ゲストの紹介とキャリア
日本最大級のエンジニアコミュニティQiita プロダクトマネージャーの清野俊文です。
この番組では、日本で活躍するエンジニアをゲストに迎え、 キャリアやモチベーションの話を深掘りしながら、
エンジニアの皆さんに役立つ話題を発信していきます。 今回からのゲストは、福岡Elixirプログラマのpiacereさんです。よろしくお願いします。
piacereです。どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
実はQiitaのfukouga.exのオバナイゼーションを 読識していたりしていて、
ありがとうございます。
僕は普段から記事だったりも参考にさせていただいていたので、 今日お話しできるのをすごく楽しみに思っていました。
よかったです、それは。よろしくお願いします。
ということで、piacereさんとここから 3回にわたってお送りできたらなと思っています。
piacereさんとお送りする1回目のテーマは、 5社経営のpiacereさんに聞く福岡のエンジニアコミュニティの熱量です。
今回ですね、この1回目に関しては、 先ほどご紹介させていただいた通り、
piacereさんってElixirっていう印象が 僕はすごいあるんですが、
今までのどういうキャリアを描いてきたかというか、 プログラマーとしてどういうことを今までやってきたのかみたいなところ、
あんまり知らないなと思っていまして。
今回のこの第1回ではですね、 そこら辺をいろいろ深掘りできたらなと思っております。
ということで、いろいろお話を伺っていきたいなと思うんですが、 まず最初にお伺いしたいのが、今の仕事についてですね、
現状何されているかというところを 最初伺えたらなと思っております。
プログラミングの始まり
はい。私、今、福岡県の倉手郡という田舎町といいますか、 田んぼといえど山と道路しかないみたいな、
そういうすごいどいなかに住んでいまして、 そこからフルリモートでIT企業5社を経営しながら、
個人としてもオープンソース開発や コミュニティデナリティとライブモディングなんかをやったり、
あと大学・高専・企業・自治体向けの プログラミングとAIの講義なんかをやっています。
仕事として手掛けているものは主にですね、 大手企業向けのサービス開発やウェブ業務システム開発をしながら、
エッジコンピューティングとかD2C、 VRAR、WEB3、最近ですと宇宙向けの開発なんかをやってたりします。
ざっくりレビューはこんな感じなんですけど、 まずはこんなところからでよろしいでしょうか。
ありがとうございます。もう今お伺いしただけでも、 本当にいろいろなことをされてるなと思ったんですが、
もともといわゆるプログラマーとしてキャリアを始めた タイミングみたいなところもぜひお伺いできたらなと思っていて、
いわゆるプログラミングを始めたのっていつから?
始めたのが小学校4年生からなので、 今年でプログラマー歴42年になるんですね。
小学生の頃となると自分でパソコンを買うとかはできないと思うので。
そうですね。それで今で言うところのいわゆるニンテンドースイッチですね。
ニンテンドーのゲーム機。それのもともとの源流となるファミコンっていうのが世の中に出たのが、
小学校3年生の頃だったんですね。当然当時の子供たちと同様、私も親にファミコンを買ってもらいたくてお願いしたんですけど、
帰ってきたのがゲームばっかりやって勉強しなくなるっていう理由で買ってくれなくて、
それで代わりにMSXっていう8ビットのパソコンを買ってくれたと。
これがスタートラインだったんですが、当時って月刊誌とかにソースコード書かれてる本が何冊も出てたんですね。
マイコンベーシックマガジンとかプログラムポジェットとかそういう本があったんですけど、
それらを打ち込むとゲームが出来上がって遊べるっていうところからプログラミング始めたんですが、
大体ベーシックっていう言語で書かれてるんですね。そういったものが。
ベーシックで作るとなかなかファミコン級のゲームには性能面のグラフィック面にも及ばないっていうところがあって、
それをどうにかしたいっていうのでマシンゴとかを始めたっていうのが小学校5年生ぐらいになって、
ベーシックを小学校4年生ぐらいで始めて、マシンゴを小学校5年生ぐらいで始めたみたいな。
こんな感じのスタートでした。
本当にずっといわゆるコンピューターだったり、プログラミングってところにかかり続けながら今までの人生歩まれてるってことですね。
そうですね。飽きもせず40年以上やっちゃったっていう。
途中で本当に今小学生の頃からプログラミングやられたってお話だったと思うんですけど、
そこからいわゆるエンジニアリング以外のことをやってた時期とかってあったりするんですか。
それが結構ありまして、趣味が結構子供の頃は特に多かったなっていうのがあって、
小学校3年生でファミコンに会う前のではチョロQっていう後ろにギーって引っ張って話すと走っていく小さな車のおもちゃとか、
そういうのを買ってきては改造したりコースを作ったりっていう。
クラフトはやってたんですよ、プログラミングする前から。
ラジコンとかもやってたりしてまして、やっぱりこれがラジコンになると今度野外にコースを勝手にどっかの土地に作り始めたりとかみたいな、
そういうのをやったり、シングルのモーターだったやつをデュアルにしたりとか、結構そういう改造をやってたりもしてましたし、
あとあれですね、プログラミングする中でプレイブンって言って音楽を鳴らすためのシンタックスがあるんですけど、
それを使ってデジタル音楽とかやったりして、これが結構ハマって、高校の頃とか学園祭とかバンドで出るとかみたいな、
ドラムはいない、ベースはいない、キーボードとギターとボーカルしかいませんみたいな、ちょっと変則なそういうバンド組んだりとか、
そういうのもやってたりしてたので、パソコンに関係ない趣味ってあんまりないんですけど、
そういう作ったりとか、人前でそれを出したりみたいなのは子供の頃からちょこちょこはやってたのかな感じでした。
本当にいわゆるものづくりというか、自分でいろいろやってみたりとか、何かしら形になるものを作ってみるみたいなのが昔から好きではあったってことなんですね。
そうですね、何か作ってたって感じですね。
その中で結果的にプログラミングを一番長くやってらっしゃるんじゃないかなと思うんですが、
プログラミングの魅力と現プロジェクト
やっぱりプログラミングってものをやり続けられる面白さというか、何でそこに今までずっと時間だったりっていうところを使い続けて来られたのかっていうところをぜひお伺いしたいなと思うんですが、いかがでしょうか。
なんか普段あんまりそういうことも考えず怒涛してたんだなって今聞かれて気づいたんですけど、
そうですね、おそらくはやってもやってもキリがないっていうところだったりするんじゃないですかね。
おそらくそのショルケとかラジコンとかバンドみたいなものってある程度その現実の制約とかだったりとか、
コピーする元のバンドにはなれないみたいなそういう結構制約がたくさんある中で、
あんまりプログラミングでそういう制約とかできないこととか感じたことがなかったんですよね。
なのでアイディアだったり、ライブラリーを見つけてきたりとか、
そういうライブラリーがなければ自分で作ったりとかオープンソース書いたり、
そういうことを通してどうとでもなるっていうのが結構魅力的なんじゃないかなという、そんな感じですかね。
やっぱりプログラミングそのものをそれだけをやり続けるというより、
それ自体でやりたいことみたいなのをいろいろ実現できたりとかいろいろツールが作れるみたいな、
そこもクラフト感というかものづくりみたいなところが結構やっぱり面白さとしては感じているイメージなんですかね。
そうですね。最近に至っては会社の自社プロダクトとかをリリースしたりとかして、
それでマーケティングとか経済的なものを作っていく。
経済圏といいますか、エコノミクスといいますか、そういうものを形成することもできるし、
もっと現実に踏み込んで、IoTとかで、
今、IoTでいくつかシステムを作るようになって、去年の4月ぐらいから、
どっちかというとハードウェア企業っぽいものに転身をいくつかしているんですけど、
その中でマンションのオートロックのシステムを作って、
スマホでリモートからマンションのオートロックを開けられるようにしたりとか、
あとはトンネルとか地下みたいな通信が途絶しちゃうところで機能するスマホアプリを作ったりとか、
そういう一方変わったものを現実世界でもできるようになってきたみたいな。
それでいうとVR、ARなんかもまさにそういう世界で、
VR内で友達と会うのをAR上でも会えるようにしようってことで、
近所の公園に建物を建てたり、AR上ですよ、デジタルの建物を建てたり、
そういうことをやったりするなんて最近の活動なんですけど、
そういうのにハマってるんじゃないかなって思っていて、
現実を今はもう変えるということが結構ミッションじゃないんですけど、
割と面白くなっちゃったっていう。
本当に一位ただプログラミングというところからもっと広い、
ものづくりというところに対していろいろ取り組んでいるというのは広がっているってことですね。
そうですね、住みにくい世の中だったら住みやすくしちゃえばいいじゃないくらいのことを考えているかもしれません。
ちょっと話戻っちゃうかもしれないんですけど、
先ほど小学生からプログラミングされていてっていう話だったと思います。
そこからいわゆるエンジニアとしてキャリアをスタートするのは、
いわゆる新卒みたいなタイミングからなんですかね。
そうしますと普通に社員として大学卒業してから就職をしたのが、
その職業としての正式な職業としての初めてなんですかね。
割と大手で年間1000人ぐらい採用するような大手企業とか、
当時当初一部に最も早く上場した企業ですかね、に就職と言いますか。
教授推薦で行ったっていうのが正しいんでしょうかね。
で入ったっていうのが最初のキャリアですね。
そうなんですね。
そこからいわゆるソフトウェアエンジニアとして働き始めたみたいな。
そうですね。
その当時ってどういうことをお仕事ではされてたんですか。
インターネットが企業で使われ始めてそんなに経ってなかった頃だったんですよ、
バックグラウンドとしては。
その当時やったのが最初にやった仕事が、
Web省立システムっていうのを作っていて、
ブラウザーを使って、
アクセスしたURLの履歴をサーバーにアップするみたいな、
そういうものを通して視聴率を取るというシステムを作ったのが最初ですね。
だいぶテクニカルというかトリッキーなプログラミングからスタートしたりとかですね。
もしくは他社でもそういう作業をしていたんですけれども、
そういったシステムを作っていって、
ブラウザーにアクセスしたURLの履歴をサーバーにアップするみたいな、
そういうものを通して視聴率を取るという、
テクニカルなプログラミングからスタートしたりとかですね。
もしくは他社でもそういう製品が出てたので、
それのリバースエンジニアリングをするところからみたいな、
そんな感じでした。
なるほど、キャリアとしてはそこってことですね。
そうですね、プログラミングがあまり不自由してなかったので、
福岡への移住の理由
そういうのを作るときにいきなりぶち込まれたみたいな、
そんな感じでしたね。
その頃って就職された会社って東京とかですか?
東京で会社に勤めてらっしゃったってことですね。
そうですね、東京ではかれこれ20年ぐらい勤めていて、
同じ会社ではないんですけど、
なので今私は福岡の人っていうふうに、
割と思われる方が多いんですけど、
実は東京のキャリアの方が倍ぐらい長いですね。
ちなみになんですが、福岡に戻ったきっかけとかタイミングとかってあったりするんですか?
そうですね、2016年に移住をして、
思ったではなくですね、私実家が静岡なんで、
いわゆるアイタウンってやつですか?
あまりそういう単語を使わないと。
福岡ご出身なのかと思って。
違うんですよ、結構みんなにそう思われてるんですけど、
全然ゆかりもない地に移住だったんですね。
なので、静岡で18年ぐらい過ごして、
その後大学に、栃木の方の大学に行って、
それから東京で20年キャリアを積んで、
20年移住したっていう感じなんですけど、
コミュニティ参加の重要性
きっかけはですね、家族がそっちに実家があって、
そっちに引っ込んだみたいな、そんな感じでしょうかね。
ごめんなさい、もうちょっと明確な理由がありました。
子供を育てるのにいい環境だったからです。
もともと福岡自体は、何回か行ったことはあって?
そうですね、大体30歳ぐらいの頃から、
年1、2ぐらいは行ってたかなっていう感じですかね。
今って結構福岡って、
日本のシリコンバレーにしようみたいなことを、
結構言われることもあるかなって僕はお聞きしたりするんですけど、
今はそういうことは結構話として出たりする一方で、
移住された当時ってどういう雰囲気だったのかなってちょっと気になっていて。
なるほど。
移住した時の方が今よりも勢いがあったんじゃないかなって思います。
そうなんですね。
移住したと同時に、福岡でスタートアップのお手伝いを
ジョインしたっていう感じだったんですけど、
その会社自体が東京で100名ぐらいスタッフを持ってたんですけど、
東京でもう採用ができないということで、
じゃあ別の場所で採用を展開しようってことで、
行ったのが福岡で拠点を作るだったんですよ。
なので私がジョインした時には、そこの社員といいますかスタッフは、
私ともう1名、もともと福岡出身の2名しかいなかったっていう。
そこから4人になり8人になり、
最終的に50人ぐらいまで増やしたみたいな、そんな感じだったんですね。
僕自身があんまり知らないっていうところもあるんですけど、
なんでその福岡っていう街に、いわゆるエンジニアだったり
IT企業が集まってくるのかっていうところがちょっと気になっていて。
なんでなんでしょうね。
私の最初のきっかけは、採用が東京で取れなくなったから福岡に来たっていう、
割と第2波ぐらいの頃だったんですね。
第1波は福岡でエフベンチャーさんとかがスタートアップを作って、
なんか彼ちゃん作っていこうみたいな第1期。
その次ぐらいの波で私は移住しつつ、
スタートアップのスタッフ集めをしたっていう感じだったので、
まだ福岡がすごいITで盛り上がってるぞっていう感じではなかった頃だったと思うんですよ。
実際そっちに移り住んでから、1年、2年ぐらいでいろんなコミュニティに顔を出したんですね、技術コミュニティ。
その中で結構面白い方が多かったので、
そういうコミュニティ活動によく参加しつつ、自分でも福岡行きそこそこしたっていう、
なんかそんな感じだったので、流行ってて流行ってないの、
カチューにいすぎて、流行ってるかどうかよくわからない、
逆感的にはわかってなかったっていう、そんな感じですかね。
そうなんですね、ありがとうございます。
実は今東京で一年、エンジニアのマネージャーをやってたりするんですが、
企業に勤めて働いてたりするんですが、
福岡ってやっぱりすごい魅力的だなと思いつつ、
やっぱり東京からの物理的距離っていうところは結構大きかったりすると思うので、
なかなか福岡で一年エンジニアとして働くみたいなところのイメージってところが、
僕も結構まだぼんやりしてるなと思っていて、
一年エンジニアとして福岡で働くことの魅力とか、
東京では得られない体験みたいなのってあったりするんですかね。
そうですね、これはコミュニティによく通ってて、
本当に初期の頃から続いてることなんですが、
コミュニティのイベントとかが採用目的とかではないみたいなところが結構大きな違いかなと思ってまして、
東京にいる頃はそんなにコミュニティの中でエンジニア同士がつながるというよりは、
どちらかというと主催してる会社が採用を円滑に進めるためっていう色が強かったかなっていう感触でしたと。
福岡でも当然そういう色が全くないわけではないんですが、
どちらかというとそれが身の継ぎくらいになってたりしていて、
もっとピュアにエンジニア同士が交流しやすいっていう面は少なからずあるのかなっていうふうに感じ、
それが良かったので私もコミュニティを作りたいという気持ちになったっていうところがあります。
プロジェクトマネジメントの経験
ピアセルさん、今までのお話から、
ものづくりだったりプログラミングっていうのはすごいお好きなんだろうなっていうのはすごい伝わってきたんですが、
その一方で今、いわゆるエンジニアとしてっていうだけではなくて、
本当にいろんなことをされてるなと思っていて、
いわゆるちょっと経営っていうんですかね、
いわゆるプロジェクトみたいなところを進めていたりとか、
いろんなところに参画されてたりもすると思うんですけど、
その辺のいちものづくりだけじゃなくて、
そういう色々な形でいろんなところに関わりを持っているところのモチベーションというか、
なんでそういうことをいろいろされてるのかっていうところもお伺いしてもよろしいですか。
今、経営というお話が出たんですけど、
あまり私の肌感として経営してる感じがないって言ったらちょっとあれなんですが、
そうですね、たまたま経営してるぐらいのノリだったりしていて、
どっちかというと今私の仕事のウエイトが高いところは、
プロジェクトマネジメントとかPDMなんですよ、どっちかというと。
その延長上で経営してるみたいなぐらいのノリだったりするので、
いろいろモチベーションあるんですけど、
最近だと若手を育てるっていうところが楽しくなっちゃって、
4年か5年ぐらい前からそういうところに興味が湧いてきたりだとか、
あと、昨今の経済事情とかがあって、
人を育てられない企業っていうのが結構多くなってきてるみたいなところもある中で、
あれ、人を育てられるようになって、しかもそれがスピーディーに、
かつクオリティー高くできるというだけで、
ものすごい競争力になるんじゃないかなということにちょっと気づいてしまったっていう。
それで、もともと新人教育とかは割と2年目とか3年目ぐらいから、
結構早期の頃からやってはいたんですけど、
その頃はあんまりうまくできなかったんですよね。
自分のスキルがあんまりなくて。
なんですけど、最近その部分について、
なんでしょうね、手応え感があるというか、ちゃんとやれるようになったというか、
だいぶ短期間で、新人なりリーダー候補なりを育てることが楽しくなってきた、
なんていうのが一個要素として強いんじゃないかなっていうふうに思っていて、
その延長上として、人材の評価とか報酬のシステムとか、
そういうのをうまく作れてない会社さんっていうのも結構多いんじゃないかなってことに気づいて、
そういうものをシステム化するっていうところだったり、
今ちょっと取り組んでるんですけど、
それはWeb3の文脈で打効化したりとか、
そういうところが楽しくなってきて、
だんだんシステム開発と組織運営とかチーム、
みたいなところがだんだん融合してきてる最中なんじゃないかなって思ってて、
そういう部分をある種、ものづくりの一部として取り組めてるような感触もあると。
なんかそんな感じですかね。
すごい今のお話面白いなと思っていて、
いわゆる本当にプログラミングが好きで、ものづくりが好きでっていうので、
やられてる方って、ある意味でキャリアに向かって、
マネジメントみたいなところのそっちに行くかどうかみたいな。
そうですね。
重要な二択を迫られますよね。
そこで。
その時って、ある意味マネジメントみたいなものとか、
やっぱりものづくりとかを一回やめてそっちに行くみたいな、
結構二元論的な考え方でキャリアを選ぶ、
そうですね。
印象でいろいろ考えたり、
する方多い気がするんですけど、
今のピアセリさんのお話だとまたちょっとそこ違うのかなっていう風に
お話聞いて感じていて。
そうですね。だいぶ違うのかなって思っていまして、
ちょっとその昔聞いたコラムでも書かせていただいた内容にもなるんですけど、
そうですね。そのコラムも、もしご興味あれば検索していただければと思います。
IT 業界でプログラマーは評価されないっていうのでググっていただくとですね、
出てくるコラムなんですが、
そこでまさに私がそういう機能に立たされた時にどうしたのかっていうところを
書かさせていただいたりとかしてるんですが、
その中のエピソードとして、
35歳ぐらいかなの頃に、
私が尊敬するジェネラルマネジメントの一人が、
その時、
プログラミング絶対手放さないという、
いじの張り方をしたというか、
そういう時に私が思ったのが、
いや、プログラミング絶対手放さないっていう、
そういう意地の張り方をしたというか、
で、その時に、
プログラムを作ってからも、
自分の中でプログラムを作ってさ、
そのプログラム作れなくても、
そのプログラムを作っても、
いじの張り方をしたというか それは 今の時代とか もしくは今から
8年とか9年ぐらい前 プログラマー がすごい復権したというか 持て
はやされる時代がやってきたと思 ってるんですけど そういうムーブメント
が必ず来るだろうなって思って たんですね その当時からも 小さい
頃からもそうなんですけど なので そこでプログラミングを手放して
しまえば プログラミングでできる 可能性を捨てることになる なので
マネジメントとか系やってても 絶対プログラミングは絶対手放
さないと そう決めてたんですね
なるほど なので どっちも今 やられているってところをずっと
続けてるってことですね
そうですね いいとこ取りをしてる という感じで スタッフからはもう
ちょっとプログラミングしてください とか もしくはもうちょっとマネジメント
してくださいって怒られることも あります でも 友達のCTOとかCIOは
エンジニアコミュニティと経営の経験
大体みんな怒られてるんですよ あなた 入るとチームの速度が遅く
なるからやめてって言われたり とか そういうこと言われてるCTO
とかCIO 結構いるって聞いてるん で 多少 自分が足引っ張ったり 自分
の興味あるところに突っ込んだ としても 積極的な人が結局勝つ
のかなみたいなっていう そういう 感じで ちょっとわがままを言わ
せていただけてる 言ってしまった わがままを何とかしてくれる仲間
もいるよねっていう そんな感じで 過ごしてます
本当に今 どっちも辞めずにやり 続けるみたいなのはすごいなと思
って お話聞いていてっていうのも 僕も今 開発組織をどっちかっていう
とマネジメントする人間ではあって いろいろやっぱり経営的なところ
も ちょっと片足突っ込みながら いろんなこと考えてるんですけど
そういうのいろいろやってたり すると なかなか どうしても手を
動かすみたいなところが 先ほど 話は軽かったと思うんですけど
断続的になりやすかったりとか 多分 やっぱりそうなるとメンバー
にも迷惑かけちゃうし 自分もあんまり 集中できないし パフォーマンス
悪くなるなみたいなので 僕は 今 あえて あんまり開発ってところ
に入らずに 外側からいろいろサポート したりとか アドバイスしたりとか
そういう感じで関わりを持って たりするんですけど いわゆるどっち
もやり続けるために必要なメンタリティー とかテクニック的なものがあれば
ぜひ僕が
おだしょー なるほど さすがに私も プロダクションコードに120パー
投入ってできないんですよ なので 大体 領域を区切ってるんですが
新しいテクノロジーだったりの 先行調査だったり あとフィジビリティ
だけやるとか プロダクトのプロトタイプ だけやるとか テストマーケティング
だけやるとか 割とそういう 何て 言ったらいいんでしょうね 本当の
プロダクションじゃないところ に結構 手を出すようにしてる
という感じなんですかね 結構 そういうところって プロダクション
を開発されてる方とか チームで 開発されてる方って なかなか勉強
時間取れなかったりとか 調査の 時間とか取れないと思うんですよ
なので その辺りを肩代わりする みたいなのが 割かし多いんじゃない
かなって思ってます
おだしょー 自分自身をブロッキング タスクみたいなところにアサイン
しないというか 平行で進められる ようなところをやっていくって
ことですね
三沢 そうですね そういうちょっと 軽めのとこだけやるとこみたいな
おだしょー ちなみになんですけど そういう軽めのところをやっている
中で もっとがっつり開発関わり たいなと思ったりはしないですか
三沢 めっちゃありますよ
おだしょー あります あるんですけど それをやり始め
ちゃうと まずいくつか問題点が あると思ってて 他のやりたいこと
ができなくなっちゃう可能性が やっぱり高まるんですよね それなり
にブロックする時間帯が長くなる ので いろんなことが多分興味
があって できなくなるっていう ちょっとそういうデメリットは
あるのかなっていうのが1個あります もう一つは 多分チームとのコミュニケーション
を切らせちゃいけないみたいな っていうので やはりこれでも動き
にくくなっちゃったりとかする とか もしくはチームメンバーの
ほうに迷惑かけちゃうっていう のもあるかなと思って なので
できるだけ私と 本当に経営者として 失格なんですけど できるだけ私
と接点を取らないでくださいみたいな そういう方針を掲げていたりとか
そういうのもあったりするって 感じです これもチームメンバー
から不平不満が出ます すみません ちょっとそこについて
ところすると 最近はちょっと付き合い が良くなりました 毎日のミーティング
とかでもそれなりにお付き合い するっていう機会が なんかそれは
あれですね いい人を育てていく っていう観点では 結構大事な話
なのかなと思ってて 割と朝会とか 夕会とか出るようになってます
ね
おだしょー ピアセルさん 今日は ありがとうございました
開発とマネジメントの両立
ピアセル ありがとうございます
おだしょー まだまだお話し足りない ので 次回もピアセルさんとお送り
します ということで 今回はピアセル さんについていろいろお話を伺って
きました 本当にお話を伺っている 中で とにかくやっぱりプログラミング
が好きなのはもちろんのこと やっぱり いろんなことに挑戦したり
とか 物作りをしたりっていうところ が本当に大事な方なんだなっていう
のは お話聞いてすごく感じました ただ その一方で いわゆる経営
みたいなところもされているっていう ところもあるので 実行経営者的な
目線で ある意味で いわゆるちゃんと メリハリを持って いろんなものを
考えてらっしゃったりとか そういう ところをすごいお話聞いて感じ
たので 僕も今 マネージャーとして 働いてはいますが エンジニアとして
のメンタリティってところもちゃんと 無くさずに 自分はエンジニアだぞ
って言い続けることをやっていき たいなっていうふうに考えました
ピアセル ありがとうございます
おだしょー さて この番組では 感想や次回ゲストの質問 リクエスト
などをお待ちしております 番組 詳細欄にあるリンクより お気軽に
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書いてもらえると嬉しいです 聞いた株式会社は エンジニアを最高
に幸せにするというミッション のもと エンジニアに関する知識
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は聞いたプロダクトマネジャーの 清野俊文と
福岡エピソードプログラマーの ピアチェデでした