大人になりたい旅がしたい。このポッドキャストでは、旅行とお酒が好きな同級生2人が、大人だからこそ知りたい、ちょっとディープな国内旅行のモデル構想を紹介していきます。旅のお供はこの2人。
旅が嫌いなハリアです。 ディープな旅がしたいけど知識がない旅行初心者、内田です。
前回の雑談会、ジン作りませんか?ってハリアが急に提案してきた。
俺それ聞いてちょっとドキッとしたところがあって。
前のポッドキャストウィークエンドで、我々マップ作ったじゃないですか。
マップ作ったのもそうだし、出展に向けてタペストリーみたいなね。
マップみたいなの作ったりとか、それ以前ものぼり作ったり。
色々と僕がデザインをすることが多いじゃないですか。
本当マップ作りながら思ってたんですけど、そろそろデザインの勉強した方がいいんじゃないかなって思い始めて。
マップね、情報量詰め込んだからめちゃくちゃいいものになったなとは思うけど、
ただ詰めただけな感じで、見舐めないでなと思って。
もうちょっと面白く見やすくとかができたらいいなと思ってて。
って思ってたらジン作りませんか?って言われたから。
確かにね。
そう。やべえ、そういうの必要になってきたかもってちょっと思って。
ちょっとデザインの本をいくつか見たりとか。
ちょっと目星つけて、まだ読んでないんだけど。
ちょっとやっていこうかなと思ったんですよね。
ちょっと頑張ろうかなと。
ありがとうございます。ぜひそれは頑張っていただいて。
それでどれだけ上達するかわかんないけど。
でもデザインって我々が作るものにどこまで現れるかってのはちょっとわかんないけれども、
やっぱり僕も普段ね、編集者としてデザイナーの方とかといろいろ話していると、
僕、生まれ変わったらデザイナーになりたかったなって思う瞬間ありますね。
そうなんだ。
やっぱり考えとか世の中の見方っていうのはすごくやっぱり面白い方々なんだろうなっていうふうなことは思います。
特にやっぱりキャリアがすごい大腰のデザイナーさんと話すと、やっぱり全然違うんですよね。
特に旅行とか地域っていうものとか、あらゆる現象に対してデザインの考えっていうのを持っていると、
すごく世の中の見方が面白くなるんだなっていうのはすごい学ばせていただいたことがいっぱいありますね。
多分色彩とか構図とかね。
やっぱりデザインって結局課題解決をするというところが多分大きなポイントなので、
その裏に秘められたメッセージ性だとか、
そこを我々は言葉尻とか写真の印象からしかなかなか受け取れないところを、
デザインの配色とか構図とかっていう別のメッセージがあるっていうことにその人たちだけは気づいてもらえた。
そんな話はしてもらったことがありましたね。
ちょっとまたその世界の彩りが増えそうな感じ。
だと思いますよ。
ちょっと頑張ります。
ぜひぜひ。
さて今回は母なる島の命のプリズム、ボニンブルーの歌を聴かせての4日目ですね。
船旅含めて4日目と。
そうですね。
いうことですね。
3日目は2日目3日目ですね。
父島を回ってきたと。
で、この4日目は母島に移動して、またそこに泊まるという感じになるんですね。
小笠原諸島、近くだから似たような雰囲気かなとは思うんですけど、全然違うっていう話ね。
そうですね。
前回ね。
違うんですよね。
やっぱり結構違いますね。
これはこれから話すんですけど、生態系とかっていうことが小笠原は世界遺産の一つ大きな鍵になったわけですけど、
その観点から見ても違うし、町の雰囲気だったり、人々の暮らしっていうのも全然違うんだなというのが実体験としてありましたね。
ちょっとまたどんなふうに違うのかね、楽しみなとこですね。
じゃあ4日目よろしくお願いします。
今回ね、母島に行くということなんですけれども、ちょっと最初に断り書きという感じで申し上げておきますと、
母島というのはですね、七島からフェリーにさらに乗って2時間ぐらい南へ行ったところになります。
結構離れてるんだね。
離れてますね。約50キロと言っていたかなの位置にあるところで、なのでもう七島からしか行けない。
もっと言うと、小笠原諸島で今生活をしている住民の方というのは、七島と母島にしかいないんですね。
母島に関して言うと、小笠原までが七島に着いたときに上手く噛み合わせて台が組まれていますので、
七島からすぐに乗り換えて母島に行くこともできるんですけど、結果的に見ても26時間竹島からはかかるわけですよね。
なので母島こそがおそらく本当に日本の中で最も到達難易度の高い地域だと思うんですね。
人が生活しているという中において。
そういう島だということなんです。
今回僕は実体験として母島に一泊してきたんですけれども、
七島と母島の間というのは、1日に1往復かな、船が繋がっていますので、
例えばおがまるパックというのをいつもお話ししたんですけれども、
つまり七島にもう3泊するというお得なパックをした場合には、
朝の今から離す便で母島に行って、一番最後の夕方の便で母島から七島に帰ってくるということもできなくはないんですよ。
そうすればつまり、宿はずっと七島に3泊ができて、おがまるパックも使えて、
かつ被害になっちゃうんだけれども、母島を楽しむこともできると。
これもありますので、ご自身の肯定とかに合わせて検討してもらっても良いんじゃないかなというふうに思います。
ただ僕はやっぱりちょっと母島というものも一泊してみたいなという気持ちが強かったので、最初からも一泊するつもりで行きました。
今回もその前提でお話をさせてもらいたいというふうに思います。
母島への行き方については今申し上げた通り、七島から船、もうこの一泊しかありません。
多くの場合がこのダイヤだと思うんですけれども、朝の7時半には母島丸に乗って七島を出ます。
結構早いね。 早いです。
なので小笠原諸島の旅行というのは基本的に結構早起きですね。
非常に生活規則は正しくなるなと、そんな感じもいたしますね。
母島はこれから話す通りなんですが、僕の場合はこの母島でちょっと山歩きをしました。
やはりこれもアクティビティーになりまして、お昼すりまでかかるんですね。
なのでツアー会社さんからあらかじめお昼は用意しておいてください。
軽めの蛍光食、お弁当ですとかおにぎりですとか、そういったもの用意してくださいと必ず言われます。
僕の工程を本当にそのままなぞりますと、朝の6時50分にはもう宿をチェックアウトして、
そっから徒歩5分ほどのところに朝の7時にオープンする小笠原製薬局。
これは前日ちょっとお話をしましたが、小笠原諸島の人が使っているスーパーですね。
これ7時からオープンしますので、ここで朝ごはんとお昼ご飯を買いました。
宿の朝ごはんはこの日はつけなかったんですね。
朝ごはんはパンで、お昼ごはんはおにぎりくらいの要領で。
お弁当とかも売ってますので、それはご自由に買ってもらっていいんじゃないかなと思います。
これを手に入れましたら、そのままターミナルへ徒歩3分ほどのところで向かってもらって、
母島丸というものに乗船をします。
この母島丸は予約は必要ありません。
ではできないんですね。
これについては当日行って券を買うというパターンしかありませんので、特別な時以外。
お盆とか半分おきはちょっとわかんないんだけれども、普通はないはずですね。
なので並んで買います。
ターミナルの中でも人結構並んでますので、待ったりもしますね。
なので注意点としては、先にターミナルで券を買ってからお弁当を後で買いに戻ろうとかって言ってると、
意外と時間がないみたいなことは起こり得るような感じがしますので、
今僕が言った通り小笠原施設よりあらかじめ買っておく方が安全だというふうに思います。
母島丸についてはね、小笠原丸と比べるとだいぶ小さい船にはなるんですけれども、
それでも100人以上乗れるような船になっているので、
この関してはもう船酔いとか全然僕はありませんでした。2時間の間。
父島からね、豚みこうから南の方へ行くわけなので、
この間にもね、もちろん例のカツオドリーがやっぱり朝飛んでつきまとってくるわけですね。
だったらやっぱりね、ザトークジラもやはりいましたね。
船の上からもやっぱり見られますんで。
結局僕は小笠原に乗ったその日から、3日連続でやっぱりザトークジラに会いましたね。
これは7月の中旬の話でギリギリだということだったので、
これ以降ゴールデンウィークになっちゃうともういないかもしれませんけどね。
しかし僕は見ることができました。
ということでね、そこから2時間ほど乗っていただいて、
朝の9時半になったら母島の沖港というところに着きます。
9時半に着いた港には、やはりアクティビティを申し込んでいらっしゃる、
あるいは泊まることでゲストハウスを申し込んでいらっしゃる場合は、
そのスタッフの方がね、看板を持って待っていてくれると思いますので、
その人と待ち合わせをするというところからね、母島の観光が始まる。
そういった感じになります。
ここら辺は父島と同じ感じということですね。
そういうことです。
そしてね、この母島と吉島なんですけれども、
概要を簡単にお話をいたしますと、人口は約450人。
面積は19.88平方キロメートルということで、
これね父島と比べると少し小さいくらいになります。
面積はさほど変わらないんですけれども、
父島は確か人口2000人くらいいたんじゃないかなと思いますので、
それに比べると母島というのはとにかく人が少ないんですよ。
そうだね。
ちょっと地図を見てみましょうか。
こんなね、結構細長い形をしているわけで、
こちらは妹島とか姉島とか書いてありますけれども、
女系家族のちっちゃい無人島を周りに伴っている、
という感じの島になっているわけですね。
姉島とかもあるね。
そうそうそう。
場所でいうとね、父島がそこですね。
なのでまあまあここは離れている。
日本地図で引いてみたらもうとんでもないところにあるわけですよね。
そう、レッドを移そうとすると島が消えちゃうんですね。
そういうことなんですよ。
もうそのレベルなわけですよね。
父島については大村という集落が1個大きいのがあって、
我々はそこに泊まったわけですけれども、
その他にも奥村だったりとか大木浦だったりっていくつかの集落があって、
それぞれ人が住んでいたわけですよね。
ところがですね、母島というのはそういうわけで人口450人しかいません。
そして今この集落はですね、もうこの今地図上で白くなっているところありますけれども、
この大木浦という港の周りにしかもう集落はないんですね。
そうだね、この島の南側3分の1ぐらいかな、
がこう地図上では白くなっているんですけど、
ここがもう人の生活圏みたいな感じなんでね。
そうです。だから特にこの港の周りだけですね。
なのでもうここにしか飲食店もないし、
ゲストハウスもないし、そもそも人が住んでいません。
という要は原生林がめちゃくちゃ残っている島ということなんですね。
人の果樹区域よりも全然その森林区域の方が面積が大きいんです。
かつね母島の特徴として大きなポイントで言うと、
千草山という山が北側にあるんですけれども、
かなりね千島と比べても結構険しい印象があります。
傾斜が強いんだ。
そうです。形としても結構堂々と立る山の島という感じがするんですね。
なのでビーチもなくはないんですけれども、
印象としては結構山と崖が多いというような感じになっていますので、
またその風土も当然違えば、
我々観光客が味わえる体験の内容というのも大きく変わってくるわけなんですね。
そしてこの母島を語る上で非常に大事なキーワードとなってくるものがあります。
それがですね、湿性高木林というね、
湿っている性質の高い木の林と書くわけなんですけれども、
これねタイミングとしては寒性低木林になります。
乾いてる低い木の林。
そういうことです。おっしゃる通りです。
でね、父島は寒性低木林なんですよ。
だけど母島は湿性高木林が多いんですね。
真逆のその林の性質なんだね。
そういうことなんです。
で、まあ読んで順のごとくなんですけれども、
湿性高木林というのはつまり湿気が非常に多くて、
潤いがある、逆にもムシムシしている。
よりようは南洋、東南アジアっぽい風土を持っているところで、
木の生育としては非常に山の中に大木が多いというね、
そういったものがこの母島の特色なんですね。
イメージ的にはジャングルとか、アマゾンとかそういう感じに近いけどね。
そういうことなんですよ。
で、千歳山というのも最高峰なわけなんですけれども、
周りに何もない外洋の海を湿気をたっぷりはらんだ雲というのがこの千歳山にかかって、
やっぱりスコールみたいなのが結構降るんですよね。
だからもう父島よりもさらに本当にもう赤道に近づいているなっていうのはね、
結構如実に感じるところではあります。
で、父島の人に言わせれば、やっぱり母島とは全然気候風土が違うから、
体もやっぱり慣れないっていうふうな話もしてますね。
お互いはお互いのことを。
やっぱ近いのにそれだけ違うのが不思議だね。
そうなんですよ。
なんであくまで小笠原諸島の中なんですけど、
僕自身もやっぱりついて歩いてみると全然ちょっと肌感が違ったなというのが正直なところですね。
スコールにも降られましたし。
ただね、この湿成鉱物林があると何が起こるかということなんですけれども、
小笠原世界遺産センターの話だったりとか、
小笠原ビジターセンターの自然の話をしたところなんですけれども、
小笠原諸島がそもそもなんで世界遺産に登録されたかっていう理由、一番大きな理由は何だったか覚えてますか?
固有の生態系があるということですよね。
そうなんですそうなんです。
自然遺産の定義にはいくつかあるわけですけど、
小笠原諸島は生態系の希少さと豊富さというものが評価されて世界自然遺産に登録されている。
その生態系というものを構成しているものはもちろんいろんな種類の動物、生物というのがいるわけなんですけれども、
特に珍しいものって何だの話をしたか覚えてますか?
片つむり。
そうなんです。
片つむりってどういう場所にいるかということなんですよ。
確かに湿ってるところに多いよね。
そうなんです。水分がないとあれは死んでしまうわけですよね。
乾いちゃうからね。
そうそう。だから晴れの日はずっと殻にこじこもっていて、雨が降ると活動するっていうのはよく知っていることだと思うんですが、
これ当然小笠原諸島においても同じなんですね。
もっと言うと、七島というのはプラナニアがなぜか入ってきてしまったとか、
あるいは過去のアメリカ軍の統治の時代に入ってきた外来のマイマイだったり、ネズミだったりとかっていうのが広がってしまって、
もうその生態系というものが大きく崩れてしまっているというのが現状であると。
だから今の小笠原諸島の生態系の保存のところで一番大事なポイントは、
七島からそれ以外の島に絶対その影響を広めないことが大事だという話もしました。
ですからもうこの母島にしか我々が見ることのできない生態系の姿っていうのがたくさんあるんですよね。
これが見れるっていうのが一番大きなポイントなんですよね。
そうかそうか。
だから七島では失われてしまった種とかが母島には残ってると。
そういうことです。
さらに湿性鉱物林ということで、そもそもの生育環境としてもやっぱり違うということなんですよね。
なのでこの母島丸に乗る時とか降りる時っていうのはめちゃくちゃ厳しく靴底の掃除を徹底するということは義務づけられています。
これは警察官の方も必ずチェックに行きます。
これはもう我々もルールを本当に守るべき、守らなければ必ずならないことということで認識をしてください。
そんな母島なわけなんですけれども、実はこの母島についてもアクティビティというものがいくつかあって、
そのツアー会社さんも結構15くらいはあるのかな。
結構あるね。
10から15くらい。
やはり個人でやっていらっしゃる方、法人でやっていらっしゃる方それぞれで、
その多くの方がゲストハウスとかと兼領されている方が多いんですけども、
大体それぐらいの数はあったかなという印象です。
しかしながらこれもね、七島と同じように情報というのは本当に少ないです。
母島の観光協会のサイトに行っていただいて、ツアーを検索してもらうというのが一番ウェブ上から分かりやすいですし、
あとは小笠原章人のガイドブックとかを見てもらうというのがいいんじゃないかなと思います。
ツアーにもいろいろあるんですけれども、僕は普段から山歩きというものを本当にしませんし、
全然体力も自信がありませんので、一番楽なツアー、初心者向けのツアーというところにしました。
それが南崎小富士ツアーという族に言われるもので、
渋谷山というのは一番北の高いところなわけなんですけれども、
南側の方にも100メートルみたないくらいの丘があるんですけれども、
ここに行くツアーというのが一番手軽にできるツアーなんですね。
なのでこれを申し込みました。
僕はマミーシャークさんというツアー会社さんにお世話になりまして、
ゲストハウスもやっていらっしゃる方なので泊まることもできたんですけれども、
僕はゲストハウスは別にとっていたので、ツアー会社だけで申し込ませてもらって、
すごくこちらの会社は良かったなというふうに思ってますので、
もし迷われた場合はお勧めになっています。
半日コースとか一日コースとかだね。
一日コースでも結構内容が種類があるんですね。
そうなんです。今言った渋谷山という一番最高峰に登るのは小4時間から6時間。
僕が行った南崎小富士っていうのは小4時間から4時間。
あとはより険しい山っていうのが堺畑とか関門って言われるところは、
本当にジャングル、湿成高木林のまさにという感じらしいんですけれども、
やっぱり土砂崩れとかも起きているそうで、
僕が行った時も関門についてはルートが封鎖されているというような感じでした。
本当だ、ページにも書いてありますね。
土砂崩れのため通行止めになっていますと。
なのでご自身の体力ですとか山歩きの経験、装備というものから考えて、
それぞれを見てもらえればいいんじゃないかなと思いますが、
南崎小富士についてはね、結論は僕のような人間でも全然負担なく楽しめましたし、
昼過ぎには終われましたので、午後その後普通に街歩きとかもできるぐらい体力が残せました。
という感じなので、初心者にはやっぱりすごくいいんじゃないかなという気がしますね。
ただここはね、装備とかはレンタルが確かなかったと思いますので、
ただそんな装備も別に必要なかったんですけどね。
靴とウィンドブレーカーぐらいがあればいいのかな?
そうですね、長袖長ズボンがあればいいんじゃないかなと思います。
半ズボンとか確かNGだったかな、半袖がNGだったかどっちかなんですけど、
それ以外滑りにくいスニーカーさえあれば、僕のようなものでもできたというのが安心材料ですね。
このマミーシャークさんについてはね、若い方なんですよ。
僕らのちょい上くらいだと思うんですよね。
男性がやってらっしゃって、オーナーでやってらっしゃって、
しかもこの時は平日だったというのもあると思うんですけど、
マンツーマンだったんですよね。
めちゃくちゃ贅沢なツアーにやらせてもらって、
割合ツアー会社さんの中では我々と年齢も近かったというのもあってね、
すごく親しみやすくて、楽しいツアーをやらせてもらいました。
いいラッキーだね。
ラッキーですね、非常にラッキーでしたね。
ということでね、早速この南崎小富士というものを見に行くわけなんですけれども、
ちょっと画像検索をしてもらいましょうかね。
これが小富士ですね。
ちょっと丸っと高くなってる山っていう。
ちょっとかわいいね。
そうですね。本当に丘程度のものなんですけどね。
ですぐビーチがあってみたいな。
そうですそうです。川島では珍しいビーチがあって、
この小富士の上から眺め渡すことももちろんできるという感じなわけなんですね。
結構気持ちよさそうですね、これね。
そうですね。さっきあんだけ言って申し訳ないんですけれども、
南崎小富士についてはどっちかって言うと寒性の方が多いんですよ。
寒性、低木林の方が多めのところなので、
景色の前々とか見れるんですけれども、
より母島のエッセンスを強めようとしたら、
やっぱ千歳山とか堺畑とかっていうハードな、かなり傾斜もなかなからしいんですけれども、
の方に行っていただくとより母島見を感じられるポイントになってます。
なるほど。
ただね、やっぱりこの母島のトレッキングというのはちょっと特殊だなと思ったのはね、
いろいろポイントがあるんですけれども、
まずですね、港のあたりで一回ゲストハウスに荷物を置かせてもらって、
申し込みとかをして、そっから車で10分ぐらいのところに南崎のこの登山道があるんですね。
そこまで車で連れてってくださるんですよ。
そこがちなみに東京都道最南端という表紙も立っているんですけれども、
まりでもない最南端ですよね。
その最南端の標識のところで車を降りて、いよいよ森の中に入っていくわけです。
もう一気に森になります。
森の中に入っていく遊歩道をですね、歩いていましたら、
もうほんと10歩ぐらいのところですよ。
ところに急に前をなんかバーって横切っていったんですよ。
歩道の中を、僕らのつま先を。
で、え?って思って、なんか今いました?いました?みたいな話になったら、
あーみたいな話になって。
で、林の中にバーってどっか行っちゃったんで見えなかったんですけど、
そのガイドの方がこう草を掻き分けて見てくれたら、
あー出ましたみたいな。これがねグリーンアノールですって言われたんですよ。
なんか言ってたね。トカゲみたいなやつ。 そうです。
本来いてはいけない、アメリカの統治時代に多分ペットとして飼われていた北米原産のトカゲ。
っていうのがね、もう母島にはね入ってきちゃってるんですよ。このトカゲは。
なるほど。
うん。やっぱこれがリアルなんですよね。
で、グリーンアノール自体もね、なかなか見ごたえのある、見てみましょうか。
結構ね、確かこれは日本のものではないなっていうのが明らかにわかるんですけど、
結構おっきいんですよねしかもね。
おおー。
うん。なかなかいけないんですよこれ。
まあまあ日本にいるイメージではないですね。
うん。
これがバーって走るわけない。
走っていくんです。
それ林の中でね、このピンクののど袋みたいなのね、広げてね、これ威嚇してるらしいんですね。
へー。
我々のことを威嚇してたんです。林の中で。
うん。
こののど袋もなかなかね、特徴的ですよね。
やっぱりちょっと日本の色使いじゃないですよ。
うん。やっぱりイメージ的にはね、アマゾンとかそっちの方な感じがするよね。
はい。
うん。
へー。
これがね、もうなかなか追いつかないそうなんですね。
あー。
捕獲というか駆除というかが。
なるほどね。
うん。なのでもうこれはね、南の方にもいると。
うん。
これをいかに生息域を広げないかっていうところがね、今苦心されてるポイントだそうで。
このグリーンアノールはね、トンボとか昆虫を食べちゃうんですよ、当然のことながらね。
はいはい。
で、母島にはね、その半苗とかトンボとかも超希少なものがいるので。
あー。
その小さい虫というもののね、生態系を守るためにこれはね、どうにかしなきゃいけない。
うん。
だからやっぱりもう、歩いて最初に出会ったのがこれっていうレベルなんだよ。
はいはい。
っていうぐらい繁殖力が強いものになる。
うんうんうん。
というのが実態なんですね。
まあちょっと、この生物が見れるのはちょっとテンション上がるけど。
うん。
まあ実情はちょっと深刻な問題がある。
そういうことなんですね。
うん。
で、グリーンアノールはそのちなみに帰り、ここに来るまでにね、3、4匹出会いました。
あー。
じゃあ結構いるんだね。
いますね。
でかつ、こう木のところになると彼らはちょっと変色みたいな、離体みたいなのをするので、
茶色いグリーンアノールもいたりしましたし。
はいはい。
うん、なんかそんな感じでしたね。
うーん。
はい。で、まあそんな話をしながらね、行っていくと、ただね、やっぱり
七島の時は僕はナイトツアーでしか森の中に入りませんでしたので、
昼の岡沢諸島の森に入ること自体が初めてだったわけですよ。
はいはい。
ってなりますと、まあそこのあたりは寒性のね、低木林だったんですけれども、
やっぱりこう、木から木の間をこう鳥とかが渡っているんですけど、
その一個一個の鳥がもう天然記念物レベルのものなんですよね。
へえ。
特にその僕が見た中で一番珍しいと言われたのは、赤頭カラスバトというね。
はあ。
オガサワラカラスバトとも言うのかな。
うんうん。
うん。
あ、綺麗だね。
はい。
まあ全体的にはちょっと黒目の鳩って感じだけど、
うん。
こののどのあたりの緑から青、紫のグラデーションがめっちゃ綺麗ですね。
はい。
これがもう幻の鳥と言われているほどの珍しいものだそうで、
非常にこれも保護というものが最前線で皆さんがやってらっしゃるもので、
これをね見られたんですね。
はあ。
普通にいましたでも森の中に。
へえ。
へえ。
見たら幸運になれそうな感じの雰囲気があるよね。
ああ、本当そうですね。
うん、やっぱりちょっと色はね、なんかやっぱりどことなくラデンのようなね。
うん、そうだね。
光る感じというのはやっぱりちょっと日本のいわゆる鳩とは全然違いますよね。
うん。
うん。
へえ。
なんでこういう色って南の魚も鳥も多いのかなって不思議なんですけど。
ああ、確かにね。
やっぱりちょっと明らかに南のものだなというのがわかると思います。
はいはい。
とかね、あと母島目黒というね。
ああ。
うん、いわゆる目白みたいなものなんですけど、あれはね結構いました。
普通にあと港の方の南越のところでも結構いたんですけど。
へえ。
で、走行して行って南先の方に大体1時間ぐらい歩いていくんですけれども、その間に30分ぐらいしたところからですね、猫の捕獲罠というものがね、めちゃくちゃ出現するんですよUフォードの中に。
で、これもたまたまだったんですけど、そのね罠を整備している男性の方に偶然出会いまして。
うん。
その人とツアーがある人は当然知り合いなんですね。母島に大体知り合いらしいんですけど。
はいはい。
で、その方は環境省なのかな、東京都なのかちょっとごめんなさいそこは定かじゃないんですけど、とにかくそういう自然の機関から委託をされて猫の罠を設置して捕獲の任務に当たっている方だそうで、この南先のあたりにはねもうほとんどいないらしいんですけれども、まだ数匹の猫がおそらく野猫として野に放たれちゃってると。
へえ。
っていうので、めちゃくちゃ罠をやってるわけです。で、餌を入れておびき寄せてるんですけれども、一線罠を設置した中で1匹でも猫が入ってれば女児というレベルだそうなんです。
まあ残りが少なくなってるからね。
そうそうそう。でもそれでも根絶しなきゃいけないんですよ。
はいはいはい。
だからもうほとんど毎日猫がかかることなんてないそうなんですけども、それでもやっぱり仕事としてね、ネシにやってらっしゃって、で特に猫は駆除しちゃいけないというのも一方であるんですよ。
はいはいはい。
以前ちょっと話しましたけれども、小笠原諸島で捕まった猫というのは捕獲されると乳島に送られて、乳島で人に慣らされる訓練をする施設があるんですね。
うん。
でそこで人に慣らされた後、本土の方に小笠原まで渡っていってブリーダーさんに預けられて、家猫として家庭に引き取られていくというのがルールなんですね。
うん。
なので猫を罠に捕獲しちゃって、その後3日間も4日間も放置すると死んじゃうわけですよ猫がね。
そうか、はいはいはい。
なのでどんな雨嵐の日でも必ず1日に1回は検査しに行かなきゃいけない。あんまり日が明かないように。
コンスタントに?
うん。何人かで手分けしなきゃいけないという仕事らしくて、これがやっぱり自然を守る上での地道で途方のない作業なんですけど、やっぱこういうのやっていかないとダメなそうなんですよ。
うーん。いやーなんか大変そうだな。
うん。
それだけさ、生き残ってる猫って多分罠わかってるし。
そうなんですよ。
うん。でもかかんないよね。
そうなんですよ。そういうことなんです。
でも見なきゃいけないし、何とか捕まえないといけないというね。
そう。ゼロになるまではやめられないんですよね。
ああ。
うん。
ああ、なんか大変だけどまあ必要な仕事ですよね。
そういうことですね。ましてこの絶滅目の跡マジかっていうようなこういうハトとかが普通にいますので。
うんうん。
うん。そういうことなんですよ。
ああ、なるほどね。
だからやっぱりいろいろ感じることとしては、やっぱりその小笠原世界遺産センターとかでね、ボードとかで学んだその世界遺産というもの登録されたその後の話。
うんうんうん。
がね、やっぱりその母島というのは自然とその人間のその本当に攻めり合いを今している感じなんですよね。
ああ。
その最前線なんですよ。
はいはい。
うん。やっぱりここにはグリーンアノールは入ってきちゃってるけどまだプラナリアは入ってきてない。
うん。
もうこれが入ってきたら終わりなんですよ本当にもう。
うんうんうん。
だから遊歩道に入る時とかも、もちろんここでもまたもう1回靴底のこのガシャガシャやってるのもあるし。
うん。
その中になんか霧吹きみたいなのが入ってて、それをガイロさんが全参加者の靴にかけるんですね。
はい。
これ何かっていうと密管なんですよ。
はあ。
オス。
オス。
うん。プラナリアとかそういった塩分とかオスとかに対して耐性がないので。
はあ。
ガシャガシャ入る時、波止場でもやりました。
うん。
さらにその遊歩道ハイジムやったその上でさらにオスまでかけるっていう。
ああ。
っていう小笠原の人たちが今世界遺産っていうこの生態系を守るためにどれほどの神経を使ってやっているかっていうのは、
母島に来るとすごくリアルに感じます。
なるほどね。
うん。
ああ。
それは父島の時も言ったけど、観光客としてはちゃんと従って。
もちろんです。
それの姿勢に学んでみなきゃいけないですよね。
そうですね。やっぱり天見とかも薬師間とかも行ったことあって世界遺産でね。
もちろんあそこあそこでいろんな課題があるんですけど、天見はね特に猫の問題が今すごいんですけど。
やっぱり小笠原はちょっとやっぱりリアル、もっと細かなプラナリアとかいうところまでやらなきゃいけない。
あと父島母島で父島がもう厳しくなっちゃってるっていうところで、母島っていうのが本当にその最前線だっていう。
その最前線で自然保護とかに従事している人たちの話を聞けるっていうのが、やっぱその意味から言っても僕はここは行く価値があると思うんですよね。母島というものに。
まあやっぱりそのだから自分たちの島が崩れちゃうともう世界からなくなるっていう、そこの責任感っていうのは。
そういうことですそういうことです。 っていうことですね。
それはハトなんてのは目に見えますけど、目に見えない1ミリ単位のマイマイとかハンミョンもそうなんですよね。
なので猫の罠もいっぱいありますし、あと外霊種のアリを誘い出して駆除するっていうのはホイホイみたいのもいっぱいありましたし。
そういったものがねやっぱり母島のリアルだったんですよね。
もうほんとちっちゃい世界にも気を配らないといけない。
そういうことです。
まあでそんな話も聞きながらやっぱりね歩いて行って、でただやっぱり徐々に徐々に山の傾斜になっていって、すごい開けてね。
途中ねあのすり鉢っていう、ちょっと調べてみましょうか。母島すり鉢出てくると思うんですけれども。
こんなね赤土の斜面で向こう側に海が見えるっていうスポットが、これもなんかニュージーランドっぽいんですけれども。
こういうすごい大地の寺院の力を感じるようなところがあって、ここがね集いが立っていてここで休憩しておにぎりを食べたりしたんですけど。
へー。
でここもねその母島のね子供たちはここで昔はねそりとかでね使って結構鉢が急なので降りて行ったそうなんですけれども、これも今ね風化とかがだんだん進んでいってしまって、なかなかそういうやつもできなくなってきてるみたいなね、そんな現状もあるようですね。
うーん。
いやーなんかやっぱその自然の変化っていうのが身近なんですね。
そうですね。そのマミーシャークさんもね移住されてどれくらいなんだろう10年くらいできたかなだったと思うんですけれども、やっぱりその中でもね自然の変化というのをコクコクと感じているって話はよくされていましたね。
うーん。
生えてる木も違うし、その葉の付き方だったり下草があるかないかみたいのもあるんですけど、これもね何が違うのかっていうのが一見するとわかんない、言われるとわかるんだけど、なぜ違うのかっていうとその一方の方は戦前ここにね、確か羊とか牛を飼っていた牧場があった。
ほー。
というのがあったりもして、
植樹されてるってこと?
とか伐採されたりして、
あーなるほど。
整備されてる感じ。
整備されてる感じ。下草が、要は日光が変な風に入ってきちゃってるとかっていうのも言われれば気づくところではあるけど、なかなか僕も言われないとっていう感じはしました。
あーなるほど。
昔はそういうところでカボチャ畑とかもたくさんあったそうです、羽島はね。ただ今はもうその農業をやってる人ほぼいなくて、昔は羽島はね結構人口もあっていくつか集落があったそうなんですけど、もう今は集落はなくなっていて、
なので昔の廃坑跡とかもね、北の方の島のコースに行くと見られるそうで、そこにガジマルが生い茂ってる廃坑があるとかね、そういったのがまた戦前の暮らしの留めているようなね、そういったリアルなところもあったんですよね。
最後はね、本当に結構はしごとかも登るレベルの傾斜があります。そこはぜひガイドさんに支えてもらいながらね、助けのないように登っていっていただくと、このまさにね、最後絶景のこのところに立てるわけですね。
これすごいね。山のとったんに立って海を見下ろすって感じですね。
そうですね。セカチュウをどことなく思い出すんですけれども。しかも南側を向いているので、この果てに今人が生活している日本はないんですよ。イオウ島とかがこの先にあるんですよね。
なるほどね。すごいね。
もう真っ只中です。海のただ中に立っているというね。この光景見れて。一方で北側の方もね、ちょうどこれ北側を見てるんですよ。そうするとね、この木々がね、本当に絨毯みたいに。
ここは寒性低木林が多いので、その色づいている感じとか、我々今歩んできたこの道がすがらをね、こう上から覗くと木がどんな風に生えているか。やっぱりちょっと変な穴が開いているだって思って、あれは農地の後だったとかって話になるんですよね。
雲の影なのかわかんないけど、やっぱ奥の方はちょっと木の色が違いますよね。
あれが湿性高木林です。
だって多分木の種類が違うんだよね。
違うんです。
やっぱこうやって島全体を一望できるのはいいですね。
そうですそうです。非常にいいところですね。で、負担もそんなにありません。2時間ぐらいせいぜい歩いていれば大丈夫だったので。私ね、やっぱじめじめしたんですけれども、森の中を歩いているので影が基本あったんですよ。最後の展望台外は。
うん。
なのでその辺ね、そんなにこうつらくはなかったけど、ガイドさんからの注意でやっぱりね、500ミリリットルのペプトトル2本分は持ってきてくださいと言われたので、僕も慌てて島の省で足しましたね。
あー。
まああれば安心だったですね、やっぱね。
はいはい。
といった感じです。
はいはい。
そしてね、このミシャークさんといろいろ帰り道はね、いろんな話をしながら、島の暮らしとかもすごい教えてもらって楽しかったんですけど。
うん。
こう、はしごとかを下って小淵に近い辺りのね、遊歩道の中で、なんかこう、急にガイドさんがかがんで、何かを集め始めたんですよ。
うん。
で、なんやろうと思っていましたら、それがね、マイマイの抜け殻だったんですね。
あー。
うん。あのー、前日小笠原世界遺産センターでこう見たね、生きているマイマイ。
あれのまあ、抜けた殻というものがね、羽島のこの辺りはやっぱり残っていまして、それ一つ一つが固有史なんですよね。
あー。
うん。でまあ、もう道端に落ちているのは死んでしまったね、マイマイの殻であって、
はい。
そういうのは結構ただね、いっぱいあったんですよ。
うーん。
で、マイマイの殻というのをいろいろ見比べてみると楽しいもので、
うん。
で、その少し尖りつつあるものは、乾燥しているときは地面に自らドリルみたいな穴を掘って地中に埋まっていくマイマイがいるとか。
で、そうじゃない平べったいのはやっぱり木にくっついているのだとか。
あー。
いう風な話をしていったわけですよね。
へー。
で、当然これらもね、一つの生命の痕跡であって、
うん。
非常にこういろいろ思うところもあったわけですね。
うん。
で、ぽつりといったのがね、このマイマイは天寿を全うできたんですねっていうものがあったんですよね。
うん。
それは貝の入り口の部分のヒダの数とかで年齢みたいに刻まれるらしくて、
うん。
それの数とかそれ具合によってね、カタツムリの成熟とは言ってわかるんですって。
あー、なるほどね。
うん。
で、その貝はちょっとなんかだから、考え深い点にご覧になっていて、
それでゆっくりと森の中に戻していったっていうのはね、
なんかそれがまた、この羽島に生きる方々のリアルな感情を垣間見たような気がしましたね。
あー。
うん。
途中で食べられちゃったりすると、その痕跡が残ってるんだ。
あったりとか、あとはかなり老熟して、本当に最後まで長生きをしたマイマイっていうのもやっぱり見た。
そうか。
うん。
やっぱり羽島においても、この名前のないマイマイ一個一個をとってもね、
その一つがどういった命だったのかっていうことに関する解像度とか、そこに対する気持ちの慰霊をだったりとか、
こういったものはやっぱり小笠原諸島のこの自然に向き合ってる人のリアルな感覚なんだなっていうのはね、
うん、なんかいろいろ思うところがありましたね。
あー。
うん。
やっぱ身近なんすね。
そうですね。
うん。
うん。
この方関西のご出身で羽島に移住してきて、もう結婚されてて最近お子さんが生まれたみたいな話があったりして、
で、ただ一方でやっぱり羽島というのは千島以上にね人口も少ないですから、
教育機関というのはもう小中の文庫みたいなものしかもうなくて、
で、高校から小笠原高校の千島が一番近いというので、やっぱり教育とかを考えたときに、なかなかやっぱりね課題もやっぱりいろいろある、島の暮らしというのはね。
うん。
小笠原諸島って離島だからめちゃくちゃ運送料高いんじゃないかって思われるかもしれないですけど、
アマゾンと小笠原村っていうのはね、村の村長が掛け合ったか何かって言ってたと思うんだけど、
提携してるか何かで、小笠原諸島って無料なんですって。
すげえな。
運送料が。
そう、だから離島料金取られないんですって、アマゾン。
へえ。
うん。
うん。
日本すごいね。
へえ。
なるほど。
レジェンドがいるらしくて、おばあさんがいて、その人のおかげでゲートボールだけは原島が強いっていう話をしてくれたりとか、結構笑いましたね。
ああ。
うん、面白い島のリアルな生活話もしてくれてね、すごい楽しい一時でした。
へえ、いいっすね、そういうローカルな話聞けばいいね。
ローカルな話してくれましたね。森の中で歩きながら話をしてました。
はいはいはい。
へえ。
というツアーでね、なのでお昼ご飯もちょっと軽食を食べ終わって、だいたい僕も2時半ぐらいには宿に戻っていた感じでしたからね。
うんうんうん。
うん、というツアーぜひね、参加してもらうといいんじゃないかと思います。
はい。
で、この後はね、母島というのはそういうわけで、このアクティビティを除くとね、観光施設とかっていうのもほんとにほぼないに等しいです。
うんうん。
なので、借りられたその施設をちょっとまあ、沖港のあたりの集落を歩いてみようと思うわけですが、
はい。
まあ宿もその沖港の中にありますので、そこから歩いて10分くらいのところにあるのが、ロース記念館というものになります。
うん。
おお、なんか雰囲気ある建物ですね。
うん。
まあ一見すると民家みたいなね、感じの建物ですけどね。
うん。
うん。
このね、ロース記念館も今、あの雰囲気がありますねっておっしゃったのは多分外観を見てたと思うんですけれども、
そうね。
うん。
これね、白で吹かれた南洋のね、東南アジアっぽい感じのね、家なんですけれども、石でできてるんですよね。
壁は石積みだよね。
そうなんですよ。
うんうん。
で、このロースというのは、実はね、ロース石というね、石の名前なんですね。
ほう。
うん。で、ただそもそもなぜロース石というのかっていうと、かつて母島に住んでいたロースというね、外国の人がいて、ドイツ人なんですけれども、この人の名前から取られてるんですよ。
へえ。
なのでまあ、突き詰めれば人名なんですよね。
うん。
うん。で、またここにね、母島の不思議な歴史があるわけなんですけれども、
はい。
まあ小笠原諸島の歴史というのはね、前々回かなり解説をしたので省きますけれども、
うん。
ああいうね、そのいろんな勘違いだとか、
そうね。
あのね、もう本当に潮流の中で誰も未知の島だったものに偶然漂着したみかん船。
うん。
なのでまさに本当この島に着いたんですよ。
ああ。
初めての記録上の日本人というのは。
はい。
そっから船を直して千島へ、八丈島へと行ったわけなんですけど。
うん。
うん、まあそんな歴史がありましたよね。
うん。
で、母島にもやっぱりね、幕末の頃になると母人アイランド問題で諸外国が目をつけ始めたっていうのがきっかけで、
やはり欧米系の移民が来ました。
うん。
で、このロースという人もプロ衛戦のドイツの人なんですけれども、この辺が何者だったかもあんまりよくわかってないそうなんですが、
一説には戦況誌だったとも、武芸船に乗り込んだ戦況誌だったのが船員だったとも言われてるそうなんですが、
それが何かしらの理由で母島に留まることになって、ここで一生を終えたという人らしいんですね。
はいはい。
で、このロースさんというのは生きていたのは明治時代なんですけれども、
その頃にはやっぱり寺島宗則がね、小笠原島ですって言っちゃったっていう話がありましたけれども、
その話でだんだん日本人が入職してきて、もともといた人も日本に帰化したという話がありましたけれども、それぐらいの時代を生きている人です。
で、母島にはやっぱり日本人が住み始めました。
ただ日本人はこの母島の生活に慣れていないし、なかなか知識を持っていない人もいた。
その中でロースさんというのは日本人といろいろ触れ合う中で、母島には良質な意思が取れるということに気づいたんですね。
だからそういった理科系の知識を持ち合った人物だったというふうに言われているんですけれども、母島はそういうわけで山が急なので、
その山の山腹とかで石切り場みたいなのを設けて、これを石を加工して輸出するというのを産業に教えたわけだと言うんですね。
それがこの島の生活の大きな助けになった形態的な。
っていうのでロースさんというのは非常に慕われている人物で、その感謝と尊敬の念を込めて島の人たちはこの石をいつしかロース石と呼ぶようになった。
そしてこのロース石、今でもいろんなところで見られるんですけれども、その記念としてロース石ってこれ1913年にできて、もう100年以上経っている。
元々サトウキビの収蔵小屋だったそうなんですけれども、それを今でもちゃんと保全してあるというものなんですね。
じゃあこの建物の壁はロース石なの。
そういうことです。
結構この色の違いがそれぞれレンガにあってね、かわいらしいですね。
温かみがあってすごい綺麗な石ですよね。すごい安心感のあるような感じでね。
なんかこの文様もいい感じですよね、島でね。
だからやっぱりこれは重要があったんでしょうね。
これはやっぱり建材とかそういうのに使われる。
そういうことですね。
へえ。
というのがね、その行政と称えたもので、中にはロース石の話ももちろんありますし、いわばこれが母島の歴史民族資料館になってるんですよ。
なので母島の歴史だったり、あるいは母島の生活で使っていた魚老の漁師さんたちが使っていた器具だったりとか、魚漁の実態だったりとか、こういったものね、規模としては小さいんですけれども、ここがやっぱりその歴史資料館になっているというので、母島の歴史の概要を知る上でも非常に大きなポイントになるんじゃないかなと思います。
中には島の伝統工芸品の先生がこの中にいらっしゃって、その方に教えてもらえる、こういった木でできたかわいいカゴみたいのも作る教室みたいのもあったりしました。
なのでこういった母島はね、あんまり観光施設多くないので、そんなにこう、もて余すことはないと思うんですけれども、やっぱりちょっとのんびりしているので、その分時間の使い方は贅沢にできますから、こういったものをお土産で自分で作るなんていうのもいいんじゃないかなと思ってました。
この庭にはロースさんの石像もありますし、ちょっとこの近くの裏山のところにロースさんのお墓もあります。
やっぱりここでね、それもいろんな人生を思えますけどね、プロイセンから生まれて太平洋を渡って、そしてこの母島で一生を終えたというね、ロースの人生というのもなんか不思議なものを感じますけれども。
ただそれでね、島の人にこうやって慕われてるのは、やっぱすごい人なんだろうね。
そうですね。
というね、ロース記念館でした。
でね、ロース記念館はちょっとね、集落の山勝ちの方にあるんですけれども、そっからね、だんだん海の方にね、夕方に向けて歩いていこうと思っています。
でね、特にね、母島の景観としてね、僕がすっごく印象に残った景観がありまして、ちょっと検索していただきたいんですけれども、母島前浜って検索してもらっていいですかね。
これね、わかりますかね、どういった景観か。
その木が生えてるんですけど、こう斜めにね、伸びていってて、この道を追う感じになってますね。
海の方に向かっていると。
そうなんです。これね、母島って本当に集落も少ないですから、道路もほぼほぼない、少ないんですよ。で、めっちゃただ綺麗なんですけれども。
これね、場所がどこにあるかっていうことなんですけど、地図見ていただくとですね。
そういうね、前浜ってあるでしょ。
ここがもう島の中心地なんですけど、Googleマップにね、ガジュ下っていうのがありますよね。
あー、ほんとだ。
これなんです。
あー、じゃあもう定番スポットみたいな感じだ。
そうなんです、そうなんです。
あの島のね、これメインストリートにあたっていて、目の前に農協の直売所があって、駐在所もあって、学校もあって、あと役所もね、あるという感じなんですけど。
このメインストリートの突き当たりの部分で、目の前が海にあるっていう、ここにね、一本巨大なガジュマルが生えていて、ここにベンチとか置かれていて、海を望めるんですね。
ここでみんなね、こう木陰でくつろぎながらね、一日を過ごしたりする人もいるんですよ。
じゃあなんかこう、地元の人が井戸端会議する場所みたいな、なんかそんな雰囲気なんですかね。
そうなんです、そうなんです。
この辺りをだからね、こうゆっくりと、あの観光地と言えるかわかんないんだけれども、ロース記念館はこの道をまっすぐ山の方に行っていたところにありますので、そっからだんだんこう海の方に南の方にゆっくりゆっくり歩いていくっていうのがね、いい感じだと。
で、この農協の直売所ね、ガジュ舌の目の前にあるわけですけれども、ここもね、オリジナルドリンクとかビールとかもガンガン売ってますので、ここで買ってガジュマルの舌でチキン飲みするわけですよ。
あーいいね。
めっちゃよかったです。
いやーいいねー。
そしてたまにブファーっていう声が聞こえるんですね。
あーまたクジラがいるんだ。
ブファーはねあれですね。
あ、ウミガメか。
ウミガメがいるんです。
この湾の中に普通にいます、この花見は。
へー。
普通にいます。
えーすごいな。
っていうところだったですね、花島は。
で、ここからだいたいね、歩いて10分ほど南の方に行っていただくと、ちょっとねこの夕方に迫っているので、ちょっと休憩をしたいと思いまして、ダブルエイトカフェさんに行きたいと思うんですね。
なんか気持ちよさそうなテラス席ですね。
これ2階がテラス席になってるんですね。
なんかメニューもすごい充実してますね。
ランチメニューだとかパオライスとかポークカレーとかねタコライスとか、ちょっとこう南の雰囲気があるランチメニューって感じですね。
あとはパンケーキとかね、ボニンブルーパフェとかいいですね。
これ綺麗ですね。
結構映えも狙えそうな感じの。
そうですそうです。
いいメニューですね。
あの花島ね、大事な話なんですけど、飲食店はねもう3,4店舗しかないんですよ。
しかも夜やってるのはほぼなくて、こちらも多分夜やってないと思うんですけども、なので宿につけたほうが無難だと思うんですけど。
ただここはねそういうわけで、ちょっとまあ観光客味もある感じのね。
港を一望できるすごいいい場所にあってね。
風が気持ちいいし、本当に魚とかウミガメがいる姿を望めるっていう感じのね。
めちゃくちゃいいカフェだったんですよ。
いいですね。
ちなみにね、ここ僕はね夕方にこれ工程で組んでるんですけど、実際にはね最終日、花島丸がだいたい昼黒に出るんですけれども、港をね。
その花島丸に港を出る出港直前に僕ここ寄って昼ご飯を食べたんですよね。
なのでそういった使い方もできます。
その場合僕はタコライスかなをいただいてね。
それでまた飲んでという感じにしましたね。
やっぱこの街の作りとしては結構ミニマルなんですね。
ミニマルです。非常にミニマルですね。
結構徒歩ですぐ行けるみたいな感じですね。
行けます。
でね、ちなみにここね運営会社さんがねダイビングショップをやってらっしゃるんですよ。
このカフェの隣がダイビングショップになっているので、僕ダイビングしないんでちょっとわからなかったんですけど、ダイビングされる方とかはここのアクティビティー申し込んだらそのままなんか食事もできたりもするんじゃないかなと思いますので。
そういった使い方もできるんじゃないかというふうに思います。
お昼も非常に美味しかったので、まあ夕方行ってねパフェとか食べていただいてもいいですし、母島丸がお昼に出る前にお昼ご飯を食べるってどっちでも行けますので、これ非常にいいカフェだなというふうに思ってね。
ここでゆっくりね本とか読め読めましたね。
いや風も気持ちよさそう。
そうそうそうそう。
W8カフェさんに行きました。
そしてねこのカフェは港のあたりにあるんですけれども、そっからさらに行くとねビーチがあるんですね。
これがね脇浜渚公園というところなんですけれども、ここがちょっとねすごいことになってるんですよ。
きれいなビーチですよ。
なんだこれ。
何これ。
猫ザメみたいなやつ?
はい。これね眠り部下というサメです。
これ人が入れるビーチなんですけど、めちゃくちゃサメがいるんですよ。
これマジ画像見てほしいなこれ。
これやばいよね。
お玉着紙ぐらいな感じでね。
本当僕もそう思いました。色も変えからしても。
でもそのサイズ感はもう全く違うわけだもんね。
1メートルちょいからっていう感じですね。約1メートルのサメがいるんですよ。
いやちょっとこれ不気味だな。
はい。めちゃくちゃいます。サメが。
すごいなこれ。
しかも浅瀬にまで普通に入ってきてるんで、人間の足がつくところに全然いるんですよ。
えー怖っ。
そんな凶暴なサメではないんですかね。
もちろんもちろん。眠り部下というくらいで、日中はねずっとただね、ただいるだけなんですよ。
なるほどね。
寝てるのか起きてるのかよくわかんない。
あの、眠ってるんでしょう?夜行性なんて思うんですけど。
人間を襲うこととか変なちょっかい出さなければ全然なくて。
はいはいはい。
1メートルちょっとのサメではあるんですけど、えげつないいるんですよたぶんこれが。
いやちょっとこれすごいな。
サメの大群がビーチにいるっていう信じられない光景なんですよ。
いやもうほんと固まってるもんな。
そうあのね、群れを成してね、20匹ぐらいずついるんですよ。
でもう至る所に黒い岩陰みたいなのがあったらそれサメだったんですよ。
でも普通に全然子供とかもそこで周りで遊んでるんですよ。
でたまたまこの時に島の子供たち、小学校終わりの子供たちとそのお母さんみたいな人と会って、
その子たちと一緒に見てたんですけれども、島の子供たちとしたらこれを格好の遊び相手らしくて、
ちょっとした石垣の上から虫捕りらみたいなのでね、この背中を突っつくと、
あの、まあ覆っててるんでしょうなのでこのサメも実は。
突っつくと、なんか鬱陶しそうにね、この積み重なってるわけですけどサメが。
その一番上のが身をバタバタさせて、どっか泳いで行っちゃうんですね。
そうするとピラミッドみたいな組体操みたいになってるから、
それが崩れてサメのバランスが崩れて、なんかもどかしそうにうじゃうじゃ動いて、
またピラミッドみたいにただ重なるんですよ。
またそれを突っついたりするとまた崩れるみたいなね、
そういうね、もう島の遊び相手になってる。
っていうぐらいまあ温厚な性質なサメでね、
非常に身近なところに普通にビーチにも侵入してても誰も言わないっていう。
ただやっぱり僕も知らないで言った時に、
眠り部下って背びれが白いんですよ。
背びれの先だけが白いんだよね。
あー、ほんとだ。
そうだね。
なので、やっぱサメの背びれがさ、浅瀬にこう、
背びれだけ出てくると結構スリラルじゃないですか。
えーっと思ったら、もう普通に至るところにめちゃくちゃいたっていう。
はー、いやこれすごい光景ですね。
そうなんですよね。
ちょっとね、実際撮ってきた動画があるのでね。
あー、はいはい。
あー、泳いでるね。
もう足元にも。
はいはいはい。
これ僕、あの、水つけてるんですよ、これ足。
あー、なるほど。
足の周りです、これさ。
へー。
で、そこに踏みがめん。
あー、ほんとだ。
ほんとにその背びれだけが海面から出てるね。
はい。
ちょっとカオスじゃない?これ。
そう。
すごいところなんですよ、これ。
へー。
これがね、島の日常なんですよ。
いや、やっぱちょっとびっくりするね。
はい。
知らないとマジでビビりますね。
うん。
へー。
で、ちなみにね、この脇浜渚公園ね、
ウミガメの人工産卵場も併設されてるんですよ。
ちょっと下のリンクをね、見てもらえばと思うんですけれども。
あー、なるほど、整備されてて。
うん。
そのね、人間のいるビーチは、この先ずっと広がってるんですけど、
一区間こうやって柵で囲われてて、
こんなにウミガメがいるんですね。
はー。
うん。
そうそう、こんな感じで。
あー、かわいい。
うん。
でもこれがサメなわけですよ。
あー。
すごいな。
はい。
あのー、これね、ウミガメはね、やっぱりそういうわけで保護観察の対象になってるって話はね、
初日の小笠原海洋センターでもしましたけれども。
うん。
母島ではね、やはり産卵の環境というのを守るというのが非常に大事なポイント。
うん。
あの、これウミガメちょっとね、ほんとに僕も注意しなきゃと思ったんですけど、
僕行ったの7月の中旬で、だいたいそれくらい、ゴルデミーくらいから産卵が始まるという時期で、
夏の間がその時期なんですよね。
はいはい。
で、ウミガメってめちゃくちゃビビリだそうなんですよね。
うんうん。
なので、人間の携帯のライトとかを産卵の浜が出る時に見ちゃうと、
うん。
それだけでね、諦めて帰っちゃって、
はい。
海の中に卵を捨てちゃうんですって。
うん。
で、当然そうすると孵化する卵は一個もないわけなんですよ。
はいはい。
だから、夜とかほんとにね、あまり出歩いた時とかもめちゃくちゃ注意しなきゃいけない。
ライトを当てたりとかしたら、それだけで多くの命を失われてしまうと。
うんうん。
そういうレベルのものらしいんですよね。
なるほど。
うん。ですからまあ、せめてその産卵場だけはしっかりやろうということで、
この羽島においてはね、この1区画だけウミガメがあって、
ここで出られないようになってて、要は養殖されてるような感じになってるんですけれども、
ああ、はいはい。
野生のウミガメは一定期間だけここに入れておいて、
で、また産卵済んだら解放して出ていくんですけれど。
ああ、なるほどね。
うん。10頭から20頭くらいウミガメがいましたからね、この中に。
ああ。
なのにサメもいっぱいいるっていう、この中に。
サメはね、入ってきちゃうらしいです。
へえ。
けど別にカメを食べるわけもなく、カメより小さいか同じくらいなんで。
はいはい。
むしろカメが群れに突っ込んでいくと、またそういうわけでサメがこう群れがほどけて、
なんか迷惑そうに養殖で去っていくみたいな。
はいはい。
そういう謎の競争をしてる姿がね、見られましたね。
へえ。
うん。
まあいずれにせよこんなにサメにね、全然触ろうと思えば触れます。
うん。
あの、触ると責任は負えませんけれども。
はいはいはい。
そういうの起こると思いますけど、全然います。
へえ。
普通にいる目の前にサメがいっぱい。
すごいな。
うん。
ああ。
いやちょっと信じられない光景ばっかりだな。
そうなんですよね。
うん。
ただ周りにね、いっぱいネッタイルとかもいっぱいいるので。
うんうんうん。
上から見ててもね、ツンダシだとかこうベラみたいないっぱいきれいなネッタイルがいるんですけど。
ああ。
単純サメが多いんで。
ああ。
うん。
いや私さっき動画見たけど、水めちゃくちゃきれいだよね。
そうなんです。
透明度すごい。
透明度えげつないです。
だからよりサメの輪郭もはっきりするんですけど。
はいはいはい。
そう、めちゃくちゃきれいですよ。
へえ。
だからビーチとしては、あのすごくいいビーチなんですよ。
うん。
うん。
なんでここで僕もまたビール飲んだりしましたっけ。
飲みすぎじゃない。
いやもうこれは飲まないとと思うんですよ。
まあね。
サメを見ながら飲むなんてないですから普通に。
うん。
うーん。
へえ。
まあゴミ広いだけはね、くれぐれもって感じですけどね。
で、だいたいもうサメを見てたらめちゃくちゃ時間経っちゃって。
うん。
まあもう夕方、日没が迫ってきたんですよ。
はいはい。
で、ところがね、最後にちょっとまあご案内する。
これ、まあ前行程の最後になるわけなんですけれども。
あ、はい。
ところがですね、この和気浜渚公園から、ちょっとまたね、遊歩道みたいなのが山の方に伸びていて。
うん。
そのここにね、5分くらい歩いていったところにあるのが、サメヶ崎展望台というのがあるんですね。
はい。
ちょっと僕が実際撮ってた動画があるんですけれども。
ああ、いいね。平和ですね。
これがね、あの、この遊歩道、坂の中はやっぱり森になってるんですけれども。
その森の中を5分くらい行ったところに、急に斜め上の方から光が射してきてて。
うん。
で、こう登り詰めて月明かりになってるんですけど、そこに行ったその、で急に風がブワーって見えるのが吹き抜けてきて。
うん。
現れるのがこの風景なんですよ。
ああ。
で、なんかね、これ僕めちゃくちゃ感動したんですよね。
はいはいはい。
周りがね、ちょっと足元が芝生みたいになってて。
で、そこからU字みたいに岩が切り取られていて、その先にね、小さな無人島が見えているんですけれども。
で、その周りがもうただ海で、空が綺麗でっていう。
この時の夕方5時くらいに僕も行ったんですけど、この感じっていうのがめちゃくちゃ良くて。
で、この芝生の中にはね、散歩の犬がね、飼い主さんと一緒に座っていたりして、その人たちもみんなここを見てるんですよ。
大工座りしてね。
っていうのを見て、いやーなんかこれね、すごく感動したんですよね、ここ。
ああー。
いやー俺、これ何時間も入れちゃうやつだなー。
いやー、いられますよ。
下手すると泣くかもしんないね。
いや、いや、ほんとそうだと思います。
僕もほんとそういう感じになりました。
ああー。
なんかね、まあ旅行としてはほんと最後の方だったっていう感じもあるんですけど、ほんと現に1時間半くらい行って始めましたね、この辺りね。
いやーすごいなー。
このね、動画ももうほんとただ波の音がしててね。
そう。もうね、この世界、この地中に自分一人しか生きていないんじゃないかっていうような感じの、もう海には何も船もいないし、潮のその流れだけがね、川のようにあって。
で、周りには無人島があって。
で、もうあわたりを見ても誰もいなくて、夕日が落ちていって、雲はその旅をしていてという感じの、ほんと地球の運行場の中でただ1人だけ残った人間になったようなね。
そんな錯覚に襲われるような。
なんてこの自然の感動というのが大きいんだろうというね。
言葉が出なかったですね。
ちょっとすごいねー。
絶景ってほんとにこういうことを言うんだなっていう。
なるほど。
言葉が絶えちゃうぐらいの。
ただただもう、なんか不思議な気持ちにずっとなってましたね。
いやーすごいなー。
ちなみに言っとくとね、このサメガサキ展望台はね、ザトウクジラがたまにやっぱり見られるそうです。
双眼鏡とかを持ってばね、海の中に潮がバーンって上がると、そこはザトウクジラがいるってことなので、そういうのも見られるそうですね。
特にやっぱりこれ向きとしては南西の方角を向いていますので、夕日が綺麗です。
あーなるほど。
特にまあ日自体というか、夕日に照らされた母島とか無人島のシルエットだったり、赤海がかっている感じだったりとかっていうのが、めちゃくちゃ綺麗でね、結構泣けるんですよね。
ほんとにこれ。
なのでぜひね、夕方に行ってもらうといいんじゃないかなって思いますね。
これがやっぱり小笠原諸島というものの総括になるようなね、自然のダイナミックさと、そしてほんとに絶海のことを海洋島というところに育まれた、いろんな歴史と自然の中に、大きなその流れの中に自分の小さなちっぽけな人生があるんだなという、そういうことを考えるようなね、そんな場所でしたね。
いやいい締めくくりなんじゃないですか。
そうですね、これは実際ほんとそうだったので。
なるほど。
はい。
なのでここでもう心ゆくまでね、堪能してもらって、でまあここから集落には15分くらいかかりますから、歩いていただいて、で宿に戻ってね、で宿でやはり夕食をとった方がいいと思います。
そして余裕があればね、夜ぜひ星空をまた見にね、前浜に行っていただいて、ガジマルの下で星を見るのもね。
地元の人たちもそこに仕事終わりのね、さっきのマミーシャークさんもいたんですけれども。
いらっしゃいましたので、そういったちょっとコミュニケーション取るのもいいんじゃないかというふうに思います。
でこれがまあ羽生島の1日の終わりで、なのでやっぱり泊まらないとね、このサメガサキとかには夕方にはいけないんですよね。
そうだね。
しじまに帰る船は4時くらいに出ちゃったと思うので、やっぱりアクティビティだけでほぼ終わっちゃうと思います。
僕はやっぱりね、一泊は羽生島はした方がいいと思いますね。
なるほど。
ただまあいずれにせよね、キロに着かなければなりません。
5日目になりますが、羽生島の宿で目覚めましたら、そこで朝食をとって、12時には羽生島の港を立ちます。
なので午前中最後、お散歩くらいはできるかもしれませんけど、アクティビティとかに参加できないと考えた方がいいです。
お土産とか農協とかで買っていただいてもいいですけれども、羽生島丸に12時に乗っていただく。
そうすると七島の二目に着くのが14時になります。
そこにはね、小笠原丸の出航日は連絡がもうちゃんとうまくいくようになっていますので、
14時に一回羽生島丸まで降りたら、そこから少し隣のターミナルまで移動して、そこで小笠原丸。
これはもちろん予約をしてあるやつです。
で、順序に従って乗り込む。
そして15時に小笠原丸は出航します。
そうすると例によって24時間。
帰りはアクティビティとかはありません。
もうツアーとかないので。
小笠原丸がどういう戦術でどういう過ごし方ができるかっていうのはね、
1日目のサイエンペンを聞いてもらえればいいと思うんですが、
食事のメニューとかも一切変わりません。
食事のメニューも変わらないので、単純にアクティビティとかがもうなくなっているというだけです。
ただもうここはやっぱ疲れて寝ちゃいましたけどね。
まあそうだよね。
ただアヌルンはね、くれぐれもやっぱりこれでもう、僕も帰りも荒れたので。
要注意点なので。
もし万が一切らしていたら、必ず七島に買ったほうがいいです。
ああそうか、七島でも買えるんですかね。
僕は持ってたんであれでしたけど、ただフェリーターミナルはやっぱりないと思うんですよ。
なので製薬局とか行っていただかないといけないので、これも要注意だということはね、くれぐれも覚えておいてください。
まあまあ事前に買っておくのが一番いいよね。
買っておいた方がいいと思います。
という感じですね。
翌日の15時に竹芝桟橋に着きまして、
都合これでね、6日間にわたる小笠原諸島の旅がね、終わったということになります。
なるほど。
それでは4日目を振り返っていきましょう。
前日はね、七島のお宿に泊まっていて、この日は母島に向かいますので、朝早く6時50分頃に宿をチェックアウトします。
そして徒歩5分ほど、小笠原聖橋で朝食と昼食を一緒に買うと。
これはね、この後母島で参加するツアーの中で昼食を持参するというのがね、
言われてますので、ここで朝食と昼食を買っておくと。
そうですね、あのね、パンとかランチパックみたいなものであれば、母島の商店にも売ってたんですよ。
母島にはね、前田商店さんっていう個人商店と農協と漁協それぞれの直売所があるんですけど、
そこで買えないこともなかったです、結論から言うと。
ただまあ安心したいならばやっぱり七島に買っておいた方がいいかという感じですかね。
まあやっぱり、その行ってみてなかったら悲惨だからね。
一応買っておいた方がいいですね。
あと水ね。
そうです。これが大事ですね、もちろんね。
ハイキングするから水も十分に買っておくということですね。
小笠原聖橋から徒歩3分ほどで二見港に着きまして、そこで7時半、母島丸に乗船します。
そこから船で2時間ほど、母島沖港に到着します。
ここで下船をしまして、ここにもね、宿の方だったりツアーの方が迎えに来てくれているので、そこでご挨拶をしまして、
来るまで10分ほど、南崎小富士ツアーですね。
春矢が参加したのはマミーシャークさんのツアーですね。
まあいろいろツアーのプランがありますので、自分の興味だったり体力に応じてね、プランを選んでいただければというふうに思います。
ここで母島のその自然。
前日までね、父島にいましたから、そういうことの違いなんかもね、歩いてみると感じられるのかなというふうに思います。
なのでこのツアーをね、存分に楽しんでいただきたいと。
そしてそのツアーが終わりまして、来るまで10分ほど、だいたい春矢が参加したツアーだと14時頃に宿に到着するということですね。
そこから徒歩10分ほどロース記念館に行きます。
この母島の中で大変慕われているロースさんを展示をする。
そしてこの母島の歴史に関する展示もあるという歴史資料館ですね。
この建物自体もね、ロース石が使われていますので、その建物自体もちょっと展示の一部みたいな感じでね、見ていただければいいのかなと思います。
そこから徒歩15分ほどダブルエイトカフェさんですね。
ここでおやつみたいな感じですかね。
いろいろとパフェだったり、結構ね、綺麗な料理がありまして、またそのテラス席でね、海風を感じながらおやつのひと時を過ごすという感じですね。
そこから徒歩3分ほど脇浜渚公園ですね。
ここにはウミガメの人工産卵場があって、ここにはウミガメが基本的にいるっていうことですね。
夏終わりくらいぐらいいるらしいです。その後はいなくなるんだと思います。
産卵場ですからね。産卵のためにこのウミガメを一旦保護しておく場所ですね。
そしてなぜかここにサメがめちゃくちゃいると。
そうなんだよ。
ということで、ちょっと最初ね、びっくりするかもしれないですけど、ひと夏っこいサメっていうことなんですかね。
着替えをこっちから変なことしなければ加え、襲ってくることは多分ないと思う。
ですので、ちょっと普通では見られない景色だと思うのでね、ここでその景色を堪能していただくという感じですね。
そしてそこから徒歩5分ほど、サメヶ崎展望台ですね。
ここはもう本当、ちょっと画像を見ていただいたりとかね、動画もしあればね、見ていただくのがいいかと思いますけど。
もう本当に海を一望して、散歩を海に囲まれているというね、展望台ですので。
ここで多分いくらでもいれると思いますので、この旅を振り返ったりとか。
ちょっとね、この人生のキロになるかもしれない旅ですので、ちょっといろんな思いにふけていただければいいかなと。
特に夕日ね、この夕方の時間に行っていただくのが一番いいかなと。
そうですね。
そして徒歩15分ほどでお宿に着きまして、この4日目は終了と。
翌日はお宿で朝食をいただきまして、ちょっと散歩したりとかね、過ごしていただいて、お昼の12時ごろ羽葉島丸に乗船しまして、また2時間千島の方に戻りますね。
14時ごろ二見港に着きまして、そのまま隣のターミナルに行きまして、15時に小笠原丸が出港しますので、それに乗船します。
この帰りの船もね、当然予約を事前に必ず。
そしてアネロン。
大事です。
これをちゃんと準備をして乗船します。
そしてまた24時間船に揺られて、6日目の15時、東京は竹芝桟橋に到着して、この6日間に及ぶ小笠原諸島の旅が終了ということですね。
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ちょっとやっぱ秩父島でだいぶ満足してた気でいたけど、やっぱ母島はまた全然違う感じがありますね。
やっぱり生活、繰り返しになりますけど、自然との保護の本当に最前線に今ある島なので、
やっぱり別の角度からね、小笠原諸島のものっていうのを考えるきっかけになるんじゃないかなと思いますね。
私なんか町の雰囲気も多分違うんだろうなって。
全然違います。
町の規模とか、多分人の時間の流れ方もかなり違いそうな印象がありますね。
やっぱり母島の夕方夜っていうのは、本当に人がぽつりぽつりとガジマルの下に集まってきて、仕事終わりでみんなビールを飲んだりとかっていう。
千島がやっぱり都会に見えますね。
ただやっぱり母島のすごいローカル感っていうのを癖になる人も多分いるだろうなって思います。
めちゃくちゃ。僕も結構この順番で良かったなって気がしてますね。
千島に最初に行って、あらましとか大胆なことを知って、それとは違う母島に行くっていうのが、やっぱ僕は個人で良かったかなって気がしますし、
母島をやっぱりもう一回行きたいですね。
特にサメヶ崎の展望では感動しましたね。
だからやっぱちょっとね、小河丸パックから外れちゃうかもしれないけど、やっぱ母島にも一泊するのがいいな。
そうですね。行った方が良いと思いますね。
全体統括すると、やっぱちょっと特殊すぎるよね。
そうですね。やっぱりもう日本の中でも特別な地域です。本当に小河原諸島というのは。
その旅行の組み方から、歴史も自然も見える光景全てが、普通に日本で暮らしてて見れない景色ばっかりなんだろうなって。
そういうことですね。
すごいですね。
やっぱりね、行くまでのハードルというのも高いですし、準備も大変なのは間違いないんですけど、
やっぱ一生に一度はね、これは行く価値はあると思います。
僕は大いにやっぱりこのタイミングで行っといて本当に良かったなっていうのは今思いますね。
これはローカル・トレジャーの宝箱なんじゃないですか?
いやー、本当そうだと思います。
というかもうローカルというか地球規模のローカルですね。
そうだよね。ワールド・トレジャーだよね。
そうそうそう。地球にここにしかいないものなんですよ。宝箱が。
そうだね。
いやー、すごいですね。
最後にちょっとね、エンディングというか。
実はね、小笠原諸島の旅というのはそういうわけでね、今言ったように人生のキロにね、やっぱりなるようなタイミングで来る人が多いわけですよね。
ゲストハウスで会った人たちも大半が仕事辞めていたりとか、長期休暇中とか。
あるいは奥さんが妊娠して、横にしづらくなる前に奥さんに土下座して、1週間だけ猶予をもらって、最後の一人旅をしに来たとか。
ああ、そういうことか。
家族ができる前の。
お父さん側がね。
お父さん側が最後の一人旅をちょっとしたい、子供が生まれる前に。
で、行けないところに行きたいと思ってたっていう話だったりとか。
会社にももう長期休暇を無理矢理取ってって人もいましたし。
あと大学生の子もいましたけど、やっぱり行くからには相応の覚悟が必要なわけで。
そういったら今度乗り越えた先にやっぱり迎えてくれるものがあって、いろんな生命の輝きを見れるわけですよね。
それを経てやっぱり帰る瞬間っていうのも非常にやっぱり感慨深いものになるわけですよ。
名残惜しそうだよね。
名残惜しくなるし、東京に戻ってしまうっていう嫌さもあるかもしれないし。
でもやっぱりそれ以上に多分それを考えなくなるほど、来てよかったな、このために来てよかったなっていうのが多分最後の結論になる人が多いんじゃないかというふうに思うんですよね。
それが一つね、勝算というかそれを最後一番気分が高まる瞬間というのがあるんですよ。
これがですね、校庭で言うと5日目の15時に小笠原に乗船するって話があったんですけれども。
一番帰る時ですね。
帰る時に。
この瞬間なんですよね。
これ何が起こるかっていうのをね、ちょっと僕動画で収めてきたので見ていただきたいんですね。
要はこの見送りをしてくれるわけね。
これはね、泣けますね。今見ても泣きますけど。
これ言ってないのにもうすげーグッときてるもんね。
いやこれは感動するんですよ。本当にね。
これ島民の方たちがね、見送りをしてくれてるんですよね。
そうなんです。なので船出をするときに、これまでお座りのゲストハウスの方だったりとか、
それこそボニーウェーブさんとかもいらっしゃったんですけども。
二人の港に皆さん来てくださって、小笠原の1週間に1回の船出の日には見送りをしてくださる。
波止場では皆さん手を振って、旗持ってやってらっしゃって太鼓とかもやるんですけれども、
港にある小さな船もね、並走するような形になっていて、モーターボートみたいなのがね。
あれがマリンアクティビティの船なんですけれども、
あれでみんな並走して飛び込んでね、というパフォーマンスじゃないですけれども、そういうのも見せてくださる。
そして小笠原を離れていくというのが、これがおそらく島で見る最後の光景になるんじゃないかなというふうに思うんですよね。
これがね、泣けるんですよ、本当に。
これが、「行ってらっしゃい!」なのがまたね。
そうなんです。
あのね、聞いてもらうと分かるんですけど、「行ってらっしゃい!」とか、「ありがとうございました!」とか、「また来るよ!」みたいなことを皆さんね、
島の人ももちろんおっしゃるし、船のね、客の方ももう心から叫ぶわけですけれども、
この時さよならは言わないんですよね、誰もね。
確かに。
うーん。
いやー、やっぱまた来たくなりますよね、これされるとね。
そうなんですよ。
うーん。
うーん。
これはもうね、なんというか。
うーん。
いやー、なんか想像に堅くないですね、これは。
そうなんですよ。
で、まぁ実はタイトルにもね、この辺りの話が実はかかっているんですけれども。
はいはい。
今回ね、やっぱりそういうわけで、小笠原諸島、自然のね、本当にいろんな小さな命と雄大な時間のありきたっていうものをね、見てきたわけで。
でね、1日目のナイトツアーのコウモリ、オカエドカリ、そしてグリーンペペに始まって、名前のついたイルカ団地だったりとか、
あと、うまく去っていくクジラだったりとかね。
そしてその母島の小さな前々の話だったりとかもありましたけれども。
そういった島々のね、本当に命の輝きだったり。
それがまぁ、あの一つ一つがね、尊いものなの間違いないんですけれども。
やっぱり人間との関わりだったりとか、自然の歴史の中でのこうあり方っていうのを見た時に、すごくこう、いろんな角度からいろんな光を放つのがやっぱり一概には捉えられない魅力とね。
もちろん課題もその中にあると思うんですけれども。
そしてグリーンペペみたいに実際光るものもあるので。
そういったものがやっぱりプリズムだなというのをすごく思って。
あとはやっぱり島のね、風土だったり、この風の感じ、光の感じもやっぱり日本の本土とはだいぶ違う感じがするんですよね。
南洋の感じがするので。
やっぱりそういった目に見えるもの、五感で感じる全てのものの輝きっていうのは本当に尊いなというふうに思った。
そして最後のこのボニンブルーというのはね、例によっていろんな勘違いで生まれたボニンブルーの故障なんですけれども。
で、これを最後のお見送りを見た時に、僕はもうこれなんか一つのポエム、詩だなというふうに思うぐらい鮮烈な感動があって。
なんかこう、一人一人のお見送りの姿はもちろんそうだし、船のボーっていう汽笛の音だったり、それから波を切っていく様だったりとか。
そして徐々にだんだん船が遠ざかるにつれ叫びが大きくなっていって、人が船、モーターボーと並走している人たちが一斉にありがとうっつって水へ飛び込んでいく様だったりとか。
この景色もそうだしこの音もそうだけど、本当に心を深く揺さぶられる感動がありますよね。
そしてこの海と空はどこまでも青くて綺麗でっていう、ボニンブルーの一つの詩だなというふうに思ったので、今回こういうボニンブルーの歌を聴かせてっていう詩という字を当てて、あえてやらせてもらって、この浅草諸島の旅を通したいと思いました。
なんとなくやっぱりその人生に一度はっていう意味がわかってきた感じがしますね。
そうですね。ここじゃないと絶対見れないものを感じられないことがあるのは間違いないですね。
そしてここに来れた人生ってやっぱり自分も良かったなって今からでも思うような、本当30代に入って20代いろいろ旅行してきましたけど、本当に最後にやり残したことだったので浅草諸島というのがね、なんか一つ大きなターニングポイントにやっぱり本当になったなっていう気が、それぐらいの大きな意味を持つ体験だったな、習慣だったなっていう風に感じるんですね。
ということで、次回は雑談会ということで、どんな飲み物が来るのかとちょっと楽しみなところですけど、次回楽しみにしたいと思います。ということで今回はこの辺でありがとうございました。
ありがとうございました。