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#5 「みんな仲良く」なんて言わない。
2025-11-20 13:41

#5 「みんな仲良く」なんて言わない。

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教員の私が学校で「みんな仲良くしなさい」と言わない理由。 それは、人間にはどうしても「相性」があるからです。

この言葉は、突き放しているわけでも、諦めているわけでもありません。 無理に仲良くするのではなく、どうやって建設的に「折り合い」をつけるか?このあたりの問いについて探究しました。


#泥棒洞窟実験 #折り合いの技術 #人間関係 #教員あるある #サンテグジュペリ #上位目標 #共存 #対立解消

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▼「好奇心のたまり場」とは?

福岡の現役高校教員のかわむーが日々の生活の中で生まれる好奇心やワクワク、問いやモヤモヤをリスナーの皆さんと一緒にじっくりと味わう番組。

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はい、始まりました。好奇心のたまり場。この番組は、福岡の現役高校教員が、教育現場のリアルや探求、キャリアなど、日々の生活の中で生まれる好奇心やワクワク、問いやもやもやを、リスナーの皆さんと一緒にじっくりと味わうポッドキャストです。
パーソナリティを務めます。川むーこと川村周平です。 好奇心のたまり場第5回です。よろしくお願いいたします。
はい、ということで第5回目の放送となっております。
えー、今回はですね、ちょっとまあ日頃とはちょっと違ってですね、今日は少し肩の力を抜いてお届けしたいなというふうに思っております。
というのもですね、先週の11月の12日にですね、ポッドキャストラブ福岡が主催をしていたポッドキャスト初心者講座というものに参加をしてきました。
コンテナ城のヒグさんが講師として、スマホ一台でポッドキャストを始められるという、そういった初心者講座だったんですけれども、私自身あのポッドキャストの作り方みたいなものを誰かに教わったことっていうのがなかったので、
なんかいろいろ目から鱗というか、いろいろと考え方がこう変わったというか、ブラッシュアップされたなというそんな回だったんですけれども、
なんか回を通してですね、一番なんかちょっと心に残ってたのが、ポッドキャストやるにあたってですね、自分からいきなりまずハードルを上げすぎないということをですね、
大事にしないといけないのは、ハードルを逆に下げてしまうというか、最初からいいものを作ろうとか完璧を目指そうとすると、なかなか続かなくなってしまうし、
ヒグさんが言ってたのが、これは生活のクオリティと一緒なんだと、一度上げてしまったらなかなか下げられないので、まずは下げる、むしろ下げるようにしていくという風なのが大事だよというのを聞いてですね、
なんかちょっと結構私も最初だからっていうか、クオリティ上げたいなって思ってしまっていたので、編集とかちょっと時間かけてしまったりだとか、台本作るのもちょっと時間かけたりだとか、なんかそんなことをしていたんですけれども、
正直に言います。教員としてめちゃくちゃ忙しい時期でですね、11月というのが、特に今が定期講座の期間でもあるんですけれども、今月の末に大きめの学校のイベントがあったりして、そのイベントの準備でかなり忙しいですし、
それに加えてですね、前回もお伝えしたんですけれども、私青山学院大学の社会人育成プログラムでワークショップデザイナー育成プログラムというのを受講しているんですけれども、これもですね課題がたくさんあって、フルオンラインではあるんですけれども、週に2,3授業受けてますし、レポートの課題がエグいんですよね。
だからプライベートも仕事も結構バタバタで、そんな中ホットテキストの完璧に配信しようと思ってたら、まあ時間がないわけで、なので今日はちょっと編集とかもあまりかけずにですね、台本もほとんど時間かけてませんので、最近ちょっと思ってたことをちょっと話そうかなというふうに思ってます。
03:21
今日も学校でいろいろ感じたことのお話にはなります。
今日話したいのはですね、人間関係についてのお話ですね。
前回もコミュニケーションに関する話ではあったんですけれども、今日は人間関係というのが生徒との人間関係あるいは生徒同士の人間関係の話をちょっとしたいなと思ってます。
具体的にどんな話かというとですね、私もですね、今年で教員になって6年目になりますね。
大学院に通ってたので、私こそ30歳なんですけれども、6年目で前任校が5年間勤めていて、今年から今の学校に赴任をしているんですけれども、
多かれ少なかれですね、子どもたちの人間関係のトラブルの仲裁に入ったりだとか、あるいは生徒指導案件で子どもたちと関わることっていうのは多かれ少なかれあったんですけれども、
そんな中で私は数年ですね、特に意識しているというか、自分が子どもの時とはちょっと明らかに違うなっていうのが思うことがあってですね、
それが何かというとですね、よく小学校とか中学校もあるのかな、みんなで仲良くしなさいみたいなのってよく先生言うじゃないですか。
というか先生って言うイメージがあるじゃないですか。
けどなんかですね、前の学校もそうですし、それこそこの前うちの学校でいろいろ人間関係のトラブルで生徒が揉めてたんですけれども、
そんな時にですね、みんなで仲良くしなさいなんかですね、今の教員というか、私もそうなんですけど、絶対言わないわけなんですよね。
これって冷たく聞こえるかもしれないんですけれども、でも正直言ってですよ、分かり合えないものって本当分かり合えないじゃないですか。
だって人間だもの間見通じゃないですけども、人間相性がありますし、結局会う会わんがあるわけですよ。
私たち大人だってですね、職場とかコミュニティで全員と仲良くできるわけじゃないじゃないですか。
どうしても相性が合わない人っているわけで、そんな相手と無理して仲良くしろとか、
学校にいる時はいつ会ってても仲良くしろって言われたら地獄じゃないですか。
というか大人になってそんな状況ってないじゃないですか。
会わないと思ったら自分で距離を取ればいいですし、無理して関わる人ってないじゃないですか。
06:03
なのにそれを子供たちにも学校現場でも求めちゃいけないと思うんですよね。
こういう話をした時によく言われるんですよね。
先生に相談したら仲良くしなさいって言われると思ってましたみたいなことを子供たちに何回か言われたことがあるんですけど、
いやいやそれ違うよね。
俺らだって会う会わんはあるからっていう話をこんな話をするんですけども。
そうした時に教員とかが子供たちに伝えてるのが何かっていうと、
要は折り合いをつけましょうっていうことをよく言ってます。
これは大人でもあることだと思うんですけども、
要は無理して仲良くする必要はないと。
ただお互いのわだかまりとか誤解があるようであればそれは解いた方がいいでしょうし、
そういった場を持って、そういったお互いに言いたいことを言える場を持って、
じゃあここで一旦終わりにしようと。
これよりも後にまた掘り返したりだとか、
ああだこうだ言うのはなしだよっていう風に、本当大人と一緒ですよね。
折り合いをつけるっていうことを学校現場でも大事にしているわけです。
これはどういうことなんでしょうね。
高校だからですかね、中学校とかでも言ってるんですかね、そういうことを。
少なくとも自分が子供の時とかはそんなことを言われた記憶はなかったので、
ふとこうやって生徒指導とか子供たちと関わるときに、
先輩がそう言ってるのを見たりだとか、
自分もそういうふうなことを言うようになって、
昔と違うんだろうなというのはちょっと思ったりしたわけですね。
この話を考えたときに、ちょっと調べて出てきた面白かったのがですね、
泥棒洞窟実験っていうのがあるみたいなんですよね。
これはいわゆる折り合いをつけるとか、ただ仲良くするのは無理っていう話なんですけども、
実はこれって心理学的にも証明されているようで、
名前が物騒な実験ではあるんですが、
どんなものかというと、
対立する2つの少年グループを仲良くさせようとして、
一緒にご飯を食べましょうとか、映画を見ましょうみたいな、
仲良くしなさい作戦をやってもですね、
結局全然うまくいかなかったそうなんですよね。
むしろお互いの嫌なところが見えてきて、むしろ喧嘩が増えたみたいな、
そういった内容があります。
でも唯一うまくいった方法があって、
それが何かって言ったら、
場所で、壊れた給水車をみんなで引っ張るみたいな、
そういった協力しないとどうしようもない、
共通の目的っていうのが生まれたらしいんですよね。
そういったものを与えたときだけ、
お互いの関係性がうまくいったらしいんですよね。
09:02
つまり何が言いたいかというと、
要は仲良くしたいから協力をするんじゃなくて、
何かしらの目的のために、
最初仕方なくてもいいと思うんですけど、
仕方なく協力しているうちに結果的に敵じゃなくなる、
そういったことがこの泥棒洞窟実験から証明されているわけで、
これって結局人間の真理だと思うんですよね。
これが要は共通の目的、
要は上位目標というか、
それを探すことっていうのが、
折り合いをつけるってことなんだろうな、
というふうに思ったりしてます。
それこそ先週というか、
あんまり詳しくは言えないんですけど、
今月に入ってですね、
子どもの対応の件で、
ちょっと保護者の方と、
揉めるじゃないんですけど、
話をする機会があってですね、
ついついこういう時って、
教員vs保護者みたいな対立構造になりがちだと思うんですけども、
保護者と電話で話してた時に、
ふと思ったのが、
やっぱり保護者の方もそうですし、
我々教員もそうですけど、
結局は子どものことをずっと考えているわけで、
それがちょっと目線がずれているというか、
お互いにお互いを向き合ってしまっているというか、
ずれが生じているだけだな、
というのがいつも思うんですよね。
このことを考えていた時に、
詩的な話になりますけど、
星の王子様ってあるじゃないですか、
サンテグ・ジュペリの。
あれの中にある表現で、
愛するとはお互いに見つめ合うことではなくて、
共に同じ方向を見つめることであるという表現があります。
これってまさに保護者対応だなって思ってですね、
私と保護者の方がお互いの顔色を伺ったりだとか、
正しいさを主張して見つめ合ったとしても、
そこって結局対立しか生まれないような気がしてて、
結局保護者の方と分かり合える時っていうのは、
お互いが子どもたちの良い方向、
子どもたちの良い状態っていうものを見つめている時であって、
そういう風な保護者の方との関係の作り方というか、
そういう風な視点で、
一緒に課題解決をするパートナーみたいな形で、
保護者の方とも付き合っていったらいいなということを、
ここ1ヶ月で考えていたところになります。
みたいなことで、
今日台本も適当に書いちゃってて、
つらつらと喋ってはいるんですけども、
この辺りのことっていうのが、
私は社会科の教員なので、
よく折り合いの付け方みたいな話はするんですけど、
12:02
結局今のご時世的に言うと、
イスラム教徒とユダヤ教徒っていうのも、
大きな対立があるわけで、
こういった対立の中で仲良くしろなんか絶対に言えないわけじゃないですか。
だって違うものは違うわけですからね。
ってなった時に、
どうしてもお互いの未来っていうものを一点見つめることでしか、
解決しないものかもしれないなっていうことを、
ちょっと保護者対応だったり、
生徒対応のところからもやっぱ思うわけですね。
ということで、
今日は樋口さんが言った通り、
ハードルを上げずに最近感じた、
この折り合いっていうものについて話をしてきたんですけれども、
リスナーの皆さんいかがですかね。
多分、僕が今年30なんですけど、
本当ここ10年とかじゃないですかね。
なんか結構教育のあり方っていうか、
先生たちの考え方も変わってるよなっていうことをちょっと思ってた次第です。
ということで、
好奇心のたまり場、ここまでお聞きいただきありがとうございました。
この番組ではリスナーの皆さんからのメッセージをお待ちしております。
番組概要欄にフォームをご用意しておりますので、
皆様の日々の好奇心やワクワク、もやもやをお気軽にお寄せください。
また番組の活動は、
Xでハッシュタグ好奇心のたまり場をつけて投稿してもらえると嬉しいです。
あなたの気になるが誰かの面白いになる好奇心のたまり場、
パーソナリティは河村こと河村周平でした。
それではまた。
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