「相手の顔を見る」が苦手だった僕が、少し変わってきた理由
2026-05-15 03:06

「相手の顔を見る」が苦手だった僕が、少し変わってきた理由

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コミュニケーションにおいて、少し思ったことを共有したいなと思っています。 僕自身、自分ですごく認識していることとして、誰かと会話をするときに、その人の顔をあまり見ないという傾向があるなと思っています。
この点については、どこまで直そうとしていたのかというのは、置いときつつも、ほとんど変わっていない日々が続いていたんですね。
会話って結構無意識的にやるものというか、会話しているときに自分は相手の目を見ているかなとかって、あまり思う余裕とかないのかなと思っていて、
結果として、あまりその人のことを見ない。すごく時間が経って、今に至ってしまうという状況になっています。
感覚的には、その傾向というのが少し変わってきたなと思っていまして、相手のことを見るような回数というか、時間が増えたなという感覚があります。
これ、何が変わったのかというと、相手の顔を見ようとかっていうものではなかったんですね。
シンプルに、その場の会話を楽しもうという意識、それを持つ。
それを持つというのは、会話のときだけに持つというものではなくて、会話をしていないときから一個一個の今を楽しもうという感覚。
これをずっと持っていると、それが会話の中にも広がっていって、会話の中で楽しもうと思うと、
結局、楽しむというのは相手と共に作るものになるんですよ。
その結果として相手と作り上げていくということを考えると、自ずと相手を見るようになって、結果として相手の顔を見るようになるということになるのかなと。
何が言いたいのかというと、よくある根本的に直そうというのと対処療法という形で、免疫を上げるのか薬を飲むのかみたいな部分があると思うんですけど、
コミュニケーションという部分においては、個人的な経験を踏まえると、明らかに薬を飲むみたいな対処療法というのはほぼ意味ないんじゃないのかなという気がするんです。
中にはいますよ、すごいテクニックな興味がいて、それで飯食ってるみたいな人もいると思うんですが、
それって多分自分の本当のやりたい姿とのギャップがあるから、どこかで崩れるなと思ってて、
そうじゃなくて、シンプルに自分がどう人と接していきたいのかみたいな部分ですね。
これを作っていくというのがめっちゃ大事だと思うんです。
そんなことを思いながら、ぜひとも皆さんも、自分は人とどういった関係を築いていきたいのかということ、
これを意識して日々のコミュニケーションを積み重ねていくといいのかなと思っています。
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