1. 日本サッカートーク番組 fm105
  2. 205:今こそジェフを語ろう!..
2025-12-29 46:43

205:今こそジェフを語ろう!オシム監督、2025シーズン、ジャパナイズフットボール!なフットボールフレンズ回

ゲスト紹介:ジャパンナイズフットボール事務局 


Website

https://japanize-football.bitfan.id/

X Account

https://x.com/Japanize_fb


fm105フットボールフレンズ企画として、ジャパンナイズフットボール事務局の木下さんと加藤さんをゲストに迎えた。木下さんは熱心なジェフユナイテッド千葉サポーターである。


ジャパンナイズフットボールとは 

2022年に逝去したイビチャ・オシム氏が提唱した「日本サッカーの日本化」という理念を受け継ぐ活動。発起人の佐藤勇人をはじめ、羽生直剛や 間瀬秀一などオシムに影響を受けた人々がアンバサダーを務めている。


木下さんのジェフサポ遍歴とデータ分析 

1990年イタリアW杯で優勝した西ドイツ代表のリトバルスキーがジェフ(当時市原)に来たことがサポーターになったきっかけ。データスタジアムで指標開発に携わり、サッカーデータサイト「フットボールラボ」の立ち上げにも関わった経歴を持つ。


オシム監督と「考えて走る」哲学 

オシム氏就任後、ジェフは2005年のナビスコカップでクラブ初タイトルを獲得。ビブスを頻繁に替える練習や「2対3で指示なしに動く練習」など、とにかく「頭が疲れる」トレーニングを通じて、現代サッカーの主流となる「考えて走る」スタイルを20年前に実践していた。


ナビスコカップ決勝とPKを見ない監督 

2005年のナビスコカップ決勝、PK戦でオシム氏がロッカールームに下がって見守らなかったエピソードは有名。選手を信じて任せる姿勢が象徴的だった。その後、日本代表監督への引き抜きがクラブ低迷のターニングポイントとなった。


小林慶行監督と千葉 

攻撃的な姿勢を維持しつつ守備を整備し、サポーターやスポンサーを含めた「総合的なマネジメント能力」が高く評価される小林慶行監督。プレーオフ準決勝では0-3から大逆転勝利、17歳の姫野誠を途中投入する采配が的中した。


カルリーニョス・ジュニオの不敗神話 

決勝ゴールを決めたカルリーニョス・ジュニオには「彼が決めると負けない」という不敗神話があり、17年ぶりのJ1昇格の立役者となった。


オシムの教えをビジネスに転用する試み 

ジャパンナイズフットボールではサッカー指導だけでなく、ビジネスパーソン向けワークショップも提供。「答えを言わずに自立させる」オシム流マネジメント論を、現代の不確実な社会における人材育成に応用している。羽生直剛が「第3の動き」などの強みを引き出され日本代表まで上り詰めた経験も語られた。

サマリー

ポッドキャストのエピソードでは、オシム監督の影響を受けたジャパナイズフットボールの活動や、ジェフの歴史について語られています。また、2025シーズンに向けた期待や、日本サッカーの進化も取り上げられています。このエピソードでは、オシム監督の影響、ジェフの歴史的な瞬間、サポーターとの一体感についても話されています。さらに、2025シーズンに向けたチームの展望や、ジャパナイズフットボールの重要性も強調されています。在籍中にサッカー昇格を祝う中で、オシム監督やジャパナイズフットボールの試みについても言及されています。特に、サッカーやビジネスにおける独自の指導法や選手たちの成長についても触れられています。現在、ジェフとオシム監督、さらには2025シーズンのジャパナイズフットボールについて議論されており、サッカーの戦術や教育に関するニーズが深く探求されています。新たな指導者向けプログラムを通じて、サッカーにおける判断力やデータ活用の重要性が強調されています。

ジャパナイズフットボールの紹介
205568mのフィールドには、喜びと悲しさと悔しさが詰まっている、サッカーを愛するクリエイター達の雑談ポッドキャスト、fm105、今日も渋谷からお届けします。
パーソナリティは、湘南メルマールサポーターのデザイナー、タホイト。
君です、パルス渋谷市TFCサポーターのコピーライター、竹パンです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今日リモートなんですけど。
はい。
というか、今日はあれですよね、ゲスト回です。
そうですね。
Jリーグも終わってしまったんで、話すこともそんなにないのか、ゲストをお願いしましたっていうわけではないんですけど。
ずいぶん前から決まったんですけど。
はい。
で、めちゃくちゃ旬なタイミングで旬な方に来ていただいているという。
そうですよね。来期一番盛り上がる。
結果次第によっては今日なかったかもしれない。
あの試合の後半15分ぐらいではなかったかもしれない方に来ていただいております。
フットボールフレンディというゲスト回ですけど、何回目かな?10回目ぐらいですか?もうちょっとやってるのかな?
数えてないけど、それぐらいやってるかもね、10人ぐらいは。
はい、紹介します。
プロフィールをもらわなかったので、紹介の仕方がこれで合ってるのかわかんないんですけど。
ジャパナイズフットボールから、木下陽輔さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい。好きになれない単語で始めましたけど、ジャパナイズフットボールの木下さんでいいですか?
そうですね。今日はその役割で。
ジャパナイズフットボール事務局の木下さん。
ジャパナイズフットボールは後で詳しく聞くんですけど、すごいざっくり説明すると何ですか?
ジャパナイズフットボールはですね、僕JQユナイテッド千葉サポーターでもあるんですけども、
そのJQユナイテッド千葉に大きな影響を与えた、
大島さんが残した、日本代表の監督になった時に、
日本サッカーの日本化というキーワードがあったと思うんですけども、
欧州のサッカーの真似をするのではなくて、
日本人が日本人らしいサッカーを追求していくみたいな、
そういった言葉を受け継いで、サッカーパーソン、ビジネスパーソン、
大島さんの思いを大島千代でとともに、いろんな形でとても大事に
届けていくような活動ですね。
はい、そうなんです。いつから始まったんですか?
始まったのは2023年ですかね。
大島さんがお亡くなりになったのが2022年の5月1日だったんですけど、
そこの1周期に佐藤優人さんをはじめ、
大島千代での皆さんと一緒にクリニックを始めて、
そこから活動を開始しているというところで、
タケパンさんもちょっとサポートいただいたりとして。
実は後でまたちょっと話しますけど、
なんかムービー作らせてもらって、何ならナレーションも僕が読んでますね。
そういえば。
そうです。
というジャパナイズフットボールなんですけど、
今日はちょっとジャパナイズフットボールの話と、
ジェフのお話をできればなと思っておりますので、よろしくお願いします。
オシム監督との思い出
よろしくお願いします。
佐藤さんも一応紹介してもいいんじゃないの?
佐藤さん後でと思ってたんですけど、実はもう一人いまして、
密かに入っていただいております。
ジャパナイズフットボール事務局の加藤さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
加藤さんの経歴もめちゃくちゃ面白いんですけど、
それも聞いていくと今日話が終わらないので、
一旦木下さんのお話をしつつ、
ジャパナイズフットボールの説明を加藤さんにしてもらおうと思ってます。
はい、お願いします。
木下さんと僕結構古い付き合いですよね。
Jリーグ好き仲間の飲み会で。
弊社のガチサポーターたちが年に2、3回集まって
ディープトークをするっていう時に。
最初誰から連れられてきたんでしたっけ?
引地さんです。
なるほど。
あの頃僕が御社に出向してて、
はいはい。
引地さんが社内のみんなでJリーグ好きを集めて話す会をやるっていうので行って、
乃木坂のお店に行って最初に話したのは始まり。
10年ぐらいじゃないですか?
そうかもしれないですね。
2016とか17とかその辺だと思う。
10年弱ぐらい。
で、割と古い付き合いなんですけど、
あんまりサッカー歴とかは知らないんですけど、
ジェフ歴とかは。
乃木坂さんはもともとサッカーやられてたんですね。
そうなんですよ。一応小3から地元の、僕エビナなんですけど。
あ、千葉じゃないんですね。
千葉じゃないんですよ。
だから千葉にゆかりはないんです。
エビナだとカホイさん近いですか?
近いのは近いですけど、湘南のホームタウンではないんですよね、今は。
あ、そうかそうか。
僕は湘南ベルマーリーを応援してるので。
なるほど。
はい。
だってエビナあれですよね、SC坂見原に吸収されかけてますよ。
そうそうそう。
ということでなんですけど、エビナでサッカーやってて、ジェフとの出会いは何なんですか?
中学、高校、今年ちょっとだけ話題になった駒場東方サッカー部で。
まさかのうちの中学が全国の一層まで行くっていう。
そこのサッカー部仲間と海外サッカー見てて。
それでワールドカップとかも友達の家泊まって見たりとか。
1990年の西ドイツがワールドカップで優勝したときに、そこにリトバルスキーさんがいらっしゃいまして。
はいはいはいはい。
その後にですね、まさかのJリーグに来るの?みたいになって、そこからジェフサポートです。
リトバルスキーきっかけなのか。
そうなんですよ。そこでこんなに喜怒哀楽が激しいクラブを応援することになろうとは思ってはなかった。
じゃあミロ飲んでたんですか?
ミロ?
リティーと言えばミロなんですけど。
CMで?
そらくこのリスナーさんは大体の人がわかると思います。
アデランスとかいっぱいありましたね。
そうですそうです。CMにデリアが出てた時代です。
ちょうどね、全然関係ないんですけど、昨日アメリカにおける大谷翔平ってどんな存在なんだろうなっていうのを考えて、
AIに聞いてたんですけど、AIが出した答えは、
前世紀のK-1のアンディ・フグやボブ・サップみたいなぐらいの存在ですって言ってたんですけど、
もしくはジーコとかリトバルスキーとかリネカンみたいな存在ですって、
メディアにも結構出てる、CMに出てるみたいなことをAIが言ってたんですけど、
確かに当時のJリーグの外国人CM出てましたよ。
今はレオセアラ出ない。
なんかいっぱい出てた気がする。
レオセアラぐらい誰かCMに使ってあげてください。
今はね。
今はね。
MVPを取ったんだから。
あんまり詳細をお伝えできないですけど、最初ね、我が社がやってたんでJリーグのプロモーションが。
そうですね、確かに確かに。
カルリーニョスを使えとは言わないですね。
カルリーニョスね。
というのでジェフ好きになって。当時中学生ですか?
そうですね、中学生ですね。
現地で見たりとかしたんですか?
当時はそんなにお金がなかったんで、テレビで見たりとか。
市原はさすがに高校の時遠かったんで、こちら側の三沢とか。
三沢か。
東京周辺のやつは結構いろいろ行ってましたけど。
そこから完全にゴール裏の人になっていく時期があるんですか?
いや、どちらかというと、アウェイの時はゴール裏行くんですけど、そんなに応援中ではないですね。
ご存知の通り、僕はデータ分析とか、データ見て解説するとかそっちのタイプではありません。
僕の上位互換なんです。データ分析が好きなんです。
そうなんですね。
あんまりあれかもしれないですけど、お仕事柄のデータスタジアムのお仕事もやってて。
そうなんですか。試合のデータなのか、マーケティング的なデータなのかというと、全社ってことですか?
表向きはマーケティング、表向き言っちゃいけないのか。
マーケティングの結構分析やってるんですけど、このデータスタジアムさんのデータ使って、実は指標開発したりとか。
なるほど。
フットボールラボって聞いたことですかね?
あります。たまにも見ます。
あれの立ち上げとか、あそこの指標開発とかを取り組んでいました。
そろそろまた復活しようかなと思って。
めちゃめちゃそれは個人的に興味ありますね。
これだけで一回お話しすることも全然可能です。
そっちの文脈もあるんですよね。フットボールラボの話も聞きたいんですよね。
ただ今日はジャパナイズフットボールなんですけど。
ぜひともよろしくお願いします。
現地結構見に行くようになった時期っていうのは、どういう時期なんですか?誰がいたりとかなんですか?
オシムスさん、年間5試合ぐらいっていうのがまだ大学生の時なんですけど。
やっぱオシムスさんになってから強くなったんで。
ナビスコももちろん決勝全部2試合とも見てましたし。
あれですよね、ジェフが初タイトル取ったの2005年なんで。
20年前だね。
そうです。そのタイミングも見てましたし。
やっぱりオシムスさんが見るようになってから、ジェフのユニフォームを着て電車に乗るのがちょっと恰好恥ずかしかったんですけど。
ナビスコ優勝の時に新宿の東急ハンズにジェフのユニフォームを着て買い物してる人を見て、
あ、なんか世の中変わったなって思い出しました。
その時はもう社会人だったんですか?
社会人ですよね。その社会人になってますね。
大学までサッカーやられてたんですか?
大学もですし、会社入ってからもずっとサッカーをやってましたね。
フォリーリーグですよね。
そうですそうです。
そうですね。シーズンCと勝ったのがですね、頭おかしいだろって言われるかもしれないですけど、J2落ちてからですね。
いやでもいいですよ。その方がいいですよ。
ちょうどお仕事の兼ね合いでJリーグからジェフに出向されてる方のお誘いで、
クラブビジョンを作り直そうみたいなワークショップに参加する機会があってですね。
そこら辺からもう熱量が一気に上がっていったみたいな感じですかね。
未来のサッカーと期待
そこから17年、いろんなドラマを見てきましたね。
J2でのドラマですね。
そんな感じです。
ちなみにジェフサポーにとって、このオシムさんがジェフにやってきたっていう時ってどんな感じでした?
オシムって知ってました?
海外サッカー見てたら90年とか。
いやでもあんまり最初わかんなかったんですけど、GMにウバガイさんって方がいらっしゃってから、結構東欧路線だったんですよ。
ベルデニックスさんとか、ザムフィールさんとか、あそこら辺の監督。
ベルデニックスはその後名古屋とか行って、日本で成功されてますけど。
東欧の路線をジェフが走ってたのが1998年とか9年とか、そこら辺だと思うんですけど。
僕は基本的にマニアックなんで、誰も知らないことを知っているみたいな、ちょっとエースに入りたいタイプだったんで。
割と東欧路線とかで共感してたんですけど、最終的にはウバガイさんの集大成みたいな。
ウバガイさんもジャパナイズで一回取材させていただいたことあるんで、ずっとくどいてたみたいですね。
90年ワールドカップでリティを見てジェフサポになって、90年ワールドカップベスト8の監督の後ろが来るというね。
ユーゴスラビアの紛争の中、違う民族を一つにまとめ上げた監督だということは後から知りましたって感じですけど。
僕はあんまりサッカー系の本とか読んできた経験ないんですけど、オチムさんの本は読みまして、普通にリアルストーリーとしてめちゃくちゃ泣いちゃいましたね。
なんかすごいですよね。後でもちょっといろいろと話しますけど。
ユートさんとかアニューさんとかみんな先生というか、ただのティーチャーではないというか、すごく人生をもっての先生みたいなことを表現されますけども、
愛情あふれる、手をかけたというか知り合った人は全員平等に同じ接し方してた人なんだろうなっていう感覚ですけどね。
オチムさんの家族に会えなかった話とか、無線で繋いだ話とかすごい読みましたよ。
なんかそういう中にいた人。
オチムの言葉ですかね。
オチムの言葉かな、多分。
来た頃はサッカーとしてはやっぱり考えて走るっていうキーワードで、その時は僕もまだ社会人若いんで、マネジメントとかそういうところに全然意識なかったんで、
サッカーとしてめちゃくちゃおもろいことをやってた人っていう感覚ですかね、やっぱり。
練習も変でしたね。
オシム監督の影響
そうですね、ビーブスの練習もそうですし、とにかく頭が疲れる練習だという話で、毎回2対3とかってやれって言われるんだけど、それ何やるかは何も指示されないで、動かないといろいろ言われるみたいな。
でも今だからまず走ることが求められてね、ずっと走れるようになってとかっていうのは、今のヨーロッパのJリーグもそうですけどね、今じゃ当たり前のサッカーも実は20年前にJリーグで実践されてた。
多分こういうサッカーになる、主流になるみたいなことをやって試されてたのかなっていうふうに、これは誰も、オチムさん自身で聞いても答えてくれないやつだというふうに思うんですけど。
でもやっぱり自動的に考えて走れるっていうところを落とし込んで、どんどんどんどん強くなったっていう感覚ですけどね。
当時のナビスコカップ優勝の時っていうのは、先ほど行かれてたって話をしてましたけど、初タイトルじゃないですか、どういう気分だったんですか?
僕が覚えてるのは、ガンバーとで、ガンバーも初タイトルだったんですよ。
あ、そうなんだ。
ガンバーは実はその後リーグ優勝するんですけど、そういうタイミングで、だから結構どっちが優勝しても歴史的瞬間みたいな形で。
結局0-0になってPKになって、オチムさんがPKを見なくて、ロッカーから出てこなくて、タテイシ選手が止めて勝ったみたいな、そういう話ですね。
ピーパー、タテイシだったんだ。
PK見ないはあれですよ。タホイさんもPK見ないですよ。
こしのさんリスペクトで。
オチムさんがPKになってロッカールームに戻っていく映像って結構印象が強くて。
そうですね。
あの映像すごい出てきますよね。
結構有名な映像。
そうですよね。
現地で見てる人はどうだったんですか?監督いなくなったよっていう。
監督がどうなってるかまで気づかなかった。
余裕がある。
良かったですね、やっぱり。
でもPKは見ないのをお勧めします。
僕本当に見ない。現地観戦してても後ろ向いて。
マジですか。
周りの人に教えてもらいます。入ったかどうか。
なるほど。
昨年高層リーグ大変じゃないですか。PK戦ありますよ。
本当だ。あの時はそれこそトイレとか行かないとダメだわ。
勝ち点2になるやつですよね。勝ち点2。負けていいですし。
相手選手が蹴るやつは見るんですよ。どっちかっていうと。
自選手は見ないですね。
外すって残酷ですもんね。PKによってね。
小森選手が長崎戦でPK外して、それで昇格プレオ行けなかったっていう話がありまして。
ジェフの歴史的瞬間
それを思い出します。
そういう感じで、おしむさんへの。
あともう1個聞きたかったのが、おしむさんは日本代表の監督になるじゃないですか。
あれがJリーグの歴史上でも物議を醸すクラブから引き抜くという事象が起きたわけですけど、
ジェフサポ的にはどうだったんですか?
今でも語り継がれますよ。
この前もちょっと言うとあれですけど。
やっぱり今でも、あそこで一気にクラブ変わっちゃったんで。
あの後ね、息子さん、天野さんやって。
天野さんだ。
初めての監督でしたけど、そこから成績が振るわず、選手が抜けみたいな感じなので。
あれはターニングポイントだったと思いますけど、
今考えると今回の昇格とかを経て思う事は、
11人が強いだけでもダメですし、選手全員が同じ気持ちになっているのもそうですし、
クラブスタッフもサポーターもやっぱり全員で支えるような空気感が出来上がったから、
成績も含めて昇格できたのかなっていう感覚ですけど。
それをやるのに、いろいろ体感して成長するのに17年かかったという認識です。
長かったー。
その間のね、別の話もめちゃくちゃいろいろあると思うんですけど、
やっぱり今の時点で、
やっぱり今の時点で、
やっぱり今の時点で、
やっぱり今の時点で、
このシーズンは前半すごい好調だったじゃないですか。
そうですね。
でもジェフ・サポーの皆さんは、いやまだわからないってずっと言ってた印象があるんですけど。
はい、もう17年目なんで。
小林さんだから最初の2年間はわりと攻撃的なサッカーを前からプレースかけてて、
ちょっと若干惜しむされてたんですけど、
ちょっと若干惜しむされてたんですけど、
このシーズンはちょっとだけ守備を最初整備して、
ちょっとだけ守備を最初整備して、
悪くは引いてカウンターみたいなものもやったことで、
悪くは引いてカウンターみたいなものもやったことで、
やはり取りこぼしがなかったっていうのが、
昨年からのシーズンの中で、
やっぱり今の時点で、
やっぱり今の時点で、
小林さんもすっかりジェフのイメージが監督としてついてますけど、
現役時代は一度もジェフにはいなかったんですか?
そうなんです。
なんか1回くらいいたような記憶があったんですけど、いないんですか?
基本だからベルディ・オーミヤ・バルベックスで、
監督としては、
ベルディ・オーミヤ・バルベックスで、
監督としては、
ベルディ・オーミヤ・バルベックスで、
監督時代、コーチ時代は最初仙台?
仙台から始めてるんだ。
仙台。
名前が結構シュワーな、ロジカルな監督ですね。
仙台時代。
そうですね。
ちょっと待ってください。
仙台の監督誰だったっけ?
渡辺さんですか?
そうそう、渡辺さんです。
渡辺さんの下にね。
渡辺さんはずっと。
そうですそうです。
そうなんだ。
2021年のコーチからジェフ入ってるってことですかね。
その時監督って誰だったんですか?
その時はユンジョンファンですね。
じゃあ別にユンジョンファンについてきたってわけではないんですか?
そうですね。
なんか不思議なキャリアを辿ってますね、コーチ監督。
そうですね、だから。
コーチネットコーチ監督、なるほど。
でも本当にアジテイトとしての能力の高さは半端ないですね。
なんか小林監督については、他の人も結構言ってましたけど、
総合的マネジメントの能力高いっていう、チームの中だけじゃなくて
サポーター、スポンサー、セークホルダー全体のマネジメントうまくやってるっていう。
本当そうです。
やっぱりスタジアム見に来てくださいトークが、
僕の知る限り監督でそこまで言ったことあるJFの監督って聞いたことないんで。
そういう意味で言うと、僕の知る限りそこまで言ったエスパラスの監督は秋葉さんしか知らない。
だから小林さんいいねって話をするときに秋葉さんもよかったんだよっていう話になって悲しくなるんですよ。
本人もインタビューとかで答えてますけど、
JFも満員になってた時期もあるので、
そのサポーターを呼び戻したいという気持ちでお話しされてたというコメントされていますし、
何よりも昇格した時の最初の挨拶がJ1そんなに簡単じゃないと思うけど、
その時に皆さん引き続き支えてくれますかって。
将来の展望とサポーターの役割
なかなか喋れないですよね昇格したばかりで。
そうなんですよ。
あれでまたハートを掴んでた記憶がありますけどね。
クラブっていうのはこの中の選手たちだけじゃないっていうのをすごく意識付けてくれる言葉だった。
すごいなぁ。
選手たちは非常にみんな一体感という言葉を扱ってましたけど、
すごい一体感あったんだろうなっていうのは伝わってきましたね。
あれですよね、まだ居集が決まってないっていうふうに聞いたんですけど、その後何か進展ありましたか。
属党へという記事は一応出てました。
属党へか。
まだ今交渉してるんじゃないですかね、このタイミングが。
一応GNが変わって、
そうですね、マリドスが出てきましたもんね、GNの方。
もともとジェフの選手って最後引退してそこからフロントに入ってる方が、
大久保さんです。
なので報酬はすると思う。
2週間終わりが遅かったんで。
確かにね。
余談なんですけど、YouTube企画であったゴールを決めた時にサポーターとコールをしようっていう企画で、
ゴールをするとノールラに向かって選手がジェフ、ジェフ、ジェフっていう。
ジェフ参照ですね。
あれすごい良いですね、この間のプレイグループの時も。
あれ3年前くらいかな。
3年前ですか。
2年前かな。
すごい一体感あるゴールパフォーマンスだなと思って、あれはいいなと思いました。
スタジアムDJのGamaさんっていうのがいるんですけど、
彼とかも相性そういうサポーターと選手が交流するような企画もなんかないかみたいな話とかをやってた。
1番の時にそういう企画立ち上げた時期から色々試行錯誤してあそこにたどり着いたっぽいですけど、
あれはちなみに最後、あれはダゾーンでやってないと思うんですけど、
1番最後に小林さんがジェフ参照したんですよ。
そうなんですね。
もともと選手なんでね、彼。
すごい気持ちの入ったジェフ参照してました。
シーンとか出てると思うんですけど。
ちょっとだけプレイオフの話もしたいんですけど、
プレイオフ特に1戦目ですけど、あれ現地でさ。
もちろんもちろん。
ちょっとだけプレイオフに至るまでの伏線試合が2試合ありまして、
結局勝ち点1差で敗れるんですけど、
最終戦。
勝ち点、もちろん勝ったんですけど、
あと1積んでりゃ良かったのに試合というのは2試合ありまして、
これがジェフっぽいドラマチックな負け方をするんですけど、
1つ目が山口戦というのがありまして、
先制されて1対1で同点を追いつくんですけど、
その試合結構夏の暑い試合でもあったんで、
っていう状態だったんですけど、
後半ロスタイムにカウンター食らって、
ジェフ出身の古川大吾選手が、
同じジェフユース出身の鳥海選手と1対1になって、
そこでシュート抜かれて、
まさかのロスタイム95分に失点して負けるという試合があるんですけど。
これがちゃんと伏線蹴ってたら自動昇格だったっていう、
これがジェフサポ語り継がれるジェフっぽいなっていう試合っていう。
でも逆に言うと10月のミト戦。
ロスタイムみたいな勝ちもあったから。
そういう試合が多いんですよ、ジェフは。
前のジェフとは違うぞっていうところを、
こういうところで勝負強さを見せてきたような。
あれも杉山選手が左利きで、
とりあえず左切っとけばOKみたいな守備のされ方ずっとされてたんですけど、
半年ぐらいずっと右足の練習してたみたいで。
あのシュート実は右足で決めてるんですよ。
それもみんな成長したみたいなことも含めて。
あと長崎のゼロニーの試合もですね、
ちょっと映像ないと思うんですけど、
皆さん見ていただければありがたいんですけど、
長崎戦はですね、スタッツで言うとシュート数がですね、
29対12、枠内11本っていうね。
いつうちが勝ってもおかしくないっていう試合だったんですけど。
前半の終了間際にですね、
エジガル・ジュニオくん、多分クロスしたんですけどミスキックなんですよ。
それが入るっていう。
謎のアウトサイドにかかった左側のクロスがアウトサイド気味のループになってですね、
右上のネットに刺さるみたいな。
これがジェフ・ウクワリ劇場みたいな。
ウクワリ負けたのって、ほんと今年普通の試合じゃないですか。
ギブンイン下のところ負けてなかったっしゃっけ。
3つじゃないですかね、長崎と鳥取、岩谷しかリーグ戦は負けてない。
いやでもウクワリはもう途中から噛みがかって。
応援のチョイスとか、ウィン・バイ・オールのタイミングとかもう噛みがかって。
コールリーダーすごいなと思うんですけど。
コールリーダーの完成度が上がっていってる。
そうですね。
プレイオフに行きっていう感じで。
ちょっと加藤君に何回も話した話なんですけど、
ジェフってこういういろんなドラマが起きちゃうんで、
メンタリティ的に言うとまだ何かが起きるかもしれないって気持ちだったんですけど、
残り5節ぐらいからずっとセットプレイの時とか大事なシーンの時に、
ずっと4-0で勝つってずっと祈ってたんで。
0-1、0-2、0-3とかでなった時も、
まだ4点取って勝つって実は祈ってたんで。
ドローでもいいのに。3点でいいのに。
そうそう。それぐらいの気持ちじゃないとと思ったら。
でも本当に気持ちは折れかけてたんで、
嫁から連絡来てやばいねみたいな。
翌日がもうね、あの翌日が木下さんと打ち合わせでしょうね。
そうか。
昇格を祝う
そう。だから僕はめちゃくちゃドキドキしてましたよ。
明日どうしよう、アンゼロンと。
1点目もね、ちょっと本当オフサイドかどうか、
ちょっとよく分からないギリギリVR判断するのが5-6分かかってたんで、
本当にちょっとゴブゴブだったんだろうなって気がしますけど。
そうですね。姫の投入はどうでした?
僕実はジェフシートの前から2列目座ってたんで、
ベンチ見てたんですけど、最初姫野選手じゃなかったんですよ。
小屋米倉みたいな感じの2人がもう準備してたんですよ、ユニフォームになって。
パッと見たらあれ?姫野選手に変わってるみたいな感じになり。
ご存知だと思いますけど姫野選手は初めてベンチに入ったんで、
このタイミングで行くのか?みたいな。
A団ですよね、あれは。
あの再敗で昇格勝ちだったようなもんなんで。
物落ちしない選手みたいですね。
聞いてる。
僕はもう来年に向けてみたいなことなのかなと思ってしまいましたね、姫野投入は。
いやいやでも本当に、米倉選手に声かけられたみたいで入る時に、
自分らしく思い切ってアグレッシブにいけみたいな言葉をいただいて、
最初の左サイドでもらったパス1、2で抜け出してシューと打ったっていきなりプレイしたんですけど、
あそこら辺からちょっと風向きがパールプレイした感じがあったんでスイッチが入った感じはありましたね、すごく。
そして展開したのがカルリーニウスジュニオですよ。
ありがとうございます。
今カルリーニウスのユニフォーム探しております。
カルリーニウスが決めると腐敗神話が。
腐敗神話ですよ。
秘密時代からずっと受け継がれている。
10番カルリーニウスジュニオです。
今日これ着てこうかな。
俺の分も。
サリブです。
いやーすごかったですね。どんな感じでしたか現地3点目決まった時とか。
3点目はもうやっぱあれはちょっともう小谷さんのヘディングから米倉選手の裏抜けパスで、
姫野選手がね技術あるんだなっていうこのあの胸トラでボールを置く位置も含め技術高いんだなっていう二人に追っかけられててっていうところは、
数々ああいうシーンで外れてるシーンを何度も見てきてきてるんですけど、
サクッと入れる感じは、あれはもう鳥肌が。歴史に残るシーンですよね。たぶんJリーグシーンのあれは。
腐敗は大爆発って感じでしたね。
ループですもんね。
ループですよ。本来ミスキックっぽいことを何か言ってたけど、
まあでもちゃんとあそこにね。
左上を狙って蹴ったんですけどループっぽくなったって言ってますね。
あーなるほど。
そういうの作るってすごいですよね。
ふくわりの奇跡2008年のあの時も矢澤達也選手がループしてるんですけど、
あれの最大だみたいな話も。
あーなるほど。
JFサポの中でも。あれで残留決めたんで。
矢澤達也は数少ない八重津出身のサッカー選手なんで。
僕と同じ。厳密には大井川町ってとこなんですけど、八重津に吸収されたので八重津出身になりました。
まあ俺たちJFを作ったことですね。
あ、そうなんですか。
そうですよ。俺たちJFって言い出したのは矢澤選手なんで。
えーそうなんだ。
そうそうそう。
今年か去年一回来てたかな、矢澤さん。
ジェイダのアカデミーですかねっていうのがウィキペディアの。
地元で出てるんですね。
超地元ですよ。
なるほど。
で、昇格おめでとうございます。
ありがとうございます、ほんと。
2戦目もカルビニュースで決めまして、昇格しました。
準決勝と違う入り方してたんで、結構対策してたんだなって感覚がつく。ちょっとセットして、一応引き分け以上で昇格だった。
慎重なゲームでしたね。
そうですね。
準決勝、アグレッシブに行き過ぎでしたよ。
ゼロさんになったからでしょ。
いや、いきなりオープンだなと始まったところから、両チーム。
ねえ。
オープン屋がアグレッシブなのが分かるけど、JFアグレッシブすぎないってことでした。
いきなり失点したからっていうのは大きいと思いますけど。
前も結構、先生の可能性もありましたもんね。
教師管理の先生とかありましたもんね。
徳島戦は落ち着いてた人ですけどね。
バーに当たるシーンはありましたけど。
で、ヒヤッとしましたね。
トニー・アンゲルソンでしたっけ。
徳島の外国人はみんなハエの。
同じような人がみんないるっていう感じで、
17年ぶりの昇格となりました。
おめでとうございます。
ジャパナイズフットボールの活動
ジャパナイズフットボールの話を聞かねばというところなんですけど。
ここからはジャパナイズフットボールの話を聞いていきたいんですけど。
具体的にどういう活動をしているかを加藤さんに聞いてみたいと思います。
加藤さん。
はい。
ジャパナイズフットボールは具体的にどんな活動をされてるんですか。
具体的にですけども、
我々ウェブサイトも持っていますというところなんですけども。
そこをベースに情報発信をさせていただきつつ、
国旗人として佐藤優斗さんいらっしゃって、一緒に活動してくださっている。
他に羽生直滝さんと。
あと、おしむさんの通訳だと政秀一さんいらっしゃって。
もう一人、おしむさん時代のプレイヤーだと市原光さん。
このようにアンバサダーというふうに呼ばさせていただいてますけども。
このようにそれぞれの得意なところとかですね。
こだわりを持っていらっしゃる領域で、
いろんな授業をやらせていただいておりますという感じでございます。
インタビューとかがサイトに載っているんですけど、
それ以外で言うとどういうことをやられているんですか。
プレイヤーとか指導者の方向けにですね、
ジャパナイズフットボールとして考えているサッカーメソッドをお伝えする動画を作ったりとか。
今度実施するんですけども、実際にリアルで講習会を開いてみたり。
ということもサッカー塾ではさせていただいております。
この辺はませさんと一緒に作っているんですけども。
おしむさんの横にいらっしゃって、
ませ修一さん自身も今プロの指導者でいらっしゃるので、
おしむさんから学んだものをベースに
ジャパナイズフットボールとしてのオリジナルのメソッドという形で開発してお伝えしていくということをサッカー塾ではさせてもらっています。
サッカー以外の塾もあるんですか。
一緒に活動している羽生さんなんですけども、
羽生さんがサッカー選手引退した後ですね、しばらくしてから起業していらっしゃいます。
ビジネスの方に行きたいなという思いを持っていらっしゃって、
これもおしむさんに背中を押される形で、
自らの別の世界で羽ばたこうとしたというところで、
羽生さんはそこで動きを持っていらっしゃるんですけども、
ここは主に羽生さんと連携しながらですね、
おしむさんからの学びとか、
おしむさんの言葉とかってサッカーに閉じず、
一般のビジネスパーソナルの方にも役に立つものだったりとか、
学びが多いものだなというふうに思ってますので、
企業の方向けにビジネスパーソナル向け講習会というワークショップをやらせていただいておるところでございまして、
羽生さんと一緒にですね、羽生さんの講演プラス、
ちょっと我々ジャパナイズフットボールとしてオリジナルで作っている
ワークショップメニューを持っているので、これで3時間とか4時間とかまとまったお時間をいただきながら、
企業向けのワークショップというのもやらせていただいてます。
そこがユニークですよね。
サッカーだけじゃなくて、ビジネスマン向けにも、
おしむさんの考え方とかメソッドみたいなのを
転用していこうとしているのが、
ジャパナイズフットボールの面白いところだなと僕は思ってます。
一応、提供価値みたいなのがありまして、
これまさにサッカーのときに、
おしむさんがやってた考えながら走るっていうものですね。
サッカーの指導だけじゃなく、ビジネスパーソン、マネジメント、
いろんなところに広げるような形で、
考えながら走り続けられる、
この自立した人を育てるということに貢献するっていうところが、
一応、提供価値みたいなところで置かせていただいていてですね。
おしむさんって、いろんなおしむチールドレンの取材とか聞いていると、
答えを言わない人らしいんですよ。
聞いても、お前が考えろ、みたいな感じですね。
結構、答えを言わずにマネジメントしたりとか指導するって、
すごい難しいじゃないですか。
そこら辺の方法論とかっていうものとかを、
おしむチールドレンの皆さんが考えている独自の、
おしむさんから教わったことをそのまま教えてるんじゃなくてですね。
おしむさんから教わったことを、
優斗さんなりに、羽生さんなりに、市原さんなりに、
増瀬さんなりに、解釈し直して、
自分が実践していることを伝えるっていうところが特徴になってますね。
これ始まったきっかけっていうのは。
始まったきっかけは、おしむさんのツイートセレモニーというか、
ツイート試合が2022年にあった時に、
JFのマーケティングとかサポートしてた時期もあって、
お声掛けいただいて、何かツイートにあたっての試合で盛り上げられることなんかできないかっていう
相談があったんで、ちょっといろいろ企画して、
日本作家の日本化についてみんなで考えるプロジェクトをやるのがいいんじゃないかみたいな話をしたら、
優斗さんが乗ってくれたっていう、そんな流れですね。
答えを出さないっていうところが、おしむさんがおっしゃったことだと思うんですけど、
JFとしても日本作家の日本化って何?って答えは出してないですよね。
みんななりに答えを考えつつみたいな、そんな状態ですけど、
まだ答えを探し続けているみたいな感じですかね。
明確にこれだっておしむさんが言ったわけじゃなくて、
それをみんなが受け止めて、それぞれ解釈していらっしゃるっていうことかなと思ってまして、
おしむさん指導の際に、他のコーチ陣にメモ等の禁止してたりもしたそうなんですけども、
政さん曰くそうらしいんですけど、そういうことも含めると、
ビジネスパーソン向けのワークショップ
まんま真似するんじゃないよってことは、おしむさんからメッセージなのかなっていうふうにはすごいこの感感じてます。
今の不確実な社会になった時に、マネージャーとかマネジメントとかチームを率いる身として、
どういう心構えでいればいいのかとか、どういう言葉の投げかけ方をすればいいのかみたいなこととかっていうのは、
何回かビジネスマン向けのワークショップをやらせていただいてるんですけど、
結構サッカーを知らない人でも参加者の満足度が高いという感じになってますね。
僕も参加しましたね。ちょっと変則的なやつですけど、
木原さんと一緒にやってた診断とか。
木原さんの診断、フットボール診断をした後に、自分の性格診断から自分はどういうところが強みかっていう診断をした後に、
羽生さんがおしむさんから教わった教えとかを伝えて、
おしむさんの教えの中で自分の強みを生かせっていう話を毎回羽生さんしていただけるんですけど、
羽生さんはもともと身長がそんなに高くなかったんで、
多分ユースの頃とかは体とか当てられたら当たり負けちゃうから絶対プロにはなれないみたいな話とかを言われてたけど、
おしむさんと出会って、ちっちゃいんだからフィールド全体使って走って第3の動きをするだの相手をサポートするような走りをしろっていうところから自分の強みを見出して、
日本代表までなれたみたいな話とかをしていただけるんですけど、そういう話をするときに自分の強みみたいなものって絶対あるはずで、
その強みを生かして、今企業で置かれている課題とかにどうやったらチームとして向き合えるかみたいなことをその後ワークショップするみたいな、
そんな感じのことをやらせていただいてるって感じですかね。
なんか羽生さんのお話は僕もちょっと聞かせてもらって、この人はおしむさんとの出会いでサッカー人生というか人生が変わった人なんだろうなと思いました。
本当にプロになったけど、お前すぐ2,3年でダメになるよみたいに言われてるところから、おしむさんのみたいに言ってくれる人は今でいないんですか?
そうですね。ちょうどのGPが出局したときも、おしむさんの気持ちになって取材を受けてましたよね。
さすがだなと思って、羽生さん。
打ったのできたな。
次の目標になっただろうみたいな。J1で何するか考えろって、今だったらおしむさんは言うはずですって。
すごい。面白い。
育成における指導者プログラム
育成連載とかにはそういうプログラムは結構行われてるんですか?
今ちょうどですね、そういう育成指導者向けの指導法みたいなものとか心構えのプログラムを映像で見れるようになったの。
そうですね。育成年代というか、育成年代を教える指導者向けの動画みたいなものを作らせてもらっていて、
ませさんと市原さんの対談形式だったりしますけども、指導者の方のニーズがあるかなというふうに思ってまして、
今、彼らにどんなふうに指導したらよいかみたいなところをJapanEyesなりのアドバイスってところを、ませさんと市原さんの対談形式をお伝えさせてもらってたりします。
有料なんですけども、もしよければ入っていただけると嬉しいです。
JapanEyesフットボールのサイトで会員になると見れる動画コンテンツですね。
僕がナレーションやってるムービーは普通にサイトに載ってるんで、下にでも見えますので。
すごい面白かったので、僕も指導者向けワークショップみたいなものを動画でやったときに撮影に行かせてもらってて、
みてたんですけど、難しいけど面白いみたいなところがありますけど、本当にみんな考えながらやらなきゃいけない。
でもあれで結構サッカーって考える競技なんだなって、すごいあの日に結構価値観変わった気がしますね。
JapanEyesフットボールに触れて、結局ボールをどう扱うかじゃなくて、周りに誰がいてどういうふうにいったらどうなるかっていう考える競技なんだなと思ったら、
なんか将棋みたいだなって僕がサッカーのことを言い始めたのはJapanEyesフットボールに出会ったからです。
本当にさっきの話になっちゃうんですけど、大島さんはもう多分そういう時代になるってことを見越して2003年からジェフに落とし込んでたっていう感覚ですね。
今考えると。やっぱり判断スピードとか、データも取れるようになってるんで、このデータ見ながら今どこら辺にどう動けばいいかみたいなことを結構科学的にできるようになっていてですね、その判断スピードが求められたりとか。
あとやっぱりトップ、これはデータのデータで出てたんですけど、スプリントの数。スプリントの1個下の時速18キロぐらいのスピードの数が、実はドイツが一番多いとかあったりしてて。
今そういうちょっとハイインテンシティまでいかないけど、ちゃんとそこそこ走る数をどれだけ効率的にやって球を運ぶかっていうところのサッカーにどんどんどんどんシフトしていくときにやっぱりこの判断力ってすごい大事になるはずで。
やっぱりスピードがね、走ってスピード上がると判断力落ちると思うので、そこが今求められてるんだなーっていう感覚はすごく思いますね。
なんかデータと結びつくともっと面白いですね。おつもりさんのサッカーって。
そうなんですよ。ちょっと密かにジャパナイズフットボールでそのプログラムを作りたいなと思っています。ぶっちゃけ。
ジャパナイズフットボールの未来
まあ、密かに考えてることが多いんですよね。
いやいやいや、そうですね。
この先、ジャパナイズフットボールはどうなってくるんですか?ゴール目標みたいな。
今ちょうど次のネクストアクションを考えつつあるんですけど、やっぱりいろいろやっているとですね、この自立型でチームをオーガナイズするかとか、マネジメントするかみたいなニーズは、
サッカーに限らずいろんなところで共通の課題だったり共通のノウハウがありそうだなっていうところで、そこの広げ方っていうのを今ちょっとずつ考えているっていう感じですかね。
ちょうど今、指導者のネットワークとかもつながっていて、その指導者さん向けにちょっと考えてますし、ビジネスサイドでもやっぱりそういう教育っていうとあれなんですけど、コーチングスキルとかそういうものっていうのは結構共通ニーズとしてありそうだなっていう感覚があるので、
サッカーの活動もしながら、それ以外の広げ方も今ちょっと検討しているっていう感じですかね。
おだしょー 広がりが面白いですよね。この先も楽しみなんですけど、皆さんがジャパンアイドルフットボールに触れるのはまずサイトを見ていただくとか、会員になっていただくとかだし、
企業で何かそういうことをやられている方は、ぜひ一緒に何かやりたいとかあったら、サイトのほうから問い合わせがありますので。
おだしょー クリニックも定期的に何かいろいろありますもんね。
三沢 そうですね。年明けちょっと準備しているものもありますし、セミナーもちょっとやりたいなと思ってます。
おだしょー それは指導者向けですか。
三沢 それはもう本当ビジネスマン向けとか。
おだしょー ビジネスマン向けか。それも面白そうですね。
三沢 まだちょっと企画段階ですけど、PTXとかで有料イベントとかやってみたいなとはちょっと思ってますっていうんですけどね。
おだしょー めっちゃ嬉しくない?
三沢 はい。この辺もぜひ見てみてください。という感じです。
また加藤さんの話もどこかで聞けたら面白いんですけど、
加藤さんの移植の経歴もいろいろ面白いんで、
これはもしかしたらサッカーの軸じゃないところで話しましょうか。
ぜひぜひよろしくお願いします。
はい。ということで、フットボールフレンズ今回のゲストは、
ジャパナイズフットボールが木下さんと加藤さんをお越しいただきました。ありがとうございました。
加藤さん ありがとうございました。
46:43

コメント

スクロール