「今日も帰れない気がする」——2000年代前半、原宿・渋谷界隈にあった編集プロダクション「マガジントップ」で、安月給と激務に耐えながら共に働いた4人の編集者によるポッドキャスト。
今回のテーマは、過酷な編集作業の合間に胃袋を満たしてくれた「編集メシ」。
原宿の路地裏、バーが昼間に提供していた伝説の500円大盛りカレー。歯がいらないほど煮込まれた豚バラ肉、そして夜の部で頼むシングルがどう見てもダブルだったマスターの心意気。
一方で、あまりの貧乏生活に上司のデスクのチョコボールをこっそり盗み食いしていた記憶や、取材先で出された豪華な「舟盛り」を、次の取材のために泣く泣く急いでかき込んだ話……。
胃袋の記憶とともに蘇る、あの頃の編集メシの思い出をお届けします。
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サマリー
このポッドキャストでは、2000年代前半に原宿・渋谷で編集者として働いていた4人が、当時の過酷な編集作業の合間に胃袋を満たしてくれた「編集メシ」について語り合います。伝説の500円大盛りカレーや、貧乏生活の中で上司のチョコボールを盗み食いした思い出、取材先で出された豪華な舟盛りを急いでかき込んだ経験など、胃袋の記憶と共に蘇る懐かしいエピソードが披露されます。
編集者の食事事情と原宿・渋谷の店
我々はさ、このポッドキャストで、昔の編集作業の話をしてるわけなんだけど。
会社に、編集者だけじゃなくて、デザイナーさんいたじゃない。
いましたね。 いたいた。
で、デザイナーさんとたまーにね、ほんとたまーになんだけど、ランチに行くことがあって。
その中の、おじさんなんだけど、当時のね。
富野くんも編集者なんだったら、ちゃんと毎日外に出て、原宿も近いんだし、
なんかオシャレな店とか、そういうとこに食べに行かなきゃいけないよ、と。
そういうの、編集の勉強のうちだから、みたいなこと言われた。
それ通り?
いや、通りだなと思うんだけど、そんな時間ねーよとも思いながら。
ないねー。
そんなに、なんだ、時間もないし、そんな異性に行くような給料ももらってないし、
どうしたらいいの?なんて思ったりはしたけど、
なんかね、やっぱりそういう原宿とか渋谷とか、近かったんで、いい店はちょこちょこあって、
行きたいなぁと店はいろいろあったなっていうふうに思いました。
最近はね、あんまり原宿、渋谷行ってないんだけど、
ちょっとこの辺りで、我々がどうか物を食べてとか、みたいなのを振り返ってみたいなと思ったりして。
お疲れ様です。
富江です。
大塚です。
野口です。
伝説の500円大盛りカレー
宇治島です。
今日も帰れない気がする。
この番組は2000年代から編集者として活動してきた4人が、
過去の編集の仕事や出来事を振り返りつつ、最近気になっていることなどを語っていく番組です。
はい、ということで、今回第4回目とかになるのかな?5回目?
おー、すごいね。
ここまで編集作業についていろいろ喋ってきたんだけど、
放送でちょっと言ったように、
編集作業をしながらどんなものを食べてたのかっていうのを、
ちょっともう一回話していきたいなというふうに思ってきます。
なので、思い出の編集飯みたいなテーマでお話ししてるんですけど、
自分が一番よく覚えてるのが、カレー屋なんだよね。
カレー屋っていうのがおかしいんだよな。あれはたぶんバーなんだよね。
本業バーで。
これね、もう今なくなっちゃってるんだと思うんだけど、
原宿の交差点からちょっと渋谷寄りに歩いたところで、
さらにまたちょっと細い路地を入ったところにあったバーが、
昼間にランチをやってたんだけど、
ここのランチのメニューがカレーで、確か500円だったんだよね。
安くて。
多いのが大盛り。本当に大盛りのカレー。
カレーの味としてもちゃんと美味しくて。
美味しかった。カレーは美味しかったよ。
これ、大塚くんと野口くんとよく行ってたな。
行きましたね。
なんかね、むしゃくしゃ振るとあの店行きたくなるんだよね。
たっぷり食べて、元気を出したいみたいな感じがあって。
500円で大盛りのご飯が寄せられて、
そこにカレーをなみなみとかけられるっていうようなカレーなんだけど。
これ日替わりでカレーが変わってたんだよね、確かね。
茄子カレーとかもあったかな。
鶏肉のカレーだったりとかもあったし。
自分が好きだったのは豚バラ。
なんか塊みたいな、本当に煮込まれてて。
もう歯がなくても噛み切れるくらいの、
これが500円でいいんですかっていう。
そういうカレーだったんだけど。
これ、大盛りもできたと思うんだよ、確か。
できたよね、これ。
大盛りっていうか、まあ。
元々大盛りなんだけど。
そうなんですよ、最初っからね。
確かね、ご飯のおかげもできたんですよ。
おかわりね、後ろマスターから聞いてきた気がしますね。
おかわり大丈夫ですか、湯かけましょうかってね。
聞いてきた気がします。
マスターもね、なんかすごい腰の低い方で、
食べ終わった後に足りなかったですか、大丈夫ですかみたいなことを言ってきてて。
あの量出しといて足りないってことはまずないだろうって思ったんだけど。
っていうのをよく言ってたなっていうふうに覚えてるね、あの店は。
俺ら20代だよね、これ。
20代。
20代でそれでも多いって思うくらいの量だったんだよね。
よく大塚くんと野口くんと言ってて、これ大塚くんと言ったんじゃないかな。
ランチがこんなんだったら夜はどうなんだと。
バーの時はどうなのかは不思議だったんで、
ちょっと夜も行ってみないかって言って誰かと言ったんだけど、
これが他人で言ったような気がするんだよね。
大塚くんだったんじゃないか。一緒に行ってない?
なんかうっすらと記憶にあるような、ないような。
僕は行ってないですね。野口は行ってないですね。
じゃあ行ったんだとしたら多分大塚くんとなんだけど。
夜はほんとショットバーなんで、狭い店なんだけど、
4,5人入ったらもう終わりぐらいの狭い。
ここでカレーがあんだけ安くて大盛りだったら、
夜のお酒はどうなんだろうと思って、
これでウィスキンなんかのシングルを頼んだ。
で、あの頃シングルってちょっと言い方が、
ワンフィンガーとかトゥーフィンガーとかあったじゃん。
あったあったあった。
本文がシングルみたいな。
で、ワンフィンガー、つまりシングルで頼んだら、
もうダブルぐらいの量でウィスキンが出てきて。
これシングルじゃねえだろって量が出てきて、
確かねウィスキンがね、一杯振って500円ぐらいだった気がするんだよね。
え、なぜだよ。
それ俺言ってないよ。
違う人なんだよ。
え、そのお酒を注いでくれるのは、
昼間のカレーのおじいさんなの?
そうなんだ。
それは僕もちょっとすごい気になってた。
今初めて知りましたよ。
じゃあ違う人と行ったのかな。
そうだと思う、気が振るけど違ったのか。
で、あの昼間カレーを食べてるところ、
まったく同じところで、
ところがバーになるわけ。
あの店行ってるのって、
野口くんと大塚くんぐらいとしか行ってないから、
昼は行きましたけどね、何度かね。
誰で行ったんだろう、じゃあ。
でも本当、夜もね、
こういう太っ腹な感じのお店だね。
ていうのを、自分はその頃の食べ物の思い出として残ってるんだけど、
なんかこういうのを大塚くんない?
幻の屋台「メンツー」と貧乏時代の食事
ちょっと待って。
事務所周辺でしょ、この話。
事務所周辺じゃなくてもいいんだけど、
この編集業務をやってるときに、
これ食べたときに、
こういう液晶堂とか残ってるみたいなのがあれば。
待って待って待って待って。
僕一個聞きたいことがあって、
僕行ったことないんですけど、
アガリントップの先輩に聞いたんですけど、
当時幻の屋台があって、
メンツーっていう名前の屋台があったって言うんですよ。
誰か行ったことないですか?って聞こうと思ったんですけど。
屋台っていうのがほもほも知らない。
僕は全然知らなくて、
元デンツーの社員が作ったから、
メンツーっていう屋台だったらしいです。
結構おいしかったみたいで。
しかも今も店があるらしいんですよ。
お店になってあるらしくて、
同じ名前かな?
おそらく同じ名前だと思いますね、メンツー。
渋谷にあったらしいんですよね。
アガリントップも渋谷と原宿の中間ぐらいにあったんですよね。
だから両方エリアにご飯食べに行ってたんですけど。
見たことがないって。
聞いたことあるようなないような。
メンツーか。
でも気になるね。
行ってみたいなと思ってる。
おいしいんだろうね。
水島はどんなの食べてた?
やっぱりあの辺高いから、
そんなに外食はしてなかったような気がするし、
あんまご飯も食べてなかったような気がするから、
隣の席にいた上司の机にあったチョコボールを、
上司がいない間に勝手に食べて、
席に戻ってきたら、
あれ?なんか減ってるかもって言ってたけど、
知らんぷりをしてたっていうような記憶があります。
どんだけ貧乏なんだって感じがする。
いや、みんなあの頃貧乏でしょ。
貧乏だったよね。
だから俺と富江君は、
わりと頻繁に吉野屋だっけ?
タワレコードの横。
吉野屋か松屋か。
松屋だっけ?
よく行ってたと思うんだ。
あんなにたくさんおいしい店があるにもかかわらず。
その時にね、大塚君とよく松屋行ってて、
2人で、俺たちいつまでこんな食事なんだろうねって言ったような気がする。
そうね、希望をたくさん持った20代だったもんね。
だから取材先でなんか食べれるときはちょっと嬉しかったかな。
取材先でのご馳走と急いで食べる記憶
ちゃんとしたご飯食べれるみたいな。
確かにね。
例えば?
でもなんかやっぱり、この前も言った、冷やし麺だけど。
冷やし中華と韓国冷麺と冷やしラーメンの3ジャンルで取材をしたんだけど、
私はその中でも韓国冷麺が好きだったから、
わざと自分が韓国冷麺のお店に行けるようにちょっと小細工したりとかもしてた。
PKをピックアップしてっていう感じ?
そうそうそうそう。日程的にまとめたりして、韓国冷麺。
取材先でなんか美味しかったものとかありますか?
俺は伊豆箱根のガイドブックを作ってたときに、結構伊豆箱根の方々って気前が良くて、
飛び込みで入ったにもかかわらず、結構お刺身を出してくれるの。
で、それも適に良いだろうということで船盛りとかをしてくれた。
あーすごい。
で、ありがとうございましたと。
本音を言えば、次の取材から帰りたいところだけど、
だいたいそういう時って、じゃあ出しちゃったんだから食べてきなよって、
ご好意で言ってくれるんだけど、
なかなか一人で船盛りって食べられんじゃん。
ないね、それは。
でも本当にアワビの刺身なんかも切ってくれてね、やってくれたんだけど、
とにかく見栄えも良くてさ、結局その時の船盛りなんかは、
伊豆箱根の拍子に採用してもらっちゃったのよ。
すごい立派だった。
豪雑。
そうそう豪雑。得て良かったんだけど、
その後食べましたけど、急ぎながら食べてあんまり味わいませんでした。
これはもうめちゃくちゃ分かりますね、それはね。
あるよね、それね。
どんなに美味しいものでもね、お腹空いてないとね、
3、4軒目とかに行くともう味がしないですよね、どんなの。
どう食べても。
苦痛になってくるよね、そういうのは。
おしゃれな店と編集業務の記憶
なんか他覚えてるのある?そういう。
なんかね、自分が作った本じゃないし、
お店に行ったかどうかも裸じゃないんだけど、
原宿というか明治通り沿いにあったオーバーカナルっていう店があったと思う。
すごいね、オープンテラスのパリにあるみたいなオシャレな店だったんですよね。
そこ結構前を通ってたんですよ。
オシャレな店だなと思って、さっきから原宿だなと思って、
お母さんがパンの本を作ったときに、
オーバーカナルだからパン提供してもらって、
確かね。
そうですね。
パンくらいを買ったことがあるのかな、お昼とかにね。
すごいオシャレだなと思って、
でもさすがに店の中で食べたことはない気がするんですよ、
ちょっと気が引けちゃうというか、
あんまりそこに座るのは恥ずかしいという感じがするというか、
そこでパンもらったりとかも買ったりとかして食べてて、
ああいうお店あったなと思って、
今無くなっちゃったんですよね。
無くなって、またwith原宿っていう新しい原宿駅前に、
ビルの中にまた復活したんですけど、
当時とは全然違う雰囲気なんですけど、
その後にオーバーカナルで修行したシェフの本を作ることになって、
すごいあの時の店だよなと思って、
すごい変だなと思って、
そのシェフの本を作らせてもらいましたね。
このシェフの料理はめちゃくちゃ本当に美味しいんですけど。
やっぱり食べ物って語感の中でも結構残ってるというか、
食の記憶と店舗の移り変わり
その時の編集業務と紐づいて記憶に残ってるってまあまああり。
そうだね。
記憶に残ってるね。
やっぱりそういうお店が今でも残ってると、
それを食べた時に昔のことを思い出すみたいなのがあったりすると思うんだけど、
やっぱり飲食店って結構5年10年でもう潰れちゃうお店もまあまあ多いんで、
当時の味をまた味わいたいと思っても味わえないことが結構多かったんだよね。
自分が冒頭に言ったカレーの店なんかももうないし。
あったらまた食べたいなと思うんだけどね。
特にあの辺りは入れ替わり激しいものね。
そうなんですよね。
お店繁盛しててもビルを建て直すとかになるともうなくなっちゃうんだよね。
なのでね、そういう食べ物っていうのはちゃんと記憶に留めておいた方がいいなと今しゃぶりながら思いました。
なので昔よく食べてた店とかもね、みんなでまたこの4人で食べてきたらいいなと思ったりしました。
てことで今回は編集飯ということでお話しましたけど、
なんかね、話してたら多分もっと思い出してくると思うんで、
そういうネタが思い出したらまたこういう回をやってみたいなと思ったりします。
てことで一旦今日はこんなところで終わりにしたいと思います。
今日も帰れない気がするでは、ご感想などのお便りを受け付けております。
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てことで今回は以上です。お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
18:16
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