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2024-07-10 29:42

リーダーシップとニューサイエンス ~カオス、そして意味というストレンジ・アトラクタ③~

参加者:Sat、ほんちゃん、のりさん、けいた、ティム(耳)、おだっち(耳)

リーダーシップとニューサイエンスをテーマにした対話会
今回は第7章「カオス、そして意味というストレンジ・アトラクタ」を読んで感想をシェアし合う会。テーマの通りとってもカオスな時間になりました笑

Summary

リーダーシップとニューサイエンスについて考える。問題にコンシャスな人がいると、疑いを持たず進めることができる。優位識論のバランスがアンバランスな状態であることに言及しています。 「カオス」や「ビジョン」といったキーワードを含むエピソードについて、ランダムなチャットの話から組織やコミュニティの共通のビジョンについて考える部分までを分けてまとめています。 プレスタージョン伝説は、ヨーロッパの各国で共有されたビジョンまたはポエムであり、フレデリー・クラルーさんはエヴォリューショナリーパーパスを北極星に例えています。このようなフレームワークは東洋的ではないかもしれません。

問題にコンシャスな人
Speaker 2
問題にコンシャスな人がいる。だから、こうあるべきっていうことに対して何の疑いもなく進めるっていうか。
Speaker 1
それは素晴らしい。
Speaker 2
なんとなくね、なんかそういうことにしてられると思うもんね。いや、絶対100点の方策ないから、どっかで変なリスク出てると思うんだけど、みたいなことを考えてバランスを取ってしまうみたいなのもあるけどね。
Speaker 1
哲学とかで、唯物論じゃないですか。西洋・欧米もそうですけど。
多分そこもあると思ってて、もう分かりやすいものとか、もの実存主義とか、そういうところに分かりやすく走ってもそれを追求するみたいな、もう資本主義社会でもそれの権限だと思うんですけど。
だから、PLとかBSも、あんなに経営を本当は分かりやすく表現できるはずがないじゃないですか。例えば、利益がいくら出ても、人の心を実質化するとか、ああいうのはもう全部省いてるじゃないですか。
PLとかも。働いてる人の心とか、地球環境がどんな状態になってるかとか、要は測れないものを入れないっていう世界だと思うんですよね。
それがちょっと行き来ってるので、測れないものに歪みが出てるっていう状態で、だからその優位識論のバランスがちょっとアンバランスなのかなってちょっと思ってて。
京都の報道陣の松崎龍弦さんとかは、そこをちょっと仏教哲学のところの優識論で、もうちょっと社会変えたいって言ってるのと、ちょっとアンバランスが結構近いのかなーってちょっと思ってるんですよね。
目に見えるもんだけじゃない、みたいな。そのバランス感覚みたいな。
Speaker 3
今私ね、ネガティブ・ケイパビリティっていうのが気になって、ジョン・キーツの手紙の原文を読んでたりするんですけど、
そしたらだいぶわかってきたんですけれど、いわゆるネガティブじゃないポジティブなものっていうのは、要するに意図とか願望とか意思とかっていうものは必ず対立を生み出すんですよね。
そこに必ず矛盾が生じてくる。
そこから一本も二本も引いて、いわゆるそういうネガティブな、それは本当に仏教的に言うと空の要素なんですけれど、
そういうものを入れていかないと、本当に世界が対立だけでぐちゃぐちゃになってしまうっていう。
その辺はキーツの手紙とか読んでたらものすごく伝わってくるんですよね。
はいはい。面白い。
本の読み方とディスコードの捉え方
Speaker 1
なんか、でも私、オランダでやろうとしてることって、多分オランダの人たちも禅とか疫害だったりとか、そういう東洋的な相関にすごく引っかかって、
それをコンシャスに意識してきてるかどうかっていうのは別として多分引かれてるんですよ。言語化できないものなにかに。
NFCも中間なんだよな。Nonviolent Communicationは。あれはアメリカの文脈から現れた技術ですけど、あれは読めて、ある感情をそのまま味わうとか受け取るっていう、だからソリューションから来ないっていうところなんですよね。
だから何かの融合が、融合っていうか何か起きてるんだと思うんですけど。
で、その中で、その流れをすごい感じたんだよね。
さっき話してた人が、すごい面白い取り組みをされてるんですけど、最初、自己紹介の時に、自分の屍リストみたいなところから話されてたんですね。
すごい華麗な経歴を持たれてるんですけど、実はそこに自分の本質はなくて、この自分の人生の失敗の連続が自分が作ってるっていうか、
なんでこんなの作ってるんですかって言ったら、それをちゃんと成仏させるんだけど、その失敗を全部自分の中で受け入れていかないと、
多分西洋的な文脈でいくと、サクセスストーリーだけフューチャーされるんだと思うんですけど、
何を実績として、何を成果として生み出したんだけど、その人自身は、
あんな失敗をやって、このまま絶望してみたいな、こんな僕はやって、みたいなところをちゃんと自分で捉えるっていうこと、これが
それによって、前に進めるとか、今の自分があるっていうことになりました。
Speaker 3
プロセスワークなのかな?プロセスワークにもそうやって、過去の自分を成仏させる、みたいなものがあったと思いますけれど。
Speaker 2
でも結局、ここに行くんだよな、西洋って。個人のが良くなることみたいなのに分解するっていうのは、やっぱり優位仏論に近いのかな、と図書を聞いていて。
そうですね、もう瞑想とかも結局一人でやってるわけですからね。なんか世界と繋がるというか、
縁とか関係にあんまり
Speaker 1
根はいかないイメージがあるのかな。 ここを繋げたいんだよな、それはめっちゃ。
オランダでもセンスオブコミュニティってあるんですよ、共同体感覚って、めっちゃ。
Speaker 2
いや、それの正体を知りたいんだよな。 見えないでしょ、正体を知りたいはあるよ。
Speaker 1
あるけど、何があるんだろうか、めっちゃ見たくない。 目に見えないよ、見えないんだけど。
Speaker 2
見えないけど、委ねるみたいなことをしたがらないっていうのかな。 見えないものに委ねられないのかな、みたいなのがある。
なんかこう、日本だとこれも縁か、ぐらいで先に進むみたいなのも、解析したくなっちゃう、みたいな
Speaker 1
思考があるよな、みたいな。
まあ別に資料が似てるわけではないな。 そう、でもあるんだよな。
遠藤修作のディープリバーって読んだことあります? 会科は読んだことある。
Speaker 3
あれがまさにさっき本さんおっしゃったような、最後は集合的なところに行っちゃうんだっていう。
最後はなんかもう、こうなんて全然なくなっちゃうんだっていう。
Speaker 1
あれをすごく感じましたね。
Speaker 2
あれはいいですね。
Speaker 3
読んだことないな、読んでみよう。
なんか、割と厚みの割にはさらって読めますよ。
Speaker 2
今私手元に100年の古読があって、これをいつ読み始めようかすごい悩んでるんですよ。
Speaker 1
もう全然意味わからんかった、読んだときは。
あれですよね、ガレルシアン・マルケス。
Speaker 2
読んだことないのよ、読んだことなくて、文庫版が出たんですよ、最近。
Speaker 1
あれはでも、私の中でですけど、あれ多分スペイン人ですよね、違う?
スペインじゃなかった?
なんかね、スペインはね、スペインはね、この、だから全部そうやって分類するのが良くないんだけど。
どちらかと言うと、なんか集合的な発想にあるなと思って。
だからあるものをそのありのまま見るみたいな。
なんか、そういう世界観は感じたような気がする。
言葉にはできなかったけど。
Speaker 2
うーん、なんか、気合い入れないと読み始められないんです、これは。
私もなんか勝手横に置いたら。
Speaker 1
いやー、もう好きなさすんな、これ。
Speaker 3
あ、そっか、さすさんは何を読んでるの?
僕なんかいつも20冊ぐらい同時進行で読んじゃってるから、見始められないっていうのがない。
Speaker 1
CPUどうなってるの?
Speaker 3
読みやすいところからバーって読んじゃうから、だから一回読み始めたけど10ページぐらい読んで半年ほど全然手つけてないとかっていう本もありますね、やっぱり。
Speaker 1
そういう読み方あるんですね。なんかいいですね。
Speaker 3
同時進行的じゃないと逆に読めないかもしれない。
今から電車乗ります、じゃあ今日はカバンの中にこれとこれとこれ持って行きます、みたいな。
今からお風呂で本読みます、みたいな。
今日どれ読もうかな、みたいな。
一回読み始めたらそればっかりっていうのって、本当に滅多にないですね。
Speaker 2
そこまでどっぷり使わないと、一気に一冊読み上げるってことはないですね。
でも普段はそんな感じですよ、私は。
電子と紙とあって、電子もいろいろ混ざって読むけど、
100年のことから最初からちゃんとしっかり読まないと途中でよくわかんなくなりそう、みたいな感じが強く思えてある。
Speaker 3
なるほどね。それはそんな気がするな。
Speaker 1
すごいできるのか。
なんかそのディスコードのでも、要はどっから読むの、みたいなのあるじゃないですか。
ディスコードのその中に入って、で、みんな結構離脱していくっていうか、最初、
掲示室で何かこう書いたりとかしてくれた人たちも、
なんかそれで、全部を把握しなきゃいけないっていうその発想が働くのか、
どっから追いつけてないんですとか、追いつくっていう発想自体がどうなんだろうと思いながら、
じゃあディスコードってどういうふうに捉えたらいいんだろう、みたいなのが、
今日のお話の終わりとして思ったんですけど。
Speaker 2
あれですね、その場にたまたま来て目についたものが縁なのかなぐらいでいいんだと思うんですよね。
Speaker 1
そうそうそう。私もそれぐらいしか思わないんですけど、でもいつしか自分もそういう観念にとらわれるわけですよ。
よく聞くと追いつかない。
私全然追いついてない、みたいな。全然見てて怒った。
自分の関心があるところしか見えてないし、法人科の手続きとか全然終えてない、みたいな。
終えてないから、だからそこに対して罪悪感を持って、
終えてないから参加できない、終えてないから発言権ない、みたいな。
Speaker 2
そういうのって、このコミュニティにかからず、どこでもあるかもしれないなっていうのは。
文脈がわからないと発言しがたい、みたいなのが。
Speaker 3
もうなんか、結構1週間平気でほったらかしてる人です。
追いつくつもりもないから。
Speaker 1
追いつくつもりはない。
Speaker 2
つもりはなくていいですよ。
Speaker 3
ピンポイントでしかもう。
不器用な存在。
とりあえずこの回、ピンポイントで来ようと。それぐらいです。
Speaker 2
エボエボンに進託をしてもらえばいいんだよ。
私が何をしたらいいですかをすごいランダムに言ってもらえばいいんだよ。
ここに行くべきです。
カオスと理解の難しさ
Speaker 2
めっちゃランダムに誰も発言していないチャットとかに飛ばされてた。
みたいな感じでやったら、なんか新しいものがキリキラキルでしょうね。
Speaker 1
エボエボンは別にデータベースから科学的に提案してくれるわけじゃなくて、ランダムなんだ。
Speaker 2
いや、わからない。世界が何かを言ってる。何が起きてるかわからないけど。
急に今更縄文の話また戻るの?みたいなところに行った時に、いや誰も発言してねえみたいなことを考えたから。
Speaker 1
エボエボンに言われたんで入りましたみたいな。
Speaker 2
とりあえずここで行ったらどうなるか。
アミキさんが私に言ってもらってさ、適当にさ、とりあえず一言だけ誰も発言していないチャットで残してみたら誰か反応するんじゃない?
なんかそれ覚えていくとかやりたいよね。
エボエボンが選んだ子。おみくじ引いてどっか行ってみてください。
Speaker 1
みんなエボエボンの話だったらなんか。
エボエボンに言われたから行ったよみたいな感じで、どうにもならなかったよみたいなのも体験じゃないですか。
悪いことは起きない。
終わりましょうか。
Speaker 2
いいね、カオスに終わる感じ。
Speaker 1
今日でもなんかいろんなことをなんか出した気がする。
けど何なのかっていうことを説明できないっていう。
Speaker 2
でも一応チェックアウトしておこう。
そうしようかな。
なのかわからないっていうチェックアウトかもしれない。
じゃあ僕コメントします。
Speaker 1
コメントしますね。
ありがとうございます。
面白かったです。
この章ちゃんと読みたいなっていうのは改めて思って。
全然話したりでなくて、ストレンジャーアトラクターのところが結構興味深くて。
自分的には何て言うんだろうな。
カオス、秩序っていうのとちょっと違うんですけど。
カオスが動きをしてたらそれが重なって、ちょっと俯瞰で見たときに形ができてくるみたいな。
そんなイメージを持ってて。
やっぱり組織とか自然とかとめっちゃ似てるなっていう。
例えば自然めっちゃ俯瞰で見たときに雲があって土があって川があって山があってっていう。
割と秩序じゃないですけど、ちゃんと見えるじゃないですか。
その存在そのものが、雲は雲、海は海、川は川、山は山って見れるのはある意味秩序があると思うんですが。
ビジョンと共通の意識
Speaker 1
あれミクロでもっと見てたときに、いろんな生物とか、めっちゃミクロで行くと微生物が作用し合って構成してるじゃないですか、その中身自体は。
カオスだけど段々と形取られて、いつの日か抽象的に見たら秩序だっているみたいな感覚があって。
組織もそんな感じになり立ってるなとか、特にコミュニティ系はエヴォグとかもそうですし、テワラブグとかもこれからそうかもしれないけど。
その辺がすごい興味深くて、このカオスっていうのはちょっと最近興味深いんで、もうちょっと知りたいなって思ったっていう、そんな感想です。ありがとうございます。
話してもいいですか。
今、いろんなエヴォグの保存化に向けた動きとかっていうのを感じている中で、例えばリョウボンからアート定観のウイルプロセスが上がってきたりとか、
要はやっぱり共通のビジョン、我々としてこういうもんだっていうことを持っておきたいっていうか、そういう欲求、それってコントロールしたいっていうところと違うところから来るような気も思うんですけど、
同じ絵を、同じ世界観をみんなで見たいっていうようなところが、私は結構思ってて、だけどそれはどういうふうに形にしていいかわからないみたいなので、
例えばそのワイアットハウとかってあれ作ったけど、どれくらいまでみんなそこに立ちたいし納得しているのかとか、そういう問題はね、みたいな感じで、お皿にはしてないとは思うんですけど、なんか形にしたいなっていうのがあったんですよね。
今回の8月7日には、何かバッと形として出せるかどうかっていうのは別な問題として、どうかのタイミングでそういう共通のビジョンというか、こういう世界観を見たいっていうのをお互いに聞き合ったりとか、それを形にしたいとかっていうことはやっぱり必要なんじゃないかなっていうのは思ってて、
さっき話した人が、実はそのアートでビジョンをワークショップでやったりとか地域でそういう共通ビジョン、絵を描いてやるっていうプロセスを必ず入れるみたいなことを話してて、前にもそういう話していたなとかって思って、それなんでアートなのかっていうことがすごい、やっぱり言語化できないものっていうものを見えないものだったりとか、そういうものを
違いを認識したりとか、こういうことなんだっていう、その先のこのビジョンを共通認識することとかっていうことのプロセスが、今言語化してる時点でもう伝わりにくいっていうか、どうやって伝えていいかわからない。自分らと今戦ってるんですけど、あるなと思って。何が言いたいんだろう。わかんない。
カオス。
カオスだからいいと思う。
カオスだけど、これ最近見てこのビジョンの捉え方ってニュースピックスとかでやっててさ、今この抽象具体とかで言ったらポエムで終わってるんじゃないかみたいな。
Speaker 2
確かに、ポエムで終わってるかもしれない。
Speaker 1
ポエムで終わっちゃう。
ポエムだね。
だけどこのビジョンに行きたい。
Speaker 2
でもじゃあポエムとビジョンとそんな意味があるかっていうのはわからないよね。
Speaker 3
これ、ポエムがダメでビジョンがいいって言ってるんですか。
Speaker 1
そう。
Speaker 3
そういう意味でもない。
Speaker 1
そういう意味ですね。赤くなってるからね。
Speaker 3
なんかポエムがいいじゃんって思うけど。
Speaker 1
僕もそう思いますね。
そうなんだ。
Speaker 2
でもビジョンでもいいんじゃないってあんまりそこに差はなくないって思いますね。
Speaker 1
でもね、その感じってさっきのアートの話じゃないけど、ビジョンはもう資格化されているんだよ。
ポエムって多分言葉は合ってるかもしれないけど、それぞれその言葉の捉え方とか全然全く違って、その違いも認識されてない状態っていうか、
みんな同じだよねって勝手に思ってるけど全然違うみたいな。
そういうことなのかなって思ったりとか。
そうするとやってることもバラバラだし、心もバラバラみたいな。
それはそれでいいのかなって思って。
やっぱりその世界観の中で、同じ世界観の中で、東向いてる人もいれば南向いてる人もいれば、それは全然いいと思うんですけど。
だけど、私たちの足つけている地面は繋がってるっていうか、そういうことをみんなで確認し合うっていうことが、
ことに自立分散型組織では大事なんじゃないかなって思ったりする。
その感覚がアートっていうのはあるんだなっていうのを。
なんであんなね、涼文が言ってたのかっていうのは、そのうちにも私は聞きたいし、
私もなんとなくルーソーが言ってる一般意志みたいな、みんなには。
ちょっとなんかもう全然頭カオスだからさ。
ストレンジアクター、アトラクターみたいなさ、
みんな言ってることはバラバラなんだけど、同じパターンがあるみたいなね。
プレスタージョン伝説
Speaker 1
そういうものを絵として表現するというのはあるんじゃないかっていうのをずっと思っただけです。
Speaker 2
もうやめとこう。
Speaker 1
すいません。
Speaker 3
常にポエムにアクセスしてたら、そういう状態作れると思いますけどね。
Speaker 1
僕もそう思いますけどね。
ポエムでね。
なんか、なんていうんですか、ビジョンはなりたい姿で、ポエムにもなんか分かりやすいポエムと分かりにくいポエムあると思うんですけど。
面白い。
ポエムはありたい姿みたいな感覚があります、僕は。
Speaker 2
何だっけ。
大航海時代とかに、どこかにあるキリスト教国を目指したみたいなのあるじゃないですか。
世界に存在するか分からないキリストの国がある。
そこを見つけにみんな航海に走ったみたいな。
Speaker 1
え?
Speaker 3
ジパングみたいな感じなんや。
Speaker 1
ジパングじゃなくて?
Speaker 3
一種の理想郷みたいなところを。
Speaker 2
プレスタージョン。
Speaker 1
プレスタージョン伝説。
Speaker 3
これはポエムなのかビジョンなのかみたいなことを今ちょっと考えた。
Speaker 2
プレスタージョン伝説っていうので調べるとありますよ。
世界各国が、キリスト教国があそこだって言って、探しに行ったと言われる国。
Speaker 1
え?それが、なんでキリスト教なの?
Speaker 2
ジパングじゃないの?
ジパングじゃないですよ。
そういう伝説があって、伝説というか多分信じていて、
Speaker 1
アジアあるいはアフリカに存在すると考えられていた伝説上のキリスト教国の国王の名前がプレスタージョンなのか。
Speaker 3
イスラム教に勝利を収めることができると。
Speaker 1
なんかすごく原生理学的な。
Speaker 2
それはなんか、これはポエムだったのかな?みたいなことをちょっと今違うこと考えた。
ごめんなさい。余談です。
プレスタージョン伝説を全世界で信じるような国が、信じるような時代があったんだなって思うと、
決してビジョンを統一していたわけではないと思って。
Speaker 1
なんか自分たちが正しいって思いたいのかな、これは。
だって自分たちキリスト教なんで、なんで他の国にあるキリスト教徒を探すんだろうって。
Speaker 2
不思議だけど、結構昔なりますよ。有名な話だと思う。
Speaker 1
その感覚はでもわからないではないというか、ないんだけどあると信じたいというか。
プレスタージョン伝説とフレデリー・クラルーの北極星
Speaker 2
このプレスタージョン伝説っていうのは、このヨーロッパの各国におけるビジョンなのかポエムなのか、
みんなで信じた何かだったんだと思うんですけど、そしたらそれだけで行動を起こして、命を懸けて後悔してるわけですからね。
別にビジョンを統一してたわけではないだろうな、でもみんな同じ方向に向かったんだろうなっていう、そんな事例を思い出しました。
Speaker 3
感覚的にはビジョンのような気がしますね。
地球上に何か存在してるっていうもので探しに行こうっていうんだったら。
Speaker 2
フレデリー・クラルーさんが、エヴォリューショナリーパーパスのことを北極星に例えるっていうことがありますよね。
Speaker 3
本当に迷ったらそこを見たらいいんだよみたいな。それと別に言語化されてるわけでもなんでもないんですけれど。
Speaker 1
きちんと自分たちの本来行こうとしているところに立ち戻らせてくれるための指標みたいな。
Speaker 3
だからそれと別に言語化されててもされてなくてもいいっていう。
むしろそれを見て、そこから自分たちで言語化していったらいいんだって。
Speaker 1
それ自体が言語化されている必要はないって言い方しますね。
Speaker 2
さっきの指標で言うと、未来で具体的なものはビジョンであって、抽象的なものはポエムであるって書き方したんですよね。
あの分け方で言うと、ややポエムチックだなって思ったんですよ、私は。
Speaker 1
大事にした方が?
Speaker 2
そうそう。具体というよりはちょっとやや抽象的な概念みたいなものかなと思ったんですよ、トリスタージョンって。
どっかにあるかもしれないキリスト教国みたいな概念だから。
だけど、その北極星みたいなのは何だろうな、ビジョンなのかな、未来なのかな、現在なのかな。
だから抽象の現在を新診論で置いてしまうのはとてももったいない気がするんですけど。
Speaker 1
確かに。このフレームワーク自体がね、人が作ったものですからね。
Speaker 2
いやいや、ちょっと悪意があるように見えますよね。
Speaker 1
だって誰だよ、リクソニーってなぞらえて考えると、現在にありますからね、確かに。
Speaker 2
そうそうそうそう。
Speaker 1
ありたい姿とかっていうのはね。
Speaker 2
現在のありたい姿を共有するのはなんか面白そうだなと思うけど、なんか未来の姿を共有してしまうと、限界を作ってしまうだけな気がして、どうかなと思ってましたね。
Speaker 1
なられればならない。
Speaker 2
ここまでしかいけないとも言える。
Speaker 1
そろそろ?
Speaker 2
チェックアウトの途中だった。
Speaker 3
そうですね。
今ちょっと録音してるけど、ここはちょっと使わないでほしいなって。
いいんですよ、別に。
Speaker 1
これはオープンにしたいと思うんで。
めっちゃリストに挙げようとしましたね。
一時停止?
一時停止ね。
一時停止?
Speaker 2
ちょっと待って。
法人家手続きしてるじゃないですか。
間に合うか間に合わないかわかんないなと思ってるんですけど、一応努力はしてるわけですよ。
ただ努力はしてるんだけど、これで間に合ったらこの世界に出現して良い集団なんだろうなって思うし。
間に合わなかったら、もうちょっと頑張れっていうメッセージなのかな?ぐらいな感覚でいるんですよね。
そういうのが多分西洋的ではないなって思う。
フレームワークの評価と演技論
Speaker 1
演技論ですね。
Speaker 2
演技論ですね。もちろん努力はするんですよ。努力はするんだけど、
努力してあった時に間に合わなかった時に、個人の責任ではなくて、まだ世界と繋がるには早いっていうメッセージであるみたいな捉え方。
Speaker 1
あんまり東洋だけなのかな?みたいな感じのことを思いますね。
Speaker 2
はい。不思議なチェックアウト。いや、これで終わろう。
この録音はリスにあげようと思います。
どこに行くんだろう?この録音。後で。
Speaker 1
私が持ってるので、それをYouTubeにあげます。
Speaker 2
半分に切らなきゃいけないんだよね。
Speaker 1
そうなんだ。ちょっとでもレコーディング止めたりとかしてるから、どうしたらいいんだろう。
それは分かれたままで。
一時停止だったら多分あれじゃない?
ちょっと繋がる。
繋がるはず。
はい。分かりました。
Speaker 2
1時間以内しかあげられないから。
Speaker 1
結構話したね、今日。
Speaker 2
今日はね、結局ね。
はい、じゃあ終わりましょう。そこまでお疲れ様でした。
ありがとうございました。
Speaker 1
ちょっと待って、ほんちゃん、あとケイトさん。
Speaker 2
はい、お疲れ様です。
ありがとうございました。
29:42

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