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2024-04-12 06:48

4月11日 母の影響はよくも悪くも大きい

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あ、ふらっとです。今日もふらっと日記スタートです。というわけで、4月の11日か、木曜日の公園日記となります。
で、この日は何を、今日、この日とかね、何を話そうかなと思ったんですけど、母親の影響って子供に本当に、
違うな、母親が子供に与える影響って本当にこう、大きいんだなっていうことを感じたっていうことをね、お話、エピソードとしてね、話そうかななんていうふうに思っています。
で、どんなエピソードなのかってことなんですけど、まずその一つ、母とその日、昨日か、11日になったので、昨日話してたことなんですけど、
キッチンって、クローズドキッチンがいいよねって話になったんですよ、たまたま。で、なんでか、なんかその、ほら、よく家の中に広告とかって入ってきますよね。
物件の広告みたいなのってチラシが入ってくるんですよね、マンションとか。で、それ見てたときに、なんかオープンキッチンなんですよ、大体。
そうそう、で、オープンキッチンなんですよ。で、私、実家はね、普通にクローズドみたいなキッチンになってて、今私が住んでるところもクローズキッチンみたいになってるんですよね。
で、私、過去2回、ここの家に住むまで2回は、オープンキッチンの家に住んでいました。なんかね、ペニシュラ、さっき調べたらペニシュラ型っていうみたいですね。
そのやつにね、住んでたんですよ。で、それで、なんで、クローズの方がいいよねって話をしてて、で、なんでかっていうと、やっぱなんか、そもそもオープンキッチンにすると、もう全体的にこう匂い回っちゃうよねって、かなり。
匂い回るよねって話になって、クローズキッチンの方がまだ匂いも回らないし、あとオープンキッチンの方が物がガチャガチャしてるのがね、すぐ見えちゃうから、それもうちょっと嫌だよねみたいな話になって、
わかるわかるっていう話をね、してたんですよ。で、それで、そのオープンキッチンの話はまあいいんですけど、それで、やっぱりなんか、母親と好みって似てるよねみたいな話を感じたんですよね。似てるよねじゃない、似てるなっていうのを感じたんです。
それで、まあ親子だから似るのかなとか、いろいろ考えてたんですけど、なんかその母との好みっていうのがまあまあ似ていて、で、例えば、いちご大福2人とも好きじゃないんですよ。そう、いちご大福。で、あとは、そうだな、あとお弁当の中にありますよね、自分たちが作るお弁当の中に果物とか、あと生野菜が入っているのが、ちょっとあの生理的に受け付けないところがあって、
だからそういうのもね、あんまり私は好きじゃなくて、だから例えば自分の子供のお弁当をつい最近作る機会あったんですけど、その中にはやっぱり生野菜とか、あとその弁当の中に同列っていうか並列に果物とかね、入れたりとかね、もしなかったんですよね。
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だからまあそういうこだわりがあったりとか、あと自転車はまあちっちゃい時からあんまり乗らせたくないなとか、あと年賀状はまあ必ず書くとか、あとそうだな年賀状の表書きはせめて手書きにするとか、まあ微妙な変なこだわりがあったりとかするんですよ。で、あとはどうだろうな、あとお中元とかお成文もらったら一応手紙で返すとかね。
まあ本当になんかちょこちょこちょこちょここういうような母からの似てるようなところっていっぱいあるなって思っていて、まあ親だ両親だとまあ見てるうちに似るのかなーなんていうふうに思ったんですけど、でまあただこれって多分似るっていうよりもこういうなんか別に全部母に似てるってわけじゃないけど、好き嫌いが似てるってわけじゃないけど、
多分こういった母のなんか割と強いこだわりみたいなのを知らず知らずのうちにこうなんていうのかな、吸収してみて、吸収してみてっていうか、吸収してるからなんかそれをずっと染み付いちゃったんだろうなっていうのをふと感じたんですよね。
なんか知らず知らずに似たっていうよりも、なんか影響を強く受けたからこそ似てしまったっていうふうなところなのかなっていうふうに思ったんです。で、まあ例えばその年賀状とかに関して言うと、今ほとんどみんな年賀状書かないですよね。
習慣的に。でましてや、もし書いたとしても表裏だいたい印刷じゃないですか。で、そんな中でも私なんかよくわかって、やっぱりちょっと手書きがなんていうのかな、手書きの方がいい、表書きぐらいはね手書きの方がいいんじゃないかとか言うわけがわからない、なんかこだわりがあったりとかして、なんかねあるんですよね。
で、これって多分、逆に今の常識から考えると割と、まあ年賀状書くこと自体がそもそもマイノリティになりつつあるから、なんかこの私が、このこだわりがね、いつまでこう、なんていうかな、普通っていうのがね、なんかわからなくなるのかなみたいなことをね、まあ考えながら、考えながらというかね、まあ考えたりとかもしていて。
だから、なんかそうで、常識、そうそうそうなんですね。だからこの、なんていうかな、その母の教えって、教えっていうわけじゃないけど、この母の割と強いこだわりを影響を受けたこの私は、まあ自分はこれはこだわりとして持っているけれども、もしかしたらかなり偏った考え方を持っている可能性があるっていうことを、
なんか、やっぱり少し心に留めておかなきゃいけないんだろうなっていうことを、なんかそうですね、今ふと感じたというか、うん、感じているなっていうふうに思っています。で、やっぱりその母親からの影響って、もうずっとずっと多分蓄積しているものだから、なかなか抜けることがやっぱりなくて、
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例えばそのさっきの年賀状だと、もう今だったら書かなくてもいいのにとか、印刷にすればいいのにっていうふうに思っている自分はいる一方で、やっぱりなんか、手書きぐらいは手書きでさらに、なんか一言コメント添えないと、なんか恥ずかしいって思っている自分がいて。
そう、だからね、本当これってある意味ちょっと呪いに近いんじゃないかな、なんていうことをふとね、はい、考えました。なかなかね、こう習慣づいたものっていうのは、難しいですね。なんか自分の頭の中で考えていても、いや、それはやっぱりこうしなきゃいけないのかも、みたいなね、変なこう、自分を縛っているものがあるな、なんていうことを今ふと考えました。
はい、そんな小絵描きとなります。はい、では次回お会いしましょう。またねー。ばいばーい。
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