田中 愼一
一言で言うと、コミュニケーションっていうのは見えないものを見る力っていうふうに僕は感じてるんですね。
40年間いろいろコミュニケーションの修羅場をくぐってきて。
見えないものを見るってどういうことって言うとですね、やはりイメージ力がないと見えないんですよ。
つまり見えるものは見えるんですよ。だからそれどうでもいいわけです。
でも人間社会って生きていく上で、見えない部分をどうイメージするかっていうのが実は非常に重要なですね、
生き抜いていく上で大きな過程になるんですね。
しかも何を見えないものを見たか、どの見えないものを見たかっていうのもですね、
人によっては見えない。でも他の人によってはイメージで見えるっていう。
この差って結構実は大きくて、ほとんどの人が毎日イメージしながら見えないものを見ながら見てるものを見て生きてると思うんですね。
そこの見えない部分をより意識して見えるようにするっていうためには、
やっぱりイメージ力を鍛えるっていうことが基本中の基本かなっていうのが、
今週末に教える内容の中で考えてみたらそうだなと。
はたと気がついたのがですね、この講座は何年だろう、10年近くやってるのかもしれないですけど、
今さらかよって言われそうなんですが、アジェンダがですね、4つの項目からなってるんです。
それを2日間やるんですが、まず一つはトヨタのリコールのケースっていう、2009年のリコールですね。
それから2つ目が、これは僕自身が経験したホンダのアメリカのケースで、日米通商摩擦、ここをどう乗り切ったかっていうケース。
それから3つ目のケースがですね、オバマ現象っていうことで、オバマさらにはトランプとの比較で、
今度ハリスが出てくるんで、ここあたりを議論していく。
最後がですね、中国の古典である孫子、要するに世界最古の兵法書と言われている孫子。
この4つをですね、基本的には題材として2日間やっていくんですね。
そのときに何が気がついたかというとですね、まずトヨタとホンダと、それからオバマのケースっていうのは具体的なケースがあるんです。
それをみんなに読んでもらって、そこから実際、原理原則って何なんだと。
そこから戦略コミュニケーションの原理原則がどう見つけるんだっていう形のアプローチをするわけです。
そのアプローチっていうのは、何を鍛えるかというと、目の前に具体的なケースを全部提案して読み込んで、
その具体的な、いろいろな実証の中からどこに原理原則があるかっていう、
抽象的な原理原則を引き抜くっていうか、見つけ出して整理していくっていう、こういうプロセスなんですね。
だからたくさんあるいろんなもの、事象の中から原理原則を抜き取って、それを把握するっていうための題材なんですね。
田中 愼一
最後の4つ目の孫子っていうのは、その逆のアプローチで。
孫子っていうのは本当に小冊子なんですね。
非常に凝縮されたエッセンスの文章っていうのが、ざーっとあるわけです。
本当に凝縮されてるのは、例えば戦わずして勝つとかね。
もうそれだけですよ。戦わずして勝つね。
もともと古典っていうのは、基本的に言われてるものっていうのは、
必ずその古典で書かれているものっていうのが、当時どういう意味だったのかなっていう理解することだけじゃなく、
それを現代に置き換えたときに、その古典で書かれているものっていうのは、
どういう現代の意味っていうのはあるのかっていうことが古典を読むっていうことですから。
同じように孫子も古典ですから、孫子がたくさんいろんな言葉を表現を持ってるんだけども、
その表現を持っているんだけど、その当時この表現はどういう意味だったのかっていう、
当時の意味合いっていうのも、ある程度理解しなきゃいけないんだけども、
古典を読んでいる現代人にとっては、それは二次的な意味であって、
一番大事なのは、孫子に書かれている内容が今自分が生きてる中で、
どう役に立つのかっていう。
これはですね、さっき言ったプロセスとは真逆のプロセスなんですね。
つまり先に原理原則があるんですよ。
その原理原則を今度は、今目の前で起こっているありとあらゆる事象の中にそれを適用して、
そこに一つのメカニズム、一つの見えないものを見るっていうものがイメージとして出てくるんですね。
だから、初めに言ったいろいろなケース、トヨタ、ホンダ、オバマのケースっていうのは具体的なケースがあって、
それを読み込んで、そこから原理原則を抽出するっていうやり方。
孫子の場合逆に原理原則が述べられてるんだけど、それは現代的な意味においてはどういう意味があるのかっていうふうに、
今目の前で起きてるありとあらゆる事象にその原理原則をぶつけてみて、
その原理原則っていうのが、今の世界でも本当に回ってるのか回ってないのか、
今の世界でもしっかりと使えるものなのか使えないものなのか。
あるいは、だいたいは古典が長生きしてるっていうのは、やっぱり役に立つんですよ。
今の我々が直面している事象を理解する上で、何らかの役に立つから古典という形で生き延びてるわけですね。
だからこの2つはですね、同じイマジネーションを使うんですよ。両方とも。
ただそのやり方、イマジネーションを、メカニズムがちょっと違う、要するに動きが。
それは、たくさんある事象から原理原則を抽出するというイマジネーションと、
原理原則からそれをどうやって現実の複雑な事象に当てはめて、
そこの中でその原理原則がどういうところで回ってるのかっていうのを察知する、イメージする力。
これ2つの力だと思うんですね。
その双方向性があって初めて、基本的にはイマジネーション力っていうのが強くなって鍛えられて、
見えない世界がよりユニークに見えてくる。
たぶんそこにつながってるんだろうなと思いますね。
こんな話していいのかな。これもしかして受講生が聞くと大変ですよね。
中川 浩孝
授業料払った分ね。他の人もね。
田中 愼一
そういう議論を今週はしたいと思ってるんですね。
つまりイメージ力っていうのがコミュニケーション力にとってはものすごく重要なポイントなんだよね。
イメージ力が弱いとコミュニケーションという力が弱いんですよ。
だからやっぱり人と接して対話し、人とエンゲージするためには、こちらはいろいろなイメージ力を持たなきゃいけないし、
今言って一言って何かっていうと、絶えず自分の目の前に起こっていることを意味付けする癖なんですね。
意味付けする癖ができると、実はその2つのアプローチっていうのはだいたい連動するんですよ。
だから自分で意識して分ける必要はなくて、とにかく目の前で起きたことを自分にとってどういう意味があるのか。
さらには重要なのは相手にとってどういう意味なのかっていうのを、しっかりと絶えず癖のごとく考えていく。
つまり意味付け力が高まる。
意味付け力が高まるといったのは、さっき言った2つのアプローチのイマジネーション。
つまり、たくさん多様なものから原理原則を抽出するイメージ力。
さらには、原理原則から多様な事象にそれをぶつけてみて、
多様な事象の動きをしっかりと見極めるイマジネーション力。
この2つの能力っていうのが、日々自分の目の前に起こる事象を絶えず自分にとってどういう意味があるのか。
さらには相手にとって、つまり誰が、自分以外の相手がですね、
この自分が今経験している事象をどう受け取ってるのかっていうか、意味付けてるのかっていう。
この自分と相手っていうところで目の前で起きてる事象を意味付けるっていうのは、
これかなり力つきます。
3日間自分で試してみたんだけど、かなり力つきますね、イメージ。
古典の読み方は、孫子がパッと見るんですよね。
何回も教えてる。
受け取るメッセージが違うんですよ。面白いほどに。
これはね結構ね、イメージ力っていうのはやっぱり非常に重要なポイントで、
毎日意味付けする自分の目の前で起こっていることを、自分にとってどういう意味か、相手にとってどういう意味か。
これがですね、実は孫子の中に一つの表現があるんですね。
その表現っていうのはですね、ちょっと言葉でまず言いますね。
勢とは、利に因りて権を制するなりっていう言葉なんですね。
勢っていうのは勢力の勢。勢いです。勢いっていう感じですよね。
勢とはっていうことは勢いとはって感じですよね。意味を訳すと。
利によりて。利っていうのは利益の利。
に、因りての因っていうのは原因の因です。
よりて。権っていうのは権力の権。
権を制するなりって言うんですね。
これ何かというと孫子の基本的な考え方っていうのは、
もともと孫子っていうのは戦略っていう概念のルーツだって言われてるんですね。
孫子の中では戦略って言葉は一切使われてないんですよ。
でも孫子には二つの要素があって、
一つっていうのが今で言う戦略、つまりプランニング。
ところがそれだけを後世の人たちは取り上げて、
戦略っていう言葉を作っちゃって、
戦略はイコールプランニングだっていうふうに言っちゃったんですね。
でも実は孫子にはもう一つの主張があって、
それは戦略でプランニングを徹底する。
できるだけ想定外を想定内にする。
これが一部、そのプランニングの重要なポイントで。
そのプランニングを実際実行するとなる。
実行するとなると何が起こるかというと、
いわゆる想定外が起こる。
要するにいくらどんなプランニングをしたとしても、
想定外をすべて把握することができません。
そうすると今度はその想定外をどうやってレバレッジするかって話になる。
これはどっちかというと発想としてはピンチをチャンスにするって感じね。
つまりプランニングはしっかりやる。
とにかくなるべく必然の世界を多くしておく。
田中 愼一
で実際今度は戦場に出ます。
するともはや物事っていうのはプランニング通りになりません。
そうすると何が起こるかって言うと想定外が起こります。当然ながら。
つまり偶然の世界が入ってくるわけです。
ここで書いてある今言った言葉っていうのは、
勢いっていうのはどこから出てくるかって言うと、
利に因りてっていう利を考えることによって権を制する。
権っていうのはですね、これは僕の解釈ですけども、
さっき言ったピンチをチャンスにすると同じです。
その流れを、権っていうのは何て言うかな、コントロールですよねある意味ね。
権利とか権威とかいうように、
一つのトリガーポイントって言ったほうがいいかもしれないですね、権っていうのは。
権を制するっていうのは、そのトリガーポイントを見逃すなよと。
そのポイントでしっかりと叩けっていう、そういう意味なんですよ。
つまり言い方を変えると、戦う前までは必然を最大化しろと。
で、偶然を最小化するっていうのがプランニング。
でも実際今度、実践になったら、そうは言ってられなくて、偶然の世界が支配するわけですよ。
だからプランニングした自然の世界ってのは本当に小さい部分になって、
ほとんどがもはや偶然とどう向き合うかって話になるわけですよ。
そうすると偶然と向き合う、向き合い方っていうのが実は今書いてあった、いわゆる勢。
勢とは利に因りて権を制するものなり。
これがね、僕長年わからなかったんですよ、どういう意味なのか。
何となく数年前からわかり始めてきて、
要は偶然の世界と向き合うっていうのが現実なんだって話だったね。
つまり偶然の世界と向き合うためには二つのことをしなきゃいけない。
まずはプランニングを徹底して想定内を最大化しろ。
で、必然の世界をなるべく大きく作っておけ。
でも実際それはプランニングのステージであって、実際戦ってみるとそうはいかない。
そうすると向き合うのは偶然の世界だ。
そうすると今度はその偶然という想定外のものをどう利用するかレバレッジするかっていうのが、
実は現場にいる将軍の力量にかかってるっていうことを言うわけです。
孫子を読んでいくとその力量っていうのは何かと言うと、さっき言ったイメージ力なんですよ。
つまり将というのは絶えず目の前で起きてる事象っていうのを意味付けてるんですね。
しかも自分にとっての意味付けだけじゃなくて相手にとっての意味付けなんですね。
これは敵かもしれないし味方かもしれないし仲間かもしれない。
基本的には、これは自分にとってどういう意味があるのかなっていうのは面白いことに、
実は相対的なもので、相手にとってどういう意味があるっていうのがわかって、
初めて自分にとっての意味もわかるっていうプロセスなんですよね。
これはコミュニケーションの一つの原理原則で、
相手をまず知ることが一番重要なんです。
相手を知ると自分を知るっていうことになるんですね。
相手を知らないのに自分を知るってできないんですよ、社会的動物である我々にとっては。
我々は周りから生かされてるから。
だから基本的には周りを知ると初めて自分を知ることになる。
だから基本的には、孫子が説いている将軍の資質っていうのは、
日々目の前で起きてる状況を、まずは相手にとってどういう意味があるのか。
自動的に自分にとってもどういう意味かが見える。
それを絶えずやっていると何が見えてくるかというと、トリガーポイントが見えてくる。
どっちかというと偶然っていう。
田中 愼一
その偶然に対する意味付け力がついてくるわけですよ。
偶然っていうのを悪くとるか良くとるか、
ピンチとしてとるかチャンスとしてとるか。
これ全部イメージ力なんですよね、ある意味。
普通の人がピンチだと思うのを、
いやこれチャンスだって捉える力量ってんですか。
つまりどっちかというと偶然と向き合って、その偶然をどれだけ必然化させるかっていう。
その能力っていうのは、実は孫子で説いている能力っていうのは、
自分の目の前で起こっている状況を相手視点から自分視点から意味付けることを繰り返しやってると、
実はほとんどの人にはピンチに見えるんだけども、
ある人、将軍にとってこれがチャンスに見えるっていう。
それが偶然っていうものは避けられないんだけども、
その偶然と向き合うための一つの方法論であるっていうのを説いてるわけですね。
中川 浩孝
なんかあれですよね、単純に物事を悪く取るとか、
悲観的に受け取るか楽観的に受け取るかっていう話じゃなくて、
どんな可能性があるかっていうことを100万通りなのか何億通りなのかわからないですけど、
たくさん考えれば考えるほど、その中にあるチャンスが何億分の一のチャンスまで見ることができるとか、そういう多分感じですよね。
田中 愼一
ただ何が違うかというと、何万通りの通りって通りじゃなくて相手なんですよ。
一つの事象が起きたときにどれだけの相手の立場に立って、
その事象の意味付けをできるかによって、誰を動かさなきゃいけないのか、
誰を消滅させなきゃいけないのか、誰を味方につけなきゃいけないのか、
誰をっていうのは全部自分に対する意味付けなんですよ。
だから偶然っていう事象想定外が起きたときに、
それをどれだけ多くの相手の立場に立って、意味付けることができるか。
その意味付けができると自分にとっての意味付けがクリアーに見えてきて、
そうするとこれはチャンスなのかピンチなのかっていう見極めができる。
これがね基本的には非常に面白いなと思って、
この言葉がね、「勢とは利に因りて権を制するなり」っていうのが、
腹落ちがなかなかできてなかったのが、
この数日間で完璧に腹落ちしちゃって、今の説明ですよ。
だから何か想定外が起こったらどうすればいいのかっていったときに、
どれだけ相手の顔を想像でイメージできるか。
いろいろな人たちの相手っていうのがいるわけですね。
その相手が見えたら、彼らにとってこの事象は一体どういう、
想定外はどういうことを意味するのかってバーッと見えてくる。
そうすると自ずと相手の動きっていうのも想定できるわけですよね。
そうすると自分というものが分かる。自分の意味付けが。自分にとってのこの意味付けが。
その意味付けが分かると手を打てるわけですよ。
だから基本的にこれ、クライシスのときもそうなんですよね。
クライシス、先週やったけど、あれは偶発的なものですよね。
とにかくね偶然ですよね。想定外ですよね。
したときにどれだけの相手をイメージして、
どれだけの相手にとってこれはどういうことを意味するのか。
被害者はどうなってる。協力を取り付けなきゃいけない相手は等等等等等って、
どれだけ社員は疑問を持つだろうなとか、いろいろな所をバーッと相手を見てそれぞれ意味付けると、
やっとトップマネジメントは、自分にとってこの想定外が一体どういう意味なのかっていうのを理解し、
次に何を打つべきかっていう打つ手がクリアーに出てくる。
これはね、速攻でクライシスマネジメントに適応できるプロセスですよね。
どうするかというと、あんまり言っちゃうとね、こっちのサービスの新規イノベーションにかかってる。
でも、やっぱり社会的な動物である我々が持っている、なんて言うんですかね、宿命っていうのは、自分一人では自分はわかんないっていう宿命ですよ。
我々は絶えず相手と接してて、相手を知らないと自分を知らないってことになる。
まさにね、孫子の偉いとか、その原理原則も説いてるわけです。
例えば何と言ってるかというと、彼を知り、己を知らば、百戦して危うからず。
彼を知りっていうのは、相手を知り、己を知らば、自分を知れば。
つまり相手も知り、自分も知るならば、100回戦っても、100戦しても、危うからずっていうのは、勝ちまっせって言うんですよ。
そのときに重要なのが、実は彼を知りが先に来てることなんですよ。
田中 愼一
これ己を知り、彼を知りってことはありえない。我々社会的動物人間とって。
まずは彼を知り、相手を知り、自分も知り、そうすると100戦戦っても、全然危うくないよっていう。
これも原理原則ですね。いわゆる孫子が説いてる。
この原理原則ってまさにコミュニケーションの原理原則と同じで。
高木 恵子
でもなんかそれって、対象物って人だけじゃないですよね。
なんか自分を知るのって、何か要は対象物、人でも何だろう、食べ物でも、そのもの、存在するものがあって初めて自分。
田中 愼一
もちろんね、存在するんですけど、最終的な相手っていうのは人間なんですよ。
そこにある触媒としての事象とか、物理的現象とか、様々にありますけども、
それらの現象が人間に対してどういう意味合いを持ってるのかっていう。
あの所詮人間の社会ですから、全ての動きは、全ての事象、人間社会の事象ってのは人間がやってるわけですよね。
で、それは人間がやるとそれが物理現象になったり、それがいろんな形のものになって現れてきて、我々の目の前に現れるわけですよ。
その事象に対してそれぞれの人間が自分にとっての意味を感じて行動を行うわけですよね。
だから最終的にはやっぱり人の顔っていうか、人間を相手にしなきゃいけない。
なぜかというと、石ころが転んでいて、それを相手と考えると、
石ころにとっての意味付けっていうのは、
例えば、のど渇いた人の目の前に水が置いてあればね、
その水の意味っていうのは、すぐのぞ渇きを冷やすっていうことはあるけども、
それは目に見えてるものが自分にとって、だから僕は人間ですよね。人間にとっての意味ですよね。
普通の物理的なものっていうのが相手になるってことはならないと思います。相手はやっぱりあくまで人間だと思います。
あるいは、物によってはもしかしたら動物も入るかもしれない。
中川 浩孝
そうですね。コミュニケーションという意味でいくと、何かこっちから何かアクションを起こした時に向こうから何かが返ってくるとか、何かがあるっていう言い方の方がいいかもしれないですね。
だからそうしたら動物の場合は、もしかしたらその可能性ありますよね。ただ多分無機物に関してはそういうことはたぶんないですよね。
向こうから何か反応してくれることはないから。
田中 愼一
ただ、ただ、ただ、ごめんなさい。ただ、無機物においても、その無機物が他の相手にどういうメッセージを発信するかは知らないけれども、人それぞれだと思うんだけど、自分にとっては意味づけができますよ。
高木 恵子
そうそうそうそう。それはありますよね。自分を知るためには。
田中 愼一
例えば茶の会なんかに行って、濃い茶を飲んだ後に庭を鑑賞するっていう。それは庭からいろいろなメッセージを受け取ってるわけですよね。
受け取ってるのは自分ですから。他の人は受け取ってないんで。あくまで受けてるのは自分だけで。
人それぞれが自分なりに受け取っている。だから必ずそこには人間っていう相手がいるわけですよ。
それが動物だともう少し反応が早いから、動物にとっての意味づけっていうのは出てくるかもしれないけど、
無機物にとっては、もう少し議論したほうがいいですね。