物語自体は、脱線事故で亡くなった男子高校生か。
彼を起点に、その周辺の人が割と主人公というか。
まあそうね。
その綾瀬遥香演じる実質の主人公は、その少年、まあ青年に片思いをしていた。
うんうん。
電車、毎日学校行く通学の電車が一緒で。
うんうん。
なんか勝手に片思い。
まあなんか痴漢を撃退してくれたみたいな出来事とかがあって。
そうね。
名前も知らない、どこの台なのかも知れない、歳同じぐらいの男の子に。
うんうん。
通学の度にちょっとこう、チラチラ目をやったりして。
うんうん。
淡い恋心みたいな。
そうかな。
みたいなのを抱いてるみたいな感じだったんだけど。
うん。
まあ結局そのちゃんと話すこともなく。
うんうん。
ある日、たまたま、まあこれがどこまで実は即してんのかわかんないけど。
うんうん。
園谷瀬遥香演じる名津名、名津名が乗ったいつもの電車に、その彼がたまたまちょっと遅れてきてしまって、乗れなかった。
そうね、乗り遅れたんだね。
乗り遅れちゃって。
うん。
で、でもまあ、あの最後そのなんか扉が閉まる瞬間にちょっとだけコミュニケーション取れて。
あのなんかプレゼントしようと思ってたのかな。
あのハンカチみたいな、お手製のハンカチみたいなのを見せて。
うんうん。
まあその彼がボクシングやってるってことをなんか友達伝ちょっと聞いて。
うんうん。
パンチって書いた。
パンチって書いてある。
うん。
可愛い、あのハンカチみたいなのをこう見せて、そのまま電車が出ちゃって。
そうね。
で、その電車、彼が次の便に乗った。
うん。
で、その電車が事故で、彼は亡くなってしまったっていうことがあって。
うん。
で、20年後。
だね、の設定だったね。
20数年後だった、ナズナはもう家庭を持ち、夫がいて、娘もいる。
うん。
中学生の娘がいると。
娘がいる。で、夫は妻吹里氏が演じている。
うん。
娘は西川愛理が演じている。
で、でもどうやらその家族の風景から始まるんだけど、なんか結構ぎこちない家族みたいな。
うん、そうね。
うん。
なんかなんとなくぎこちねえなみたいな。居心地悪いなみたいな。
なんかあるな、この家みたいな。
うん。
で、見ていくと、そのナズナは実は、あれは癌なのかな。
うんうん。
何病だ、癌を患っていて、治療を続けていたけど、転移がちょうどわかってしまうみたいな。
そうね、再発というか転移というかが発覚すると。
っていうところで、ふとかつて恋をしていて、亡くなってしまった青年のことを思い出し、彼にあててラブレターを書く。
うんうんうん。
ただまあこれは出せずにいたんだけど、いろんな要因によって偶然出されてしまうっていう。
そうね、偶然が重なって、なんていうんかな。
まあ本当に偶然だね、偶然出されてしまうという形になってると。
で、それがその青年の遺族の元まで届いて、ボクシングジムあてに送るつもりだったものが、まだジムがあって、これなんか実在するジムらしいよね。
大橋ジム。
うーん、みたいね。
で、そこで返事が来る、遺族の両親からかな。
で、その癌が再発したことを、それによって娘に伝えられるようになる。
うんうん、そうね、という形になっている。
もう完全にネタバレになるけど、そのままナズナは亡くなってしまって、最後は娘が医者になるという夢を抱いて、東大の理産。
うん、まあなんか医学部に通じる東大の入学形式のやつね。
うん。
うん。
を受けに行くっていうところで終わるっていう話。
うんうんうん。
どうだったの?お前はどうだったの?
なんだけど、俺にはある程度意味はわかった。
ジャ。
ジャーゴン。
ジャーゴンって聞きましたけど今。
今日はもう聞きに来てるから俺。教えてくださいっていう。
ジャーゴンを?俺の?
ジャーゴン。
ジャーゴンって何だったっけ?
ジャーゴンっていうのはなんか専門用語みたいなね。
まあいいや。
そうそう。
そうなー。
いやその前提としてやっぱり全然泣いたりとか感動したりもできなくて。
これ何でなんだろうってずっと思ってたら終わったっていう。
でまあ今回はねお互い時間の関係で1回しか見れてないっていうこともあり。
もう1回ぐらい見に行ったかったけどちょっとわからなかったから本当にその。
これが人はなぜラブレターを書くのかっていうのがさ。
なんかちょっとは想像できるよ。
この映画で描かれていることというよりは今まで生きてきた人生経験においてこういうことなのかなって。
それがまあちょっとこの映画の中にも描かれているのかなっていう。
でもなんか説得力はちょっと感じなかったっていう。
うーん。
なるほど。
じゃあ聞かせていただこう。
じゃあ。
じゃあで。
いや別にそんなの。
大それたことは言えないんだが。
全ては繋がってる。
何が繋がってるのかということだけはわかった気がする。
分かった部分と分かんない部分。
むしろ議論したい部分があるというのはまず言っておくとして。
全ては繋がっているのだっていうふうなのは何を言ってるのかっていうのはなんとなくわかった。
そうだよね多分勇気なんだと思う。
なるほど。
うん。
あのね。
勇気元気やる気。
いわき。
いわき信子も2000年ぐらいに活躍したんじゃなかろうかみたいな。
彼女も勇気ありそうな政治家だと言えるしよく知らねえけど。
あんま覚えてねえけどキャラが立ってただけで。
勇気。
勇気。
なんでそれが思ったかっていうと、
ナズナが綾瀬遥が演じる主人公が結構何回か私はいつも臆病だからみたいなセリフとかが何回かあるんだよね。
うん。
で、なんだけど、ある種自分の死期というか死ぬ時期みたいなのをかもしれない死ぬかもしれない時期みたいなのを悟って、
ここはぼんやりさせんなよって話ではあるんだけどぼんやりさせるんだけど、
なんか勇気が出るんだと思うんだよな。
今やんなきゃいけないなっていう、今しかタイミングがないと思いましたみたいなことを手紙に書いてあるんだよね。
ここでしかないと思いましたみたいな感じのことを言って、つまり手紙を書く勇気が出たわけだ。
で、それで果たせなかった思い伝えられなかった思いみたいなのを本人にはもう伝えられないのだが伝えてみるというのがそういう勇気が出た。
で、そしたらそれが帰ってきたわけだよね。読まれて帰ってくるっていう風な形になってて。
で、両親はずっとこうある種、別にずっとそうだったわけではないんだろうけど塞いでいた状態だったっていうことね。
いつまで経っても同じですみたいな、変わらないみたいなことを言ってたよね。
20何年経っても変わらないですみたいなのを事務の会長に言ってたりとかして、っていうような形になったんだけど、
その謎なからの手紙をもらって、息子が生きていたことに意味はあったということが分かりましたみたいな感じになっている。
ある種塞いでいたものがちょっと炎が灯されるような、ある種のこれも勇気だと思う。
それから前向きに生きていっているっていうような描き方になってたしね。
晩御飯おいしいねみたいな感じになってて、灯されてるわけよね。
謎なに灯った勇気が、新助の両親にも灯り、そしてそれがまた手紙が返ってくることによって、謎なにまた勇気が灯るというふうになる。
子供たち、子供たちじゃねえや、子供に自分が病気というか癌が再発したということを伝えて、一緒に戦おう、一緒に頑張ろうっていうような、私が頑張るよみたいなことを伝えることができるようになったっていうような形になって、
で、夫も勇気が出ましてそれで、走り込んじゃったりとかして、めちゃめちゃ期待始めちゃったりとかして。
で、娘は私はやっぱり医者になるというふうなことを心に決める、決意を固めるみたいな。決意を固めるのもやっぱり勇気がないとできないことだからね。
っていうような形で繋がっているのだなっていうふうに思ったから、それを伝えたかったのだろうし、そのためには人に思いを伝えるという行為が必要であるということだね。
臆病になっていないで。だから人はラブレターを書くのだっていう、そういうメッセージなんだろうなっていうふうには。まず思ったね。
なんか分かるようで分からない話なんだよ。
分かるようで分かんなさそうだなっていう感じのリアクションをずっとね。
最後の部分はすげえ、なるほどっていう感じなんだけど、この映画の中の描き方でそういうふうになってたっけっていうのが一番引っかかってるんだなってことは今ちょっと分かったかな。
なるほどな。
そうね。
別に手紙は出してないわけでしょ。出す勇気は結局行使しなかったわけだ。
偶然出された。
じゃあ、もしあれ出さなかったら、娘に病気であることを明けなかったの?ってことになるじゃん。
そうなの?っていう。
そんなわけないじゃんっていうさ。
だっていずれは言うでしょ、そんなのっていう。
なんかそれが、じゃあ帰ってこなかったら言わなかったの?とか。
それ言わなかったら東大に進まなかったの?とか。
東大受験しようとしなかったの?とか。
っていうところに繋がらなさを感じてるのかもしれない。
それによってっていう感じがあんまり見えなかったってことか。
なるほど。
俺ね、でもあの部分はね、割と嫌いじゃない。
ただお前が言ってることに正面から回答することには多分ならないんだけど。
勇気が出たって言って。
今しかないと思ったって言って。
さらに勇気を出して投函するっていうことができない、できなかったってことだよね。
なんだけど偶然に偶然が重なって、
もう偶然の産物で手紙は出されたっていうような形になっている。
あんまりね、だから勇気勇気って言ってるんだけど、
人間の力をそんなに重視してない感じがしていいなと思ったわけ。
その意思の力みたいなのを重視してない。
結局だからある種その人の人生にとって、
すごく大きな転換点になるようなことっていうのは、
意思の力って言うより、
やっぱり偶然の産物で訪れるようなことっていうのはあるよなっていうふうに思うから、
そこはなんかすごい謙虚な感じがしたんだよね、それこそ。
あれか、ハムネットの回で出たキーワードでもあるけど、
そこにはすごい、
好感が持てたって言うとすげえ偉そうなんだけど、
なんかそれはいいよなと思ったよね。
つまり、意思の力みたいなのによって運命は動き出すのであるみたいなことじゃなくて、
やっぱり偶然の力というのはでかいし、
コントロールできない部分によって、
ある種良き展開、幸福がもたらされる。
そして勇気がこの場合もたらされるっていうことがやっぱあるよねっていうことなんだろうなっていうふうに思ったから、
それはね、そういうもんだよなっていうふうに思ったって感じだな。
2つの相反する考えじゃない?今のってっていう。
あるっしょね。
それに納得が入ってないのかもしれない。
何だろうね。
人はなぜラブレターを書くのか。
勇気が出るから。
じゃないけど、そんな簡単なことではないけど、
ある意味その勇気みたいなものは伝播して、
その回り回っていろんな人が勇気づけられていくから。
あえて名付けるなら勇気みたいなものっていうことだけどな。
が、伝播していくというか。
熱みたいなもんか?
かもしれない。
エネルギーなんだろうけどね。
と同時に、それは大したことではないということを言っているっていうことですね。
そう、そういうことだよね。
大したことである。
どっちなんだっていう。
何だろうな。やっぱ俺そういうの好きなのかもな。
これは非常に重要である。
と同時に、そんなものは大したことがないっていう。
A、B型だからなお前は。
A型である。しかしB型である。
B型である。アンビバレント。
層であり、鬱である。
層鬱である。同じことも。
最強ハッピーであるみたいな。しかし最悪アンハッピーであるみたいな。
そうか、なるほど。
それに関してはすごい俺が少数派な自覚はあるから。
そういう、そういうもんだよねみたいなものが大事だと思って作った人がいて、
そういうものは大事だよねって受け取る人はいっぱいいるんだろうなって思うんだけど。
何なんだろうな、この釈然としない感じ。
そうね。
ボクシングの話は?っていう。
そう、ボクシング、だからさ、今俺のその勇気のある種の説明みたいなのの中にも、
須田まさきは出てこないんだよなっていう、非常に僭越ながらというか、
言うとやっぱりまとまりはないのかもしれんね。
もちろんあれも死者というものを傷んで苦しんだんだけど、
それをある種あいつと共に戦うっていうふうに、それでまた勇気が出るわけだ。
で、戦って勝ったことでご両親にも、ご両親はだって見に行けなかったみたいな設定になってるじゃん。
でも勝ったことで非常に感動して、やはり生きていく勇気が湧いたであろうというふうには思うから。
思うんだけど一連のつながりの、ラブレター関係あんだっけ?みたいな感じではある。あるのですよ。
ただそんなにやっぱり俺は悪い話ではないなっていうふうに思ったっていう感じだよな。
まあもちろん、悪い話には全然見えるものではないんだけど。
そうね。
ギクシャクしてるなあって。
あの食堂の話とかは何だったの?っていう。
大きいおにぎりを作ってますってことをアピールするためだったのか。
なんか舞台としてすごい出てくるから、なんかその重要なファクターなのかなと思ったけど。
だから食堂と畑ってことでしょ?
うん。だからその実は何だと思ってたからさ。
うんうんうん、なるほどね。
まあそういうもんなんだろうなって、実際に本人がそういう食堂いとなんでって。
まあわかんないからね、それも。
なんか公に出てる情報って限られてるだろうし、別にそれは映画と関係ない話だから本当はいいんだけど。
なんかそういうもんなんだろうなと思ってたけど。
何なんだろうっていう風になっちゃったな。
ジャングルの奥地で迷っちゃった。
地底人がそこにいるっていう。
危ないって。
大丈夫かーっつって。
絶対藤岡博士には危険を及ばないって。
大丈夫かーってずっと言ってるっていう。
明らかに軽そうな岩がゴロゴロゴロゴロ。
うわーとか言って。
岩ぶつかったら死ぬだろうっていう。
これもね、2000年代でしたけどもっていう。
そうなー。
何だろうなー。
ボクシング、料理もなんかその、何なんだろう。
何なんだろう、何なんだろう。
人はなぜ。
これ、そうなー。
なんであんなにボクシングの津田優樹演じてる川島と、
しんすけが繋がり合ったのか。
なんでかなー。
でもなんかこうやって、こうやってなんかその映画の悪口みたいなの言ってるとすごいしんすけに、
人の悪口とか言わない方がいいっすよとか言ってられるからさ。
何だっけ。
ダサいんだよみたいな、端的にダサいんだよみたいな感じの。
ドキッて言うぞ。
まあまあなー。
繋がっていなさ。
これが別に繋がっているよっていう結論じゃなければ、そんなに気にもならなかったんだけど。
繋がっているよっていう映画にするなら、この繋がっていなさはプラスなのかなっていう。
全ては繋がっていると確信する時があると。
誰の物語も終わらないまま、今私の物語が始まる。
つまり物語もクロスオーバーしていて、死んでも終わりじゃないから、生き続けるわけだからね。
で、それぞれの人生、それぞれの物語がクロスオーバーしながら影響を与えあって、
つまり物語はずっと終わらない。
繋がりがあり続けるわけだから。
みゃくみゃくと受け継がれていくわけだから、終わらないのですよっていうこと。
言ってる意味はすごい。
それはもうその通りっていうね。
その通り。
俺もそう思う、みたいな。
でも、なずなさんは、大学に行ったらめちゃめちゃモテますよ。
そんな嫌だ、みたいなのと何が繋がってるんですか?みたいな気になるっていう。
あれは何だったんだ?
あれは何なんだろうな。
モデルになった人はそういう人なの?
創作なのかい?みたいな。
これ何なんだろう?みたいなのが。
あれは確かに何なんだろう。
そしてそう考えると、てかこの食堂は何なんだろう?ってなるっていう。
おにぎりって何なんだろう?みたいになる。
かわいい、みたいなことですかね。
ある種のサービスシーンみたいなことになるのだとしたら、
映画という観点でいうと全然ダメだよねってことにはなるよね。
厳しい言い方すれば。
チグハグじゃない?っていう言ってることとやってることがみたいな気になったという。
つまり、繋がっているということを伝えたい映画に繋がりがあまり見出せない。
そう。
繋がってる感が得られない。
だから納得がいかない。
なるほどな。
ちゃんと伝えるみたいなところで、
いやこれもやっぱり全体で繋げることはできないんだが、
ちゃんと伝えるみたいなのは一つのテーマなのだろうなとは思うよね。
メッセージというか。
なのだとは思うんだけどね。
大学行ったらモテますよってちゃんと伝えるってこと。
ちゃんと伝えてたよね。
はっきり言ってたよね。
何回か言ってたしね。
なずなも何回か聞き返しに言ってたしね。
置いとこ、そのシーンとか言っても。
それは非常に深めるシーンはできない、良くないっていう感じではあるけど。
うーん、まあまあそうな。
ちゃんと伝えると、ちゃんと帰ってきて、それが勇気になるっていうこと。
ちゃんと伝えられなかった後悔みたいな話なのか?
当時、なずなはしんすけに思いを伝えようと思ってたのに伝えられなくて、
亡くなっちゃったから、
それによってちゃんと伝えようということを決心するということが描かれていた?
でも手紙は出さなかったんだよな。
うーん、まあまあそうな。
その後悔みたいなもので、今回はちゃんと伝えようってなるってことならすごくわかるんだけど。
偶然の産物でそれが送られてって、それによってっていうことだったら、
それもまた一致してなくない?みたいな。
言ってることとやってること。
だからその偶然の産物も繋がりだと捉えることはできるわけじゃん。
人と人との営みの繋がりによって、偶然というものが発生して、
それで出されなかったはずの手紙が出されるという意味での繋がり。
ただこの繋がりは、思いをちゃんと伝えて勇気が湧くみたいな繋がりとは別種なんだけど。
系統が違う。
大学に行ったらモテるっていうのはどうなってるかな?
ああ、あんなもん一番生きる勢い湧くだろ。
よっしゃ!みたいな。
アラフォーだけど!みたいな。
まだいけるっていう。
ああ、なるほどな。
チグハグではあるということにならざるを得ないのかな?
チグハグだし唐突だしな。
娘が東大受けるみたいなのも。
あれも別に病気が再発したと知ったからなの?
あの時決心したの?みたいな。
そうね。
もともとだって前に病はもうわかってたわけじゃん。
そうね。5年前だって言うからたぶん小学生の頃だったんでしょうな。
まあでも再発したから本気でやろうみたいになったみたいなことなのか?
うーん。
まあ、と読み解くしかないよな。
で、これはなぜなのかって言ったら、お前さっき言った通り、唐突っちゃ唐突だからっていうことだよね。
うーん。
須田まさきはチャンピオンになる勇気を得たの?
もともとなんか頑張ってたんじゃないの?みたいなのとかもあるし。
うーん。
じんわりしてんのね、その熱みたいなものは。
遠赤外線?
なるほど。
直火じゃないってこと?
着火はしないけど、保温はあるみたいなこと?
ああ。
なんかこう、あの回路。
うーん。
みたいなものってことですか?
うーん。
増幅するけど。
うーん。
その着火する瞬間は。
バッと点く。
コンロみたいにバッてこう火が点くものではなくて、じんわりと持ってるものにこう熱が宿って増幅するものが描かれているってことなのかな?
うーん。なんか非常に収まりがいい感じするね。
そうなのかもしれんな、確か。
うーん。
ドラマチックに何かが元点になるようなものは確かに描かれてないから。
うーん。
そうね。
なんかこうじんわり温かいものがじんわり伝わっていく、じんわりとしたつながりの話っていうことなのかもしれんし。
7だとしたらパキッとはせんなっていう、よくわかんねえなっていうつながってる感がはっきりとはよくわからんなっていうことなのかもしれんね。
うーん。
でも印象的だったのは照明の使い方なんだけど、俺が。
うん。
言ったっつうか、あのー。
なんつうのかな。
人はなぜラブレターを書くのか。
うんうん。
は、なんかまあ思いを伝えるためであると。
うん。
いうことじゃん。
うん。
それは、そうじゃん。
それはそうじゃん。
それはそうじゃん。
それはそうじゃんっていう。
うん。
ことなんだけど、そのー。
まあ今回その、出されなかった、一旦出されなかったっていうことも含め、
これどうしてもその、はぁ世界で一つの彼女との対比がすごい、
俺の中で浮かんできてしまって。
そうね。
これ見たことない人、もしくは僕らのエピソード聞いてない方には恐縮なんですが。
うん。
まあ主人公、はぁ世界で一つの彼女っていう映画では、
主人公、ホワキンフェニックス演じる主人公が最後に手紙を出すんだね。
別れた元妻に対して。
謝罪と、今後もあなたを応援してますね的なね。
うん。
あの、にはその手紙を出すのだが、そのなんていうの。
で、我々はあれは良くない行為なのではないかっていうようなことになったのであるが、
なんて言ったらいいのかな。
出されるべき手紙と出されない方が、出されないでおくべき手紙みたいなのがあるということなのだろうかとか。
うん。
あーなるほどね。
つまり、伝えるべき思いと伝えないべき思いみたいなのがあるということなのだろうかとか。
伝えるべきものなのに伝えられない思いみたいなのが、謎なみたいにね、あるのだろうかとか。
伝えないべきなのに伝えてしまう手紙。
これは母の主人公ね。
みたいなのがあるのだろうかとか。
その辺の差異みたいなのは、うまく考えられなかったね。
通りっぺんなことは言えんだけどね。
要するに利己的なのか利他的なのかっていうことなのだろうとは思うんだけど。
じゃあ何が利己的?みたいな。
どうして利他的?みたいな。
利己利他っていうのは利益に己と書くのか、利益に他者の他と書くのかっていう感じのやつだけども。
でもそもそも思いを伝えるって全部利己的ではあるよなみたいな。
それが結果的に利他的になることもあるのかとか。
でもそんなふうに考えていくと、じゃあ母のあの手紙も別に絶対的に否定されは、結末が描かれてないから、
読んだのかどうかとか、読んでどういう反応したのかとかは元妻がね、描かれてないので、
なんかそういう意味では早勝手だったかとかね。
あの、いやでもあれは利己的なのでは?みたいなのとかがなんかもやもやもやすごいこううまく考えられなかったね。
わかんないからね、なんか相手のためとか言ったって。
自分のためになることはなんかわかるじゃん、ある程度。
やっぱり伝えたい生き物だろうから、やっぱり人間は。
伝えたーいっつって。
あの、向井修徳が歌ってたし。
そんなシーンあったっけ?
あやすはるかにザゼンボイスを歌ってほしいけどね。
エンディングテーマはそれでよかったじゃんねっていう。
向井修徳も大学に入ったらモテると思うけど。
なるほどね。
うん。
でも今回のその手紙はラブレターだったのそもそもっていう。
まあね、そうね。
それもちょっと微妙にずれてるからちょっと。
だってもう亡くなった人に本当に向けて書いてるわけでもないじゃん。
内容的には。
あれは手紙なんだけど。
そういう意味ではその本当のラブレターっていうのは出せなかったんだよね、20数年前に。
渡せなかった。
それが大人になった今も出せなかった。
けど回り回って届いた。
ややこしいな結構。
うん。
まあでもあれは結果的に出されてよかったというふうな、つまりラブレターではないんだよな。
鎮助の両親とかボクシングジムのオーナーとかにとってはよかったんだよね。
同じ人を思う人がまだいたっていう。
まだその取り残されてたのは自分たちだけじゃなかったっていうことがわかるっていうことなんだろうけど。
だからあれは伝えられて叱るべき思いだったっていうことね。
ラブレターっていうワードはちょっと置いといて。
抽象化すれば伝えた方がいい思いと伝えない方がいい思いがあるなってことはわかったね、なんかね。
うん。
で、それが常に伝えられるわけでもないし、常に伝えずに済むわけでもないということではあると。
で、なんかそこに際はきっとあるのだろうなっていうふうに思うけど、なんかよくわからんなっていう。
なんか雑なんだよ。利己的な思いは伝えないで、利他的になる思いは伝えた方がいいとか言ったって。
なんか何も言ってないに等しいな、これじゃっていう感じが若干するのよね。
でも結局伝えちゃうしね。
そんなに強い生き物でもないよね、人間ね。
伝えなきゃいけないのに伝えられないこともあるよなっていうことはこの映画には描かれてたね。
うんうん、そうやな。
でもあれなのかな、これもうほとんどただ利己的利他的みたいなのを言い換えてるだけじゃだけなんだけど、
いやでもわかんないな、人のことを思って書かれた手紙なのであれば出すべきで、
自分のことを思って出す手紙ならそれは出されない方がいいことの方が多いみたいな、
ことなのかもしれんなと今話しながらちょっと思ったけど。
それが難しいんじゃんっていう。
うん、そうね。
その見分けが難しい。
わかんねえよっていう。
わかんねえなっていう。
むずいよな、わかればいいのにね、本当にね。
結果論でしかないっちゃ結果論でしかないんだよな。