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はい、フォーニッツオヤマラディオ、大山です。
いつもですね、東方のラディオをお聴きいただきまして、ありがとうございます。
今回ですけども、人の流れとですね、街は変わるということでお話したいと思います。
今回のね、テーマになりますけども、人の流れとね、街は変わるということでお送りしますけども、
先日ね、私の故郷、田舎のですね、鹿児島の方に帰省した時にね、感じたお話をね、させていただきたいと思います。
私はね、今、実家の方は鹿児島市内の方にね、あります。
私はね、高校まで鹿児島の方にね、おりまして、大学からはね、県外の方に出てということで、
かれこれね、30年ぐらい経ってますけど、今48歳ですので、30年ぐらい経ってということで、鹿児島の方を離れて立ちます。
その中でね、すごい感じることがありまして、先日も鹿児島に行った時に、だいぶ変わったなということの印象を感じました。
まずはですね、私が高校まではね、鹿児島にいましたけど、その後もね、田舎の方に帰省するたびに、
だいたいね、鹿児島市内の中心地といいますと、天文館っていうね、アーケードというか、そういう中心の町がありまして、
例えば買い物ですとか、成人されてる方だったら飲んだりね、ということもみんな天文館でね、すべて遊んだり、映画見に行ったりとか、そういう感じでね、昔はしてましたよね。
私も同級生だと遊んだときは、天文館にっていう感じでね、印象がありましたけれども、そういうところがですね、つい先日帰りましたけれども、ちょっと用がありましてね、
その天文館の前と、今鹿児島のね、主な人が集まるエリアっていうのは、鹿児島中央駅っていうのがあるんですけど、そこはね、もともとは西鹿児島駅といって、通称西駅って言われているとこだったんですけど、
2004年にね、九州新幹線の鹿児島まで新幹線の方が乗り入れてきたんですけども、そこからね、その鹿児島中央駅という名称に変わりまして、駅の周りはね、非常に再開発、大型のビルとかね、非常に綺麗に再開発をやってましたね。
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ですから2004年ですので、もう16年、17年ぐらい経ってますけど、のきなみね、その鹿児島中央駅の周りは、再開発事業で新しい建物がね、ずらーっと建っててということで、かなりね、様変わりしてましたね。
私、高校時代ですね、今で言う鹿児島中央駅、昔は西駅というね、JRの駅でしたけど、その周りの高校に通ってましたので、その辺りの雰囲気というのはよく分かっているんですけど、本当にね、時の変わるのとともだってね、非常に大きく変化したなというのが感じましたね。
その一つの要因はね、先ほど言いましたように、やっぱり新幹線がね、鹿児島中央駅まで乗り入れてきたことによって、その再開発事業で非常にエリアが発展したという感じになりますね。
逆にですね、私が高校時代とか大学時代とかね、帰省する度に遊びに行っていた天文館というのは、今はね、飲食店ですとか映画館なんかもありましたけどね、パチンコ屋さんに変わったりとか、店舗についてはシャッターが降りて、なかなかね、ちょっと活気がない、このコロナの状況もありますので、活気があまりないなあって、やっぱりひどいですね。
人でもね、当然コロナなので少ないんですけども、やっぱり町自体の活気が非常にないなあということを感じましたね。
そういうことでね、鹿児島市内の人が集まるところが、その天文館という中心街から、今はね、鹿児島中央駅といって、駅ビルとかね、その周りの再開発事業で建った大きなビルに、店舗もそうですし、事務所もね、人の流れが大きく変わっています。
そういうことで、本当に私がね、高校時代に鹿児島中央駅のあたりをね、うろちょろしているときっていうのは、錆びれたね、本当にアーケードとか、事務所ビルとかね、ありましたけど、本当に交通のね、電車の停車駅があるというね、主要な駅ではあるんですけど、
そこまで発展する要素ってあまりないのかなと思っていたんですけど、新幹線が乗り入れたということで、ずいぶんね、様変わりしていましたね。ということで、ここ16年、17年ぐらいでね、大きく変わっています。
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これって鹿児島に限った話じゃなくて、地方都市でもね、こういった部分って非常にね、あるんじゃないかなと思いますよね。
何か交通の要所になるとか、一つ大きな観光地の施設があるとか、そういうものとかで大きく用地を買収して再開発事業とかに取り組むと、町自体も変わりますし、人の流れも大きく変わることがあるんじゃないかなということを感じました。
今回はそういったお話をさせていただきました。
いつも東方のレイディをお聞きいただきましてありがとうございます。
今回はこちらの方で失礼します。ありがとうございました。