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2026/06/15 ちょっと深掘り“考古楽” #15 
2026-06-19 36:06

2026/06/15 ちょっと深掘り“考古楽” #15 

アフリカ熱帯雨林に暮らす人々の生活

感想

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サマリー

今回の「ちょっと深掘り考古楽」では、アフリカ熱帯雨林に暮らすムブティ族の人々の生活に焦点を当てました。ムブティ族は、人口約3~4万人と推定され、赤道直下の熱帯雨林で暮らしています。彼らは雨季の大半を熱帯雨林の端で過ごし、寒季に本格的な狩猟採集生活を送ります。狩りでは弓矢や網を使用し、主に野生のイノシシを獲物としますが、かつては象の狩りも行っていました。ムブティ族は身長約150cmと小柄ですが、筋骨隆々としており、熱帯雨林での活動に適した体格をしています。彼らの社会は15~60人程度の小集団で構成され、獲物は徹底的に平等に分け合われます。また、歌を非常に好み、即興でポリフォニーの音楽を歌う文化を持っています。この歌は、集団の結束力を高める役割を果たしていると考えられています。 さらに、狩猟採集民でありながら定住し、大きな社会を築いた北米太平洋岸先住民についても紹介されました。彼らは豊富な海の資源に恵まれ、人口約20万人規模の社会を形成しました。この社会では、首長、貴族、平民、奴隷といった階層が存在し、これは人口規模が社会の複雑化を促す要因の一つであるという説が紹介されました。彼らは「ポトラッチ」と呼ばれる、首長が財産を分け与える祭りを行うことで、互いの威信を競い合います。この放送では、狩猟採集民の多様な生活様式と、それが社会構造や文化に与える影響について深く掘り下げました。

アフリカ熱帯雨林のムブティ族の生活
FM八ヶ岳 デイインライフ ちょっと深掘り†考古楽„の時間です。
人類発生から600万年、21世紀の現代までの長い長い人類の歩み。
北都市在住の考古学者、かやがたけ歴史文化研究所主任調査員の佐野隆さんに、優しく楽しくお話しいただきます。
聞き手は、柴山博子です。
はい、佐野さん、またよろしくお願いいたします。
前回のお話は、狩猟再就民の暮らしでしたよね。
私が縄文時代に特に関心を持って勉強しているせいもあって、狩猟再就民には思い入れがあって、つい話が長くなってしまうんですけどね。
前回までは、狩猟再就民の暮らしぶり、どんな生活をする人たちなのかというお話をする過程で、地域、地球全体ですね。
地域によって、北の北極圏の寒いところ、あるいは赤道直下の熱帯雨林、いろんな地域によって狩猟再就民の人たちの生活ぶりが変化するんだというお話をしました。
はい、そうでしたね。
確か前回は、北極圏の犬行ったと呼ばれる人たちであるとか、また逆にアフリカ南部のカラハリ砂漠に暮らすブッシュマンと呼ばれる人たちですね。
そんな人たちの暮らしぶりを紹介をしました。
極端に寒いところ、それから乾燥した砂漠ときて、今日は赤道直下のアフリカの熱帯雨林に暮らす人たち、ムブティと呼ばれる、今後民主共和国という、チンパンジーやゴリラが生息するところでも有名なんですけど、
そこに暮らす人たちの紹介から始めてみたいなというふうに思っています。
よろしくお願いします。
アフリカ、今後共和国のですね、東の端あたりに暮らすムブティという人たちは、人口が3万人くらいとも言われているんですが、
現在ですか。
はっきりした、今後政府もですね、正確に彼らの人口を把握できないということでですね、3万人とか4万人とかって人口を言われているんですけども、はっきりしたことはわからない人たちです。
赤道直下の熱帯雨林というのは、雨季と寒季がはっきりしていまして、1年の大半が雨季なんですね。
1年の10ヶ月か9ヶ月くらいが雨季で、
そんなに雨季がないんですか。
まさに熱帯雨林なんですよね。
その雨季の熱帯雨林というのは、もうそこかしこに小さな勝手にできた川がたくさん流れて、水たまりがたくさんあって、湿度も猛烈に高い湿度100%と。
そんなところで、さすがにムブティの人たちもそんな不快なところでは生きにくいんですね。
なので、雨季の大半はその熱帯雨林の中でもちょっと林の端っこのですね、もう開拓されて。
開けた土地という感じですね。
違う民族、バンツーゴ族の民族が農業をしている、そういう開けた地域の端っこに村を構えてですね。
そこで農耕民の手伝いなんかをしながら現金収入を得たり、あるいは物々交換、狩りの獲物と穀物を交換してですね、生活をしているんですが。
その寒季、比較的乾燥した寒季になるとようやく熱帯雨林の中に彼らも入っていってですね。
しかも年のうちのわずか2、3ヶ月に過ぎないんですが、その寒季で森の中にいるときがこのムブティの人たちが一番それらしいと、そういう生活をしている。
彼らも喜びさんで森に入っていくわけですね。
そんな人たちです。
森の中では、ありとあらゆる食べられるものを利用してですね、狩りをしたり、あるいは果実なんか、植物を採集したりして暮らしているんですけども。
彼らの狩りではですね、弓矢を用いた狩りと、それから網、ネットですね。
熱帯雨林なので、見通しがそんなに良くないから、実は弓矢寮とかっていうのはあまり向かないんですよね。
やりにくいですね。
少なくとも水平方向には矢が打てなくて、木の上にいる鳥や小さな猿を上に向かって矢を打つ、そんな狩りをしているんです。
一方でですね、熱帯雨林で見通しが悪いので、動物たちからしても人間がどこにいるか分かりにくいんですよね。
なので待ち伏せをしたり、ネットを張っておいてですね、待ち伏せをするんですね。
反対側からですね、女性や子どもが大声出しながら動物を追い込む。
そうするとネットに網に動物が引っかかるんですね。
彼らが一番よく狩りをするのが野生のイノシシ、ブタですね。
野生のブタ、イノシシですね。
日本のイノシシよりずっと小さいんですけど、そんな動物の狩りをして暮らしているという人たちですね。
ただ現在では法律から禁止されているらしいんですが、
かつては男性たちはですね、半分楽しみ、半分は食料を得るためということでゾウの狩りもしたり。
今の若い人たちは知らないようなんですが、おじいさんたちなんかはかつて若い頃はゾウの狩りをみんなでしたんです。
とてもゾウは大きいので危険な狩りなんですけどね。
集団でやったわけですね。
一人ではとてもできないんでね、集団で狩りをしたと。
狩りの技術を競ったり、あるいは勇敢さを示したり、
若い男たちの一大パフォーマンスというかイベントだったみたいですね。
ムーフティーの人たちというのはですね、かつてはピグミなんて呼ばれる。
小さかった。
そうなんです、小柄なんですね。
成人男性でも身長が150センチくらいしかない、非常に小さい人たち。
確かに熱帯雨林の見通しも悪くて、ジャングルのようなところでは小柄な人たちのほうが便称に動けて生存に有利だったんだろうと思うんですね。
なるほどね。
大半の人類はですね、中学生から高校生くらい、思春期くらいになると急に体が大きくなったり成長するじゃないですか。
その時の成長ホルモンがムーフティーの人たちはあまり分泌しないんだそうです。
多分そういう突然変異が起きたんでしょうね、歴史の過程で。
そんなので身長が150センチくらいで止まる小柄な人たちなんですが、でも筋骨リュウリュウとしていてですね。
もう実に躍動感があふれる人たちですね。
なるほどね。逆に小柄だからこそ、そういう会議なんかもしやすいわけだから、運動能力が上がってくるってことですよね。
紀元前2500年くらい、エジプトにピラミッドができてだいぶ経ってるんですけど、
エジプトの王国時代の文献資料の中に、森に暮らす民がいるんだっていうことを書いてあって。
それがムーフティーの人たちじゃないかと言われている。
そのくらい古くから。
ムーフティーの人たちはずいぶん前から独自な体型もそうだし、生活様式も。
もう知ってると。縄文時代、日本で言うと縄文時代ですよね、もう4500年前という。
その頃から熱帯雨林の中にどうも暮らしてたらしい。
そういう人たちなんですね。
ムーフティーの人たちの生活ぶりで一番注目されるのは、
人口は3万人、4万人いるんですが、その中が小さなグループに分かれてまして、
15人から60人くらいの小さな決戦集団ですね。
それが普段の生活の単位になっている。
熱帯雨林の中で狩猟採集をしながら生きているわけでして、
あまり大きな集団だと食料が確保できないとか、
あるいは野生資源を枯渇させてしまうので、
広い熱帯雨林の中に小さなグループで普段は分かれて生活をしている。
狩猟採集をして、みんなで狩猟をして獲物を捕らえる。
捕らえた獲物はみんなで平等に分け合うのですが、徹底的に平等に分けるんですね。
肉を切って獲物の、それをずらっと家族の人数分だけ並べるわけです。
それが見た感じもぴったり同じになるように、すごい気を使いながらみんな分けて、
そうやって平等というのを大事にして暮らしている人たちなんですね。
狩猟採集品全体に言えることなんですが、平等であるということは非常に大事でして、
厳しい環境の中で力を合わせて生きていくためには、平等であることというのが大事なんでしょうね。
でしょうね。
一見すると、我々なんかは厳しい環境だからこそきちっとリーダーがいて、
統率のとれた行動をした方がいいんじゃないかという気もするんだけど、
多分それだとうまくいかないんでしょうね。
リーダーがね、人格、資金ともに優れていればいいのかもしれないけど、
ちょっと我が強かったりとか、ワンマンだったりと言うと、立ちどころに不和が発生して、
集団が分裂してしまうとかね。
おそらくムーブティーの人たちも長い歴史の中で平等であることというのが、
いかに大事であるかというのが分かっているんじゃないかと思いますよね。
はい。
じゃあここで音楽をおかけしたいと思うんですが、よろしいでしょうか。
私の放送ではいつもバカの一つを覚えて、バッハばっかりかけているので、
たまには目先を変えて、ヘンデルの水上の音楽をどうかなと思います。
第一曲はアレグロですね。よろしくお願いします。
冬宮康孝、デインライフをお送りしております。
それではお話の続きなんですけれども。
そうですね。平等が大事だったということですね。
ムーブティーの人たち、平等を非常に重視するというのと、
もう一つ彼らの文化の面白いのは、とっても歌が好きなんです。
へえ。
調査に行った日本人の文化人類学者によると、
昼間のうちはいろんな活動をして忙しいわけですが、
夕方日が落ちる頃、各家々で晩御飯の準備が終わって、食事が終わって、
村の中の焚火を囲んで、誰ということもなく歌い出すんだそうです。
へえ。
その歌は全部即興なんです。決まった歌があるわけじゃない。
その時の即興で、その時の気分で適当に歌詞を付けたり、
ハミングしたりして誰かが歌い出すと、
みんながそれに重ねるようにして歌を歌うんですが、
それが同じ旋律を歌うんじゃないんだそうですよね。
へえ。
即興で歌っているのに、3度、5度って音程をずらしてコーラスになる。
すごい。
ポリフォニーの音楽を即興でどんどん歌っちゃうんだそうです。
すごいですね。
多分すごい音楽的な感性の豊かな人たちだろうと思うんですね。
そうやって人しきり歌を歌って、調査に行った日本人の研究者たちは、
もうやかましいくらいだと。
そんななんですか。
毎晩やかましいくらいにみんな歌って、なんていうのを読んだことがあります。
じゃあ、その歌を通じて和を、その集団の和がたまたれている、そんな感じなのかしらね。
そうなんですよね。
その歌が大好きなんだっていう彼らのことをNHKの番組でも取り上げてたんですが、
認知心理学、前にお話ししたと思うんですが、
人類が進化していく過程で、より大きな社会集団を作る。
チンパンジーの場合には50頭くらいの群れが限界なんですが、
歌と踊りが人類社会の進化に与えた影響
きちっと人間関係を維持しながら、しかも集団を大きくしていく。
そのためには、チンパンジーのような1対1で毛づくろいをするという社交技術だけでは、
もう50頭を超えられないんだそうですね。
より効果的な社交技術を開発して、しかもその集団の結束力、連帯感、これを維持していくために、
多分人類も無意識のうちに色々試行錯誤をして、お互いおしゃべりをして、噂話をしながら会話を共有することで、
毛づくろいと同じ効果、つまり私とあなたは友達だよね、というような人間関係の確認をしていくわけですが、
その時に歌をみんなで歌う、あるいはみんなで踊り踊る、この効果が非常に大きかったんじゃないかという説があるんですね。
なるほどね。私今ちょっとふと思ったのが、日本でも今でもやられていますけれども、盆踊りとか、
要するに地域の集団としてやったりしますよね。それがもうちょっと大きくなったりとか。
そういうことだと思うんです。チンパンジーの場合には、私とあなたは友達だよね、敵ではないよね。
そうですね。それで毛づくろいですよね。
それを関係を確認するために、1対1の毛づくろいをするんですが、1日のうちに毛づくろいをできる相手の数って限界があるわけですよね。
それはそうですよね。
24時間のうちにご飯も食べなきゃいけない、餌も探しに行かなきゃいけない。植物質の食料が多いと消化するためにお昼寝もしなきゃいけない。
そうすると毛づくろいに費やせるのは1日のうちにどのくらいの時間だろうというと限界がある。
なので結果として50頭を超えるような大きな集団が作れないんですよね。
なるほどね。
ところがおしゃべりを通じて人間関係を作っていくとなると、一度に3、4人の人とおしゃべりって楽しめるじゃないですか。
それだけで人間関係を作るっていうのが何倍も3倍も4倍も効率が良くなる。
一方、歌や踊りはどうだろうと。
歌なんかだと10人、30人、場合によっては大きな合唱団だと100人とか。
ムーブティーの人たちも60人くらいの人たちが歌を歌う。
しかもそれが即興でね。決まった歌があるわけじゃない。即興でも歌を歌ってみんなで声を合わせる。
それでやはり連帯感が生まれる。踊りも同じですよね。
そうですよね。
そうやってみると、その毛づくろいに比べれば何十倍、百倍とかあるいはそれ以上の効果があるわけですよね。
どこの国にも国家っていうのがあって、国民の統合を象徴するために国旗が旗があり歌があり、いろんな連帯を強調するための装置がありますけれども、
その原点が実は歌と踊りで、それが人類の進化、そして複雑な社会、複雑で大きな社会をつくる。
それに大いに役に立ったんじゃないですか。
そうですね。
肉体的には決して強くない人類が数の力でアフリカの厳しい環境の中で生き延びていく。
そのためにも歌や踊りっていうのが非常に大事だったんじゃないか。
そうですね。
そんな説があって。
ムーブティーの人たちを見ていると本当にそれは本当にそうだったんじゃないかなと思わせるものがありますよね。
そうですね。
今現在でもムーブティーの方たちはそういう生活をしているわけですよね。
ただね、さすがに熱帯雨林で暮らしているといっても、だんだん文明社会との接触があって、
現金を得るためにですね、今までは食べるために森で狩りをしていたんですが、
それは現金を得るために森で狩りをしてそれを市場に持っていって、
ブッシュミートですよね。野生動物の肉を売って寄集に終える。
それをやり始めるとですね、どうしても狩猟しすぎ、過剰に消費しすぎてしまう。
その結果野生動物の数が減って、最終的には彼らの伝統的な暮らしも成り立たなくなる。
そういうことですよね。
今その悪循環に陥る瀬戸際にいるなんていう話も聞いたことがあります。
そうなんですか。
ちょっと心配ですけどね、
彼らがこれから先、自分たちの伝統的な生活文化をどう意識して守っていけるのかどうか、
彼らが決めることですけども、ちょっと見守ってみたいなと思ってますね。
ムブティにしろ、あるいはカラハリ砂漠のブッシュマンの人たちですね、山賊の人たちもそうなんですが、
小さな集団で比較的頻繁に移動していくんですね。
ムブティの人たちも熱帯雨林の中で、小さな本当に簡単なキャンプ、テントのような小屋を作ってですね、
そこで過ごして、一定の期間そこに過ごすとまた移動してくる。
これは周辺の資源を過剰に、
取り過ぎないようにね。
そうなんですね。搾取し過ぎないようにするために。
あとは野生の資源ですから、時間的な、空間的な分布が変わることがあるわけですね。
例えば、春、山菜を採ろうと思ったら、あそこに行けばタラの芽があるとかわらびが生えるとか、
そういうのを我々知っていて行くじゃないですか。
それ、冬に採りに行く人はいないわけですね。
いつの季節、あるいはどこというのが、野生資源を効率的に利用するためには大事な情報ですね。
それに合わせて集団も移動していくわけですね。
もう一つは資源の量。
これ以上人間が増えると資源の過剰消費につながってしまう。
消滅しちゃいますよね。
それで集団の規模が15人とか30人、60人、比較的小さな集団に抑えているわけですよね。
ただ、小さな集団で移動していると困ることがありましてね。
それは基本的に家族、親族関係でつながった集団なので、
その集団の中で婚姻関係を結ぶことができないわけですよね。
なので、やっぱり集団の再生産をするためには婚姻して、
婚姻関係を結んで次の世代、子供を産んでというのが不可欠ですよね。
そのためには、普段はバラバラにいる小さな集団も年に何回かは定期的に集まって、
お祭りをする、儀礼をする。
そういう中で情報交換があったり、出会いがあったり、
そうやって結婚相手に巡り合ってというようなことが不可欠なわけですね。
なるほどね、そうですね。
そういう社会的なインフラ、ソフトなインフラというのも、
一見すると素朴でシンプルな暮らしをしているようなムーヴティーの人たち、
あるいはブッシュマンの人たちであっても、
実はその社会的なソフトなインフラというのは非常に複雑なものがあって、
それを言い出すとまた時間がかかっちゃうんですけど、
そういういろんなお祭りをやっているということですよね。
定住する狩猟採集民:北米太平洋岸先住民
なるほどね。それではここでまた音楽にかけてよろしいでしょうかね。
はい。ヘンデルの水上の音楽から第3曲、アラホーンパイプ。
皆さん知っている曲だと思います。お願いします。
FM八ヶ岳、デインライフをお聴きいただいております。
小集団が婚姻関係とかそういうことで、だんだん大きくなっていくわけですよね。
はい。これまでは比較的小さな集団で、
単純な社会をつくっている狩猟祭衆民の話をしてきましたが、
これからはちょっと目先を変えてですね、
狩猟祭衆民、基本的には異動生活をして小さな集団で暮らすというのが狩猟祭衆民の特徴なんですが、
例外もいくつかあるんですね。
例外的な狩猟祭衆民、つまり定住して大きな社会をつくって、
そんな狩猟祭衆民の話を、紹介をちょっとしてみたいと思います。
その代表、まずですね、狩猟祭衆民が定住する。
定住というのは、現代の私たちと同じで、1年の大半を同じ場所で生活する。
あるいは10年、20年渡って同じ地域で、厳密に同じ集落でなくてもですね、
おおむね同じ地域でずっと20年も30年も過ごすと。
それが定住ということなんですけどね。
定住をするためにはいくつかの条件がありますよね。
いくつかの条件があって、1つは資源の量が多くないといけない。
そうかそうか、そういう社会的な条件ですよね。
狩猟祭衆民たちが移動、季節的にしろ、あるいは頻繁に移動するというのは、
同じ場所に長く留まっていると、安い資源を過剰に利用しすぎてしまう。
なくなってしまう可能性があるということですよね。
なので、ほどほどのところで移動していくというわけですが、
定住をするためには、定住していてもなお資源が枯渇しない、
そのくらい豊富な資源がないといけないわけですね。
それが1つ目の条件ですね。
2つ目はですね、またゆくゆくお話をしたいと思うんですが、
今から1万年前に氷河期が終わって、温かく安定した気候、現在の気候ですね。
これを高氷期とか寒清世と呼んだりしますが、
その1万年くらい前に温暖な高氷期が始まると、
世界中各地でいわゆる農耕が始まっていくわけですよ。
狩猟採集ではなくて農耕を始めていく。
大半の場所はですね、狩猟採集民が植物栽培あるいは動物の飼育を始めて、
農耕社会へと変化していっちゃうんですが、
資源が豊富で、農耕よりも狩猟採集の方が見入りがいいというような、
恵まれた地域では農耕なんかしないで狩猟採集が続いていくわけです。
そのまま続いていくわけ。
じゃあ二手に分かれちゃうって感じ。
そうですね。
ただし二手に分かれるんですが、やっぱりそういういい場所っていうのは例外的な場所なんで。
そうでしょうね。どこでもというわけではない。
そう、どこでもではないんですね。
そのいくつかの条件がたまたま恵まれている場所っていうのの一つが、
アメリカ大陸、北アメリカ大陸ですね、の太平洋沿岸。
アメリカ目線でいうとウエストコーストということになるんですが、
アメリカのカリフォルニア州からカナダのブリティッシュ・コロンビア州とかで太平洋沿岸ですね。
太平洋沿岸ね。
その地域ですよね。
北西海岸インディアンなんていう言い方もあるんですが、
北米大陸の太平洋沿岸の先住民たちは、例外的に豊富な海の資源。
そうね、海に近いからね。
クジラとかアザラシとか、あとは1メートル以上にもなる巨大なカレー、魚ですね、オヒョ。
そんな大型の魚類、魚類、クジラにしろそうですよね、アザラシにしろ。
キッチンテーブルくらいある大きなカレーとかですね。
あとは秋になれば川に鮭やマスが大量に蘇生してくる。
ものすごく豊かな海産資源に恵まれていて。
しかも比較的広域土体で、関連地なので特にカナダの方ですね。
農耕にはあまり向いていない。
そういうところでは、狩猟最住民でありながら、人口が20万人とか、大きな人口を要していて。
トーテムポールって皆さんご存知だと思います。
太い丸太で、先祖の姿や神や精霊を彫刻してですね、
村の守護のお守りのためにそれをいっぱい建てる。
そういう木長技術なんかも発達させて大きな村を作る。
そういう人たちが暮らしていたわけ、今も暮らしているわけですね。
ハイダ族とかトリンギット族とかクワキュートル族とかサーリッシュ族とか、いろんな部族がいますけど、そんな人たちですね。
人口が非常に多くてですね、どういうわけかある程度人口がやっぱり増えると、完全に平等な社会では立ち行かなくなっちゃうんですね。
そうですね、難しくなりますよね。
人口が多すぎるんですね。
多すぎたらどうやって分けるのってことになっちゃいますもんね。
なぜ人類社会がその階層性、例えば首長、チーフがいて貴族がいて平民がいて奴隷がいて、そういう階層文化がなぜ起きるのかっていうのは長年の研究テーマでもあっていろんな説があるんですが、
その人口規模っていうのは非常に大きな要因だろうと言われていますね。
そうなんですか。
平等平等って言っても20万人に平等に肉を分け与えるって不可能ですよね。
そう、不可能に近いですよ、もう。
あとは人口が大きいってことはその人口が住んでいる地域も広いっていうことですよね。
最近の都市的な空間でなければ。
そうですね。
そうすると空間が広いってことは資源の質や量もばらつきがあるっていうことで。
そうですね。
そのばらつきを放置しておくとその社会ってうまくいかないんですよね。
たくさん取れるところからは税金を取って、少ししか取れないところに分け与えて、そこで平等なバランスを取っていくっていう。
その栽培をしないと集団が維持できない、喧嘩になる、略奪が起きる。
その栽培をするためにリーダーが必要になる。
それが首長であったり王であったりするわけですよね。
そんなふうにですね、人口っていうのが人類社会の改装化、複雑化を促す大きな要因だろうと。
かつては農耕が始まると富が蓄積されて、余剰財産ができて社会が複雑化するっていうふうに考えられていたんですが、
農耕をしていても伝統的な素朴な社会を維持している人たちがいっぱいいるわけです。
むしろそっちの方が普通でして、複雑化していくっていうのはどうも農耕っていうことじゃない。
その一つの象徴というか例がこの北米の太平洋岸の先住民たちなんですね。
狩猟採集をしているんだけど、首長、王様がいて、平民がいて、貴族がいて、奴隷までいる。
そういう社会を作っているんですよね。
そういう改装社会みたいのの出始めっていうのかなっていうのはやっぱり北米で始まったっていう。
そういうわけではないんですが、農耕がなくても社会が複雑化する一つの事例が北米の太平洋岸の先住民社会だということですね。
はい、わかりました。
今で言われているインディアンと言われている人たちの集団がそれだというふうに。
そうですね。アメリカの先住民のことをかつてインディアンと呼んでいたわけですが、
アメリカの先住民、アメリカ広いんで、いろんな地域でいろんな暮らしをしている人たちがいます。
これから今お話ししているのは、北アメリカ大陸の太平洋岸の先住民ですね。
そうかそうか。
例えば東海岸であれば全然別なトウモロコシの農耕をしている人たちがいたり。
そうかそうか。広いんですね。
中西部だと平原で馬に乗ってバッファローの狩りをしているような人たちがいたり、いろんな暮らしぶりがあるわけですね。
そうですね。次の話に行く前にもうちょっとその辺の話をちょこっとだけ前触れみたいな感じで話していただけたらいいなと思うんですけど。
この太平洋岸のインディアンの人たちは人口が20万人、そして首長がいて貴族がいて、平民がいて奴隷がいるという。
完全なる階層社会ですよね。
その首長同士が隣の部族の首長とうちの部族の首長がお互いにですね、俺の方が偉いんだと。
俺の方が気前が良くて財産いっぱい持ってて、俺の方がすごいんだぞとお互い競い合うんですよね。
ポトラッチっていう面白いお祭りをするんですね。
これはね、興味深い現象でして、その首長がポトラッチをするために悪せく働いて財産を貯め込んで、それをお祭りの時にみんなに一気に分け与えるっていう。
面白いお祭りがあるんです。次回紹介したいと思います。
ぜひその話を伺いたいと思います。
FM八ヶ岳 デインライフ ちょっと深掘り考古学を終わります。
聞き手は柴山博子でした。
36:06

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