経済的安心の導入
はい、始まりました。
地球で安心して生きるシリーズの第3弾。
はい、今日は経済的安心について、ひろしさんと話していきたいなというふうに思っています。
はい、いきましょう。経済的安心ね。
あ、ありますか。
どうぞ、どうぞ。
なぜこのテーマなのかっていう。
今まで、存在的安心と整理的安心について話してきて、
直近やっぱり、昨日もお金の対話会っていうのをやったっていうのもあるんですけど、
私たちも今、デザインカンパニーっていうのをやっていて、
やっぱりその収益、経済的安心をまず、そこのベースがないと、
次の安心にはいけないみたいな。
結構、自分たちのメンタルブロックをかけてる大きなところが経済的安心っていうものがあるなっていうふうに思っていて、
それが制約にもなり、自分たちの可能性を開き飛びられないと思いつつ、
ちょっとここはね、どちらかというと捉え方としてはやっぱり、
ブロックは解除したいですね。
ブロックは解除したい。
ブロックは解除したい。
いや大丈夫、全てあるっていう前提にとって、やっぱり経済的安心あるなって感じながらいきたいなとは思うんです。
不安感の二種類
やっぱりなかなかそれが感じずらい時もあってですね。
広瀬さんとこの辺についてちょっと話したいと思うんですけど。
はい。
ありがとうございます。
経済的安心はですね、現在と未来と2種類はまず少なくともありそうな気がするなと思っていて、
単純に安心って資質と収入のバランスの話でもある気がしてて、
今収入がなくて貯金が減っていくって単純に不安じゃないですかみたいな感じがあって、
そういう減っていくとか、あるいは収入はあるんだけど月100万入るんだけど月200万使ったら減るじゃないですかみたいな、
収入と資質の話がまず現時点でどうなのかっていうところに対する減っていくみたいな不安感がまず一個あるなっていうのと、
将来的にこのままいったらお金がなくなるなみたいな、計算した時の不安みたいな、
そういう2種類がありそうだなと思っていて、
要は減っていっても、貯金が例えば10億あったら月100万減ってもそんなに不安じゃないじゃん。
計算しても多分だいぶ生きていけるなみたいな感じがあって、
なのでそういう、今まで減っていってるみたいなことと将来的になくなっちゃうみたいな、
その2種類が少なくともありそうだなって思ったよっていうのを最初に出してみましたよ。
経済的安心の要素
ありがとうございます。確かに両方があるな。
どっちの方が大きいんだろう、今自分の中で思った時に。
どっちも、見えない不安の方がやっぱり大きいんですかね。
そうなんですかね。人にもよりそうですよね、なんかね。見えなすぎて逆に気になってるっていう人もいるそうじゃないですか。
ありときりギリスの話ってそういう話なのかなっていう気もしてて、
ギリギリスは冬は知らんって、夏遊びほうけて餌がなくて死んじゃうみたいな、確かそんな物語だった気がしますけど、
ギリギリスは不安がなかったっていうのはなんかありそうですけど、あの人たぶん知らなかったのもあるんじゃないかなっていう。
なんか冬になってご飯がなくなるなんて思いもしなかったみたいな、そういう意味である種不安がないという、
無知であるがゆえに不安で安心していられるみたいな側面もなんかありそうだし、なんかね、と思いました。
広瀬さん的には、ありがやっぱり安心っていうそういう理解ですよね。
そうそうそうそう。ただギリギリスも安心はしてたと思うんですよ。
知らないから。知らないから別にフォーカスがそもそも当たってないので、安心はしているっていう。
だからそういう意味だとどっちも安心はしてるんだけど、だから実際に起こることとしては別に、
安心してるからいいかどうかって話は別の話ですよね。無知からの安心は危険そうじゃないですか。
なんていうんですか、ゆでがえる現象みたいなことで。
みたいなこともあったりするので、この安心して生きるという話は、
安心して生きれば安心かっていうと、実はそうでもないかもしれないっていう話も今の話だとあるから、興味深いですよね。
興味深い。これで広井さんと一緒にのりさんのクラファン支援してますけど、まさにネガティブケーパビリティというか。
そうですね。
ネガティブケーパビリティ、やっぱりその安心とは、ちょっと私うまく説明できないですけども。
でもネガティブケーパビリティっていう話で言うと、せっかくだから本の宣伝もしたいから後でリンク貼りましょう。
すごいいい本ですよね。
単的に言うとその保留する力だと思うんですけど、答えが出ない、わからないけどそのわからないまま置いておけるっていう力が、
ネガティブケーパビリティのことだと僕は思ってるんだけど、
ネガティブって言ってるけど、ネガティブケーパビリティの本で言ってる話で言うと、ある種安心して保留してる力な気もするわけですよ。
出ないとダメだとかじゃなくて、
出ないままでも大丈夫なんだぞみたいな、それでもどっかでまた何か見つかるかもしれない、出るかもしれないみたいな、
そういう、しかもそうした結果より良いものが生まれるみたいな、そういう文脈な気がしてたりするので、
そういう意味だとネガティブケーパビリティっていうことそのものは、安心ととても密接な関係があるような概念な気がしましたね。
そうですね。
その時に、要はでも、アリはネガティブケーパビリティあんのかな、どうなんだろう。
アリがどんな心持ちで冬の準備をしてたかによりますね。
不安からすごいやってたのか、単純に淡々と冬もあるからねっていう淡々と冬の準備もして、
夏は夏でちゃんとやってっていうことだったのかっていうのは、アリさんごとに違いそうな気もしますけどね。
不安に駆られて、不安に駆られて、要は。
備蓄してっていうアリさんもいるかもしれないし、それでもなくて、事実として冬はご飯が足りないので、
夏を多めに集めておこうっていう、普通になんかそれって、別に淡々とすることもできるわけじゃない。
確かにね。
だから、どっちのアリさんがいたのかなっていうのは物語的には分からないし、それは多分、伝えたい人が何を伝えたいかで変わりそうじゃないですか。
いやー、それだから、経済的安心って言ったときに、これはAIさんがですね、チャッピーさんが4つに分解できるっていうふうに言ってるわけなんですけど。
言ってくれたんですね。
言ってくれたんですけど、例えばね、彼が分けてくれたのは、1つ目に生きていくためのリソースが守られていると。
これは身体の安心、本当にレベル1の話ですね。先日やった生理的安心っていうのがあったと思うんですけども、
そのへそこが守られて安心。だからアリさんもね、冬ちゃんと越せるというか、安心して暮らせるっていうところを大事にしていると。
2つ目に未来の予測可能性があるっていう、これが広瀬さんが指摘くださったところかな。
急に収入が途絶えてしまうとかね、例えばアリさんがご飯なくなっちゃうみたいな。
そういうことが見通せて、だから今こういうふうに日々毎日しておこうみたいな。
明日から生活が破綻するとかそういうことがない。
これは心理的安心と深くつながっていると。
そのベースがアリ。これめっちゃ深いな。
3つ目が自分の価値が交換可能だと感じられる。これはとても重要ですと。
自分には価値があり、それが誰かの役に立つという感覚がある。
これは経済的安心に関わっているところの重要な要素として。
だから自分にある自己有能感みたいなことですかね。
そういう価値があるという感じ、それで誰かに貢献できる、役に立てるという感覚があると、
要は安心、経済的安心つながってくる。
これはアリですよ。困ったら働けばいいと思えているみたいな。
働けばいいと思っているし、仕事がきっとあると思えているって話と近いと思うんですよね。
逆に思えていればそうそう。
よく人材業界とかポータブルスキルって言ったりしたりとか、
あとは自分の市場価値はいくらかみたいな話をしたりとか、
あの辺の安心感ってことですかね、これはね。
っていうのもあったりすると思いますけどね。
それぞれ多分、基準の高さ低さみたいなのもありそうな気がするんですよね。
これ結構主観的で、安心全部主観的なんですけど、これも主観的な感じもするってことですかね。
市場価値となると、結構統計上出てくるというか、いわゆる客観指標として捉えられる感じがするんですけど。
そういう側面もあるし、市場価値がどれぐらいだったら安心するかっていうのと人によって違う気がしてて。
1,000万円はないと不安ですっていう人もいるかも。
年収で1,000万円ぐらいの仕事に就けないと不安ですっていう人もいるかもしれないし、
400万円でも大丈夫ですっていう人もいるかもしれないし。
それに対して自分がその価値があると思えてるかどうかっていうのでまた変わってくるような気がするんですよね。
自分の生活スタイルとかにもよりますよね。
なるほど、なるほど。
それ今おっしゃってるのはね、一番、さっきの生きていくためのリソースを守られてるっていうところも。
どれぐらいの生活レベル。
そうそうそうそう。
それで安心を感じるかっていうのはまたそうそう違うので。
それで、あと最後その4つ目の要素が、循環の流れの中に自分が含まれていると。
うん。
だから、そういう経済循環、循環というか経済循環ですね。
の中で自分が孤立して生きてるんじゃなくて、価値の循環の中の一部として存在してると。
これはね、レベル5にある社会、生態的安心とつながるということで。
やっぱりそのコミュニティ社会、地域社会とか会社の中でもそうかもしれないですけど、そういう組織の中でも自分がどういう立ち位置、どんなふうに役立っていて、
そこにちゃんとお金だったり、いろんなリソースが循環するっていう感覚を持ってているかどうか。
それが経済的安心につながっている。
そうですよね。だからこの辺って交換可能じゃない価値みたいな話もあるような気がしてて。
人間関係って僕ら尊徳感情だけで関係性作ったりしてる部分もあるけど、そうじゃない部分もあるじゃないですか。
単純にこの人大事だなって思っちゃってるとか、推しとしてただ単に尊敬してしまっているみたいなことって、
交換とかいう概念とはまた違う文脈である種の価値みたいなことを人に対して僕らは感じたりする気がするんですけど、
そういうことによって、なんとなく助けてもらえそうみたいな雰囲気が自分の周りにあるみたいな。
そういうことがこの4番に入っているような気がしましたね。
僕が今一個、自分に対して安心している一個の理由は、
Facebookで困ったんで助けてくださいって言ったら助けてくれる人がいそうって思えてるんで。
それが一個の僕の安心感につながっているなあっていうふうに思うんですね。
ちょっとそうだな、そうですね。
なるほど、関係性。
ひろいさんはこの中でいくと、全部あると思うんですけど、
今お話し聞いていると、その4つ目の部分とかが割と大きいというか、
大事にされているからこそ安心して、経済的安心っていうのを感じながら生きられているなあっていう感覚ですか。
どうですか。僕だから、いつも自分の経済状態ってある種自由に変わってて、
貯金だけで食べている時期もあるし、皆さんの寄付ですごく生きている時期もあったし、
普通にプロジェクトでお仕事が入ってくる状態があったりするから、
それぞれの状態が変わるなあと思っているんですけど、
例えば、イブだと僕、少し皆さんから寄付いただいているのと、
いいプロジェクトですごくいいお金をいただいたので、それでお金がボーンってあったりとかしてて、
収入は多分ほとんどそんなに多くないんですけど、貯金が増えたので、
一番生きてくるリソースが守られているしばらくだから、
1年ぐらいは生きていられるかなあみたいな感じになっているから、
そういう意味で安心があったりするし、
未来に関してはそんなに気になっていないけど、
たぶんその3の自分の価値が交換可能だと感じられるっていうのもあるから、
最悪困ったら発足を止めれば働けるんじゃないかみたいな、
ギフトの生き方
それからギフトの引き方しているとスキル自体が増えていくので、
いろんなことができるぞみたいなことがあったりするので、
そういう意味だと価値が高まっているようにも感じているっていうのもあるし、
最後にさっき言ったみたいに、その上で助けてくれるみたいな状況もある意味で、
いろんな意味で安心している気がしてますね、やっぱり。
そうか、すごい。
私、今、広瀬さんの発言の中ですごい気になったのが、
ギフトで生きているといろんなことができるようになる。
そういうサイクルがあるんですか?そんな循環があるんですか?
そうですね。ギフトの生き方って、結局、人のことをお手伝いする生き方になるわけですよ。
そうすると、例えば、今回このZoomの背景とか作りましたけど、
こういう何か作るみたいなことを受け負ったりして作ってあげたりするわけですよ。
そうすると、ちょっと作るのが上手になったりするわけですよ。
小さいことにそういうことだし、相談に乗り続けたら相談に乗る技術が
勝手に上がるじゃないですか。なので、コンサルティングとかさせていただきますけど、
それでスキルも上がっていくし。ギフトの関係性のいいところって、
一個は普通の仕事って営業して、金額とサービスが合うかっていう見極めがあって
受注みたいな流れがあるから、金額と見合わないとサービスがそもそも発生しないんですけど、
ギフトってそこに対価を求めないので、気にしないので、
なんかいいよ、ギフトしますよ。じゃあやりましょう。すぐにことが起こるっていう意味で、
スキルアップチャンス自体多いんです。実際にそれですごくお役に立って、
払いたいからってお金を下さる方もいるし、ギフトでありがとうって終わる人も別にいますけど、
結果的にスキル自体は上がるので、そういう意味だとすごくスキルが上がりやすい生き方だなと思います。
経済的安心の概念
3番のところですよね。そういう交換可能な価値が
どんどん増えていくみたいな感覚がある。
AIちゃんも楽しいからいろいろ遊んでますけど、でもやっぱり
教えてって言われたら、教えますとか言ってる。別にお金をいただくこともなく教える。
でも教えると結果的に伸びるじゃないですか。
そういう感じで、おかげさまでスキルが伸びていく。
昨日、お金の対話会で問題定義していくことがあったのが、
タイパーっていう言葉ってあるじゃないですか。
タイパーね。タイムパフォーマンスの逆に言うと。
ベンジャミン・フランクリンの言葉を投げかけてくれた人がいて、
要は人生タイパーだみたいな、そういう発言があったから、
すべて資本主義の考え方がそこから始まったみたいな言い方をされてた。
なんて言うんでしょう。
要は、ギフトとか循環、経済循環の中に関係性ができていく中で
生きていることってすごい豊かだなって本当に私も思うんだけども、
要はそこのギフトって結構、
どうすれば自己犠牲感というか、余裕なかったらしなければいいわけなんですけど、
関係性を大事にしたいが、あまりそこのギフト活動というか、
頼まれたりとか、役に立とうと思ったりとかっていうところで、
最初はギフトだから、金銭的な経済的なことを考慮せずに始めてしまうこととかって、
私もよくあるんですけど、
そうすると循環するのかなっていうまず不安と、
あとは、それで得られたものっていうのは、
自分の交換可能なスキルとしてちゃんと定着するのかという不安とかも、
なんかね、案件として社会的にオーソライズしたものだったら、
たぶん実績として認められるかもしれないんですが、
こうやってブランティア的に始めたものって認められるのかみたいなことって、
ちょっと不安としてあったりしたりするんですね。
でもそれこそブランディングって言っても見せ方の話でしかなさそうだなと思いますよね。
例えばこういうZoomのデザインとかも、何だかんだで100個やったとするじゃないですか。
100デザインぐらいしましたよって言ったり、それすごそうに見えるじゃないですか、単純に。
見せ方って結構そういう意味だと大事な気がするなとは思いますね。
小林さんに、昔広瀬さんって見せ方うまいですよねって言われたことがあって、
確かに見せ方は上手なところ自分ではあるなと思います。
謎の自信ですね。
そうそうそう、そういうのも自信になっているかもしれないなというのはちょっと思いましたけど。
だから一般的に法的なもの以外も実績としてどううまく表現するかみたいなことは、
見せ方の技術としてはある気がしますね。
でも私の前所のところはどうですか。
広瀬さんは絶対無理はしない。
そっちは自然コミュニケーションがすごい大事だと思っていて、
僕よくゼロ、0.2しかできないんですとかって言ったりしますけど、
相手の期待値の調整とかを最初にして、
手伝いはするんですけど最初の3回ぐらいしか出てないと思うんで、
それでもいいですかみたいな期待値調整をまず最初にしたりとか、
難しくなったら難しいって正直に言うけどそれでもいいですかみたいな、
始め方の問題がまずあると思っていて。
なので割と僕はそういうのを丁寧にやるようにしたりとか、
あとは関係性壊れてもいいと思ってるんで、そもそも僕は。
壊したくないと思ってない。
壊れても良いという前提が多分あって。
なんで壊れてもいいと思ってるかっていうと、単純に僕関係性がいっぱいあるので、
1個壊れて死ぬみたいなの思ってないです。
めっちゃありますね。
これも多分1個の安心の話の近いと思うんですけど、
1個壊れても死なないと思ってるから、基本的にはどの関係性が壊れても大丈夫と思ってる前提で、
別に壊したいとかじゃないですよ。壊したいとかではないけど、
でも壊れてもいいという前提ででも、
誠実に今自分はしんどいからあんまり手伝えないですってことを正直に伝えるっていうことをしてて、
結果的に全然壊れたことほとんど多分なくて僕は。
そういうのを誠実に今難しいんですって言ったときに、
関係性の重要性
じゃあいいですって怒るような人ってそもそも関係を作りたい人じゃなかったりするわけですよ。
そうじゃなくて、だったら休んでて大丈夫ありがとう、今までありがとうねって言ってくれる人だったら
またこれからも繋がりたいって思いますけど、
切られる人だったらいいですみたいな感じにもなれたりするんで、
ある意味そういう意味だと関係性が壊れてもいいと思えてるっていうのは前提としてあるなと思いました。
本当それ。
だからその前提としてやっぱりネットワーク型の社会になっているというところで、
自分の自立っていうのがどこか一社とかどこか一コミュニティとかに所属していくっていうよりかは、
複数の居場所っていうところをベースに生きていく時代にはなっていると思うので、
まさに自分の安心のベースにある自分が経済的に自立しているとか、
どこにいても、だから一挙以上の関係にはならないので、
経済的安心が作られるような時代にはなってきてるんだろうなっていうのは私もすごく感じる。
でもそのそこでの発想ってやっぱり関係性、日本人ってやっぱりね、
日本人っていう括り方はあんまり良くないかもしれないんですけど、
やっぱりグループ思考というか集団思考というのが強いから、
自分がそこのコミュニティから眺められたら自分は生きていけないんじゃないかっていう恐怖感が結構強いと思うんですよ。
なんかその辺がやっぱり屈あるって、そこにやっぱり自分を犠牲にしていくと、
結果的にそこの安心化を取り入れていかないといけないと思うんだ。
そうなのかと思いますね。
それで、そこのジャッジって難しいというか、
例えばこの人いい人だな、いいな、だけどなんかエネルギーが暴れるような感じがするとか、
なんかそれってやっぱり感覚の問題になるんだろうなと思っていて、
最後の4話目の順番の流れの中で自分が含まれているという順番の感覚というか、
経済的安心につながる感覚。
要はたぶんそこでジャッジをしていくと思うんですけど、一定の行動をしていくためにですね。
ヒルミさんはどういうふうにその辺のことを、例えば目の前に困ってる人がいましたと。
ギフトに生きるだから、目の前に困ってる人を普通に助けるよね、みたいな感覚じゃないですか。
困ってる人に対してできることをしようという気持ちにはなるので、基本的にはそのスタンスではありますけど、
ただ困り具合とかによって、僕一人で引き受けられないこともあるわけじゃないですか。
そういう時はまたちょっと自分だけではどうしてもできなかったりするので、
無理のない提案をすることにしますよね。
例えば今家がなくて、うちに対応できないじゃないですか。
なのでどうするかというと、一緒に家を探しましょうかと。
一緒に検索するのに手伝ったりとか。
生活方法が必要だったら、生活方法でどうやって審査するか調べましょうか、みたいなことを一緒にするみたいな感じで、
その人を助けるために無理がなくできることなんだろうという発想は多分常に持っているので、
あまり自己犠牲しないようにはしてますけどね。
その人を見てジャッジするというか、その人の困ってるニーズの中身、度合いによって決めてるってことですね。
そういう側面はありますかね。
あと単純好き嫌いの好みはあるので、この人嫌いだなって思ったら、
できる限りギフトはするんですけど距離がない、こういう感じのギフトを考えたりしますよね。
究極の上級編は直接ギフトしない、間接的にギフトするっていうのを時々やるんですけど。
すごいなんかテクニックがあるんですね。
あるんです、あるんです。
それはその人僕嫌いだけど、でも助けが必要だっていう状況だってあるとするじゃないですか。
そしたらその人と関係性がある人で、その人に無理なく関われる人たちに連絡するんですよ。
あの人困ってるみたいだからよかったら相談ノートあげてって。
いいよーとかってやるんで。
僕は何もしないけど、間接的にサポートされるので、そういう感じで対応してみたりとかっていう。
いろんな技術があったりします。
面白い。
でもそれでそういうことをやっていくじゃないですか、日々。
だから計画的に最初の予測可能性の話に行くと、
これぐらいのギフト活動というか、これぐらいの経済圏まましていれば自分は安泰だというようなことの予測可能性の下に
日野さんが生活をしているっていうよりかは、やっぱり目の前に現れた人とか、その目の前に現れたことに大事に対応しているっていうような感覚だったんですけど。
その辺はどうなんですか。結構ロングタイムで。
僕はどっちかっていうと、そうですね。
そういう側面ももちろんあるんですけど、そういう側面の前提、たぶん経済的安心があるみたいなところだったりすると思ってて、俺は。
僕たぶん意外と貯金がいくらぐらいになったらまずいなと思う感覚とかあったりするので、
でもそれ以上あると言ったら半年、たぶん僕が半年生きていければ安心感あるんですよ。
貯金とか見て、収入とか見て。
僕の基準はたぶんそれぐらいで、半年生きてそうだったらなんとかなり、それを切ったら何か考えるのかなーみたいな感じに思うようになって。
不安感から動くというよりかは、その時にそうなった状況によってやりたいことが生まれてくるみたいなことが結構あって、
場合によっては、パトロンさんにお声掛けしようっていう感じになるから、
Facebookとかでお金がないからパトロンさんになってくれて嬉しいですとかで投稿して、
こうしたらすごく寄付しますみたいな方が現れてくれるときもあるし、
普通に仕事してみたい感じになるぞって普通に仕事してみたくなるときもあったりするので、
もちろん僕はある程度の安心のために貯金はある程度置いておくっていうのはしてるんですけど、
でもその間は安心して活動するし、減ってきたら自分は何かをするんだろうっていう、
経済的安心の探求
そういう自分への信頼はあります。
なるほどー、すごいバランスとってるね。
そうそう、そうですね。
そうですね。
でもそういう、ひろちゃんは3年っていうのがあるけど、
あとはね、どれぐらいの金額感というかっていうのも多分あるんだけど、
そこでやばいってならないのってすごいっていう。
やばいっていうその不安感というか、そういうところからの物っていうかは、
そろそろなんだろう、要はさっきのありときりギレスの話じゃないですけど、
ありのような感じなのかな、わかんないですけど。
そうですね、ちょっとそこを楽しんでる部署は多分僕はあって、
僕自身の目標が毎年1年振り返ったときに、
こんな1年になったんだってなるみたいなのが結構目標だったりするんですよ。
予測されてないいつも面白い未来を味わうみたいな感じだったりするから、
お金が減ってきたときに何をしたくするんだろうなっていう、
こういうのちょっとワクワクみたいなのもあるので、毎回。
もちろん不安が出てるときも別にあるんですけど、
不安から動くというよりかは、それは感じつつ待つみたいな。
それこそネガティブ経費マクリティちょっと近いかもしれないですけど。
そんな感覚はあるなと思いましたね。
だから耐えてるわけじゃないんですよね。
そうですね、割と楽しんでるのには近いかもしれないですかね。
どういうこと?経費にしてること?
アドベンチャー、どういう感じで楽しんでる?
ちょっと違うけど。
どういう感じ?
でも実際そういう機会が少ないですかね、僕はどっちかっていうと。
少ない。
全体として不安は少ないので。
面白い。
経済的に不安が来たときに、
結果的に何とかしてきた自分っていうのがそこの自分としているので、
そういうそこの自分からへの信頼とかもあります。
何とかできるっていうね。
これ3番のとこじゃないですかね。
やっぱり自分の価値ってことに一定の信頼があって、
だから何とかなるでしょうっていう。
そういうところですよね。
そういうのは確かにあるんですね。
昔は一回不安すぎて転職活動したことがあって、
お金がないどうしようって転職活動したことがあって、
全くうまくいかなくて、どこにも対応してもらえなくて。
結果的には何が起きたかっていうと、
その当時ギフトしてた社長さんから声がかかって、
拾ってもらってるんですよ。
うちの仕事大変だけど手伝ってくれないって。
そういうのいいんですかみたいな感じで。
結果的にギフトの循環をそこで初めて体験することに僕はなるんですけど、
仕事っていう意味でね。
そういう意味でも何度もそういう、
何度かそういう体験をしてるから、
より安心感がつかまってるとこはあるかもしれないですね。
ちょっとそろそろクロージングの方向に行こうかなと思うんですけど。
行きましょう行きましょう。
めっちゃ面白かったな、今日。
よかったよかった。
これをやったら安心みたいなものって、
どのレベルでもないとは思うんですけど、
今の状態に不安なところから報道するというよりかは、
これ今こうだからこうだっていう予測可能性という、
そこの視点も大事なんですけど、
やっぱりこの社会において自分の生態系の一部で、
循環して生きていられる安心感みたいなものを、
どこまで信じられるかっていうことだったりとか、
あとは自分自身に対する信頼です。
自己信頼というか。
大丈夫、自分だったら何とかできるでしょっていうところを
思えるかみたいな安心があるっていうところが、
結局じゃあ金銭的にこれぐらいの口座に段階があるから
安心っていうところが経済的安心につながっていくわけじゃなくて、
そういったことが大事になってくるんだなっていうことを
今日が改めて感じた時間でしたね。
人間関係と安心感
はい、そうかもしれないですね。
ヒロさんはいかがでした?
単純に楽しい時間だったなって思って。
改めて自分がなんでこんな安心してるんだろうってこと自体も
ひも解けて言葉にできる部分もあるし、
自分がやってきたこと自体が知恵に少し消化、
ヒロさんのおかげで知ってくれたような気がしていてありがたい。
それからまた僕はギフトをいただいたなって今
喋りながら改めて思いましたね。
ありがたい時間でした。
昨日ね、お金の対話会である子がシェアしてくれたのが、
親御さん、お父親との関係を見直したというか、
捉え方を直したら、
坊主の残高は一緒なんだけど、
全く捉え方が変わったっていう、
今回の経済的安心っていうところを感じられるようになったみたいな話があって、
数値的なところで何か判断をするっていうかは、
やっぱり自分自身の見方捉え方とか、
本当に親との関係というか言ってみると、
たぶん3番目の自分の価値に対する見方みたいなところに
かかってくるのかなとかって思ってたんですけど、
なんかその辺の見方が結構安心というところで作っているのかなと思ったところでした。
ということで。
生きていることに目を向けるの大事かもしれないなと思いました。
自分がね。
ありがとうございます。
ということで、じゃあこちらは一旦クローズにさせていただいて、
また次々新しいテーマで探究していきたいと思います。
皆さんご視聴ありがとうございました。
ありがとうございました。