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第260回(2) フリートーク② ~「トゥ・ランド」試写&ハル・ハートリーの話をちょっと~
2026-04-28 47:54

第260回(2) フリートーク② ~「トゥ・ランド」試写&ハル・ハートリーの話をちょっと~

フリートークをしました。 後半ではハル・ハートリー監督作品『トゥ・ランド』の試写の機会をいただいたのでその話と、ハル・ハートリー過去作などについて話しています。 ■メンバー 山口 https://creators.spotify.com/pod/show/chottoeibana マリオン https://x.com/marion_eigazuke オーイシ https://x.com/pteryx_joe ■映画の話したすぎるBAR 日時:2026年5月1日(金) 詳細:https://virtualeigabar.com/eiga-bar 場所:『週間マガリ』大阪市北区天神橋1丁目11-13 2階 https://magari.amebaownd.com ■【告知】5月は東京イベント2連発! ・5/9(土) 映画の話したすぎるBAR in Tokyo 場所:イベントバーエデン日暮里 詳細:https://virtualeigabar.com/eiga-bar_2026-5_in_tokyo/ ・5/10(日)『Podcast Weekend 2026』出店 場所:世田谷HOME/WORK VILLAGE 詳細:https://virtualeigabar.com/podcastweekend/ ■お便り https://virtualeigabar.com/contact ■SNSアカウント X(Twitter):https://twitter.com/virtualeigabar Instagram:https://www.instagram.com/eiga_shitasugi ■番組グッズ販売 https://suzuri.jp/virtualeigabar

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00:00
はい。では、あとあの今回フリートークの中で、 試写の機会をいただいているので、ちょっとそれの話をしておきたいと思うんですけれども、
それがあのハル・ハートリーのトゥ・ランドですね。 この収録時点ではまだ公開されてないんですけども、
配信時点では多分公開されているはずです。 じゃあちょっと3人とも見ているので、少し触れとこうかと思うんですけども、
じゃあマリオさん解説だけをね、できますか。 はい、映画ドットコムより解説読ませていただきます。
トラストミー・シンプルメンなどニューヨークのインディペンデントシーンを象徴する映画作家として知られるハル・ハートリーが、コロナ禍での制作中止を乗り越えて完成させた11年ぶりとなる長編監督作品。
陰とん状態だった映画監督が余命僅かと勘違いされたことから起こる騒動を描くドタバタ喜劇。
58歳のジョー・フルトンは、かつてロマンチックコメディーで人気を博した映画監督だが、今は半ば引退状態である。
時間を持て余すのは良くないと考え、近所にある墓地で管理人の求人が出ていたことから、その仕事に応募する。
一方、ジョーの恋人で、テレビ界のスターミュリエルは、ジョーがユイゴン城を作ろうとしていることを知り、彼が余命僅かで就活しているのだと早と散りしてしまう。
その勘違いは周囲にも広まり、ジョーのアパートには、友人や知人、さらには見知らぬ若者たちまでが押しかけてくる。
ハートリー自身を思わせる主人公ジョー・フルトン役をビル・セイジが務める。その他、ロバート・ジョン・バーク、イーディ・ファルコラが共演。
はい、じゃあ、まあサクッとそれぞれの感想を言っていこうと思うんですけども、じゃあマリオンさんいかがでした?
そうですね、あのハル・ハートリーは本当に今回が初めてでして、僕は、はい。で、今回トゥ・ランド以外にもリバイバルで過去作も上映されるってことで、その試写もいただいてて、
トラスト・ミート、シンプルメント、ヘンリー・フルですね、この3本もちょっと見させてもらって、今作を見たっていう、僕はそんな感じですね、はい。
な感じなんですけど、そうですね、あの、過去作が意外と変な映画ばっかりで、あの、お二人はちょっと過去作までご覧になられたかわかんないんですけど、結構変で、それを見た後に最新作を見たわけなんで、結構、あ、普通にまとまって落ち着いた映画やなって思ったっていう、まず、ふうには思いました。
あの、普通にちょっと小粋な、ニューヨークを舞台にした小粋なコメディ?みたいな感じ?まあ、小粋さという意味ではウディ・アレンとかに近いのか?みたいなふうにちょっと思っていたんですけど、で、まあ、結構、まあ、終活の話?あの、終わる方ですね、はい、の話なので、正直まだ遠い先すぎるな、僕にとってみたいな、映画に思ったりはしたんですけど、
03:02
ただなんか、じゃあ今自分が死んだときに、いろいろ手元に残ってるものって絶対出てくるじゃないですか、あの、じゃあ僕今残ってる映画パンフレットとかどうすんの?とか、あと家にはニトリとか無印で買った家具とか放置されますが、これはどうされたらいいでしょうか?みたいな、なんか生きてるだけでそういうのって残ってくもんだな、みたいな、っていう部分にまあちょっと考えを巡らしている話だなというふうに思って、なんかそこの視点とかが面白いなというふうに思ったりしましたね。
うん、けどなんか大体多分そういうの処分されちゃうものだと思うんですけど、でも何かは残ったりもするしってことがあるだろうなって思ったんですよね。それこそ、なんか昔歌ってもらった子守唄とかね、実は残るかなっていう予感が見せてくれたりとかしましたけど、なんかそういうことをいろいろ考えてみたりとか、ちょっと哲学的な話が結構劇中何回も繰り返されますけど、
なんかそういうことをやって考えてる時間みたいなのがすごい豊かであるみたいなことを、なんかすごい75分くらいのかなり短い時間、タイトな時間で描き切ってて、なんかこれはすごくいい映画だなというふうにすごい思いました。ただなんか僕は過去作のぶっ飛んだ感じの方が好きですっていう部分。落ち着いてんなって思って、はい、っていうのはありますかね。
大石さんいかがでした?
僕も、トラストミーはさっき見終わって、マルソンおっしゃる通り変な映画だなっていう、でもめちゃくちゃ面白かったんですよ、トラストミーも。それに対して、デッドランドから僕は自分、あのハルハートリを見ているわけですけど、なんて言うんですかね、長屋話見てるみたいな面白さと言えばいいんですかね。
ああ、はいはい、なるほど。
なんかね、その、親さんが死ぬかもしれないって勘違いした、あのヨタが、こういろいろと、なんていうか、いろんな人が集めてくるみたいな、落語かな?みたいな話じゃないですか、これって、すごい。
そこが、そこをやりつつ、ある種その、生きているとはという哲学というか、なんて言うんですかね、その会話の底が賢に、ちょっとしたこう思考を巡らせるような言葉が、こう散りばめられているような形になっていて、で、なんかこう、終わり行く、その優秀の美じゃないですけど、こう、人が終わっていくときに何を考えるか。
まあ、とはいえ、それは本人の中では常に多分考えていることだから、勝手に周りがそう読み取ってるだけではあるんですが、なんかその、おかしみと奥深さみたいなのは両方共存しているような感じの会話劇で、なんかすごい面白いなって思いながら見てましたし、最後のもうまさに大団円と言えばいいんですかね、今泉力也かよって思いましたけど。
大平 全員集合感ね。
あ、そう、あの全員集合感。で、なんか全然違うところで、こうクリエイティブが始まる感じ。すげえ今泉力也っぽいなって思いながら最後見せたりもしたんですけど、なんかそのオフビートな感じも含めてすごい好きだなって思いましたね。
大平 そう、なんか彼自身がロマコメを撮ってた監督というふうに言われているけど、なんかその中にこう、ちょっと宗教的なものを読み取ってくれる人がいたりとか、じゃあいざ宗教家の方に会いに行ったら、宗教は信用できないからいいみたいなこと言われたりとか、なんかその感じの、なんか人間の面白さというか、その複雑さみたいなものが本当に一個一個の会話劇の中に見事に現れていて、
06:28
本当この映画、絵としてはさっき森さんおっしゃった通り、トラストミーの方が絵として面白い絵が多いんですよ。あそこでこの人の会話中、その人ズームするんだみたいな絵がトラストミーめっちゃ多いんですけど、なんかそういう技術的なことよりも真正面から喋ってる人撮ってる、じゃあ撮ってるんですよ、トランドの方が。だからあんまりその絵としての面白さってところを廃しても、会話劇でむしろ押し切ってやろうって感じがあるのは、それはそれで好ましいなと思って自分は見たりしてましたね。
はい、えーと僕はハルハトリーの作品はこれしか見てないんですけど、過去作ってロマコメ撮ってるんですか?ハルハトリー自体は。
いやー、あれロマコメ。
あの、トラストミーを思わせることを今回の主人公言いますよね。
うん、言ってますね。
なので一応あれがロマコメなんじゃないっていう。
まあそうですね、だから堂々のロマコメとは多分違う気がするけどなと思いながら。
だいぶ変化球ですけど。
だいぶ変化球。
ずっと変化球です、この人。
いや、見始めて、あ、また自分の話してるって初め思ってたんですよね。
はいはい。
なんかこういうちょっとインディペンデント映画とか撮ってる人って、この歳になると自分の話すんのかなっていう。
というか別にこの歳にならなくても自分の話してますよね。
レオス・カラックソンの時とかもこれずっと自分の話してるなみたいな話してましたけど。
うんうんうんうん。
ただ、このね、老いてなお哲学の話してるっていうのが僕結構好きで、
なんか哲学の話すんの良くないですよってなるのが結構世の中だと思うんですよ。
もっと実質的なことを考えた方がいいみたいになるのが世の中だと思うんですけど、
基本的に考えたいのはこれだよなって僕ずっと思ってて、
僕基本酔っ払ったらこういう話ばっかりしてると思ってるんですよ自分では。
この劇中の登場人物みたいな。
各々の哲学を適当に喋ってる。
それが信念とかじゃなく、この瞬間なんか人生ってこんな感じの気がするなみたいなことを、
適当にペラペラ喋るのが酔っ払ってる時の僕だと思うんですけど、
これやなと思って。
基本的に人生って最終的にやりたいのはこれだからっていう。
分かります分かります。
それがすごい良かったなぁと思いましたね。
09:02
出てくる人たちの適当さもすごい良くて、
僕一番好きなのは社会主義者の隣人なんですけど。
あいついいキャラしてんだよな。
むちゃくちゃいいですよね。
めっちゃいい。
適当なんすよあいつ。
適当。
それぞれがそれぞれの人生訓みたいなもの。
真に迫らずオフビートにずっと語られ続ける。
なんか今、登場人物が喋ってることが、
この作品としてのテーマとかではないなみたいなのは、
なんとなく思う温度下になってると思うんですよ。
この作品ってこれを言いたいんだなっていう風に取られてるセリフってあるじゃないですか。
どれもそうなってない。
どれにも体重がかかってない。
全体像として、
なんとなくなーなーで流され続ける哲学みたいなことが、
流れ続けるみたいなのが本作のテーマみたいな感じなのかなって思って、
それがすごい良かったですね。
コメディなんだろうけど、
コメディにしてはオフビートすぎて、
笑うとこなんかなみたいな。
ゆるすぎるんですよね本当に。
ただ、それ含めていいというか、
面白がっていいのか?これみたいなのを、
疑いながら考えながら見てるみたいな。
実際、劇中でも言われてたじゃないですか、主人公。
よく分かってない観客に疑いの根を持たせるのが、
あなたの作品だみたいなことを見て。
言ってた言ってた。
見たいんだよなあそこ。
これのことやなみたいな。
言ってた言ってた。
言ってました言ってました。
真に迫ろうとするにはあんまり体重がかかってない、
そのまさにちょっと綱引きみたいなものを、
スリリングに楽しんでるところもあるなと思いましたし、
いろんな意味でちょうど面白かったですね。
ちょうどこれ見てた時に、
これっぽいな、次落語っぽいって話もしたんですけど、
もう一個ちょっと思い出せたものがあって、
私、ポッドキャスト番組で、
岸正彦のちくわ日記っていう番組があるんですけど、
お二人ともご存知ですか?
名前は知ってるんですよね。
僕は全然知らないです。
本屋さんとか行くと、東京の生活史とか大阪の生活史っていう、
分厚い本が最近ちょっと、社会学の中で発観されてるんですけど、
生活史の聞き取りをされてる方なんですよ。
生活史っていうのは要は、その人のとにかくインタビューというか、
目的を持ったインタビューじゃないんですよ。
とにかくその人がどう生きてきたかをたらたら聞くっていうものなんですよね。
ちょっと性格じゃないかもしれないですけど、
それを編集をできる限りせずに、
12:01
分かりやすくせずにそのまま記録を残すっていうことを、
結構生活史の記録としてやられてる先生なんですね。
京都大学で教鞭を取られてる社会学の先生なんですが、
その方の番組が、
まあですね、とにかくもう、
リスナーからお便りが来るんですけど、
オチもなければ、でもなんかちょっといいなみたいな感じの話ばっかり聞いて、
それをいいですねって言って終わるみたいな番組なんですよ。
そこから全然関係ない話とかし始めたりとか、また戻ってきたりとかっていう、
ああ、人生やなあみたいなこと言って終わるみたいな。
なんかね、その感じがするんですよね。
トゥランドすごく。
確かにな。
なんか、めっちゃそんな、
基本この人の絵が、
そんな大きな山とかないじゃないですかっていう感じなんですけど、
中心まったりしてるので、
そのまったりさが曲に来てるなと思いましたけど、今回。
個人的にはですよ。
そうですね。
中身大雑把に捉えた中、範囲でも、
もうすぐ死ぬと勘違いされて、
周りが行動するって、
もっとスラップスティックにできると思うんですよ。
そうですね。
ただ、その勘違いしての行動にしても、
別にそれでわちゃわちゃならないじゃないですか。
ああ、勘違いな。
ふんふんみたいな。
そうね。そうなんですよね。
変なことになるとだいたいピアノでガーンってなる。
そうそうそうそう。
嘘みたいなピアノ鳴りますよね。
あれほんとね、トロに足らないというか、
この物事のトロに足らなさを表すBGMとして最高だなって思ってましたけど。
その、なんかこう、盛り上げないですよね。
この空気だけ吸ってって感じで流れていくから。
でもだからこそ、すごい生活感があるなっていうのは、
どの登場人物にも感じたところではありますね。
それこそフルトンの恋人であるスーパーヒロイン、
スーパーヒロを演じてる。
彼女とかもなんか、写真撮影を適当にこなしながらこう、
フルトン死ぬかもしれないみたいな話を目引くことするじゃないですか。
あそこ最高だなって思ってるんですけど。
そんな感じでいいよ、この写真撮影ってって思いながら。
でも彼女は彼女で自分のことも、自分の人生のキロにも立ってるみたいな。
その描き方が、なんか非常にいいし、
なんとなくマリアさんはわかるかもしれないけど、
トラスメの主人公っぽくもあるというか。
15:02
なるほどな。
どういう決断をすればいいかっていうところを、
迷ってる女性の像としてはすごい似てるなと思って。
しかも最後、結婚しないってことは、
自分自ら決断するあたりもすごい似てますし。
そうですね。
結構、そういう着地内にああみたいなのはちょっと、
意外とそこは確かに予想を裏切られた場面ではあったし、
そもそもどういう役をやりたいかみたいな部分に、
やっぱその人の人生観というか、
考えてることが出てくるなっていう感じはしたんですよね。
なんかちょっと、
ほんまにそれで合ってるか?みたいなつけちょっと思ったりしたんですけど、
インタビュー答えてるとき。
ほんまか?みたいな思ったりはしたんですけど、
でも考えてる、あれも一種の哲学だなって思うんですよね。
人って何だろうっていうこと?
複雑性をやっぱその、
役者として表現しなきゃいけない仕事なので、
やっぱりそういうの考えたりはするよねみたいな。
っていうのがやっぱなんか、
さらっとよくあるね、
インタビューシーンだと思いつも、
結構テーマ的には、
なんかさらっと入ってて、
でもきちんとピースとしているなっていうふうに思うんですよね。
全員切実ではないんだけど、
悩んでるっていう感じの描き方。
なんとなく問題を先延ばしにしながら悩んでる感じが
登場人物みたいにするじゃないですか。
それがすごいリアリティがあっていいなっていう感じがしたんですよね。
だって生活ってそうだしなっていう。
僕あのシーンで、
手に持っているライトセイバーの作りが絶妙に安っぽいのが結構、
それ安っぽないかみたいなのをめっちゃ決めて持ってるから。
この映画自体の予算とかもあるのかもしれないけど、
あの映画絶妙にシュールやなと思って。
そうですね。
あのドラマめっちゃ売れてるって本当かなっていう。
本当にそんなロングシリーズになるかね、
人は思うんですけど、
まあまあまあそういうことやろうっていう。
そこはいいやろうみたいな。
なんか部屋に友人何か集まってくるのとかもね。
あんまり意味ない。
墓場の管理人のおっちゃんとか別に、
用終わったら帰ったらええやんって思うわけですよ別に。
もともとないことを言うとですけど、
あそこに何か集まってきちゅってんのおもろいよなみたいな。
もういいじゃん。面白いからっていう。
それはありますよね。
やっぱりなんか、
どうしても誰かが亡くなった時に残っちゃうものの一個に
人間関係もあるなって思ったんですよね。
そう。そういう物体的な話で残るものを整理はしてますけど、
劇中の監督、主人公は。
人間関係は残るなって思って。
そうですね。
あと知的財産も残るっていう。
そうそう。
だからその辺しっかりしないとって弁護士につかれてましたけど。
18:05
僕は別に知的財産みたいなのないからいいかって思いますけど、
人間関係とかは、
大変そのまま自然消滅でいいんでしょうけど、
せっかくだったら繋いであげた方がいいんじゃないかみたいなというか、
思わぬ繋がりが生まれたりもするよねみたいなこともあると思うんですよ。
自分の共通の知人同士が仲良くなるみたいなことってあると思うんですよ。
今回もあったじゃないですか。
実の息子だみたいな言い切ってた。
実は違いましたねみたいな感じの青年と奥さんですよね。
奥さんというか付き合ってた彼女は仕事の関係になるというか。
ああいうことも起こり得るよなって思ったんですよね。
それもある意味受け継がれていく遺産みたいなものになるよなって僕は思ったんですよね。
そういうのさらっとやれてるのもいいなと思ったんですよね。
そうですね。
これがこの作品が提供した一徹学みたいなのじゃなくて、
結構列挙して適当に買いつまんでくださいみたいな感じで流れていくから、
なんかそのバランスもいいなっていう、
なんかふわっとキャッチして、
ふわっと今後の人生で活用してくださいみたいな感じだから、
なんかその温度感も結構好ましいなとは思いながら見てましたね。
あらすじにも書いてあるんですけど、絶対ハルハートレだろっていう主人公ね。
自分にあったことだよね、これねっていう。
どうやらそうっぽいと言うとあれですけど、
そんな感じのことは資料には書いてましたけど。
絶対衣装書こうって思って弁護士相談しに行ったら、
え、こんなめんどくさいのって話に絶対なってんじゃんって思って。
だと思いますよ。
就活とかちょっとまだ考えたことがちょっとないので分かんないんですけど、
衣装書作るの面倒そうって思いました。
ちょっと僕ね、それね当事者性あるんですよ。
この前実家帰ったらね、
父親がエンディングノート書いたって言ってきて。
就活だ。
もう書いてあるんですよ、すべてのことが。
で、僕と弟がちょうど帰るタイミング合わせて実家戻ってたんですけど、
2人ともキャッチしきれなくて、
でも偉いなと思って本当。
うちの父親偉いなと思って。
めっちゃ丁寧に書いてあって、
でも今これが自分のやることって思ってやってるんだなっていうのが、
結構しんめりきたんですよね。
タイムリーやったなってそれもありました。
確かに確かに。
それはちょっとタイムリーですね。
そういうちゃんと整理ができるみたいなのがすごい恵まれてるというか、
21:04
幸運なことだよなともやっぱ思いますよね。
やっぱ本当に人間いつ死ぬか分かんないのでっていう。
その中でそういうのをちゃんとまとめられるっていうのは、
すごい幸運なことだなというふうには思いますけどね。
なんか墓盛りのおっちゃんぐらいさっぱりもしてたい気持ちもありますしね。
そうですね、いろいろ残っちゃって、
後にまだまだこれから人生ある人にどうこれを処理してもらうかじゃないけど、
変な揉め事起こされて困るしみたいなこととか考えたら、
やっぱりそういうこと整理をした方がいいのかなみたいなふうになったりするんでしょうね。
死ぬ瞬間の恐れみたいな話が割と本当にラストのラストでありますけど、
そこで荷物を減らしとくみたいなのは、
たぶん楽に死ぬために必要なプロセスなのかなってはちょっと思うんですよね。
今自分が持ってたもの、財産もそうだし人間関係とかあらゆるものが、
自分が死んだ後、これどうなんのみたいなのが分かったまま死ぬのって結構怖い気もするんで、
それをどう人の手に渡っていくかっていうのを整理しながら生きていくって、
それは渡される側の人のためでもあるんだけど、
自分がどう生きたかっていうことの整理でもあるようなと思うんですよね。
それを整理していくことが、きれいに死のうと準備することが、
晩年の生き方として結構望ましいものになったりするのかなとかね、
そういうことを考えながら見てましたね。
あとちょっと話変わるんですけど、
ニューヨークのインテリが作った映画だなって感じしませんでしたか?
それはしました。それはします。
バンバンします。
出てくる登場人物、いろんな立場はありますけど、
大なり小なりニューヨークのインテリだなって感じすごくて、
高等郵便みたいな人出てくるじゃないですか。
そんな頑張って働いてないけど、俺豊かに生きてるよみたいな人。
あまりにかつて我々が思い描いたニューヨークのインテリすぎるなって思って。
今もうちょっと熾烈な場所じゃなかったっけ、そこってちょっと思いましたけど。
すごい言う通りありますよね。
でもきっと多分、作家界隈と言えばいいんですかね、
そこの領域に至っちゃったらそういう人が集まってくるんだろうなとはちょっと思ったりはしてて、
前もちょっと話しましたけど、最近浅井亮とかとしての信頼できない語り手ってラジオがすごい好きで聞いてるんですけど、
それ聞いてると2人の話の中からバンバン作家の名前が出てくるんですよ。
親子関係があるって話で。
24:02
伊佐賀幸太郎だとか、あとコンビニ人間の作者さんとか、
普通にこれ遊んでるんだって話をしてて、
完全にトゥーランドの感じ、日本でやるならこうなるんだなっていう、
作家界隈ってそうなるんだなっていう感じがすごいしてて。
作家界隈。
なんて言うんですかね、売れたくないっていう軸と、
有名になりたい、なりたくないかなと、あと目立ちたい、目立ちたくないっていう、
その二軸が人間にはある気がしてるんですけど、
目立ちたくなくて自己表現がしたいというか、
っていう人たちがそういう界隈に集まってるから、
そうすると多分あの区域感になるんだろうなっていうのは見てて思って。
ある意味、人生のそのきつい主局面というか、
この中でも仕事のために生きてるのか、生きるために仕事してるのか、
みたいなセリフが1個出てきましたけど、
それを超えた先の人たちって感じがするので、
その意味で、いい意味でリアリティがないっていう。
でもなんか多くの人がそこに何か理想郷を見ている気がするっていう意味では、
すごいなんか見ててほのぼのわするなと思って見てました。
20代とかだったらわかるんですよ、あの人間関係。
まだ何者かになる感じの人たちだったらわかるんですけど、
登場人物はほとんど50代以上じゃないですか。
このノリで集まんねやみたいな、しかもニューヨークでみたいなのは思って。
ロサンゼルスやったらまだありそうやけど、
ニューヨークでこんなのできるのかなみたいなちょっと思ってたりとかもしてたんですけど。
逆にニューヨークだからかなともちょっと思いますけどね。
なんかね、敗訴な感じっていうんですかね。
てかそういう職業が成り立つ場所ってニューヨークなのかもしれないっていう。
その生き方を許されてる場所と言うべきか。
面白かったんですけど、思ってる以上にゆるいなーみたいなのはずっと見ながら追ってました。
もう安心してください、過去作も全部ゆるいですからっていう。
トラストミーとかゆるいな確かにな。
一般的な映画と比べたらゆるいと思いますけどっていう感じですかね。
僕ね、ちなみに見れる、視聴者でいただいた4本見て、一番僕好きだったのはトラストミーとヘンリフルだったんですけど、
の2本で、僕トラストミーはね天気の子でしたね、僕にとってはね。
そうでしたね、てかライムギ畑でしたね。
だよねっていう。
うん、めっちゃそうでした。
でしたよね、もうすごいそっくりと思って。
27:00
めっちゃそっくり。
めっちゃそっくり。
手榴弾出てくるあたりから、天気の子における拳銃と同じだなーと思いながら見てましたし。
で、2人の主人公、男女っていうのがまあ、いわゆるちょっと青臭い感じですよね。
かなり世間知らずって言ってしまってもちょっと差し支えはないかなーみたいな選択を取りがちな人。
なんだけどっていう部分ですけど、その中で信頼って何?みたいなのを巡る話になってるって感じですよね。
けど結構強烈でしたけどね。
結構家族の呪い性の話でもあるじゃないですか、これ。
そうなんすよね。
結構笑えないぐらいきつかったりもしますけど。
不思議なバランスでした。
トラストミーの方の男性側の主人公の感じとかはトランドにも通じるというか、
トランドの方はもうある意味、ジョー・フルトンはもう映画監督って職を得てるから何者かになってるからあのままでいいんですけど、
そうじゃなかった場合のジョー・フルトン、かっこ若い頃がトラストミーの主人公っぽいなっていうか。
とにかく潔癖なんですよ。
そうなんですよね。だから全く社会と折り合いがつかないみたいな。仕事すぐ辞めるしみたいな人なんですよね。
テレビ見てるとガンになるとか言うしね。
偏ってんなそれもそれでみたいな感じですけど。
アンテ商業主義がもう服を着て歩いてるみたいなタイプのそんな感じですよね。
そうなんですよ。心差しはいいかっていう感じですよね。
いやー、ハルハトリーもそうだったんでしょうね。
いやそう、なんかね、そんな感じがするんですよ。
90年代のニューヨークのインディペンデント映画シーンとかもギラついてそうじゃないですか。
いや、そうそう。
そうですね。
だからトランドは確かにすごく緩いんです。僕トラストミー確かに絵として緩いし、映画として緩いんだけどギラギラしてるとこすげえなと思ってて。
唯一無二ですよっていう意味ではギラついてるっていう表現が確かにそうですね。
なんか世間と社会に対してしっかり仲良くなり続けてるなこの映画と思いながら見てました。
確かに確かに確かに。
そういう映画ではあったので、僕にとってはすごい天気の子だなっていう。
多分それが天気の個性なんだなっていう感じですよね。
確かにやっぱりなんか僕そんな詳しくないんですけどやっぱゴダールとかとの影響もすごい過去作やっぱある方っぽいので。
なんかね、なんか思ったんですよね。ゴダールとか好きな人って世界系っぽくなるのかっていう。
カラックスもそうだったじゃないですか。
確かにな。
なんか通じてんのかなっていう。世界系マインドが。
世界系というワードとしては歴史が浅いので、ポンヌクの恋人とかね。
30:00
トラスト美とかの方が歴史のある方になっちゃうんですけど。
僕の好きな世界系感とそこって結構連続性あるんだなって思ったりしますけどね。
文学ってずっとそれを描いてきたんじゃないかなって気はしますけどね。
なんかそんな気がしますね。
確かに確かに。
やっぱりメジャーに行ったりとかビッグバジェットに行った作家じゃない人って大抵そのラインじゃねってちょっと思ってて。
この人ずっと自分と世界の相対し方の話してるなみたいな。
なるんかなって思うんですよ。
なんかレオスカラックスもそうだったし。
この辺りのラインって言ったらいいんですかね。
この辺りのラインって言い方合ってるか分からないけど。
言っていいのか分からないですけどね。勝手に僕は今繋げましたけど。
深海もこともある意味インディペンデントから出てる人っていうのはそうですからね。
何かなとちょっと思ったりしたりもしましたね。
てな感じではありましたかね。
一応せっかく見たのでシンプルメンとヘンリーフールの話もしていいですか。
ぜひぜひ。
シンプルメンはね、シンプルメンもゆるいロードムービーって感じなんですけど。
話も変な話だったんだよな。
二人が兄弟が主人公なんですけど。
ちなみに兄弟演じてるのが今回の主人公、
トゥランドの主人公のビルセイジと、あと墓場の管理人になった人ですね。
墓場の管理人になった人を演じてたのがシンプルメンで言うと主人公の兄弟のお兄さん。
弟がビルセイジかな。主人公。
その二人がお父さんを探しに行くんですけど。
お父さんがなんかすごいテロみたいなの起こしたかなんかで逮捕されてて。
施行されたか、脱獄したかなんかだな。
元プロメジャーリーガーでテロみたいなことをやっちゃってみたいな。
よくわからん設定なんですけど。
そんなお父さん逃げちゃったので探しに行くみたいな話なんですよ。
その道中巡っていくときに、
どうやらお父さんのこと隠まってるんじゃないかなみたいな女性と出会ってっていう話になってて。
そっから結構男女関係になっていくみたいな話なんですけど。
シンプルメンね。
僕はあんまり捉えどこむずいなって思ってたんですけど。
ただ劇中に出てくる女の子がいるんですけど、
その子がめっちゃ可愛いんですよ。
この子めっちゃ可愛くて、
ちょっと惚れちゃう気持ちわかるなって。
劇中だと弟くんの方が惚れちゃうんですけど。
劇中、ダンスを踊るシーンがあって。
それがたぶんゴダールからの映画からの引用っぽいらしいんですけど。
変な踊りを披露してくるんですけど、そこだけ見てるだけでもめっちゃオシャレなんですよ。
33:02
さすがインディペンデント映画だなって感じがしますっていう。
感じは僕はすごいして。
そういう意味でも印象に残るシーンとかもすごいあって、
面白いではあったんですけど、
ふわっとはしてるっていう感じでしたかね。
役者結構過去作から引っ張ってきてるんですね。
そうですね。いわゆる常連みたいな。
今回の最新作も関してもそういう常連を呼んできて。
本当はもっと入れてたんですけど、コロナ禍で一回中止になってっていうので、
ちょっとスケジュールが合わずみたいな話っぽいですね。
めっちゃ界隈いいんですね。だからやっぱり。
ちゃんと信頼できる人とお仕事したいとかってことなんだと思いますし、
役者も出たいっていうことなんだと思いますけど。
だからもうあのノリなんじゃないですか。
ハルハントリーとかみんなで低カロリービールとか飲んでるんじゃないですか。
かもしんないですね。
確かに。その絵が全然浮かびますね。
ちょっと浮かぶなって気がしますね。
シンプルめはそんな感じで、
ヘンリーフールがですね、結構ね、
なんていうんですかね、ちょっと連想するのはパターソンなんですけど、
パターソンを過激にするとこうなるみたいな。
過激にする。
そう。大体の話的には、ある町で清掃業なのかな。
工場みたいな働いてるすんごい無口な男性がいるんですけど、
あるときヘンリーフールという名の、
俺は大作家だみたいなことを言い張るビッグマウスみたいな男が現れるんですね。
で、その無口な彼の家の地下室にこう、
賃貸みたいな感じで住むと、みたいな感じでやってくるんですけど、
で、このヘンリーフールという男が書き乱すわけですよね、いろいろね。
っていう話になってて。
で、なんかその過目な男ですね、労働者の。
実はめっちゃなんか才能があるらしく、
なんか書いてみたらめっちゃ詩作?詩の方ですね。
詩がめっちゃすごい才能あるぞっていうふうにヘンリーフール見抜きましたよね。
その詩をどうにかして広めたいみたいな。
あとその詩の書き方というか、スペルとかもめっちゃ間違いまくってるみたいなこと言ってたんで、
なんかそういうの教えたいとかしてあげるんですけど。
っていう話で、その中でまあ道中いろんなことが起こるんですけど、
これまでの映画とは思えぬぐらい、だいぶバイオリンスな展開があったりですとか。
はい。
冒頭、女性の死に壮大なゲロをふちかけるみたいなシーンがあったりですとか、
だいぶぶっ飛んでまして。
へー。
想像できないじゃないですか。
はい。
もうね、そこがね、面白すぎて。
こんな映画撮るんや、みたいな。
っていうのがまず僕は好きっていうのがありますね、そこで。
結構なんか、これまでの作風とはちょっとかけ離れてる感じですね。
36:01
そう、だいぶおとなしい監督なんやろうなって思ってたんですけど、
だいぶぶっ飛んでるやんみたいな感じがして、すごい楽しかったんですよね。
まずそこで楽しいって思えたっていうのもあるし。
で、まあこれちょっと話的にも、ちょっと皮肉な話にだんだんなっていくというか。
実はヘンリーフールも、告白という名の小説をずっと書いてて。
はいはい。
壮大な小説というか、文学を書いていて、もうちょっとでできるんだ、みたいなことを言うんですけど。
で、実際読んでみたら、ものすごいダサくでして、みたいな。
あー。
っていうのがだんだんわかっていくんですよね、そう。
だしこいつ別に作家でもなんでもないみたいな。
はいはいはい。
男なんだっていうのがわかっていくんですけど。
で、一方まあその無口で、何も喋らんなーみたいな思った労働者の彼の方が実は文学的な才能があってみたいな。
まあちょっと皮肉というか悲しい、切ないなーっていう風な話にはなっていくんですけど。
なんか才能ってよくも悪くも、自分で決められないからこそ辛いなって思ったりもしたんですよね、その時。
へー。
才能ってなんか自分が決めるもんじゃなくて、他人が決めるもの感あるじゃないですか、やっぱり。
はいはいはい。
その作品の評価みたいなので決まっていったりとか。
まあ才能、まあスポーツ家だったらなんか己の限界とかで決まるかもしれないですけど。
なんかでもよくも悪くも自分でこう、才能センスはここですって決められないからこそ、ちょっと切なさもあるし。
決められないけど、じゃあ、じゃあそこで諦めんのかっていうとまた違うというか。
まあ突っ走りはいいじゃん、それはそれでさ、みたいな。
もう原理そのヘンリー・フールは本当にまあ破天荒な作家みたいなムーブをずっとし続けるわけなんですよ、本当に。
作家たるものを女は抱かねば!みたいなことを言うような感じの人なわけですよ、本当に。
まあでもそれはそれで別にいいんじゃねみたいな。
なるほどね、はいはいはい。
と肯定もしているような感じがしてくれるというか。
なんかそういう視点で見れる映画だったなっていうか、風には僕は思いましたかね。
作家仲間の中でそれを思ったことがあったっていうのを50倍ぐらいに膨らめて作品にしてるんだろうなっていう。
どういう思いでそれを作ろうと思ったかとかなんかあるんでしょうけど、なんか作家論の話にはなってるんで。
確かに確かに。
面白いなって思いましたね。
それで言ってぶっ飛んでるみたいな。
あ、いきなりバイオレンスのことやるんだ!みたいな衝撃。
面白そうだな。
これこそ結構予測不能感があってすごい面白かったです、僕は。
ちょっと話逸れるんですけど、今回も反時電的な要素がある作品じゃないですか。
作家って歳を入ると歴史か反時電を作り出すっていう気がしてて。
僕が観測してる範囲のやつですけど、特にメジャーのラインで作品を作ってるとかじゃなくて、
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ちょっと文芸的だったりとかインディペンデントの領域でずっとやってる人って、なんか歳を入ると歴史ものとか作ってるなって気がしてるんですよね。
やっぱこの老いとかの中で、自分もまた大河の一滴の雫でしかないっていう思いが生まれたのに対して歴史ものを書こうとしたりとか、
あるいは自分自身を語ろうとかで反時電的な作品になったりが多いのかなっていうのを勝手に想像してたんですよね。
結構若い時はもうSFとかでサイキバシ作品を作ってても、ちょっと歳とってからはそういう感じじゃなくなることが多いのかなっていうのをなんとなく思ってたんですけど、そんなことないですか?
何ですかね、なんかちょっと思ったのは、物語というかフィクションというところに頼らなくても物語が描けるようになってくんじゃないかなって気がちょっとして。
もうある程度技術とやり方みたいなのが分かってきたときに初めて素直に何も語らずに自分のことを描けるっていうことなんじゃないかしらっていう気がちょっとするんですよね。
っていうのも多分作家って、わかりやすくながら自分が感じたことを種にして、そこから芽吹かせていくものだと思うんですよ、ある程度は。
で、多分なんで、どういう作品でもある程度そこに自分は入ると思うんですよね。
少なくとも本と監督両方やってる作品については特にそうだなと思うんですけど、でもそれをやっぱり表現する上で、そのまま表現してもやっぱりうまく伝わりづらいから、伝わりやすいようにパッケージング化するじゃないですか、フィクションの中で。
っていうのがやっぱり若い頃のやり方。そこを工夫するっていうのが若い頃のやり方なんだろうなと思ってて。
だんだんそれが老成してくると、このままでも素材の味で大丈夫じゃないっていう風になってくるんじゃないかなっていう。
それでも十分映画できるでしょっていう、それが逆に名人芸なんじゃないかっていう気がするんですよね。
なんか素材のまま出したとしても美味しい料理にできるのが熟達した証拠だみたいな感じがする。
なるほどね。
なるほどね。
その、やめとこ。いや、ちょっといらんこと言いそうになったらやめときます。
いらんこと。
いらんこと。
いらんこと。
だから逆に言うと面白くしようってところから遠ざかってくるかもしれないですけどね、逆に。
そういうものから興味を失ってくっていう現れなのかもしれないですけどね。
僕ちょっとそのレガシーを残したいって思いあるかなって気はするんですよね。
それが歴史に根差したものなのか、あるいは自分自身に根差したものかは別にして、何かこう後に残るようなものを作りたいみたいなのになるんじゃないかなって気がして。
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今この瞬間に爆発的に受けるものとは違うものとして自分自身を刻み込むものとか、あるいはその歴史をなぞって歴史として残るものみたいなのに対する関心が出てくるんじゃないかなっていう想像。
ネットミームとかちょっとミームとして文字が変わってますけど、原来の意味でのミームになろうとするというか、ミームとして生き残ろうとするっていう感じなんですかね。文化的遺伝子の意味合いでのミームですね。
いや、えっとね、遺伝子というかそのもの、自分自身の名前が書いてあるものとしてって感じですかね。たぶんそういうミームとして残るものはむしろ爆発的に流行するものの方がミームになると思うんですけど、歴史物って一つの潮流にそのまま乗っけれるものとしてあると思うんですよね。
あるいは自伝的なものって自分自身のフィルモグラフィーとかとそのまま直結するから、自分自身の集大成的にどうしても扱われるものになるというか、そういうものに対する関心が出るんじゃないかなっていう気もしていてっていう。
なんかちょっとだけ話がそれぞれかもしれないですけど、マトリックス・リザレクションは逆にミームから自分たちの物語を取り返した話だったじゃないですか。
あれはそうですね。
なんかそういうことなのかもなというか。しっかり正確に自分の物語を語っておこうってなるというか。たぶんいろいろ誤解もされていくじゃないですか。
そうですね。
こうなんですよっていう感じでしたもんね、マトリックス・リザレクションズは。
あれをもっとマトリックスとして表層の部分をなぞり続けて、マトリックスですってやり続けることもできたわけじゃないですか、あれは別に。
そうですね。
それに人生を費やし続けるっていう選択肢もあるわけじゃないですか。そういう作家もいると思うんですよ。
墓場に入るまでマトリックスでいきますっていう覚悟を決める人もいるし、その人は歴史を語ったりとか、あるいは自分を語ったりすることは切り捨てることになると思うんですよね。
一方で、そういうマトリックスですっていうのをやり続けない、あるいはそういうのをやらないって決めた人は、そうではない形で流れに自分自身の立ち位置を見出すのかなって。
それが自分自身の語り直しなのか、あるいは歴史の語り直しなのかはちょっと違うと思うんですけど。
それは作家が置いていく中で、じゃあ自分の作家人生とは何であったのかっていうことを再定義するような作業にも思えるというか。
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自分自身で定義し直すというか、仮面かぶったまま最後までいきますなのか、仮面を脱いだものを残したいっていう思いに至るかっていうのはそれぞれなのかなって気もして。
もちろん両方を目指す人もいると思いますし。
それこそ多分スピルワーグとか両方目指して、フェイブルマンズ見てこの人最後まで自分さらけ出さねえんだなって思いましたけど。
さらけ出さねえんだなって。
それが自分なんだなっていう自我を持ってんだなと思って、この人エンタメっていう自我なんだなっていう。
そうですね、自分の欠片を振りかけながらも常にエンタメという巨大なものを常にお出ししてるって感じしますよね。
自分はちょっとフレーバーとして足しときますけど、これで全然俺自身のこと語れたなんてなってないですけど、ちょっとだけかけかけますねみたいな。
ちょっと人生感じてみたいな感じですね。
ちょっと俺の人生感じてっていう。
でもエンタメとしてもしっかりお出ししますよっていう。
あくまでエンタメって、俺の様子はちょっとだけ入れとくけどみたいなのをやってる感じがあって。
スピルバーグは早々にそれで行くって決めた人にちょっと見えますかね。
そうですよね。しかもそれは上手い人ですからね、あの人ね。
ずっと上手い人いる人だから本当に。
ちょっと時間あれなので、すいません。
やばい、やばい。
フリートークからハルハートリー、トゥーランドンの話にかけての話はこのところで終わっておこうかなと思います。
ではお知らせになります。
映画の話しさすぎる場次回開催日は5月1日金曜日になります。
場所は大阪南森町週刊ばかり19時オープン23時クローズです。
そして5月9日土曜日に東京で映画の話しさすぎる場を開催します。
場所はイベントバーエデン日ポリ18時オープン23時クローズです。
さらに5月10日日曜日に開催されるポッドキャストウィークエンド2026にて映画の話しさすぎるラジオの陣を販売しますので、そちらも併せて遊びに来てください。
またこの番組ではお便りを募集しております。
番組全体トークテーマ作品へのお便りも歓迎しておりますのでご自由にお送りくださいませ。
バーの最新情報を次回テーマX及びインスタグラムにて告知しております。
各ご案内は番組説明文をご確認くださいませ。
それでは映画の話しさすぎるラジオ第260回フリートークとトゥーランドの回を終わりたいと思います。
それではまたお会いしましょう。
さよなら。
47:54

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