編集者・藤原武志さんのキャリアの出発点は、「売れると思っていた」お笑い芸人だった。中学の同級生と吉本の養成所(NSC)に入り、コンビニでバイトしながらネタを磨いた日々。やめることなど考えていなかったのに、相方がやめてしまった。そこから編集者になる話。
感想
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サマリー
このエピソードでは、編集者の藤原武志さんが、お笑い芸人から編集者になった経緯、そして現在の活動について語っています。藤原さんは中学時代からお笑いに憧れ、同級生と吉本の養成所(NSC)に入り、売れることを夢見て活動していました。しかし、相方の突然の脱退により芸人の道を断念せざるを得なくなります。その後、旅に出たり、お笑い劇団の作家を務めたりと模索する中で、偶然編集学校の存在を知り、編集者への道に進むことになります。編集者としてのキャリアは厳しいものでしたが、持ち前の粘り強さで乗り越え、現在は独立して企業の広報や新聞広告制作など、多岐にわたる活動を行っています。特に、自身の「売れたい」という願望は、単なる有名になることではなく、文化系ジャンルでのスター編集者や、イベントなどを通じた発信力を持つことへと変化していきました。また、自身のADHDの傾向や、精神的な課題と向き合いながら、自己肯定感を高めることの重要性や、生徒を持つことで得られる喜びについても語っています。最終的には、編集者という肩書きにとらわれず、場の空気をディレクションする「ディレクター」としての役割を担っていると結論づけています。
お笑い芸人から編集者への道
ちょっと藤原武志さん、編集者の藤原さんに話を聞いてるんですけど、藤原さんのね、僕一番面白い話をね、聞きたいなと思ってるのが、藤原さん、さっき言ってた、神戸発祥の地域意図という、写真おぎりというと失礼かもしれないですけど、そういう大会というか、ずっとやられてるやつの、岡崎版で知り合いましてという感じで、同じ編集者でというか、僕なんか本当にベビー中のベビーなんで、
しかもね、ベビーの畑の方が僕は長いのであれなんですけど、まあいろんなね、違いもありながらすごい仲良くさせてもらってて、で、もう一個、出版社もされてらっしゃるんですか。
で、まあそういうところでですね、いろいろISBN.を取ったらいいのとか、そういう話もね、聞かせてもらったりですごいお世話になったんですけど、なんか藤原さんの面白いのは、人柄というか、人として一番面白いなと思ってるんですけど、
そもそもお笑い芸人だったじゃないですか。
若い時。
そうですよね。
いや、だったわけじゃないですね。やってたぐらいですね。
いやいやいやいやいや。
あのまあ、あれっすね、この仕事、編集の仕事をつきたいと思って、学校出て編集者になったわけではないっていうこと。最後に何かやる仕事を探してあげく、なんとかたどり着いたのがヘンプロやったみたいな。
それはあの村上隆が言ってたんですけど、小説家はなんか一番最後の職業である。
いや村上隆が言うなよって思うけど、それ。
なるほど。
まあそういう感じじゃないです。
ひなすさんは新卒で行ってるんですか?
ベネスで。
ベネスで。
新卒じゃない、まあ新卒というか、僕留年してるんですよ、1年。あの就活、気づいたら就活始まってて失敗して。
だからそのまま卒業しなかったってことですね。
しなかって、まあでも、いわゆる扱いとしては新卒で入りました。
ああ、なるほどね。
それは違います。そういう意味では違います。僕は違います。
なるほど。
はい、そういう人生ではないです。
え、じゃあ高校行かれて。
中学生の時から、中学生、まあ小学校、高学年ぐらいからお笑いが好きで。
へえ。
で、まあひなすさん秋田の人だから。
秋田です。
文化が違うと思うんですけど。
文化ないですよ。
まあ大阪は、あの生ハゲとかの文化あると思うんですけど、大阪はやっぱりお笑いはテレビでよくあるから。
当然ですよ。
お笑いとか新喜劇とかあるので、漫才好きでお笑いずっと見てて。
あと4時ですよ、だってダウンタウンが夕方テレビで出てたとか。
そういうことがあって。
お笑いにずっと憧れがあって。
で、中学生の時に同級生で同じようにお笑いすっごい好きなやつがいて。
で、その時がすごい天然素材とか。
はいはいはいはい。
ああいう時代だったんですよ。
吉本天然素材。
ああ、そうですね。そういう時やったんで、日誉劇場とかも、僕大阪の東見国っていうところなんですけど、
水道水戦に乗ったらすぐにナンバーに行けるので、日誉劇場も行ける。
で、当時日誉劇場っていうお笑いの若手のお笑いがみんな。
よく聞きますよ、ジュニアさんとか。
ああ、そうですそうです。そういうところがあって、そこに行ったりとか。
で、教室で漫才やったりとか、そういうことずっとやってたんで。
で、その同級生と、高校出たら吉本の養成所に行こうみたいなことを言ってて、
で、お互い違う高校行くんですけど、僕はアホの子やったんで。
近くの公立高校に行ったんですけど、すごい出来の悪い高校に行ったんですけど。
で、相方はまた違う私学に行ったんですけど。
で、二人でその後吉本の養成所に行って。
NSCってことか。
NSCに行って、それが終わって、その後はずっと売れない芸人をやってたみたいな。
え、でも卒業まではされたってことですよね。
卒業ってあんのかどうかもない、そんなところですけどね。
何の意味もないですよ、卒業するとか。今はちょっと分かんないですけど。
でも、NSCに卒業したから吉本に所属できるわけではないですよね。
今は分かんないですけど、僕らの時はそれがあやふやで、卒業して、
何かを買いたいイメージはありますけど。
へー、契約書みたいな。
でも、基本的に誰でも参加できる、一般の人も参加できるオーディションイベントみたいなのがあるわけですよ。
1分ネタやってみたいな。
ゴングショーケーション。
そんなようなものにいつもエントリーしては出て、で、合格したりとか落ちたりとかっていうことをして、
それで売れる人っていうのはそのうち、次のステージに行くわけですよね。
次のお笑いライブに出るとかっていう。
でも、そういう暮らしをしてました。コンビニでバイトしながら。
バイトしながら。でも、いつかは売れるんだって感じで。
僕だから、中学生ぐらいにその時に相方が見つかったので、もう売れる以外考えてなかったから。
だから、本当にそれ以外の生き方を想定してないんですよ。
だから、今がもう僕、信じられへんわけですよ。今が。今、この私が。
僕ね、初めて出会った時に、藤原さん、今も金髪ですけど、ピンクだったんかなと。
なんか、もひかんで。
ちょっと僕からすると、イメージというか、僕の中の関西の人のしゃべり方っていうね。
藤原さん、なんかすごく偏見があるみたいな。
関西弁みたいな。
そう、秋田にいた時に見てたテレビ番組の関西の人のしゃべり方だって。
なんかね、お笑いの人っぽいみたいなこと言われがち。
いや、やっぱりしゃべりすごいお上手というか。
怖いくらい売れてないので、全然お笑いのサインは、でも金はついてないかったですけど、
才能はないんですけど、たぶん23か4ぐらいまでやってるんですよ。ずっと。
で、それまでずっと売れると思ってたから。
売れて芸能人と結婚すると思ったから。
意外、意外すぎて。
フェイオンのファンはフェイオンのファンだったんだけど、フェイオンと結婚したいとは思ってなくて。
フェイオンは神様みたいに思ってて。
フェイオンのファンクラブにも入ってましたけど、また別のアナウンサーの人とか富士テレビのとかそういうふうに思って生きてたんですけど。
で、もう全然辞める気なくってずっと売れるつもりで暮らしてたんで。
けど、まさかやねんけど、中学の同級生が辞めるっていう、辞めるわみたいなメールが来たんですよ。
携帯に。パカパカの携帯に。
まだいわゆるガラッパコス携帯に。
辞めるわみたいなのが来て、ほんで、わかったみたいなことになって。
メールであれなんですか?
そうなんですよ。僕、小っちゃい子やから、そこで話し合えるようなタイプの人ではないので。
場合によってはそこ一回直に話し合ったら、次の展開みたいなのもあったかもしんない。
いやでも、一回嫌われたらもうね、みたいな。
ほんで、そうなんですよ。それで。
でも別に、じゃあ泣きましたかみたいに言うと、別に泣いたりとかしてないと思うんですけど。
ただ、ちょっと呆然とはしました。計画が狂ったから。
そうですよね。だってそういうふうに人生考えてたのに。
溢れて、フジテレビのアナウンサーと結婚する予定だったんで。
それがやっぱり叶わへんってなった時に。
中学からですからね。予定の狂いさがもう半端なかったんで。
それはビビりました。死ぬほどビビりました。
で、やることなくなって、たまたま手にしていた沢木幸太郎の深夜特急を持って、そっから半年ぐらいバイト続けて、
ちょっとシフト多めに入れてもらって、デイリー山崎の夜勤を。
で、50万ぐらい貯めて、ほんで旅に出たんですよ。
沢木幸太郎みたいになろうと思って。
やっぱいろんな人の人生を変えてますね。
でも途中で辞めたんですよ。
沢木はロンドンまで行くんですけど、インドでもうエッカだったんですよ。
僕3ヶ月、およそ100日旅してたんですけど。
最初の2週間ぐらいで、これいけるわと思ったんですよ。
ああいうバックパッカーに僕変な憧れあって。
バックパッカーの世界厳しいと思って、すいません入れてもらいます、みたいな感じで行ったんですけど。
簡単と思って。2週間ぐらいでだいたいルーティーンがわかったから、
これ1年とか余裕で続けれるわと思って。
その洗濯とかね。
2週間でだいたいフレッシュになれるわけですよ。
だからこれをずっと続けるなんていうのは、めちゃめちゃ簡単やなと思って。
1年、2年旅してる人って結構余裕で行ってたから、
こんなもんかと思ったら、ちょっと早く帰ろうみたいに思って。
東南アジアをぐるっと回って、インドでデンして。
インドもいろいろ回ったんですけど、インドでデンして、ほんで帰って。
帰ってから僕実はもう一回オアラやってるんですよ。
実は。
そうなんですか。
帰ったら次のステージに行きそうなものじゃないですか。
帰って、今度自分が舞台に立たずにお笑いを書くだけのことをしたいなと思って。
先輩とか同期とか同輩とか集めて、お笑い劇団作って、コント劇団作って。
前チラッと聞いたかも。
6,7人でコント集団を作って。
ダウキューマンみたいな。
まあ今で言ったらね、あんなすごないですけど。
で、それの僕は作家みたいなしてたんですよ。
バイトしながら。
またデイリー山崎でバイトしてた。
そうか、ってことはもう本、脚本を書いたり。
お笑いばっか書いたんですよ。
で、それ1年ぐらいやってて。
みんなお笑い、そんな芝居みたいなコントより、
だんだんお笑いブーム来たんで、吉本でやりたいって言って、みんな消えていったんですよ。
それでまた解散したんで。
ちょっと凹みますね、それは。
さすがにやることなくなって。
で、照明をやってたおっちゃんみたいな、照明手伝ってくれた人がいてて、
その人に、君は書いてんねんから、シナリオ学校みたいなとこに行ったらどう?って言われて。
で、稽古と学ぶコンビニで開いて、シナリオ学校探したら、
隣に編集学校があって、
編集教室ってのがあって、
もうシナリオって勝負系じゃないですか。
もうそれが嫌になってきて。
要は才能世界みたいなところですか。
ずっとまたコンビニでバイトじゃないですか。
で、編集教室って多分行き着く先は出版社とかだから、
社会保険とかもらえそうじゃないですか。
そっちがいいなと思って、そっちを選んだんですよ。
そういう流れで編集じゃないのに。
だから全然、シナリオスクールのカウンターとして編集の教室に行って、
半年ぐらい行っているときに求人が来るじゃないですか。
そこでヘンプロの求人が来たから、そこに飛びついたら、めっちゃ厳しいとこやったみたいな。
編集者としての葛藤と「売れたい」願望の変化
でも向いてますよね。
そうっすかね。
って思わなかったですか?
全然。
でももうこれだけは辞められへんというか。
これ辞めたら、もうほんまにないかなって思ったから、
最初の日から僕3鉄やったんですよ。
その会社。
女の人はもう帰るねんけど、社長男で僕男一人やったから、
鉄や鉄やなって3鉄で3日目に帰って。
2つやったら辞めるような、かなりブラックな。
でも僕もここしかないと思ってたから、
もう何とかここでこの仕事で行こうと思って。
細かく言うと、その前にデザイン会社の求人があって、そこに行って、
3ヶ月ぐらいそこで働いてたけど、ほんまに使い物ならんって言ってクビになってるんですよ。
だからもうその次のヘンプロは絶対辞められへんと思って。
排水の陣みたいなところもあって。
でもこれ、編集者になってからの話はさっきチラッと聞いてはいるんですけど、
藤原さんって僕とお会いしてから喋り面白いし、売れたいって言うじゃないですか。
はい。その売れたいの厳選がそこに詰まってます。
藤原さんにとって売れたいって何なの?
だから今で言ったら、ちょっとしたスター編集者とか、
今は一人のスターじゃないじゃないですか。
いろんな業界でスターがいるみたいな感じだけど、
でも本屋さんのトークショーとか、大体呼ばれるみたいな文化系。
このジャンルで来たからにはね。
その系統の売れ方あるじゃないですか。
青木さん?ここのDIYブックスで。
僕も浮かびましたよ。青木新平さんみたいな。なるほど。
DIYブックスでイベントされて、各地からお客さんが来てあった。
藤原さんのショーとかじゃないですけど、もちろん来てくださった。
とか、ああいうあれとかですよね。
じゃあ内沼慎太郎さんとか。
はいはいはい。
わかんないけど、そういう出版。
そこまで行ったらちょっと自信なくなってくるけど。
そういう本とか出版に関わる中での売れ方をしたいってことですか。
もうちょっと言うと、漠然と売れたいと思ってまして。独立してから。
編集者で売れようと思って出版社入った。
ヘンプラ入った。それが出版社に移った時に、
これでここで編集長になったらそれなりの売れ方するかなと思って、
編集長を目指したけど、上に行けなかった。
で、独立して西淀川に事務所構えて、
ちっちゃいとこやったら、ちっちゃい中で売れるかなと思って、
そういうことを画作してたけど、やり方わからんかったから、
西淀川区で僕、雑誌作るってことばっか考えたんですよ。
西淀川雑誌を作って、その編集長として君臨するみたいな。
それでブログ作ったりとか色々やったんですよ。
そんな時にコロナもあって、その後に
平田さんと岩渕さんっていう宝塚の編集者と
兄貴みたいな人と。
3人で地域意図というイベントに、たまたまのきっかけで出ることになったわけですよね。
それも岩渕さんは僕紹介やから、西淀川でアート作ってる人が紹介してくれただけのことなので、
その時はまだまだ僕ただの雑誌作りたい人やったんですよね。
岩渕さんとかで会って、地域意図とか見て、
こういうやり方あんのかみたいな。
編集者やけどイベントとかする。
面白イベントするジャンルあるんやみたいな。
岩渕さんは中でもすごいですよね。
特殊なこと、特殊って言ったらあれですけど、アートとか。
あの人の周辺の人たちがみんなそういう感じじゃないですか。
岩渕さんも。
天ヶ崎の面白いお兄様。
岩渕さんもあの時に会って、
岩渕さんとか天ヶ崎大学とか見てた時に、
編集者というよりか、編集者っぽいやつがめっさアホなことやってるって感じがあるじゃないですか。
あれがやっぱ、なるほどなみたいな。
おもろい感じが理解できたなと思って。
それで自分もちょっとイベントっぽいことをやるようになって、
売れ方の方向性をちょっと変えたというか。
じゃあ、淀川トークショーとかはその前からやってました?
トークショーとかはあの後。
あの後でしたっけ?
西淀編集部ってやってた時はやってたんですけど、
それは最初はトークとか全然してなくて、
人が集まるだけのイベントやって。
それはなんでやってたかというと、取材大賞を集めるためにやってたんです。
西淀編集部っていうのを今日開催しますと。
で、僕がブログとかで紹介するので、
何かやってる人、紹介してほしい人来てくださいっていうことをやったんですよ。
それは要するにそれを集めて、一冊の雑誌にするっていうことでやってたんです。
で、矢節さんとか見てから、これこっちかと思って、
ブログとかやるのやめて、
雑誌作ろうという夢をやめて、
で、イベントしよう。トークイベントとかそっちをしよう。
そういう売れ方しよう。
それはやっぱ雑誌があかんって、
あかんってやっぱり心底思ったタイミングでもあるんですよ。
雑誌が売れなくなってきて、
僕が雑誌の仕事をなくなってきたっていうのもあるし、
で、雑誌がなくなったから出版に変わらないと思って出版をやり始めたこともあるので、
だんだん古い、今までの自分が正しいと思ってたこと。
僕、ほんまに雑誌屋みたいなコテコテのこと言うタイプの人の会社やったから、
やっぱ雑誌が大人の教科書だみたいな。
そういうことを信じてやってたんで、
雑誌の編集長になって売れたかったんやけど、
なんかちょっともう時代から違うんやなと思って、
まさに今のジンとか見ても思ったんだけど、
この前のジンのイベントとか見ても思ったんだけど、
で、雑誌から離れるようになったんですよ。
なるほど。
それもあって、最初に考えた西淀川で雑誌作るっていうことを一旦やんぺして、
西淀川とか淀川区とかでトークやったりとか、
ラジオっぽいイベントやったりとか、
そっちへそっちへ。
なんか矢渕さんとかがやってるような、
あるいは若須さんがやってるような、
ああいうことで行こう。
カルチャーっぽい、バカっぽいカルチャーっぽいみたいな、
ああいうことを知ってたら売れんちゃうかなって。
なるほどね。
でも今のぶっちゃけお仕事でいうと、
雑誌のお仕事とかあると何割ぐらいですか?
雑誌は朝ドラの仕事以外は、
断ってます。
そうなんですか。
もう一個かつていたとことかで、
たまに言われるときがあったんやけど、
なんかもう断りました。
あればやるけど、
基本、自分が見合うようなことがない。
ピンポイントでここの取材行ってくれってたまに言われるんやけど、
それでいいって1万5千言われたら、
いやーみたいな。
それやったら、変に未練残すより切ってしまいたいと思って、
朝ドラは朝ドラの本、雑誌、ガイドブック作ってるんですけど、
それは朝ドラ好きな人多いし、
僕も朝ドラ見てるから、
言われたらやるかなと。
でもあとは雑誌はやってなくて、
自分で出版は来月2冊出版を控えてて、
本を出すこと。
でもそれは利益にならないから、
今ほぼほぼ飯食ってんのは、
一つは企業の広報。
東大阪にある会社の広報みたいな業務。
プレスリリース作ったりとか、
みんなとこんな仕様とか話しようとかっていうのを会議したりとか、
っていうのと、
昔から知り合いの広告代理店とやってる新聞広告。
ある会社の新聞広告。
潜在とか。
そうなんですね。
それを作ってる。
レイアウト作業みたいな。
ライターでも編集でもなく、
新聞広告に関しては、
デザイナーと言えばデザイナーというか、
オペレーターですよね。
でもだから編集者の職能の何個かを分けたうちの、
いくつかを組み合わせて今の仕事されてる。
たまに撮影の仕事。
重曹とかでライブやるときに写真撮ってとかって言われることはあるけど、
それがメインの仕事ではないので。
広報マンですよ、僕もはや。
今は。
それが一番お金いただいてるかなみたいな。
あとうち夫婦でやってるので、
現在の活動と精神的な課題
夫婦が同じような経歴で、
何でかというと同じ大阪編集教室にいたから。
いた人と結婚したので。
その人はまた別の、同じようにヘンプロみたいなところに行って、
ずっとコピーライターで独立して、
同じタイミングで独立してるんで。
で、うちの奥さんがカタログをやってるんですよ。
はいはいはい。
いわゆる世にあるカタログのコピーをやってるんで、
その人が結構、最近カタログのコピーライター少ないのか、
まだ仕事組んでないみたいな感じなんで、
それが、なんやったらそれで食わしてもらってんじゃんみたいな。
それは忙しそうなんですよ。
なるほどなるほど。
なんであのカタログのコピーが忙しいのかわかんないけど。
え〜でもそうか。紙は紙で。
いるんですよね、結局はね。
年配の人が買うから。
なるほど。
でもそう考えるとね。
いやでも僕もすごく今、
これはちょっとまた別の日にめっちゃ話したいなと思ってるのは、
正直総打というか、
波激しい流れで総打大学で通ってるじゃないですか。
春が厳しいよねって話してたじゃないですか。
あと藤原さんは私より大先輩ですけど、
40代でいわゆるミッドライフクライシスに直面していて、
日々なんかしんどいみたいな。
花粉症のしんどさといろいろあるじゃないですか。
ミドルエイジのあれは、
周りでこの人そうやなっていう人いるねんけど、
僕は昔からそうやから。
でもそうかも。僕もそうなんですけどね。
昔からのクライシスやから。
今クライシスかって言われたら、
それはないんですけど。
でも精神的なものはめちゃくちゃ。
でも早くに自分の病がわかってるから楽。
それはもうめっちゃ楽。
対照化できるっていうか。
もうぜひ皆様、すぐに精神科に。
悩んだら精神科に行く。
これをほんまに守っていただきたい。
それはそうかもしれない。
ぐじぐじ言う人いるんですよ。
なんかあれでとかプライド高いかなんか知らんけど。
それより何より一回行けと。
僕も23回ぐらいで行ってますから。
全然余裕ですね。
全然大丈夫。
あれどうですか?今も行ってます?
今行ってないです。
それがすごいですよね。
関西来てからはもう行ってないんですけど、
行った方がいいんじゃないですかっていう感じは自分でも思いますよ。
なるほどね。
全然そんなちゃんとしてないと思う。
しんどなったりしないです?
しんどいです今。めっちゃしんどい。
どうしんどいですか?テンションが上がる?
僕結構怒りっぽかったり、
あとさっき言ってたADHDだと思うんですよ。
診断されたことはないんですけど。
タスクめっちゃ始めるけど続かないとか、
それにめちゃくちゃ後悔したりとか、
そういうのがいっぱいあるんですよ。
多分周りから見てても気づきの人いると思うんですよ。
いろいろイベントやってるなと。
ポッドキャストまた始めたなとか。
それだけじゃなくて日々のいろんなタスクとかが。
タスクが常に自分の頭の周りにワーってあって、
考えとかこれ嫌だったなとか、これやんなきゃなとかが
渦巻いてる中で子供のうんち変えたりとか、
これやんなきゃねとかなってくると
ワーってなっちゃうんですよ。
それが毎日続き、かつうち5月決算なんですけど、
消費税どうしようかなとか。
ボロクス払いましたよ。
消費税ほんと厳しい。
とかいろいろ将来。
これでもうやばいですよね。
パンクブーブーですよ。
それでも平田さんだったら
そういうスケジュールとかって
Googleカレンダーみたいなやつでしょ?
Googleカレンダーですね今はほとんど。
僕変えたんですよ。
この3ヶ月ぐらいから今までこれも変えた1つなんですけど、
やっぱ神の人間やから絶対手帳は神にせなあかんっていう
ルールを課して。
自分で手帳作ってた。
自分が気に入るサイズで。
そこまで編集者とはこうあるべきだと
概言しててんけど、
雑誌なんてやめよって。
こういうことやってっからダメなんだと思って。
神の手帳やめたんですよ。
ちゃんみだの見た目にも合わせるし。
見た目も変わってくるように手帳も変えて
Googleカレンダーにしてやりだして
最初もうほんま意味わからんかったけど
タスクとかパソコン入れると
タスクが溜まっていくじゃないですか。
だから処理したくなるじゃないですか。
でもああやって管理してないと
やっぱりもう追っつかないから
やるべきこととかを
特に広報みたいなことやってると
めちゃくちゃいろいろやることあるんですよ。
なのでもう全部やって
しかも広報をやらせてもらってるその会社は
その会社の中で楽天でECサイトをやって
そのサイトを作るチームとも僕はやり取りして
キャッチコピーこうしようとか写真こうするとか
それはGoogleスプレッドシートみたいなので
予定が管理されてて
それ二つ見られへんから
もっと分かりやすくしてもらえませんか
って言ったものの
そちらの人はこれでやってるんで
みたいになったんで
僕とうとうクロードコードを覚えて
クロードね
それを見に行って
スプレッドシート見に行って
縦軸を見て
今日と明日と明後日の内容とか
左の軸に書いてあるから
それをGoogleカレンダーの僕のやつとともに
朝の6時にメールしてくれみたいなことを
一生懸命それをやって
わかりますね
管理するようにして
それもやりました僕
それで今日これかみたいなので
ある程度一々周りの情報を遮断して
クロードが言ってくれるそれだけに
集中するみたいな
僕もでも正直ジェミニーより
クロードの方が優秀やなと思うんですけど
クロードが冷たいんですよ
まあアホやしね
短めの文とかが多くて
節約するために多分そうしてますけど
ジェミニーの方が優しいから
最近ジェミニーしてて
でもクロードの方が明らかに優秀なんですよ
行動とか
なんせ
全部連携すると
データ触れるじゃないですか
そうなんですよコワークとかね
データ触ってくれたら
ワードをゼロから作れるじゃないですか
あとやっぱ資料パワーボックス
作るのとかめっちゃ楽ですけど
ただ僕ねやっぱね
ごめんなさい単純な話で
デジタルが最近またダメになってきた
なるほど
画面RGBがダメなんですよ
もう終わりCMI系とかグレースケールの
手でじゃあもうやることみたいなね
もう分かったんですけど
僕1日1タスクしかできないんですよ
なるほど
それは普通なんだけどね
完了させられるのはそれだけ
いろいろ細かいのはやるけど
もうそれだけ書こうと思って
タスクが多いっていうのは多動ですか?
やっぱそこで
そうなんですよ
書き出すともういくつもあるんですよ
今の時点でも20個ぐらいバーってあって
このイベントのこれやんなきゃとか
これチラシすんなきゃとか
クライアントのこれやんなきゃとか
分かります
あるんですけど
それが自分に対する十字架というか
重りになるんですよ
ここら辺にあるわと思うだけで
全然安眠できないっていう
僕もタブで
クロードコードのタブ
あれなんていうの
Vなんとかっていうその
クロードコードって
めっちゃ真っ黒の画面でやんねんけど
そうせずに
普通のクロードみたいな画面にできるように
VSなんとかみたいな
VSコードですか
VSコード
あれマイクロソフトの
違うか
なんかクロードコード上で動いてんねんけど
分かりました
黒くないやつ
それでやったらタブがいっぱい出せるんですよ
だから僕4つとか5つとか同時に動かして
あれもやってこれもやってってやってるけど
結局1日何も終わらないっていうことは
いっぱいあるじゃないですか
修正ばっか言ってるから
自分で書いたほうがいいやんみたいな
けどそんなに辛くなくて
僕はどっちみち
もう前日にならない
火つかない
焦らへんので
結局だらだらしちゃうわけです
で
もう直前になって焦って徹夜するみたいな
なんかもうそんなんやから
もうどうせこんなんやわみたいな
それは体力とか
心に大丈夫だったら
そのスタイルのほうが
自分になってたらそのほうがいいですよね
っていうのはありますよね
自分自己肯定感さえあれば
めっちゃそうだと思うんですよ
自己肯定感があればこんなこと
何にも問題ないのにみたいな
そうなんですよね
売ってないかなと思ってます
自己肯定感
それはあれですよ
多分輸入とかしないと
手に入らない薬の一種だと思うんですけど
自己肯定感が低いから
みんなこうなるわけじゃないですか
本当そうですよ
それさえあれば何ら問題ないかな
でもやっぱこれは本当に思うんですけど
やっぱそれこそ
気引っこ抜いてたらいいやものだったと思うんで
足したみたいに
やっぱね
フィジカルのものを作ってないとか
僕の場合
完成させられないってことが結構
自己肯定感に関わるなって
すごい思ってるんですよ
だからほんとちっちゃくても
作り終えるみたいなのが
ほんと毎日ないのが
結構しんどいのかなっていうのは
最近すごく思うんですよ
なんかしかかり中のものが
いっぱいある感じなんですよね
なるほどなるほど
僕も各学校って初めて
昨日か一昨日か
第4期始まって
2人なんですけど
2人とか3人でやってるんですけど
けどこれめちゃめちゃやってよかったと思って
あれは明らかに
ここのジーンスクールを勝ってるんやけど
やっぱね
生徒を持つっていうのは
ちょっと楽になるというか
もうね
無条件で愛せるでしょう
生徒のこと
それは分かります
分かりますって誰か
でも分かります
これが仕事の
広報とかで関わってる人の
なんか人が
挙げてきた原稿やったら
は?みたいに言うねんけど
どういうことですかみたいになんねんけど
それ仕事もらってんのにね
なんか腹立つんやけど
でも自分の各学校の生徒に関しては
もう
無条件で愛せるというか
分かります
その書き方は分かります
でもみたいな
ここもう1個踏み込みませんみたいな
すごい分かる
メーハートでしゃべれるんですよ
自分の生徒やと思える
それめっちゃ分かる
僕も全然面倒見というか
サービスマンとしての編集者とディレクターへの進化
あんま丁寧な方じゃないと思うんですけど
めちゃくちゃやっぱ毎回
すっごい刺さるんですよ
スラックとかに来た時に
ここ悩んでますとか来た時に
グーって来て
辛いんだけど
でもめっちゃこれ分かるから
こうしたらどうですか
とかなるんですよ
文章でそれが現れてるか分かんないけど
でもやっぱり根本に
やっぱせばやきじゃないですか
それがもう性質じゃないですか
好かれたいというか
相手の
相手がやったに頼まれて
それを達成することしか
もう喜びないみたいな
そうなんですよ
分かり身しかないんですけど
自分がないのよね
やっぱサービスマンなんですよ
全く自分で何したらよくない
サービスマンなのに
あなたのサービスいりません
って言われてるような状態が
ずっと続いてる感じ
これなんだと思うんですよね
たぶん原因は
期待頼られたりするのが
やっぱ気持ちいい
地域のこととかで
僕がやっぱりこの相打つになっていくのは
地域のことやりだしてからなんですよ
地域のことやりだすと
頼まれる
だから一番喜んでやる
でも
求めてない感じが出たりとか
逆に頼むと申し訳ながら
荒れてしまう
当然普通に地域のことやから
無料で言われるわけじゃないですか
でもね
全然あんまりお金気にしてない
こんなのやってほしいねって
やるみたいな感じあるじゃないですか
でも気使われてるとか
あるいはやりすぎて
そこまで頼んでない
だって無料だからみたいなことで
ずるずっていくことがあったと思うんですが
教室で教える分には
お互いお金払ってるから
それがないから
何本一生懸命教えても
向こうも嫌じゃないじゃないですか
サービスがどんどん良くなるっていう
だからやりやすいし
愛情を持てる
でも僕も確かに
あった1時間半ぐらいの時しか
別にないねんけど
でもその時めっちゃ一生懸命やれるというか
そうかもしれない
ありがとうみたいな
だから教室はいいなと思って
でもやっぱさっき作るってこと言ったんですけど
やっぱ無形なんだろうなと思うんですよね
自分が作っているものとか
編集者って多分形になるものもあると思うんですけど
さっきおっしゃってたみたいに
イベントだったり
場の空気というか会話とか
いろんなものがあった時に
そうなんですよね
そういうサービスなんだなって
サービスできてないことかな
エディターって絶対
もう絶対
エディターイコール本みたいなことではない
ないですよね
やっぱり
その場を
その場を
だからディレクションなんですよ
だんだんだんだん
この区分けが
昔できた区分けが
また
2000年代ぐらいまで
細かく
肩書きが分かれてきたけど
また引っ付いていく
一人がやること増えてるじゃないですか
僕が広報やってる会社でも
営業の子が
広報的なことやったり
インスタもやらされたり
写真撮ってるとかね
当然どこも引っ張る
だからやっぱやる
言葉の枠が
事業領域みたいなのが増えていってるから
そういう意味で
編集と
ディレクターとかプロデューサーと一緒で
お金のこと考えなあかんから編集は
だからプロデューサーでもあるし
ディレクションせえなあかんし
だから
広い意味で
ディレクターなんですよ
場をディレクションするのを
横書きが嫌いだから編集って言ってる
ことだと思うんです
だからイベントとかするのは
全然間違ってないし
それでいいんだと思う
これはあるあるだと思うんですけど
集客の悩みと「構ってちゃん」心理
イベントの集客ってしんどくないですか
全然ですよ
ですよね
僕イベント告知も苦手なんですよ
同時に人が集まらないとか
そういうのをずっと考え続けるの
すっごいしんどくて
逆にスクールとかだと
もう一回集まってから始まるじゃないですか
その感じ全然違いますよね
ゼロでも別に飛ばしたらええよ
とか思ったら
いけるかと思うし
集客は
集客もいくつか考えてて
悩みがあって
やっぱり西淀川
別に西淀川を草知るわけじゃなくて
最初に西淀川
事務所が西淀川なんで
西淀川でいろんなイベントしたんですよ
でもやっぱりそんなに人集まらなかったと
なんか
求められてる気がせえへんかったんですよ
なんかこう
なんかやってる
僕は面白がってるけど
ちゃうんちゃうっていう感じがあるのか
なんとなく
その時の自分の感じやから
正しいかどうかは別に
ギャップがあって
7,8人のお客さんの時に
トークイベントやって
8人ぐらいやった時に
やめよと思ったんですよ
ほんまにやめたんですよ
で
重曹で
平行してやってたんですよね
重曹は淀川区なんですけど
僕生まれも育ちも淀川区で
今も淀川区民なんで淀川区でもやって
で重曹も
同じように8人ぐらいやるんやけど
あんまりやめ
よと思わなかったのは
なんなんだろうと思ったら
重曹に来てくれるお客さん
は割かし
なんかその
ちょっと見える形で
レスポンス
というかなんていうの
リアクションがあったんですよ
面白かったですとか
行きますとか
今度こういう重曹の
NPOの
取り組みの一つに
入りますかとか
リアクションが
それが
そうなってくると客少なくても
あんまり嫌じゃなくなってくる
最後この前は4人とかしか居れへんかったんやけど
別に全然嫌じゃなかった
だからなんか
それもたまたまのきっかけで
その来たお客さんのうちの
多分3人ぐらいが
割とインスタとかで
言ってくれるタイプの人だっただけ
なんだけど
たまたまそうじゃない
ところでやってた人はそういう人が
少なかったから変に
こっちが悪く考えて
なんていうかやめるって
言ったらなんか言ってくれるかなって
要は構ってちゃうなわけですよ
で構ってちゃうんやったけど
別に言ってくれるタイプの人じゃないから
みんな言ってくれへんから
ほんまにやめちゃった
で与党側でやったら
割と言う人がいたから
なんか行きますとか
言ってくれるから
ちょっとそれだけで
結局総宇通大学の
理屈で
期待されたら楽しい
から期待がなかったら
ほんましんどいから
そうなんですよね
いくらでもお立ててほしいですよね
そうなんです
お金とかじゃないね
でも変に
褒められたらつらいね
褒められ慣れてないから
すごいよかったとか言われたら
そこまでは別に
大したことじゃないんです
自分でも自覚してるんですけど
めんどくさいじゃないですか
自分の説明書みたいなものを
うまく開示できないっていうか
褒めすぎても
大変だし
褒められ慣れてないんで
かといってこれには気づいてほしい
みたいなのがあって
それめんどくさいよなとは思うんですよね
褒められ慣れてないけど
ほんまはありがとうございますと言わなきゃ
もう癖で
いやいやって言っちゃう
わかるんですよ
当然みんなのいろんな日常があって
この一瞬に
しかもそれが別に
悪気とかじゃないことも
わかってるんだけどっていう
でも涙出るくらい
しんどいですからねこっちは
もうぐわーってなってきて
はーってなって
なんか一人で上見てぼーっとして
一人で居酒屋行って
なんかはーみたいな
でその居酒屋も
みんなが通る道やね
そういう重曹民たちが通る道の
窓側の
とこで飲んでんねん
それは見つけてほしいねん
すっごいかまってちゃうんじゃないですか
そこまでわかってんねん
自分でここに育ってる理由も
理由わかってるけど
どうせ見つけられへんこともわかってんねん
せやのに
そうしてしまう自分みたいなのがあって
なんか
かまってちゃいややな
もうちょっと優しくしてほしいですね
AIツール活用と仕事の進め方
いやなんか
仲間が欲しい
でもこれ
これほんと思うんすけど
そこで僕の中で
右上とかに
悪魔と天使みたいな感じで出てくるのが
あずまひろきさん
が出てきて
言論選挙を読まれましたよね
であの
従業員を仲間が欲しくて始めてた
俺はダメだったんだみたいなことが
僕の中で呪いみたいなフレーズ
呪いっていうのねあずまさんにしてるやつけど
そうなっちゃうんだっていうのがずっとあって
なんかそれもありますよね
なんか僕も今めっちゃ思ってて
一人だと集中できないから
コワーキングみたいにしようかなとか
思うけど逆に人いたら集中できないときが
結構多いんですよ
それで人を巻き込んでも良くないし
仲間欲しいけどみたいな
難しいっすよね
僕人一回雇ってて
昔独立したのに
でやっぱ失敗して
3ヶ月ぐらいで鬱業になりましたと
言わせてやめさせた
やめた
ぐらい偉そうにしてたんだと
今思えば思いますけど
人とうまくやってくのは
立場が違う
そうですよね
僕はこの半年やっぱり
事務所にほとんど
あんま行けてない
1日の2、3時間
あとはカフェをうろうろして
それはやっぱり
カフェとかにおったら
みんながわーわーなってるからやれるし
まだ
そうなんですよ
あんまり仕事が
AIもあって
むちゃくちゃ根詰めて
脳みそをそこにいって
コピー考えなあかんとかってなってないじゃないですか
ちょっと作業が多いじゃないですか
だから余計に
カフェでやりやすいので
カフェとあと僕
ビズスポット
東京たまに
出張みたいなのあるんで
で東京で
なんかの話が終わったら
そっからどこで仕事しよう
ってなった時に
探してコワーキング探すのに
ビズスポットアプリがいいんやってことに
分かって
で結局こっちでも
ちょっとあったらビズスポット探して
でピッと行って
コワーキングで3時間
あれで
あれが多いんで
オンライン会議みたいな
広報系の仕事だと
ある意味どこにいてもいい
あれを使ってます
そうなんですよね
人の雑踏の中で
寂しくない状況を
作って
仕事するみたいな
そこのバランスですよね
最近すごく思いました
こんな心やから
しゃあないでみたいな
会社員は絶対ダメなんだけど
会社に通わないから
しんどいのも分かってんですよ
あの空間で働くから
集中できたりとか
そこが難しいですよね
コワーキングみたいなの
偶然の出会いと自己肯定感
バランスがいいし
カフェみたいなのも
マクドとか
分かります
いいなと思うのと
僕が行くマクドとかも
みんなが
地域でイベントやってる時の
知ってる人とかが来そうなとこ
狙ってるのわざと
それが自分で
あと無意識に
でもそれは自分の安心ポイントなんですよね
なんかそういうとこで
出会いたいって思ってるんですよ
でああみたいな
それを
でもそれは偶然ちゃうやん
お前狙って行ってくれみたいな話
でもじゃあ
そういう人が行くとこに
そのまま行けばいいんだけど
それはちゃうみたいな
たまたま出会いたいみたいなことで
それ面白いな
だからもう構ってちゃうんとか
確かにな
すごいねんけど
じゃあもっといろんなことを
委ねていけばいいやんって言われる
たりもするねんけど
要遷
めっちゃ分かります
いっぱい誘われたらちょっと無理
そうなんですよ僕もグループチャットとか
苦手だし
通知が全部恐ろしいから無理なんですけど
ごめんなさい
なんか僕めっちゃ話し込んで
普通に
時間になっちゃった
またぜひ話を聞かせてください
ありがとうございます
45:37
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