00:06
ゴールの錯覚。それは本当に現実なのか? それとも、今のあなたにはそう見えているのか?
今日も一つ、自分の認知を紐解いていきます。 おはようございます、フユコです。
今朝は第10話、なぜ正解を教えてください、そう聞きたくなるのかについてお話しします。
前回は、「どうしたい?」に答えられないのはなぜ?というお話をしました。
あなたはどうしたい?そう聞かれているのに、いつの間にかどう答えるのが正しいんだろう?
これを考えていることがあります。 つまり、自分の希望を考える問いが、正解を探す問いにすり替わっているということでした。
さあ、では今日はその続きです。
自分なりに考えている。答えもなんとなく出ている。
それなのに、誰かに、これで合っていますか?どうしたらいいですか?正解を教えてください。そう聞きたくなる。
これってどうしてなんでしょうか?
例えばお仕事で上司から、この案件、A案とB案、君はどちらがいいと思う?そう聞かれたとします。
あなたは資料を読み、A案の方がいいな、そう思った。理由もあります。
なぜなら費用が抑えられるし、準備にかかる時間も短い。なので、私はA案がいいと思います。そう答えました。
すると上司から、なるほど、どうしてそう思うの?そう聞かれた。
その瞬間、胸がザワッとする。あれ?間違えたかな?
B案が正解だった?あ、なんか見落としたかな?
そして、すみません、どちらが正しいですか?そう聞いてしまう。
さて、ここで何が起きたのでしょう?
はじめ、あなたは自分で考えていました。Aを選んだ理由もありましたね。
ところが、上司から理由を聞かれた瞬間に、自分の判断が間違っているのかもしれない、そう感じた。
そして、自分の判断を検討するよりも先に、上司が持っているはずの正解を探し始めた。
ここが今日のポイントです。もちろん、上司の方が詳しいこともありますね。
自分が知らない情報を持っていることだってあります。
03:02
なので、人に聞くこと自体が問題なのではありません。むしろ、必要な情報を確認することは大切です。
ただ、ちょっと考えてみてください。
判断するための情報を教えてくださいっていうのと、何が正解なのかを決めてください。
これは同じことでしょうか?違いますよね?
前者は、自分が判断するために、お相手の知識や情報を借りています。
後者は、何を正しいとするのか、その判断そのものを相手に預けています。
例えば、
これは情報を集めていますね。
でも、
これを聞く。
こちらは、自分の選択の正しさを相手に決めてもらおうとしているかもしれません。
この違い伝わるでしょうか?
では、なぜ私たちは自分の判断を誰かに預けたくなるのでしょうか?
一つには、自分が間違っている状態、これを避けたいということがあります。
例えば、
この経験を繰り返してきた人にとって、何かを決める場面は単に選択肢を選ぶ場面ではなく、
自分が正しいかどうかを試される場面になっていることがあります。
そうすると、私はどちらを選ぶよりも、どちらを選ぶと間違えないで済む、こっちが重要になっちゃう。
そして、自分より詳しい人、自分より経験のある人、自分より立場が上の人、
そう思っている人が持っている答えを、自分の答えよりも確かなものとして扱うようになることがあるんですね。
はい、ここで少し立ち止まってみましょう。
そもそもね、何かを選ぶとき、いつも一つの正解、これが存在するのでしょうか。
例えば、転職するか、今の仕事を続けるか。
新しい挑戦をするか、今の生活を維持するか。
誰かの再創意を受けるか、断るのか。
06:03
もちろん、確認すべき事実や条件はあります。
でも、全ての選択に誰にとっても共通する、たった一つの正解が用意されているとは限りません。
それなのに、どこかに正解があるはずだ、という前提で考えていたらどうなるでしょうか。
自分で決めるために必要な情報が揃っていても、まだ正解を知らない気がする。
もっと詳しい人に聞こう、もっと勉強しよう、誰かに確認してもらおう。
そうやって、いつまでも判断を確定できなくなることがあります。
ここで大切なのは、人に聞かずに、全部自分で決めましょうっていう話ではないですからね。
専門家に相談した方がいいこともあります。
他の方と合意して決めるべきこともあります。
そもそも、自分一人では決められないことだってあります。
大切なのは、今、自分は何を相手に求めているのかということです。
情報でしょうか。別の視点でしょうか。
それとも、あなたの選択は正しいですよっていう保証でしょうか。
もし、保証を求めているとしたら、自分の判断を確定するための権限、それを相手に渡しているのかもしれませんよ。
ここは、ゴールを考えるときもめちゃくちゃ重要になります。
例えば、私はこんな未来を生きたい、そう思ったとします。
でも、これってゴールとして正しいですか?
もっと大きなゴールじゃないとダメですか?
私の1と2ってこれで合ってますか?みたいに、誰かに確認したくなる。
もちろんね、ゴールという本当の概念、これを正しく理解するために、知識を得ることは必要です。
でも、概念を理解することと、自分が何を望むかを誰かに決めてもらうこと、これは別です。
もしね、正しいゴールを設定することばかりを考えていたら、ゴールという知識そのものがまた新しい正解探しの材料になってしまうだけなんですね。
だから今日も、自分を変えようとしなくて大丈夫です。
誰かに相談したくなったときに、これで合ってますか?
そう聞きたくなったとき、一度だけ、私は今、この人から何を受け取ろうとしているんだろう?
09:01
そこを見てみてください。
知らない情報なのか?自分にはない視点なのか?
それとも、それで正しいよ、合ってるよっていう承認なのか?
そして、自分は何をこの人に決めてもらおうとしているんだろう?
そう考えてみて。
相手に聞くことをやめなくてもいいです。
すぐに自分だけで決められなくてもいいです。
まず、自分の判断がどこで相手に渡ってしまっているのか、そこを見つけるということ。
今日持って帰ってほしいのは、人に教えてもらうことと自分の判断を預けることは違うということです。
そして、正解を教えてくださいと聞きたくなったとき、
そこには、自分で選ぶよりも間違えないことを優先している自分がいるということに気づいてください。
では、私たちはどうして他人の判断や評価を自分の判断よりも確かなものとして扱うのでしょうか?
次回第11話は、誰かの評価と事実は同じなのか?ここです。
誰かに褒められた。誰かに否定された。
そう捉えたとき、私たちは何を事実として受け取っているのでしょうか?
次回も一緒に読み解いていきましょう。それでは。