実験音楽家の野口桃江と知覚心理学者の北川智利の対話です。聴覚障害の経験を契機とした「内側の音」への関心から始まり、音の身体性や錯覚、呼吸を用いた音楽制作、知覚の意識的な変容やイメージの現れについて考察しています。
このエピソードについて
2026年3月28日・29日、山口情報芸術センター[YCAM]ホワイエで 開催された「ファンダメンタルズ フェスmini in 山口」での口頭 発表を、期間限定で公開しています(2026年6月21日まで)。
ファンダメンタルズ プログラムについて
科学者・アーティスト・人文学者が分野を越えて出会い、比較的長いスパンで対話を継続するプログラムです。プログラムは1年サイクルで動いていて、6月の バザールで新しい参加者が出会い、哲学研究者が媒介となってペアやユニットが生まれます。1年間それぞれのペースで対話を続けたあと、翌3月のフェスminiで研究・制作・思考の「途中」を 持ち寄ります。 完成した成果ではなく、進行中の探究の現在地を共有する場です。
この番組について
科学者とアーティストの長期交流プラットフォーム「ファンダメンタルズ プログラム」の音声配信番組です。
番組内では、プログラム参加者による自主企画「ラジオ部」と、運営による公式プログラム「フェス」と「バザール」(年に1回オンサイトで開催される)の記録配信をお届けします。科学とアートの完成した成果だけでなく、その手前にある世界の見え方、手の動き方、対話の途中を、さまざまな形で共有していきます。
https://fundamentalz.jp
お便り:contact@fundamentalz.jp
感想
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よろしくお願いします。 自覚心理学者の北川さんと、
実験音楽をしている野口桃江のペアです。
ちょうど障害の話とかで出たんですけれども、 私も耳が聞こえなくなった経験がありまして、
そこから今展示させていただいている 内側の音を聞くというプロトタイプを今回持ってきました。
私たちが空気の振動として聞いている音の、 そのもう一層奥にそれぞれの人が持っている音だったり、
音楽があるんじゃないかなというのを 想像するのがとても面白いなと思っていて、
それに取り組んでみました。 北川さんからは論文を紹介していただいて、
私の興味を持っていることとすごく近いことを 書かれているものがあるということを知り、
あとはアンケートを今回初めて作ってみたんですけれども、 いつもだと作品を体験していただいて、
その感想を聞くくらいで終わっていたんですけれども、 しっかり何かデータとして蓄積していくということを
これからやってみたいなというふうに思っていまして、 もしよろしければQRコードからお答えいただけると大変嬉しいです。
ここまでどういうふうに歩んできたかというのを ざっとご紹介させていただきたいと思います。
北川さんからお米をもらいまして、 すごいおいしかったです。
七草貝を作りました。甘みがあるお米で、 すごい丁寧に作られたんだなという感じがしました。
あとは最近小学校アウトリーチで、 全3日間で音楽を作って、
それをみんなで舞台で歌うというのをやったんですけれども、 そのときにモチーフにしたカッパの伝説がありまして、
そこでちょっとご挨拶に行ったら、 このレプリカをもらってしまって、
その後教頭から怒られたりとか、 返してきなさいとみんなに言われたんですけど、
そこにこれを置いたときに、 そのときも北川さんのお米をお供えしました。
ということが実はあったりして、 曲の内容としてもインクルーシブなことを盛り込んだ曲だったりしました。
あとは今日から映像を出していこうかなと思うんですけれども、
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表現とケアとテクノロジーのこれからというテーマで、 アートフォービルビングというプロジェクトに最近関わっていまして、
実はここで展示と一緒に置かせていただいていた参考文献が、 北川さんが訳された本だったというのを偶然知り、
これとても私としてはすごく参考になったポジティブコンピューティングの本でした。
東北大学の研究室に呼んでいただいたりとか、 前3回北川さんの周りの若手の研究者の方々が主ですかね、
その方々と交流させていただくという時間を持ちました。
立命館大学では超音波スピーカーを見せていただいたりとか、 いろんな錯覚の体験をさせていただいて、
VRゴーグルと呼吸のセンサー、呼気センサーの組み合わせも体験させてもらったり、
私が使っている心拍センサーと一緒だという、 手作り感、すごく親近感を覚えました。
パッとアジャストつくんですよね。 それがすごくいいアイデアだなと思って。
私も次は呼吸に興味があって、すごく参考になりました。
これは大隔膜の開きで呼吸が取れる仕組みも見せていただきました。
そこからかなり話が飛ぶんですけど、 最近教会で新曲を初演したんですけど、
その時に呼吸をテーマにした曲を作りました。
これなんか絵文字みたいなのが書いてあるんですけど、
一番上がオーディエンスっていう、 観客の皆さんに呼吸をまずしてもらうっていう、
普通音楽って1,2,3とか表紙をカウントすると思うんですけど、
そういうのもなしで、入るだけ呼吸を取り入れて、 吐くみたいなのを何回かして、
それを音楽の拍として扱っていくっていう曲を作りました。
なんか教会での演奏だったこともあって、
結構皆さんの呼吸の音が上の方では特によく聞こえていました。
というような自作への展開とかもいただいて、
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すごくこの何ヶ月かかなりいろんな面で、 いろいろ教えていただいたなという思いです。
お話を先にすると、今8年作ったのかな、 今年9年目になるんですけど、
だんだん僕が作ったって紹介していただいたんですけど、
だんだん自分が作った感覚はどんどんなくなっていく感じがあって、
勝手にできるっていう、何作って植えれば勝手に育つみたいな感じに、
自分が作った感はあんまりどんどんなくなっていく感じはあります。
なのでそんな風にして作っている。
野口さんの研究はすごく僕の今の興味とも近くて、
今一番中心的にやっているのは音の身体性っていう研究を、
この5年くらいプロジェクトはやっていて、
体を動かすと音が鳴ります。
あと体に何かが触れても音が鳴ります。
そういう風に体に関する音っていうのは、
何かしら自分の体に関する情報も伝えてくれるし、
自分の体と環境との関係についての情報も伝えてくれる。
そういう音がどういう風に人間の中で処理されるかとか、
人間の行動に影響するかみたいな研究をしていて、
例えば耳元で音が鳴るとこの辺くすぐったくなる。
ASMRなんかはそういうものですよね。
そういう触覚と音の関係とか、近い音は注意を引きやすいとか、
近い音は記憶に残りやすいとか、
近い音は好かれやすかったり嫌われやすかったりするとか、
そんな研究をしていて。
あと体を動かした時に鳴る音からどう自分の体を認識しているかとか、
そういう研究をしていて、かつその成果を何か応用したいと。
現実場面に応用していきたい。
昨日は無駄なことがしたいって言ってたんですけれど、
そういう役に立つような応用をしたいっていうのもやっています。
そういう中で体を動かした動きを音に変換して何か表現するみたいなことをやっている人も
そのチームにいたりするので、ほぼ野口さんの興味というのはすごい神話性が高くて、
アーティストと研究者の違いみたいなものをあまり感じないくらいの関係で、
すごく楽しく過ごさせてもらいました。
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そのことで僕たちの研究チームのミーティングに出てもらったり、
あとは京都市立芸大のプロジェクト研究みたいなのがあって、
そこでも音と身体の関係みたいなことの研究プロジェクトがあって、
そこに来ていただいて話をしてもらったりとかですね、
大変ありがたく研究の幅もかなり広がったなと思っています。
ありがとうございます。
でも具体的に、これから何かが一瞬できたらいいなと思っているという段階であれば。
前回YCAMに来たときに、
自分の演奏中の意識変容みたいなところにアプローチしていきたいと思っていたんですけど、
ずっとそういうことをしたいと思いながら、
それをどういう言語化したらいいのか分からなくて、
トランスパーソナルというのか、フロー体験というのか、
ボーガなのか、そういうことをだんだん北川さんとお話しさせていただいていく中で、
こう言えばいいのかというのが見えてきたりですとか、
あとは自分が今興味を持って作っている作品にどう影響しているのかというのが、
やっと言語化できるようになってきたというところで、
本当にそれについてもありがたいなと思っています。
さっきの内なる音みたいな話があったんですけど、
さっきのイメージの視覚の像が見えるか見えないかみたいなのを、
それの聴覚版みたいな感じはしていて、
昨日もすごく楽しく聞いてたんですけれど、
作曲されるというので野口さんに聞いたら、
野口さんも頭の中で音楽を全部鳴らして、
できるだけ詳細に音楽を鳴らして、
それをあと楽譜に起こすみたいなことをされるという話を聞いて、
それはすごいイメージ力というか、そういうのがあるんだなと思って、
そういうのが、さっきの将棋の話もありましたけど、
将棋の騎士が盤面を見て2時間とか2人見合ってやっているときに、
あれは何をしているかというと、盤の上でコマを実際に動いているのが見えるという風に彼らは言うんですけれど、
そういうことをして、イメージでトレーニングすると、
実際に見えている中に見えるみたいな状態を作れるんじゃないかと思っていて、
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音も同じように、実際に鳴っている音にかぶせて音を鳴らすみたいなことができるのかもしれないなと思ったりしています。
そういうところでもすごく面白いなと思って話を聞いていました。
もう一つ面白いのは、僕たちが別の研究プロジェクトでやっているのは、
イメージを自分の中で作ってそれが見えるぐらいの状態にするイメージの方向と、
あと、知覚をそもそも崩壊させるみたいな、
マインドフルネス瞑想とかをやっていくと、どんどん崩壊していって、
知覚が崩壊して周りにローデータがワーッとなっているみたいな状態になったりするんですけれど、
それが逆方向かもしれない。
情報処理を使って、過去の経験とかを使って、知覚を成立させて世界を認識するみたいなことが普通の状態で、
それをもっと意識的にやり始めるとイメージが見えるみたいな状態が作れるし、
意識的に崩壊させると、マインドフルネス瞑想みたいに意識的に崩壊させていくと、
もう世界がないみたいな状態になったりするのかなと思って、
そういうのがうまく操れるようになったら楽しいなと思ったりしています。
今回の映像で取り組んでいることも、誰でも本当はできるんじゃないかと思っていて、
ただやらないだけかという方も多いんじゃないかと思っていまして、
それを記憶の中の音を辿るところから想像が展開していくみたいなことを試してみたいなと思ったりしました。
はい、そうですね。ありがとうございます。
ありがとうございます。それでは質疑応答に移りたいと思います。
はい。
長谷と申します。私の研究とライフワークとかぶるところが2人にあるんです。
後からじっくり話しましょう。
ありがとうございます。
他に質問等ある方、ご承知お願いいたします。
さっきの映像が見えるというのと同じですけど、音をイメージして聞ける。
音をイメージしたら今鳴っている音に重ねて音が聞こえるという人はいますか?
結構いる。ありがとうございます。
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音とか聴覚で音楽とか、さっきメロディーが想像できて楽譜に起こすという具体的に音が想像できると思うんですけど、
逆に例えば絵画とか目で見えるもので言うと具象、抽象みたいな形であえてざっくり言ってしまうんですけど、
抽象化していくということが多分視覚的な情報も絵とかだとある種できると思うんですけど、
音においての抽象化みたいなものって何かあったりするのかなってちょっと気になって。
ありがとうございます。もともと抽象的なもので音で何かを再現するというのはとても難しいものだなというのが美術との違いかなと思うんですけど、
何かありますかね。もしかしたら音楽ではなくて音響とかそういう方向で考えたら何かありそうな気はしています。
また思い出したらお話しさせてください。
野口さんに聞きたいのは、音のイメージを作曲して楽譜に起こすじゃないですか。
それを演奏したらあれ違うってなったりすることはあるんですか?それともちゃんと再現できている?
それとも同じだけど何か感動があります。何ですかね。でもやっぱり空気が実際に動くと感動が違うというか。
質問じゃなくてさっきの話にかぶせなんですけど、その頭で音が聞こえるかっていう話で、
子供の時全然本を読まない子だったから大人になってから読むようになったんですけど、
人間はみんな頭の中で音読してるんだと思ってたんですよね。
食読の人は目読してるけど、音読してるつもりだったから音が流れてるっていうことを今しゃべろうと思ってたら先に話されて、
その抽象化されるかっていう時に考えてみたら音読してるって言ったけど、
誰の声で音読されてるかっていうのは非常に抽象度が高いっていうか、
別に自分で音読してるつもりだったけど頭の中で自分の声が流れてるわけじゃなくて、
非常にアナウンサーみたいに無個性な人がしゃべってるみたいな感じで音が再現されてるなと思ったのが、
別の抽象的な意味かもしれないけど抽象的な音かもなって思いました。
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おもしろいですね。でも音読すると多分読むのをシミュレーションしながら読むよりは無しで読んだほうが早いですね。
目読っていうか声を自分がしゃべるようにしながらしか本が読めない人ってどれくらいいますか?
自分の声を聞きながらじゃないとしゃべれない。
その今手を挙げていただいた方の中で自分の声で聞こえてる方ってどのくらいいらっしゃいますか?
音読派でも自分の声とは限らないんですね。
そうなんですか。キャラに。本当って思ってたんですけどキャラもあるんですね。
本を読んでない時に人の声がするっていう人いますか?
誰かの声と会話するとか。
質問というかちょっと聞きたいことがあって、途中で言語化っていう言葉を使われたと思うんですけども
音っていうのは音と捉えた時って言語にならずに音声として捉えられると思うんですよね。
それを言語化することによって何がどうなのか。
視覚情報として捉えないのかあるいは音声情報として捉えないのか。
だから言語化することによってどういうふうに情報変換をされるというふうに考えられるんですか?
すみません。僕が言語化って言いました。どういう話でしたっけ。ごめんなさい。
そういうのを言語化するとこういう形でっていう。
音符に直すでもそうなんですけど音符にした時に音符を情報として見る時って視覚情報じゃないですか。
でも音楽家の人はそれを見ると音声情報に変えられると思うんですよね。
そこの感覚情報の違いというのが人によって捉え方が違うのかなと思ってて。
音をどういうふうな情報として捉えるのがいいのかとかその辺とかの感覚というか。
そうですね。音楽やってる人だったらそれこそ絶対音感とかがあったらすぐ音楽譜に変わるわけですよね。
音声もきっとそういうふうに文字に変わっていくっていうのはあるんですけど。
でも音楽家の人はさらにイメージもすごいしっかりしてるっていうか音を言葉に変換したり音符に変換しない状態での音のイメージみたいなのもちゃんとあるんだろうなと思って。
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それは楽器やる人とかもそうなのかもしれないですけど。
普通の人っていうかそういう音楽をやらないような人でも言語はそういうことができるかもしれないしできないかもしれないし結構個人差があるみたいなんですね。
そのイメージみたいなものっていうのは頭の中でどれぐらい声とか音をイメージできるかっていうのは個人差があるらしいというのが最近の研究でわかっていて。
そこは面白いなと思っています。
それがどう研究としてつながるかっていうのはまだ僕はあんまり何かはないんですけどちょっと面白そうだなと思っています。
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