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はい、フォーニッツ ヤマ レディオ、大山です。
いつもですね、東のレディオを聞いただきまして、ありがとうございます。
はい、こちらの番組ですけれども、これから不動産賃貸経営をね、始められる皆様、
あとはですね、将来独立まで目指されている皆様、
それと、将来事業処刑をね、予定しています、息子に残す音声の記録ということで収録させていただいております。
はい、今回の放送ですけどね、今回の放送は、確かですね、4月の19日頃から5回連続でね、
私が不動産の賃貸業をやって独立してからのお話、ちょうど会社の肩書きを捨てた時みたいな、
確かそういう表題でね、お話した放送回数が5回ほどあるんですけど、
それはね、独立を決意した当時のお話と、それ以降ね、ちょっと苦労したところのお話とかをさせていただいたんですよね。
で、ふとね、今思ったんでちょっとお話しするんですけど、
じゃあそれ以前はどうだったのかということで今回ね、
だいぶちょっとね、18年不動産やってますんで、記憶がね、ちょっと薄れてる部分もあるんですけど、
今回はね、そちらについてお話したいと思います。
私はね、2008年に不動産の賃貸業をね、兼業親としてスタートしたんですけど、
明るくこれ18年ぐらいね、やってます。
で、独立したのが2015年の11月という形ですね。
7年か8年やって、7棟77室で、だいたい家賃年収がですね、3800万か900万ぐらいだったと思うんですね。
で、税引き前のキャッシュ料がですね、だいたいその当時850とか900とか、それぐらいだったと思いますね。
その当時は税引き後のキャッシュ料って出してなかったので、
正確なところはちょっとね、今はわかりませんけど、
だいたい650万から750万がね、税引き用のキャッシュ料だったのではないかなと思いますね。
で、その当時というのは2008年からね、スタートしましたけど、
私1棟目で失敗してるんですよね。
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神奈川県の某瀬戸市でね、男子モノのアパートをね、駅徒歩16分のやつを買って、
まあこれがね、なかなか入退協が激しくて、客付けするんですけど、長期で定着せずにという形で、
かなりね、ここ一のアパートでしたけど、利回りが10.8とかで買ったんですけどね、
なかなか2つ空けば、キャッシュ料が手出しになってということで、
かなりこれに疲弊しましてね、結局3年間もって、もうちょっとメンタルが疲れちゃって、
損切りですよ、完全に。買った値段よりも安くて、という形でね、
売却駅も出ずに、という感じで売却しましたね。
そのうちのですね、前半の1年半は管理屋さんに管理をお願いしてましたけど、
後半はね、恥ずかしながら管理費も払うのすらね、きつくなってきて自主管理をしていると、
まあそういう状態だったんですね。まさにダメダメなスタートということですね。
その2008年、9年、10年、11年。
2011年にですね、札幌の方にね、アパートロンでRCのマンションをね、
築20年で利回り確か14パーぐらいのやつを、14個1ぐらいのやつをね、
1DK×14個ぐらいのやつを取得しましたけど、
一番最初の物件で、やっぱり利回りが引っかかったのが良くなかったんだろうということで、
今度は地方に目を向けるんですよね。
2011年、12年、この辺はね、札幌とかそういうところでRCの物件をね、
いくつか2棟ぐらいに取得したんですかね、あれも含めてね。
その当時に今田信宏さんが出してた商材の高速不動産投資っていうのがね、
非常にちょっと流行ってるような、いわゆる地方のですね、積算評価が出る物件を、
長期で融資を引っ張ってキャッシュフローをね、得ると。
で、田んぼ業界もね、出てるんで、継続的な融資をね、してもらうと。
今でもね、こういう感じのね、投資の手法のやってる方っていらっしゃると思いますけど、
そういうのが流行ってましたよね。
で、そのうちですね、私の感覚だと2012年、13年、この辺からもう地方のRCの物件もね、
なんかやっぱり物件の賜数が少なくてか、あまり売り物がなくてね、
なかなかRCで買えるものが、数字の良いものが買えなくなったんですね。
で、その当時はね、アパートローンで私、不動産を買って行ってましたんで、
これいずれ頭打ちになるなと思って、2013年に法人をね、大長寿を立てたんですけど、
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その当時ね、2013年、地元のですね、チギンさんとかシンキンさんに、
ご融資の相談に来ましたけど、正直全然融資が物にならないわけですね。
審査も当然時間もかかるでしょうし、新規の法人に対しての融資ということで、
今考えるとね、まあそれはやっぱり実績もまだ伴ってませんし、
まあやっぱりアパートローンなんかでね、買ってて借り入れも大きくなりつつあったんで、
まあやっぱり、個人法人を含めたね、実体美術って考えると、
まあ出ないんだろうなって、今は客観的にね、まあ理解できますけど、
その当時はね、なんで融資がつかないんだろうとかね、
融資の審査に時間がかかって他のね、投資家と言われる方々が、
アパートローンとかでどんどんね、物件を買っていって、
まあ自分も欲しいと思った物件が、買えない時期が本当に続いたんですよね。
まあそういうのがありました。
で、まあそれでね、なかなかそうやってプロパで融資を引くことができなくて、
まあ結局もサラリーマン属性にね、任せてアパートローンで買い進めていくしかないなと。
まああの、今ですね、私がこのスタンドFMでよくお話している、
まああの売上規模とかね、売上市場主義みたいな、
まあそういうものがね、全てではないですよと、
まあそういう発信してますけど、
まあそれと全く真逆のことをやってたわけですね。
で、今私がこういう発信をするのも、
その当時の私のね、経験があるからそういうことを言ってるわけですけど、
まあやっぱり売上規模とかね、個数とか、
まあそういうものをその当時ね、追ってましたね。
で、そのうちね、2013年あたりからなかなかそのRCの物件なんかがね、
担保評価の出る物件が取得できなくて、購入することができなくてね、
まあ重鉄とかで、また札幌とかね、名古屋とか、
まあそういうところで物件をね、取得し続けたんですよね。
で、まあ結局2015年にサラリーマンから独立するときには、
まあもうパンパンに借り切った状態でね、
会社を辞めて独立したという形になりますね。
まあ前の放送の中で独立した当時のお話ししましたけど、
計画性もなくね、もういいかなと、
まあそんな感じでね、思い切って辞めたんですよね。
ですから、まあ計画性があったわけでもありませんので、
とてもね、偉そうなことを言えるような状況にもありませんですし、
だからこそね、やっぱり今考えるとっていうところが非常にあるわけですね。
会社を辞めたときっていうのが、やっぱりその、
潤沢なキャッシュローがあるわけじゃなかったんですよね、先ほど言いましたね。
まあなかなか、当然やってる中で貯金とかは、
サラリーマンのときはね、やってましたけど、
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まあ結構それが今度はね、サラリーマンの給与がなくなって、
まあ食っていかなきゃいけないというときに、
やっぱりお金も資金力もないですしね。
ましても、あの融資の道がもう確固全滅ですから。
ということはね、もう売却して、
まず手元の資金を厚くしなきゃいけないということと、
やっぱり借り入れを減らさないことには、
次のね、ステージというか、
まあそういうところに行けないというのがありましたので、
まあそういった形でね。
そこから逆にですね、物件に関しては、
再生物件を主に取得するわけですけど、
キャッシュでね、取得していって、
リフォームとかは高校さんとかね、
まあ新組さんからプロパで融資いただいたりとか、
まあそういうことでね、物件を途中増やすことになるわけですね。
まあ、高価不高価ということですけど、
もう借りれる状況になかったのでね、
まあ現金でね、再生物件を取得していってということが、
まあ逆に今になってみると良かったのかなという部分もね、
まあ一部ありますよね。
まあそういう状況にあったので、
そうせざるを得なかったということですね。
まあ本来言うとですね、今考えると、
今の自分の知識とか経験とかがね、あれば、
まあこういう買い進め方は当然ね、
始めた時からまあやらないわけですけど、
まああの、私始めた時っていうのは不動産って一人でやってましたんで、
今だったらこういうことを考えながらやるかなということを、
この普段のね、放送の中でお話しさせていただいてるんですね。
ということで、ちょっとね、長くなってきましたんで、
今回は、私が不動産の賃貸業をスタートした頃から独立するまでのお話、
ちょっとね、詳細もあんまり細かく覚えてないところも、
たくさん忘れてしまったところもあるわけですけど、
ざっくりした流れをね、お話しさせていただきました。
いつもですね、東野レディを聞きいただきましてありがとうございます。
またですね、コメントやいいねもですね、頂戴しましてありがとうございます。
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それではね、今回はこちらので失礼いたします。ありがとうございました。