

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仕事でコミュニケーションを扱う 3 人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何か?を一緒に考えていくポッドキャストです。

出演者🎙️

田中 愼一 (Blog)

高木 恵子 (Facebook / LinkedIn)

中川 浩孝(note)

ご意見・ご感想、3 人に話してほしいトピック、3 人へのご質問などありましたら、以下のフォームからお送りください。https://forms.gle/ZGKtUCBn3m25Nr6J6

サマリー

鈴木大拙の著作『日本的冷静』を通じて、フローとストックの概念が人生やコミュニケーションに与える影響について考察しています。彼の思想は、日々の行為とその蓄積が人間の感受性や知識に与える影響を探求しています。鈴木大拙と郷ひろみのコンサートでは、エンターテインメントや人生のキャリア選択について語られます。郷ひろみの演出や作法に関する洞察を交えながら、年齢に伴う心境の変化や絶対的なものへの関心について深く考察しています。鈴木大拙と郷ひろみの話を通じて、人々の信じる世界観や自分の存在の表現について探求しています。また、彼らの生き方が人々に与える影響についても触れています。

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中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。 仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
皆さん、こんにちは。コミュニケーションを極めると自分が見えてくる、世界が見えてくる、コミュニケーションの世界に携わって40年以上、コミュニケーションが命。
シン・田中こと、田中愼一です。よろしくお願いします。
高木 恵子
SEからPRコミュニケーション業界に転職して約30年、高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきたアメリカ在住、中川浩孝です。
田中 愼一
前にもいろいろとお話をしたんですけども、本との出会い。
僕は自分の書斎のところに本が積み上げてて、僕の読み方は積ん読っていう読み方で、
本を単に積んであるという状況にしておくっていうのが僕の積ん読っていう本の読み方なんですね。
接し方って言ったほうがいいかな。読んでないんだからね。
ほとんど今あるこの書籍、2ヶ所にあるんですけど、これ1ヶ所目なんだけど、
ここでそうだな、たぶんね、10分の1も読んでないんじゃないかと思うんですね。
手で触れたっていうことは間違いないんだけども。
ただ毎日が出会いで、本当の。
その空間にいると、やっぱり何かのきっかけで目に入るんですよ、タイトルが。
これ何かなんだろうっていうふうにとってみると、
ああなんだ、俺これ5年前に読んだのか。
僕はある程度読んだものは全部、いつだいたい読み終わったかっていうのは記録に残してくるんですよ、結構細かく。
でパッと見ると、これ読んだことあるんだってパッとね。
鈴木大拙との再会
田中 愼一
今回もですね、実は鈴木大拙の日本的霊性っていう、これ結構一世風靡したグローバルで、世界での本なんですけども、
鈴木大拙っていうのは、禅っていうものを世界に紹介した人ということで、
日本よりも世界でのほうが有名なんですが、その方が書いた本で日本的霊性っていうのがあって、
それでその日本的霊性って本をパンと掴んだ。
これは僕ね何回も読んでるんだろうなと思うんですけど、ボロボロなんですね。
実際記録を見るとですね、僕が59歳だからかなり昔、還暦直前、2014年だな、12月。年ばれちゃうけど。
そこで読んでですね、すごいんですよ。赤線だらけっていう感じですね。
でそれを偶然ね、だいぶ遠ざかってたんですね、鈴木大拙さんとはね。
ところが偶然それをちょっと取り上げて読んでみたら、
結構ググッとくるものがあってですね。
もう完全に一つの本を読み終わったんだから、それは習得したなんていうことは本にはないんですね。
だからいい本にはね。
だからもう一回見たら、これもっとすごいググってて、何が出てきたかって言うと、
フローとストックっていう概念で人生を捉えていくっていう発想っていうのが、実はかなり埋め込まれている。
フローとストックっていう考え方は、
僕はここでよくコミュニケーションっていうのは、フローとストックがあって、日々のフローのコミュニケーション。
それはすぐ消えていくんだけども、実際それが表現という形で出てきて、
それが、やっているコミュニケーションをしている人の背後にストックを作っていくと。
そのストックっていうのは人間との関係性とか、あるいは知見とか、
あるいはさまざまなものが溜まっていくわけですね。日々のコミュニケーションをやってると。
フローとストックの理解
田中 愼一
その溜まってきたものが一つのものの感じ方を決める意識になっていくっていうか、感度になっていくっていう話をずいぶんコミュニケーションではやってるんですけども。
鈴木大拙は、人生そのものの一つの動きとして、フローの部分とストックの部分があると。
どういうストックが蓄積されるかによってその人の人生の動きが変わってくる。
いうような、仏教的に言うと因果応報みたいな発想っていうんですが、
いわゆるフローっていうのは日々の行為ですね。
仏教で言うと業って言うんですけどね。業界の業って書いて業って読んで。
カルマ、カルマ。カルマですね。
それを鈴木大拙が行為って言ってて、別に良い悪い関係なく行為なんですよ。
人間は毎日行為をフローでやってるんですね。
フローでやってると徐々に自分の背後に溜まってくるものが出てきて、
その溜まってくるものが大体3つぐらいあるって言うんですね。
一つは、いわゆる知性的蓄積。
知性的な蓄積。
二つ目が感性的蓄積。
で、この二つだけじゃ人間収まらないそうなんです。
この二つだけだと人間は迷いに入り込む。
そこをどうつなげるか。
つまり、現実の体験と自分が蓄積した知性的蓄積と感性的蓄積だけでは、
自分が日々経験する体験っていうのはこなしきれない。
こなしきれないっていうのは、説明しきれない。
自分を納得しきれないっていう要素があって、
そこに第三の、彼の言葉で言うと、霊性的蓄積って言ってるんですけども。
つまり、霊性的蓄積っていうのはどう、他の言い方で解釈するかっていうのはまたあるんだけども。
第三のものがないと、基本的には人間は必ず現実の体験から来る、
自分の中にあるものとの間の葛藤に苛まれて、
それを超越することがなかなかできない。
そうすると、その第三の蓄積っていうものが実は物言ってくる。
こういう話ですね。
宗教的意識の重要性
田中 愼一
その中で、どういう日々の行いに気をつけなきゃいけないのか。
ということが自分の背後に溜まってくる貯金みたいなものですよね。
貯金の質を変えていくんだよっていうような発想。
そこから彼が導いてくるのは、宗教的意識って何かって話になって。
じゃあ霊性的な蓄積と、それに基づいて積み上がってきたものが、
自分の将来に対してどう影響していくのかっていうね。
彼は別に仏教っていうことを言ってるわけじゃなくて、
あくまで宗教的意識っていうのが絶対的に人間には必要になる。
それが実際の現実体験とぶつかったときに、
自分の中にある知性的蓄積と感性的蓄積だけでは乗り越えられない壁があって、
それを乗り越えるためには、
彼の言葉でいう霊性的蓄積っていうか、
それに一番近い訳っていうのは、宗教的意識っていうんですかね。
つまりそういうものを信じるっていうね。
何を信じるかっていう。
ここに大きくかかってくるよっていう話で。
これはね、なかなか深い話で。
特にコミュニケーションで言うと、
コミュニケーションは3人以上いないとダメだって、
前もここで話したことがあるんですけども。
2人だけだと煮詰まって、それ以上超越できないんですよ。
3人目がいるとそこにチャチャ入れてくれて、
それによってぐるぐる物語が回ってコミュニケーションがうまくいくって。
だから2人でコミュニケーションって成り立たなくて、
3人以上いないと無理だってのが論旨なんだけども。
それにもあるように、第3のものが現れると、
もともと第1、第2だけでは滞ってたものが、次にアウトヘイベンするって言うかね。
使用するっていうか、使用っていう言葉があるけど。
そんな話で非常にですね、
僕自身がご存知のようにうちのおふくろを亡くしたんで、先週ね。
だからそういう中で現実っていうものと、
これ体験ですからね、完全に。
体験っていうものと、それから自分の中の感度っていうか感じ方っていうか、
そういうものとの葛藤が間違いなく出てくるわけですよ。
この葛藤をどう超越して乗り越えられるかどうかって言ったときに、
やはり目の前で起こっている体験っていうものを、
どう自分なりに解釈。
解釈っていう言い方はちょっとまだ理屈っぽいんだけど、
受け入れるかどうかっていったところに、
ある程度第三の宗教的意識みたいなものが生まれてくるんだなってのはね、
これ実践的に、実践的にこの2週間で感じ取ってることなんでね。
だからたぶんそういうことがあったんで、
偶然この日本的霊性っていう本が降ってきたって言ったね。
本当にね、降ってきたんですよ。
他の本を取ろうと思ったらその本が起こっちゃったんですよ。
それでしょうがないから拾って、
あ、なんだ懐かしいな、でももう鈴木大拙さん昔読み切ったからなーなんて偉そうなこと言って。
で、まあちょっとってパッと見たら、ああって感じですよね。
そんなのも実は積ん読のね、本との出会いの1シーンを今表現したんですけど、
そんな感じです。皆さんどうですか?
中川 浩孝
読んだことがないのでちょっと逆に田中さんに質問なんですけど、
その59歳の時に読んだ感じというか読んだ時の感想と、
今まあ古希を迎えて70になっての感想っていうかその考え方っていうのがその、
なんて言うんですか、田中さんの中で何か変わったところがあるのかっていうのを逆に聞いてみたいし。
田中 愼一
たぶんね、59歳の時はまだ攻めだったんですよね。
中川 浩孝
ああ。
高木 恵子
ほう。
田中 愼一
攻めっていうか、もうはっきり言うと、もう稼ぐっていう。
稼ぐぞっていうことに集中して、
そうすると、稼ぐっていうのは基本的にはこの組織を強くして、
新しいソリューションをどんどんどんどん作っていくっていうことで、
実際ピークだった時っていうのはやっぱり65、56ぐらいのときかなって感じだね。
そのときの59の心境っていうのはですね、攻めろ攻めろどんどんだったんですよ。
だからはっきり言うと、もうほんと攻める一方って感じ。
逆に還暦の60歳代っていうのをいかにレバレッジしてここで一挙に持っていくかとか、
かつては50代が中心だったけど今はもう60代だよなって話とか、
例えば60代を突っ走ればね、攻め切ればね、
新しい70が見えてくるだろうって勝手に決めたり。
だから結構全てが前向きというか、別に後ろ向きがネガって言ってるわけじゃなくて、
ネガポジは別として姿勢の問題ね。
それでバーって走ってきたわけでしょ。
だからたぶんその10年でシフトしちゃったんですよ。
何がシフトしたか。感度がシフトしたのかな。
感じ方というか目の前で起こっていることに対する重要性っていうのが質的に変化したんじゃないですか。
これは結構やっぱり人間の一つのサイクルなのかなって気がします。
最後まで頑張ってる人いるけど、
たとえば本田宗一郎さんなんか見てると、
彼は結構早く60代前半で辞めてるんですよね。
オーナー系で60代前半で辞めるなんて人はいなくて、
基本的にはあれだけのことをやったんだけど、さっぱり経営から完全に外れた。
2人でね、藤沢武夫さんというパートナーがいたけど。
2人で言い合わせて、もうとにかく辞めようぜって話になって。
で辞めた。そのきっかけは、本田さんは言ってたのは、
水冷か空冷かのいわゆるエンジンの開発のね、これからどっちなんだって。
本田宗一郎は効率を重んじてて、水冷にすると機構が複雑になるんですよ。
いわゆる水で冷やすっていう、エンジンを冷やすっていうやり方のほうが機構的にコストも上がるし、
重たくなるし、車が。
それを空冷だったらね、そんな大きな貯水池を持つ必要はなくて、
空気でどんどん走ってりゃ冷えるぜって話だったんだけど、
結局技術論的にそれが間違いだっていうね、
本田さんの空冷っていうのはやっぱり成り立たないって話になって、
そこで自分の限界を感じたと。
これは本に書いてあります。
何らかのシフトがあったんだとは思うんですよね。
あの人は80、たしか84だな。
僕がお会いしたのは82歳のときですから。
84で亡くなられたんだけども。
あの人は、次から次に次の次元を見出せる能力を持った人なのかもしれないですよね。
ただ僕の場合はやっぱりずっとちょっと一つに、
人生のキャリア選択
田中 愼一
稼ぐということに集中しすぎちゃったっていう反応がきてるのかもしれない。
もうね、ほんと貧乏暇なしでね。
あれだけ俺稼ぐって稼いでたつもりが、全然稼いでないってのがわかったんで。
まあ人生そんなもんでしょうね。
すいません、お答えになってないと思いますが。
中川 浩孝
いやでもあれですよね。
年と引退とか、それこそどういうふうに身を引くかとか、
仕事として何か今までやってきたものをそのままやるのか、
まあ違うことにシフトするのかみたいな、私も考えるところがあって。
っていうのも、それこそビル・ゲイツが一線から身を引いたのって53のときなんですよね。
で、私今年53なんですよ。
ビル・ゲイツはこの、もう私の今の時点くらいで、
もう次の今までの仕事というかキャリアを一段落させて次のことをやろうというふうに考えてたんだなって考えると、
まあもちろんね、成し遂げたものが違うからなんとも言えないんですけど、
そんな境地に今私がとても立てていないっていうのはやっぱり全然その、
もちろんね、成し得たものが違うっていうのはまさにそれなんですけど、
なんかすごいなと思って、まだまだ働けるし、
今までの、少しね、昔と比べたときに、
こうなんていうんですかね、やる気はなくなっているわけじゃないんですけれども、
なんていうんだろう、すごく頑張らなくてもそれなりにできるっていう、
その今までの経験とか、自分の知識を生かせばできるっていう状態になってきたときに、
昔と比べると、言い方は悪いんですけど楽?楽というか、
そんなにすごくパワーを使わなくても仕事ができる、
こうなんか、なんていうんですかね、慣性がついてきているときに、
辞めるのってすごいなっていう、
もったいないっていう感じが過ごしちゃうっていうのが、
私の今の考え方なので、そういう意味では、
本当に59歳のときと70って、まだ私も59はもうちょっとありますけれども、
とはいえね、あと数年で来るので、
なんかそこのときに、
まだこう引退のこととか考えられるのか、
引退したいってそのフワッとした考えはあるんですけど、
でもじゃあ本当にそれにコミットできるかっていうと、
私もちょっとまだ不安がやっぱりいっぱいありますよね。
田中 愼一
今の話を聞いててちょっと思いついたのは、
相対的なものに対する懐疑って言うんですか、
一方で絶対的なものに対する関心って言うんですか、
要するに一生懸命稼ぐって言ったら裏を考えると、
俺が一番、俺が一番になるぞっていう、
周りから認められるぞって、
俺テレビに何本出たかなとかね、
あと今僕が出てるいくつかの会議があるけども、
ああいうのはですね、そこでいろいろネットワーク広げようとかね、
あるいは自分を認めてよっていうとか、
あるいは自分のやってた過去がすごいだろうっていうとかね、
そういうものにですね、はっきりいって懐疑的になっておりまして、
いくら積み上げてもですね、安心しないんですよ。
心が安心というのは安定しないっていう表現になる。
心が安定っていうのは、静態的に安定って言うんじゃない。
動態的に安定しないんですよ。
だから、元気がなくなったということじゃなく、
元気はあるんだけど、もはや相対論的な社会に対する懐疑っていうものがあって、
それを追ってる限りは、基本的には心がうまくバランスが取れないって。
そうすると安心を求めるときには、やっぱり絶対的なものを知りたいんですよ。
絶対的なものを知れば、これはわかんない、予想なんだけど、
知れば基本的には心は落ち着くと。
中川 浩孝
まあそうなんでしょうね。
田中 愼一
っていうその絶対的なもんって何?っていう探求の旅に出ちゃったって感じですからね。
そうすると、相対的なものには関心がなくなるんですよ。
絶対的なものを究明したいっていうことと、
絶対的なものを究明していく過程で覚醒したものっていうのを、書き残すってことなんですよ。
これは十分な有名になりたいからっていうんじゃなくて、
基本的には、直接的にはうちの子供たちに、あるいは孫たちに、あるいはひ孫ぐらいがそろそろできそうで来ないかなと思うんだけど、
そのあたりに残すっていう感じですかね。
だから、なんていうのかな、そんな心境の変化じゃないですか。
中川 浩孝
なるほどね。
田中 愼一
いやわかんない。人によっては逆の方向へ行く人もいるんですよ。
より求めちゃうんですよ。名誉は。
よりお金を求める、より影響力を求める、よりなっていくっていう。
郷ひろみのコンサート
田中 愼一
そっちに行く人も結構いると思う。
でもね、それをいくら追求しても、心は満足しないんですよ。
僕はそう感じてきて、こうなってるんだと思うんですけど。
やっぱり絶対的なものを明らかにしていくっていう、そっちのほうが逆に言うと面白いじゃないですか。
誰もが知らないものを覚醒していくっていう。
それを覚醒したら、それを自分だけで楽しむんじゃなくて、
やっぱりなるべく多くの人と楽しんだほうがいい。
分け与えるっていうか、そんな大げさなことじゃないんだけど。
せめてだったらじゃあうちの子どもたちにとかね。
そういう欲求の方が強くなってくる。
だからAIなんかに今興味があるのは、自分AIをどう作るかって毎回話してるけど。
ああいうのも一つの残す方法論としてはありかなってのは思いますよね。
だからそういうふうに行く人とは、たぶん道が分かれるんだろうね。
どういうふうに分かれるんですかね。
そこはもうね、ヒロさんの感度がどう積み上がってきたかっていうのを。
僕は感度って言葉を使っちゃうんだけども、
さっきの鈴木大拙風で言うと、知性的蓄積と感性的蓄積と、
それからそこにいわゆる霊性的蓄積っていう。
霊っていうのは、おばけの幽霊の霊なんだけども。
霊って言霊の霊なんですよ。
霊性っていう言葉はあんまり使われないでしょ。
中川 浩孝
そうですね。
田中 愼一
だからこれ英語でなんて訳したのか知りたいんだけども。
これもともと英語でまず出てるはずなんですよね。
それでもね、鈴木大拙って英語でほとんど書いてるんですよ、全部。
中川 浩孝
そうかー。
田中 愼一
英語で全部書いてて、だからみんなよく知ってるんですよ。
The Book of Zenとか、いろいろ鈴木大拙の英文の。
だから英文があってそれを今度日本語訳した。
ただ日本語訳したときにその訳はかなりしっかりしてる。
なぜか鈴木大拙は直に見てるわけですから。
中川 浩孝
どうなんだろうなっていうふうになってるのか。
田中 愼一
だから英語で霊性ってどういうふうに訳してるのかっていうのは調べなきゃいけないんですけども。
いずれにしてもそんな感じですね。
そういうことから言ってくると、それとたぶん繋がりがあるのがですね、
先週、郷ひろみのコンサートに行っていました。
渋谷公会堂に。
誘ってくれる人がいたんで、ちょっと行かないかって言うから、
そうね、俺たちの歳だとそうかなって感じで行って行ったんですよ。
彼もたぶん今年古希なんですね。
たぶん誕生日が10月18日ぐらいかな。
で、彼は70になるわけですね。古希。
じゃあ行ってみて。
すごいですね。人がずいぶん集まってて。
中心世代は60代から70代ですね。
中川 浩孝
まあそうでしょうね。
田中 愼一
あと50代が入ってきてる感じで。
男性比率はね、1割ぐらいかな。
中川 浩孝
あー、でもいらっしゃるんですね。
田中 愼一
結構いるなと思って。
すごいんですよ。みんなあの光ったやつをパーパーやりながら立ち上がってみんなやってんの。
その世代の人たちが。
しょうがないから僕もやったけど、すげえなと思って。
郷ひろみの演出って、郷ひろみの作法みたいなのがあって、こだわりがすごいんですね、彼ね。
彼自身もエンターテイナーだから上手い。
実に全体的にすごい。
でもやっぱり彼は作法の達人っていうか、そういう言葉が頭に浮かんできたんですけども、
公演の演出や振り付け、これ全部郷ひろみ流なんですね。
彼の場合っていうのは、例えばね、
アメリカでいろいろ有名なダンサーの人たちがいるけど、
彼らを見てると、彼らは体の中から自然に動いてる動きなんですよ。
非常に体の中から湧き出てくるような動きの振り付けなんだけど、
だから振り付けが意識されてないんですよ。
彼らの奥から動きが出てきて、それが自然に彼らの振り付けになるっていうのがアメリカの振り付け師なんかを見てると。
彼らの振り付けは、より型があるんですね。
だから自然に出てきた表現とは違う型があって、それが作法みたいな形でやっていくから、
一見あんまり魅力ないなと思っちゃうんだけど、その作法にフォーカスを当てていくと、ちょっとなんと表現したらいいんだろう。
その型にはまった動きなんですよ。郷ひろみ流の型にはまった。
で、それがね、あのレベルまでいくと大したもんだなと。
デビューしたての歌手が、振り付け師から型を作って言われて、そのとおりに機械体操をやってみたいなやつがあるでしょ。
彼も初めはそういう感じだったんだろうけども、今の彼の振り付けってのはもう半端じゃなくて、
これすげえなと思うぐらいの彼流の作法があって、
自然に出てきたものじゃなく、人工的に作られたものも、あそこまで追求していくとすごいのかなと。
その中には、彼の動きの中には年目が入ってるんですね。あんまり動かない。
見てると下半身の動きを限定してますね、かなり。
だってすっごいエネルギー量ですよ、時間。
中川 浩孝
まあそうですよね。
田中 愼一
声のほうもよく続くなと思ったんだけど、あれはね、公演そのものは確かに面白かったんですけども、
いろんな意味で彼のストイックさと言うか、一徹さと言うか、それを極めた。
つまり、振り付け師の、自分でも振り付けやってるんでしょうけどね、当然ながら。
実際にね、彼は去年も全国ツアーなんですよ。東京から始まったんだけど、この全国ツアーがですね、5ヶ月で37公演。
5ヶ月で37公演をやり、かつ、今テレビにも出てるでしょ、彼。
中川 浩孝
そうなんですね。
田中 愼一
ほぼ、だいたい出てますよ。歌番組でも結構出てる。バラエティにも出てる。
ちょっとね、頭で考えただけでも気が遠くなるような。
僕なんかトレーニングやってるんで、明日6時間のトレーニングやらなきゃいけないんですけど、振付け。
中川 浩孝
ほー、それはなかなか。
田中 愼一
この公演っていうのを今回見たときに、これすごい話やで、あのエネルギーは。1日1回しかできないんですね。
ファンとの関係
田中 愼一
あれだったら絶対1日1回しかできない。
で、1日1回でしょ、37回公演を行って、しかも全国ツアーだからあちこち回って、さらにはテレビ出演もやるっていうね。
いやー、すごいなという。
中川 浩孝
70近いのに確かにすごいですね、確かに。
田中 愼一
で、やっぱりね、明るいんですよ。
その前の週で話した長嶋さんと同じ。すっごい明るいんですね。
いつもずっと笑ってるって感じで。
やっぱり長嶋さんのところで最後まとめたのが、敵を作らないっていうことだったと思うんですけど、彼もそうなんでしょうね。
だからあそこまで長らく生き延びてるっていう感じ。
高木 恵子
あとはやっぱりファンのためですよね、長嶋さんも、ひろみGoもやっぱり。
あとファンも年取っていくのわかるから、変な話、いつ病気になったり、本当に亡くなるかって、
ファンの人たちの年代も考えると、できるだけ本当に長嶋さんも郷さんも、
人々の存在の表現
高木 恵子
できるだけやっぱり自分の姿を見せていきたいっていう気持ちがあるみたいですよね。
だから、だって長嶋さんなんか21年間ずっとリハビリしてたわけですよね。
脳梗塞の、あのすごい激しいトレーニングを、あれ全部ファンのためですよね。
ファンに元気な姿を見せようと思って、頑張って回復しようという、あの努力って。
だからやっぱりすごいですよね。
田中 愼一
やっぱりファン視点っていう、相手視点ですよね。
高木 恵子
そう、あのあって郷さんも、なんか60になってから加圧トレーニングを、なんか週に何回かやって。
やっぱり加圧トレーニングって短時間で負荷をかけて、効率よく筋肉をちゃんとキープするっていう。
なんか60からもずっとやってたっていう。
田中 愼一
その積み重ねですよね。
やっぱりさっき言ったフローとストックですよね。
日々何をやるかが、その人の蓄積を作って、その蓄積によって彼がずっと今日まで生きてきたって感じですよね。
高木 恵子
あと多分長嶋さんと郷さんも共通してるのは、郷さんも、もう外でも家でも郷ひろみなんですって。
田中 愼一
ああでしょうね。
高木 恵子
あのアイドルも郷ひろみなんですって。
だからやっぱり今の奥様なんかは、家でもちゃんと郷ひろみとして、扱うっていう方変ですけど、
本当郷ひろみとして接して、ずっとこの家庭を。
田中 愼一
そうすると夫婦喧嘩ないんじゃないですか。
高木 恵子
いや、どうなんですかね。その詳しいことはわからないけど。
でも本当郷ひろみのまんまなんですって、家でも。
田中 愼一
なるほどね。
高木 恵子
だからもうあそこまで、やっぱりもうアイドル、長嶋さんもそうだけどミスターって呼ばれるぐらいの、あの逸材になるとやっぱり、もう生活っていうか人生生活そのものが、もう自分のものじゃないんでしょうね、きっとね。
田中 愼一
ある意味そうでしょうね。
高木 恵子
そうなると、私たちのような凡人の考え方で、最後自分の最期をどう迎えるかってきっと。
田中 愼一
たぶん彼の頭の中で、そういう世界観っていうのを持ってるんでしょうね。
高木 恵子
そう、そうでしょうね、きっとね。
田中 愼一
世界観を持って、それが自分の生きてる世界だって認識して、ああいう行為を日々やって、積み上がってくるものがあるんだろうと思うんで。
だから、もしかしたらそこあたりには、さっき言った3つの認識。
知性的な認識や、いわゆる感性的な認識や、あるいはさっき言った霊性的な認識っていうか、その2つの認識以外の第3の認識ですよね。
第3の認識っていうのは、基本的にはそのベースにあるのは何を信じるかって話。
所詮人間はすべてを知るってことはあり得ないんで、すべて信じるっていうのがないと事実にならないんですよね。
人間にとって事実っていうのは信じるっていうこととイコールなんですよね。
だから基本的には、そこの信じるっていう要素をどれだけ知性的に入ってきた、いろんな理論的な話と認識と、いわゆる感性、感情的なね、いろんなものから入ってきたもの。
さらには3つ目にそういう信じるっていう。じゃあ何を信じるのか。
知性的な話、感性的な話からいろんなものが見えてきて、そのうち何を信じるのかっていったときに、その第3の認識っていうのが出てくると、
その第3の認識っていうのは一言で言うと感度に近いのかなと。つまり何を信じればいいのかと。
それを受信するのが知性的な認識と、当然感性的な認識っていう五感六感の世界がグワッと入ってくる。
その中でいろんな事実の映像がたくさんあるわけですよ。どれが本当か知らないけど。
でも人間はそのうちの一つを選ばなきゃいけない。
そうするとそれをやっぱり基本的には導くのがその最後の方の、鈴木大拙流で言うと冷静っていう言葉なんだけども。
我々流の言葉で言うとなんだろうな、やっぱり自分が描いている思いみたいなもんですか。
そういうものによって現実を把握するっていう。そうすると心も落ち着いてくるっていうか。
だからやっぱり自分の思いと関係あるのかもしれないな、心の安定っていうのは。
やっぱりそういうところっていうのは非常に、今の郷ひろみと長嶋さんの共通点でなりきるっていう。
つまり、私生活と公は分けてないってことですよね。
なりきるってすごいよ。
高木 恵子
なりきるっていう意識もないんでしょうね、きっとね。
田中 愼一
多分ね。だからもう宗教ですよ。
神様になってんのか、その神様の下辺か知らないけども。
もう他の人からとったら事実じゃないとは思うんだけども、本人にとっては事実なんですよ、その世界観が。
だからどういう世界観を持つかっていうのが、人間大事なんですよね。
高木 恵子
でもね、みんながみんな長嶋さんや郷さんみたいな、有名人とかすごい人じゃないから、普通の人たちの。
田中 愼一
有名人じゃなくても、普通の一般の人でも基本的に同じだと思うんですよね。
人それぞれの生き方っていうのがあって、その生き方を支配してるのがそれ一人の世界観でしょ。
その世界観には何を信じるかっていう要素が決まってて。
だからあとは重要なのは、何を信じるかっていうものを導いてくれる感度っていうかね、
そういうものをどう蓄積するかっていう話になってくるんだと思うんだよね。
だからなんかそこあたりに絶対的なものが隠れ潜んでいないかなっていうのが僕の感想です。
他のことはもうどうでもいい感じですけどね。
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