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第百七十九回【メタルスラッグ】鉄と油の匂いがするドット絵の魅力と、開発会社ナスカを巡る考察
2026-06-07 1:46:51

第百七十九回【メタルスラッグ】鉄と油の匂いがするドット絵の魅力と、開発会社ナスカを巡る考察

今回は単なるゲーム内容の紹介にとどまらず、僕が社会人1年目にゲームセンターで出会った時の衝撃や、画面全体から漂う「鉄と油の匂い」のような独特のグラフィックの魅力について深く掘り下げます。特に、本作のドット絵が80年代中期のデフォルメ文化(オモロイド等)から受けている影響についての独自の視点で喋っております。中盤では、開発元である「ナスカ」の設立背景を偏見も入りつつ考察。アイレムのアーケード撤退からナスカ誕生に至る経緯や、その裏側にあったパチンコ業界(大工の源さん等)との意外な接点、そして親会社であった七尾(現・EIZO)の経営判断がどのように作品に影響を与えたのか、独自の考察を展開します。そして、3DCG世代でありながら本作を愛してやまない息子との世代を超えたエピソードや、復活する「ネオジオ AES +」の話題、そして伝説的クリエイター・Akio氏の近年の活動についても触れています。



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サマリー

このエピソードでは、ゲーム「メタルスラッグ」の魅力と、その開発会社ナスカにまつわる考察が語られます。特に、初代メタルスラッグの発売30周年を記念し、開発当時の社会情勢や、ドット絵に込められた80年代中期デフォルメ文化の影響について深く掘り下げます。また、開発元であるナスカの設立背景には、アイレムのアーケード事業撤退やパチンコ業界との意外な繋がり、そして親会社であったナナオ(現EIZO)の経営判断が大きく影響していたことが独自の視点で考察されます。さらに、3DCG世代の息子との世代を超えたゲーム体験や、復活するネオジオAES+、伝説的クリエイターAkio氏の活動にも触れ、メタルスラッグという作品がゲーム史に残る独自の魅力を放ち続けている理由を探求します。

オープニングとメタルスラッグ30周年
ミスリル伊藤の喋って喋って60分!!
ミスリル伊藤の喋って喋って60分!!
お疲れ様です、たくです。
今回ね、オープニング多分変わってると思うんですよ。
現時点でですね、あんまりどれにするか、何パターンか作ったんで、
どれを使ってるかちょっと僕わかってないんですけども、
多分ね、今僕が喋ってるのと全然関係ない雰囲気のノリで、
多分オープニングかかってるんじゃないですかね。
ちょっとね、最初それを合わせてから撮ろうかと思ったんですけれども、
ちょっと入りづらいわって思ったんでね。
もうここの部分、僕今喋ってる部分は、これはこれで別に撮ってね、
それをはめ込むみたいな感じで、
聴いてる人からするともっとアンバランスな感じに聞こえるのかなとも思うんですけどね。
ちょっとまあまあ、僕が遊んでみたということで許してください。
でですね、今回喋ってる内容っていうのがですね、
メタルストラックについてなんですけれども、
これね、実は結構前に撮ってるんですよ。
オープニングこの部分とかエンディングの部分っていうのは、
まだ撮ってなかったんですよね。
で、しばらくね、上げるのをちょっと躊躇してたっていうところもあるんですよね。
というのもですね、結構前になるんですけども、
結構前なのかな?1ヶ月くらい前になるのかな?
メタルストラック30周年ってお祝いしてた頃に、
僕ちょっと自分なりにね、調べていろいろ喋ったりはしてるんですよ。
で、どっちかというとゲームに関しては、
僕がね、メタルストラックと出会った時の思い出話みたいなのが多かったりするんですよね。
後半は、この開発元となった、第1作目の開発元となったナスカっていう会社のことに関して、
いろいろと考察してたりもするんですけれども、
その辺でね、いろいろと、これは喋ってよかったのかな?みたいな感じもあるんですよ。
あくまで僕の考察ではあるんですけれども、
僕がちょっとね、このメタルストラックっていうのを喋るにあたって、
やっぱりすごい評価された作品、評価されたシリーズではあると思うんですよね、ブランドっていうか。
ただ、例えば、もともとこのナスカっていう開発会社の人たちも、
やっぱり様々な事情に翻弄された中で、メタルストラックっていうね、後のゲーム史に残る名作ですよね。
これを生み出したっていうところはあるものの、
やっぱりその後もいろいろな事情で翻弄されていったっていうところでね、
本当に作られた方たちの思いとか労力を考えると、
僕は勝手に想像した部分っていうのも結構あるんで、
これ出していいのかな?とかちょっと悩んだりはしてたんですよね。
そういう言い訳みたいな感じになってますけど、そういうこともあって。
僕の考察した部分っていうのは、このナスカっていう設立の裏にパチンコの影がやっぱりあったんだろうなっていうところでね。
その辺も込みでちょっと僕は資料というか、そういうのを作成したんで、
どちらかというとね、別にパチンコの成分が多めっていうわけでもないんですけれども、
ただちょっとメタルスラックに関する思い出とかに始終してる部分があるんで、
作品の詳細とか、例えばあの表現が素晴らしかったとか、
具体的にどのステージのとか、そういうことは喋ってなかったりするんで、
メタルスラッグマニアの人からすると、ちょっとカタスカシな内容になるかもしれないんですけれどもね。
よかったら聞いていただければと思います。よろしくお願いします。
ということで、今回はメタルスラッグについて喋っていこうと思います。
メタルスラッグの概要と個人的な出会い
まあね、これ喋るきっかけになったのはもう言わずもがなのね。
今年メタルスラッグがね、発売30周年ということでおめでとうございます。
でね、喋るにあたってぶっちゃけて言うと、僕なんかよりは我が家で言うと、
僕なんかよりは僕の息子の方がこのメタルスラッグに関しては愛情が強いと思います。
僕もね、息子ほどじゃないんですよ。
もっと言うとね、他にもしかするとこれ聞いていただいてる方々の中にも、
僕なんかよりも全然あの強い愛のあるファンの方もいらっしゃると思うので、
そういう方が聞かれているとちょっと物足りないところもあるのかなとは思っちゃうんですけど、
まあまあね、僕もメタルスラッグっていう作品に対しては、
何て言うんですかね、並々ならぬ強い思いがあるわけではないんですけれども、
行く先々でこいついたなっていうゲームとして僕は思い出すんですよね。
その辺も込みで喋っていけたらなと思っております。
ということでね、早速まずはこのメタルスラッグ、今回メインで喋るのは1作目のメタルスラッグについてなんですけれども、
この1作目についてのデータをまず先に言うとですね、
これ発売されたのがですね、今からまさに30年前の1996年5月24日。
発売元はSNK。
現在はですね、当時のSNKは後に倒産しました。
現在は新しいね、2代目って言った方がいいのかな。
SNKプレイモアから最近ね、社名をSNKにしましたけども、
そっちの2代目って言った方がいいと思うのかな。
そのSNKが権利を保有しています。
開発元はですね、このNASCAっていう会社になります。
この辺もね、ちょっと後々喋っていこうかなと思うというのも、
アーケードはですね、SNKが出しているということでMVSですね、マルチビデオシステムですね。
あとですね、家庭用っていうんですかね、このアーケードのMVSをそのまま家でも楽しめるっていうので、
ネオジオにもね、ロムカート市として移植されています。
これが96年の話なんですけれども、
97年にはですね、当時の家庭用ゲーム機、サターンとね、初代プレイステーションにも移植され、
その後ですね、10年後となる2007年にはですね、プレイステーション3で、
初代プレイステーション版ね、これ97年に出たメタルスラッグプレイステーション版がですね、
ゲームアーカイブス版として配信され、
その翌年にはですね、Wiiのバーチャルコンソールでね、ネオジオロム版が配信されるなどですね、
現在に至るまでにもですね、PCを含め各プラットフォームで比較的プレイしやすい環境が継続されているっていう状態じゃないでしょうかね。
まあ現在はね、一番やりやすいところで言うとハムスターさんのね、
明かネオジオでコンシューマーゲームハード向けには配信されてますし、
あとスチームではですね、現在いわゆるその2代目、SNKによって配信されてますね。
こちらの方がですね、開発というか移植に当たってはドットMという会社が携わってるんですけれども、
僕ちょっとこのスチーム版まだやれてないんですけれども、
ちょっとね、熱烈なファンからするとちょっとやっぱりいろいろあるみたいなんで、
その辺は理解した上でお買い上げいただくといいのかなと思ったりはします。
ではですね、まずゲームのね、簡単な紹介からしていこうと思うんですけれども、
ストーリーの方がですね、反逆軍を率いるモーデン総督が世界的な軍事クーデターに成功したらしいんですね。
正規軍は後退を余儀なくされてですね、さらに反撃の足掛かりとして開発していたですね、
完成直前だった一人乗り構成の小型戦車、メタルスラッグが奪われてしまうと。
特殊工作部隊ペルグリンファルコン隊のマルコとターマはメタルスラッグの奪回と敵の殲滅、
引いてはモーデンの撃破を命じられたというね、
これ今僕wikipediaさん見ながら喋ってるんですけどね、こういうストーリーらしいです。
ぶっちゃけ僕もね、30年やっててたってですよ、詳しいストーリーっていうのは知らないんですよ。
正直なところ、もちろんね、僕も日食版とかもやった覚えがあるんですよ、
なんですけれどもあまりこれ意識せずにやってたんで、
モーデン総水ぐらいは知ってるんですけど、あとこのね、小型戦車ですよね、
あれがメタルスラッグっていう風に言うのは知ってるんですけども、
あれ、もともと奪われたもんなんだとかね、この辺はあまりよく知らなくて、
ただそうは言っても大体そんなもんなんだろうな、話はみたいな感じでね、
頭の中にここに書いてあるストーリーぐらいの感じなんだろうなっていうのを薄々はわかってたんですけど、
ここまで詳細に知ったのは今日が初めてですね、取るにあたってね、調べてね、そんな感じですね。
でですね、システムの方がですね、強制ではなくね、
任意横スクロールアクションシューティングっていったのが一番わかりやすいのかな、
で、方向キーで移動、方向キーとかスティックですね、で移動、
で、ネオジオとかMVS筐体っていうのは全部でボタンが4つ付いてるんですけども、
1作目はですね、3ボタンしか使用しません。
で、2つのボタンはですね、攻撃に割り当てられて、
残りのボタンはジャンプというね、操作構成で、
比較的オーソドックスなアクションシューティングっていう感じかと思います。
で、初期装備はですね、弾数無制限のハンドガンと手投げ弾10発のみ。
で、ステージ中でね、味方捕虜を助けたりね、物を壊したりすることでですね、
ハンドガンからね、ヘビーマシンガンとかね、火炎放射器などへアップグレードが可能なんですよね。
ただしですね、このアップグレードしたメイン武器っていうのはですね、弾数制限があるのでですね、
弾数が無くなるとまた初期装備のね、ハンドガンに戻るっていう仕様なんですけれども、
その前にね、また捕虜を助けたりするとですね、弾薬補充を行えたりするんですよね。
っていう感じで、本当に比較的こう、この説明だけするとですね、
オーソドックスな横スクロールアクションっていう言葉がピッタリな作品かと思います。
それではですね、何が違うのかっていう話ですよね。
もう今更僕は言うまでもないんですけれども、やっぱりもうそのドット絵の素晴らしさですよね。
あと、いわゆるドット絵のパターン以上に画面全体の情報量の濃さだとは思うんですよね。
この辺がやっぱりこの当時としては秀逸だったと思います。
その辺がですね、すごい当時から評価されてて、
僕がざっくりですよ、これざっくり見た感じなんですけれども、
ネオジオっていう、いわゆるプラットフォーム、アーケードとかプラットフォームとして考えた時に、
格闘技ゲーム以外でここまで評価されたネオジオのアクションゲームっていうのは、
まあ、メタルスラッグ以外にはなかったんじゃないのかなと思います。
もちろん他にもね、アクションゲームいっぱい出してるんですけれども、ネオジオではね。
ただこれほど愛された作品も少ないんじゃないのかなと思うんですよね。
そういう感じでね、僕はこのメタルスラッグっていう作品に出会って、
まあいろいろとね、その後ね、結構意外と長い付き合いだったりするんですよ。
ゲームセンターとかで行くとね、長い付き合いっていうかちょくちょくやるんですよね。
まあその辺の話ということでですね、
僕とね、メタルスラッグとの出会い、最初の印象みたいなのを喋っていこうかと思うんですけれども、
あのメタルスラッグとの出会いっていうのがですね、実はアーケード設置からですね、
もう多分ずいぶん経った頃だとは思うんですよね。
というのもですね、実は96年っていうのはね、僕自身が社会人1年目だったこともあってですね、
当時ね、雑誌の編集の仕事に就いたばかりで、
昼も夜もないようなっていうとちょっと大げさなんですけれども、
まあそれぐらい仕事とかに追われてたところがありまして、
まあ何て言うんですかね、ゲームどころじゃないっていうかですね、
アーケードでゲームをしに行くっていうちょっとタイミングがなかなかなかった1年だったんですよね。
でですね、最初にプレイしたのはいつ頃かなっていうのをぶっちゃけ覚えてないんですよ。
で、おそらくっていうのがですね、その翌年か翌々年か1年から2年ぐらい後だったと思うんですよね。
で、じゃあいつプレイしたのかっていうと、最初にプレイしたのはですね、僕ゲームセンターだったのは覚えてるんですよね。
ただどこのゲームセンターでプレイしたかっていうのは実ははっきりと覚えてないんですけれども、
ただね、どこのゲーセンまで覚えてないくせして何の時に初めてプレイしたのかっていうのをくっきり覚えてて、
取材かね、打ち合わせかであるお客さんのところに行った時だったと思うんですよね。
で、ちょっと予定の時刻より早めに着いちゃったんですよ。
で、おそらくなんですけども、例えば2時とか3時なんですけど30分ぐらい前に最寄りの駅に着いちゃって、
お客さんのところまで歩いたら5分10分の距離なんだけどっていうので、どうしようかなって思ってた時に、
この頃ってまだね、駅前にゲームセンターって1軒や2軒ぐらいはあったりすることが多かったんですよね。
多分ね、それで僕入ったゲームセンターで初めて見たっていうのだけは覚えてるんですよ。
それもね、平日の昼の2時、3時ぐらいだったんですよね。
だからそんなにね、仕事さぼって来てるっていうサラリーマンみたいなのはいるんですけれども、
あと誰だろう、なんだろうな、学生はそんなにいなかったんですよね。
それだけは覚えてて、で、まだ何でしょうね、僕もどうせ時間潰しだから、
格闘技ゲームやるか、なんか久々にシューティングゲームやるかとかね、そんな感じで物色してた時に、
ふとね、目に入ったのがこのメタルスラッグだったんですよね。
で、その時にね、ああこれが、これかメタルスラッグっていう感じで、
人気のないゲームセンターで初めて僕はプレイしたのを覚えてますね。
この時のね、ああこれかっていうのはですね、
実はですね、僕が1年2年前にゲームの専門学校を卒業したんですよね。
で、その卒業したのがですね、96年の3月なんですよね。
で、まさにメタスラがリリースされる2ヶ月くらい前の話なんですよね。
で、それよりもさらにね、僕が卒業するのも前のね、卒業間近に控えていた頃くらいにですね、
友達とかとね、当時喫煙所かなんかでね、喋ってたんですよ。
で、その時にある一人のね、友人にね、
今度ネオジオでメタルスラッグっていう横スクロールのアクションでドット絵が、
なんかね、覚えたの?
ドット絵が狂気じみた作品が出るんだよっていう話だけはね、聞いて、
僕もね、当時そのセリフだけは覚えてるんですよ。
なんかね、今の時代にキチガイみたいに狂気じみたドット絵の横スクロールアクションが、
今度メタルスラッグっていうのが出るんだよっていう話をそいつからされたのだけは覚えてるんですよね。
で、これね、僕からするとまあ友人とのたわいもない雑談の一つにしか過ぎないんですけども、
この時期のゲーム業界の情勢とも相まってですね、
今でもね、僕が記憶に残っている会話の一つだったりするんですよね。
というのもですね、94年にプレイステーションとかサターンが登場して、
いわゆる次世代期戦争なんて言われていた時代でもあるんですよね。
94年末にね、家庭用に3Dグラフィックの波が押し寄せてですよ。
もちろんアーケードでもね、3Dゲームが台頭していたとはいえですね、
まだですね、SNKやカプコンといった2D格ゲーもね、まだまだ元気だったし、
格ゲー以外でもですね、2Dのシューティングなんかがまだまだね、
普通に稼働していたりとですね、
それでもですね、僕や周りのみんなとかからすると、
2Dのドット絵から3Dグラフィックにこれから徐々に変わっていくんだろうなぁなんてね、
どこかでうっすらと思い込んでいた時代なんですよね。
まあそんな中でね、ドット絵が狂気じみたレベルですごいなんて話を聞かされていたんで、
当時は時代と逆行しているっていうと言い過ぎかもしれないんですけどもね、
まだまだそういうところにこだわっている作品もあるんだなぁっていうので、
まあ覚えていたんですよね、このメタルスラッグっていうタイトルをね。
ちなみにですね、この話を僕にしてくれた友人がなぜこういう言い方をしていたのかは、
はっきりとは僕も覚えていないんですけれども、
なんかね、すでにやった感があるような話っぷりだったんですけどね。
多分ですね、おそらく当時ね、大阪の餌鹿っていうところにね、
この餌鹿っていうところがですね、
まあ新大阪駅ね、新幹線で言うと新大阪の近くなんですけども、
この餌鹿っていうところに、あのSNK本社があって、
まあそこにはですね、直営のね、ネオジオランドっていうのが、
ゲームセンターもあったんですよ。
でまあおそらくその辺のネオジオランドっていうそのゲームセンターがあったので、
まあそのあたりでね、ロケテストか何かで実機を見たんじゃないのかなとは、
僕はね、勝手に思ってたりはするんですけれどもね。
まあちょっとね、話がそれたんですけども、
そういうわけでですね、まあ僕がね、
昼間の人気の少ないゲームセンターで初めて見かけた時にね、
学生時代の友人の言葉を思い出したんで、
ああこれかーっていう感じでね、プレイさせてもらったんですよね。
で実はですね、最初の印象としてはですね、
ドット絵のアニメーションとかですね、
キャラのね、動きの細かさっていうのかな、
まあそういうこと以上に、僕の目を奪ったっていうか、
最初に魅了されたのはですね、
画面全体からくるですね、
ドット絵のセンスの良さに目を奪われたんですよね、僕自身がね。
僕自身がね、初めてメタスラをプレイした時に最初に感じたのはですね、
80年代中期ぐらいにあったデフォルメ文化を思い出しちゃったんですよね。
あのメタスラに出てくる敵の車とかですね、戦車、
あとヘリなどのメカの類とかがですね、
あとキャラの描写が、
まあ初老級以降、SDガンダム以前ぐらいの80年代のデフォルメ、
デフォルメか、デフォルメ文化のね、
オマージュなんじゃないかなって思っちゃうぐらいね、
僕はすごいね、画面見た瞬間にやけながら嬉しくなってプレイしてたのを覚えてますね。
特にですね、メタスラで空中を飛んでくる敵の戦闘機をね、見た時はですね、
かつて80年代ぐらい、今も何か復刻してあるらしいんですけども、
ガンダムとかね、ボトムズのデザインで有名な大河原邦夫さんがね、
80年代ぐらいだったと思うんですけども、
スタートしたのは80年代中期ぐらいだったと思うんですよね。
84年とか5年ぐらいだったんじゃないかな。
プラモデルオンリーでね、デザインして展開していた、
オモロイドっていうシリーズがあるんですよ。
これ今なんかプラモデル会社は変わってるけど、まだ出てるみたいなんですけども、
オモロイドっていうロボがね、変形して戦闘機なんかになるんですけども、
そのプラモデルのシリーズはね。
それに出てきた戦闘機を彷彿とさせるっていうぐらいね、
このメタスラの戦車、デフォルメされた戦車を見た時に、
なんかものすごい懐かしさとセンスの良さを感じたんですよね。
あの、何て言うのかな。
いわゆるデフォルメメカで、SDガンダムとか以前なのかな。
同時期ぐらいかな。
やっぱりセンスがいいなっていうところで言うと、
鳥山明先生のね、そういうデザインもあるんですけども、
それともまた違うね。
すごいセンスの良さが、画面全体からね、
そのデフォルメされたキャラクターだったり、
戦車だったりとか建物だったりとかね。
すごいそれを見てね、にやりとしながら僕はね、
ちょっと嬉しくなっちゃってね、
プレイしたのを覚えてますね。
で、というわけでね、
メタルスラッグとのファーストインプレッションは、
僕にとってはね、アニメーションパターンの豊富さよりもですね、
実は画面全体から来るね、
80年代のデフォルメ文化を彷彿とさせるセンスの良さにね、
僕自身がやられたっていう思いが強いんですよね。
その後、アニメーションパターンの豊富さなんかに
気づくようになったっていうね、
なんともね、僕らしいというか鈍感な気づきでしたけどね。
で、その後ですね、僕はこれをね、
メタルスラッグの魅力とゲームセンターでの思い出
すごいコン詰めてやることもなかったですし、
ただ、なんなんでしょうね、
僕がメタルスラッグその後、
どういう経緯でずっとやってたかっていうと、
結局そういう風にね、仕事から、
仕事先っていうのかな、仕事で移動する際に
あ、時間があるなーって言ってよくね、
僕だけじゃないと思うんですよ。
営業の人とかもね、
たまにあの、当時はゲームセンターいっぱいありましたから、
出先とかでね、
こう暇つぶしなのかサボりなのかわかんないんですけども、
そういう時にゲームセンターに入るとね、
格ゲーなんかやれねえんですよ。
格ゲーなんかやるとなかなか、
結構な勢いでお金減っていくじゃないですか。
そうすると、こう時間つぶしとかでね、
僕そうだな、営業の手伝いで、
たまに就勤とか行ってあげるんですけども、
結構郊外のね、あの、
どいなかの方みたいなところを頼まれるんですよ。
そういう時なんかになるとね、
やっぱあの、
そうですね、大阪の中でも郊外の方に行ったら、
駅から歩いて15分みたいなところね、
行くとき中に、
ゲームセンターあるわ、ここで休憩しようなんてね。
だいたい当時やってたのは、
メタルスラッグか、
ドドンパチとかね、
ドドンパチとかね、
ドドンパチ2はまだなかったですね。
そんなもんをやってた。
すごいね、僕は覚えてるんですよ。
で、あの、
そうですね、時代というか、
僕がやったときってたぶんね、
1とか2とか、
下手したら、
その後のね、Xとか、
3とかも、
あるとは思うんですけども、
実のところを言うと、そんなにね、
こう失礼ながら、
意識してなくて、
まあ、ああメタスラだっつってね。
あの画面って、
シリーズね、メタスラとしては、
作品ごとに、
何て言うんですかね、
違うわけじゃないですか。
見る人が見たら、ああこれは1の画面だ、
2の画面だ、Xの画面だとか、
3の画面だってわかるはずなんですけども、
あの、ただね、
僕みたいにこう、すごい執着して
なかったんですよね。
ただメタスラがあるっていうね、
シリーズのどれかって言ってもいいんですけども、
それで嬉しくなって、
よくやってました。
で、こう、
何て言うんですかね、
メタスラって、
当時から、あれが出た時から
思うんですけども、
あのブランド、あのシリーズってすごい
唯一無二感が強かったんですよね。
それはアニメーションパターンが
豊富だからだけじゃなくて、
先に話してた、
画面全体から来るね、
デフォルメであったりとか、
そのデフォルメ感のね、
センスの良さだったりとか、
すると思うんですよね。
あれはね、多分、
他社では真似できないっていうのは、
その、絵描きされてるデザイン、
画面のデザインされてる、
そういう人のセンスが
すごい滲み出てたと
思うんですよね。
だから、僕はあのゲームがすごい
唯一無二感があって、
すごい好きだったんですよね。
技術的には多分、
アニメーションのパターンさえ
増やせれば、増やしてやれば
できると思うんですけども、
それがすごいコストがかかるし、
労力もかかるっていうところがあったから
真似しなかったっていう
ところはあるのかもしれないんですけど、
それだけじゃなくてね、
メインビジュアルを込みで、
そのグラフィックデザインを
されてた方たちのセンスの良さの
塊だなぁと思うんですよね。
で、あれをやってて、
当時、僕がそういえば
もう一つ、
なんかすごい好きだった
ところっていうのが、
どの作品もなんですけども、
2Dのドット絵じゃないですか。
ただ、
かっこよく言うと、
鉄と硝煙と油の匂いが
しそうな
画面だったっていうのが
僕のすごい好きだった作品
なんですよね。
今で言うとね、フォトリアルっていう
3Dグラフィックであるんですけれども、
こう、
なんていうんですかね、
2Dのドット絵で
フォトリアルと並ぶぐらい
画面全体から
よく写真とかで
ビールの美味そうに飲みたくなる
っていう写真があると思うんですよ。
これから暑くなってくるとね、
いかにも冷えてて
美味そうに見えるビールをね、
あれ沈む感っていうんですけども、
メタルスラック
当時のね、
あれを見てた時に、
ゲームの中から
食べたいとかそういうもんじゃないんですけれども、
すごいその、
かっこいいアーミーテイスト
なんですけども、
ただかっこいいだけじゃなくて、
鉄が持つ独特の
こう、
なんか、
へこみだったりとか、
傷だったりとか油臭さ
みたいなのがドット絵なんだけど
伝わってきてたよなっていう印象で、
僕はすごい
あの作品、
ゲームセンターに行ってね、
見かけると、
ついね100円200円ぐらいはね、
プレイで入れちゃうっていうのが
結構長く続きましたね。
結構長く続いたし、
ゲームセンターがだいぶ激変してもね、
あの見かけるとちょいちょい
やっちゃうんですよね。
コンティニューしてね、
最後までやり続けるって程の根気はないんですけどね。
ではですね、
開発会社ナスカとアイレムの歴史
ここからはちょっと開発した会社の
こう、
話をしていこうかなと思うんですけれども、
これ今回ね、
僕が
調べた中でも、
もちろん実は今回
NASCAっていうこの開発会社に
関しては、
以前から
ちらっとはね、知ってたんですけれども、
それと僕が
当時から、当時っていうか
昔から持ってた
とあるね、
考察というかな、それとが
見事に合致した
感じの考察
とかと
一緒くたになっちゃって、
ちょっと分かりにくいところも出てくるのかもしれないんですけども、
どれが事実で、
どれがお前の考察なんだ、
みたいなところが出てくるとは思うんですけども、
ちょっとその辺をね、ちょっと
長々とね、
喋っていこうかなと思うんですけども、
まずね、この開発会社となったNASCA
っていうところがですね、
まあ簡単に言うとですね、
もともとはですね、
ここのこのNASCAっていう
開発会社、実は
まあ多分ご存知の方が
多いと思うんですけれども、
アイレムの社員さん
たちが独立というか、
アイレムを退社されて
作った会社がこの
NASCAっていうところだったんですね。
ではですね、この
先にね、順を追って説明すると、この
アイレム、こっから説明していきましょうかね。
あの、ざっくりですよ。
アイレムっていうのは、
カプコンのね、
今では会長になってますけども、
辻元健三さんが、
ゲームに関わる
仕事としては、
カプコンよりも前に設立した会社
なんですよね。ただ、
当初は、この
辻元さん、辻元健三さんが
作られた時っていうのは、
このアイレムっていうのはですね、
どちらかというと、ゲーム開発
ではなかったんですね、最初はね。
何をやってたかっていうと、
インベーダーのね、基盤を
リースする、いわゆる
レンタル事業というか、
リース事業がメインだったんですね。
で、
インベーダーゲームのね、
リースって結構
儲かったみたいで、
それで一時代は気付けたんですけれども、
簡単に言うと、リースした
ゲーム機の中にある
お金をね、営業の人が
ちょろまかしてたっていう話もあったらしいですし、
やっぱりインベーダーブーム
っていうのもそんなに長くは続かなかったんでしょうね。
そうすると
会社のね、アイレムっていう会社は
そのリース業が
メインだったっていうこともあってですね、
どうしてもね、
負債が増えてくるわけですよね。
で、ここで
このアイレムっていう会社に
助け舟を出した
っていうのが、石川県にある
ナナオっていうね、
会社なんですね。
現在はね、エイゾーっていう
名前になってるんですけれども、
当時はナナオって言ってね、
どうでしょうかね、ナナオにしてもエイゾーにしても
皆さん液晶モニターとかね、
結構パソコン関連部品なんかで
ご存知の方も
多いんじゃないかなと思います。
ここに
助け舟を
求めて
簡単に言うと、このナナオの
子会社になっちゃったんですよね。
アイレムっていうのは。
で、その時にですね、
辻元健三
社長はですね、
代表権を持たない、
つまり決定権を持たない
会長職に行けっていう
話になったんですよね。
それに納得しなかって、
辻元さんは
その後、このアイレムをね、
自分が作った会社ではあるんですけれども、
手放すというか、
退社するというか、
そういう形で後にされるんですよね。
で、
その時にですね、
何て言うのかな、実はもう
会社の中で、アイレムの中では
開発っていうのは少しずつ
スタートしてたんですけれども、
えっと、
後にね、ストリートファイター
1の
プロデューサーじゃない、
ディレクターかな、ディレクターで
あったりとか、後にディンプスっていう
会社の社長にもなる、今も
ディンプスの社長でもあるんですけど、
西山さんね、この方
辻元さんの
言ったら部下でも
あったんですけども、この方が
残ってた頃っていうのはまだ開発してたんですけれども、
もう既にね、ただ
このゲームの開発をアイレムは
すぐに着工できなかったんですね。
簡単に言うと
仕様書とか企画書を
七尾の方に送ったら
七尾の技術者たちが
ゲームを作ったっていうのでね、
スパルタンXとかがそうだったらしい
ですよね。
そうこうしているうちにですね、
アイレムっていうのは
94年には
この
七尾の
一方的な経営
判断で
いわゆるアーケード
事業とか
あと
ゲーム開発から
撤退するっていうことになったんですね。
さらに拠点を
石川県に移すっていうことで
この時点で
アイレムの
開発に
いた方たちっていうのは
全員が辞表を提出したらしいんですよね。
それで
アイレムを辞められた方たちの
一部が新会社として
立ち上げたのがこのナスカ
っていうところだったんですね。
このナスカに関しては
大体ここぐらいまでにしておこうかな。
で、実はナスカっていうのは
この一作目っていうのは
やっぱり当時も評判が良かったんですけれども
二作目以降はですね
SNKの
まあ
引き取られてですね
SNKに引き取られて
SNKの一部署みたいになった
っていう話があるみたいですね。
でですね
もう一つちょっと気になる話としては
僕はね
ナスカの話もそうなんですけれども
なぜ当時ね
94年っていうと
まだまだねアーケードゲーム
結構頑張れば
まだまだいけたのに
すごい早い判断をするなぁ
と思ってたんですよ当時から
アイレムがね撤退するっていう
ところも含めてね
パチンコ業界との繋がりとIP戦略
で、これを
指揮した
七尾に関して
まあいろいろとね
僕もその後ね
七尾に関しては
いろいろとちょっと知ってた情報もあったんで
あーそれとつなぎ合わされたんだな
っていうのが一つあってですね
実はですね
この石川県にある七尾
っていうのはですね
僕らが言うといわゆる
映像っていうね
後に映像っていう名前になるんですけど
液晶モニターとかでは有名なんですけれども
いわゆる
電子機器の開発
製造
まあ住宅開発とかも
してたと思うんですよね
アイレムの拠点とか
アイレムのノウハウが
欲しかったっていうところが
あったと思うんですよね実はね
それを吸収して
やる必要があったっていうのと
もう一つは
アイレムが持ってたIPが欲しかった
と思うんですよ
というのもですねこれ94年の話じゃないですか
アイレムが
七尾にね
一方的な事業所を
石川県移せっていう話になった
っていうのはですね
何が言いたいかというと
この七尾っていうのはですね
BtoBでもね
いろんなところと
BtoBってまあ企業間取引でもですね
いろんな会社と
取引があったんですね
これは表向きには
七尾もそしてその会社もね
公表はしてないんですけれども
実はですね
この七尾っていう会社は
パチンコ関連の
仕事を引き受けてたんですね
実は
七尾のところで情報を
追っかけると
いわゆるパチンコホールに置く
液晶関係とかそういう
表示機器電子機器っていうのは
これは作りましたっていう
情報が出てくるんですけども
パチンコの遊戯機っていうのに
関してはあれを開発しました
これを開発しましたっていうことは
一切
漏らしてないんですね
これはパチンコ業界の
監修とも言えるんですけれども
パチンコの
遊戯機を作るメーカーっていうのは
全部が自社で作ってるわけではないんですよね
多分なんですけども
この七尾とすごい
まあこれ今でも業界では
多分有名だと思うんですけども
あの結構密接に
あの
取引してる会社が
ありましてその一つが
三葉物産
という会社なんですね
でこの三葉物産って言われても
多分パチンコ打たない人からすると
あまりピンとこない会社ですよね
特に三葉っていう言葉は
ねもう今は無くなりましたけど
あの電気メーカーね
家電のね三葉もありますし
で三葉っていう言葉結構あるんですよね
札幌市場の作ってるところも
三葉食品って言いますもんね
なんですけどもこの三葉物産っていう会社なんですけれども
まあパチンコでは
どの立ち位置にいるかっていうと
皆さんどうでしょうね
海物語っていうパチンコ機種は
聞いたことありませんかね
えーとね今でも多分
パチンコのホールに行くと
設置されてる
パチンコ台が
200台あったとしたら
おそらく100台近く
半分近くは海物語っていうね
台が占めてるかとは思うんですけど
100台は言い過ぎかな
でも50台以上あると思いますね
まあ100台近くねそれぐらい人気機種なんですよ
パチンコまあ200台っていうのが少ないのかな
でもそれぐらいね
結構な比率あります
まあ
どこのパチンコ屋行っても
25%以上は確実に
設置されてる
まあ人気ブランドだと思います
海物語っていうね
これを作ってるのがですね
名古屋に拠点を置く
三葉物産という会社なんですけれども
あのここはね
まあ簡単に言うと
パチンコをね名古屋では作るんですよ
多分いろんなところからね
部品を調達してね
その調達する部品の一つ
液晶とかを作ってたとか
電子基板の一部を開発してたところに
七尾があったんですよね
で実はですね
この94年に
このアイレムっていうところが
あのアイレムがね
アイレムは
七尾に命令で
簡単に言うと拠点を石川県に
移してますよね
これもね実はパチンコを打つ人たちの
どれぐらいの比率がご存知なのか
そしてパチンコを打たないけど
ゲームをする人から
ゲームしかしないっていう人も
どれぐらいご存知なのかわからないんですけれども
アイレムはかつてですね
大工の原産っていうゲームを出してた
時代があるんですよね
どうやらあの
このね大工の原産なんかを
作られてた人っていうのが
後にねめたすらにも一部関わってた
っていう話もあるらしいんですけれども
このね大工の原産
っていうのは当時
アーケードから出てファミコンとか
ゲームボーイとかスーパーファミコンとかで
ある程度シリーズ
シリーズ化してるんですけれども
このアイレムがね
拠点を石川県に移して
簡単に言うとゲーム開発から
撤退した後にですね
ここから2年後
1996年にですね
まさにあれですよね
メタルスラッグが発売された頃ですね
パチンコ業界
パチンコにね
登場したんですね
大工の原産っていう名前でね
CR大工の原産っていう名前だったと思うんですけど
これがですね
超人気機種になったんですよ当時
僕とかはね
ゲームも両方やってたんで
なんでゲームのね
当時そうだな
ストリートファイター2とかね
その辺がゲームから
持ってくるってのは分かるんですよ
まだまだ
判件がね
パチンコに来るっていうのが
少ない時代だったんですよね
当時は
なんですけれども
それでもね
なんで
大工の原産だったんだろうって
思ってたりはしたんですけれども
これがね
結構売れました
それこそね
スト2がパチンコになった
初代のスト2
パチンコよりは
圧倒的に大工の原産の方がね
大人気機種になってたんですよね
この96年
ゲーム業界では
真逆だったとは思うんですけども
パチンコ業界ではもう
ストリートファイター
カプコに
一史報いたぐらいのね
それ以上の功績を上げてたんですよね
でまあ
こういう多分ねパチンコ開発
でこのスタッフの人たちは
欲しかったんだろうなーって
いうのも僕はね
ここは勝手な考察ですよ
もちろんアイレムが作ってた
判件ってゲームの判件も
パチンコに転用できる
っていうところも考えたと思うんですよね
であとはやっぱりその
ここはちょっとわかんないんですけど
メーカーのね
七尾の判断としては
やっぱりそのビジネスを
再編成して
出発させたい
っていう思いもあったのかもしれないんですけれどもね
当時のアイレム
っていう組織からね
ただやっぱりそれには
ちょっと順応できない
っていうどういう条件を当時の
アイレムのね元いたスタッフの
人たちに提示したのかっていうのは
僕にはわかんないですけれどももしかしたら
あのパチンコである程度
利益が出たらお前たちまた
ゲーム作らせてやるぞみたいなこと言われたら
やっぱりそのゲームの開発が
メインだった人たちからすると
ちょっとやっぱりなかなか
96年ぐらいだったら
受け入れにくかったのかもしれないですね
僕はねちょっと
ゲームの開発に
入った人間でもなんでもないんですけれども
この
ゲームメーカーがパチンコの
開発とかを
するとか
パチンコメーカーが
ゲーム開発会社に
グラフィックであったり
九条一馬氏とアイレムソフトウェアエンジニアリング
企画だったりとかを
依頼するってのは
もう少し後なんですよね
多分僕が思うに
96年とかっていうより
多分2000年前後が一番
境だったと思うんですよね
なんで
この頃ちょっと早かったからやっぱり
現場でゲーム開発されてた
方からするとやっぱり畑が
違うとか色々話はあったと思うんですよね
でまあ
全員退職
されたっていう感じだったのかな
と思いますね
ちなみにですねこの
七尾っていう会社
そして
この会社は今も
おそらく海物語
の開発
だったりとか
部品調達には動いてるし
それ以外のメーカーに関しても
納品してると思うんですけども
先ほども言ったようにこの辺のね
情報っていうのはすごいクローズドなんですよね
実はね
で僕もねこの七尾に関しては
ちょっとしたところから
情報を得たから知ってたんですよ
七尾の話は
七尾と山陽物産の話は
知ってたんでね海物語とかの話は
知ってたんですけれども
そうか七尾ってそういえば
アイレムの
親会社だったよな
っていうところでね
そういや海物語を
作った山陽物産
ってっていうのが一つ
あるんですけれども実はですね
これ以外にもね面白い
話がいくつかありまして
全然メタルスラッグから離れてるんですけども
メタルスラッグの
開発に携わられてた方の
一人に
九条一馬さんっていう方がいらっしゃるんですね
この方一作目
開発し終わった後ですね
このナスカを退職されて
フリーランスになられて
後々
アイレムにね
戻られるんですね
石川県に拠点を移したね
アイレムに行かれるんです
当時の名前がアイレムソフトウェアエンジニアリング
だったと思うんですけれども
石川県に移ってからは
ここでね
九条一馬さんの名前って結構有名になるんじゃないかな
と思うんですよね
例えば絶体絶命都市とかね
あとバンピートロット
とかあの辺
あったりするんですね
もう一つ言うとですね
アイレムソフトウェアエンジニアリングになった時には
おそらく
この旧アイレムが保有してた
判権で
ゲームを作るとか
そういうことも
約束されたから
実は
ナスカっていう会社が
後にSNKに吸収された時
そしてSNKが
倒産した時に
アイレムソフトウェアエンジニアリングに
再び
行くっていう方も
数名というか何か
いらっしゃったらしいんですけれども
そこでですね
この九条一馬さんっていうのは
何をされてたかっていうと
アイレムソフトウェアエンジニアリングで
何をしてたかっていうと
絶体絶命都市出したりとか
シリーズ出されたりとか
バンピートロットとか
Rタイプファイナルとか
Rタイプデルタとか作ってたと思うんですよね
そういうのを作ってたと思うんですけど
それ以外に
当時はですね
家庭用ゲーム機
主にプレイステーションとかプレイステ2とかで
パチンコパチスロの
シミュレーターって
よく出てた時代があったと思うんですよね
でその中で
いわゆる海物語の
シミュレーターを
このアイレムソフトウェアエンジニアリングは
開発してたんですよね
僕はこれは出過ぎた
推察考察の一つなんですけども
もしかすると
パチンコの海物語とかね
それこそあのパチンコの
ゲンさんのね
シリーズっていうのは
後にちょっと出てるんですけども
この辺のグラフィックももしかすると
アイレムソフトウェアエンジニアリングが
やってたんじゃないのかなぁと
思ってるんですね
ちなみについででいうと
この九条一馬さんは
えーとね
プレステ2になってからの
このいわゆる
海物語の移植シミュレーター
ではですね
それこそ絶体絶命都市とか
バンピートロッドで培った
ノウハウでですね
この
なんていうんですかね
パチンコのシミュレータープラス
このシミュレーターってのは普通に
台打つしかできないじゃないですか
それ以外におまけモードとしてですね
あのちょっとしたオープンワールド
みたいな中で
主人公キャラが
パチンコに行って
パチンコで買ったお金で
家具買ったり車買ったりとかね
生活していくっていう
食べ物買ったりとかしてね
もういわゆるパチプロをね
地で行くモードを作ったりしたんですよね
当時僕もインタビュー
読んだことがあるんですけども
やっぱそのシミュレーターとしての
予算しか出てない中で
どうやったら面白い
おまけモードを作れるかっていうので
自分一人でほぼ動いたって言って
あのもう
寝る間も惜しんでやるために
立って3Dのモデリングを
作ってたっていうね
ことをおっしゃってたインタビューが
すごい印象的だったんですけども
まあそういうゲームの開発にも
関与させるっていうことは
おそらくね結構
密接な絡みがあったと思うんですよね
確かねサイン用だったかな
Rタイプかなんかも
一回ねスロットかパチンコで
僕出てたような気がするんですけどね
あんまり売れてなかったんで
僕も売ったことはないんですけど
まあそういうね経緯がある
っていうのをね
ちょっとここでね
余談中の余談ではあるんですけどね
もうこれ
メタルスラッグシリーズの系譜と開発体制の変化
ただねこのメタルスラッグとか
あのメタルスラッグっていうのが
まさかね
ここまでなるっていうのも
知らなかったですし
当時の僕はね
でまさか実は
その周辺で
例えばパチンコだったりとか
そういうのと
なんていうんですかね
ニアミスっていうかね
ちょっとすれ違ってたとかね
そのパチンコ業界に関しての
動きが
あったからこそ
このアイレムっていうところが
拠点を移したがために
でもこの時の七尾の判断が
あったからメタルスラッグは
作られたっていうのも
あの言い過ぎじゃないとは思うんですね
僕はね
もしそういう判断を当時七尾がしてなかったら
おそらくアイレムで
メタルスラッグね
作られた方達っていうのは
そのまま継続していらっしゃったら
これを作ってたのかなって思うと
また違う話には
なると思うんですよね
この開発の逸話で言うと
この
SNKで
との取引をやる際に
SNK側から
提案されたのが
Rタイプみたいなね
アイレム時代に作った
Rタイプみたいなシューティングと
ゴルフゲームっていう風に提案されたんですけども
そのクリエイターさん達は
Rタイプは嫌だっていうところで
こう
考えついたのがこのメタスラだったらしいんですよね
それではですね
結構ね寄り道寄り道しまくって
結構喋っちゃってて
まあみなさんもお気づきだとは思うんですけれども
お前ゲームのこと
大して喋ってないなって思われてると思うんですよね
これはね
簡単に言うと
僕自身がですね
あのメタルスラッグをね
先ほど喋ってたように
仕事の合間に何かで寄った
ゲームセンターで
ドンパチやるかメタルスラッグやるか
で時間を潰してたとか
そういう思い出が
結構多いんですよ
そういうもんで
あんまりエンディングまで
行ったことっていうのが
少ないんですね
あそれでもサタン版買ってやってたから
サタン版はね
あのエンディングまで行きました
で僕自身がね
買ったのっていうのが
実はこのサタン版でしょ
あとね
プレステ版の
メタルス
メタルスラッグXっていうのをね
僕買ったんですよ
でこれね
この
前もって話してたからいいんですけれども
僕ね
その2001年
2年ぐらいに
妻とね離婚した際に
このメタルスラッグX
っていうのをですね
神さんの方に
置いてきちゃったんですよ
でまあ僕はね別に
いいんですよ
なんで置いてきたのかな
多分なんですけどもうちの息子がね
結構
当時
気に入ってたような気がするんですよね
で後々になって
僕はそれを
聞いてなるほどなと思ったのが
彼がね
うちの息子今年29歳
になるんですけれども
どちらかというとドット絵というよりは
3Dグラフィック世代の子なんですけれども
それでも悪魔城ドラキュラと
メタルスラッグは
結構好きなんですよ
で今ね彼は
この前発表された
ネオジオのね
復活したネオジオ本体と
メタスラのセットを
買うかどうか悩んでるんですよね
ぐらい結構メタスラには
思い入れがあってですね
他のね
ドット絵のゲームってファミコンとか
スーパーファミコンとかで
あるんですけれども
あまり目もくれないんですよね
だけどドット絵で言うと
そうだなカービィとかね
スタフィーとかはやってたかとは思うんですけど
でもねそれよりも先にやってたのは
多分あの
メタルスラッグXだったと思うんですよ
彼がやってたのはね
それは何でなのかっていうのをね
ずいぶん前に聞いたことがあったんですよね
特に幼少の頃だったんで
まだ幼稚園とか
小学校に入るぐらいかな
だったと思うんですけども
決して簡単ではなかった
と思うんですよ彼にとってはね
なんでやってたのあの頃
って聞いた時に
実はメタルスラッグって
セリフが出てこないんですよ
あれだけ
ステージが多くて
多くてって結構ステージもあったし
物語として進行するんですけれども
一言も喋んないんですよ
喋んないっていう喋りはするんですけども
例えばテキストで
その状況を説明するとか
っていうよりは
出てくるキャラクターたちが
身振り手振りでなんかこう
ジェスチャーみたいなことはやるんですけれども
あとはこう
ゲームを進めてね
敵を撃って倒して
メカが出てきてっていう
それがね彼にとっては
非常に良かったらしくて
なんかカートゥ
カートゥネットワークっていうね
ケーブルテレビで
ワーナーがやってるねトムとジェリーとかね
そういうのをやってるチャンネルが
あったんですけど
当時それよく見てたんですけども
彼は
あれを見てるみたいなもんだっていうね
今で言うとちょっとカップヘッドやってる
っていうと近いのかなと思いながらね
それが彼が
幼少の頃からこう
周りくどいことはそんなにない
だっていうところが良かったみたいでね
彼はそれで
すごいメタルスラッグXをね
僕が離婚のお気に入りみたいに
置いていってたやつを
ある程度やってたらしいんですよ
僕が数年間は京都に住んでて
戻ってきて大阪に戻ってきて
離れて暮らしてる時にもですね
あの
僕XBOX360を買った時に
いわゆる
バーチャルコンソール的なもので
メタルスラッグ3とかを
買えるっていうのを
知った時に
うちの息子Xしか知ってないわけで
メタルスラッグ3を買ってくれって
この360で
って
そしたら遊びに来た時に
俺できるだろって言われて
買ったらうちに
週に一回遊びに来るんですよね
メタルスラッグ5以降の展開とアトミスウェーブ
土日とかにね
その時に彼は
しこたまやってたのを覚えてる
僕もね今回喋るのを思い出して
彼と話してて
彼はねXと3をすごい
こういうのが愛してるみたいなんですよね
でまあ今はね
先ほど言ったように
メタルスラッグのセットのネオジオを買うかどうか
ずっと
連日悩んでおりますね
まあね
僕はこう
今どうしようか考えているところなんですけれども
それはね
また後で話すとしても
そういう意味でですね
僕はメタルスラッグっていう
ゲームが
その
自宅でコンシューマーで
コンティニューをね
無限に
重ねればクリアもできるんですけど
そうじゃなくてっていうところでね
100円でどこまでいけるかっていうのをね
込みでやるのが
すごい好きだったんですよね
このゲームセンターでね
だから
僕そうだな
息子がよくやったのは結構
2000年過ぎてからもですね
ちょいちょいやってたんですよ
例えばもう懐かしい話でいうと
息子が虫キングっていう
カードゲームにね
はまってた頃に虫キングやってるって
ゲームセンター連れていかなくちゃいけないんですよ
虫キングやってる間
やることないからっていうのでまたね
同じですよ
ドドンパチやるか
メタルスラッグやるかでね
時間を潰してたっていうかね
やってましたね
そういうことでですね
行く先々で彼とは
すごい合うんですよね
であと
このネオジオっていう
MVSっていう機械の
優秀なところっていうのは
一つの筐体に
MVSだとね
複数本のロームが入るっていうことで
まあ
僕が行かなくなったけど
駄菓子屋の前を通ると
置いてあるMVSにね
必ずね
メタルスラッグ
3台ぐらいあったりとか
2台ぐらいしかなかっても
必ずメタルスラッグの
何か1本は刺さってるとか
入ってるみたいな
駄菓子屋が当時はあったんですよね
今もまだ現存してるのかな
最近行ってないんですけどね
あと
スーパーとか
屋上じゃないな
2階とか3階ぐらいに
ちょっとしたゲームコーナーなんかに置いてある
MVS筐体なんかでも必ず入ってるんですよね
意外と
子供たち
やってる子供をたまに見かけたりしてたんでしょうね
最近僕ちょっと
そういうとこ行く機会が少ないんで
最近はちょっと分かんないんですけどね
だからまあ
そういうところで見たりとか
子供が虫キングやるからとかで
付き合ってたら
さすがにね
いわゆる
筐体のMVSはやらないですけど
座ってやるMVSだったら
当時やっぱり
やってメタルスラッグの
何菓子かをやってたのは
覚えてます
結構ね僕は
初期のこの
1のね
イメージが強かったんで
2もそうじゃないかな
2も3ボタンのまんまだったような
気がするんですよね
なんであの
後にね
4つ目のボタンがメタスラアタック
っていうのがあるとかね
スライディングはあるっていうね
シリーズも
出てきたりとかしたっていうのは
随分後になって
知ったっていうぐらいのね
すごいよろいファンではあります
だけどいまだにやっぱり
メタルスラッグってちょっと
いいなーって思って
この前30周年で
ちょっとセールやってたんで
ついでにね
前々から買おう買おうとは思ってたんですけど
ちょうどいい機会だからっていうので
アケアカネオジオで出てるやつを
一気に買いました
一気に買ってね
僕実はどれぐらいお素人かっていうと
メタルスラッグ2と
メタルスラッグXの
関係性を知らなかったんですよ
だから僕2って言うほどやってないんですよ
だから3がね
3じゃないXか
Xがすごい新鮮に見えてたんですけど
実は簡単に言うとね
メタルスラッグ2っていうのは
いわゆる処理落ちがひどかったと
簡単にわかりやすく言うとね
なんでそれを微調整して
リメイクというかね
遊びやすく
もうちょっと処理落ちをなくした状態で
出したのがメタルスラッグXだったっていうことも
今回
初めて知りまして
それで
そういうことだったのかって思いながら
今ね
アケアカで
アケアカネオジオで
メタルスラをちょくちょくやっております
やったり
色んな作品
メタスラをこうやっております
メタルスラッグの
今後の展開
っていうのかな話としては
先ほどからちょいちょい話し出しておりますけど
今年ね
11月に
発売されるということで
プレオーダーがすでにスタートしている
ネオジオAESプラス
っていうね
本体がね
復刻しますね
当時のネオジオと
同じ
モトローラの
6万8千
CPUと
Z80と
このCPUと音源用の
Z80は簡単に言うと
メガドライブとかと同じなんですけども
それに加えて
あれですね
基板もね
このために
可能な限り
当時のネオジオに近い
形の回路設計
として作ったっていう
結構これコストかかるらしいんですよね
言ったら
普通はね
なんていうんですかね
他でも転用できるような基板で
ソフトウェア的に基板の
設計を変えるっていう
FPGAっていう
手法が
最近では多かったり
エミュレーション以外ですよね
なんですけれども
今回わざわざ
復活させるにあたって
基板の設計
マザーボードの設計も
当時のネオジオに近くして
それにプラス付加価値としては
HDMI接続だったりとか
リップスイッチ機能は
なかったと思うんですよね
当時のネオジオにはね
その辺も再現したっていうところで
これとプラス
単品売りの
メタルスラッグもありますし
あとメタルスラッグと
ネオジオをね
同梱してしかもカラーリングが白っていうね
ネオジオの白っていうよりは
僕はメタルスラッグの
カートリッジの白っていうところが
すごいなんかどうなんでしょうね
それはそれでコレクター
アイテムっぽい気がしますね
あとはその単品売りの本体
単品売りのソフトと
ネオジオと
あとメタスラのセット
以外に
あの
アルティメット
エディションっていうね
今回ネオジオAESプラスっていうのが
復活するにあたって10本の
カセットが復刻するんですよね
これも
セットにしてあと
スティックと
メモリーカードも追加した
15万円のセットが出るんですけどね
これもあるんですけどね
15万円か
って思って一見高いなって思い
ながらも
確か本体だけで
昔5万8千円ぐらいしてたんで
それ考えたら安いんですよね今回本体も
3万いくらなんで
誰かがツイッターで
ツイッターでXでね言ってたんですけど
今あの復刻した
10本っていうのを
もし今中古屋さんで買おうって
ネオジオ本体もセットで
あの15万円と同じような構成で
買おうとすると802万円
ぐらいするって
それを考えたら15万円なんか
99%オフだみたいな
なんかちょっと
わかるけどなんか色々とバグってる気も
するけどでも確かになって思って
僕もねちょっと気持ち
考えたりもしたんですけどもね
いや考えたりもしてるんですけども
まあね
やぶさかでもないんですよ
一家に1台ネオジオが今ね
あっても
ただこうどうなんでしょうね
こんなこと言うとね水さす
みたいなんですけども結局
既存のもうすでに出てるね
旧ネオジオのソフトっていうのは
今もう到底買えないわけじゃないですか
買えないですよね
もう数十万から
数百万ですよねこの前見た
メタルスラッグの買取もなんか
220万から330万
とかいう結構びっくり
するぐらい買取価格買取価格が
ですよ販売価格じゃない
ですよ買取価格で330万
っていうのを見かけ
ちゃったんですけどね
うーんなかなかな
ことになっちゃってるんですよね
まあそれだけの評価が
されるってまあ
物も少ないですしね
まあわかるんですけども
それ考えたら確かに
4万9800円の
セットでもいいし15万円のね
今回復刻する
10本組のやつも
まあ安いってのもわかるんですけども
これ以外に
昔出てたね
例えばあの僕ガロスペ好きなんですけど
ガロスペ欲しいなと思ったら
もう今ね
あのスルガヤさんとかいったら
多分40万とかするのかな
ガロスペで40万
俺ヨーダさんなぁと思ってね
って考えるとね
こうちょっとしんどいなぁ
って思って僕はね
二の足を踏んでるんですけどもね
あの明け明かでいいんじゃないかと
僕は思ったりもしてるんですけどね
まあうちの息子もね
明け明か版は僕よりも先に持ってるんで
彼はまあそっちでやるのかなと思ったら
だいぶ真剣に考えちゃってるんでね
まあねほんとに買うって決めたら
まあ
そうだなぁ半分ぐらいは出してあげても
いいかなって神さんには黙ってね
やってもいいかなって
思ったりはしてるんですけどね
まあちょっとその辺は今後どうなるかわからないですけどね
まあそんなところですかね
ゲームのことっていうよりは
ゲーム周りのこととかが思い出深くて
もちろんゲームもねちゃんとやってはいるんですけど
そんなにね
ノーミスワンコインクリアができるほど
うまくもないですしね
だけどこの前
そのセールで買った
メタルスラック
一通り全部
ワンプレイ
ツープレイさせてもらったんですよ
こうしてね
やらさせてもらった後に
思ったのは
今ね
やっても決して
古い
ドット絵のゲームを
やってるっていうよりは
あんまりその古臭さを感じないんですよね
なんでだろうなと思って
ずっと考えてたんですよ
似たような感覚に
陥ったことがあるなって
だんだん考えてて思ったのが
たまに金曜ロードショーでやる
ナウシカとか
ラピュタを見た時に
今の時代でも古臭くないなって感じた
あの気持ちに近いな
っていうことが分かったんですよね
自分の中ではね
あくまで自分の感覚ですよ
なんですけども
それって何かなって思った時に
多分ね
僕がちょくちょく言ってる
80年代の
デフォルメ感
デフォルメ感
っていう僕が好きなね
それと
それがうまく合致する
画面全体から来る
センスの良さだったりっていうのが
ドット絵の細かさとか
アニメーションパターンの豊富さ
だけじゃなくて
アニメーションパターン
増やしさえすればいい
っていうわけじゃなくって
その絵全体のセンスの良さも
相まって
今見てもね
古めかしさを感じさせないんだろうな
っていうのが一点と
あとはもう一つね
メタルスラック
以前と以降っていう
言い方ができると思うんですよね
2Dのドット絵の
ゲーム
表現の仕方としてはですね
僕はちょっと
ここに関しては
おそらくそうだろうっていう
発想は分からないんですけども
例えば
バニラウェアさんの作品
僕ほぼできてないんで
なんとも言えないんですけど
あれもすごい綺麗な
ドット絵なのかな
アニメーションされてるとは思いますけども
昨今のインディーゲームだったりとか
横スクロールの
そういうインディーゲームに多いのかな
2Dドットの作品って
間違いなくね
メタルスラックの影響
受けてるんじゃないかな
っていう風にね
思ったりするわけですよ
そんなの影響受けてないよ
っていう人も
多分いると思うんですよ作り手の中にはね
ただ全く
あれがあったから
とかなかったからとかっていう
論点で物を見るには
ちょっとしんどいなと思うぐらい
昨今やってる
僕がやってた作品の中でも
今にして思うと
これメタルスラックが
あったからこういうゲームになってんだよな
って思う作品に
僕はいくつか出会ってたんですよ
ここ最近だと
昨年の
末ぐらいに出た
インディーゲームになるんですけれども
ターミネーター2D
っていうね
作品があるんですね
インディーゲームで
これもねアニメーションパターンとかが
すごい鮮やかで綺麗なんですよね
色使いとかもよくて
ただあれ見てた時に確かに
なんかすごい
なんていうんですかね
こう
綺麗なパターン
アニメーションパターンっていうんですかね
いわゆるコマ数があって
グラフィックのセンスもいいって思ったんですけど
これ勝手な僕のね
想像なんですけどやっぱりこれ作った人たちって
多分メタルスラックって
やってたんだろうなーってね
勝手な僕の想像ですよ
でも意識は
ないとは
言えないんじゃないかなって思うぐらい
やっぱり近しい感じがしたんですよね
後々になって今ね
こうやって喋ってて
勝手な僕の推察なんでね
作ってる本人から
聞いたら怒られるかもしれないですが
作ってる本人外国の人だから分かんねえか
ですけども
確かにでもね
メタルスラックが出た後に
あれを意識した作品というのは
いくつかでも僕はね
見たことありますよ
ゲームボーイアドバンスで国内では出てないんですけど
どう見てもメタルスラックだろう
っていう
パクリっていうわけじゃないんですけど
意識して作られた作品
っていうのを僕はやったことがあるんですよね
あー多分これメタルスラック
好きな人が作ったなっていう
それは別にその作品だけじゃなくて
いくつか今もね
インディーゲームとかではやっぱり
見かけるんでやっぱりあの
96年に
出たその後ねシリーズとして
続いたメタルスラックっていうのは
非常に功績が
大きかった作品だったと思うんですよね
これがね
押村区は格闘技ゲームとかね
爆発的なね
人気
になり得なかったから
ちょっとしんどかったところ
あるとは思うんですよね
だけども
1アーケードの横スクロールの
ガンアクション
みたいな感じで見た時に
こう
結構評価されてるし
今やね
日本国内のみならず世界的にも
評価はされてる作品で
これがいわゆるメーカーさん
作り手さんたちの利益に
もっとなってもよかったけど
それがねちょっと
なりにくかったのは
もったいない話ではあるかなとは思うんですけどね
ただ今年はね
そのネオ城AES
プラスが
復刻してそのメタルスラック1作目
が売れて
多分これの売れ行き以下によっては
今後
後続のソフトも
また再生産というかね
作られる可能性は
出てくるんだろうなぁとは思いますし
それ以外だと
SNKでね
今年
30周年アニバーサリームービー
っていうので
軽く告知はされてますけども
何かしらの動きが
あるみたいなんでね
まぁメタルスラックって
実は今回ちょっと
喋れてない中でいうと
まぁね
後続のシリーズ
ナンバリング以外にも
例えばタクティクスとかね
ディフェンスとかね
あとプレステ2で
唯一作られた
3Dグラフィックのサードパーソンの
シューティングとかも
出てたりはするんですけれども
またね
原点に立ち返った
ドット絵の新作みたいなのを
作るのかな
分かんないですけど
30周年ということで
何かしら新しい動きを
今後ね
するっぽい
ムービー
出してるんで
続報に期待したいかなとは思います
ということでね
本編終わりたいと思います
ありがとうございます
はい、いかがだったでしょうか
今回ね
メタルスラックに関して
喋ってるようで
なんかパチスロの
話、パチスロじゃないな
パチンコか
パチンコ業界の話に転じたりとか
まぁ結構ね
結構
余談というか
寄り道が多かったかなとは思うんですよね
だからまぁ
どうでしょう
僕のメタルスラックの思い出とか
そっちばっかり
喋ってたりとか
ちょっとここらでね
メタルスラック一作目
とか言いながらも
僕結局
今というかね
その日その日でアーケードで
2やってたのかな
3やったりとか
Xやったりとか
4とか
いろいろやってるんですよね
僕どれをやってた
という認識がその時その時
決まってバラバラなんですけども
ちょっとここでね
このシリーズの系譜をね
エンディングなのに
ここ喋っていこうかなと思うんですけど
ちょっとね
メタルスラック正直ね
このシリーズね
実はこのアーケード版
MVSとネオジオ版以外にもですね
まぁやっぱりね
愛されてる作品だ
人気作っていうこともあって
こういろんなハード
に移植されてるんですよね
でまぁそのコンシューマー向けの
移植されたやつってのは
ちょっと今回除外して
初登場の
作品だけをね
ピックアップして
いわゆるMVS版ネオジオ版だけを
抽出して喋っていきたいと思うんですけれども
あのメタルスラック
一作目ですね
これは本編でも喋ったように
1996年5月24日
発売ですね
そしてですね
メタルスラック2がですね
1998年
4月2日
まぁ約2年後ぐらいですね
そしてこの2からですね
約1年後ですね
にですね
メタルスラックXが出ております
これ実はですね
アーケード版に関してはですね
ちょっと色々調べてたんですけれども
あの
稼働開始日
っていうのがちょっと分からないんですね
ネオジオ版はですね
5月27日に発売されてますね
これはいわゆる2のね
リメイクバージョンで
ストーリーやステージ進行は2と同じなんですけれども
敵の配置とか
背景の一部だったりとか
あと武器種の追加などね
様々な追加と調整が施されている
作品なんですね
まぁ本編中で
僕が喋っていたPS版
PSプレイステーションにね
移植されたやつがですね
実はSNK最後の
プレイステーションソフトだったりもしますね
これね
実はそういう意味でもね
思い入れ深いな
当時俺分かってて買ってたのかな
そんな気もするなぁと思って
ちょっと分かんないですけどね
はっきりとは
その次がですね
2000年に
発売されている
MVSで出ていまして
こちらもねちょっと
稼働時期が分かんないんですけど
メタルスラッグ3ね
2000年の6月1日には
ネオジオ版が出ています
これがですね
SNKから発売されたね
最後の
メタルスラッグ
になりますね
そしてですね
そこから2000年のね
メタルスラッグ3からですね
2年後ですよ
メタルスラッグ4
これがですね
2002年にMVS版が出ましてですね
同年の6月13日に
ネオジオ版が
プレイモアより発売
これは現在の新しい
SNKですね
その前身っていうのかな
社名で言うとね
開発はですね
ノイズファクトリーという会社で
元々はですね
アトラス大阪開発の方々で
ゴウケツジ一族とか
作られていた方々らしいんですけれどもね
スポンサーでありですね
タイトル画面に表記されている
メガエンタープライズというね
当時韓国にあった会社も
関与しているみたいでですね
SNK倒産後の混乱の中で
作られたっていうこともあってですね
評判が
あまりよろしくないみたいなんですよね
またですね
今作からですね
4つ目のボタン
メタスラアタックが実装された
作品でもあるんですよね
このメタスラアタックっていうのもね
どうでしょう
僕以上にね
ムググって思った人も
ちょっと会った人も
いらっしゃるみたいなんですけど
これはあまり言わないですけども
今作でですね
これまでに要は
開発に関わっていた
方々ね
前のね
X3とかね
SNKの方々たちからですね
開発体制が
一新されたんですよね
仕方ないっていうのもあるんですけどもね
ちなみにですね
このタイトル画面にも表示されているんですけども
メガエンタープライズ
っていう韓国の
企業のね
表記を見て
驚いた人も
僕以外にも
何人かいらっしゃるんじゃないでしょうかね
というのもですね
当時韓国ではですね
PCでね
アーケードとかコンシューマーの
エミュレーションで動くね
海賊版CDみたいなのがね
大量に販売されてたんですよね
僕も韓国に旅行に行った時にですね
よく見て
露店というのかな
いわゆるこっちで言うところのね
秋葉原とか日本橋みたいな感じの
いわゆる
電脳街って言うんですかね
ちょっと地名忘れちゃったんですけどね
そこによく売られてたんですよ
そこでね
僕も何本か買ってたんですけれども
そこに
このメガエンタープライズのロゴっていうのは
ちょくちょく見かけましたからね
当時僕ね
僕の記憶だと
ここのロゴね
ネオジオ系のエミュレーションCD
なんかに
入ってたような気がするんですよ
僕が当時
行った時だと
メタスラの1とか
あと
ガロスペとか
サムライスピリッツの
いわゆるそういうCDを買ったんですよ
多分ね
どれもね700円から800円ぐらいだったと思うんですよね
そこにね
あの
メガエンタープライズのロゴが
入ってました
で、権利的に
SNKからね
許諾を得ていたのかは
僕自身はちょっと分かんないんですけれどもね
だからね
こんなん言うと失礼なんですけども
絶対にバッタモンっていうか
いわゆる海賊版だろう
と思ってたんで
それ買って数年後ぐらいに
アーケードで見たこの
メタスラ4のね
タイトル画面に
メガエンタープライズって書いてあった時には
あの会社じゃねえの?
って思って
びっくりしたのが覚えてますね
次がですね2003年
メタルスラッグ5ね
MVS版が
2003年に出ましてですね
2004年にですね
2月19日に
ネオジオ版がSNKプレイモアより
発売されてですね
開発もですね
SNKプレイモアになった
ということで
ある意味ね戻ったとも言えるんですけれども
旧SNK倒産によって
流出した人材
というのもいるでしょうから
そのまま元さやに戻った
とも言えないんでしょうね
この辺僕もちょっとね詳しく
分かってないんですよねスタッフの方が
そのまま
居残ってこれを作り上げた
っていうのかどうかもちょっと分からないんですよね
ちなみにですね
MVS
ネオジオで展開された
最後の作品にもなりますね
このメタルスラッグ5がね
次がですねこれから3年後
2006年2月に
アトミスウェーブ版の
メタルスラッグとして開発されたのが
メタルスラッグ6
発売は
SNKプレイモアなんですよね
これ実は
メタルスラッグのシリーズとしては
唯一のアトミスウェーブ
っていう基盤でね
出た作品ですね
ちなみにこのアトミスウェーブっていうのはですね
サミーが開発した業務基盤ですね
もともとはですね
ナオミ基盤っていうのが
セガが出してたんですけれども
それと
ちょっと互換があるというか
関連性がある
っていうところで
ドリームキャストの部材が結構
余ってたというところで
セガがねその部材を
サミーが買い取って
さらに
セガからのいくつかの
技術提供とかもあって
作り上げたっていうのがこのアトミスウェーブ
っていう基盤なんですよね
キングオブファイターズとかも
2作ぐらい確か出てるし
ギルティギアとかも
これで1本
ぐらい出てたんじゃないかな
他ね
アトミスウェーブのことはあまりそんなに詳しく
喋らなくてもいいんですけども
でですね
さらに2年後今度はですね
2008年7月17日
メタルスラッグ7が出ます
これSNKプレイモアより
発売されたんですけどもね
機種はですね
なんと任天堂DS
そうなんですよついにね
7作目にしてアーケードじゃなくて
コンシューマー
まあまあ携帯ゲーム機
オリジナルということでね
展開されました
でこのね
2年後じゃない1年後かな
メタルスラッグ
XXってのが出ます
これはですね2009年12月23日にですね
同じく
SNKプレイモアより発売されて
機種はPSPで出てます
でこの
1年後というか
半年後ぐらいかな
2010年5月19日にはですね
XBOX360の配信サービス
XBOXライブアーケードで
発売されてですね
そこから8年後になるんですけども
2018年の
5月31日にはですね
PS4のね
方でも配信
開始されております
これは何かというとですね
先ほど話した
任天堂DSで出た
メタルスラッグ7の
マイナーチェンジバージョンということでね
これどうなんですかね
多分今でも
買えるんじゃないですかね
買おうと思えば
そうですね
XBOXライブアーケードとか
PSも
多分あるんじゃないのかな
ちょっと僕も調べてないんですけどもね
こんな感じで
シリーズ
ナンバリングとかね
KFだけでもこれだけ出てるんですよね
他にもですね
ネオジオポケットで
出てる作品だったりとか
あとプレイステーションでね
唯一プレイステーション2で
出てるんですけども唯一ね
3Dで
モデリングされた作品がね
オリジナルのコンシューマーオリジナルの作品
なんかもあったりとか
まあ結構ねこれシリーズの展開としては
クリエイターAkio氏とパチスロ業界の考察
多岐に渡ってたりも
するんですよね
最後にですね
本編でもね
九条一馬さんの名前出させてもらったんですけれども
メタルスラッグといえば
この人なんじゃないのって
皆さん思ってると思うのが
あの
アキオさんというね
クリエイターさんですね
僕もアキオさんに関しては
BBブロスさんでね
こう
知ってフォローしたんですよね
で今現在も
Xでね
結構あのメタルスラッグの
開発秘話みたいな感じで
ちょくちょくポストされてるんで
まあね
それをご紹介するっていうのも一つ
かなとも思ったんですけれども
まあなかなかね
それを
それを紹介するのもなーっていうのも
僕正直思っちゃったんで
まああえてね触れずにいたんですけれども
ちょっとねメタルスラッグの開発
特にそのデザイン
だったりとか
まああのドット絵のね
開発というか作成に関しての
お話なんかは
アキオさんがXで
結構ポストされてて
僕もねあの大変興味深く
見せてもらってて
あの興味のある方はね
まだフォローされてなかったから
ぜひとも見ていただければ
と思うんですよね
ちなみにあの僕はBBブロスさんで
知ったって言いましたけども
あれです
うちの息子はですね僕が知って
息子に
それを教えたらですね
あの僕が
フォローするよりも
前から知ってたみたいで
なんかねその辺の
情報源はどっから得てるんだろうなー
って思うくらいね
アキオさんリスペクト
僕よりもね全然知ってるみたいで
だからあの昨年かな
2025年に
あのビットサミット
っていうね
インディーゲームのイベントが京都で
あったんですけれども
これでこのアキオさんが
かつて開発に
関与されてて
ちょっと様々な理由で
発売が中止になった
妖怪ハンター
ナビノスケっていう
あの当時ゲームボーイアドバンスで
あの出そうということで
開発されてたゲームがあるんですよ
えーとね
ロールプレイングだと思うんですよね
でまあまあいわゆる
妖怪を
こう
仲間にする
戦って妖怪を仲間にする
っていう感じの育成ゲーム
なんかあの
あのボールを投げるね
あの
まるまるモンスターとかね
まああの
なんでしょう
ドラゴンクエストモンスターズ
的なとか
カプコンで言うとグランボ的な
とか
講演で言うとあれ的なみたいな感じの
そういう
感じですよね
モンスターを仲間にするみたいな
多分その感じで間違ってないと思うんですけど
ただあのね
目を見張るぐらい
ドット絵が綺麗なんですよ
僕もね実は昨年息子に
教えられて
ブースプレイはしなかったんですけども
見てたんですけども
まあうちの息子は
当時ね
アキオさんリスペクトなんで
1時間半ぐらい待って
ビットサミットで
プレイして喜んでましたね
まあまあ
それでねアキオさんの
作品だっていうことで
今年なんか2026年
12話発売されるみたい
なんですよね
確か追加でその妖怪もね
仲間にできる妖怪の数も
ちょっと増えてると昨年僕は聞いてたんで
その辺も楽しみかな
とは思ってます
でもう1本ね確かアキオさん開発
今現在ね
ゲームもう1本
開発にも携わっているという話も
聞いてたんで
そちらもねまた続報が分かったら
またね
いいなとか思ったりはしております
という感じでですね
メタルスラッグの話とかはね結構
どうなんでしょう
今回手薄ですね
でねあと先ほどね
アキオさんの話で
Xの話
Xの話というか
Xに出てるね
ポストなんかだと
僕最近見たのだとやっぱちょっと
ドット絵の開発ツール
の話とかを
僕も結構すごい
面白いというかね
なんか興味深く
見せてもらってましたね
なんかあのプログラミング
されたその開発ツールを
プログラミングされてた方が
吸ってるタバコの銘柄から
キャメルっていう名前になったっていうね
あそういう感じで
つけちゃうんだみたいな感じでね
すごい面白い話だなーって思った
あとは
なんか僕そうですね
あのすごい
いろいろ開発というよりは
アキオさんのポストで
1つだけずっと
引っかかってたのが
これ見てない人もいるんでしょうけども
なんかあの
SNKプロエイモアに残られて
あのあれなんですよね
パチスローね
の開発
イラストっていうのかな
それに携わられてた時代が
あったらしくて
その時代が自分にとっては
暗黒の時代だったみたいなこと
書かれてて
あのまあね
上司からは
売れる代の絵を描けって言われて
ダメ出しされてるみたいな感じの
話が書いてあったんですけども
まあねこれは別にアキオさん
聞かれてないんですけども
僕から言わせると
その上司も上司だなって
すごい思うんですよね
SNKってね1回倒産した後
SNKプレイモアとして
プレイモアという会社として
復活して後にね
SNKプレイモアっていう
名前になったんですけれども
この頃はですね
ゲームの作品も出すんですけども
パチスロのね
パチスロ開発販売も
手がけてた時期なんですよね
まあ正直
当時はやっぱり
後発でなかなか
こうホールでね
すごい台数導入して
もらえるようなメーカー
ではなかったのは事実なんですよ
何て言うんですかね
僕が言いたいのは
絵が良ければパチスロが
売れるなんていうのは絶対
ないんですよ
もっと言うと
良い判件使っとって
売れるなんてこともないんですよあの業界は
お金が
あれお金なんですよ簡単に言ったら
パチンコだろうがパチスロだろうが
コインだったり玉だったり
監禁しますよね
つまりアミューズメントとは
言ってるんですけども
この辺詳細を話すと
もっと長くなるんですけども
3点方式っていうね
交換方式で
簡単に言うと監禁できる
ということで
アミューズメント機器
ゲームセンターのゲーム機みたいな
感じでは思ってないじゃないですか
パチンコパチスロって
ギャンブルの機械ということですよね
って言うとやっぱり
お客さんに受けるのは
やっぱり
当たりが出た時の
高揚感だったりとか
当たった時の出玉だったりとか
当たるまでのシステムとか
演出だったりとか
そういうの
の積み重ねだったりするんですよね
だからね
判件がいいから売れるとかでもないですし
絵が綺麗だから
売れるとかね
そういうわけでもないんですよね
これ別に
アキオさんをディスってるわけじゃなくて
上司の方がね
売れる絵を描けっていうのが
めちゃくちゃだなと思って
だから僕が言いたいのは
実はね
売れる代っていうのは
それよりも前に
人気が出た代を
作った会社かどうか
っていうところで
だいぶ判断されるんですよ
どうでしょうかね
今こういう人がいるのかわかんないんですけども
例えば
SNKが出すゲームだったら
俺は何だって買うんだみたいなね
だってSNK面白いもんっていう
こういうブランディングというか
イメージって持ってる人いると思うんですよ
スクエアのゲームだから何でも買うとかね
ただ
何でも買った結果
やっぱり
面白いのもあるけどそうでもないなっていうところも
あるわけじゃないですか
でパチンコパチンコの業界っていうのは
そのね
天と地の差が結構大きいんですよね
あの人気め
あの
以前あの
人気代を作った
メーカーの
新しいパチスロ機だから
これは大量導入したら
絶対人気になるぞこれもって思って
ホールは大量に
導入したらですね
誰も打たないと
でよくね
あの僕ら打ち手とかね
ホールの人も言うんですけど通路って言うんですけどね
誰も打ってないからね
になっちゃうっていうね
そうすると高い金出して導入した
スロットが
全く元も取れなくて
まあいわゆる
三敗扱いになるんですよね
そんなのされたら
次からホールってもうね
警戒するしもう入れないっていうこともあるんですよね
しばらくねそのメーカーの
人気になるぞっていうことで
簡単に言うとパチスロの
パチンコパチスロが
売れる売れないなんていうのは
その
それまでの営業努力だったり
それまでに人気の機種を
作ったか作ってないか
最初は人気の機種じゃなかったと思うんですよ
それが
ホールで評判があって
追加発注した方がいいぞっていう
話になって
もともとは3台ぐらいしかないのが
5台になり10台になり
20台になりっていうので
いわゆるあの業界でちょっとした
ムーブメントになるっていうね
そうするとそこのメーカーの
次のスロット機械をね
あのホールの
責任者なんかもね
次はもう最初からまとめて取ろうかみたいなね
この時点でその
次のパチスロがね
面白いか面白くないか売れるか
売れるっていうかねお客さんたちがね
打ち手が喜んで打つかどうか
なんていうのが何の保証もないんですよ
結構これゲームに似てるんですよね
ゲームのね
あんだけプロモーション面白そうに見えたけど
買ってみたらっていうのと似てると思うんですよね
つまりあの
ねこっちがプレイするまで
パチスロにしてもゲームにしても
あの
なんていうんですかね
ブラックボックスみたいな状態だと思うんですよね
だからねあの僕はそこがねすごい
あの
アキオさんのXのあれを
見た時にね
すごい気の毒な
話だなと思ってね
僕は見てたんですよね
売れる絵を描けっていうね
なんか結構
無理問答だし
こんなことで
絵が良いから売れるぐらいだったらね
多分苦労しないんですよ
どこのパチスロメーカー
パチンコメーカーもね
現にね
例えばなんですけど
わかりやすいところで言うと
北斗の拳と筋肉マンって
どう見たって僕らの世代で言ったら
筋肉マンの方が
人気あったと思うんですよ
どっちも人気ありましたよ
だけども社会現象にまでなったのは
どっちですかって言ったら筋肉マンなんですよ
だけどもね北斗の拳ってね
向こう20
あれ2001年とかの話だったと思うんですよ
2000年代だった
初頭だと思うんですよね
スロットが出たのがね
人気のサミーからね
ただの一度もですね
筋肉マンがこの北斗の拳を
打ち破ったっていう記録は
パチンコパチスロではないんですよね
ぐらい北斗の拳の方が上なんですよ
でガンダムっていうのもすごい
人気判件ですよね
だけどもこのガンダムに至ってはですね
どうでしょう
歴代で10機種目
パチンコパチスロで
全部足すと
通算20代目ぐらいで
やっとユニコーンっていう機種で
ガンダムユニコーンね
アムロのガンダムじゃないんですよ
アムロとかね
カミユのゼータとか通り越して
ガンダムユニコーンっていう
パチンコが何年前かな
5年前ぐらいに
すごいヒットした
ですけどその後にね
ガンダムシードっていうのも出ましたけど
またこれね
期待してユニコーンで
期待して大量導入したんですけど
ユニコーンほどの
人気にはならずに
っていうね
撤去されたみたいな感じの話で
こうね
スロットとかパチンコの業界っていうのは
意外とね
読めないところがあると思うんですよね
実は
だからね
絵がどうこうだけじゃないんですよね
判件がどうこうだけでも人気か人気じゃない
人気になるかならないかっていうのもね
あると思うんですよね
そうですね
社会現象にまでなったっていうので
今もね
あの
パチンコパチスロで
大人気
かなまあまあな
ブランド力あるっていうのはエヴァンゲリオンぐらい
なんじゃないですかね
例えばね
どうでしょう皆さんガロって
飴宮圭太監督のね
あの特撮実写作品なんですけども
ガロっていう作品があるんですけども
これね当時
深夜枠でやってたんですよ
知る人ぞ知る作品なんですよね
多分ね当時それをリアタイで
見てた人よりもパチンコになって
大当たりして
その後ね
ガロっていう作品を知って
パチンコが大当たりしたおかげで
後続のね作品
ガロもね作られましたし
あとそうですね
アニメで言ったって
アクエリオンなんていうのもそうですよね
多分ね
リアタイのアニメよりも
パチンコパチスロで
受けたっていうことで
そうなんですよちなみにあのアクエリオン
初代のね一作目のアクエリオンなんかは
あのオープニングの
ねあの
曲なんかは
確か100万枚突破してて
あの
叶いませんでしたけども
アニメの歌としては
初の
紅白に出る曲になるんじゃないか
みたいなことをね当時
噂されてたんですよね
実質それはなかったんですけども
じゃあこれ後押ししたのは何かっていうと
アニメのね出た時よりもね
パチンコに使われた時の方が
確かCDも売れてたんですよね
だから再販の方が売れてたんじゃなかったかな
みたいなことが
多々あるんですよね
そうだからね
まあだいぶアキオさんのなんか話で
引っ張ってますけど
そうそうだからね
まあなんかあれを見た時にね
なんかすごい身につまされる話だな
なんかね
スロットとか
当時でSNKプレイもあって
すごい
必死だったんだろうな
と思うんですよ
一回倒産して
有志で集まって作った会社で
ゲームとか
ゲームよりも
もうちょっと稼ぎの良い
スロット開発にも
結構一時中力してた
時期があったし
で僕もねそんなSNKプレイもあの
スロットはいくつも
打たしてもらったし
まあスロットって
当時の
SNKプレイもあが作ってたスロットの頃って
他社よりもね
似たような大きさの
液晶なんですけれども
まあ
随一の綺麗さを誇ってたぐらい
やっぱり僕は
SNKプレイもあのスロットって
よく出来てたっていうのだけはすごい
今でも記憶に残ってるんで
まあそこだけが
すごかったかなと思うんですよね
売れる売れないとかちょっと難しいんですけどね
ちなみにメタスラの
スロットっていうのもまあ当然
存在してて
結構ね
僕とかね好きな人は好きなんだ
ですけど
めちゃくちゃ
大人気機種にはならないかったですけど
必ず売ってる人がいたっていうね
ぐらいの
それぐらいがちょうど
いいのかなとか思いながらもね
まあただ
一定の稼働時期が
過ぎるとやっぱり撤去はされちゃうんですけどね
そんな感じですね
スロットの話に最後行っちゃってるんですけど
そんな感じでね
あのメタスラの話
メタルスラッグの普遍的な魅力と今後の展望
言うほどなんか
パチンコパツロー業界に
すごい寄っちゃってるんですけどね
まあ長々とね
メタルスラックの話
って思って聞かれてると
残念な結果になっちゃってると思うので
すいません
まあその辺はね
まあそういうわけでね
ちょっとぼちぼちね
今回も終わっていこうと思います
今回はね
メタルスラックのことを
喋ろうと思ったら
なんか意外とね
会社さん作り手さん
がいろいろ
様々なね
苦境に立たされながらも
困難に
立たされながらも
なんかね
それを跳ねのけて
なんとかシリーズがずっと続いたっていうところを
なんか僕はすごい
リスペクトしてる節もあったんで
いろいろとね
その話に
寄っちゃったんでね
ゲーム純粋にゲームの話できなかったっていうのは
ちょっと
まあなんかしんどいところかもしれませんけどね
すいません
まあ長々とね聞いていただいて
ありがとうございます
またなんかご意見ご希望
ご希望ご感想あったら
Xなりね
あとお便りフォームとかで
いただければと思います
聞いていただいて
ありがとうございます
それではさようなら
おやすみなさい
01:46:51

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