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物語の世界を広げる批評と編集【よすみの様子見#2】
2026-04-22 35:46

物語の世界を広げる批評と編集【よすみの様子見#2】

ジャンルレスで刺激的なマンガ作品をお届けしているよすみ編集部のPodcast番組。

マンガ研究者のトミヤマユキコ、そしてよすみ編集長の藁谷周太郎が、日々生まれ続けるコンテンツに飲み込まれる前に一度立ち止まって、すみの方からじっくり様子を窺いながら、次の一手を考える番組です。
 

第2回の様子見は『物語の世界を広げる批評と編集』
 

【出演】

トミヤマユキコ(マンガ研究者)

藁谷周太郎(よすみ編集部 編集長)
 

【構成・制作(放送作家)】

澤村太星
 

Produced by よすみ編集部


 

■おたより、感想はこちらから

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■マンガWEBサイトよすみ

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#よすみの様子見 #よすみPodcast

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サマリー

このエピソードでは、漫画研究者の富山由紀子氏とよすみ編集長の藁谷周太郎氏が、漫画作品の批評と編集について深く掘り下げています。まず、人気漫画『孤独のグルメ』を題材に、グルメ漫画という枠に収まらない作品の多面性を論じます。特に原作における「失敗」の描写が、読者の共感を呼び、作品のリアリティを高めている点を指摘します。単なる美味しさの描写に留まらず、主人公の失敗談が記憶に残る理由を分析し、グルメ漫画の新たな可能性を探ります。 次に、批評という行為そのものに焦点を当て、その重要性と誤解されがちな側面について語ります。批評は作品を上から目線で貶めるものではなく、作品の可能性を広げ、新たな視点を提供する創造的な営みであると主張します。特に、編集者は批評的な視点を持つことで、作家の新たな魅力を引き出し、より挑戦的な作品を生み出すことができると述べます。文学作品の批評経験から、作家自身も批評を歓迎し、自身の作品の多層的な読解を知る機会となることを紹介します。 最後に、批評は決して怖いものではなく、作品を深く読み込み、敬意を持って行うことで、作家や読者、そして編集者自身の成長に繋がることを強調します。読者に対しても、自身の批評心を大切にし、作品との向き合い方を深めることを推奨しています。

番組紹介と「孤独のグルメ」の魅力
よすみの様子見というわけで、漫画研究者の富山由紀子です。
よすみ編集部のポッドキャスト【よすみの様子見】第2回が始まりました。
この番組は、漫画研究者の私、富山と、よすみ編集部編集長の和良さんが日々生まれ続けるコンテンツに飲み込まれるその前に一度立ち止まって、
すみの方からじっくり様子を伺いながら、次の一手を考える番組です。
というわけで、和良さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
2回目になっちゃったよ、もう。
もう2回目ですか。
どうですか?
いや、おしゃべり楽しいんで、すごく楽しいんで、第1回もめっちゃベラベラ喋って、すごくいい気持ちです。
よすみって何?って思ってる人がいるかもしれないので、簡単にお願いします。
よすみ編集部はですね、漫画の編集部なんですけれども、ジャンルレスで刺激的な漫画作品を集めつつ、漫画を分析点にして文芸、映画、演劇、音楽、生活などのカルチャーを横断して影響する、挑戦をする編集部でございます。
はい。というわけで、いろんなことを漫画を核にしながら展開していくということと、よすみっていうぐらいですから、なんか真ん中の方にはいないっていう。
そうですね、隅っこにいるっていうニュアンスは絶対伝わってくれるかなっていう感じですよね。
隅っこの方から様子見していくということで、よろしくお願いします。
さて、今回ね、我々2人で様子見したいのは、孤独のグルメでございます。
大好きでございます。
孤独のグルメいいですね。
よすみの作品とも関係ない作品の話を2回目からしていきますよ。
そうですね、もう本当に、第1回の時にもお話ししたんですけど、基本的によすみっていうのは、いろんなところに越境したりとか、一丁紙したい編集部なんで、どんどんいろんなよすみ以外の作品を取り上げるつもりでございますので。
ちょっと打ち合わせでもね、いろんな作品の候補が出たけれども、我々よすみ大好き人間としては、孤独のグルメぜひ話させて欲しいということですよ。
一旦、もう様子見しつくしてる感じはありそうな感じですけどね、孤独のグルメ。
あまりにもね、有名、これを聞いてる方で知らない人がいないと思うけど、一応説明します?あらすじとか。
そうですね、一旦ちょっとどんな感じかは聞いておきたいですよね。
猪頭五郎というね、男がいますと。個人事業主ですかね?
そうですよね、なんか多分一人でなんか雑貨とかを集めてきて、クライアントさんお店とかやってる人に届けるみたいな、不思議な個人事業主がいて、彼がその仕事と仕事の合間とかに腹が減ったつって、自分の嗅覚でその街のなんかうまそうな店を見つけわしわしと食うと。
美味しかったみたいな感じになって。あと下校だよね。
そうなんですよね、お酒飲めないからご飯に集中するっていう。それもまたいいですよね。
っていう基本的にウーロン茶とかとともに一生懸命ご飯を食べて、満たされてまた仕事に戻って行ったりお家帰ったりするみたいなことをずっと繰り返している。特にテレビドラマのシリーズとかになってからもうそれを何シーズンやってんの?なんか映画とかにもなってたしね。
もうシーズン12くらいまでたしかありますよね。
という長寿番組であり、韓国とかでも人気があるつって。
あ、そうですよね。
向こうは特に一人ご飯を食べるのがなかなかハードルが高いカルチャーだそうで、一人でもぐもぐ食べてるゴロウさんすごい最高みたいな。
フランスもそうですよね。その劇場は確か韓国とパリに行ったのかな。
なるほどね。
フランスもやっぱその固食の文化がないんですよ。だからご飯食べるって誰かと食べなきゃいけないから日本に来るとやっぱ感動するらしいですね。一人で飯食えるみたいな。
いいんだ!みたいな。
そういうのも孤独のグルメが日本でこんなに人気あるのはやっぱそういう食文化には密接に関わってますよね。
今回我々はこれを、この作品をですよ、大好きなんだけど、なんかグルメ漫画じゃないんじゃないかみたいな。
グルメ漫画だけに閉じ込めておくとなんか間違うのではないか。
孤独のグルメってやっぱグルメってついてるくらいだし、やっぱちょっとグルメ漫画の走りというかブームの元じゃないですか。
どうしても特にそのドラマ版だったりはやっぱり猪頭五郎役の松茂さんがめちゃくちゃうまそうに飯を食うっていうのでやっぱりこうお店の紹介になったりとかそういう文脈の作品と思われがちなんですけれども
本当にそうなのかって感じですよね。
原作をちょっと読んでみてほしいと。
そうですね。意外と原作を読んでドラマ版も見てっていう人はそんなに多くないんじゃないかなと思って。
ドラマ見てるけど実はその原作は読んでませんみたいな。結構いらっしゃるんじゃないかと。
読んでみたら結構びっくりしますよね。
もちろん美味しそうなご飯が出てくる回もあるんですよ。あるんですけど、原作を読んで何が一番心に残るかというと失敗した回なんですね。
本当に飯の失敗をあんなにも面白く書く漫画ないと思いますよね。
五郎さんがどっかにご飯食べに行って店主がバイトをすごいいびるみたいな。
そうですよね。中華料理屋だったから確か。
それで私知人友人と街を歩いてたらこの店がモデルらしいですよみたいな。
あるんだ。
だから美味しそうな店の紹介じゃなくて、孤独のグルメの中でバイトいびりしてたじゃないですかみたいな。
それのモデルの店ここらしいんですよみたいに言われて。そっちの方がでも嫌なんだけど見れて嬉しい。
確かにそういう聖地ですね。美味しいとかじゃなくて。
逆聖地。
あるんだ。あるんですね。
本当か分かんないよ。でも一応真顔で説明されたからネタじゃないと思ってるんだけど。
ご飯が上手に食べられなかったっていうか楽しい気持ちで食べ終わらなかったみたいな回の方がディテール忘れてるんだけど。
そうですよね。残ってますもんね。
「孤独のグルメ」における失敗の描写とリアリティ
僕も大好きな回いいですか?
どうぞ。
これもちょっとうろ覚えなんで間違ってる可能性あるかもしれないけど。
本当は多分この収録前に読み返すべきだったんですけど、あえてちょっと数年前に読んだ記憶で喋ってみるんですけど。
好きすぎて何回も読んでる。多分間違ってないはずなんですけど。
新幹線に出張で乗らなきゃいけなくなるんですけど。
乗車ギリギリで決めなきゃいけなくて。
シューマイ弁当を買おうとしたらシューマイ弁当が売り切れてたと。
どうしてもシューマイ食べたくて時間もないから悩んでる暇なくて。
真空パックシューマイを買うんですよ。頃は。
それを持って新幹線に乗ってちょっと一息ついて。
真空パックシューマイって紐を引っ張ると瞬間加熱するっていうやつがあって。
頃はそれを買ったんですね。
引っ張ったらもうブワーって湯気が一瞬で出て。
シューマイの独特の香りがもう車内に立ち込めるわけですよ。
みんながシューマイくせえなみたいな感じでちょっと騒ぎ始めちゃう。
誰だよシューマイ食ってるやつみたいな感じで。
ちょっとまずったなみたいな。
頃も走ったりとかしてたから息も焦りの気持ちがあって
真空パックのシューマイを食べ始めるんですよ。
もう匂いを消すために早く食べようみたいな。
だけどマジで熱いから口の中が火傷してウワーって。
とにかく周りの人たちが騒いでるから火の音を消さなきゃみたいな感じで。
証拠一滅だ。
味がわかんないながら激熱の真空シューマイを食うんですよ。
本当はシューマイで一息優雅な出張の帰りか行きか旅をしようと思ったのに
味がわかんなくて台無しなんですよ。
なんかうまくいかなかったなと思ってタバコに火をつけるんですよ。
当時は多分車内でタバコ吸える時代なんで
なんか嫌になっちゃうなと思ってゆっくりするためにタバコを吸って火をつけたら
後ろの親子連れのお母さんがニュって顔を出してきて
すみません子供がいるんでタバコやめてくださいって言って
すみませんみたいな感じでタバコをすぐ消して車窓を見ながら
なんだかなーって言って終わるんですよ。
これね最高だなと思って。
大好きな感じなんですよ。
失敗してる。
もう大失敗で味わかってないですよ。
でもここになんかその共感というか
誰しもがご飯で失敗しすぎてると思う。
なんなら僕成功率の方が低いと思ってるんですよ。
人生の中の食の失敗って。
同じシチュエーションじゃないかもしれないけど
ちょっと周りの目が気になっちゃったりとか
直にめっちゃ追われて駆け込んで味わかんなくてなんか残念みたいな
何回も経験してるからこそめっちゃわかるわみたいな
だけどシューマイ食いたくなってくるみたいな。
美味しいって言われてないのに
シンクパクシューマイを食いたくなるっていう
すごい漫画だと思うんですよね。
本当にそう失敗の方が心に残る。
だけどグルメ漫画だと思っているし
グルメ漫画ブームを牽引している作品でもあるし
でもみんな多分漫画が好きな人以外は原作があることももしかしたら知らないかもしれなくて
オリジナルのドラマシリーズかなぐらいに思っている人もいるかもしれなくて
多分ドラマの中だと失敗回ってないのかな?
あんまないと思いますね。
僕もシーズン最初の方とか追ってたんですけど
やっぱりどうしてもリアルのお店を行かなきゃいけないから
ディスれないじゃないですか。
だから大体成功するんですよ。
このグルメでも仕事の営業先で見つけたいい店に入ったら
これ当たりだみたいな感じで行くっていうのを毎回やって
これもリアルな映像で見た時には絶対いいと思うんですよね。
映像でなんかまずい飯出てきてとかになったりする
またそれは諸説あると思うんですけど
つらいかもね。
原作版は漫画だからこそちょっとそういう日常のリアルみたいな
だから今シュウマイもシチュエーションによって失敗しちゃったのもあるんですけど
いまいちいけてない飯が出される回も確かあったんですよ。
なんかちょっと思ってたのと違うなみたいな感じで
食べてまずくないけどいまいちかもみたいな感じで
げんなりして終わっちゃうみたいな回とかもあるんですよ。
これってやっぱドラマとか映画ではさすがに
なんか趣旨が変わっちゃうからできないと思うんですけどね。
孤独のグルメはそういう失敗みたいなのがいいなって思いますね。
漫画だからこそできるこの失敗の描写みたいなのは
映像だと多分ダメっていうかやらないでおきましょうってなるけど
漫画だとできるし
他の漫画でもさあるじゃないですか
例えばハチミツとクローバーで
すごい料理とお菓子が出てくるみたいな下りがあったって
登場人物たちがお菓子とか作るの大好きで作るんだけど
色っていうか別にこっちは白黒で見てんだけど
なんか色とか見た目とか匂いとかすごそうみたいなのが出てきて
でもなんかそれが記憶に残るというか
確かに
一般にはっていうか表に出ているところで言うと
なんとなくそのグルメ漫画っておいしそうであった方がいいとか
実際に食べようと思ったら実物が食べられる方がいいみたいな
ガイド的な
食べログ的な何かであった方がお得感があると思われてるような気もするし
あとはポルノ的なものとのつながりね
フードポルノみたいな食べる快感みたいな気持ちのつながりとか
そっちで語られがちなんですけど
実はもっとグルメ漫画って違うポテンシャルを持ってるような
特に漫画だとね
映像化される前の漫画のレベルだと
もっといろんなポテンシャルを持っているところがあるかなと
思うし
失敗回、まずそう回、しょぼい回みたいなものをこそ
なんか研究する人とかいないの?みたいな
思ったりは本当にするわ
なんか日常描写に近づいてくると思うんですよね失敗って
ご飯の失敗、そろそろ料理の失敗もあるし
物語としては
登場人物が高次な次元に至っていくみたいな物語がやっぱり
みんな好きだし
それがやっぱり売れていくと思うんですよね
成長していくみたいな
料理って成長として描ける部分もあるんですけど
なんかこうそんなことないと思う
毎日食べるから
いくら成長しててもミスる時あるしみたいな
お腹壊す時だってあるしみたいな
そこのリアリティを
やっぱりフィクションにおいては
割とこう車掌しちゃいがちななぁと思っていて
そういう意味でなんかちゃんと失敗を描いていくっていうところが
リアルな日常描写とか
そういうものに近づいていくのかなっていうのは
孤独のグルメを見て思うかなっていう
美味しいご飯って実は結構ファンタジーなんじゃないか
日常生活でそんなに毎日美味しいもん食えないでしょみたいな
食えないよ
美味しいんですけど
美味しいよ
美味しいけどなんていうかな
毎日人生が劇的に変わるほどの
美味いものは食えないと思うし
でもなんかその
今って結構ファストフードをエンタメとして楽しんでる
風潮とかもあったりとかするんで
こういう時に食べるマックはいいとか
それもなんか日常的な描写だなと思うんですよね
美味しいご飯というよりかは
やっぱ誰と食べるかとか
どういうシチュエーションで食べるかみたいな描写を
ポイントにするとどうしてもご飯そのものは失敗しちゃったりとか
いまいちだったりみたいなことは
意外とあるんじゃないかなっていうふうには思います
食漫画の歴史だとポイズンクッキング的な
下手者を作るヒロイン像とかよくありましたよね
それ結構古典というか
可愛らしくて女の子らしくて
でも料理作らせるとすっごいムズいものを作ってきて
だけどその子が好きだと我慢して食べる
みたいなくだりがあったりとか
ありますよね
これなんか漫画の中に組み込める一つの部品みたいな感じで
割と
テンプレットとしてありますよね
あるかもね
逆ってそんななくないですか
何逆って
男性がはちゃめちゃに料理失敗するみたいなのって
意外と武骨な男が作る料理意外とうまいですみたいな
そう
画体のいい人がさパティシエやってたりとか
そっちはあるじゃないですかギャップというか
何なんですかねあれは
やっぱり男すごい雑な言い方するけど
男は料理ができなくても意外性がないからじゃない
ああそうか普通だねってなっちゃう
普通だねみたいな
確かに確かに
どうせできないし洗い物しながら料理作んないから
作り終わった後シンクが大変なことになっておりみたいな
まあそうですよね
なんか失礼な話だよねでもね
よく考えたら
なんかそのテンプレっつうか変形
そうなんです
でもシェフとかめちゃくちゃ
めっちゃうまい料理作るので大体男キャラなんですよね
そうだよ
女性キャラでめっちゃ美味しいご飯作るキャラってあんまいなくて
大体でも家庭料理になっちゃうんですよ女性ヒロインが
お母さんみたいな
これがなんかちょっと根深いなって僕思うんですよね
確かに
シェフが男すぎるんですよみんな
確かに
でも家庭料理を男がするって描写あんまないんですよ
クッキングパパ?
クッキングパパとか
くらい
クッパパしか頑張ってないんじゃない?
あんな頑張ってんのに何回も出てて
未だに出てない
クッキングパパだけが頑張ってる
おいしんぼでもやっぱりこう
男の物語じゃないですかおいしんぼが
いやほんとそうですよ
そうなんですよ
これはなんかやっぱ男性社会なんだなと思うんですよね
そのシェフ業界というか料理業界も
なんか料理番組とか出ててもやっぱり
料理の鉄人とかだいたい男性じゃないですか
でもなんか料理は女がするものだみたいな
グルメ漫画のポテンシャルとジェンダー
昭和の価値観があったりして
鉄人の男たちがどうやってその偏見を突破したんだろうみたいな
感じありますよね
女性はだからその
家庭料理で失敗するっていう方法と
家庭料理で成功するっていう描写しかあんまりない気がして
レストランで成功しますみたいな物語って
あるんですかね
あるとは思うんですけど
そんなに多くはないですよね
っていうのとかも関わってきそうですよね
我々今なんか
批評みたいなことを
ふと気づいたらしてる
勢い余って
今なんでこの話を持ち出したかというと
批評は怖くないっていうことを
言いたいんですよ
こういうことが批評の入り口にあるわけですよ
好きな作品を読む
読み込む深掘りをする
周辺領域のこととかもちょっと考えたりすると
今みたいにあれみたいな
グルメ漫画とジェンダーみたいな
問題が出てきて
そうすると批評的な行為が立ち上がっていくんですけど
そうですね
なんか今批評って部が悪いじゃないですか
部が悪いですね
ずっと部が悪いですよね
ずっと部が悪いか
作品にその上から目線で物を言うみたいな
方向で捉えられがちだし
なんか辛いんだけどそれは
でもなんか分からないではないっていうか
作り手の人へのリスペクトがすごくある時代だと思うので
我々が批評みたいなことを言うと
いや作れもしないくせにみたいな
リスペクトがないみたいに思われる
そういう変な図式が結構できて
恐怖な感じがあるんだけど
実はその作品の可能性を押し開くみたいな
そうですね
やり方によってはですね
上から目線でいろいろ言っておしまいみたいな人もいるかもしれないけど
そういう人たちのことは一旦放っておいて
例えば今した話とかだと
今から食べ物がすごい好きで
食べ物漫画を描こうみたいに思ってる人が
今聞いたような話をうまくヒントにしてくれたら
やっぱり可愛い女の子がポイズンクッキングするみたいのは
もうやられてるからやめとこかなみたいなのとか
なんかこうひとひねり
そうですね
なんかできるかなって思うと
批評である作品を褒めたりけなしたりするだけではなくて
表現の可能性を押し開く方向に行ってほしいっていうか
言ってほしいなと思いつつ批評行為をしています
今の作品のディスとかじゃなくて
社会的にそういう価値観があるから
その社会に生きてる我々のアウトプットとして
こういう作品が生まれるよね
だから女性のシェフって少ないよねっていうのは
現実にそんなに多くはないから
漫画でもそういうのが描かれづらいみたいな着目から
じゃあちょっと新しいグルメ漫画を作ろうってなった時に
批評の重要性と誤解
女性シェフを主人公にしようってなった時に
とはいえ多分この企画を編集者にそのまま出したら
売れないよとか言われるんですよ
この売れないよは要はないからなんですよ
前例がないから売れなさそうだし
普通男のシェフが上を目指していく話とかは
こういうベンチマークの作品はこういうのがあって
やっぱそっちにした方が分かりやすいんじゃない?
みたいなことも言われるわけですよ
でも作家さんとかが表心を持っていれば
これ反論できるわけですよね
編集もまた編集長からそういうことを言われた時に
いや今の時代はこういうのが来てて
みたいなことで言えたりするわけですよ
編集長とか編集者とか
事例をつかんでる人たちってどうしても
今はこうだからこういうのをやった方がいいんじゃない?
ってやっぱり言った方がいいんですよね
やっぱ売れる確率が高い作品をやりたいじゃないですか
でも挑戦的なものもやりたいと思って
その時のツールとして
批評がめちゃくちゃ使えると思うし
だから僕は編集と批評って
本当に表裏一体だと思ってるというか
ほぼ同じ行為だと思ってるんですけど
前に下北沢のB&Bで2人でトークイベントやった時も
やっぱり批評心みたいなものがあった方が
編集行為っていうのはうまくいくんじゃないか
っていう話はされてましたね
なんか新人の作家さんで
なんでその作家さんがいいのかっていうのを
考える時とか
その作家さんを売れるように
編集者がアシストする時に
普通だったらこの作家さんは
ファンタジー描写がうまいから
例えばファンタジー当てようって
多くの編集者は思うかもしれないけど
自分はあえて現代物を当てますみたいな
このあえてに批評心が必要だと思って
闇雲にやったら
木をてらってるって思われたら終わりだもんね
一回出発点としては木をてらっていいんですけど
それを現実に足をつかすためには
めちゃくちゃその作家さんの作品を分析して
今の現実のこととか
社会のこととかを照らし合わせてみて
なんか一筋の道が見える
これが多分批評だと思って
だから編集って批評心があれば
全く違う作品を作家さんに提案できたりとか
さっき言ったみたいに編集長とか
作家さんだったら編集っていう
企画を選定する人に対して
真っ当な批評をすることで
黙らすことができる
確かにね
上司を納得させることができる
多分できると
確かになって言わせれば
ほら新しいもの必要じゃないですか
闇雲に思われたら
いや若いだけだよみたいな
僕も経験あるんで
あれなんですけど
批評心があれば
戦略も立てられるわけですよ
自分も闇雲にやってるわけじゃないから
例えばこういうプロモーションを打とうとか
この人はこういう描写が上手いから
例えばこの人に帯文をもらおうとか
いろいろ
これで全部批評的行為だと僕は思うんで
大事な視点だなと思いますね
批評もね
私は文学の批評
書評がほとんどですけど
文芸作品の批評みたいなことを
ちょろちょろやってたわけ
キャリアの最初の頃は
最初から漫画100%じゃなかったから
文学をやってた時代もあるので
そうすると
最初の頃すごく良かったなっていうか
この仕事続けていけそうだなと思ったのは
読者とかファンの側からすると
書評家とかがなんか上から目線で
なんか言ってるように見えるのかもしれない
見えるかもしれないんだけど
意外と作家さんは喜んでるっていうことがあって
つまり自分のテクストが
こんな風にも読めるのかとか
こんな風に読解される可能性があるのかとか
こんなジャンルとこんなテーマと接続して
読めるのかみたいなことが
私そんなこと考えてないから
ダメですじゃなくて
そんな風に読まれたら困ります
ほとんどいなくて
私のテクストってそんな重層性あったみたいな
そんなこと自分としては1ミリも考えてないけど
でも確かにそう読めると言われれば
そう読めるかみたいになった時に
作家と批評の関係性
結構喜んでくださる作家さんの方が多くて
なのでその作品の一番大きなメッセージとかね
デカいところはみんなわかるし
みんなそれを受け取ればいいと思うんですけど
実はその第2弾第3弾っていうか
こんな風にも読める
なんか別の読み筋があるんですよっていうのは
実はその作品に勝手に手を突っ込むみたいな
ひどい行為というよりは
作家さんにとっては自分のテクストはいかに
読み筋をたくさん持っているテクストかってことを
知るきっかけにもなるので
もちろんそんなこと全然考えて書いてないけどねって
思うかもしれないけど
じゃあそれをもって
とんちんかんなこと言うなって
怒られるかって意外と叱られは発生しなくて
それ丁寧に読んでるからですよもちろん
それは超頑張って読むからなんだけど
リスペクトを持って深掘りしていけば
たとえそんなこと考えてない
でもそんな風にも読めるんだ
なるほどねみたいなところで
実はちょっとほっこりして終わるみたいなことが
現場的には多いんですよ
そうですよね
なので文学の畑で私はちょっとそのことを知っていたので
漫画のことで仕事するようになっても
結構大胆に手を突っ込むようなことはやっていて
それは作家さんとか作品のファンの人からすると
漫画の方がより作家さんがせっかく作ってくださったものは
そのまま教えていただくべきみたいな人すごく多いので
ちょっとドキッとする人いるかもしれないんですけど
回り回ってというかめぐりめぐって
作家さんがニヤって
ニヤっていうかニコっていうかしてる可能性も
あると考えたら良いのではないかっていうのが
現場でいろいろやってる人からは
そう批評って怖くないし
そんな乱暴なことでもない
もちろん丁寧に読む必要はあるけどっていうことは思います
気づかなかったことを気づけるみたいなのは
やっぱ批評
作家自身もそうだし
僕もやっぱり四隅作りってみたいな感じなんで
早く誰かに批評されたくて
本当ですか?
本当です
嫌じゃない?
嫌じゃないです
だから本当に
自分が今漫画っていう業界の中で
どういう地図の上に乗ってるのかって
自分じゃ分かんないと思うんですよね
地図の見方によっても違うと思うし
誰かが批評することによって
この時代に四隅っていうものが生まれたのは
こういう背景があってこういうことがあってみたいなものを
読み解いてくれたらめっちゃ
すごいってなると思うんですよ
確かにって思ったりもするし
やっぱりクリエイティブって
無意識にやっちゃうところとかも結構あるんですよ
全てに意思があるわけじゃないので
多くの作家は天然で天才じゃん
そうなんですよ
全部喧嘩するわけじゃないから
直感でこれがいいと思ったんだよねって
作家さんそうやってアウトプットしてるけど
実はこの社会に生きてるから
その無意識が出たんですよみたいな
そういうアウトプットになってるのは
こういう時代に生まれてこういう経験をして
今こういう時代だからこういう生まれ方をしてるっていうのは
やっぱり全ての意思で作れるわけではなくて
やっぱり人間ってその社会流動の中に生きてるんで
偶然的に出会っちゃうこととかもあると思うんですよ
そういうのを別の人が照らしてあげるみたいなのが
やっぱ批評ということだと思うんで
なんか名前で損しますよね
なんか批判の日に評価するの評だから
めっちゃ偉そうじゃないですか批評って
漢字のチョイスが
批評の捉え方と建設的な批判
ミスってますよみんなで批評は
だからなんかすごい偉そうで評価してるし批判してるし
ひって字が怖いんだよな
批判はしてないんですよ
毎回そのなんか批評をディスる時に言われるのは
マイナスなことを言ってるわけじゃなくて
別の読みを提示するとかなんで
でももちろんディスってる時もありますよ
それはでも建設的なディスりがあるじゃないですか
めちゃくちゃ読んだ上で言ってるやつだからね
愛あるなんか愛あるって言うとちょっと
なんかハラスメントっぽくてやだな
愛で塗り固めなくていいよ
めちゃくちゃ読み込んでるからこそ
めっちゃすごくいい悪口言えるみたいなのあるじゃないですか
かけ口はダメですけど
面と向かってこういうところがこうでこうで
めっちゃ分析的に悪口言われたら
こっちも黙るしかないというか
オシャレどれですみたいな
そうねみたいなね
その悪口そのなんか批判を
ちゃんと次のアウトプットに生かしたら
良くなると思うかもって魚が思ったら
それはまずいいことなんじゃないかなとは思うんですけど
なんか人格否定されたみたいな感じまでは
本当に思わないでほしいっていう
編集も批評も
本当になんか
もちろん悪いことする人もいますけど
それを使ってね
でももちろん全部が
悪用するやつもいるからな
悪用ももちろんできるけど
何事も悪用はできると思ってるんですけど
なんか基本は良いこととして使いたいっていう
心を知ってほしいですよね
批評心を知ってくれ
そして意外と作品を作ってる人たちは
批評を心待ちにしているところがある
ちょっと批評の話になったんで
「孤独のグルメ」を批評的に読み解く
一回この批評と
孤独のグルメを一回引き戻してもいいですか?
いいですよ
自分のレッスン的に批評をしてみると
孤独のグルメって
最初にそのあらすじを
富山先生がおっしゃった時に
個人事業主
井の頭五郎が会社員じゃなくていい
個人事業主であるってことは
結構大事だと思うんですよ
いろんなところに出かけて
いろんな
なんか変な時間にご飯食べたりするって
これ一般的なサラリーマンって難しいんですよね
だから孤独のグルメを成立させるには
まずその職業っていうのが大事ですと
で同じ原作者のくすみさんが
手掛けられるという
昼の銭湯酒っていう漫画がありまして
ドラマ化もされてるんですけど
昼の銭湯酒は
逆にサラリーマンなんですよ主人公は
昼に営業だってて
サボって銭湯に入り
ビールをいっぱい飲んで
おつまみでやってるところに
お叱りの電話がかかってきて
会社に戻るみたいな
これなんか
孤独のグルメとはまた違うアプローチなんですけど
やっぱりこの仕事をサボるっていうことに
銭湯と一杯目のビールの際立ちが出るみたいな
この働くこととご飯を食べることっていうのが
結構その孤独のグルメを解読するために
必要なことなんじゃないかなって
確かに
しかもくすみさんって同じ原作者の人が
片屋個人事業主を掛けて
片屋サラリーマンを掛けてるってことにも
なんかすごく意味があるというか
くすみさんの目の付けどころみたいなものは感じる
超批評
これも批評です
そうなんです
だから下古である必要があるんですよね
井上さんはね
昼にそうやって飯を食ったりとか
だから商談によっては夜遅くのご飯になっちゃったりして
そうするともうだいたい定食やって
居酒屋になっちゃうから
ちょっと片身の狭い思いをするみたいな描写があったりするんですよ
これはやっぱり職業柄のあれをしないとっていう
このちゃんと社会に接続されているキャラクターとして
いるみたいなのは
みたいなのがあるとなんかこう
じゃあ自分がその孤独のグルメっぽい作品作ろう
手掛けようみたいになった時に
これも一個キャラクターの造形としてヒントになるところだと思うんですよね
職業
今の世の中の職業で
そういう孤独のグルメが成立する職業ってなんだろうみたいな
例えばインフルエンサーの飯事情みたいな
企画とかできるじゃないですか
だいたいなんか編集に追われてる時とかって
やばい飯食ってるんですよあの人たちって
そういうのを自虐的に語る老画が出たりして
まあまあ人気だったりするんですよね
レッドブルとコンビニのおにぎりとみたいな
それもやっぱ職業とご飯だと思うんですよね
確かに
大事じゃん批評心
大事だと思う
いい話を聞いた
これが編集的批評心
そうだね
さあ皆さんも我々だけに批評を任せずに
自分の批評心で
やってみよう
レッツトライ
やってみたらいい別にできると思うから
間違いとか全然ない
ないからね
そうですよね
批評心を実践する
なんかそんな深いことを考えてませんでしたって言われて
間違えちゃったじゃなくて
そういう読みをしたら
なんかそういう深みが出ませんかっていう風に
確かに言ってなればいいんですよね
そうだから今日から始められる
誰でも始められる
一旦ちょっと孤独のグルメでやってみてもいい
ちょっとしゃべりすぎちゃったか
ちょっと違う作品でもいいかもしれないですね
でも原作は読んでほしい
原作は本当に
特にドラマ版好きな人ほど読んでほしいかもしれないです
ぜひ
めちゃくちゃ面白いね本当に
好きな回教えてほしいですよね
教えてほしい
お便り的サムシングで
私の好きな失敗回
好きな孤独のグルメ失敗回を
ちょっと考えておいてもらえますか
いずれその応募するとして
そうですね
聞きたいですよね
様子見だからこの番組のテーマ
様子見
ちょっと今投げましたので
投げました
皆さんへのテーマを投げましたので
ちょっと様子見していただいて
次の一手を考えれたからやっぱ
これが次の一手だったって批評
次の一手を皆さんで考えてほしい
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