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2025-05-01 14:24

映画「けものがいる」

クリエイティブプロデューサー 三好剛平
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感想

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この時間は、日替わりコメンテーターが独自の切り口で、多様な視点を提案するCatch Up。
木曜日は、クリエイティブプロデューサーの三好剛平さんです。
三好さん、おはようございます。 おはようございます。
さて、今日は。
今週はですね、KBCシネマにて、先週末から絶賛公開中の作品なんですけど、
「けものがいる」というフランス映画をご紹介します。
「けものがいる」っていうタイトルなのね。
ゾッとしますね。 ゾッとするタイトルですけどね。
これですね、2023年、もう2年前になるのか。
ベネチア国際映画祭で、その年なんですけど、
哀れなる者たちとか、悪は存在しないとか、
かなりの傑作映画がですね、続々と出たその年だったんですけど、
その傑作映画群を横目に、その映画祭の公式批評スコアっていうのがあるんですけど、
これでずっと1位を獲得し続けたですね、
大注目のフランス映画があってねっていうのが、当時から話題になってたんです。
で、長らく日本公開が待望されてたんですけど、
この度公開となりまして、先日私劇場で鑑賞してきたんですけど、
これがね、鑑賞中から、そして鑑賞終わった後までですね、
ずっとですね、様々な角度から堪能しがいのあるですね、見ごたえ抜群の1本でしたね。
ということで、ここからその魅力をご紹介したいと思います。
この「けものがいる」という作品なんですけども、
監督を務めたのは、1998年の長編デビュー以来、
カンヌ、ベルリン、ベネチアと3大国際映画祭でも常連監督になっている、
フランス人のベルトランボネロというですね、監督になります。
この映画のこの「けものがいる」という作品については、
主演にですね、007スペクター、そして007ノータイムトゥーダイっていうですね、
シリーズ最新2作をはじめ、デューン砂の惑星パート2など、
ハリウッドでもトップ女優として活躍するフランス人の女優さんレア・セデューですね。
綺麗な女優さんですね。
そして19世紀中頃より活躍した英米文学の巨匠、ヘンリー・ジェイムスっていう人の
「密林のけもの」という短編があるんですけど、
この密林のけものという短編をベルトランボネロ監督自ら、
近未来へ舞台を移した脚本として大胆に本案した1作なんですね。
というところでまずそのあらすじからご紹介していきたいと思います。
舞台は、AIが国家の社会システム全般を管理し、
人間の感情が不要とみなされている2044年のパリでございます。
なかなかな設定でしょ。
ここで人間が重要な仕事を得るためには、
その感情を消去するためにDNAの浄化という特別なセッションを受けなければならなかったということですね。
すごい時代でしょ。
その中でこの映画の主人公を務めるのは孤独な女性ガブリエル。
これをレア・セデューが演じるわけですけど、
彼女は長らくずっといつか恐ろしい破局がやってくる。
その破局のことをこの映画の中ではけものって呼んでるわけですけど、
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その恐ろしい破局の予感に強迫観念的に悩まされている人なんですね。
なんですけれども、とはいえ社会から自分自身の感情の消去を求められるということに関しては疑問を抱き続けている。
そういう女性なんですね。
とはいえずっと彼女が今やらされてることって言ったら、
コンピューターのサーバーの熱を自分の手で確かめて、
何度ですっていうめちゃくちゃ単純作業しかさせてもらえてないんですよ。
すごい仕事。
ひどいでしょ。
それぐらいエヤエヤが支配しても人間は橋に追いやられてるような時代なんです。
そういう単純労働じゃなくて、少しでも有意義な職に就きたいなということで、
ついに感情を消去するセッションを受けることを決意するというところから始まるんですね。
とはいえ実はこのセッション、この浄化セッションっていうのは、
実はそのセッションを受ける対象者一人一人が数世代にわたって経験し、
潜在意識を汚染しているトラウマ、その恐怖と対峙直面させて、
人間を無感情化させるプログラムだったっていうわけですね。
ちょっとわかんないでしょ。
要は自分の、いったら数世代前からずっと積み上がっている、
自分の中に実は残っているその恐怖の記憶みたいなものを、
実際にシミュレーション的に体験させて、それで乗り越えていくっていうことを指して、
その感情の浄化に成功するっていう、そういう設定なんですね。
そのガブリエルはそのセッションを通じて、1910年、そして2014年というですね、
二つの前世に遡って、そのいずれの時代でも、実はルイっていうですね、
一人の青年と出会って激しく惹かれ合っていたっていうことを知るわけです。
ということで三つの時代、1910年、2014年、そして2044年というですね、
三つの時代で転生を繰り返すガブリエルとルイ。果たしてその愛は成就するのか。
そして彼女が抱き続ける破局、最悪の予感である獣の真実とは一体何なのか。
転生の恋愛、ちょっと出てくると。
だからね、これちょっと不思議なのが、めちゃくちゃメロドラマの物語の構造と、
あとめちゃくちゃ戦衛的なSFっていうですね、その二つのジャンルを横断しながら、
主人公、ヒーテは私たちが恐るべき獣、真の破局の瞬間とは何なのかっていう見つめていくところにやっぱりこの映画のポイントがあるんですね。
実はそこにいくつもの批評性が仕込まれているっていうところで、ちょっとその魅力をさらに深掘りしていきます。
まずこのメロドラマっていうジャンルですね。
皆さんもね、なんとなくああいうものかなってイメージするものあると思うんですけど、
改めてこれ辞書を引いてみると、そこにはまず演劇形式の一つですと。
誇張された状況設定やセリフを持つ通俗的な演劇。
ヨーロッパで中世から近世に行われ、セリフの合間に音楽を伴奏した娯楽劇っていうふうに書いてあるんですね。
その語源にはギリシャ語のメロス、これが音楽って意味なんですね。
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さらにドラマ、その劇ですね。音楽劇、それが結合したものと記されているわけですね。
さらにもう一つの定義として、みんながイメージしやすい恋愛をテーマとした感傷的なドラマや映画という説明が挙げられています。
実はこの定義二つにも分かれている通り、実は映画研究の分野においても、このメロドラマっていうジャンルはですね、
いまだに一つの定義に収束しきれないぐらい、その時代とかその国によっても、
いろんな解釈でもってメロドラマというものが作られ続けたということもあって、幅広いものにはなるんですけど、
一応一端の定義としては、極端に感傷的な音楽も交えながら、感情豊かに恋愛ドラマを描くという、
これをもってメロドラマというジャンルとした時に、これがですね、最近は近年、映画作家たちからも改めて注目されているジャンルになるわけですね。
これは何かというと、そういうふうに感情豊かに音楽を交えながら恋愛ドラマを描くというのが、
言ったらそのお決まりの、もっといえば普遍的な感情表現を軸に据えながら、その終焉に、
その時代とか場所ごとの現実を描き出す手法として改めて注目されているわけですね。
本作で描かれるこのガブリエルとルイのですね、3世代に渡る秘伝とそこに寄せられた音楽群というのが、
まさしく言ったらそのメロドラマ的なものであるということはもちろんなんですけど、
実はこの映画ですね、結末まで見たら、実はこのボネロ監督自身が、この映画全体を通じて、
一種のですね、メロドラマ批評をやってるわけですよ。
メロドラマというジャンルっていうのはどういうことなのかということをですね、
映画全体を通してやっているような構造になっているんです。
で、いうところのメロドラマにとって、じゃあ究極の破局って何なんだっけっていうところを、
例えばちょっと意識しながら見ると、なるほどねみたいな映画になっているというのがまず一つ。
面白いですね。
そしてもう一つは、このSFっていうジャンルを経由して照らし出される、
私たちの言ったら今現在への批評性があります。
これですね、この映画では言ったら人間の感情が不要なものとみなされる、
2044年というなかなかのとんでも設定が置かれているわけなんですけど、
実はこれとんでも設定でもなんでもなくて、
2025年現在すでに到来し始めている破局の姿でもあると言えるわけですね。
これ例えば、私たちはここ数年ですよ。
何事を成すにも効率を優先して、コスパ、コストパフォーマンス、タイパ、タイムパフォーマンスとか言って、
そんなことを口にしながらですね、結果が約束されたものだけを欲したりとか、
あるいは無用な感情の振り幅を排除して、求める成果だけに言ったらショートカットするような、
そういうふうな振る舞いがどんどん増えていってますよね。
本来は自分を取り巻く自然だったりとか、あるいは世界だったりとか、
あるいは目の前にいる他人一人だって、何一つ完璧に制御なんかしようは絶対ないはずなのに、
効率と成果、そしてその結果だけが目的化されていって、
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そういうふうにコスパとかタイパとか言っちゃうような、そういう状況というのは歯止めが効かなくなっているわけですね。
果たしてそのように損切りを続けていくような、そういうような私たちっていうのは、
じゃあいつかやってくる、その言ったらもう予測もできないような自然災害だったりとか、
理屈では説明できない、不条理な悲劇みたいなものに対応できんのかいっていうことにもなっていくわけですね。
不足の事態とかそういうエラーみたいなものを徹底的に回避し続ける、今のその言ったら2025年の僕らの人間性みたいなものは、
実は人間性そのものを一つずつ捨てていっているにも等しくて、
安全に想定されたシミュレーションみたいな世界の中でしか生きてないということになっていくわけですね。
そのわずか数歩先に見える恐ろしいディストピアっていうのが、
言ったらもう2044年のこの映画の中で現出している風景に実は似てないかいっていうで鏡を返しているようなこともあるわけです。
なるほど。
人間らしさみたいなものをね。
そうそう、人間らしさって何なんだっけみたいなことにもなっているわけですね。
みたいなことでこの映画展開していくわけですけど、
さらには実はこの映画ですね、オープニングとエンディングがめちゃくちゃ良くて、
どういうものかっていうのはあまり言えないんですけど、
とにかくまずオープニング、物語の導入として完璧に機能しているめちゃくちゃソリッドな演出なんですよ。
さらに言ったらこの映画の幕開けとして完璧にふさわしいストーリー的にもね、
みたいな100点満点のオープニングからこの映画始まります。
俺もう映画の始まりの時点で、はいこれもう来たって思いました。
えー。
それも音楽とか映像の。
まあちゃんとこれ見といてくださいね。
ということでそのオープニングから、そして言ったら最後の映画の幕引きとなるエンディングに至るまで、
とにかくその新しい映像表現だったりとか、編集であったりとかいうところを交えて、
2020年代現在の映画っていうそれ自体、映画自体への批評的な眼差しも織り込まれていくわけですよ。
そう、私たちにとって今映画中のどのようなものであるのかっていうことだったりとか、
そしてこれからその映画っていうものはどのように変化していくのかみたいなところまで射程に入れた演出になってるんです。
へー。
いうことで観賞後にはですね、そのメロドラマ的なものであったりとか、そのSFを通した現在への照り返しだったりとか、
あるいは映画って何だったけみたいな何重もの批評性に当てられてですね、
もうねずーっとねこの映画について考えちゃう。
へー。
この自分たちの今ここの現実ってどんなことになっちゃうんだっけみたいなこととか、
引いては誰かを愛することってどういうことなんだっけみたいなこととか、
ぐるぐるぐるぐる自分ごとにね考え続けさせるぐらいのかなり力のある作品に僕はなってると思いましたね。
その答えは映画を見たら出てくるんですか?それともその提示される?
あのね。
あと自分で考える?
僕が思うには、めちゃくちゃいい問いが次々と投げかけられるって感じです。
あー。
それをずっと自分の中に携えてずっと考えなきゃいけなくなる。
でもそれはねすごく有意義な問いだと思います。
ということでやっぱりこの映画がね最終的に見つけていくものはたくさんあるんですけど、
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そのうちの一つ大きいものとしては、
やっぱりそもそも目の前の誰かあるいは何かと共にやろうとするっていうのは、
どうしたってそこには間違いとか恐れとか迷いを引き受けることと必ず表裏一体なわけですよね。
そんな中で私たちにとって真の獣っていうのは何なのかっていうこと。
ということを考える本当に強い作品になっています。
とはいえ映画の演出自体もかなり癖の強い映画にもなっているので、
ぜひそれも踏まえて楽しんでいただければなと思っています。
ということで映画獣がいるは福岡ではKBCシネマにて今絶賛公開中です。
僕は今年の年間トップ10に入れることになりそうなぐらい。
早くも?
これはね強い作品になりましたね。
ということでぜひ皆さんもご覧になって感想を聞かせていただければ嬉しいなと思っております。
ということでここまで三好豪平のキャッチアップでした。
アビウスありがとうございました。
ありがとうございました。
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