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こんばんは、フユコです。
ここ数日ね、ちょっと喉をやられてしまいまして、収録をしていなかったんですけど、やっとちょっとしゃべれそうかなーっていう、ちょっと聞き苦しいところがあるとは思いますが、ご容赦ください。
平日は毎朝、自己理解チャンネルなもんでね、自己需要とか自己否定、自己肯定から自己効力化、そこと脳の構造の話とか、そういった話を多くしてるんですが、
週末はじゃあ何をしているかというと、実は私、ブレインアナリストとか認知科学のコーチとか、それ以外にコミュニティマネージャーという職業になっておりまして、
明日はお医者さんの学生さん、医学生さんの副業のコミュニティって言ったかな、そこのコミュニティマネージャーの打ち合わせみたいなのがありまして、
責任者の方とお話をすることになっているんですが、ちょうど今ね、そのご提案できるコミュニティとAIの関係の勉強なんかをして、
会員継続に特化したリテンション的なこととかね、そういうの今、資料でさ、勉強している中でね、ふとね、ちょっと最近気になったことがあって、一本撮ってみようかなって思ったんだけども、
最近さ、原理原則、人間の原理原則の話をね、人間とはこういうものであるとか、脳とはこういうものであるという事実に基づいて話をしている時にね、
あなたはそうなのね、私はこう思うとか、正解はないことだからね、など一見ね、成熟していて、対立もなくて、安心な会話に見えるような感じ、
そういう着地が多いなというのに気がついて、いろんなところのお話を聞いたりね、コミュニティに入ったりとかしてて、
前進が起きないなあっていうのを、これはね、コミマネ視点で見てたりしてたんですよね。
私の中の違和感はめっちゃシンプルで、だって本来違いがあるからこそ、より良いゴールを作れるはずってあるのに、それがコミュニティでしょ。
実際の場では、違いを尊重したというところで話が終わってしまうんだよね。
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誰も意見を述べないし、空気も悪くないし、でも何も生まれないこの感じ。否定もないんだけどね。
これ、仲良く終わってるとかそういうことじゃなくて、おそらく思考停止なんだなって、思考が止まってる状態なんだなって。
正解がないっていう言葉も本来はめちゃくちゃ良い前提だとは思うんです。
でも現場で使われている使い方にちょっと違うんじゃないかなと思うことがあって、ニュアンス的には対立しなくていいとか摩擦を起こさなくていいとか、
これ以上考えなくていいみたいな、思考を進めないための免罪不適な使われ方してませんかっていうのが気になってるところ。
アウフヘイベンが起きない。これは、違いの平置きみたいな感じ。
アウフヘイベンをどう捉えてるかっていうと、私が考えるアウフヘイベンは、AとBどっちが正しいか決めることではなくて、
また、AもBもそのまま認めるということでもないんですね。
アウフヘイベンっていうのは、AとBの間にある緊張を使って、どちらも単体では到達できない新しいゴールを作ること。
何かいい例え話があるかなと思うんだけども、職場とかでよくあったのがね、Aがスピードを優先したいと、
Bは丁寧さを大事にしたい。これね、医療関係よくあることなんですよね。看護業界とかの中でもね。
アウフヘイベンできないと、どちらかを選ぶ、もしくはどちらも尊重して終わる。あなたはあなた、私は私みたいな感じ。
やり方の違いね、みたいなので終わっちゃうみたいな。
でも、スピードと丁寧さを両立するにはどんな設計が必要ですかって。
ここに進めた時に、初めて前進するんですよ。私、コミュニティマネージャーってそういうお仕事だと思ってるんですね。
で、なぜ多くの話し合いが前進しないのかな、まで今日は考えてたんですけど、理由は3つ。
もう完全これ、ゴールの共有がない。
違いをどう使いたいのか、どこに行きたい話なのか、それがまず曖昧なところ。
ゴールが共有されていない曖昧なところは大体そうだなっていうのと、あとは言葉の定義が揃ってない。
誠実とか成長とか挑戦とか、これが人によって意味が違うまま話が進んでるなっていうのがあります。
主観的にそれぞれの捉え方で、そんで同じ言葉を使って話してるから揃ってないねっていう。
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誠実とは成長とは挑戦とは揃ってないってことね。
あとは摩擦イコール悪だと思っている。緊張が生まれると無意識に避けようとしているっていう。
でも摩擦がないところに想像は起きないですね。
あとはここで私がよく使っている問いを一つ紹介してみようかなと思うんですけど、
会話があなたはそうなのねって止まりそうになったらこのように問います。
この違いがあるからこそ私たちって何を作れると思います?
この問いは誰も否定してないし、でも思考は止めてない。
そしてゴールを再起動するアウフ平米への入り口かと思っている。
対立したいわけでも正しさを競いたいわけでもない。正義はそれぞれだからね。
ただ違いを尊重して終わるのではなく、違いを材料にして次のゴールを作る。これだけ。
でもこれがコミュニティマネージャーの仕事かな。
もし話し合いの中でいい話だったなーって終わることが多いなら、
それはあなたが浅いのではなく、次の階層を見ているサインかもしれません。
そこに気づける人って階層上がる前のサインだと思うよ。
今日の話がどこかでそれわかるともし感じた方がいたら、
次に場が止まりそうな時、ぜひこの問いをおいてみてください。
この違いがあるからこそ何を作れるだろう。
それが対話を前進に変える一歩です。
明日はお医者様、ドクターですので、頭がいいし口も立つので、
その中でどのような提案ができるか。
この違いがあるからこそ何を作れますか。これでいこうと思います。
それでは。