1. 耳から整える言葉のはり
  2. 言葉でない言葉を聴く能力
言葉でない言葉を聴く能力
2026-04-08 05:13

言葉でない言葉を聴く能力

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00:01
刺さない針、直さない治療、楽鍼塾塾長の藤田勇です。 耳から整える言葉のはりの時間になりました。
昨日ですね、中1になる長男の入学式があって参加してきたんですね。
中1と言っても、長男は障害を持ってまして、
自分でトイレにも行けないと。ご飯食べるのはなんとか食べられるけれども、
いろいろね自分のことをできないという、
障害を持っている子供なんですけれども、
育ってきて、中学生になりました。
なので、特別支援学校の中等部というところに行ってきたので、
息子と同じように、普通の学校に行けない障害を持った子たちがいっぱいいて、
その中でも、自分でなんもできない方だなというのを見てて、他の同級生とか見てて感じた次第です。
そんなのはどうでもよくて、私の中では最初、生まれてきて、1年ぐらい経って、
なんか変だなというところから、障害を持った子供だったというのが分かって、
というところで、別にそこで何かあったわけではなく、
何らかの意味を持ってうちに生まれてきたんだなというところ。
そこら辺はいいんですけれども、
1つね、おむつがずっと外れないと。
赤ちゃんを育てたことのある方はよくわかると思うんですけれども、
ゼロサイズのおむつを買えるっていうところがずっと続いているわけですよ。
なので、親としてはですね、子供、この長男に対する願いというのは、
自分でトイレに行ってくれるようになってくれれば、それでも十分というあまり高望みをしていません。
なのでね、世の中でね、お子さんとかが自分の言う通りに育ってくれないとかね、期待通り育ってくれないなんてもう贅沢です。
いいんです、もう。しっかりと育っててくれるだけでも十分、満足ということですよ。
前回もね、アカシアさんまさんの言葉、
生きてるだけで丸まけと同じですよね。
もう元気に生きて自分の人生を歩んでくれる、そんな子供であるだけでも十分なわけです。
まあ、私の子供だって、コミュニケーションね、言葉ではできませんけれども、
03:01
非言語のコミュニケーションは取れますので、まあまあそんな感じですけれども、
そのね、学校に行って先生とお話をしてた時ですね、
まあ持たないんで、うちの息子をわーわー喚くわけですよ。
その喚くとか色々こうね、なんか机叩いたりとかした時にですね、
その先生がですね、これね、彼こうしたいんだよねーとか、
そういうのをね、理解をするんですね。
で、まあまあそういうお子さんをずっと見てるっていう専門家ですから、
ああ、そういうふうにちゃんとわかるんだっていうね、親よりもね、色々理解してるというところですよね。
色んな行動とか、言葉にならない言葉を発するわけですけれども、
そこに対して、やっぱり専門家として理解をするっていうところが、
やっぱりね、そこの力があるんだなというのをすごく感じたんですね。
これはね、私たちこうね、神経師もそうです。治療科もそうです。
患者さんの言葉、表情、非言語の部分も含めて、
患者さんがどういうことを感じて、どういうふうになりたいと思って、
っていうところをしっかりと感じ取るっていう能力は磨く必要があります。
実際ね、臨床やっていれば磨かれてくる部分もあるんですけれども、
その目を持っていないと見逃してしまう部分っていっぱいありますので、
先生たちはそういった視点を持つことによって、
患者さんの体の声というものをちゃんと聞き取るということができるようになってきます。
なので視点を持ってですね、実際に経験を積んでいくというところが大事ですし、
それをね、今回特別支援学校の中等部の先生のいろんなものを見ててね、
また新たに感じることができました。
まあね、取り留めもないお話になりましたけれども、
今日は以上になります。ありがとうございました。
05:13

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