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おはようございます。このチャンネルは、子どもが巣立った後のぽっかり感を抜けて、 自分を育て直しながら、第二の人生を味わい尽くしていく、 私エミの声の記録です。
私は今、対話・コラージュ・コーチ・養成講座という講座に参加していて、 先日レッスン2を受けました。
そこでの気づきを、昨日、問いの立て方というテーマでお話ししたんですけど、 今日はそこからもう一つ、今回のワークですごく感じた、
正しく考えようとすると、思考が止まることがあるというお話をしてみようと思います。 まず、何度も聞いてくださった方がいらっしゃるかもしれませんけれども、
対話・コラージュ・コーチ・養成講座で、何をしているかということをお話しさせてください。 まず、自分の中にある価値観とか考えを問いを使って広げたり深めたりして、それを最終的にコラージュという
視覚表現にしていく、コーチを養成する講座です。 私はこのコーチ・養成講座、前4回のレッスンの、今2回目が終わったところなので、
まさにこの途中にいるというところですね。 前回のレッスン1では、
まず自分の価値観を見つけるというワークをしました。 最初に私は何々をしたいというものをたくさん出して、その中から特に自分にとって大事だと思うものを3つ選ぶ。
そこから、なぜそれが気になったのかとか、どうしてそれをするといい気持ちになるかみたいなのを、問いを重ねながら一つ一つ深掘りしていくということをやりました。
最後に、この全体のその問いの答えを鳥の目で見るような感じで眺めてみて、ここに共通している、私が大事にしているものって何だろうというのを導き出したんですよね。
それが自分の価値観ということにつながる。 私が導き出した価値観というのは、今回のケースでいくと自分を生かすというものでした。
今回のレッスン2では、この自分が選んだ自分を生かすというこの価値観に、今度は社会というものを掛け合わせて、さらに問いを立てていくという、こういう練習を行いました。
レッスン2の事前学習をしたんですけれども、このそもそも問いにはいろんな種類があるということを事前学習で学びました。
例えば、答えが絞られていくクローズドクエスチョンという、イエス・ノーで答えるとか、もう事実が決まっているものとか、そういう答えが簡単に絞られていくものはクローズドクエスチョンと呼びますと。
他にはどうしてとか、どんな時とか、どんどん広がっていくタイプのオープンクエスチョンもありますよという、そういう内容の事前学習をした上で、今回のこのレッスンに挑むというわけなんですけど、これは問いがどっちが良い悪いとかじゃなくて、
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例えば思考が広がりすぎて決めにくい時はクローズドを使うと良いかもしれないし、行き詰まっている時は広げていくオープンクエスチョンが良いかもしれないし、という使い分けをしていきましょうという、そういう学びでした。
それを踏まえた上で、今日は7人の受講生がいらっしゃったので、3人と4人のグループに分かれて、1人のテーマについて10分間、みんなでひたすら書ける社会ということでワークをしたんですよね。
目標50個問いを出しましょうということでやりました。私が入ったグループは3人だったんですけども、私のテーマは自分を生かす、なので私たちは自分を生かす×社会を考える、もう1人の人は余裕を感じること×社会、もう1人の人は良い孤独×社会ということで、この3つのテーマについて順番に10分ずつ問いを出していくというワークをしました。
この問いに関しては×社会というふうに言われてるんだけど、あまりそこにこだわりすぎると質問が出てきにくくなるので、間違ってるとかあってるとかそういうことは関係なくとにかくたくさん出してくださいっていうね、そういうお達しというかアドバイスがあったわけですよ。
だから私もすごい戸惑いながらもとにかくどんどん出しました。一個一個いいですねとかこう思いますとかやらないで、とにかくバンバン問いを立てるっていうことですね。
結構ねブレストのようにうまくいったんじゃないかなと思います。途中でもちろん止まってしまうこともあったけど、割とたくさん出ました。
例えばご紹介すると私の自分を生かすというテーマでどんな問いが出たかというと、どういう状態だったら自分を生かしていると言えるとか、自分を生かしてないってどういう状態とか、100年前だったら自分を生かすってどういうことだったんだろうとか、男性だったらとか老人性だったらとか、1億円持ってたら自分を生かすということで意味は変わるとか、自分を生かした記憶のもとはどこにあるとかいう感じでね、
本当にやっぱり3人集まると自分が思っても見なかったところから疑問が湧いてくるんだなっていうのを体感した瞬間ですね。
ということでかける社会のこともちょっとちらつきながらも出せたかなという感じでやりました。
1人目が終わってまたブレイクアウトルームが戻ってみんなで全体で集まったときに、私たちのグループは私が一番だったのでこんな感じでバーって進めてたんですけど、
別のグループではやっぱりこのかける社会についてのモヤモヤがすごく募ったみたいで、ブレイクがかかってみんなねブレストが広がらなかったという話があったんですよね。
すごくそこが興味深くて、やっぱり結局みんな正しい答えっていうか正しい問いを立てようとしちゃってるんじゃないかなっていうのを思ったりして、
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私が今後、例えばこの対話コラージュの講座をやるってなった時にも、もしかしたら落ちるかもしれないことだなと思ってすごく興味深く見ていました。
なんかちゃんとやろうとすればするほど問いが出なくなっちゃうということですよね。
講師の方がこの何々テーマかける社会というものを厳密なフレームとして考えなくてもいいと、土台として社会を意識するけど、一個一個これは社会につながっている問いなのかということを精査しないで、
そういうことに止まってしまうくらいだったらはみ出していいので、もうどんどん連想ゲームのように出してくださいと。
そうすることで、その問い自体は社会につながってなかったとしても、それを聞いた別の人が、だったらこういう問いは?っていうことを思いついて、それが社会につながる問いになるかもしれないですっていう、そういう説明がありました。
その説明もなんか秀逸だったなと思うんですよね。おっしゃっていることわかりやすかったし、なので私は本当に腹落ちしながら、私たちのチームはどんどん2人目3人目っていう感じでやっていくんですね。
私もう一つこのワークの中ですごく興味深かったのが、1人でやるでもなく2人でやるでもなく3人でやるってことが秀逸だったなっていう気づきがあったことはね、すごく興味深かったです。
1人目の問いを出していって、さらに2人目って3人目って順番に出していく中で、さっき出した問いって主語を変えたらこちらでも使えるねってことに気づくわけですね。
例えば私の中では100年前だったらどうだろうっていう問いがあったと、さっきお話ししたんですけど、これも私の場合は100年前だったら自分を生かすってどういうことだろうっていう問いになるけど、
もう一人の人の100年前だったら余裕を感じるってどういうことだったんだろうとか、100年前だったら良い孤独ってどんなものだろうっていうふうに転用できるなと。
そうするとまたさらにバリエーションも増えますよね。
ということの気づきで、もう全部これも流動的にどんどん増やしていけるきっかけになりました。
男性または女性だったらっていう問いだとか、80歳だったらとか、1億円持ってたらとか、もう他のテーマに差し替えるだけで普通に単に問いが増えるので、そういう気づきもあって良かったなって思いました。
私たちは3人グループだったんで、4人グループの人たちが最後の1人について考えている時間は余分として10分残ったんですよね。
それで私たち今度は自分を生かすと余裕を感じると良い孤独っていうこの3人のテーマをまとめて眺める俯瞰した時間っていうのを持つことができました。
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そうするとそれまで1人ずつ別々に考えていたものっていうことの間に今度は何か繋がりが見えてきたりとかしてね、視点がもう一段上がっていくなっていう感じがあったんですね。
その時私すごく痛感したのが1人だと点だけど2人だと線になって3人以上になると面になるっていうその体感がここですごくあったなっていう感じがありました。
この後ね講師の方も1対1で行き来したりするだけじゃなくて面の中を自由に動きながら広げていけるっていうメリットもおっしゃっていたので、
いや確かに3人以上ってそういうことあるんだなっていうのをすごく感じました。今回のレッスンっていうのはね問いを立てるっていうことを学ぶ時間だったんですけど、
問いを立てる以上にこの3人で考えることのメリットっていうのも受け取れてすごく良かったなと思いました。
もう一つのチームは正しく考えようとそればっかりに気をとらわれたせいで思考が止まるっていうパターンをずっと感じてたみたいで、それはちょっと気の毒だったなという気はしますね。
ということで今日は問いを立てる練習を通して正しく考えようとすることがかえって思考を止めてしまうこともあるよねっていうことについてお話ししてみました。
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最後までお聞きくださってありがとうございました。また次回お耳にかかりましょう。素敵な1日をお過ごしください。
エミでした。