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#242 あなたの人生を変えた人はいますか?
2026-10-19 13:23

#242 あなたの人生を変えた人はいますか?

あなたには、「この人に出会わなかったら、今の自分はいなかった」と思う人がいますか?

今日、私の人生を大きく変えてくれた恩師に、約30年ぶりにお会いしてきました。

不思議なことに、30年近くも会っていなかったのに、まったく久しぶりという感じがしなかったんです。

それぞれ違う人生を歩み、経験を積み重ねてきたのに、たどり着いた考え方には驚くほど共通するものがありました。

そして、恩師の人生を変えた人たちのお話を聞く中で、人との出会いが人生にもたらすものを、改めて深く考えさせられました。

何より、今回の再会は、私自身のこれからの人生をもう一度変えるきっかけになるかもしれません。

今日は、そんな恩師との再会から感じたことをお話しします。

あなたの人生を変えた人は、どんな人ですか?

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サマリー

藤田勲は、約30年ぶりに恩師の丸山明貞先生と再会した体験を語る。学生時代に出会った丸山先生は、気を通す治療への関心を開き、現在の「刺さない針」「言葉の針」へつながる基盤になった。異なる道を歩んだ二人が同じ考えにたどり着き、治療法や経験を後世に残す活動を一緒に進める可能性も生まれた。再会を通じて藤田は、専門分野だけでなく家族との関係や生き方も見直し、人との出会いが人生を何度も変えると感じている。

30年ぶりの恩師との再会
あなたには、この人に出会わなかったら、今の自分はいなかっただろうなと思う人はいるでしょうか。
実は今日、私の人生を大きく変えてくれた恩師に、約30年ぶりに会ってきました。
30年近くも会っていなかったのに、不思議なことに、全然久しぶりっていう感じがしませんでした。
そして、先生がこれまでの人生で出会ってきた人たちのお話を聞いて、いろんなことを考えさせられました。
何より、私自身のこれからの人生をもう一度大きく変えるようなターニングポイントに、今日の再会がなっている気がしています。
今日は、人との出会いが人生に与えるものについてお話をしたいなというふうに思います。
こんばんは、藤田勲です。
ゆるどうラジオ、耳から整える言葉の針の時間になりました。
この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
人生にはね、いろんな出会いがあるわけですよ。
家族になる、奥さんと出会うとかね、友人、学校の先生、職場の先輩、もろもろ。
何気ない出会いがね、後から振り返ると人生の転機になっているなんてことはよくあることです。
その人に出会わなかったら、今の自分は全然違う人生を歩んでいたんじゃないかなっていうような、そんな出会いもね、あなたもね、振り返ったらあると思うんですね。
それがね、私にとってのその一人がですね、今日お会いした丸山明貞先生という方ですね、でした。
今日ね、約30年ぶりに今松本にいるんですけども、群馬からね、2時間、4、50分かけて車で松本に来てお会いして、
先ほどまでね、先生の治療院で、その後居酒屋さんでお酒飲みながらずっともう何時間もお話をしていたわけです。
今日はね、この再会で感じたことをね、お話をしたいなというふうに思います。
丸山先生との出会いと治療の原点
私が新旧学校の学生時代ですよ。新旧学校3年間あって、その後2年間、新旧の学校の先生の資格を取る教員要請家庭というのがあって、
そこでですね、その丸山先生と出会ったわけですね。
でもその時からもね、30年近く、厳密に言うと当時30歳、31歳ぐらい、今57歳ですから、26年、27年ぐらいですかね、経っています。
でね、まあまあいろんな、その丸山先生もね、そこから違う学校に行ったりとか、京都に行っちゃったりとか、いろいろね、点々としていることがあって、
もう全然会う機会がなかったんですね。温馴染普通な感じでした。
すごいね、こんだけの時間あったわけですよ。でね、お互いもう時間はね、同じ平等に時間過ぎますから、
もうね、27年とか30年近くですよね。もうお互いに重ねているわけですよ、時間を、時を。
人生の経験もね、そんだけお互い積み上がっているわけじゃないですか。
でもね、実際に会ってお話するとね、もうなんか不思議と、久しぶり感がないんですよね。
でね、お互いこうね、違うそれぞれの人生を生きてきたわけですよ。
でもね、先生と私の中での関係性っていうのが全然変わってなかったんだなっていうのを、
今回ね、すごく一つ感じたことです。
30年という時間は経っているのに、2人のね、私と先生の間には30年の距離がなかったと、なんか今綺麗なことを言おうと思って言いましたけども、そんな感じです。
でね、この丸山先生との出会いがですね、今の、もうその後の治療科人生の中にずっと、なんですかね、背骨というかなんか基盤ですかね、ずっと存在してたんですね。
もともとね、私、専任になりたかったっていうところがあって、気の世界、そういうものに、もうすごく好きだったわけですね。
筋肉に刺す針みたいなつまんないみたいな思っててね、気を使って治療するみたいなね、そういうところにもうアンテナがずっと立ってたわけです。
そしたらですね、その丸山先生が、奇事病症、気を病のところに至らせるっていう、気を通すっていうその治療の方法っていうんですかね。
で、それを天心、中国の天心に行って、その奇事病症をできるすごい先生がいたっていう話をね、
その学生時代に聞いて、わ、もう俺は天心に留学するんだみたいな、そこからですよ、気を通す治療。
それが今ね、私の中では、その時は当時はね、刺す針で気を通すって話だったんですけども、今は刺さない針っていうところにたどり着いたっていうところなわけですね。
そのね、もうスタート地点が丸山先生だったわけです。
でね、丸山先生はですね、大学での教育とか研究を通して、いろんな経験を先生の経験を積み重ねてきてたわけですよね。
で、患者さんとの臨床の場での向き合いっていうところを、私とは全く違う道をね、それぞれ歩んできたわけですよ。
治療の知恵を後世に残す
でもですね、今日ですね、今日丸山先生に会う一つの目的としては、私自身のこの今の刺さない針、言葉の針、直さない治療っていうこの治療法、自分の治療法をもっと体系づけて、それを後世に残していくような活動を
したいと。
で、学会とかにも発表したいみたいなことを思ってて、そういうアドバイスをね、受けたいなっていうのが一つ目的でありました。
でね、そのまとめたもの、自分がまとめたものを、丸山先生にこう見ていただいたんですね。
そしたらですね、僕がこれまでやってきて思ってきたこと、考えてきたことと同じだということを言ってくれたわけですね。
でね、当時30年前に教えを受けて、そこから違う道を進んできたのに、最終的には同じところにたどり着いたというところですよ。
これもね、非常に感動、感動というか感激というか、しかもですね、その丸山先生が言うには僕がそういうふうに感覚的にこう思っているものをこれだけ言語化している、すごいことだと。
またこれを褒めていただいてね、また嬉しかったですね。
で、その後ですね、丸山先生のこれまでどんなふうにこの30年間をね、やってきたのかっていうようなとか、もっとその前、私が学生時代に丸山先生に会う前の先生の歴史とかもね、
なんかね、飲みながらそんなのをずっとね、お話を伺うことができて、あ、丸山先生にもいろんな出会いがあったんだなっていうところ。
今日はね、今日はもうちょっと細かくはお話はしませんけれども、すごい先生たちとの出会いっていうのがあって、丸山先生が形作られてたわけですよ。
その丸山先生に私は出会って、私自身がまた形作られたと。
ね、その私の人生を変えた、その丸山先生にも人生を変えた人たちがいたというところにね、なんかいろいろ感慨深いものがありました。
はい。でね、その丸山先生がね、もう70代半ば、もう人生80年ぐらいだとしたら、あとね、どれぐらい生きられるかみたいなところで、
これをどうやってこうね、残していく形にしていくかみたいなことも考えられているようなわけですよ。
ここはもう私もね、今この時点でそれをしたいなっていうふうに思っているわけです。
でね、その先生のお話を聞いてて、先生のそういったものですね、経験とか知恵とか、
これもね、一緒に私はなんかね、残せるようなことをしたいなっていうふうに感じたんですね。
で、それも丸山先生にもお伝えして、一緒になんかね、やっていきたいねみたいなことは言っていただいたので、
これも私自身の自分のゆるどうとかゆるはりを形にして残していくのとはリンクしますね、これはね。
丸山先生のもの、それも私もまたね、学びたいなっていう部分をね、ちょっとお話聞いててね、
自分がなんか深く追求してこなかった部分とかをも追求されてるなっていうのを感じた。
さすが丸山先生って思ったんですけども。
そういうのもね、学びながら、しかも形にして構成に残していくお手伝いをしたいなみたいに思ったわけです。
専門分野を越えて学んだ生き方
でですね、これもう一個あって、丸山先生の生き方って、私の生き方とちょっと似てるんですね。
こう、自分の得りたいこと、進級とか教育とか、そういうところに没頭するあまり、
家族の方とかがね、ちょっと疎かになるんですね、付き合い方とか。
でね、奥様もね、丸山先生の奥様も一緒にいて、どうしてるの?みたいな家族はどうしてるの?みたいなことを言われて、
丸山先生のね、このうちの主人と一緒のことをやってちゃダメだよみたいなことをちょっとね、悟されたっていうところがあって、
特にですね、私の子供たちとの付き合い方とかもね、いろいろね、教えを受けたっていうところもあって、
なんかね、この専門的な分野だけじゃなくて、生き方もね、なんかね、学べた今日は1日でした。
これからの出会いを楽しむ
でね、そんなことがあって、これまでね、私としてはもう自分自身の治療院、体制堂っていうものをどう安定させ、運営して発展させていくかとか、
自分の治療をどうやって固いけづけて広めていくかみたいなところを中心にずっとね、
そこが好きで楽しくやってましたけれども、なんかそこ以外の部分で置き去りにしてるというか、
おろそかにしてるところもあるんだなというところでね、なんか視界が、視野が広がったというかね、そんな感覚もありました。
自分の生き方とかね、家族との関係とか、なんかね、まだまだ人としてやるべきことというか、伸びしろがあるなというふうに感じました。
今日の再会によってね、自分の人生を変えてくれたというかね、
我々先生だけじゃないわけです、私の中でターニングポイントになった先生って。
そういう人たちともね、またこんな形で振り返りをしたいなというふうに一つ思いました。
だからね、これを聞いてるあなたにも、そんなね、出会いをした人がいるんではないでしょうか。
そういう人とね、今もつながっていますか。
もしね、なんか添えになってるんだったら、なんか出会ってみる。
そこにまた新たな人生のターニングポイントが生まれるかもしれないというふうに私は思います。
今日30年ぶりにね、恩師にお会いして、改めて人との出会いの不思議さを感じました。
30年前に私の人生を大きく変えてくれた先生が、今日また私のこれからの人生を変えるきっかけをくれたように思います。
そして先生の人生にもたくさんの大切な出会いがあった。
そう考えると、私たちの人生って本当に人と人とのつながりの中で作られているんだなというふうに感じるわけです。
皆さんにも人生を変えてくれた人がいるのではないでしょうか。
そしてこれからもそんな出会いが待っているのかもしれません。
過去の出会いを大切にしながら、これからの人生も出会いを楽しみにして歩んでいきたいですね。
最後に言葉の針です。
人生を変える出会いは一度きりではない。
今日は以上になります。ありがとうございました。
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