#27|大杉久美さん|会社員とフラ両立25年…文化歴史と対話する「終わらない旅」
2026-05-30 32:25

#27|大杉久美さん|会社員とフラ両立25年…文化歴史と対話する「終わらない旅」

北欧スウェーデンの習慣「フィーカ(Fika)」のように、コーヒーを片手に心と体、暮らしについて緩やかに語り合う約25分間。 今回は、パーソナリティの2人や前回のゲスト・みっちゃん(安東迪子さん)とも約20年来の仲良しである、大杉久美さん(愛称:くんちゃん)をゲストにお迎えしました。

IT関連企業に勤務する会社員として働きながら、東京日本橋でフラ教室「Nā Lei ʻO Maunaloa(ナーレイオマウナロア)を主宰するフラダンスインストラクターとしても活躍している大杉さん。

前回ゲスト、安東迪子さんの誕生日会でフラを踊る姿にヒロコが一目惚れした出会いのエピソードから、まだ「副業」という言葉が定着していなかった約25年前から会社員とフラの二足のわらじを履き続けてきたしなやかな歩み、そして文化や歴史と深く結びつくフラの奥深い魅力までを深掘りします。

【今回の聞きどころ】
⭕️安東迪子さんのお誕生日会での衝撃的な出会い
⭕️時代を先取りした「二足のわらじ」キャリア
⭕️コロナ禍での転機と恩師の引退
⭕️「日本の心」でハワイをリスペクトする葛藤
⭕️フラという「終わらない旅」

「本業と好きなことをバランスよく両立させたい方」 「一つのことを長く続け、深く探求するヒントを探している方」へ 日常の視点を少し変え、未来をポジティブに描くヒントをお届けします。

【プロフィール】
大杉久美さん
- フラダンスインストラクター&会社員
- フラ教室「Nā Lei ʻO Maunaloa(ナーレイオマウナロア)」主宰

会社員としてIT関連企業に勤務する一方、フラダンスインストラクターとしても活躍。東京・日本橋でフラ教室「Nā Lei ʻO Maunaloa」を主宰し、ハワイイベントの舞台やスクール公演への出演経験を持つ。

毎週水曜19時から日本橋スタジオでレッスンを行い、オンラインレッスンや個人出張レッスンにも対応している。

フラ歴25年。50代〜70代の生徒さんも含め、幅広い世代に向けた指導を行っている。

朝はフラの練習やイメージトレーニングから始まり、日中は仕事、夜は教室という生活の中で、フラを軸に自己成長と家族との時間を両立させている。

#FIKA #フィーカ #ポッドキャスト #二足のわらじ #パラレルキャリア #フラダンス #ハワイ文化 #大人の学び #長く続けるコツ#ワークライフバランス

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サマリー

今回のFIKA日和は、会社員としてIT企業に勤務しながら、東京・日本橋でフラ教室「Nā Lei ʻO Maunaloa」を主宰するフラダンスインストラクターの大杉久美さん(くんちゃん)をゲストに迎えました。ヒロコさんが安東迪子さんの誕生日会でくんちゃんのフラに一目惚れしたことが、二人の出会いのきっかけでした。約25年前、「副業」という言葉が一般的でなかった時代から、会社員とフラインストラクターという二足のわらじを履き続けてきたくんちゃん。そのしなやかな歩みや、フラという文化・歴史と深く結びついた奥深い魅力について深掘りしていきます。 コロナ禍での恩師の引退という転機を経て、フラという「終わらない旅」を続けるくんちゃん。ハワイの文化をリスペクトしつつも、日本人としてのアイデンティティとの間で葛藤を抱えながら、フラを通して自己成長と家族との時間を両立させています。本業と好きなことをバランスよく両立させたい方、一つのことを長く続け、深く探求するヒントを探している方へ、日常の視点を少し変え、未来をポジティブに描くヒントをお届けします。

FIKA日和へようこそ、ゲスト紹介
FIKA日和へようこそ。
FIKAとは、北欧スウェーデンの日常に溶け込んでいる、
コーヒーを囲みほっと一息語り合う大切な習慣。
このポッドキャストも、そんなFIKAのように。
東京世田谷から宇住裕子が
そしてスウェーデン浮沙羅から長谷川優子が
暮らし、心と体、子育てのことなど、
緩やかにお話しする約25分間のトーク番組です。
今日も、あなたの日常をちょっと心地よくするヒントが
見つかりますように。
本日のフィカビオリゲスト回をお届けします。
今回はですね、優子ちゃんと私の友人で
会社員としてIT関連企業に勤務する一方、
フラダンスインストラクターとしても活躍されている大杉久美さん。
私たちは久美ちゃんと呼んでいるので、久美ちゃんとここから
お呼びできたらと思うんですけれども、久美ちゃん、ウェルカムです。
久美さん、ようこそ。
久美さん、こんにちは。ありがとうございます。
衝撃的な出会いと20年来の友情
久美ちゃんは、今東京日本バス停フラ教室の
ナーレイオーマウナーロアを主催されていて、
オンラインや視聴レッスンにも対応されているとのことで、
また、くんちゃんはですね、
前回のゲストとしてお迎えした安藤美智子さんと一緒に
優子、ひろこ、美ちゃんと美智子さんと
約20年来の仲良しだったりします。
お友達つながり。
回しています。
楽しいですね。
そうですね。私はですね、くんちゃんと出会ったのが
安藤美智子さん、美ちゃんの誕生日会でフラを踊るくんちゃんを見て、
私はもうあんまりの美しさに衝撃を受けて、
もう普段こんなこと全然しないで、
何度もくんちゃんに話してるんだけど、初めまして、
お友達になってくださいと言いに行ったのがきっかけで、
友達になったっていう感じですよね。
懐かしいですね、ほんとにね。
いつ見てもくんちゃんのフロは美しくて、
今、なんか、よみがえってきた、くんちゃんが踊ってきすぎた。
優子ちゃんとくんちゃんは何につながりだったの?もともとは。
一番初め。
美ちゃんの誕生日会だと思うわ。
あの場にいた。
お茶踊ってんの覚えてる?
めっちゃ人いたからね。ゆっくり話して。
時間がなかったんだけど、踊ってるのは一方的には素敵と思って。
秋とかだよね、誕生日ね。
夏とかじゃないけど、くんちゃんの周りだけ突然ハワイになった気がした。
2月だったと思う。
だよね、そうそう。
なのに、あれ?みたいな、季節が国も変わった。
空気がね、すごく変わって、素晴らしい。
嬉しい、そんな覚えててくれて。
今回のエピソードでは、くんちゃんの自己紹介と、
フラを軸にした暮らし、働き方の整え方をお伺いできたらなって思ってます。
会社員とフラインストラクターの二足のわらじ
でも本当にくんちゃん普通にね、平日は働いてるんだよね?
そうです。会社員です。なので、月勤。
私たちはフラのイメージが結構強いんですかね。
だから月勤で普通にサラリーマンですね、働いていて、
インストラクターとして約20年くらい前から教えるっていうことと、
あと普通に私にも先生がいて、その教室で所属して踊る、学ぶっていうのを並行してやっていたんだけど、
多分今だったら副業っていうような言葉とか、そういうことが当たり前なんだけど、
私が始めた25年前とかはそういうのってほとんどなかったから、
たぶん会社員とインストラクターをやる人っていただろうけど、
平行していろいろやったりとか、あとは自分のフラの先輩とか、自分の先生も含めて、
主婦が多かったので、なのでお家と、もちろんお家のことをやりながら皆さん教えたりとか、
学んだりとかもみんな平行してやってたんだけど、土台としては皆さん主婦が多くて、
私、働きながらの人が少なかった。だからまあ、そうなの、それは時代的なものもあるし、
副業のプロよね、もうね。
いやーでももっとね、今だったらもっと上手くできるんだろうなと思って、
でもなんか昔のままに今生きてますが、
社員とかになるのがちょっと難しかったから、
社員ではあったけど、その会社にゴリゴリ全部捧げるようなことはできないので、
その辺を許してくれる環境で働いてたかなっていう感じ。
その副業と本業の二足の、二足だよね、
わらじみたいなものの大変さとかっていうのは、私はね、
副業が多分うまくできなくて、結局なんか自分で会社立ち上げて本業にしちゃったタイプみたいな感じだから、
それは素晴らしいけどね。
多分全然なんか器用さが私と多分くんちゃんとは全然違うのかなと思いながら。
そうだろう。
でもフラ1本っていうのも本当になかなかできることじゃないから、
やっぱりそういう土台がないと生きていけないっていうのもあって、
周りの先輩とかと同じように私も結婚してフラもやるのかなってその時は思ってたんだけど、
なんかしないまま来ちゃったっていうのがちょっと、
なんか計画と違ったじゃないけどイメージと違って、
あれ今あれなんか私一人でやってるわっていうところがちょっとあるっていうのはある。
でも働きながら好きなことをするっていうことのやりがいというか楽しさはあるかな。
もともと先生のところについて、先生の教室でも教えてた時があった気がするんだけれども。
もともと先生からインストラクターになったらって言われて、
その教室を与えてもらったというか、カルチャースクールの教室を任されることになって、
そこから始めたというか、教えることは。
教えることと学ぶことは大事だから、ちょっとまだそんなに年数も経ってなかったけれども、
先輩について何かことを教えるみたいなところから今に至るっていう。
もう今一本立ちして一人の先生。
そうね、だからその先生との出会いがあって、教えるっていうことを始めて、
自分が教える気さらさらなかったから。
そうなんだ、本当?
全然なくて、ただ踊りたいから行ってみたら教えないって言われて、
私が?っていうのは自覚のないまま結構しばらくは。
そうなんだ。
自分もまだまだフラを学ばなければいけないから教えるなんてって思ったけど、
教えることで結構上達することも勉強になることもあるから、
ということでずっと来ていて、
他のフラの仲間は基本的に教えたいっていう人が集まったクラスだったから、
みなさんもちゃんと教室を持ってでも先生について、
そのクラ仲間では先生クラスなので結構ちゃんとスタッフステージに出たりとか、
そういうふうにして活動をやっていて、
そのうち、私もその後、自分でももうちょっと教室を広げたいとか、
ちょっと欲は出たけれども、でもやっぱり生活の基盤をそのままでいたいしとか、
恩師の引退とコロナ禍の転機
そのうちにコロナ禍で2020年に先生が自分の教室をやめますって急に宣言して、
なのでみなさんはこのまま卒業してくださいって言って、
今に5年ぐらい経っているっていうところです。
師匠がもう辞めちゃうっていう時の生徒の気持ちっていうか、
結構長年ついてた先生?
20年ついていて、
だから辞めようと思ったこともあるんだけども、
でも辞めずにいて、でも先生も結構今年私の母の世代の方なので、
いずれかは辞めたいって話はしてたから、
でも今来たかっていう、
コロナ禍だったの?
本当にコロナ禍、コロナに入ってしばらくして、
先生ももうこれから再開するのがいつになるかわからないっていうのと、
自分もその当時75歳ぐらいで、そこで区切りをつけた方がいいって判断したらしく、
でもそれは結構前触れもなく、いきなり連絡が来たんですよ、メールっていう。
あの頃って本当にどうなるか先がわかんない?
パンデミックでね。
人と会うこと自体もちょっと避けなきゃって、
今思えばね、本当一時のことだったんだけども、
一時って長いんだけど、わからなかったから本当に。
それはちょっと先生の気持ちわかるかな?
そうだよね、高齢者の施設で横ちゃんは多分働いて、
高齢者の方々にとってのいつまで続くんだろうかっていうのはきっとあるよね。
うん、あったしね。
とにかくわかんなかったからね、最初ね。
そこから始まってるから。
あとなんか人とコンタクトをリアルに取るのが難しかったよね。
そうそう。
で、オンラインとかもみんな慣れてなかったじゃん。
全くなかったわけじゃないけど、スカイプとかあったし、
実際はあったけど、日常との融合性が見出せないみたいなね。
オンライン飲み会とかをやってみたけど、やっぱりいまいちって。
フラの才能と表現力
その時期ね、くんちゃんにね、実は個人的にオンラインのグループレッスンを頼んでて、
フラね、私くんちゃんに習ってた時が実はあったんだよ。
で、習って、でも私ね、踊るのがなんかね、踊りの、踊りを覚える才能がちょっとなさすぎて、
覚えなきゃいけない。
そんなことなかったけどね。
かなり頑張ったな。
くんちゃんはやっぱり何曲も、なんていうの、
体の中でちゃんと覚えてるものが出す、表現できるみたいなところがすごいなって思ってて、
私は1曲仕上げるのになんでこんな時間かかるし、覚えられないんだよ、覚えられないじゃん。
歌もそうなんだけど、
このね、踊りを覚えるっていうのはまた歌を覚えるのだったりとか、他の何かを覚えるのとちょっと違うのを多分使ってるみたいで、
自分が踊るほど踊りが覚えられないことにびっくりっていう。
ね、なんかそのようにひろこは言いますが。
なので、やっぱりくんちゃんがこんなにたくさんの踊りを覚えるだけではなくて、表現をしながら楽しめるっていうのは、
やっぱりね、もともとすごく練習されてるってこともあると思うんだけど、
持ってるものがきっとね、脳の中にあるんだと思って私はね、思ったよ。
確かに踊りとか音楽とかね、なんかそういう芸術的な才能って目に見えないもので、
元からの向き不向きみたいな、とにかく。
なんか文系理系みたいなものも含めて、多分向き不向きがあるから、私はたまたまなんかハマったというか、
好きだし、すぐ入るんだけど、ほんとに他のものはさ、なんか全然頭に入らないことはできないこといっぱいあるから、
これだけはハマったんだなっていうことだと思います。
あとなんか踊ってるのが覚えてますっていう状態ではさ、表現できないじゃん。
私は頑張って覚えましたみたいな状態だと、表現っていうところまで多分いかないと思うんだけど、
くんちゃんは、ちゃんとホーリーな感じで表現してるのがすごいなっていつも思います。
あーほんと?そう思って。
キラキラがね、周りにキラキラがね。
体から、そうそうそうそう。
なんか踊ってるんじゃなくて、また別の次の次元って感じよね。
自然なものが光を解き放っているようなね。
あれがなんかね、あのうらやましいな、やってみたいな、でも残念ながら自分にはできない。
そんなことないんだけど、いや嬉しい。
それそれあるよね。
そうそうそう、嬉しい。
ハワイ文化へのリスペクトと葛藤
でも私もハワイの人とか、あと自分の先生とか、やっぱり素晴らしい人を見て、こうなりたいって本当に勉強してるっていう感じ、やっぱり。
あとは、たまたまフラっていうものに出会って、ハワイの文化だけど、
ハワイの文化も学ぶし、それをリスペクトしながらやろうって思ってはいるんだけど、
ただ、どんなに真似しても勉強しても、ハワイの人にはなれないから、そこは悲しい。
ちょっと悲しいというか、どんなにやってもなれないしなって、ちょっとそういう気持ちにもなったこともあるけど、
今も時々、ハワイでしかも暮らして留学して勉強、普段はしているってわけでもないし、
なんか本当に近づけないなって、ちょっと残念な思いもする時もあったりとかするけど、
だんだんその辺を割り切るというか、とにかく私は日本の人だから、日本の心でハワイをリスペクトして踊るっていうのもすごく大事なんだなとか、
ハワイの人はハワイの人で、いろいろな思いとか歴史とか、いろんな自分の家族のこととかを取り込みながら踊られたりとかして、
そういうのを、ただリスペクトして学ぶっていう姿勢を忘れないようにしようって言ったり来たりする。
ダメだ、ダメっていうか、ちょっと違うなって自分に対して思うけど、いやでもそうじゃない子だなって、
言ったり来たりしながら、学んで踊っているっていう感じかな。
あんなにすごく素敵に踊っている君じゃなくて、そういう葛藤がある?
常に葛藤。やっぱり歌があって踊りがあるから、その歌の背景がいっぱい、いろいろ奥が深いから、
古い歌から新しい歌までいろいろあるんだけど、それも必ず背景があるし、
背景を知らない場合もあって、本当の背景も知らない場合があって、それは本当なのかなとか、
疑うというか、本当に知っているのかなって自分を疑うときもあるし、
教えてくれた人の情報が正しいかどうかわからないとか、
今はネットとかあるし、ある程度情報はいろいろあるけど精査される場合もあるけど、
昔は伝え聞いて伝え聞いてだから、どこかで意味が変わったり、何かが変わっている場合があって、
その20何年、私もやってるけど、同じように戻ってきた曲が初めの頃習ってたときと、
よくよく今になってみると、そんな背景あったの意味あったの?とかいうことあるの?
哲学的というかね、古い書物とかでもやっぱり研究重なると変わってきたりすることもあるだろうし、
何でも書いた人の伝えたいことって解釈する人によっても違うかもしれないしね、
フラの歴史と文化の深掘り
そういうのいいね、誰かとそういうのを共有したりするのかな?
基本的にはフラの一緒に踊っている、さっき言ったフラのインストラクター仲間で踊って、
今でも解散したんだけど、時々インストラクターの仲間、何十年も一緒に踊ってきた仲間と、
時々集まってステージに出たりするの。
素敵だよね。
だから何十年も一緒に踊っているから、時々しか会わなくても合わせられたりとか、
いいよな、憧れるそういうの。
昔の曲をこうやって習ったけどさ、実はこうだったねとか、
振りがちょっとそれぞれ習った時期が違ってちょっと違うねとか、
そういうのを共有したり、今していることもあって、確かにその、
形を習って踊るとはまた違う、自然との対話というか、歴史との対話というか、
そういう要素もあると、すごく長くやることが魅力的なダンスだなって聞いてて思った。
だからフラ自体が、確かにハワイって歴史、世界の歴史から見るととても短いというか、
だから現れたのが多分、歴史に現れたのって多分200年、100年くらい前。
あ、そうなんだ。
その前に、
ボカーンって出てきたってことだよね。
いたんだけど。
島次第が。
人が移ってからってことかな。
そうそう、なんかこの太平洋の島々の人たちの歴史があまりにもわからなすぎて、
わからないもんね、そうだよね。記録として残ってない。
そうそう、記録残っていなくて、だからそのペリー、ペリーじゃないよ、キャプテンクックとかが、
大航海時代、1600年代とかから見つかっただろうけど、そこから歴史が書かれてないもんね、きっとね。
人はいたんだろうけどね。
その前は知らないし、みたいなもん。
実際いつできてるかもわからないよね。
太平洋の島とかできたり消えたりしてるじゃん。
だからハワイもハワイ諸島なので、本当に島が、メインの島が11個とかで、
それがもう本当に火山によってどんどん作られていって、
それと合わせて自然の、もちろん今は地勢学じゃないけど、地層とかそういうので、
何年頃にこの島ができましたし、人がいたかもしれない形跡はちょっとある何百年前にとか、
そういうのは調べられるんだけど、文化としてはなかなか厳しくって、
それを伝えているのがフラなので、そんなに古くはないけど、
やっぱり島々の歴史とフラって一体で、
古いものとか、目に見えないものを歌にしたり踊りにしたり、
こうやって生きる糧にしたりしてきたらしいっていう。
そういう古いものを伝えていく人たちが脈々といて、今が。
だから結構フラの先生の系統とかも、割と地筋の人たちがずっと脈々といるんだ、
みたいなのもすごく大事にしてはいて、
なので古いものと、かといって商業ベースでフラって、
1920年代とか30年代とかにアメリカがハワイを商業的に売り出すときにレスリーとか、
そこら辺の時にそういう音楽が商業ベースになったりとか、
また新しいものがちょっとずつ加えられていって、
でもかといって全部否定されるわけじゃなくて、
でもその前に一回宣教師が来たときに、
奴隷、奴隷じゃない、
大丈夫よ。
だから西洋人が初めて来て発見したみたいなときに、
宣教師が来たときに野蛮なものとして、
やっぱりフラって暇の人たちってお洋服とか全然着てなくて裸でフラしたりしてた。
日本人もそうだったもんね。
世界中そういうのあるよね、元々いた人と新しく来た人の衝突、文化の違いがね。
一回フラとかそういうハワイの文化を禁止されて、
だからもう全否定された時期があって、
だからそういうのとかもある中で復活した。
ちゃんと復活したのが何十年後かとかで、
プラス本当にハワイってその後もアメリカに併合された、
併合というかアメリカの国になったりして、
その時はやっぱりあんまり地元のハワイアンというか、
もっと今よりもハワイアン、昔からいたハワイアンがいた時とかは、
やっぱりちょっと差別じゃないけど、多分そういうのもあって、
とにかく本当にちゃんと復活したのって1970年代とからしいの。
うちらの生まれた年ぐらいの私たち。
でもそう、なんかハワイアンデュネサンスみたいな、
本当に全部を取り戻そうってできたのが、
世界的な多分流れもあるじゃん、70年代って。
そうだね、こっちのサビーの人とかもそうだよね。
スウェーデンの?
スウェーデンとか、元住民の人たちの独立っていう流れも、
世界的にそういう、もうちょっと考え直そうっていうのはあったかもしれないね。
だからハワイも多分その時に世界的流れと合わせて、
本当の本当の意味で復活したのが1970年代ぐらいとかで、
今私たちが学んでいるようなフラの形も、
その時にちゃんとなんとなく芸風ができたらしいなって思ってはいるんだけど、
だから古いものを伝えながら、あとはそういう悲しい歴史もあるんだけど、
新しいものもどんどん、音楽とかもハワイアンって、
本当に日本の演歌みたいな、すごく単純で分かりやすい曲が多くて、
ただやっぱり、南の人って音楽すごいできるじゃない。
すぐ歌って踊ってみたいな、めちゃくちゃ歌が上手くてみたいな、
本当にすごく世界的ないろいろな流れもあって、
素敵な音楽がどんどんできてて、その中でフラもついてて、
その中でも本当にいろんなハワイアンのミュージシャンが歌も上手いし、
いろいろアレンジを加えて、同じ曲でもこういうアレンジなんだとか、
そういうのとかを、新しいものを融合しながら。
文化って変わっていくもんね。
そうそう、そういうのもね、もちろん、
昔のものを大事にしない気持ちで、
ただ商業的な、ビジネス的な感じで、好き勝手にやるっていうのは良くないから、
そういう加減が今すごく難しく。
難しいね、当事者というか、教える立場だったりするとね。
ハワイの人もそう思いながら、でもみんなに楽しんでもらいたい、
知ってもらいたいっていうので、
そういう厳しいところは目をつぶったりとかして、
広めることとか、どうやって古いものがこうだったんですよとか、
そういう学びをしていくかっていうのは、
ハワイの人もそうだし、昔から習っている日本のプロダンサーとか先生とかも
みんなそういうのを思いながらやっている歴史というか、
時代の流れはすごくこの何十年であって、
面白いといえば面白いし。
そういう、なんていうんだろうな、踊りだけではなくて、
文化だったりとか、歴史だったりとか、哲学的なことだったりとか、
そういうのがやっぱり一つの、ただフラっていうだけではなくて、
広がっていくのがすごくいいなっていうふうに。
そうですね。だから私も始めた時はそこまで、
ただ踊ることしか知らないぐらいだったのが、
あれもこれもってどんどんそういう要素が出てきて、
終わらないっていう。
終わらない旅で。
終わらない。
フラの広がりと今後の展望
すごいですね。
そして本当は音楽、例えばウクレレと歌と、
あと私がやってるのはレイメイキング、お花でレイを作るとかは、
それもやっぱりセットだもん。
本当に最近、昔は本当に少なかったんだけど、自分で作る人。
最近は本当にプロでやっている人もたくさんいるし、
日本のお花でどうやって、こうやってとか、
とにかく広がりがすごくて、
なかなかすごい文化として広がるものがあるんだなって思いながら。
魅力的だよね。
そう。
じゃあですね、次回はですね、またハワイだったりとかフラだったりとか、
くんちゃんの会社員と教室の切り替えのスイッチだったりとか、
いろいろまた深掘りしていけたらというふうに思っています。
はい。
今日のひいかびよりはここまで。
今を生きる私たちの日々の小さな発見や気づきが、
皆様にとっての今日の暮らしをほんの少し軽やかにするヒントになれば嬉しいです。
今回のエピソードのご感想やリクエストは、
スタンドFMやSpotifyのコメント欄から、いいねフォローもお待ちしています。
スウェーデンから長谷川優子。
東京から宇住ひろこ。
横浜から大杉くん。
はい、お届けしました。
次回はですね、くんちゃんのフラの魅力だったりとか、
一つのことを続けるコツなど、などなど深掘りしていけたらと思っています。
どうぞお楽しみに。
エンディングとハワイの言葉
じゃあくんちゃん、ハワイの言葉で新鮮的なのありますか?
突然無茶ぶりなんですけど。
ハワイの何?
新鮮的な言葉ってありますか?
アフイホウ。
アフイホウ。
アフイホウ。
じゃあ、アフイどういう感じ?
アフイホウ?
そう、アフイホウ。
アフイっていうのは行くとかで、ホウがまた、リ、アゲインなんで。
アフイホウ。
じゃあ、優子ちゃん。
タクシードオフィセス。
ありがとう。
スウェーデン語です。
ありがとう。また次回お会いしましょう。
32:25

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