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【人はなぜラブレターを書くのか】すべてはつながっているとはどういうことか【ぬ】
2026-04-28 1:07:25

【人はなぜラブレターを書くのか】すべてはつながっているとはどういうことか【ぬ】

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石井裕也監督、綾瀬はるか主演、新作映画『人はなぜラブレターを書くのか』を深め"ぬ"回

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サマリー

今回の「深めるシネマ」では、石井裕也監督、綾瀬はるか主演の映画『人はなぜラブレターを書くのか』を深掘りします。物語は、2000年の日比谷線脱線事故で亡くなった少年へのラブレターが20年後に届いたという実話に着想を得ており、事故で亡くなった少年に片思いをしていた主人公・ナズナ(綾瀬はるか)が、自身が癌を患ったことをきっかけに、彼へラブレターを書くところから始まります。しかし、この映画の多くは創作であり、その展開について、パーソナリティの二人は「すべてはつながっている」というテーマに説得力を感じられなかったと語ります。特に、演出や演技が演劇的でぎこちなく感じられた点、物語の要素が詰め込まれすぎている点、そして「つながり」や「勇気」といったテーマの描き方に疑問を呈します。一方で、偶然の力や、思いを伝える行為の重要性、そして登場人物たちの「熱」や「勇気」がじんわりと伝播していく様子を読み取ろうとする試みも見られます。最終的には、映画のテーマやメッセージの伝達方法、そして細部の描写(特にジョイフルでの撮影シーン)について、リスナーに意見を求める形で締めくくられます。

オープニング:戦わないマヌカハニーと映画のテーマ
そろそろ、戦わないマヌカハニーに出会ってみたいと思っているトリビアです。
ちょっと待って、Tomoheeですって言えないわ、これちょっとまだ。
あきらめんなよ。あきらめんなよ。
とりあえず、とりあえず、戦わないマヌカハニー?と思ってます、Tomoheeです。
何だ?何だ?何だ?
マヌカハニーってあれでしょ?喉にいいやつでしょ?
これだよこれ。戦うマヌカハニー。
おお。
戦うマヌカハニーって書いてある。
ピレグミとか入ってそうなパウチみたいなやつ。
カンロの喉飴。いつもお世話になってる。戦うマヌカハニー。
マヌカハニーってさ、だいたい戦うマヌカハニーでしか出会ったことないから。
いやいやいやいや。俺はあの。
そうね、マヌカハニー時代に出会ってないから。
え?
っていう意味では、俺はまだ戦ってすらいないわけよね。
マヌカハニーにもいろいろいると思うわけ。
うん。
いていいと思うわけ。
いるんだろうな。
うん。
まあそうだよな。
戦わないマヌカハニーもいていいと思うんだけど。
うん。
そろそろ出会ってみたいなと思ってます。
まあね、8割強ぐらいの方は今こいつが何を言ってるのかポカーンとしてると思うんですけど。
はい。
1割ぐらいの人は、なんだ?戦うマヌカハニー見たことあるし、
舐めたことある人たちは今ピンときてるんだろうな、きっと。
まあ僕にも全然ピンときてないんで。
はい、ぼんやりした話。
深めるシネマです。
ぼんやりした話、深めるシネマです。
まあね、パッキリしない話、深めるシネマでございますけどもね。
深めるシネマは毎回一本の映画について語られ、その電話とメッセージを読み取ることで映画の見方を深めていく。
戦争を反対、徹底対話型番組です。
戦いません。
皆さん、裏メッセージが読み取れましたか?
要するに、この世界情勢のことを言ってたんですね、トリビアさんはね。
マヌカハニーに託して。
はい。
はい。
聞いてるか、トランプ。本当に。
喉大事にしろよ、トランプ。
大変なことになってるからね。
本当に。
また命狙われたのかな。
ちょっと早く戦わないマヌカハニー見つけて、あいつらの口の中に放り込んでやらないといけないよね。
カンロさん、案件待ってます。
映画『人はなぜラブレターを書くのか』の概要と制作背景
来るかいっていうことで。
来るかい。
一応綺麗に突っ込んどきますけども。
今回の映画はですね。
人はなぜラブレターを書くのか。
です。
我々はその謎を解き明かすべく、ジャングルの奥地へ向かった。
というサブタイトルがついてます。
藤岡博士探検隊。
さあ、遥か主演。
石井雄也監督ですよ。
俺ら月木の回で取り扱ったね。
そうね。
月木の回は結構評判が良くて。
あれから聞き始めてくれた人もいるみたいだし。
そうね。お便りも結構ね、いただいたりとかして。
あれなんか思い返してみたら、新作映画取り上げるみたいなのってあの辺ぐらいからやり始めたんだよな。
おそらくあれが初めてぐらい。
まあ初めてではないか。
でも一応というか。
やばい、会社名忘れたね。
オンなんとか社さんから取り上げませんかっていうお声掛けをいただいて。
あれはですね、確かね。
オン、オン、オン、オン。
これごまかすな、オンで。
何回オンって言ってんだろうみたいな。
大変失礼しております。
その説はお世話になりました。
お世話になりました、本当に。
その説は、はあ。
ということで、今回は深めぬという感じで、ぼんやりした話をしていきます。
ぼんやり。
いやいや、戦っていこうぜ。
ちゃんと戦おうぜ。
あれだね、監督脚本も編集もかな、石井雄也監督。
そうなんね、なるほど。
確か、編集も石井、編集の中は2人ぐらい名前が入ってるけど、共同編集なのかな。
新作4月17日公開で、日比谷船脱船事故、2000年3月に発生した日比谷船脱船事故で亡くなった少年。
彼に当てたラブレターみたいなものが20年後に届いたみたいな話から、
これは実話らしくて、
それに着想を得て書かれた奇跡の実話に基づいた物語って書いてます。
うん、なるほど。
この日比谷船脱船事故ってお前知ってるっていう。
いやこれね、全然覚えてないんよね。
俺らたぶん、小学校6年とかそのぐらい?
そうそうそう、小学校卒業直前ぐらいだと思われるんやが。
そんな事件あったんだっていうのをこれで知りましたっていう感じ。
そうね。
中目黒で脱船で事故って相当でかい事故だよね。
死者が確か5人ぐらい出ているというかなりの大事故だったみたいだけど、
ちょっとね、小学生だったもんで覚えてないっていうね、感じないけどね。
田舎の小学生だったんでね、東京で起きた事件なんて全然覚えてなかったんですが。
そうね。
綾瀬遥子主演です。
石井雄也監督その月の回でも話したけど、結構好きな監督で、今回も期待していきました。
おーい。
うん。
映画への第一印象と「つながり」への疑問
今回のオープニングの話を聞いたらわかると思うんですが、
はあ。
正直乗れませんでしたっていう。
いやいや、ちょっと待ってください。はいはい、すいませんすいません。
東尹さん、はいどうぞ。
映画に乗れないのは全然仕方がないっていうか、なんていうかな、趣味もあるし、
なんかこういろいろね、あると思うのだが、
それと前工場がぼんやりした、それはお前が病み上がりだからであって。
相関関係にあります。
いやいやいやいや。
あそこで面白い話ができるっていうことは、映画も面白かったっていうことなのか。
なるほどね。
うん。
やっぱあれか、男が埋めるのの時は確かに狂ってたね、確かにね。
そうですよ、もうぶん回しだった。
ハムネットの回、皆さん聞いてくださいね。
いやー、なんかね、これめちゃめちゃ残念なんだけど。
はいはいはいはい。
でも評判良さそうじゃん。
まあね、悪くなさそうな感じでね。
割と周りで見たって人にも話を聞いたら、つい泣きましたっていう人とかいたり。
うんうん。
そうか、俺だけかっていう感じで。
また俺だけかのやつ。
また俺だけかってやつなんだけど。
はいはいはい。
だから今回はお前に教えてもらおうと思って、ノープランで来ちゃったっていう。
なるほどね。
その人はなぜラブレターを書くのかをね、教えてほしいなと思うぐらい。
うんうん。
ちょっと見て分かんなかったよね。
あー。
なんだろうな。
なんかでも、とりあえずあれだよな。
何がどう分かんなかったっつーか。
分かんないもん分かんないんだけど。
とは思うんだが。
なんだろうね。
乗れなかったみたいな。
もうちょっと詳しくっていうか、言葉で聞きたいな。
そうね。
うん。
物語の詳細なあらすじとテーマの提示
物語自体は、脱線事故で亡くなった男子高校生か。
彼を起点に、その周辺の人が割と主人公というか。
まあそうね。
その綾瀬遥香演じる実質の主人公は、その少年、まあ青年に片思いをしていた。
うんうん。
電車、毎日学校行く通学の電車が一緒で。
うんうん。
なんか勝手に片思い。
まあなんか痴漢を撃退してくれたみたいな出来事とかがあって。
そうね。
名前も知らない、どこの台なのかも知れない、歳同じぐらいの男の子に。
うんうん。
通学の度にちょっとこう、チラチラ目をやったりして。
うんうん。
淡い恋心みたいな。
そうかな。
みたいなのを抱いてるみたいな感じだったんだけど。
うん。
まあ結局そのちゃんと話すこともなく。
うんうん。
ある日、たまたま、まあこれがどこまで実は即してんのかわかんないけど。
うんうん。
園谷瀬遥香演じる名津名、名津名が乗ったいつもの電車に、その彼がたまたまちょっと遅れてきてしまって、乗れなかった。
そうね、乗り遅れたんだね。
乗り遅れちゃって。
うん。
で、でもまあ、あの最後そのなんか扉が閉まる瞬間にちょっとだけコミュニケーション取れて。
あのなんかプレゼントしようと思ってたのかな。
あのハンカチみたいな、お手製のハンカチみたいなのを見せて。
うんうん。
まあその彼がボクシングやってるってことをなんか友達伝ちょっと聞いて。
うんうん。
パンチって書いた。
パンチって書いてある。
うん。
可愛い、あのハンカチみたいなのをこう見せて、そのまま電車が出ちゃって。
そうね。
で、その電車、彼が次の便に乗った。
うん。
で、その電車が事故で、彼は亡くなってしまったっていうことがあって。
うん。
で、20年後。
だね、の設定だったね。
20数年後だった、ナズナはもう家庭を持ち、夫がいて、娘もいる。
うん。
中学生の娘がいると。
娘がいる。で、夫は妻吹里氏が演じている。
うん。
娘は西川愛理が演じている。
で、でもどうやらその家族の風景から始まるんだけど、なんか結構ぎこちない家族みたいな。
うん、そうね。
うん。
なんかなんとなくぎこちねえなみたいな。居心地悪いなみたいな。
なんかあるな、この家みたいな。
うん。
で、見ていくと、そのナズナは実は、あれは癌なのかな。
うんうん。
何病だ、癌を患っていて、治療を続けていたけど、転移がちょうどわかってしまうみたいな。
そうね、再発というか転移というかが発覚すると。
っていうところで、ふとかつて恋をしていて、亡くなってしまった青年のことを思い出し、彼にあててラブレターを書く。
うんうんうん。
ただまあこれは出せずにいたんだけど、いろんな要因によって偶然出されてしまうっていう。
そうね、偶然が重なって、なんていうんかな。
まあ本当に偶然だね、偶然出されてしまうという形になってると。
で、それがその青年の遺族の元まで届いて、ボクシングジムあてに送るつもりだったものが、まだジムがあって、これなんか実在するジムらしいよね。
大橋ジム。
うーん、みたいね。
で、そこで返事が来る、遺族の両親からかな。
で、その癌が再発したことを、それによって娘に伝えられるようになる。
うんうん、そうね、という形になっている。
もう完全にネタバレになるけど、そのままナズナは亡くなってしまって、最後は娘が医者になるという夢を抱いて、東大の理産。
うん、まあなんか医学部に通じる東大の入学形式のやつね。
うん。
うん。
を受けに行くっていうところで終わるっていう話。
うんうんうん。
「つながり」が見えなかった理由と創作部分への考察
で、なんか最後に、この映画のおそらくテーマとして伝えたかったのだろうという、そのことを娘がちらっと言うんだけど、すべて繋がっていると。
うんうんうん。
いろんなものは繋がって、ジムはここにいて、こういうことになっているみたいなことを言うんだけど、俺には繋がってるように見えなかったっていう。
うんうんうん。
なるほど、なるほど。
うん。
なるほど。これね、なんつってたかっていうと、なんかまあ全部メモれたわけでもちろんないんだが、すべては繋がっていると確信するときがあるっていうことと、誰の物語も終わらないまま、今私の物語が始まるっていうようなことを娘が独白のようにして言ってんだよね。
うん。
なんだけど、トリビアさんからすると、繋がってるように見えなかったということだね。
これ最終的なメッセージが繋がっているというね、結果的に繋がってるようになってはいる、さっき言ったあらすじも、要するに手紙を出して、その返事が両親から帰ってきた、遺族から帰ってきたっていうことで、
自分がガンであるということを娘に喋れるようになるっていうのは、口で言ったらそうなってんだけど、そうなってるように見えなかったんだよなっていう。
うんうん、なるほどな。
これいろんな要因があると思うんだけど、1個あるとしたら、演出もそうだし、演技みたいなものが結構浮いてた。
うんうんうん。
あんまりその方が、特にテレビ局制作の方があんまり見ない方なので、そのスタイルなのかなっていうぐらい、演劇チック、ぎこちなく人がちょっと歩いて喋るみたいな。
こっち向いて喋るみたいなのとかに、すごいぎこちなさを感じて、そういったものも含めて繋がってるように見えない。
うん、なるほど。
でもいいわけ別に、これ実話ベースじゃん。
うんうんうん、まあまあね。
実話ってそんな綺麗に繋がってるもんじゃないし。
そうね、その通りだ。
だから、それで繋がってるように見えないからっていうのは、かなり正直な感想ではあるけど、不当な言いがかりかなってちょっと思いながら一生懸命考えたんだけど。
はいはいはい。
なんか調べたら、ほとんどその20年後の話は創作なんだよね。
ああ、なるほど。ちょっと俺はね、全く調べてないので今初めて聞くけども。
うん、その20年前の初恋の事故で亡くなった彼に手紙を出すというのも、実際はDMだったらしいんだけど。
ああ、はいはいはい。
まあそれは別にどっちでもよくて、仲間を送って、で返事が返ってきたというとこまでは割と実話っぽいんだよね。
俺が調べた限り。
なるほど、なるほど。
その名津名という人が、そのまま癌であってとか、最終的には亡くなってみたいな、そこから先の話はどうやら創作のようで。
なるほど、なるほど。
そのますますちょっと混乱したっていうのが、なんでじゃあこうなってたんだろうって考え始めちゃって。
はいはいはい。
ずっとモヤモヤしちゃったっていう。
実話であるなら、事実は小説より気なりとか言ったりするけど、逆もしかりで、事実は小説ほどドラマチックじゃないので、
これハムネットの時にも言ったけど、別にそんなに因果律で繋がるわけでもないし、こうなったからこうなったみたいなわかりやすいあれがあるわけじゃないから、
だとしたら、ある種いいというか、
征服できるところなの、そういうことね。
ところなのだが、あ、創作だったのかっていうので、ますます、ん?みたいな。
要素の多さとキャラクター描写への不満
だとしたらすごい詰め込みすぎてて、
その例えばボクシングジムの話とか、これ主人公はなんかパートごとにちょっとこう別れたりとかして、
その須田まさきが演じてるさ、その川島っていうボクシングジムのその先輩?
あの事故で亡くなった青年の先輩ボクサーみたいな。
が、最終的にその事故で、すごい慕ってたというか面倒を見てた後輩の死を知ってから、
自分が世界チャンピオンになるっていうことでボクシング大会に出て、決勝戦みたいな。
それを遺族の両親がテレビで見てるみたいなシーンがあるし、
なんかね、自分のボクサーパンツにイニシャル入れたりとかね、その後輩の。
っていうシーンとかも、なんか全然気持ちが乗らなくて見てて。
その繋がってるように見えてないからかもしんないんだけど。
その、で、プラス、須田まさきが須田まさきすぎるっていうところがある。
彼はやっぱその主人公にしか見えないというか。
しんすけか、その事故で亡くなった。
しんすけとその須田まさきが演じてるその先輩の関係も、まあちょこっとしか見せてもらえない。
うんうん、まあそうだな。
だからそこに気持ちも乗らない、いいその別ストーリーみたいなものになっちゃってて。
なんかこう、だったらその創作なんだとしたらもうちょっと絞って、その二人だけの話とか。
なんかディの方がこっちとしても気持ちは乗れたのになーって思ったりもしたっていう。
なるほど、ドラマとして単純に要素が多いっていうのは確かにあるよな。
手紙を、初恋の話、それが非常に痛ましい形で終わってしまったってこと。
先輩とその亡くなってしまったしんすけのこと。
しんすけと親子のこと。
そして謎の現在のこと。
謎の病気のこと。
謎の家族関係のこと。
夫との関係。
謎の食堂とかね。
まあ多いよな確かにな。
多くて、それがまあ全部繋がっているみたいなことを言いたいんだろうな。
でも全然なんか繋がっているように見えなかったなーって感じ。
なるほどな。
分からいでもないっていうか、あれだな。
まず前提としてね、演技に関しては、俺もやっぱりあのスタイルは好きじゃないね。
たまにああいう演出の付け方の監督さんいるよね。
現実でこんな会話はしないであろうみたいな。
セリフ回し。
主人公たちが喋ってるのがセリフだねっていう感じの。
なのが俺は一番引っかかるタイプではあるんだが、
それに違和感を感じて乗れないっていうのはね、確かにあるにはあるよな。
「勇気」と「偶然」によるつながりの解釈
どうだったの?お前はどうだったの?
なんだけど、俺にはある程度意味はわかった。
ジャ。
ジャーゴン。
ジャーゴンって聞きましたけど今。
今日はもう聞きに来てるから俺。教えてくださいっていう。
ジャーゴンを?俺の?
ジャーゴン。
ジャーゴンって何だったっけ?
ジャーゴンっていうのはなんか専門用語みたいなね。
まあいいや。
そうそう。
そうなー。
いやその前提としてやっぱり全然泣いたりとか感動したりもできなくて。
これ何でなんだろうってずっと思ってたら終わったっていう。
でまあ今回はねお互い時間の関係で1回しか見れてないっていうこともあり。
もう1回ぐらい見に行ったかったけどちょっとわからなかったから本当にその。
これが人はなぜラブレターを書くのかっていうのがさ。
なんかちょっとは想像できるよ。
この映画で描かれていることというよりは今まで生きてきた人生経験においてこういうことなのかなって。
それがまあちょっとこの映画の中にも描かれているのかなっていう。
でもなんか説得力はちょっと感じなかったっていう。
うーん。
なるほど。
じゃあ聞かせていただこう。
じゃあ。
じゃあで。
いや別にそんなの。
大それたことは言えないんだが。
全ては繋がってる。
何が繋がってるのかということだけはわかった気がする。
分かった部分と分かんない部分。
むしろ議論したい部分があるというのはまず言っておくとして。
全ては繋がっているのだっていうふうなのは何を言ってるのかっていうのはなんとなくわかった。
そうだよね多分勇気なんだと思う。
なるほど。
うん。
あのね。
勇気元気やる気。
いわき。
いわき信子も2000年ぐらいに活躍したんじゃなかろうかみたいな。
彼女も勇気ありそうな政治家だと言えるしよく知らねえけど。
あんま覚えてねえけどキャラが立ってただけで。
勇気。
勇気。
なんでそれが思ったかっていうと、
ナズナが綾瀬遥が演じる主人公が結構何回か私はいつも臆病だからみたいなセリフとかが何回かあるんだよね。
うん。
で、なんだけど、ある種自分の死期というか死ぬ時期みたいなのをかもしれない死ぬかもしれない時期みたいなのを悟って、
ここはぼんやりさせんなよって話ではあるんだけどぼんやりさせるんだけど、
なんか勇気が出るんだと思うんだよな。
今やんなきゃいけないなっていう、今しかタイミングがないと思いましたみたいなことを手紙に書いてあるんだよね。
ここでしかないと思いましたみたいな感じのことを言って、つまり手紙を書く勇気が出たわけだ。
で、それで果たせなかった思い伝えられなかった思いみたいなのを本人にはもう伝えられないのだが伝えてみるというのがそういう勇気が出た。
で、そしたらそれが帰ってきたわけだよね。読まれて帰ってくるっていう風な形になってて。
で、両親はずっとこうある種、別にずっとそうだったわけではないんだろうけど塞いでいた状態だったっていうことね。
いつまで経っても同じですみたいな、変わらないみたいなことを言ってたよね。
20何年経っても変わらないですみたいなのを事務の会長に言ってたりとかして、っていうような形になったんだけど、
その謎なからの手紙をもらって、息子が生きていたことに意味はあったということが分かりましたみたいな感じになっている。
ある種塞いでいたものがちょっと炎が灯されるような、ある種のこれも勇気だと思う。
それから前向きに生きていっているっていうような描き方になってたしね。
晩御飯おいしいねみたいな感じになってて、灯されてるわけよね。
謎なに灯った勇気が、新助の両親にも灯り、そしてそれがまた手紙が返ってくることによって、謎なにまた勇気が灯るというふうになる。
子供たち、子供たちじゃねえや、子供に自分が病気というか癌が再発したということを伝えて、一緒に戦おう、一緒に頑張ろうっていうような、私が頑張るよみたいなことを伝えることができるようになったっていうような形になって、
で、夫も勇気が出ましてそれで、走り込んじゃったりとかして、めちゃめちゃ期待始めちゃったりとかして。
で、娘は私はやっぱり医者になるというふうなことを心に決める、決意を固めるみたいな。決意を固めるのもやっぱり勇気がないとできないことだからね。
っていうような形で繋がっているのだなっていうふうに思ったから、それを伝えたかったのだろうし、そのためには人に思いを伝えるという行為が必要であるということだね。
臆病になっていないで。だから人はラブレターを書くのだっていう、そういうメッセージなんだろうなっていうふうには。まず思ったね。
なんか分かるようで分からない話なんだよ。
分かるようで分かんなさそうだなっていう感じのリアクションをずっとね。
最後の部分はすげえ、なるほどっていう感じなんだけど、この映画の中の描き方でそういうふうになってたっけっていうのが一番引っかかってるんだなってことは今ちょっと分かったかな。
なるほどな。
そうね。
別に手紙は出してないわけでしょ。出す勇気は結局行使しなかったわけだ。
偶然出された。
じゃあ、もしあれ出さなかったら、娘に病気であることを明けなかったの?ってことになるじゃん。
そうなの?っていう。
そんなわけないじゃんっていうさ。
だっていずれは言うでしょ、そんなのっていう。
なんかそれが、じゃあ帰ってこなかったら言わなかったの?とか。
それ言わなかったら東大に進まなかったの?とか。
東大受験しようとしなかったの?とか。
っていうところに繋がらなさを感じてるのかもしれない。
それによってっていう感じがあんまり見えなかったってことか。
なるほど。
俺ね、でもあの部分はね、割と嫌いじゃない。
ただお前が言ってることに正面から回答することには多分ならないんだけど。
勇気が出たって言って。
今しかないと思ったって言って。
さらに勇気を出して投函するっていうことができない、できなかったってことだよね。
なんだけど偶然に偶然が重なって、
もう偶然の産物で手紙は出されたっていうような形になっている。
あんまりね、だから勇気勇気って言ってるんだけど、
人間の力をそんなに重視してない感じがしていいなと思ったわけ。
その意思の力みたいなのを重視してない。
結局だからある種その人の人生にとって、
すごく大きな転換点になるようなことっていうのは、
意思の力って言うより、
やっぱり偶然の産物で訪れるようなことっていうのはあるよなっていうふうに思うから、
そこはなんかすごい謙虚な感じがしたんだよね、それこそ。
あれか、ハムネットの回で出たキーワードでもあるけど、
そこにはすごい、
好感が持てたって言うとすげえ偉そうなんだけど、
なんかそれはいいよなと思ったよね。
つまり、意思の力みたいなのによって運命は動き出すのであるみたいなことじゃなくて、
やっぱり偶然の力というのはでかいし、
コントロールできない部分によって、
ある種良き展開、幸福がもたらされる。
そして勇気がこの場合もたらされるっていうことがやっぱあるよねっていうことなんだろうなっていうふうに思ったから、
それはね、そういうもんだよなっていうふうに思ったって感じだな。
2つの相反する考えじゃない?今のってっていう。
テーマの相反性と「熱」の伝播
あるっしょね。
それに納得が入ってないのかもしれない。
何だろうね。
人はなぜラブレターを書くのか。
勇気が出るから。
じゃないけど、そんな簡単なことではないけど、
ある意味その勇気みたいなものは伝播して、
その回り回っていろんな人が勇気づけられていくから。
あえて名付けるなら勇気みたいなものっていうことだけどな。
が、伝播していくというか。
熱みたいなもんか?
かもしれない。
エネルギーなんだろうけどね。
と同時に、それは大したことではないということを言っているっていうことですね。
そう、そういうことだよね。
大したことである。
どっちなんだっていう。
何だろうな。やっぱ俺そういうの好きなのかもな。
これは非常に重要である。
と同時に、そんなものは大したことがないっていう。
A、B型だからなお前は。
A型である。しかしB型である。
B型である。アンビバレント。
層であり、鬱である。
層鬱である。同じことも。
最強ハッピーであるみたいな。しかし最悪アンハッピーであるみたいな。
そうか、なるほど。
それに関してはすごい俺が少数派な自覚はあるから。
そういう、そういうもんだよねみたいなものが大事だと思って作った人がいて、
そういうものは大事だよねって受け取る人はいっぱいいるんだろうなって思うんだけど。
何なんだろうな、この釈然としない感じ。
そうね。
ボクシングの話は?っていう。
そう、ボクシング、だからさ、今俺のその勇気のある種の説明みたいなのの中にも、
須田まさきは出てこないんだよなっていう、非常に僭越ながらというか、
言うとやっぱりまとまりはないのかもしれんね。
もちろんあれも死者というものを傷んで苦しんだんだけど、
それをある種あいつと共に戦うっていうふうに、それでまた勇気が出るわけだ。
で、戦って勝ったことでご両親にも、ご両親はだって見に行けなかったみたいな設定になってるじゃん。
でも勝ったことで非常に感動して、やはり生きていく勇気が湧いたであろうというふうには思うから。
思うんだけど一連のつながりの、ラブレター関係あんだっけ?みたいな感じではある。あるのですよ。
ただそんなにやっぱり俺は悪い話ではないなっていうふうに思ったっていう感じだよな。
まあもちろん、悪い話には全然見えるものではないんだけど。
そうね。
ギクシャクしてるなあって。
あの食堂の話とかは何だったの?っていう。
大きいおにぎりを作ってますってことをアピールするためだったのか。
なんか舞台としてすごい出てくるから、なんかその重要なファクターなのかなと思ったけど。
だから食堂と畑ってことでしょ?
うん。だからその実は何だと思ってたからさ。
うんうんうん、なるほどね。
まあそういうもんなんだろうなって、実際に本人がそういう食堂いとなんでって。
まあわかんないからね、それも。
なんか公に出てる情報って限られてるだろうし、別にそれは映画と関係ない話だから本当はいいんだけど。
なんかそういうもんなんだろうなと思ってたけど。
何なんだろうっていう風になっちゃったな。
ジャングルの奥地で迷っちゃった。
地底人がそこにいるっていう。
危ないって。
大丈夫かーっつって。
絶対藤岡博士には危険を及ばないって。
大丈夫かーってずっと言ってるっていう。
明らかに軽そうな岩がゴロゴロゴロゴロ。
うわーとか言って。
岩ぶつかったら死ぬだろうっていう。
これもね、2000年代でしたけどもっていう。
そうなー。
何だろうなー。
ボクシング、料理もなんかその、何なんだろう。
何なんだろう、何なんだろう。
人はなぜ。
これ、そうなー。
なんであんなにボクシングの津田優樹演じてる川島と、
しんすけが繋がり合ったのか。
なんでかなー。
でもなんかこうやって、こうやってなんかその映画の悪口みたいなの言ってるとすごいしんすけに、
人の悪口とか言わない方がいいっすよとか言ってられるからさ。
何だっけ。
ダサいんだよみたいな、端的にダサいんだよみたいな感じの。
ドキッて言うぞ。
まあまあなー。
繋がっていなさ。
これが別に繋がっているよっていう結論じゃなければ、そんなに気にもならなかったんだけど。
繋がっているよっていう映画にするなら、この繋がっていなさはプラスなのかなっていう。
全ては繋がっていると確信する時があると。
誰の物語も終わらないまま、今私の物語が始まる。
つまり物語もクロスオーバーしていて、死んでも終わりじゃないから、生き続けるわけだからね。
で、それぞれの人生、それぞれの物語がクロスオーバーしながら影響を与えあって、
つまり物語はずっと終わらない。
繋がりがあり続けるわけだから。
みゃくみゃくと受け継がれていくわけだから、終わらないのですよっていうこと。
言ってる意味はすごい。
それはもうその通りっていうね。
その通り。
俺もそう思う、みたいな。
でも、なずなさんは、大学に行ったらめちゃめちゃモテますよ。
そんな嫌だ、みたいなのと何が繋がってるんですか?みたいな気になるっていう。
あれは何だったんだ?
あれは何なんだろうな。
モデルになった人はそういう人なの?
創作なのかい?みたいな。
これ何なんだろう?みたいなのが。
あれは確かに何なんだろう。
そしてそう考えると、てかこの食堂は何なんだろう?ってなるっていう。
おにぎりって何なんだろう?みたいになる。
かわいい、みたいなことですかね。
ある種のサービスシーンみたいなことになるのだとしたら、
映画という観点でいうと全然ダメだよねってことにはなるよね。
厳しい言い方すれば。
チグハグじゃない?っていう言ってることとやってることがみたいな気になったという。
つまり、繋がっているということを伝えたい映画に繋がりがあまり見出せない。
そう。
繋がってる感が得られない。
だから納得がいかない。
なるほどな。
ちゃんと伝えるみたいなところで、
いやこれもやっぱり全体で繋げることはできないんだが、
ちゃんと伝えるみたいなのは一つのテーマなのだろうなとは思うよね。
メッセージというか。
なのだとは思うんだけどね。
大学行ったらモテますよってちゃんと伝えるってこと。
ちゃんと伝えてたよね。
はっきり言ってたよね。
何回か言ってたしね。
なずなも何回か聞き返しに言ってたしね。
置いとこ、そのシーンとか言っても。
それは非常に深めるシーンはできない、良くないっていう感じではあるけど。
うーん、まあまあそうな。
ちゃんと伝えると、ちゃんと帰ってきて、それが勇気になるっていうこと。
ちゃんと伝えられなかった後悔みたいな話なのか?
当時、なずなはしんすけに思いを伝えようと思ってたのに伝えられなくて、
亡くなっちゃったから、
それによってちゃんと伝えようということを決心するということが描かれていた?
でも手紙は出さなかったんだよな。
うーん、まあまあそうな。
その後悔みたいなもので、今回はちゃんと伝えようってなるってことならすごくわかるんだけど。
偶然の産物でそれが送られてって、それによってっていうことだったら、
それもまた一致してなくない?みたいな。
言ってることとやってること。
だからその偶然の産物も繋がりだと捉えることはできるわけじゃん。
人と人との営みの繋がりによって、偶然というものが発生して、
それで出されなかったはずの手紙が出されるという意味での繋がり。
ただこの繋がりは、思いをちゃんと伝えて勇気が湧くみたいな繋がりとは別種なんだけど。
系統が違う。
大学に行ったらモテるっていうのはどうなってるかな?
ああ、あんなもん一番生きる勢い湧くだろ。
よっしゃ!みたいな。
アラフォーだけど!みたいな。
まだいけるっていう。
ああ、なるほどな。
チグハグではあるということにならざるを得ないのかな?
チグハグだし唐突だしな。
娘が東大受けるみたいなのも。
あれも別に病気が再発したと知ったからなの?
あの時決心したの?みたいな。
そうね。
もともとだって前に病はもうわかってたわけじゃん。
そうね。5年前だって言うからたぶん小学生の頃だったんでしょうな。
まあでも再発したから本気でやろうみたいになったみたいなことなのか?
うーん。
まあ、と読み解くしかないよな。
で、これはなぜなのかって言ったら、お前さっき言った通り、唐突っちゃ唐突だからっていうことだよね。
うーん。
須田まさきはチャンピオンになる勇気を得たの?
もともとなんか頑張ってたんじゃないの?みたいなのとかもあるし。
うーん。
じんわりしてんのね、その熱みたいなものは。
遠赤外線?
なるほど。
直火じゃないってこと?
着火はしないけど、保温はあるみたいなこと?
ああ。
なんかこう、あの回路。
うーん。
みたいなものってことですか?
うーん。
増幅するけど。
うーん。
その着火する瞬間は。
バッと点く。
コンロみたいにバッてこう火が点くものではなくて、じんわりと持ってるものにこう熱が宿って増幅するものが描かれているってことなのかな?
うーん。なんか非常に収まりがいい感じするね。
そうなのかもしれんな、確か。
うーん。
ドラマチックに何かが元点になるようなものは確かに描かれてないから。
うーん。
そうね。
なんかこうじんわり温かいものがじんわり伝わっていく、じんわりとしたつながりの話っていうことなのかもしれんし。
7だとしたらパキッとはせんなっていう、よくわかんねえなっていうつながってる感がはっきりとはよくわからんなっていうことなのかもしれんね。
うーん。
でも印象的だったのは照明の使い方なんだけど、俺が。
照明の使い方と「熱」の可視化
はあはあはあ。
この映画の中で論点1個俺が喋れるかなと思ったのは、照明の使い方面白いなっていう。
うーん。
基本暗くて顔に光ほぼ当たんないみたいな。
うーん。
でもなんかすぐおにぎりに光が差したりすんだよね。
うーん。
あ、そうだったか。
まあまあ確かになんか非常にツヤツヤな印象はあったけどね。
そう。
食堂で働いてる人がおにぎり食べてるときに、その人の顔には全然光当たんないのに持ってるおにぎりにだけ光が当たってたりとかして。
おおー。
なんか。
パパーンみたいな。
全体的に暗いんだけど、なんか深夜のシーンとかね。
なんかその序盤の方からあったじゃん。
なんかこの時間が好きだじゃないけど、なんかそういう話をしてるシーンとかもあったりとかね。
けどなんかその最後そのボクシングもそのリング上に上がるときは光がバーって差し込んでるし。
うーん。
受験に受けに行く娘は駅のプラットフォームで朝日を見るし。
うーん。
みたいなコントロールしてるんだろうなっていう、伝えたいことのために何かしてんだろうなというとこまでは読み取れたんだけど。
うーん。
ある種、途上人物たちが熱を持っているときに光が差し込むようにパッて当たるっていうこと。
なのだとしたらおにぎりも非常に熱々。
おかしい。
おかしい。
それはおかしい。
おにぎりは熱々である。
熱々。
やっぱ熱々のおにぎりの方がいいよね。
熱を持っている。
おにぎりの方がいいよね。
それは。
熱々のおにぎり握るあの、なんかおにぎり屋さんいるよね。
すごい熱々。
なんかショート動画に出てくる。
おにぎり君みたいな人。
そうね、ポーズ頭の人ね。
うーん。
うーん。
彼も非常に光が多分差しているのであろう、おそらく。
iPhoneのライトによって。
うーん。
なんか分かんないところがあったって言ったじゃん。
ラブレターの定義と利己・利他的な思い
うん。
言ったっつうか、あのー。
なんつうのかな。
人はなぜラブレターを書くのか。
うんうん。
は、なんかまあ思いを伝えるためであると。
うん。
いうことじゃん。
うん。
それは、そうじゃん。
それはそうじゃん。
それはそうじゃん。
それはそうじゃんっていう。
うん。
ことなんだけど、そのー。
まあ今回その、出されなかった、一旦出されなかったっていうことも含め、
これどうしてもその、はぁ世界で一つの彼女との対比がすごい、
俺の中で浮かんできてしまって。
そうね。
これ見たことない人、もしくは僕らのエピソード聞いてない方には恐縮なんですが。
うん。
まあ主人公、はぁ世界で一つの彼女っていう映画では、
主人公、ホワキンフェニックス演じる主人公が最後に手紙を出すんだね。
別れた元妻に対して。
謝罪と、今後もあなたを応援してますね的なね。
うん。
あの、にはその手紙を出すのだが、そのなんていうの。
で、我々はあれは良くない行為なのではないかっていうようなことになったのであるが、
なんて言ったらいいのかな。
出されるべき手紙と出されない方が、出されないでおくべき手紙みたいなのがあるということなのだろうかとか。
うん。
あーなるほどね。
つまり、伝えるべき思いと伝えないべき思いみたいなのがあるということなのだろうかとか。
伝えるべきものなのに伝えられない思いみたいなのが、謎なみたいにね、あるのだろうかとか。
伝えないべきなのに伝えてしまう手紙。
これは母の主人公ね。
みたいなのがあるのだろうかとか。
その辺の差異みたいなのは、うまく考えられなかったね。
通りっぺんなことは言えんだけどね。
要するに利己的なのか利他的なのかっていうことなのだろうとは思うんだけど。
じゃあ何が利己的?みたいな。
どうして利他的?みたいな。
利己利他っていうのは利益に己と書くのか、利益に他者の他と書くのかっていう感じのやつだけども。
でもそもそも思いを伝えるって全部利己的ではあるよなみたいな。
それが結果的に利他的になることもあるのかとか。
でもそんなふうに考えていくと、じゃあ母のあの手紙も別に絶対的に否定されは、結末が描かれてないから、
読んだのかどうかとか、読んでどういう反応したのかとかは元妻がね、描かれてないので、
なんかそういう意味では早勝手だったかとかね。
あの、いやでもあれは利己的なのでは?みたいなのとかがなんかもやもやもやすごいこううまく考えられなかったね。
わかんないからね、なんか相手のためとか言ったって。
自分のためになることはなんかわかるじゃん、ある程度。
やっぱり伝えたい生き物だろうから、やっぱり人間は。
伝えたーいっつって。
あの、向井修徳が歌ってたし。
そんなシーンあったっけ?
あやすはるかにザゼンボイスを歌ってほしいけどね。
エンディングテーマはそれでよかったじゃんねっていう。
向井修徳も大学に入ったらモテると思うけど。
なるほどね。
うん。
でも今回のその手紙はラブレターだったのそもそもっていう。
まあね、そうね。
それもちょっと微妙にずれてるからちょっと。
だってもう亡くなった人に本当に向けて書いてるわけでもないじゃん。
内容的には。
あれは手紙なんだけど。
そういう意味ではその本当のラブレターっていうのは出せなかったんだよね、20数年前に。
渡せなかった。
それが大人になった今も出せなかった。
けど回り回って届いた。
ややこしいな結構。
うん。
まあでもあれは結果的に出されてよかったというふうな、つまりラブレターではないんだよな。
鎮助の両親とかボクシングジムのオーナーとかにとってはよかったんだよね。
同じ人を思う人がまだいたっていう。
まだその取り残されてたのは自分たちだけじゃなかったっていうことがわかるっていうことなんだろうけど。
だからあれは伝えられて叱るべき思いだったっていうことね。
ラブレターっていうワードはちょっと置いといて。
抽象化すれば伝えた方がいい思いと伝えない方がいい思いがあるなってことはわかったね、なんかね。
うん。
で、それが常に伝えられるわけでもないし、常に伝えずに済むわけでもないということではあると。
で、なんかそこに際はきっとあるのだろうなっていうふうに思うけど、なんかよくわからんなっていう。
なんか雑なんだよ。利己的な思いは伝えないで、利他的になる思いは伝えた方がいいとか言ったって。
なんか何も言ってないに等しいな、これじゃっていう感じが若干するのよね。
でも結局伝えちゃうしね。
そんなに強い生き物でもないよね、人間ね。
伝えなきゃいけないのに伝えられないこともあるよなっていうことはこの映画には描かれてたね。
うんうん、そうやな。
でもあれなのかな、これもうほとんどただ利己的利他的みたいなのを言い換えてるだけじゃだけなんだけど、
いやでもわかんないな、人のことを思って書かれた手紙なのであれば出すべきで、
自分のことを思って出す手紙ならそれは出されない方がいいことの方が多いみたいな、
ことなのかもしれんなと今話しながらちょっと思ったけど。
それが難しいんじゃんっていう。
うん、そうね。
その見分けが難しい。
わかんねえよっていう。
わかんねえなっていう。
むずいよな、わかればいいのにね、本当にね。
結果論でしかないっちゃ結果論でしかないんだよな。
「ジョイフル」での撮影シーン特定とリスナーへの問いかけ
だからあれなのか、そういう意味で出すという勇気が必要だみたいなことでもあるのかな。
だってわかんないじゃん、そのなんかのるかそるかみたいな、特にラブレターとかまさにそうやね。
伝えないと始まんないし、今回の我々が見出したじんわりした繋がりみたいなのも、
その起点から始まんないじゃんっていうことではあるっていうことだよね。
結果出されなかったけど届いたわけだが、書いたことは書いたっていうことだよね。
その勇気を称えている映画ということなのかもしれん。
人に思いを伝える、そっから始まるんだみたいなことなのかもしれん。
に対して母の手紙はある種自分の思いに蹴りをつけるっていうことがもう趣旨なのではなかろうかみたいな。
まあでもそれもな、わかんねえわでもさ、本当に謝りたかったのかもしれんしね。
なんかあの時は話の流れ上乗ってるからやっぱり、あーしたけども、それでやっと謝ってくれたなって向こうも思うかもしれんとかね。
なんかわかんねえわだからわかんないんだな。
分かりません。
分かりませんって言うね。
俺が映画を見た後の感想も同じだって。
分かりませんって言う。
そうか、俺はだから直後に、あーうん、なんとなくわかったっていう感じだったのが、やっぱり話していくと、
いやーわかんねえなっていうことになったということなのかもしれんね。
皆さんはどう見ましたか。
どう見ましたかね。
本当に今回は教えてほしいです。
人はなぜラブレターを書くんですかね。
書いたことあります?
私?
はい。
告白的なラブレターってこと?
うん。
ない。
なんか恥ずかしくなってきた。
いやこれ出されなきゃみたいな勇気がとか言って、俺はないって言ってもう自己否定になっちゃうっていう。
いやないね、でもね。
俺もないんだけど。
手紙すらないんだけどな、人に手紙を書くことが。
あー手紙は結構頻繁にあるけどな。
頻繁にじゃないか。
その付き合ってる彼女に手紙を書くみたいなのも、本当に若いときに1回ぐらいやったかな、やってないかなぐらいの。
そんな人間なんでわかるわけないよね。
そもそも経験がねえですみたいな。
すいませんって。
いやそうなー。
憧れるけどね、なんかそういうのできる人。
いやでもそれこそだから俺はそういう手紙を出したりのやり取りとかもしたことあるし、
歴代付き合ったどの人ともやったような気がするけど、
さっきも言った通りというか、それは出されるべき手紙だったのか?みたいなのとか。
なんていうかな。
あの手紙は何だったのだろうか?みたいなのとかね。
内緒はあの手紙は出さなかったとしたら。
とかね。
いやわかりませんね要するに。
すいませんわかりません。
すいませんわかりません。
あー。
手紙にありイコール思いを伝える伝えないみたいなのは、
深淵なテーマですよこれは。
何でもかんでもね伝えてたらね、みんな怖くなっちゃうからね。
そうね。
好きだーみたいなことを。
恐ろしいよねそんな。
恐ろしいし、じゃあ出さないべきなのか?みたいなのがあった。
だから恋愛映画はなくならないんだけどっていう。
まあそういうことだよな。
答えがないから。
ただね一個だけ俺はっきりわかったことがあって。
あのそれを最後に言いたいんだけど。
はい。
若い那須那が、
まだその深淵のことをよく知らないのに、
まあ片思いになった状態で、たまたまファミレスで、
背中合わせのボックス席になってしまって。
はいはいはい。
でお互いその、
一緒に来た友達に言われたくないことを言われて、
顔真っ赤みたいな。
可愛らしいシーンあるじゃん。
ハイパードギマギみたいなね。
あのシーン、
絶対、
ジョイフルで撮影してます。
マジ?
わかんなかった?
いや全然なんか、
てかその意識してなかった。
どこなのかとか。
何?ピンときたのか?
いやもう、
あのパツパツのさ、
ボックス席のシートがあるのは、
ジョイフルだけだよ。
ちょっとごめん、あれなんだよ。
俺は大分県別府市在住なので、
ファミレスに大体ジョイフルぐらいしか行かないから、
他ファミレスの他ソファーを知らないって。
ほらだから知らないんだよ俺は。
俺は知らない。
俺は知らない。
俺は知ってる。
うわー。
あのお部屋のグラスもジョイフルのだったよ。
それならわかるはずなんだけど。
でもジョイフルの、
お部屋のグラスって、
世界一どこにでもありそうなやつじゃん。
そんなことない。
あれで飲む水がうまいんだから。
否定できないね。
あの石井悠也監督、
合ってるかどうかメッセージ、
お待ちしております。
もうタイトルだけでいいです。
あれはジョイフルです。
もしくはあれはジョイフルではありません。
ただそれだけのお手紙でいいので、
出す勇気持ってください。
ぜひ勇気を持ってください。
お願いします。
よろしくお願いします。
気になって眠れません。
次回作も期待してます。
よろしくお願いします。
絶対見に行きますよ。
次は絶対ジョイフルで。
人はなぜドリンクバーを頼むのか。
喋りたいからだっていうか。
長居がしたいから。
01:07:25

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