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強みを生かさにはもったいない、ストレングスファインダー大好き、コーチングコーチのユーカリです。
このチャンネルは、幸せになるための知識を集めることが大好きなユーカリが、日々の気づきや細な手などについて発信していくチャンネルです。
今日もお聞きいただいてありがとうございます。
えーとですね、今日は、あ、今日ですね、昨日、息子の卒園式がありました。
はい、行くことができましたということで、いろいろありましたが、本当に優しいお言葉をいつもいただいた皆さんもありがとうございます。
もうね、あのー、骨折で車椅子の卒園式にはなってしまったんですけれどもね、
まあ、なんせ息子が常に前向きでというか、その最初ね、車椅子で入場してきた時にはちょっとね、胸がキュッとなったりもしたんですけど、
息子がね、暗い顔を一つせずにですね、どっちかというと、こんなに車椅子上手に乗れるんだぞ、すごいだろう、なんかドヤ顔的なですね、なんか感じもあったりして、
で、うちの保育園、さくらさくらんぼ保育っていうところなんですけども、リズム遊び、リズム運動っていうのをやるんですよね。
身体の神経の隅々までを動かして発達させるようなリズム運動っていうのを毎日午前中に保育園でやるんですよね。
その集大成を見せるっていうのも、その卒園式の一つの行事でして、
みんなね、そのリズム運動をやるんですけど、息子は動けないので、じっと座って見てるわけなんですよね。
ちょっと先生方も考えてもらって、息子ができるようなのも少しだけあったりはしたんですけど、ほぼほぼ見ていることが多くてですね、
なんかそういうのを見てどう感じるのかなって思ったんですけど、いかせ息子はですね、リズムに合わせて自分も一緒に頭振ってみたり、
なんか手動かしてみたり、なんか楽しそうに見てるなーと思って。
大人だとそこでね、比較してしまって動けない自分でシュンってなりそうなんですけど、
子供ってすごいなんか前しか見えてないんだなーって。
いつからこうね、なんかこう誰かと比べちゃったりして、こうショボーンってなったりするのかなーってね。
なんか今の子供たちの息子とか姿を見てると、本当に素直に前しか向いてない。
なんか下向いたりっていうことがあんまりなくて、すごいなーそういう姿勢を見習いたいなと思った卒園式でした。
その式が終わった後に保護者同士の懇談会があって、子供たちは先生が誰か預かってくれてて、
先生方と親とで話し合ったんですけどね。
結構なんかそこではやっぱり今までの思い出して感謝の気持ちもなんか溢れてきて、涙、涙だったんですけれども、
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そこでなんかこう不当を感じたことがあったんですよね。
今までの本当に赤ちゃんの頃からもう相まとうのように思い出していて、
すごく私の印象に残ってたのが、息子が2,3歳ぐらいの時の担任の先生が若い先生だったんですけども、
結構ズバズバ言う先生だったんですよ。
お母さんちょっとこれはね、壊してくださいとか、結構ズバッと最初はですね、うってきて、
なんかね、えー言い方もうちょっととか思ったりしたんですけども、
まあ渋々と言うことを聞いてやったりするとですね、
お母さん翔ちゃんね、こんなとこ変わってましたよとか、こんなとこよくなってましたよ、すごいですねって、
お母さんも頑張ってくれたんですね、みたいな感じでですね、
ちゃんと息子の良い変化を見逃さないで見ててくれて、承認の言葉をね、ちゃんと投げかけてくれる。
でも油断するとまたズバッとですね、そういうのはやめた方がいいです、みたいなのがあったりして、
ズバッと、ほんと飴とムチみたいな、その言葉がよく似合うみたいな先生だったんですけども、
その時一番なんか息子も、私もすっごく成長させてもらった気がして、
結構ね、うちの保育園制約が多いんですよ。テレビ禁止、もちろんメディアも禁止だし、
習い事もダメなんですよね。で、小学校上がるまで字とかね、習わして、保育園では全くやらないし、
字とか習わしちゃう。家でも教えちゃダメなんですよ。
最近あんまり厳しくはないのかな。
それには全部裏付けとか理由がありまして、いろんな根拠があっての、
まあそういうことなんですけども、最初はもちろん受け入れられなくて反発もあったんですけどね、
でもそうやって先生とコミュニケーションとったり、話を聞きながら自分でも納得できるようになって、
今に至るんですけどね。
一方その担任の先生が最後の年長児のですね、年長児が一番イベントもあってやることも多くて、
本当に凝縮されたというか盛りだくさんで、担任との先生の関わりも一番濃いはずなんですけど、
担任の最後の先生がですね、いい先生なんですよ。
誰もが認めるというか真面目で優しくて、いい先生なんですけども、
なんていうのかな、関わりがね、すっごい、なんでこんなに薄く感じちゃうんだろうって、
その時の先生に比べると、うーん、なんかうち連絡帳とかもなくてですね、
その担任先生が一枚の紙にその日の様子とか、一人一人小さい細かいメッセージみたいなのを残して、
それを保護者全員が見て帰るみたいな感じなんですけども、
それはビッチリも隙間なく書くような先生で、真面目さとか一生懸命さはすごく伝わってくる方だったんですけども、
なんか物足りなさというかなんかちょっとね、寂しさを感じてしまうところがあって、
やっぱ迎えに行った時にその前のね、2,3歳時の時の担任の先生は、
会ったら必ずショシャンここここでしたよとか、
なんか今日こんな感じだったんだけどお母さん家でなんかありましたとか、
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必ずね、何かこう言葉を交わし合うっていうのをしてくれたんですけど、
今の担任の先生がこんにちは、迎えに来ましたって言っても、
なんかねその後何か一言ないのかなって2秒ぐらいテンテンって待つんですけど、
先生もなんかありましたみたいな感じで、あ、いえいえ何もないですみたいな感じでですね、
そうか何も言うことない、先生はその紙にしっかり書いてあるからそれを見ればわかるっていう感じだったかもしれないんですけど、
やっぱり私はこう言葉でね、顔見て話し合って耳で聞いてっていう、
なんかそういうねコミュニケーションというか、もっと取り合いたかったなあって、
やっぱりそうやって取り合って、
あの、うん、たことがこの保育園の6年間の中でもすっごい自分の中に残ってるのは、
やっぱりあの時のズバズバ言ってくれる先生だったなあって、
ふと今日改めて感じましたね。
何て言うんでしょう、そう私もねその推しがあるんですけど、
いい人になりたがってしまうというか、当たり障りなくいる方が楽だし、
相手も自分も傷つくことがないしって思うんですけど、
でも本当にその相手のためを思った時って、
少々こうね、何か不快に感じさせてしまうかもしれないけれど、
長い目で見たらその一言が聞きたことで、
相手はすごく何か変わるかもしれないっていう、
なんかそこをね一時のその、
相手を不快にさせてしまうかもしれないみたいなことを我慢して、
相手のためにどこまで言えるか、
なんかその強さをきっとあの先生は持ってたんだろうなあって思ってですね。
何か自分もこごつという時に守りに入って、
自分が嫌われたくないではなくって、
どこまでその人のことを思って伝えることができるのかみたいなのを、
何か大事にしていきたいなあって、
ふとその懇談会が終わった後に気づきました。
ね、はい。
ということで本当に学ばせていただくことがたくさんあった。
もう保育6年間だったなあと思います。
これからもですね、私もまだまだ子供だじゃないんですけども、
息子と一緒になんか成長していくようなつもりで、
伸びしろまだまだいっぱいって思いながらですね、
はい、いろんなことを学んで吸収して、
それが何か人の役に立てれるように頑張っていきたいなあと思いました。
今日も聞いていただいてありがとうございました。