FP&A Insight 〜FP&Aアーキテクトの鷲巣大輔)と 管理会計のその先を一緒に考えていく番組です。
前回はですね、資本が去年のコピー、すなわち前年度踏襲という形で動いてしまうというお話をいたしました。
それを動かすためにはですね、行動責任を問いましょうというお話をしたと思います。
前提が崩れた時に誰がどう動くのか、それを判断する、それを判断のタイミングで事前に決めておきましょう。
そうしないと結局環境が動いたとしても、資本配分は前年度踏襲だよ、そんなお話をしたかと思います。
今日はですね、その責任を問う権限というものを誰にどういう形で持たせたらいいのかというお話につなげていければなというふうに考えております。
これまでね、どちらかというと割と原点というのをね、学術論文とか金税のレポートとかそういったものを参考にしてたんですけども、
今日はですね、私自身の経験談、それもですね、失敗談、これをですね、ベースにお話をしていこうかなというふうに思っています。
中心になるのはですね、ダッシュボードですね。
このダッシュボードを作ってですね、受け入れられて、でも自然と使われなくなっていくっていう、
それはなぜなのかということもですね、踏まえながらお話をね、していこうかなというふうに思っております。
では本編に行ってみましょう。
私はいくつか仕事を30年のキャリアの中でいろんなことをやってきたんですけども、
以前ある事業会社のですね、CEOをやっていた時のお話でございます。
その会社に入ってですね、最初の90日って結構勝負だと思っているので、
着任に早々何をやったかっていうのがですね、まずそのブランドごとの収益、これが見えるようなダッシュボードを作ることでした。
目的は非常にシンプルで、入った時にですね、なかなかそのオペレーションの実態というものをですね、
見える化ができてなかったんですよね。
特に私なんかこう、後から入ってきた新参者なので、何が起こっているのかっていうのを把握したいんだけども、それがなかった。
それを数字で捉えたいということで、この現場が起こっていることというものを可視化するっていう、それが一番の目的でございました。
ダッシュボード自体はね、僕も作り慣れているので、細かいテクニック的なものも含めてあるので、
着任して2ヶ月ぐらいで作り上げたわけですよ。
そうするとですね、これできましたーっつって、皆さんに共有するとですね、
おーっと、こんなんできるのかーみたいな話になって、
ありがとうーっつって、これでうちの会社も次のステージに行くぞーっつって、
結構なかなか喜ばれてですね、僕自身もいい仕事したなーなんて思ったんですけどね。
皆さんもご経験あると思うんだけど、こういうダッシュボードっていうのはだんだん見られなくなるんですよね。
週1回とか見られたのが、2週間に1回になって、1ヶ月に1回になって、
ほぼ最速しないと見られなくなるっていう、こういうことを見た時にですね、
私も作り方が良くなかったんだろうなーと、画面の設計とかね、UIとか、
そういうものが悪かったから、現場も読み慣れないし、使われなくなったのかなーっていう風に思ってたわけです。
だから、ちょっとこれ変えようかなーなんて思ってたんだけども、
ただですね、いろいろ考えてみると、そうじゃないんだなーっていう風に思ったんですよね。
見にくいからとか、見たいものが見れないからじゃなくて、
もっと別のところに本質的な問題があるんじゃないかなっていうことに気がついたっていうお話でございます。
結論から言うとですね、多分ダッシュボードはですね、効いてたんですよね。
しっかり見えてたんですよ。
で、何がうまくいって何がうまくいかなかったかっていう、
その案件はしっかり数字で可視化されていたっていう。
可視化されて明確に出ているからこそ、僕はですね、その数字を持って、
いやこの案件もうちょっとダメじゃないですかと、もうやめましょうよ、意味ないですよっていう風に進言した。
でも当然これを聞いた側の意思決定権者っていうのは、
実はその案件の推進者であり、当事者、言い出しっぺであったこともあってですね、
そんな簡単にイエスって言うのはね、むしろ私の言い分っていうのは拒否なんですよね。
拒否したっていう。
拒否しただけじゃなくて、実は私の知らないところでその案件の再契約やってたんですよ。
こういう背景があるんだけど、こういうものを見た時に僕どう思ったかっていうと、
脱出は疲れにくくなったのは聞かなかったからじゃなくて、聞いてたんじゃないかと。
だからこれ見れば誰もが、これまずいよねっていうのがわかる。
撤退っていう議論が誰が見ても起こり得るだろうっていうような可視化がされていたんですよね。
そういう意味で言うと設計としては機能してたんだろうなと。
ただ痛いところが可視化された分だけ、それを突っつかれると痛い人、
嫌な人は見たくないわけですよね、そういうものって。
こういうことが積み重なって見られなくなっていったっていうことなのかなと。
だから効果がなかったから見られなくなったんじゃなくて、
逆に効果があったから見なくなったっていうある種の逆説なのかなと。
もちろん今の話っていうのは多分に僕のポジショントークなところもあって、
100%僕が正しいっていうつもりは全然ないんですよ。
僕がこの案件やめるべきだったって言ったけど、
本当にそれが正しいことだったかどうかっていうのはわからないんですよ。
その案件がその後どうなったかっていうのは僕知らないんですよ。
意思決定権者の判断の方が正しかった可能性っていうのはある。
ただこのダッシュ暴動が痛いところを見せた。
その後に議論が起きなかったんですよね。
ある種強制的にその議論が収束されているというか、
別の議題に行っちゃってるとか。
こういうところに痛さっていうものを感じてたんじゃないかなって推測はできる。
それが逆に見なくなっちゃったっていうことは、
これは考えられるんじゃないかなっていうふうに思っています。
もうちょっと抽象度を高めると多分この同じダッシュ暴動っていうものが
僕と意思決定をする人の両者にとって
全く別の目的を持った道具になってたんだろうなっていうふうに思うんですよね。
僕にとってのダッシュボードは再判断を起動するものなんですよ。
何かおかしいものがあれば当初考えていた計画に対して、
前提が崩れているのであればそれを見つけて修正するための警報装置として僕はダッシュボードを捉えています。
ただ意思決定者にとっては、例えば喜んだ時のコメントなんかを振り返ると
投資家に対してちゃんと我々は見てるんですよっていう
これを示すものだったんじゃないかなっていうふうに思います。
もちろんこれは僕の推測なんでね、証拠はないんだけど。
状態がありと見えるところまでは2人とも同じところにいるし
両方ともそれを良しとしているわけなんですよね。
だから利害は完全に一致しているんです。
ただその先が分かれていて、僕にとっては再判断が実際に起きるかどうかが一番大事。
だけど意思決定権者にとっては負担というか痛みというか
見たくないものになっていたっていう。
だからここの差は大きいんではないかなっていうふうに思うんですよね。
でもダッシュボードを出して、これでうちの経営もアップグレードされたぜって喜んでくれたのは
全然お世辞でもなんでもなくて本音だと思うんですよ。
本音で喜んでくれたんだけど、その後見なくなったっていうのも
ある種必然で矛盾じゃないから目的が2つあって
僕の方だけ実行しようと思ったんだけど
相手側からしてみるとそれはいらんよっていう話だったっていうことだと思うんですよね。
これは僕の経験談です。Nイコール1。
だから非常に一般化するのは難しいんだけども
実はですね、一個学術論文で面白いものを発見しまして
これ紹介したいんですけど
フェルドマンとマーチっていう研究者の方が書いた
1981年の論文ですね。ちょっと古いんですけどね。
実は僕の個人的な失敗談をある種なぞった論文って言ってもいいのかなと思うんですけども
どういう研究内容かというと、組織は使う以上の情報を体系的に集めます。
そしてもっともっとよこせて言い始めますと。
ただこの集めた情報というのは判断にはほとんど使われないっていう。
もしくは使われたとしても決めた後にですね
その判断を正当化するための道具として使われる。
なんでこの情報を集めるのかというと
情報を持っていること自体がちゃんとやってるぞっていうシグナルになるからっていう。
この論文を見た時に、この論文があって先ほどのような僕は仮説を持ってきたんだけども
僕の失敗談というのは例外的なことということではなくてですね
すでに45年前にですね、この学術論文で書かれていることなんじゃないかなと。
そういう意味で言うと、ホモサピエンスとしてはこういう行動を取るっていうことなのかなっていうふうには思いますよね。
もう一つ僕の経験談だけじゃなくて、もうこれだけの話じゃないなって思うことがあってですね。
データがあるんですけど、東京証券取引所が資本コストと株価を意識した経営をということで要請してますよね。
実際開示はプライム市場の中の企業で言うと84%まで開示してるんですよ。
でも実際に変わった、その判断が変わったとか再判断されたっていう記録ってほとんど見つかってないんですよね。
もちろんその再判断したかどうかっていうのは内部的な情報だから公になってないっていうところはあるんだけども
でも結構いろいろ言われるのは、じゃあポートフォリオマネジメント進んでるかというと進んでないみたいな指摘もあるから
見えてるんだけど、その後の判断っていうところにつながって、実際に資源配分を促す、動かすっていうところまで行ってない。
なかなか行きにくいっていうことなんじゃないかなっていうふうに思うわけですよね。
なのでダッシュボードを入れると全てが判断につながって動くようになるかっていうと、たぶんそうじゃないんだろうなと思うんですよね。
むしろ僕らこういう順番で考える。まずは見える化しましょう。見えることができれば判断ができるよね。判断ができれば資源を動かすことができるよねっていう風に
このある種、時系列的に、線的に連続してるっていう風に思うけど、たぶんそうじゃないんじゃないかなっていう風に思う。
どういうことかというと、ダッシュボードで見えるからといって判断にはつながらない。資源を動かすことにはつながらないっていうことなんじゃないかなっていう風に思います。
ちょっとだけ具体的に言いますね。意思決定権者は僕の言ってることを正面から拒否したっていうわけじゃないと思ってます。
まず再契約したので、どっかで決裁通ってるはずなんですよね。契約してるわけだから。でもCFOである僕は知らなかったわけですよ。
これはね、僕は拒否じゃないと思っていて、回避なんですよね。本来だったら正式なプロセスがあって、CFOとして僕の承認のコンカレンスを通るとかそういう手続きがあるんだけど、
意思決定権者はそのプロセスを経なかったわけでしょ。そのプロセスの外を通っていったわけですよね。
ダッシュボードがあってこれ問題だよねって分かってても、契約と決裁のフローにつながってないっていうことなんですよね。
ここが問題なんじゃないかなと。意思決定権者が不誠実だったかというとそうじゃないんです。むしろそうじゃなくて、だって最終的に責任を負うのはその人なわけだから。
これはこれで本当に正しい?だから最終決定権者で責任を持つ人間として責任を取るから納得できる形でやったっていうことだと思うんですよ。
だからダッシュボードが正しかったって議論が合理的だったって、その結果を背負う人の判断を外から操るというかコントロールすることってやっぱりできにくいと思うんですよね。
で、じゃあ打つ手ないんですかと、そうは言ったって会社の方向性を正すためにワンマンにさせないっていう、そういうルールを決めてそれが正しいと信じているのであれば、
その権者がプロセスの外で動くというのはなかなか危険な可能性もあるわけなので、打つ手はあると思う。
で、それはおそらくダッシュボード万能論に対する一つの継承だと思っています。
僕の失敗の原因っていうのは何かというと、やっぱり順番を間違ってたんですよね。
ダッシュボード作ることを先にやりきり。
で、ダッシュボード作ればどう判断するかっていうのがついてくるっていうふうに思ってたっていう。
で、多分これ逆だと思うんですよ。
先に何がどういう条件になったら、誰が何を再判断するのかっていうのを先に決めておいて、
で、それを可能にするためにダッシュボードを作る。
見てから判断じゃなくて、判断する条件と資源配分を動かす条件っていうのを決めておいて、
で、それを可能にするためにダッシュボードを作るっていうことですね。
これもね、実は一つ研究があってそれを参考にしてるんだけど、
ボールディング、モーガン、スターリンっていう3名の方が中心になった1997年の研究なんですよね。
ちょっと古いんですけど。
この3人の研究者は実験をしたんです。
上級管理者を被験者にして、撤退しにくい困難に直面しているプロジェクト。
この状況をどう解決するのかということで、5つの介入の仕方。
これが効くか効かないかっていうのを調べたっていうことです。
で、5つある中で効かなかった介入の仕方っていうのは2つある。
1つは何かっていうと、情報環境の質を上げること。
で、2つ目が当事者がこうなったら撤退するって自分で決めたもの。
これね、機能しなかった。
例えばこう、公社のやつでいうとね、倫理書に撤退基準とか書くじゃないですか。
で、こうなったら撤退しますって書いてあるんだけども、
これをモニタリングするのが当人で、実際に再判断決断するのも当人だとすると、
これね、撤退しないんですよね。
っていうこと。
で、一方で効いた介入の仕方っていうのもあって、
何かっていうと意思決定権者を交代させるっていうのと、
2つ目があらかじめ当事者の外に、
当事者本人だけじゃなくて、その外にルールが固定化されていて、
で、事前に外部の人もコミットするっていうことですね。
どうですか?結構面白いよね。
効かなかったことの1つ目、情報環境の質を上げるって、
これダッシュボード一生懸命作りましょうなんだけど、
ダッシュボードだけじゃ効かないっていうのは、
もう答え出てる。
で、当事者が自分で再判断を起動するっていうこともこれできない。
やっぱ決めた人間が自分で撤退の判断を下すっていうのは、やっぱできないんですよ。
自分が下した判断をやっぱ正当化したくなるっていう思いは、
ホモサピエンスとしてあるから。
そうじゃない。
意思決定交代させるか、当事者じゃない人がその再判断を促すっていう、
ある種外部的に意思決定権者の外に、外部に客観的に発動する形を作るっていう。
これが大事。
ある総合商社のことを調べてて、非常にこの商社のケースが参考になるし面白かったので紹介したいんですけども、
面白いなと思ったポイントが2つあります。
1つ目が、再判断が立ち上がるきっかけが人じゃないってことですね。
どういうことか、当事者じゃない人が、その当事者の外にいる人が決まった時期に全権を見ていて、
基準に触れてないかどうか確認して、っていうことが仕組みとしてあるっていう。
誰かが手を挙げて、これやめた方がいいんじゃないですかって言い出す必要がそもそもないっていうことなんですよね。
何を言っちゃってるの、そんな普通じゃんって思うかもわかんないけど、これ僕すごい大事だと思っていて、
人が、ある個人がトリガーを引く、さっきのケースだとダッシュボードを見て、これおかしいんじゃないか、すいません、これおかしいですよって、
これ人がトリガー引いてるケースなんだけど、こうなっちゃうと交渉が始まっちゃうんですよ。
誰が言い出したか、これが問題になるっていう。
で、なんだあいつ偉そうにこのこと言い上がって、みたいな話になっちゃうんですよね。
だけど、決まった時期に決まった手順で機械的にそれが確認されるんだったら、交渉のしようがないじゃないですか。
だって自動的に立ち上がるんだもん。
おまけにね、例えばこれ人になっちゃうと評価が絡むわけですよね。
例えば事業部好きのFP&A、事業部長に立てついた評価悪くなるみたいな話なんだけど、
そうじゃなくてこれ、人じゃなくて勝手に決まるんでオートマチックに。
だから見てる人が別に事業部に忖度する必要は一切ないっていうことなんで、
フェアな議論がしやすくなるっていうのが一つ目ですよね。
この二つね、僕のとこにはどっちもなかったんですけどね。
ただ思うにもっとその前の段階というか、それ以前の問題だったんじゃないかなっていう風に思ってもいます。
僕が作ったダッシュボードはこの案件まずいよっていうことが可視化されてましたよね。
だけど案件の契約を結ぶ時の決済の紙の方、ここに別に出てきたわけじゃないわけですよ。
だから普通の決済ルートで普通に通しちゃったっていうことですよね。
ダッシュボードとこの決済が繋がってないっていう。
もしね、これ基準に触れてる案件っていうのは一旦そこで止まって、契約の決済に関してはここで止まってっていう風になっているのであれば、
僕の知らないところで再契約するということはできなかったと思うんですよね。
だからダッシュボードって見ることはできるんだけど、やっぱり繰り返しになるけど判断をして支援配分を動かすっていうところに
繋がらないものだとあんまり意味ねえなっていう感じですよね。
ちょっと話ずれちゃいましたけど、前回思い出したんですよ、前回のエピソードで。
僕社内で一番強い事業部長に挑みましょうっていう話をしたんだけども、すみません半分取り消しにいます。
やっぱり人が人の過去を否定するっていうのは難しいですよ。
最終意思決定権者に対して責任のない人間が否定をするっていうのは構造上無理ですよね。
我々はその立場をなくすことは大いにあり得る。
実際僕はその会社って長くいられなかったわけであって。
意思決定権者が過去に下したその判断に対して間違いですって突きつけるのは、
まあ人間の営みである以上うまくいかないのかなというふうに思いますよね。
だからfpnで何かとかこう正論言ってね、なんかダメなものはダメだって言うっていう風に、
それを良しとするっていう言説もよく聞きますけど、自分の口から言わない方がいいんじゃないかなというふうに思いますよね。
そうじゃなくてこういう条件になったらこうしましょうっていうことをあらかじめ言っておく。
それを自動的に起動するような仕組みを作っておくっていうこれがねいいんじゃないかな。
本当にこう誰もね不利益をこむらない。
あの総論としてはそうそうそうだよねって言える状態のうちに仕組みとしてセットをしておく。
なんかこんなのがfp&aとしては大事なのかなというふうに思っております。
さあちょっと皆さんねどうですかね今日のお話聞いてみて。
だからそのダッシュボードを皆さんも持っていると思うんだけど、そのダッシュボードに乗っかっている数字を見て、
じゃあ仮にこの数字がどういう風になったら誰が何するんだろうってこれ書けるかどうかですね。
ちょっとこう試してほしいんですよね。
書けないとするのであれば多分それはダッシュボードが完全には機能する状態になっていないっていうことだと思うんですよね。
見ること自体を否定しているわけじゃないですよ。
ただ見るだけで終わってしまうと僕みたいになっちゃうよっていうしくじり先生的な話ですよね。
もしダッシュボードも始めてないfp&a改革だっていうのであればダッシュボードから手をつけるのはやめた方がいいです。
手をつけるのはいいんだけどその後の条件とかをしっかりと定めておかないとダッシュボードを使って見て判断して動くっていうそういう順序で物事は進むっていうのはイリュージョンです。
そうじゃないどうなったら判断するのかどうなったら資源を動かすのかこれが先にやってそれを可動にするために見るっていうこの順番がね大事かなという風に思いますよね。
あとあれだねダッシュボードをこう出してさみんなにおーすげーなーこれいいやなーっていう時は危険ですね。
本来はダッシュボードってその再判断を迫る仕組みであり資源を動かす仕組みだからとして捉えるべきだから本来あんま嬉しくないはず。
だから喜ばれているとするのであれば本質的なところに入っていないっていうことなんでしょうね。
僕のダッシュボードは喜ばれましたね。そういうところにも反省はあるかなと思います。
いかがだったでしょうか。
今日ご一緒に見てきたのはですね私自身の失敗談でした。
ダッシュボードを作っておーって驚かれておーこれでうちのゲーム次のステージに行くぞって喜んでもらってでもまあそれが次第には見られなくなった。
効果がなかったわけではなくて効果があったからこそ見たくなくなっちゃったってことですよね。
見るっていうところまでは理解は比較的一致しますけどもその先再判断するとか資源を実際に再配分するとかこれが起きるかどうか。
僕はそのためにこのダッシュボードを使いたかったけど意思決定権者は投資家に見せるための道具として使っていた。
そういう人にとっては再判断が起こること自体が嫌なんですよね。痛みなんですよね。
だからダッシュボードを利かせる条件っていうのは画面綺麗にすることじゃなくてやっぱりどういう状況になって誰が何を判断するのか先に決めておいてそれを見るためにダッシュボードを作るっていうこの順番を整えなきゃいけないっていうことですよね。
あともう一つその再判断が起動するきっかけっていうのは人にしない人が言い出す形にしちゃうとその瞬間に交渉が始まっちゃうからだからそういうふうにしない自動で立ち上がるようにするっていうことでその場で説得するのは続けたい方の側だってことですよね。
仕組みを持っているかどうかだけでは差がつかないのでこの説得するのは続けたい方だってこれがとても効いてくるのかなと思います。
だから皆さんも今使っているダッシュボードを見てその数字どうなったら誰が何をするのか書けるかどうかちょっと試してほしいなと思います。
書けなければそれは単に見るだけの道具であって再判断再配分につながらないよねと思いますね。
FP&A Insightは皆さんとの対話を通じて日本のFP&Aの土台を共に高めていくことを目指しています。
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お相手はFP&Aアーキテクトの和静大助でした。また次回もご一緒に。