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2024-10-31 09:47

106 変わったこと変わってないこと

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⁠21世紀の食いしん坊⁠⁠のロケ/⁠ときめきカウボーイズ⁠/19歳は怒っていた/38歳はふざけていた/

▼現象

「存在としての公園」をコンセプトにさまざまな活動を行なっています。活動予定は⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠こちら⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠からご確認いただけます。ぜひ一緒に時を過ごしましょう。お問い合わせはお気軽に⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠現象LINE公式アカウント⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠までメッセージください。


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皆さん、こんばんは。上水優輝でございます。
完全招待制の晩餐会を開催したり、公園にレジャーシートを敷くなど、存在としての公園をコンセプトに様々な活動をしています。
現象のラジオ、絶妙までお付き合いください。
2回にわたって、21世紀の食いしん坊の思い出の場所巡りのロケに行ってきたという話をしました。
その日、朝から晩まで昔の記憶と向き合うということをやった結果、若い頃の自分を振り返ってみた結果、思ったことがあったので、
思ったことというか、気づいたことがあったので、今日はその話をしたいなと思っているんですけど、
一番インパクトがあったのは、トキメキカーボーイズの音源ですね。
自分の19歳の頃の肉声を聞くって、やっぱりすごい温度感が伝わってくるというか、
当時こんな気持ちだったな、こういう感覚だったな、という感覚まで蘇ってくる感じで、やっぱり声ってすごいなと思いましたね。
そこを起点に、あの感覚か、19歳みたいなことを起点に、中学校のこととか、
川崎町の商店街、中学校ぐらいまでから通っていた記憶とか、農家とライブした記憶とかが、よりリンクしていって感じたのは、
とにかくね、僕は怒ってましたね。
よく言えば真面目、悪く言えば不寛容という感じで、いろんなことは許せない方ですね。
なぜそうでないんだ、ということに対してすごく怒ってました。
最後のライブのMCとかも、曲と曲の間の喋りとかも、なんか説教みたいな感じになるんですよね。
19歳でなんかすごいステージから説教してるみたいなMCで、聞けたもんじゃないっていう感じですね。
尖り散らかしてるというか、攻撃性が強いから、確かにあの頃周りにあんまり人がいなかったんですよ。
バンドメンバーと、今THE DIAMONDSというバンドをやられている高木裕人くんが当時やっていたスリランカというバンドがあって、
そのスリランカというバンドとトキメキカーボーイズでいつも一緒にいたんですが、もうその2バンド浮いてましたからね、ずっと。
全然そのバンドコミュニティに馴染めてないことはないんだけど、
03:02
特に裕人くんとかは柔軟な方だからみんなとコミュニケーション取れるんだけど、
でも音楽的には2バンド浮いてたし、僕に関しては人間性的にも浮いてて、本当に友達が少なかったですね。
攻撃的すぎるなって感じだったと思います。
それが曲にも表れているし、MCにも表れているし、
エネルギーというかライブの時のテンションみたいなものに表れていて、
ああ怒ってたなーって思い出しました。
根底には自分の思う、こうあるべきみたいなのが強いんだと思うんですよね。
当時の価値観で言うと正義感みたいなものが強かった気もするし、
なんでこんなに不誠実なんだ、なんでこんなに無責任になった、みたいなことを結構訴えているっていう感じでしたね。
どうなんでしょうね、そんな19歳でした。
そこからもう20年経ちまして、今の自分はどうかなーって考えてみたら、
あんま変わってないところは変わってないなと思いました。
自分の中のこうあるべきみたいなのは、もしかしたらそう見えないかもしれないですけども、
結構僕は出来論が強いタイプの人間です。
ただ、それを人に強いるってことをしなくなったというやつですかね。
そういう意味では寛容ではある。
他者に対して寛容だが自分の中のべき論は持っている、みたいな感じで、
根本の部分は変わってない気がするなーっていうところですかね。
なんか変わってない気がしますね。
それを単純に他者に求めない、
自分と他者の境界線をちゃんと引けるようになったというところもあると思うし、
一方で人間に対する諦めみたいなものもあるかもしれないし、
難しいところなんですが、そういったところでちょっと変わっているけども、
根本の自分の中にあるべき論みたいなものが揺らいでいるわけではないという感じはしますね。
通常、べき論は良くないよと、何とかするべきだとか、
でなければならないとかっていう考え方は良くないっていうのはよく言われるやつなんですけども、
良くないとも思わないというか、それを他者に押し付けるから良くないのであって、
自分の中にそれを持っている分には別にそんなに生きづらいこともないな、
むしろあんまり宗教を必要としない感じになるので、
楽っちゃ楽ですね。自分で自分の経典を作れるみたいなところがあるので、
06:03
自分の中でべき論を持っておく、自分の中だけにべき論を持っておくっていうのは、
そんなに悪いことじゃないなと今のところ思っています。
だからあんまり変わってないですね。他者に対して関与になったところは変わりましたが、
べき論は変わってないと。
もう1つは怒るっていうのも変わったところですね。
怒りをあらわにするということ、関与になったから怒らなくなったっていうのが直接の理由なんですけれども、
怒らなくなって、前は怒っているっていうのは音楽とか、
結構表面上も怒っているってのに関わっていたんですけども、
それが今はあんまり考えられなくなっていないんですよね。
最近は怒っているっていうのは音楽とか 表面上も怒っているっていうのは表現してたんですけども
最近は全く怒りもしない上に怒っているという表現もしないと どう表現してるかっていうと
結構ふざけていますね いろんなことを
面白いなぁと思って見るということをやっている 面白いところを見出そうとして見ているっていう感じで
ずっとふざけている感じがしますね ちょっとふざけがいきすぎでどんびきされることは
いまだにあるんですけども それでも怒っていた頃に比べると周りには人がいる感覚があるというか
怒っている人よりはとっつきやすいということだと思うんですけど ずっとふざけているほうがですね
人とも関わっていけるなとも思っているので 自分は今のところ
自分の中にべき論を持って かといってそれは人には押し付けず寛容であり
怒ることもなく
この世界に面白さを見出すためにふざけ続けているというようなところで 一部変わったところと変わってないところがあるなぁと
根本とか変わってないんだろうなぁ っていうことを思った
出来事でしたね たまに思い出の場所を巡ってそうやって過去の自分
強烈に過去の自分を思い出すみたいな体験 なんとなく思い出すんじゃなくて現場に行ってみるってやつですね
じっくり丸一日思い出に浸って 今の自分に戻ってきて比較してみるみたいなのも
結構ね違いが見えて面白かったり 変わってないところも見えて面白かったりするんじゃないかなと思うんで
思い出の場所巡りおすすめです 可能であればですね記憶を共有している方と行くとですね
さらに自分が忘れているようなこともあの引っ張り出してくれるんで すごいいいですよおすすめですぜひ行ってみてください
本日は以上です 番組のご意見ご感想はハッシュタグ現象のラジオをつけて
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ありがとうございます
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