ネットが普及した今、ありとあらゆる作品についての考察・解説が蔓延っている。
あなたは見たい派?それとも見たくない派?
感想
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サマリー
今回のエピソードでは、「作品の考察・解説を見たい派か、見たくない派か」というテーマについて、パーソナリティのバーティーさんとアイラさんが自身の考えを語り合いました。結論から言うと、二人は共に「見たい派」であり、作品をより深く理解し、楽しみ方を広げるために考察や解説を読むことを肯定しています。特に、アート寄りの作品や、作者の意図が掴みにくい作品に対しては、他者の解釈に触れることで新たな発見があり、それが楽しみ方の一つになると感じています。一方で、考察が過熱しすぎると、本来の作品の面白さが損なわれる可能性や、作者の意図とは異なる解釈が広まることへの懸念も示されました。特に、完結していない作品や、作者自身が読者の裏をかくことを楽しむような作品においては、考察が必ずしも有益ではない場合があるという意見も出ました。また、考察記事の「解像度の低さ」、つまり当たり前のことを解説しているだけの記事に対する不満や、音楽の歌詞の考察における同様の問題点についても言及されました。最終的には、作品の楽しみ方は人それぞれであり、自分の好きなように解釈することが最も重要であるという結論に至りましたが、考察を読むことで作品への解像度が高まり、より深く楽しめる場合があることも示唆されました。
オープニングと前回の振り返り
はい、どうもお疲れ様でーす。
お疲れ様でーす。すいません、ちょっと。
しょっぱながら引っかかったね。
なんかね、のどが、すいません。
脱線おじさんズのバッチリです。
アイラです。
よろしくお願いします。
すいません、最初から。
俺もちょっとカットせず、このままいきましょう。
面白いんで、すいません。
ということで、前回がですね、
シャープ100&2周年記念ということで、
オンライン公開収録というものをいたしました。
いやー、楽しかった。
楽しかったですね。
めっちゃ楽しかったです、ほんまに。
もちろん、参加していただいたはみだしずの皆さんもね、ありがとうございます。
本当にありがとうございました。
多分、タイミング合わずにっていう方もね、いらっしゃったかと思うんで、
またね、ちょっと楽しかったんで、何かの檻にできたらとは思うので、
前回参加できなかったはみだしずの皆様も日頃からね、ありがとうございますと。
ありがとうございます。
そんなところであります。
そして、何から話そうかな。
いったん、今回バーティー2から3で酔ってるところです。
あれ何時でしたっけ、僕にLINEが来たのは。
3時過ぎぐらいじゃないかな。
2時35分。
あー、もうちょい早かったな。
酔っ払い警報というLINEが来ておりまして、
その1時間後ぐらいかな、3時半ぐらいに大丈夫っすみたいなのが来てたので、
今回のテーマ提起:作品の考察・解説を見たい派?見たくない派?
意外と僕も3から4ぐらいかなと思ってたんですけど、
ちょっと回復された感じですね。
そう、まあなんとかね。
それこそね、前回のを聞いていただいたらわかるかもですけど、
バタカブちゃんを召集するか迷うところだったんですけどね。
これは一人でセッティングしてできる範囲だなと思って。
そうですね。
望んでおります。
よかったです。
僕は思っていれば8ぐらいの状態で1回収録。
そうですね。
をしたいなと思ってるんですけど。
8ぐらいの時はちょっとバタカブちゃんを召集して。
そうですね、前回のね、100回記念の方にも来てくださいましたけど。
そうですね、僕とオフラインでもそもそも繋がりがあるはみ出し図ということで。
僕本当に喋ったの前回初めてですけど、かなり楽しいキャラクターをされてるなと。
そうなんですよ。
理解あるはみ出し図なんで。
素敵な方だなというのは分かったので、
ぜひ何かの檻にまた一緒にお喋りしたいなとかつて思いました。
バタカブちゃん今回も聞いてたら、ベロンベロンの時にはよろしくお願いします。
お願いします。
そして、今回はですね、番組へのお便りという感じではないんですけれども、
ちょっとね、我々に個人的にお便りという形で連絡をくださったところもありますので、
番組内では紹介しませんけれども、他にお伝えする場面がないので、
うたさん、お便りちゃんと読みましたよということだけ伝えようかなと。
これをね、たとえばXのDMとかで、
読んだよ!赤びっくりマーク!とかやっちゃうとね、
いろいろ問題が生じるじゃないですか。
肝おじさんになっちゃうね。
前回もちょっと話題に出ましたけど。
なので、害を与えないように番組内で、
ご報告だけはちゃんと我々受け取ってますよということだけお知らせしておこうかなと。
ちゃんと読みました。
読ませていただきました。ありがとうございます。
ありがとうございます。
ということで、シャープ100&2周年も過ぎましたので、
今回から平常運転でいこうかなと思います。
今回はですね、私バーティーの方からテーマを出させていただきたいなと思います。
お願いします。
今回のテーマ、作品の解説とか考察、見たい派、見たくない派ということで、
お話をしていきたいなと。
なるほど。
作品というのも、音楽であったり、映画であったり、漫画であったり、
いろんなありとあらゆるコンテンツがありますけれども、
近年の情報がいろんなネットの海に転がっている時代ということを踏まえますと、
それの解説的なことであったり、考察的なことであったり、
ブログだったりとか、そういうものが無数に転がってたりしますけれども、
これをですね、見たい派と見たくない派というと思うんですよ。
自分が受け取ったままで、自分の中で落とし込んでという方と、
これはどういう意味だったのかみたいな他の意見というものも聞いてみたいという方と。
で、これどちら派かなっていうのをちょっと喋ってみたいなと思って、
なるほど。
提案させていただきましたが、
じゃあまずエラ君いかがですか?
これ本当多分僕バーティさんと真っ二つに意見が分かれそうだなって薄々思いながら言うんですけど、
僕は完全に見たい派です。
じゃあこれちょっとバーティの方も言いましょう。
バーティ見たい派です。
あ、珍しい。
これ珍しいパターンですね。
珍しいですね。これ僕バーティさん見たくない派だと勝手に思ってたんですけど。
これね、僕見たい派なんですよ。
それはじゃあもう完全一致ですね。
身近なところで言うと、前回もちょっと声出演してもらいましたけど、
うちの嫁のユミちゃんは知りたくない派らしいですよ。
そうなんですね。
我々もですし世の人々ってどうなのかなとかちょっと思って。
これ本当に中間があんまりいなくて、
本当に綺麗にどっちかに分かれそうな気がしますけどね。
そうね。
見たくないですか?
僕見たいんですよね。
それでもめっちゃ分かりますわ。
僕に関して言うといくつか見ますね。
僕も何個も見ます。
何個もっていうか探せる限りを見ます。
例えば、映画とかを見たときに、
僕下手したらエンドロールぐらいのときに、
映画館じゃないですよ、家でテレビで映画とか見てたときに、
もうエンドロールが流れてるぐらいで僕も考察を調べてます。
でも俺もその傾向にあるわ。
作品のスタンスにもよるんですけどね。
結構エンターテイメントゼンブリみたいな
分かりやすさとかそういうことになってくるとそうでもないんですけど、
アート寄りの作品とかで言うと、
シンプルに意味分かんなかったりするものが多々あるんですよ。
分かります。
ふわっとした感想はある。
何か知らないけど何か良かったなぐらいなものはあるんですけど、
じゃあこれが何を世に訴えたかったのかとかが
さっぱり読み取れないことって結構多々あって。
分かります。めっちゃあります。
これやっぱり気になってしまって、
誰かしらの考察なり解説なりっていうのをいくつか読んだりすると、
自分の中でなるほどね感があって、正しいかどうかさておき、
なるほど、そういう考え方もあるねみたいな方が僕は好きだったりするんですよね。
見たい派としての意見と理由
楽しみ方として。
逆にこっちの時間はめっちゃ楽しくないですか?
だったりするかも。
これってこうだったんやが分かった瞬間って、
結構映画見てる最中と同じぐらい楽しくないですか?
そうなんですよ。
それはめっちゃあります、確かに。
これもこの番組内でもちらほら言ってるかもしれないですけど、
僕が結構ここ最近アニメをねすごい見てて、
っていうのもあって、結構そういう機会が増えてて、
あーそうか。
これ他の方どうなんだろうとかっていうので、
ちょっとテーマ出させてもらったんですよね。
いやでも確かに最近アニメも結構テーマこだわってたりとか、
隠れたメッセージとかそういうのが多いですもんね。
そうなんですよ。
それは確かに。
作者自身がね、それを分かって欲しくて補足しているパターンもあるし、
そういう風にファンが予白の部分であれこれ想像してっていうパターンもあったりすると思うんですけど、
自分が見つけれてない取りこぼしとかがあるとかいうのがむずかゆい方であるんですよ。
はいはいはいはいはい。
ふとあの時のあの描写ってどういうことやったんやろうとか、
あれ何の意味があったんだろうみたいなのを、
そのままほっとくみたいなのが気持ち悪くて、
とかで調べちゃうのはあるですね。
いやそれは本当にわかりますマジで。
まあちょっと唯一バーティーさんとちょっと違うかなって思うのは、
僕結構あのエンターテイメント売りの映画だとしても、
調べちゃう癖はちょっとありますね。
単純に僕のこうあんまりあのなんて言うんですか、
頭がよろしくないかもしれないけど、
あのなんかほんまに単純になんかこう、
結局なんかあれ誰だったんだみたいなのがわかんなくなることがあって、
でもこの番組でも何回も言ってますけど、
僕スパイ映画が大好きで、
あんなんでも結構すぐ調べちゃいますね、
終わった後に。
あの登場人物は結局誰だったんだとか、
結局何が原因で誰がどうなったんだろうみたいなのが、
さっぱりわかんない時があって、
見る意味あんのかって思いますけど、
それを調べてるとさっきバーティーさんが言ってたみたいに、
この場面ってそういう意味だったんだみたいなのが、
ポロポロ付属的に出てくるので、
二度おいしいみたいな。
2回目見てもそれでなんかより楽しめるみたいな、
そういうのがやっぱりありますよね。
そうなんすよね。
いやもう考察大好き。
じゃあこれちょっと違う観点で、
今で言うと何かしら自分が一旦鑑賞したものについて、
補足とかいう意味でのお話をしてるじゃないですか。
一番最近でわかりやすいので、
ワンピースの考察YouTuberとかってめっちゃいるんですよね。
ワンピースってまだ完結してないじゃないですか。
現時点でのこれまでの情報とかを元に、
それこそワンピースとはこれなんじゃないかとか、
まだ能力が明らかになってないキャラクターの、
あいつは実は○○飲み送ってるんじゃないかみたいな動画とか、
未来に向けての考察も結構あるじゃないですか。
これに関してはどうですか。
えっと正直言うと結構昔見てたんですよ。
ワンピースの考察系YouTuberさんの動画。
でも最近見なくなりました。
これワンピースに関してだけの特別な感情かもしれないんですけど、
ワンピースに関しては考察すること自体が、
なんか無駄ではないけど、
僕今までワンピース読んできて、
織田先生って結構読者の裏を書くのが好きな人だと思うんですよ。
なんか斜め上を行くのが好きみたいな。
だから多分僕らが考察したところで、
それのおそらく斜め上を来るから、
考察しても意味あんのかなっていう感情が湧いてきちゃって。
ワンピースに関しては僕見るのやめちゃいました。
今日すごいな。そこも僕完全一致なんですよね。
ほんとですか。すごい珍しいわ。
僕も元々めっちゃ見てたんですよ。
本編よりそっち見るぐらいに見てたんですけど、
ちょっとそっちの方の加速がすごいなみたいなのもあって、
僕もそうなんですよ。
織田先生自身が考察されるのあんま好きじゃないみたいな、
言われて、そっからちょっと
考察系YouTuberさん自体が減っちゃったみたいなのは多分あると思うんですけど、
それを置いといたとしても、
ワンピースの考察はあんま面白くないなと思っちゃって。
そうなんですよね。一時期僕もめっちゃ見てたんですけど。
はいはいはいはい。
結構、僕名前出していいかわかんないですけど、
ゆでろんさんとか、
こやっきぃさんとかね。
僕ドロピザさんですね。
ドロピザさんもよくやられてます。今もやってんのかな。
多分やってるっすね。
多分、でもこれ言ったら読んでない人ネタバレになっちゃうから言わないけど、
あるタイミングからあんま面白くなくなっちゃった感じがありますね。
ここバランスむずいっすよね。
そうなんすよね。
結構、作品に関してこういうふうに、
ああじゃない、こうじゃないって考察なり、
意見なりが出る余白を作るっていうのは、
すごい大事だと思うんですよ。
だけど、みたいなバランスのところもあって。
なんか僕今喋っててちょっと思ったんですけど、
他の作品は、
漠然とテーマがこれですってあんまり言わないじゃないですか。
例えば、この映画はこれが言いたいんですって
前面に言ってる作品ってあんまりないじゃないですか。
でもワンピースってめちゃくちゃそれ分かりやすくて、
もう最終ゴールはワンピースって決まってるじゃないですか。
海賊王になる。
ワンピースとは一体何ぞやが、
漫画の根本的なテーマとしてある中で、
それがある中でわざわざワンピースが何なのかとか、
他の考察をしていくのが、
それって違うんじゃないかみたいな、
そういう感じなのかもしれないですね。
考察すべきじゃないっていうか、
考察しない方が面白いものをわざわざ考察しちゃってるんじゃないかっていう気持ちが、
個人的な意見なんであれですけど、
やっぱ見なくなっちゃったな。
僕も今お話聞いてて、
ふわっとよぎったやつですけど、
ワンピースに関してで言うと、
いずれは分かるじゃないですか。
ワンピースってそうだったんだとか、
海賊王になったんだみたいな話に着地が見えてるけど、
そういう類のものを予想するっていうのと、
ゴールまで行ったものの訳が分かんないとか、
ゴールがどこかも分かんないものに対して考察するのと、
またちょっと違うなと思って。
これの校舎の方の代表的なのがエヴァンゲリオンだと思うんですよ。
あれを明確に意味が分かる人って多分いないじゃないですか。
そもそも意味があるのかどうかも分からない。
みたいなことじゃないですか。
それを考察する分に、
だからそうだな。
考察みたいにちょっとくくっちゃったけど、
答えがないものに関して考察するのと、
ワンピースとかで言うと予想ですよね、あくまで。
そこで言うと当たってた外れてたみたいな評価軸になっちゃうし、
当たってたところで面白いのかどうかみたいなところにもなってくるし、
そうですね、ドヤって言うだけなんで。
本当に僕が言いたかったことを代弁してくださった。
答えがある、用意されてるものについてあれこれ考えるのと、
ワンピース考察への見解
そもそも答えがあるかどうかも分からないものについて勝手にあれこれ考えるのとでは、
どっちがいいか悪いかとかじゃなくて、
面白みとかが違うのかなって思います。
答えがいずれ出るものに関してで言うと、
期待値が上がっちゃったがゆえに、
本来普通に一人で楽しんでたら面白かったはずのものが、
考察の盛り上がりの割にぼちぼちな着地とかで、
微妙な評価みたいに勝手に手応えとしてなっちゃうみたいなのがあるなと思って。
これも具体例の方が分かりやすいと思うんで、
僕20世紀少年とかそうだったんですよ。
浦沢直樹さん。
であれはね、浦沢直樹先生本人も別にそういう、
誰がとか謎みたいなところって正直本題のつもりで書いてなくて、
だけど誰が正体なんだみたいな方で世間が盛り上がっちゃったから、
みたいなこと本人もおっしゃってたみたいですけど。
でその高まりの中で、
正体そんなないんや、みたいなちょっと勝手に、
こっちが期待して勝手に尻すぼんじゃって、
普通に面白い作品なのに、みたいなのはあるんですよね。
当時めっちゃ言われてましたもんねあれ。
結局正体それかよみたいな。
でも僕は正体はめっちゃ好きなんですけど、
だから多分それも正体が誰かを楽しみにして読んでた人と、
作品全体のテーマとしてどうかって見る人との違いだと。
でも20世紀少年に関してはあまりにも正体が誰だっていう方が、
ワクワクしすぎて、
実際あれ読んでた人ってそうだと思うんですよ。
そっちがめっちゃワクワクして、
リアルタイムで言うとそうやったよね。
逆転しちゃったっていうパターン。
多分珍しいと思うんですけど。
多分作品全体の情緒として見ると、
あの正体は僕はすごいなんかいいなって勝手に思っちゃったんですけど。
やっぱりその正体は誰だをメインにして、
エンターテイメントとして見ちゃうとちょっとやっぱり。
ですよね。
それこそエンターテイメントとアートの違いかもしれないですね。
20世紀少年に関しては。
そうね。
ワンピースに関してもその懸念が出始めたのもあるんですよね。
そうかもな。
別に途中までのワンピースの話って、
そんなに考察動向が出てない頃で言うと、
今もそうですけど、
シンプルにお話として面白いじゃないですか。
はいはいはい。
なのに今で言うと、
あれの正体は、あの能力の正体はとかっていう方で、
そっちはそっちで面白いんだけど、
そっちに軸いっちゃって、
本来ストーリーとしてそもそも面白いものなのに、
とかいう方が損なわれちゃうような気がしていて、
最近で言うと。
なんですよ。
もうね、まあ、
でも多分尾田先生は、
ワンピースの正体が何かはもう多分連載開始から決めてたっておっしゃってたので、
それがブレることはないとは思うんですけど、
でもその読んでる側からしたらそうなっちゃう可能性はちょっとあるかなと。
ちょっとなんかさっきの二十世紀少年みたいになんかこう逆転しちゃうというか、
どっちに重きを置いて楽しむのかが逆転しちゃうみたいなことがあるかもしれない。
そうなんですよね。
で言うと、別にその考察動向が盛り上がる前の時点までで、
普通にどうあれお話として面白いって読めてたものが、
なんかそっちの今の考察の方が高まっちゃった中で、
その考察の結果、答え合わせがどうだったのかの方に焦点があっちゃうのが、
ちょっと怖いというか。
だって多分日本一ハードル高くないですか今。
今ね。
その答え。
ね。
ワンピースが何なのかの答えのハードル異常なほど高くないですかもう。
で、こんだけ無数にそれ専門のYouTubeのチャンネルがいっぱいある中で、
全部の可能性を外すびっくりの答えって多分相当ないと思うんですよ。
いやないでしょう。
と思うんですけど、これをひっくり返されたら確かにちょっとびっくりですけど。
いやまあそうね。
まあね、でもなんか、
確かに昔はちょっとあの、本当に単純にストーリーとして楽しかったですけどね。
なんか読み方が変わっちゃったのかもしれないですけどね。
そうなんですよね。
でもそれで言うと、これを今語っている我々が考察好き派っていうね、個人的には。
そっち側のせいなんですかね。
自分でドツボにはまってる。
まあもちろん未来に向けてのものと完結したものをっていうのでね、違いはありますけど。
いやそうなんですよね。
なんかでも、僕らはそうとして、世間一般の流れとしてはどうなんでしょう。
いやどうなんだろう。
なんかでも今僕たびたび言ってますけど、そのノートとか、それこそ最近Xの方でも自分自身の考察を語ってみるとかっていう人って結構多いんじゃないかなと思っちゃうんですけど。
いやそうっすね。
そういう人が増えると、僕はひねくれ者なんで、いやもう考察とかじゃあもういいやってなっちゃう。
まあ確かにね。
逆に。
映画とかはなんか助かるんだけどな。
まあ基本的には完結してるからっすよね。
そうそうそうそう。
で、いったん自分の中でその物語の終わりまでを見届けた上で補足みたいなことをするもんね。
そうですね。
いやもうちょっと話変わるかもしれないけど、僕村上春樹さんが昔結構好きだったんですけど、
村上春樹さんの作品の謎を解くみたいな、謎解き村上春樹っていう新書が出てて、それめっちゃ好きだったんですよ。
この小説のこのフレーズはこれを実は意味しているとか、実はここで日付がここで逆転してるとか、なんかそういう隠された謎みたいなのがめっちゃ好きで。
小説とかの考察も僕結構好きなんですけど、どうですか?
いや、これね、前にちょっとその文学ネタで話したこともあったじゃないですか。
で、まあ僕も文学部だったんで、文学的に何らかの作品を研究するってそういう作業だったりするんですよね。
ここの観点に着目してこの作品を読み解いてみるとかになるんですが、で、面白いんですよ。
で、面白いんですが、ここちょっとややこしい話になるけど、それが必ずしも作者の意図と合致してるかはわかんないですよね。
で、作者としてそれが誰かにそういうふうに研究分析されて理解されたいものなのかとかにもよるじゃないですか。
まあ本当にそれは小説に限らず、作品を出す上での宿命かもしれないですけど、なんか作者は全然何にも考えずに書いたことが、
何か過剰な考察によって無理くり変な意味に紐付けられるとかいうのって絶対送るなと思ってるんで、それもわかりますね。
だから結構有名な話で、井上静香さんかな、ご自身の作品がもしかテスト化に題材とされてて、この時のこの気持ちを答えようみたいな、作者ご本人が間違えちゃったみたいな。
いやあると思いますね。
作者からするとこうだよっていう正解が、でも作者が間違えるってことは、作者の意図とはそぐわない解釈をしてるってことになるからね。
その問題は絶対つきまといますよね。
それこそアートなのかエンタメなのかみたいな目的にもよるんですよね。何かを伝えたいとか、こういうふうに解釈してほしいという意図の下作られているのか、
そういう間違いであろうがどうであろうが、いろんな方が思う解釈に委ねるみたいな目的なのか。
うん。
何か僕結構そこが作品の面白いところかなとも思っていて、
何か多分特にその小説とかって、何ていうか時代を越えてずっと残っていくようなものって、
ほんまに何かその時々の読む人とか、その時代の流れとか、多分読まれ方が全然変わってくると思うんですよね。
そうですね。
だからその当時はそういう読まれ方をしてほしいと作者は思ってなかったけど、何か100年後に読まれたら全然違う解釈をされて、
そうね。
みたいな、それってもしかしたら作者にとっては不本意なことかもしれないんですけど、
でも何かそれはそれで何か意味があるというか、
まあね。
何か新しい物語として読まれ直すみたいなのもあると思うんで、何かそういう面白さもあるかなとも思いつつ、
ただ僕が作者やったらめっちゃ嫌やろうなと思います。
ああ、そういうつもりではないみたいなね。
そうそうそうそう。
そうね。
なんかね、そういうのもありながらちょっとバランス難しいなと思うんですけど、
そうっすね。
なんか色々とその、ほんまに読み手に左右されるっていうのは、
作者にとっては頭の痛い話でもありありがたい話でもあり、多分両方でもあると思うんですけど。
ただでも何かを世に出すっていう時点で、そこの評価って作者以外の他者からの評価でしかないんですよね。
いや本当にそうだと思います。
いいも悪いもだし、どういう雰囲気とか、暗い明るいとかも通り手によるし。
そうですね。
まあ、色んな読み方をしていいとは思うんですけど、
まあそうっすね。
僕、一個だけ許せないことがあって。
はい。
いいっすか?
いいっすよ。
え、あの、これもしかして言ったことある?
僕、歌詞を読むのがすごい好きで。
あー、はいはいはい。
歌の歌詞。あれ、歌の歌詞の考察をするのが僕個人的に大好きなんで。
そもそもそういうポッドキャスト番組やってましたもんね。
もう一瞬でやめましたけど。
で、結構その、色んな人が書いてる歌詞の考察とか見るんですけど、
時々、明らかにお前何も考えてないやろみたいな解説、考察のなんかネットの記事出てくるんすよ。
うんうんうん。
なんか、この歌詞は恋人と会えない切なさをここでは書いてますねみたいな。
うんうんうん。
いや、それはそうやろみたいな。
いや、それ歌詞のそのまんまやんみたいな。
いや、別にいいんですけどその、考察っていうタイトルをつけてるのに、
そのなんか当たり前のこと書いて、
なんやこの時間みたいな。
あー、なるほどね。
それは僕ちょっと許せなくてすいません。
改造度問題ですね。
改造度問題。
あー。
そのまんまやんけ、書いてるっていうその。
なるほどなー。
それは考察じゃないやろって僕は勝手に思っちゃうんですけど。
考察の楽しみ方と落とし穴
そうだなー。
ま、これも本当その、別に評価とか考察に限らず、
もう色んな事象でこの改造度問題は出ますけどね。
いや、まあそうっすね。
あー。
だから、えっとこれもいいっちゃいいんですけど、
はい。
例えば僕がやっているバンドを、
はいはいはい。
ヘビメタとか言われる改造度もあるわけですよ。
あー、これもヘビーロック人間界隈あるあるですよね。
そうなんですよ。
もう激しい系音楽の方全般そうだと思うんですけど。
ヘビメタやってんでしょっていう。
そうそう。
あのちょっと激しいこういう感じので言ったら、
あ、ヘビメタみたいなやつみたいな。
いや、いいんですけど。
いいんですけど。
ヘビメタを馬鹿にしてるわけじゃなくて。
そうなんですよ。
そうなんですよね。
逆にヘビメタへの改造度が高いがゆえに、
お前が言うてるヘビメタっていう言葉の浅さたるやとか。
そうそうそうそう。
なっちゃうんですよね。
はい。
それはめっちゃあります。
そのバンドマンあるあるだと思うんですけど。
激しい音楽バンドマンあるあるで。
そうですね。
ヘビメタやってんだみたいな。
いや、ヘビメタではない。
ヘビメタの人にも失礼だし。
そうなんですよ。
そうなんですよ。
こっちはヘビメタという言葉に本来リスペクトがあるんで、
ヘビメタルという言葉に対してね。
そうですね。
そういう改造度の低さ問題みたいなのは。
いや、そうだな。
改造度が低いものを見るとちょっと器が小さいんですけど、
ちょっとイライラしちゃうというか。
でも、そうだな。俺もそうだな。
ヨネツさんのレモンっていう歌あるじゃないですか。
はいはいはい。
あれの歌詞が結構気になって、
レモン歌詞考察とかで調べてたんですけど、
ほんまにこの歌はレモンに何かの気持ちがこもってますねみたいなことが書いてあって。
いや、そうやろみたいな。
それはそう。
それを知りたくて調べたのに、
これはレモンに気持ちをたとえている歌ですねみたいに書いてあって、
いや、そうやろって。
ひどいな。
その改造度の低さをどうにかしてほしいなっていうのがあって、
もうちょっと深く、
間違っててもいいから自分の勝手な解釈を書いてほしいなっていうのはあります。
終盤にきてまたもう一息ややこしい話をするけど、
そうなるとですよ。
国語教育。
我々が日本人である以上、
主に母国語で基本的には過ごす。
という上でやっぱり国語教育大事だなと。
国語を学ぶっていうことがそこの改造度にもつながるなと思いきや、
さっき例に出したように、
作者の気持ちはどうかっていう問題を出す作文者が、
そもそも作者の意図を汲めてないとかいうこのパラドックス。
そうなんだよな。
国語教育って難しいですよね。
多分。
なんなら僕は全教科で一番重要度高いかなぐらい思ってるんですよ。
個人的に。
と思います。僕も思います。
だけどかなりそれこそ、
正しさの基準が一番曖昧な科目でもあるなとかも思って。
僕は大学生のとき塾講師やってたんですけど、アルバイトで。
国語が教えるの一番難しかったっすね。
いやーですよね。
解像度の低さ問題と国語教育
ほんとに。どう教えていいかわかんない。
できる子は問題なく教えなくてもできるし、
苦手な子はどう教えてもできないっていうその難しさありますよね。
そうですよ。
国語教育は確かに難しいだろうな。
でもあるんでしょうね。
プロの視点からするとこう教えたらいいっていうのは。
もちろんね。あると思いますけど。
でもそれこそ国語教育のプロフェッショナルの人が、
模試だったり入試の試験問題を作問するわけじゃないですか。
プロ中のプロの作問が作者の意図を汲めてない例が実際にあるとなると、
もういよいよわけわかんないですよね。
わけわかんないですね。
どうやるのが正解なのかがもうわかんないですけど。
ですよね。
そういう解釈の幅の広さみたいなことを伝えるのが真髄なのかもとか今何気に思ったんですけどね。
そうですね。だからこれ言うと本当に元も子もないかもしれないけど、
もしかしたら正解とかがあんまなくて、
とにかくたくさん読んで自分なりの考えを書くっていう練習というか、
経験が大切なのかもしれない。
そこに正解不正解つけちゃうからちょっと変なことになっちゃうかなとも思いますけどね。
これでもむずいな本当。書き手、読み手の解像度レベル差もあるから、
こちらがより自分の意思に近い解像度で伝えるために語彙だったりを得ようと。
でも読み手がそれこそ解像度低い方だったら逆に伝わらないとかになるし。
それは本当に難しい問題です。
むず。
国語の問題はたぶんすごく闇深いというか、
そうですね。闇深いですね。
もうちょっと果てしないな。
果てしないですね。
でも本当に珍しく僕とバーティさんの意見序盤ぴったりあったなっていう。
そうですね。
考察、僕バーティさん嫌いだと思ったんだけどな。
僕好きですね。
読まずに楽しむ方が面白いじゃんって思ってるタイプかなと思ったんですけど。
一旦は読まずに行く。
はいはいはい。
一旦真っさらで受け取って、その後の自分の中で腑に落ちないとことかを補足したいなと思って、
いろんな角度を調べる感じですね。
本当に僕もうちの奥さんはそういうの好きじゃないんで。
お互いそうか。
僕がエンドロールで調べてたら、え、もう見てんのみたいな。
そんな感じで言われますけどね。
でもめっちゃこのね、あれこれ喋った挙句のまとめとして一番ふさわしいまとめを言いますけど、
好きにしたらいいですよね。みんな。
いやそれは本当におのおのが読みたいようにやればいいと思います。
っていうことになっちゃうんですよね。
ただちょっと解像度を高めに読んだ方が面白いかなと思いますけど、
でもそれがそのままで読んで楽しい人もいるので、それはもう本当に人それぞれかなっていう感じはありますね。
ということで、みなさん好きにしてください。
好きに感じて好きに解釈してください。
変な終わり方。
ありがとうございました。
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