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#243 魚は水のありがたさを知らない、私たちは?
2026-10-20 10:14

#243 魚は水のありがたさを知らない、私たちは?

「感謝の反対は、当たり前」

そんな言葉があります。

昨日、約30年ぶりに恩師と再会した私は、家族との向き合い方について、改めて考えるきっかけをいただきました。

今日は、荘子の「魚と水」の話を入口に、私たちの日常にある「当たり前」のありがたさについてお話しします。

大切なのは、気づかなかった自分を責めることではなく、気づいた今をどう生きるか。

あなたにとっての「水」は、何でしょうか?

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00:01
魚は水の中を泳いでいる時、その水のありがたさを気づきません。
まあ、水があるのが当たり前だと。
でも、その水がなくなってしまったら、実は感謝の反対は当たり前という言葉があります。
考えてみると、私たちも同じかもしれません。
例えば、空気。
毎日当たり前のように呼吸をしているけれども、
空気があることのありがたさなんて、普段はまず意識をしませんね。
そして、家族や身近な大切な人も同じかもしれません。
昨日、30年ぶりに恩師と再会したというお話を昨日の放送でしました。
その時に、私自身この当たり前について考えさせられる出来事がありました。
今日は、相思の魚と水の話から、私たちの身の回りにある当たり前について考えていきたいなと思います。
こんばんは、藤田勲です。
ゆるどうラジオ、耳から整える言葉の針の時間になりました。
この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
よく放送で取り上げる相思ですね。
私が仙人になりたかったと、仙人の哲学、老僧思想、太王の思想、
だからこそ、10代から私も相思を読んでいて、色々と影響を受けているというところから、
しょっちゅう取り上げますけれども、
今日もそのお話を少し最初にしたいなと思います。
その相思の中にですね、魚と水の有名なお話があります。
泉ですね。魚が住んでいた泉の水が枯れちゃったわけですよ。なくなっちゃった。
で、陸に取り残された魚。
で、苦しみながらね、水を口移しに、お互いに助け合いながら与えていると。
本来だったらね、川とか湖の中で生きていたら、そんなことを意識する必要もなく泳いでいたと。
水のあるときはどれほどありがたいものなのかと意識することもなかっただろう。
ではね、その水を失って初めてね、ああ、水があった、その大切さということに気づくと。
もちろんね、その水を与え合っている行為自体は尊いかもしれないけれども、
その手前として、そういった水のありがたみを気づいていたのかなっていうところですね。
そうしはね、その魚たちを見て、そういうことを考えていたわけです。
03:02
これね、私たちにとってもその水ですね、魚にとっての水と一緒な存在ですよ。
普段は感じないけれども、なくなったら気づくありがたみ。
冒頭にもお話ししました。空気はまずそうですよね。
空気なんて意識をしません、普段、私たち。
でもね、これが例えば空気のないところだったら、もうそのとき初めて、さっきの魚と一緒ですよ、気づくわけですよ。
呼吸なかったらもう生きてられないですからね。
これはですね、健康とか、あとは人間関係とかっていうところもね、広げていって想像するっていうんですかね。
こういうのも大切なことじゃないかなっていうふうに思うわけですね。
そうしのね、その魚と水の話から、私たちの空気のことを思って、さらにもっと空気だけじゃなくて、
例えば健康ですね、今お話しした。
健康もね、なくなって病気になって初めてその健康だったときのありがたみを気づく。よくね、言われることですよ。
あとはね、大切な家族とか、大切な人とかが離れていってしまったとか、そのときにやっと気づくみたいな、そんな話もありますよね。
その手前として、そういうのにありがたみに気づくっていうことの大切さっていうところですね。
感謝の反対は当たり前っていう言葉があるんですけども、これね、考えさせられる言葉ですよね。
日々それが当たり前で感謝がない。
これね、私、この経営のある先生に言われたことでもあるんですけどね、
社員たちがね、朝、当たり前のように出社してくれると、そこに対してもね、当たり前と思うのか、感謝をするのか、いろんなことですね。
患者さんが、うちで言えば治療院ですから患者さんが予約を取った。
そんな時間通りにちゃんと来る。
それは当たり前って思うのか、あ、来てくれてありがとうございます。時間通りに来てくれてありがとうございます。
まあね、いちいちそれを1回1回言わないですけども、そういう気持ちが心の中にあるのかっていうこと、そういったもの一つ一つがですね、なんかね、人生をこうね、こう磨いていく。
これも前にもお話ししましたけど、訳見玉から長い間を生きて、その魂を磨いて、神様に帰っていくっていう話。
なんとかね、後の放送でもしていますけれども、そういう日々の魂、自分の魂を磨くっていうところにつながるんじゃないかなっていうふうに思うわけですね。
でね、こんな偉そうな話してますけれども、
昨日ね、その恩師、30年ぶりに会った恩師とのこの会話の中でね、やっぱり自分自身に、その恩師もね、会ったわけですよ。
06:12
当たり前になっちゃって、感謝というか気づかなかったところがあったのが、今この年になって、
そういう奥さんのありがたみとかね、ところに本当に気づいたみたいなね、お話があったわけですよ。
でね、その奥様とね、3人の話をしててね、奥様にもね、あなたはどうなのみたいなことを言われてね、うーんって考えさせられたわけですよ。
家族とかね、いろんなものに対して、そういう気持ちをどれだけね、感謝を持って生きていられるのかな、生きたのかなっていうところですよね。
まあね、とはいえですね、じゃあ全てに対して感謝をしましょうみたいに言わないのは、これはゆる度の考え方ですね。
もちろんね、ありがたさに気づくっていうことは大切です。
でも、そのね、ありがたさも含めて、それを意識せずに生きられる、そこを享受するっていうこともね、それはそれでまたありがたいというか、幸せな状態である。
そこもそれで認めるっていうことも大切だと思うんですね。
絶対ね、もう感謝して生きろというふうにゆる度では言わないんです。
それ気づかないで生きるっていうことを、そしてね、その気づかないことによって失敗返しをね、なんか失って初めて気づく。
それもひっくるめて人生であると私は捉えています。
もちろんね、その手前に気づいてそうならないっていう方が最善ではあるんですけども、
じゃあそういうのができない、どうしてもできない。
でね、そういうふうになってしまったっていうことも、それも人生であり、それも魂を磨く。
一つの、なんですかね、中今を生きる。
そこも感じ取って生きるっていうことが大切だというところが、
ちょっとね、その感謝の術とかっていうのは違うかなっていうところになります。
これも人生すべてですね、タオという大きな流れですね。
これは老僧思想、タオの哲学。
大きな川の流れの中のパッと生まれた泡が私たちの人生。
パッと生まれてパチンと割れてしまう。
そんな儚い一瞬の人生だけれども、
その一瞬をいかに楽行で生きていく、中今を生きていくかっていうところ。
ここが大切だと思うんですね。
で、その中でね、感謝っていうところもね、
失う前に気づけたらいいですねっていう話なわけです。
09:04
魚にとっての水、我々にとっての空気っていった時にですね、
あなたにとっての水っていうのは何でしょうか。
これね、いろいろな答えがあるかと思います。
それにすべて感謝しろっていうつもりもないです。
ただ、そこにありがたみがあるんだなと、存在のありがたみ。
そこに気づく、ちょっとね気づくだけでもいいわけです。
私の考えとしては。
でね、ちょっとね、そこを今日はこの音声を聞いたあなたにはして欲しいなっていうふうに思います。
何か特別なことをする必要もないです。
ただ、あの人がいるからとかね、あれがあるからとか、
それをちょっと気づいてもらえたらなっていうふうに思います。
今日の最後に今日の言葉の針です。
当たり前の中にありがたさを感じられる心でありたいですね。
今日は以上になります。ありがとうございました。
10:14

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