僕それ全く知らなかったんで、めちゃくちゃ面白いじゃんと思ってですね、
途中ワークショップの知る活動の部分で情報共有してくださる時間があったんで、これもうめちゃくちゃ贅沢じゃないですか。
なのですごくいい時間になりましてですね。
あとは参加者の方の層も非常に多様でして、現役の高校生、正確に言うと参加されているお母さんの息子さんも間で入ってきたりだとか、
あるいは高校卒業したての現役の大学生、そして様々なバックグラウンドを持つ社会人の方々。
最近ですね、私もオンラインイベントなんかに参加すると、だいたい一人か二人とかは、
あ、どうもっていう指令がいる狭い界隈もあったりするんですけど、今回珍しくですね、誰も知っている人がいなくて、
完全なアウェイだったんですけれども、逆に余計なバイアスがなくて新鮮な学びを得ることができたかなというふうに思ったりしています。
では、そこで何が語られたのかという話なんですけれども、結局ワークショップの根底に流れていたメッセージというのが、
私なりの解釈ですけど、やっぱりこのDoingの前にBeingを問えというふうなことかなと思っています。
教師としてスキルとかメソッドといったある種の地図を持つ前に、やっぱりその教師としての境地、
いわゆるそのアイデンティティというアンカーを持てと、すごくそれが非常に面白いというか、なるほどなと思っていまして、
特に非常に興味深かったのが、Beingとかアイデンティティというのは性的な固定化されたものではなくて、
ある種同的なものであるという視点ですね。なので一度確立したら終わりではなくて、
環境だったりとか経験とかあるいは相互作用の中で揺らぐし変化し続けるものなんだと、
だからこそ常に問い直し続けていかなければならないというところがすごく興味深くて、
そのワークショップの中でハッとした言葉としては、生徒は先生の授業内容だけを見ているのではなくて、
先生の生き方そのものを見ているんだというふうな話ですね。
これは耳が痛いなと思う同時に希望でもあるなと思っていて、
要は私たちって別に教科書の中身を教えるために教員になったわけではないし、そういった機会でもないわけですね。
結局先生方が持っているタレントを総動員して、自分が踏み落ちる実践をして、
先生という仕事はいいもんだよとか大人になるって楽しいよみたいな物語を自らの背中で紡ぎ直していく、
そういった姿勢こそが最大の教材になるわけです。
そしてこのビーングの確立こそがティーチャーエージェンシー、いわゆる教師の主体制の出発点にもなります。
よく生徒のエージェンシーを育てようみたいな言いますけれども、順序が逆なんですよね。
生徒が自分探しをする旅を支えるためには、まずガイド役である先生自身が自分探しをしていないといけないわけで、
自分が旅したことのない場所に誰かを案内することができない、そういったものと同じ理屈なんですよね。
さらにアカデミックな視点からもう一つですね、このワークショップの途中で強烈な事例が紹介されまして、
教育先進国といわれるシンガポールの教員養成の話です。
ここで皆さんにクイズを出したいんですけれども、シンガポールにおいて教師が一番最初に学ぶべき知識、これ知るべき対象、これ何だと思いますか?
単刀教科の専門知識でしょうか?それとも最新の教育心理学でしょうか?それとも学級系のベストでしょうか?
はい、いかがでしょう?これ実はですね、なんとセルフ、自分自身なんですよね。
これめちゃくちゃ驚きませんか?私全く知らなくて、強化の知識かなぐらいにしか思っていなかったんですけれども、
強化でもないし、生徒でもないし、まずは自分を知れと、いわゆる事故についての認識、これいわゆるメタ認知なんですよね。
なぜなら、教育というのが究極的には人と人との関わりなわけですよ。
自分のバイアス、自分の強みだったり弱みだったりとか、あるいは感情の通りが、自分のことをよく知っているからこそ、
仮面をかぶった先生役としてではなくて、生身の自分として生徒に関わることができるわけです。
なので、シンガポールというのが国家戦略として、このセルフの重要性をかなり大きく定義しているわけです。
しかし、この自分というラッシュンバンカーですね、日々の激務とかストレスの中で機能不全に陥ることがやっぱりあるわけです。
安価を見失うリスクというのが常にそこにあるわけなので、そうした時に我々を支えるフレームワークとして紹介されたのが3Sというものです。
要は3つのSがあるわけなんですけれども、1個1個紹介をしてみると、まず1つ目がセルフアウェアネスですね。
要は自己認識、今自分は何を感じているのか。
次がセルフリフレクション、自己内省とか精察ですね。
なぜそう感じたのかという行動を振り返るというところ。
そして最後がセルフケア、自分自身をメンテナンスし慈しむこと。
特にこのセルフケアが単なる休息ではなくて、我々教員が最高のパフォーマンスを出せる状態を保つために要は課せられている義務というか、するべきことなんですよね。
こういった点を学びつつなんですけれども、ワークショップではこのセルフを掘り下げるために実際にこの手を動かすわけがありました。
これが私にとって自分の安価を再確認する強烈な体験にもなったんですけれども、いくつか紹介するとですね。
一つ目は喜怒哀楽のマトリックスを用いて人生で最も心が動いた瞬間を書き出すワークです。
ここで自己分析をして気づいたんですけれども、私の怒りの部分が極端に少ないんですよね。
逆にこの哀悲しみの部分については強烈な原体験がありまして、実は中学時代とかに結構悪口だったりとか陰口で結構傷ついた経験がありまして、
その時子供心になんで他人は傷つくようなことを平気で言えるんだろうという疑問を持ちました。
そこから私も一切悪口は言わないようにしてますし、
ある種他人というのは変えられないのだから、だったら自分のマインドを変える方がいいよねという信念が形成されたんです。
だからあまり怒りを感じないのかなということを考えたりしてました。
一方で楽しいとか喜びの部分ですね。
これは高校時代の世界史の授業が面白かったこととか、あるいは何より教師になってから卒業式で一回言われたことがあるんですけど、
先生の授業が面白かったから学校に来続けられましたっていうことを言われてめちゃくちゃ嬉しかったなと思いながらですね、
これが私のアンカーなのかなということをちょっと思ってて、
そのポッドキャストに面白いって言われることも含めてですね、ここに私の言動力があるなということを再確認しました。
2つ目のワークは、あなたの弱点や愛すべきポンコツな点という問いなんですよね。
私これにですね、最初周りの目を気にしすぎていることっていうふうに書いてました。
実際、かつての私は常に評価ばかりというか、人の視線がめちゃくちゃ気になってて、
全く自分に自信がなかったんですよね。
でも初めて海外にガーナに行った時に、価値観がガバーッと大きく揺さぶられてですね、
例えば明日死ぬかもしれないと思った時に、だったら後悔しないように思いっきり生きようというふうに、
その辺りぐらいから思うようになって、そこから振り切れすぎてですね、今では逆に人と違うことをしすぎるというところがポンコツかもしれないなということを思ったりしてました。
この弱点だったりとか変化について、ブレイクアウトルームでですね、
そのOECDの職員の方、美穂さんとも直接対応する機会があったので、
そこで彼女がくれたコメントが非常に示唆深かったんですけど、
カワムのアンカーはまさに動的なものであって、それを体現しているよねというふうに言ってくれて、
すごく嬉しかったというか腹落ちしてですね。
あとは彼女から共有されたデータが実はめちゃくちゃ興味深いもので、
アジア人というのは他人の評価を気にしすぎていて、失敗への恐れが高くて、挑戦しにくい傾向があるというデータです。
このデータめちゃくちゃ面白くて、日本の学校現場のあるあるだなと思いません?
日本人ってポテンシャルが高いのに出し切れてない?そういう側面でめちゃくちゃあると思うんですけど、
なんでだろうって考えた時に評価ごっこが行われてるからじゃないかなっていうのをちょっと対話の中で考えだして、
要は生徒は先生に忖度して先生が求めている正解を答えようとするわけなんですよね。
結局先生もそれを評価するじゃないですか。だからこの評価のごっこ遊びみたいな、
こういった中で結局その本当の自分を出すことがリスクになってしまっているという状況が往々にしてあるわけですね。
結局この結論としては、やっぱり日本の子供たちの学力ってめちゃくちゃ高いわけなんですよ。
かなり学力等は高いんですけど、だからこそ学力っていうこの縦のベクトルじゃなくて、
もっと横に違うベクトルでの評価が必要だねっていうふうな話になりました。
まさに私がガーナで感じたような、人と違ってもいいんだよっていう感覚、
Nイコール1の多様性を認めるような、そういった土壌がですね、
今の日本の教育には不可欠なんじゃないかなということをちょっと思ったりしてました。
ここからが今日一番シェアしたい、現場のリアルと理論のパラドックスみたいなところなんですけど、
ワークショップの後半ですね、全体のメインルームに戻った時に、
私が思い切って全員にある問いを投げたんですね。
それが何かって言ったら、学校や社会の中で真面目にやることや本気になること、
何かに熱中することがダサいとか意識高い系っていうふうに言われる風潮ありませんかっていう問いなんですね。
そしたら画面越しの現役大学生とかが一斉に分かる、めっちゃありますっていうふうにうなずいてくれるんですよ。
一緒に参加してた先生方もあるあるみたいな苦笑いをやってくれてて、
実際にその大学生の方が言ってたのは、海外留学の話を聞ける機会がありますと、
こういうのあるきに行こうよみたいなのを意気をよると友達にすると気まずい。
あとは別の方が言ってたのが、結局何か頑張ってると意識高い系だねって言われるのが怖くて、
なかなか頑張ってること言えないっていうようなリアルな悩みでした。
そういう空気感って確実にありますよね。
ここでもう一つ面白い発見があったのが、参加していた現役の高校生がいたんで、その子にも聞いたんですよ。
そしたらその子は、僕の学校や学年にはそんな空気ないですねって言ってさらっとですね。
そうなんやと思って、その違いってなんだろうなっていうことをいくつか考えてたんですよね。
いろいろ仮説があったんですけど、一つは担任の先生の影響力と環境のデザイン。
この二つあるなーって思ってですね。
例えば、もし先生が余計なことすんなよとか、そんな人いませんけど、
ある程度失敗を恐れるじゃないけど、何でもかんでもブロックする系の先生だと、当然空気は重くなりますよね。
逆に先生がいいじゃんとか、それやってみるわとかって背中を押すタイプであれば、
意外と生徒の踏み出しって結構多くなったりすると思うんですよ。
なので、やっぱりそういう先生の影響って少なからず大事ですし、
ここで一つ重要な戦術というかやり方としては、やっぱり先生がいくら頑張れとか挑戦しろって言っても、
なかなか生徒からすると、いえいえ、もうそれ先生やけに言えることや。
っていうふうに聞こえてしまうことがあると思うんですよね。
だからそこで重要なのが、本気でやってる身近な先輩の声を届けることかなっていうふうに思っています。
先生という縦の関係ではなくて、ある種年齢の近い大学生とか、社会で楽しそうに働いてる大人、
そういった斜めの関係を作ることがすごく大事かなと思ってまして、
そうすることで、本気になるって面白いんだとか、失敗しても死なないよとか、
本気になってもいいんだっていう空気が少しずつ波及していくんじゃないかなって。
そうやってクラスの空気を変えていくアプローチがあるよねっていうふうな話をちょっとしたりしてました。
あとここで面白かったのが、キーワードとしてファーストペンギンズですね。
これよくファーストペンギンは言うと思うんですけど、単数系のペンギンじゃないんですよね。
要はペンギンズっていうふうに複数系であることが大事なんだよっていうふうな話です。
結局誰か一人が勇気を持って海に飛び込む、これファーストペンギンズよね。
でもそれだけだとその人は結局変な人で終わるかもしれないわけなんですよ。
でもそこに二人目三人目っていうふうに続けば、それもムーブメントに変わりますよね。
なので先生や大人の役割って最初のペンギンになることかもしれないし、
あるいは飛び込んだ生徒に続くセカンドペンギンになることかもしれない。
そうやって挑戦することが当たり前の空気みたいなものを集団で作っていけたらなっていうふうなことをちょっと思ったりしてました。
それについて関連した話で言うと、OECDの方から共有された話が目から鱗でして、
よく教育現場でエージェンシーっていう言葉が最近使われています。
簡単に言うと主体制とか当事者制っていう意味なんですけれども、
OECDの定義ではエージェンシーって3つぐらいあるそうで、
例えば一つ目は個人エージェンシー、個人の意思ですよね。
二つ目は集団エージェンシー、集団としての意思。
そして三つ目が共同エージェンシー、互いに影響し合う関係性ですね。
本来論理的で考えれば個人エージェンシーの集合体が集団エージェンシーになるはずですよね。
Aという意見を持つ個人がたくさん集まれば集団の意見もAになるはずですよね。
けど日本の場合はこれが特殊なねじれを起こすらしいんですよね。
どういうことかというと、一人一人の個人は心の中でAだよね、挑戦したいよねって思っていても、
いざ集団になると声が大きい人がBだと言った瞬間にその場の空気がBに染まってしまう可能性があるわけです。
つまりその個人の相和っていうものが集団の意思と一致しないんですよね。
はい、これちょっと怖いですよね。
みんな本当はやりたいのに空気温でやらない?みんな本当は変えたいのに前例当主でいく?
これが日本の学校や社会で起きているエージェンシーの不全の正体かもしれないなということを話を聞きながら思っていて、
だからこそこのさっきのファーストペンギンズの話に戻るんですけど、
このねじれた同調圧力を突破するにはやっぱり一人の力だけでは足りないわけなんですよね。
なので私もAだと思っていた僕もと声が上げられるようなそういった心理的安全性のある関係性を我々大人が意図的にデザインしないといけない。
それこそがこの冒頭で話した教授の役割なのかなというふうなことを思ったりしています。
はい、ということで今回はですね、後半かなりちょっとアカデミック寄りな話になってしまったんですけれども、
真面目なのがダサいとか個人の思いが集団にかき消されるという日本のパラドックスみたいなところはやっぱりありますよね。
これらを変える特効薬っていうのはやっぱりないかなと思っているんですけど、
まず私たちがセルフというアンカーをちゃんと持ってですね、
そして隣にいる誰かとペンギンズになって小さな波を起こしていくしかないかなと、
そういうふうなことを感じたワークショップでした。
さてこのOECDティーチングコンパスの体感ワークショップなんですけれども、
次回はまさにこのエージェンシーについての深掘りの回だそうです。
今日話した3つのエージェンシーが実際の現場でどう機能するのかとか、
日本のねじれをどう獲得のかみたいなのがめちゃくちゃ楽しみですので、
ぜひぜひもし興味がある方は今でも申し込みできるみたいなので、
概要欄の方にそちらのリンクを載せておきますので、ぜひぜひお申し込みのほどよろしくお願いします。