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おはようございます。このチャンネルは、子どもが育った後のぽっかり感を抜けて、
第二の人生を味わい尽くしながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく、私、Emmyの声の記録です。
少し過ぎてしまいましたけども、今日は母の日に寄せて、私が母の日に何もなくても平気な理由っていうお話をしてみようと思います。
母の日って、私の中では二つの立場がある日です。 一つは、娘として自分の母に対する感謝を持つ日。
で、もう一つは、自分が母の立場で息子との関係を振り返るという立場の日です。
母の日って、当然毎年やってくるじゃないですか。 お母さんにありがとうって花を送ったり、プレゼントしたり、
家族で集まって食事をしたり、そういうことをきちんとされているご家庭もたくさんあると思います。
私はというと、自分の母にはLINEをしたくらいです。 昔はプレゼントしたりとかお花を送っていたっていうこともあったんですけど、
私の母は自分というものがすごくはっきりある人なので、自分が欲しいもの以外に関心がないんですよね。
だからこれがいいだろうと思ってプレゼントしてもあんまり喜ばれないんですよ。 ということで、せめて消え物をと思ってお花を送ってた時期がありました。
でも結局そのお花もね、もったいないからもういいよって言われるようになって、 何なら私よりお金持っているんです。
だから何かプレゼントとか物とかね、そういうものをしてあげる必要ないんだなっていうことに思いました。
そういったプレゼントをするたびに、何度も元気で暮らしていることが最大の親孝行って言われていて、
だからもうね、物とかいらないなっていうのをね、ここで自分の腹を落ちさせてやめることにしました。
ただ、メッセージを送ったりとかそういうことは簡単にできるし負担にもならないと思うので、
どうしてる?みたいな話とか、こっちはこういうふうに頑張っているよ、みたいなそのLINEでメッセージをすることはやってます。
あと一つ言えるとしたら、母の日だから何かするというよりは、母が何かして欲しいって思っている時、して欲しそうな時、
そういう時に心よく手を貸せる娘でありたいなと思っているし、そういうふうに動いてますね。
ということを母の日の動きとして、子供がどう立ち回っているかを多分息子も見ていたでしょうね。
だからって言えるかもしれないです。だから息子から見ても母の日だからとか、誕生日だからとか、そういう特別な日に親に対して何かするっていうことはほとんどありません。
私から親に連絡していることを当然息子は知らないので、だから連絡していることすら気づいてないのかもしれないですよね。
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だから母の日に連絡しようという気持ちも冒頭ないのかもしれないです。
でも今私はもうそれでいいって思っています。
こんな境地に至ったのも去年の今頃、ママ友と集まった時にそういう話題になったんですよ。
私の一番仲の良いママ友には、うちの息子と同じ同級生のお嬢さんがいまして、今大学4年生。
そのお嬢さんがとってもコミュニケーション上手というか、お母さんに母の日とか誕生日とか必ずカードを書いてくれるっていう話を聞きました。
もうすごい素敵だなって思うし、私ももちろんもらえるものならもらいたい。
でも我が子に関して言えば、そういうことはまず見込めないっていうのも分かっているので、期待もそこまでしてない。
そんな感じでおります。
そしたらそのママ友から、なんでそんなに平気なのって聞かれたんですよね。
で、その時になんでだろうって思って考えたんですけど、私はその時、息子から一生分の母の日のありがとうを受け取ったっていう感覚があったからかなっていう答えに至りました。
そう思った出来事の話をちょっと紹介したいと思うんですが、
それは息子が高校を卒業して大学進学で地方に一人暮らしを始めるってなった時のことです。
息子は家事をほとんどしたことがなかったので、一人暮らしを始める前に自分の新生活が無理なく定着するようにいろんな家事を教えていた時期がありました。
味噌汁を作り方とか卵焼きの焼き方、あと掃除の仕方、洗濯はこうするよとか、あと季節ごとのいろんなお手入れ品もありますよね。
エアコンとか暖房器具とか扇風機とか、そういうものの掃除の仕方を含めていろいろ一つ一つ一緒にやっていました。
で、一人暮らしって自分の生活を回していくことじゃないですか。
お腹が空いたら食べるものをもちろん自分で用意しないといけない。
で、そのためにはまず買い物から始まりますよね。
で、買ってきたらそのものをどう保存するかも考えてないといけない。
で、いざ料理して食べてお腹いっぱいになってもそれで終わりじゃなくて洗い物があるし片付けもあるしゴミも出るしってなってきます。
で、洗濯もそうですよね。
一回洗ったら終わりじゃなくて洗って干して畳んでしまう。
で、しまったそばからまた次の洗濯物。
もう家事って全部そうじゃないですか。
一度やれば終わりじゃなくてまた次が出てくる、次が出てくる。
延々と続くエンドレスゲームみたいなそんな感じがします。
で、息子はそれを自分の生活ということで自分事と考えて初めて体感したんだと思います。
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これからこれが毎日続くんだみたいなね。
で、その時に息子がしみじみ私にこういうふうに言ったんです。
お母さん今まで本当に頑張ってくれてたんだね。
ありがとうって。
で、私もめっちゃその一言感動して、
え、今なんか聞こえた?みたいな。
もう一回言ってって言って、本当にもう一回聞きたかったんですけど、
そういうこと言うからダメなんだよって言われて二度目は聞けなかった。
だけど本当にあの言葉忘れないですね。
もうこの一言で一生分のありがとうをもらったなって思いました。
だから今ね、母の日に温身普通でも全然平気。
誕生日覚えられてなくてもまあそうだなって思います。
自分の生活をね健やかに回せているんだったら本当にそれだけでありがたい。
そんなふうに思ってます。
もちろんですよ、母の日に何かしてくれたらめっちゃ嬉しいです。
もう母の日だねとかもうそれ一言でも嬉しい。
でももう何もなくても平気です。
高校卒業したばかりのね男の子、18、19ぐらいの男の子が母親に向かって
そんなふうにありがとうって言ってくれるのってもうだいぶ照れくさかったと思うし、
めっちゃ尊いことだなって思うんですよ。
だからまずそんなふうに感じてくれたっていうその感受性に本当に感謝してるし、
でまたそれを言葉にしてくれたことがもう絶大にありがたい。
そんなふうに思います。
子供からね、お母さんありがとうとか両親に対して感謝とかそういうことって特に子供時代ってほぼないですよね。
子供にとっては家の中のことってもうほとんど全部当たり前だと思うんです。
家に帰ればご飯があるとか服が洗われてるとか布団が整ってるとか
必要なものが必要な時にあって季節が変われば自然にいろんなものが入れ替わってるっていうこれ全部もう生活の背景ですよね。
で私自身もそうでした。
もう今でこそね、両親には本当にいろんな面で感謝してるんですけど、
子供の時はもうそれを当然だと思ってましたね。
なんか親がどれだけのことをしてくれてたかっていうのは全然わかってませんでした。
まあどんだけ親不幸だよって今ね、かつての自分には言ってあげたい気もしますけど、
ひるがえって今私はそれをそれでいいと思ってます。
だから息子に対してもそれでいいと思ってます。
子供の頃からね、常に親に感謝しなさいっていう話じゃなくて、
家の中で安心して自分のことに集中できるっていうことも子供の特権だとそんなふうに思います。
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だからいつか自分で生活を始めた時に、
改めて、あれは児童で行われていたことじゃなかったんだとか、
親が、母が、父がやってくれてたんだって気づけたら、
もうその気づきがあるだけで私は十分だなって思います。
だからあの時の息子のね一言を聞いた時、
私の方こそありがとうって思いました。
生活の手間を築ける子になったんだなとか、
そのありがとうっていうのを言葉にできる子になったんだなって思えたことが私にとっては本当に大きかったです。
でまぁそれに関して言うと夫の姿もね大きかったと思います。
夫は日常からありがとうとかごめんなさいを迷わず言葉にする人なので、
その姿を息子も自然に見ていてそうなったのかなってそんなふうに思います。
ということで今日は母の日に寄せて、
母の日に何もなくても平気だと思える理由についてお話ししてみました。
母の日に何かもらえることはもちろん嬉しいです。
でも何かもらうことだけがね感謝を受け取る形ではないと思うんですよね。
とはいえ子供が育った今だからこそ私はこういうふうに感じられているのかもしれないなぁとも思います。
第二の人生を味わい尽くす中で見えてきた一つの変化なのかもしれないということも思います。
皆さんは母の日にどんなことを感じましたか?
送った側でも受け取った側でも何もしなかった側でも何か心に残っていることがあればコメントやレターで教えていただけたら嬉しいです。
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最後までお聞きくださってありがとうございました。
また次回お耳にかかりましょう。
素敵な一日をお過ごしください。
エミでした。