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2026-01-23 1:13:50

【ドキュメンタリー部門】このNHKがすごい2025

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【ドキュメンタリー部門】

ほんだセレクト『だから、私はここで生きる』

やまぐちセレクト『誰かの日記を開くとき』

サマリー

NHKのドキュメンタリー「だから私はここで生きる」では、福島第一原発事故後の大熊町での人々の生活と移住の様子が描かれています。震災から10年が経過する中で、過去に子供だった世代と大人の視点の対比が強調され、地域の未来とアイデンティティについて深く考えさせられる内容になっています。このエピソードでは、大熊町における地域づくりと社会課題について探求しています。特に、街の復活に向けた取り組みや、インキュベーションセンターの存在が地域に与える影響について考察されています。 このポッドキャストエピソードでは、NHKが制作したドキュメンタリー「誰かの日記を開く時」が紹介されています。日記というテーマが現代においてどのように注目され、価値を得ているかが探求され、参加者たちが日記を通じて他者の感情や物語に触れ、自身の経験と向き合う様子が描かれています。このエピソードでは、日記や詩の重要性やその物語性について語られており、特に日記収集家や文学者の視点から、手書きのメモが持つ独特な魅力とその歴史的背景について考察されています。 また、このエピソードでは、2025年における情報化社会とAIの影響について深く掘り下げ、リアルなドキュメンタリー作品を通して倫理や正義の多様性について考察されています。特に、亡くなった息子をAIで蘇らせる試みや、フェイクニュースがもたらす社会的影響に焦点が当てられています。

ドキュメンタリーの紹介
真夜中、コンビニの駐車場で、このポッドキャストは、1つの場所を72時間にわたって定点観測する、
某、公共放送局のドキュメンタリーを大好きな2人が、番組についての感想や愛を語ります。
今回は、このNHKがすごい2025、ドキュメンタリー部門ということで、
これまでドラマ部門、教養部門と、それぞれ紹介をしてきたんですけれども、今回はドキュメンタリーということで、
ある意味、NHK、そして我々の普段のポッドキャストの本丸とでも言いましょうか、そういったドキュメンタリー部門になってますね。
まあ、72時間を普段喋っているわけですから、我々本丸、めっちゃ本丸。 そちらは電動入りしており、それ以外にもドキュメンタリーたくさん、かなり多いので、結構選ぶの大変なんですけれども、
それぞれこれはというものを1つずつ、紹介させていただければと思います。
では、まず私の方から紹介します。私が選んだのは、「だから私はここで生きる」ですね。
これが福島第一原発がある大熊町、そこに暮らす人々の、大体1年ぐらいのドキュメンタリーということになっています。
この震災があって、福島第一原発の事故があって、避難を余儀なくされた町というところが舞台なんですけれども、
一応10年たって避難指示というのが解除はされたんですけれども、10年という時間も長かったので、そこに元からいた住民の人たちがすぐ帰ってくるということがなかった町ということで、
町も火事を切って、もともといた住民だけではなくて、いろいろな移住も含めて住民を募るという方向に火事を切ると、
予想以上に移住者みたいな若者たちが、ある意味夢を追ってみたいな形でこの町にやってくるということが多くなったという町に密着していて、
そこに出てくる本当にいろいろな理由で、この町に移住をしてきた人に密着するというところがありました。
もちろんインキュベーションセンターみたいなところで働きながらパティシエを新しく目指すという若者もいれば、
もともとこの大熊町で有名だったキウイ農家みたいなのがあって、その特産のキウイを復活させたいというふうに思う新規就農者みたいな若者がいたり、
あとは本当にこの原発が近いので、この原発処理場っていうところに働いている人だとかですね。
あとは、実はもともとこの町出身なんだけれども、一度離れてまた戻ってきて、夜な夜な本屋をやっているという方がいたりとか、
そういう大体若者そこの5人ぐらいに焦点を当てたドキュメンタリーになっていたという感じなんですけれども、
何ですかね、これ。何で私がこのドキュメンタリーを選んだのかっていうところは、NHKってもちろんずっと震災があって、震災の場所に密着したドキュメンタリーって結構あったじゃないですか。
そこは震災で受けた傷も含めて、それから再生の物語とか色々なドキュメンタリーがあって、今回も本当にそれだと言えばそうなんですけれども、
やっぱり一つ違うのは、10年経ったんだなっていうことを実感したっていうことですね。
というのは、僕らが今まで見てきた震災の風景っていうのは、どちらかというと今回の回に出ていた大人の人たち、
それは場所を追われて千葉で農家をした給養農家の人とか、移民生活家で働いているけど、実は自分はまだこの町に戻れていない人とか、
そういう大人の物語がありつつ、もう10年経ったので、あの頃子供だった人たちみたいな、
つまり10年以上前はまだ小学生とか中学生だった、そういう世代がどういう風に震災を受け止めて、
しかも社会に出て、場合によってはこの町に帰ってきた人もいたりとか、この町で生きることを決めたのかっていうところのすごい対比がかなり2つの大きな軸があったと思うんですね。
大人だった人たちと子供だった人たちが10年経ってこの町でどういう状況になっているのかっていうのがあって、
しかもその若者たちにももちろんそれぞれの事情があってっていうところに密着していったっていうところがあるかなと思うので、
町づくりと未来
出てくる全員に僕はちょっと何かしら共感した部分が多かったですね、当事者じゃないけど。
なるほど。今回本田さんがだから私はここで生きる行礼を推薦というかして、僕も見たんですけど、
僕は町づくり的なところを仕事とかにしているからこそ、非常に何て言うんだろうな、いろいろ考えさせられることがすごい多くて。
視察的でしたよね。
大人 すごい視察的で、分かりやすい対比で言うと、結局シェアハウスインキュベーション施設っていうのはここで描かれてるじゃないですか。
だけどその裏側にはシェアハウスインキュベーション施設vs補助金メガソーラーっていうのは存在するわけですよ。
そういう国から保護されたユートピアを生きる若者たちみたいなことには見えるわけじゃないですか。
ただそれは別に一部そういう見方もできるというだけであって、今回このドキュメンタリーが確かになぁと思ったのは町づくりってすごいケア的な側面が非常にあるんですよ。
何でかっていうと、目の前の人を助けにしてるとか助けになってるっていう実感がすごく強くあるから、それはコミュニティマネージャーとかそういう仕事もそうなんですけど、すごくそういう側面があって、それは結構危ういバランスのものだと思っていて、
コミュニティマネージャーってそのコミュニティっていう環境がないって生きられない生き物、水槽の中のそういう魚みたいな感じなので、そういうコミュニティがなくなるとなくなってしまうものなので、でも町づくりって多分そういうものではなくて、町という環境って別になくならないと思うので、だから今回のだから私はここで生きるっていうタイトルの中で出てきたのがそういうシェアハウスインキュベーション施設みたいな若者だけじゃなくて、
僕がすごいこれは確かになって思ったのは元町民の人も出てくるじゃないですか、元町民の人が言う大熊町に対してどう思うんですかみたいな元カノの気持ちなんだよねみたいなこと言うじゃないですか、元カノみたいな感じって
住民課で働いてる人が、住民課で働いてる元カノの気持ちって言って、それはめっちゃそうだなと思って、確かに若者の町若者の町って言われると元住民からすると確かにそういうどっかに行ってしまった元カノみたいな気持ちになるんだよなっていうのは思うわけなんですよね、すごくそれをやっぱ思いましたね
明確にその対比全部で出してきましたよね、つまりわかりやすく住民課の方は町の方針として移住者を募るというそれを推進する課長さんでありながら、ご自身はご自身の生活があってまだ町に帰れてないっていうところがあり、さっき言ったような周りの人から聞くとそういう元カノの気持ちみたいな話が出るぐらい
やっぱりその、いや自分の方がもっとこの町知ってたよって若者の人たちが大熊町に楽しそうに語ってるのを見て、やっぱそういう気持ちになるんだっていう話がもう明確に差し込まれていたし、あとはやっぱキウイ農家の人とかね
キウイ農家をここでまた改めてやっていこうと思うんだけど、それをやるために千葉の昔キウイ農家をこの大熊町でやってきたところに農園さんに修行というか話し聞きに行ったりする場面あるじゃないですか
そして元々ね、ここのキウイがこの町の名産だったんですよね、それを復活させたいみたいなことでね 復活させたい
そのために昔そこでやっていた、今は避難の関係で千葉に移り住んで千葉でキウイ農家をやってる方のところに行くと、本当におじいちゃんの90歳の人は結構後ろから何とも言えない気持ちで見つめてるんですよ、その若者が勉強する姿を
その若者は、しかも原道さんはそこの孫である24歳の、でもちっちゃい時からキウイ農家を手伝ってたから、よりキウイについて知っている先輩に教えを込んでいて、そこの孫は孫でもちろんそこの大熊町出身なんだけど、やっぱり子供時代としてその大人として自分がキウイを育ててきた時代がないからこそ、
この千葉での暮らし、千葉でキウイをやるということが自分の選択肢だというふうに言っていて、元住民でも本当に世代によって感じ方が全然違うし、本当に苦々しくそういう自分が本当は今もここでキウイ農家をやってるはずだったんだけどなって思う90歳の後ろでその原口さんがそれを全部分かって受け止めた上で、改めて自分が使命感に燃えるみたいなところとか、
すごい元住民の思いみたいなものと今の若者がそれをどう受け止めるかはもう明確に全部挟む、どのストーリーにも挟んでたなっていうのは思いました
そうなんですよね、なんかやっぱりそういろんな人やっぱり出てきて、それは本当にそうなんですけど、だから私はここで生きるなんですよ、みんな
元町民の気持ちはだから私はここで死ぬなんですよ、だから私はここで死ぬまでみんな至ってないんですよ
要はここに骨を埋めるみたいな覚悟に変遷するちょうど間なんですよ、ここで生きていこうってみんな決めているだけで
ここで生きないとここで死ねないなんですよ
そうそう、でもなんですけど、結構これ微妙に違って、だから私はここで生きるみたいな町づくりは山のようにあるんですよ
だけどだから私はここで死ぬみたいな、本当にそこまでを見据えた町づくりって、これを見てですよ僕が思った感想になるんですけど、かなりないしないというか
正直そこまで見据えて話をしてる人ってなんかあんまりいないんだろうなっていうのは、結構これを見ていて本当にそのなんか
QEが復活してもちろんできればいいと思うし、パティシエもうまくいったらいいと思うし、青空本也もうまくいったらいいと本当に思うんだけれども
なんかそこがどうこの町のアイデンティティに次につながっていくのかっていうのは、町というものが生き物だからこそもちろん予期はできないんだが
なんか町づくりとして単に移住者を呼ぶみたいなことじゃなくて、その先みたいなことをなんかやってる側としては考えなきゃいけないんだなっていうのはすごい漠然と見てて思ったんですよね
で、僕それ何で難しいかって一つの理由をここにめちゃめちゃ現れてるなと思ってて、このなんか若者5人とかが本当にちょっとそれぞれの持ち場すぎるんですよ
同時代で同じ場所で生きてるのに、その池田さんっていう新しく開かれる商業施設でスイーツ店を開こうっていう方って
パティシエですね パティシエさん、池田さんはやっぱり正直この中で一番やっぱりわかりやすい、だから私はここで生きてる夢を満たせてるんですよね
それはそのやっぱり日々の生活の中で、だから仕事に本当に規制はなくて、その池田さんの持ち場が日々のそれでも毎日進むためのスイーツっていうところに携わってるから
やっぱり毎日、今日明日のスイーツでそれを食べて美味しいと感じれる人が目の前にいるっていうことを実感できる仕事だから、そうなっていってるわけじゃないですか
だけどそこに苦々しく、まだその土もが戻ってきていない、同じ食べ物でもキウイ栽培っていうことで土地を耕していくことにはまだまだ時間がかかるっていう
キウイ農家の原口さんは苦々しく見てるわけですよね、その除染作業とかでもう土削っちゃってるんで、全然味がすぐにキウイが再開できないんですよね
そういう事情があって、やっぱりその原口さんとかの持ち場って本当に10年スパン、さらに言うと原発処理の人なんてその廃炉作業は何十年も続くから
だからもう自分の人生を懸けて費やさなきゃいけない、しかもマイナスをゼロにするっていう作業みたいなところに、すごい黙々と打ち込んでる
だから近藤さんずっと走ってる姿が描かれるんですけど、駅伝大会のための練習でみたいな、その黙々とこの街のためにというかこの世界のために何十年自分の人生を捧ごうと思ってるっていう
あのなんか、またそれはそれであの人の近藤さんの持ち場があって、でも竹内さんとかその本屋さんの竹内さんに至ってはスパンがもうだって1000年っていうことが提示されたじゃないですか
このドキュメンタリーの中で、つまりその実は上岸地震ということで福島は同じような地震が1000年前に起こっていたが
1000年前の地震というものを誰も知らなかったことによって、実際この震災が起こった時にそれを危険性を伝えれなかったっていうことを後悔する語り部の方みたいなのがいて
その方の思いを受けて竹内さんが言葉をどう1000年後に残していくんだっていう、正直一番途方ない挑戦に挑んでるじゃないですか
このなんかそれぞれの持ち場すぎて、一応にいろんなこう街づくりとしてこうしていったり、本当に山口さんが言うような時間軸とかそういったもので考えていけるのかっていうのは
ここまでこのドキュメンタリーの中で持ち場が違いすぎるってことがあるんだなって、このワンパッケージで分からせるってすごいなっていうのがあったんですよね
確かにそうっすね、みんなあれですね、ここに出てくる人は割と社会に対してとか世界に対して何かいいことをしたいみたいな気持ちがすごい強いんですよね、多分
でもその見返りがなんかそれぞれ違いすぎるから、一人の人間の一生として、だから私はここで死ぬのとこまで行けるほどの体験をできるかどうかっていうのが、今現時点では何も言えないみたいなところだと思うんですよね
そこがなんか、自分に降りてくるというか、スパンの話じゃないけど、じゃあもちろん自分事としてそういうことを考えている中だとは思いつつも、いかに自分の実利として降りてくるか、実利って言うとあれだけれども
大熊町の社会課題
自分として何がここで死ぬというか、ここに本当根を張って生きていくみたいなことに繋がるのかっていうのが、じゃあすごくうがった見方をすると社会課題あればどこでもいいんじゃないのっていうのは、こういうシェアハウスがインキュベーション施設とかを見ているからこそ僕はなんか街づくりとかを見てるからこそすごい思うことなんだけど
それをこの大熊町っていう、ある意味そういう特殊な場所であるからこそ社会課題もいっぱいあるし、そういうトライするっていうのはもちろんいいことだし、そういう夢を持つことはそういうことなんでいいと思うんですけど、だから私はここで死ぬまでみんなどうやっていくんだろうなっていうのが気になるんで、僕はこの5年後とか彼らを定期的に見ていきたいなっていうのが正直ありますかね
全く同じことを思ってるんで、僕は各種SNSなどをフォローしてますよ今だから
そうなんですか、SNSがあるんですね
そう、近藤さんの妻の加穂さんとかが始めたバーテンダーの加穂さんのSNSとかね、あと竹内さんの本屋行き継ぎのSNSとかね
そうですよね、新しくできた商業施設とか本当にあれがうまくいくんだろうかとか思いますからね、なんかやっぱり
でもね、だからね、いらない言い方はしたくないんですけど、でもそれはそういうスパンなんですよ、やっぱり商業施設みたいなもののスパンってやっぱり限られてるなと思っていて
いや、さっき言った千年とか廃炉作業の何十年って話ですよ、そこと比較して正直その商業施設の中にあるスイーツ屋がどれぐらいの長さで物事やっていくかっていうのはやっぱりちょっと違うと思っていて
じゃあそれって5年しか続かなかったからダメなんですかっていうと、僕はそうではないと思っていて、年数ではないなと思ったんですよね
その人の人生とまたその経営機関さんみたいなものは何となく別だと思っているので、そういう意味では、いけ屋さんは一番わかりやすく今目の前で結構充実感がある一方で
それは5年しか続かないかもしれないっていうものをはらんでるなと思った、逆に原口さんとかの土を耕すっていうことが
今すぐには何かフィードバックがないかもしれないけれども、かなり長いスパンで答え合わせができるもののようなものはあると思っていて
本当にそれぞれの持ち場の結構ファーストステージみたいなところを見てるだけの感じはあるので、追っていこうという気持ちはありつつ、ドキュメンタリーとしてこれはこれで完成してるなって思いました
そうっすね、街作りというか街が次のフェーズに至る一歩目っていう感じはめっちゃしますよね
そうそうそう、それめっちゃ思いますよね
ああいう集まる場みたいなところのコミュニティができてみたいなね
そうそうそう、それはだって近藤さんが原発処理場に入社して最初に移り住んだ時には周り半径誰もいないって話してるじゃないですか
本当に近藤さんはマジでゼロどころかマイナススタートからいるんですよ、やっぱりこの街に
それがすごい違っていて、だからあの人が淡々とそうやってきていて、そういうコミュニティの場をやったりとか
あとその最後の駅伝大会で変なカツラつけでそれでも街を盛り上げようとしてるとかに寒く思えないじゃないですか
もうマイナスの時からの凄みがあるんで、だからそれがすごいフェーズとしてファーストステップみたいなところとして
ドキュメンタリーを切り取った時に誰を出すのかっていう時に近藤さんを出すとか竹内さんを出すみたいなところはすごい合ってるなって思いました
インキュベーションセンターの影響
なるほどね、まあ確かにな難しいっすね、まあそうですね、それはわかります
まあ今回この回を挙げるにあたって街作りとかそういうものに携わっている以上、山口さんの厳しい目があることはもちろん自覚していましたが
僕はそれでも出すべき、結構議論にも今日今なったし、それでも見るべきやつだなと思って結構出しました
なんか一歩目としてたし、結構あるんです、今のこれは別に名前を挙げてどこの町が、別にこの町がっていう話じゃないですけど
結構あるのが、都会でビジネスがうまくいかないからとりあえず地方に行こうみたいなことがあるわけですよ、結構
もちろんもちろん
それがやっぱ山のように、別にここの町がとかじゃなくて一般的にあって、もちろんそれはだってお店出す人はいないけれどもお店を出すコストが低いと
それこそ補助金が出るとか、やっぱあとエクセルが触れるだけで、エクセルが触れるだけでその地方に行くとすごいイメージになるとかね、例えばわかんないけどね
でもね、それでいいんですよ、なんか
そうそうそう、それで良くて、それでいいんだけど、結局そのなんか、結局とはいえ人口が減っていく中で、そうやってなんかバラバラ住んでいって
それのなんか、こういう話とは全く別の次元の話ですけど、なんかそうやって住んでいって本当にそこのなんかインフラコストにお金をかけていくのみたいな話は僕はなんかもっと不感の視点だと思ってはいるので、僕は都市は畳んでいくべきだと思っている派なので
だからなんかそれがただ本当にこの場所でそれをやる意味があるんだったら僕はやる価値があると思うんですよ
だから今回のキウイの復活とかは確かにこの町じゃなきゃいけないし、だから私はここで生きるって描かれていたものは廃炉作業も含めてだけれども、この町じゃなきゃいけないと思うんですけど
なんかそこはなんかそう、うんって思うんですよね でもそこに関しては僕は別に山口さんの意見がどうとかではなく、ここで生きていく、この大鎌町だからやる意味は必要ないと思ってますけどね
人間の営みってそういうもんなんで なるほど 山口さんは結構理想主義的に、例えば都市もある程度地方は畳んで集約化させていかないと成り立たないとか
もちろんそれは別に全然自分もそう思うんだけど、一方で人間の営みってまあ理由はない だから別に厳密に言うと原口さんがここでキウイやる大鎌町でやるべき理由はない
人間なのでなんかその時出会ってしまって自分の一生が意味があるかもわからず またかつここでやることでこの今後の将来になるかもわからずキウイを耕すしかない
みたいなとこあると思いますね それがすごい出てた、なんかその意味があるかわかんないのにやんなきゃいけないとこに立たされてる感があった
結構原口さんもあったし竹内さんもあった 対照的だった、生田さんは目の前でわかりやすく笑顔のスイーツが食べれるし
近藤さんもマイナスからゼロとはいえ絶対にやらなきゃいけないということで何十年費やすことができるっていう
別にどっちがいいとか悪いではなく非常に対照的にそこの二軸があって だから
歓声してるなと思ったドキュメンタリーとしてどっちがいいとかではなくその どっちも人間入ってるなって思った
まあ確かにねそれはそうですよね それはそうなんだけどね
竹内さんが子供の時に震災でここから出ざるを得なくなって
その後野球少年みたいな感じでずっと体育会系で就職した会社も大阪で教育に携わるベンチャーか何かわかんないですけどそういう
バリバリ働いて バリバリ働いて表彰とかされていて
その表彰みたいなのがある時点で怪しい匂いがする会社というか別に会社がどうとかいうことではなく
今の竹内さんから全く想像もつかない人生をしていて
それでやっぱり働きすぎて心疲れて仕事辞めたという時に自分には地元しかないなってなって
この大熊町に帰ってくるっていうのがそこは別に意味がないというか竹内さんが大熊町で生まれただけであるっていうことで
地元だからですよねっていうので帰ってくるっていうことがやっぱなんか最高に人間だなって
なんかずっと本好きでずっと一人で閉じこもってる竹内さんじゃなくて
なんか野球少年でとかなんか親に言われるがままもう大熊町から出なきゃいけないって
そのぐらいの感覚でっていうところからスタートしてるのがもう本当人間だなって思って
そこで僕は最初結構このドキュメンタリー冒頭で見てて好きってなりましたね
人のこのなんか出てくる人のドラマ性っていうかそのなんていうのこう人生物語みたいなのすぐありますよね
はいはいそうそうそうそれはわかるわかるいやそうなったよな
わかりますわかるいや言ってることはわかります全然言ってることはわかるんだけどねって感じかな
やっぱそうなんですよねなんかやっぱその世代だなって思っちゃうんですよね
結局そのなんかここに出てきた人のなんかどこまでの話だなと思っちゃって
そのやっぱまちづくりみたいな視点で言うとその先も含めて考えていかなきゃいけないので
なんかそれはその世代としてはいいとは思うがなんかその先どうなんだろうっていうのはやっぱ
これはなんて言ったろう僕がそのハード側に関わってる人間だからと思うんですけど
ソフト側の視点に立つそういう話はもちろんわかるんだがハード側の視点に立つとじゃあ建物はもうちょっと残るとか
まちづくりでじゃあこういう法令を作ったら結局何年間かそれでやらなきゃいけないとか
もっともっとかかるんだけどずっと基本的にはその法律で回らなきゃいけないとかそういうのがあるので
なんかそこのそのドラマ性みたいなことだけだと本当にその街ってどうなのみたいなことっていうのはやっぱ
あってしまうかなっていうのが思うって感じですかね
まあもうこのドキュメンタリーを感動者だという気は一ミリもないですよ
これが現実みたいな感じなんですよ
それ分かりますね
もう山下さんがとはいえ引っかかる部分があるのもなんか現実というか
しかもなんかそれが世代的にはなんか繰り返されてきてるかなと思っていて
つまりそのもう本当に教養編でも話した通りその日本籍軍時代にはその時代のその世代のリアリティがあって
だからああいう行動にあるし実際それだけじゃなくても学生運動っていう大きなウェーブになったっていうのがあり
でなんかこの今回出てきているメンバーって正直言ったらほぼ同世代ちょっとしたぐらいじゃないですか
だからなんかすごく同時代性を感じるというか
それぞれの生まれ育った場所が違うとは思うんですけど
なんか同時代性を感じるっていうのがあってそれを繰り返してきていて
まあ正直別に正解したことはないというか変な話
そのあるべき理想の姿にハード面で成功したことはまあおそらくね
例えばバブルとかの時代もないわけじゃないですか
まあそういう意味ではまあ別にこの人たちも正解を弾き出すことはないだろうなとは思いながら見てますよ
そうねなんかそうねやっぱ大きいとこにそうだなやっぱ若干そのやっぱ気になるのは結局ここの
まあ原発とかこういう話でよく言われてる話ですけど
なんか自立したまちづくりって何なのみたいなことかなそれが気になるって感じですかね
それは補助金とかメガソラとかそういうものではなくね
自立したまちづくりを本当にできるんだろうかっていうことがすごく気になるっていう感じですかね
本当に経済的な自立とか言い出したらね多分かなりの市町村がやばいことになるのでなかなか踏み込みづらい部分ですね
なんかそれがやっぱりそうねいやなんかそのこういうのは全くそうだと思うんだけど
なんかどっちかっていうと僕やっぱ思うのはこういうところになんかその謎のインキュベーション施設とかを作るのはどうなんだろうっていうのは思うって感じですかね
僕このドキュメンタリーを通してインキュベーションセンターがあるべきかどうかはなんか1ミリも僕のなんか眼中に入ってないですけどね
地域づくりの未来
ただインキュベーションセンターがあるからこういう人が来るんだと僕は思いますよ
それはね結構ねあるところだと思いますよ
空気感としてやっぱインキュベーションセンター的なものは今割と象徴として存在していてそれがあるとなんか若者が来やすい街みたいな印象もあるし実際来てるし
そこがなぜか無料で使えるワークスペースみたいなことで国から大量に補助金が出たりとか結局その古くなって使ってないところをリノベしたりとかほぼコストゼロでやってたりするんで
ですけどかかる立ち上げコストはゼロだけどイニシャルどうなのとかねそういうのは若干思うところかなって感じですかね
イニシャルよりランニングの方がやっぱりいいんじゃないですか
イニシャルじゃなくてランニングランニング
ランニング的にはだいぶきついでしょどの施設も別にこの街に限らず
だからやっぱ
まあでもなぁいずれにせよ山口さんが責任感が高いなやっぱ
ダメだったらもうこの人たちの人生もダメって感じじゃないっていうのが僕の考え方ですね
ああそうね多分立場だと思う
でもこのインキュベーションセンターによってこの街がもし仮にダメになった時にこの人たちの人生は全部ダメっていうことですかって言うとそうじゃないじゃないですか
それはねあれだと思います立場の話だと思いますっていうのはなんか僕が僕の今のこの話をして立場っていうのがインキュベーションセンターを作る側の人間として話してる
そう作る側の人間の話であり僕はどちらかというとそこで暮らす人たちの話であり
このドキュメンタリーはその暮らす人たちの話だから一応もうそれで完結してるっていう
そうそうそうそう
ドキュメンタリーとしてね
ドキュメンタリーのテーマ
それはわかりますわかります
まあ単純に言うとだから手放しに喜べないってことですよね
これは彼らの頑張ってる姿で手放しに全部の前提を抜きにして喜べるかっていうと山口さんはその視点があるから喜べないって話
そうそうそう喜べない
しだから私はここで死ぬまで行くのかなっていうのが5年後も含めて見たいな見たいというか気になるなって感じかな
ここで死ななくても僕はいいというのが基本的な考え方なんですけどね
あんまりなんだろう山口さんの方が意外とその突成を気にしてるのが面白かったですね今回
まあでも突成は気になるっていうかそれはでも基本ありますよ土地は僕は気にしますよやっぱ
意外と僕の方がもしかしたら土地を移り住みすぎているせいでその考え方が希薄すぎるのかもしれないですね
僕はこの土地で死のうと思ったこと一回もやっぱりないので
まあ多分なんだろうなそれは建築的なことをやってるからと思いますけどね
これはもうなんかそういうものとしてインプットされてしまっているっていうか
この土地で死んでほしいという願いに聞こえてくるよもや
てかまあ町が町を残したいと思うんだったらそうかなって感じかな別に
この町を本当に残したいんだったら営みを目指す必要があるんじゃないって
みんな町がどうっていうことを話すのであればそういう町に対してそういう覚悟がなきゃいけないんじゃないと思うし
もちろん出たり入ったりしてねなんとなく町があるっていうのはそれはそうなんだけれども
さっき元町民の元カノの気持ちじゃないけどなんか元カノの方が重く愛してたみたいな話じゃないですか
この話って元カノの気がなんとなくしちゃうなっていうことかな
まああの分かりやすく言うと風の人土の人みたいなのがあったときに土の人たる場合はそういう気概を持たないと無理よっていう話ではあると思いますけどね
ここに出てきた人たちはやはり風の人から土になろうとしている人っていうところはやっぱり一つ主眼としてあると思うので
そういう意味では正しいですね別に私例えば僕みたいな人間がこのドキュメンタリーに出てるわけじゃないのでそういう意味では正しいですね
そうっていう気はなんかするかなだからまあでもとはいえそのなんかここの今2019年というかまあ2025年かの含めてのその
あのこの大熊町というものを切り取って今こういう感じなんだなぁみたいなのを知れるのはすごくいいドキュメンタリーだし出てくる人もね魅力的ではあるんでいい話っていうかいいエピソードかなと思いますね
NHKのアーカイブたる番組になってますよね
そうだからドキュメンタリーでその去年か2025年に上げるべきものではあるなぁと思いますね
日記の価値
はいという感じでだいぶこれ盛り上がったまあ盛り上がるなとは思ってましたけど盛り上がりましたね
そうですよもうすでにだって30分とか話してるんじゃないですか
いやーで話的にはこれ僕は続く話なんじゃないかなと思ってるんですけど
本当ですか
エマくんさんのほう行きましょうか
そうですね僕はですねドキュメンタリー部門はあのドキュメント20ミニッツって結構シリーズで毎週日曜日とかですかね本田さん多分やってるのは確か
行日はすいませんわかんないですけど毎週やってる
そうそう毎週やってるそのなんかお試し企画みたいなんでここからレギュラーを目指していこうみたいな感じの枠でやってる中の誰かの日記を開く時という回になります
あらすじというかここで言われているのがテーマの日記ですよね
日記をこの中で言うと誰かが書いた日記を収集してる人がいるんですよ
でその人がいろいろ個人の日記っていうのをもう自分はいらなくなったらその人にあげるよって言って集めてる人がいろいろ持っている日記をそのスタジオでいろんな人が読み解いていくみたいな形で簡単に言うと進んでいくっていうのがこのドキュメンタリーになりますと
なんでその例えば先生が好きとかそういうことが書かれてるわけですよ手書きでそういうのが書かれているのを出てくるのがそのスタジオでそのミュージシャンの尾崎世界観と劇作家の根本周子とあとは文芸評論家の三宅嘉穂の3人で読んでいくっていうような話ですね
でまあこれを押す理由ですよね押す理由としてはあの日記って結構なんか最近注目されているなぁとは思っていてなんか日記のそういうこと雑誌が出たりとかなんとかいろいろあってで何の話からしようかな
まずパッと見た時に思ったのはこういうこの話自体は日記というものが今世の中で注目されて価値を得てるんですみたいなことを多分この番組自体は紹介したい話なんじゃないかなっていうのはまず思ったんですよ
ディレクターの出発点みたいなね
そうそうそうこれもともと作ってる人が家永の複雑社会を超定義っていうあの番組のディレクターだったりするんで
家永って何でしたっけ聞いたことあるの
カタカナ家永ですなんか番組でNHKでやってる
あー町田恵太さん
そうそうそうそうちょっと前にやったやつかな
だからそういうその社会現象としてもそういうのあるよっていうことの紹介だと思うんでなんですって出てる人がその尾崎世界観と根本周子ですよね
根本周子とも言いますが2人ともその結局自分の経験を物語にしてきたタイプの作家で宮城加保はそれが好きな人としてもいて
だから割とそういう共感を生み出す物語を作る人がそういう他人の日記を読んでどう思うかっていうので
まあキャスティング含めて後世もうまいなぁみたいなことはあの普通に番組としては思うところではあるんですけど
なんかまあここはずっとその昔あのしばらくここをしばらく思いますけど
なんか日記すらもこういうコンテンツになり果てる時代なんだなっていうのを僕は純粋に思って
そっちで来たかなんかそれ思ってたんですよね
でそれはなんかね物語家みたいな話だと思うんですよ
いや俺これをもう避けて通れないと思ってこんな話からしますけど
若干やっぱりこういうものってちょっと今私個人は職場気味になってきているが
世の中的にはすごくこう良いこととして古代広告されてるなと思ってますね
そうじゃあそれはなんかいろんな視点があって例えばじゃあ去年流行ったもので言うと
どれから行こうかな
まあリアリティショーみたいな話が別に去年からではないけれどもずっとここ5年ぐらいずっと流行ってるじゃないですか
でとかあとはなんだろうなアサイリョーのインザメガチャーチとかそれに対して物語家批判の哲学とか
なんかそういう物語化していくことみたいなことがすごく便利でいいよねみたいなことになっているっていうのがいろいろめっちゃ言われてるなと思っていて
でなんかなんでだろうみたいなことやっぱ思うわけですよ
でこの誰かの日記を開く時を僕が上げたのはそういういろんな話がただしやすいから僕が上げたってのは正直あるんですけど
結構これ示唆的で去年のいろんなコンテンツの話がすべてこれに集約してくるんですよ
例えば日記がなぜ流行ってるかみたいなことで言うと
去年僕が見た映画でとても良かった映画が見晴らし世代という映画がありまして
見晴らし世代って渋谷の再開発が進む東京の渋谷で宮下パークってあるじゃないですか
宮下公園のあそこを設計したお父さんが設計主人公のお父さんが設計していて
で主人公とのその角質みたいのを描いている作品なんですけど
その中でそういう今の20代みたいなことを
これ監督自身が実はその境遇なんですよ
監督の段塚さんっていうのが実際にお父さんが宮下パークのランドスケープデザイナーなんですよ
だから劇映画なんだけど実際立場としては全く同じ立場で本人がいるっていう結構面白い構造になってる作品で
それを本編では一言も出てこないんだけど今の20代みたいなことを表す言葉として見晴らし世代っていうのを彼は自分につけているんですよ
20歳の世代に対して
それは物語をすべての出来事を見晴らしがいい状況つまり俯瞰して択感して見ているというのをすごく言ってるんですよね
20代とか今のいわゆるZ世代とかなんとかって言われるのがそういう世の中を俯瞰して択感して見てしまう
そういうことによってあまり近づかないことで傷つかないようにするみたいな
そういうセンシティブさみたいなことも含めてそういう見晴らし世代っていう言葉を僕としては言ってるんじゃないかなと思っていて
だから俯瞰して択感する世代だからこそプライベートでクローズドな日記みたいのを覗き見れるっていうことが
傷つかずに適度に人の地部を見るみたいなことができるから
なんかこう盛り上がってるんじゃないかなと思うっていうのがまず日記がなんで流行るんだろうって思った時に
去年のコンテンツと絡めてすごい思ってることなんですよね
全く伝わるかわかんない話なんですけどっていうのはまず思ってて
もうちょっと聞きましょう
でもなんか日記っていうものっていろいろこうなんだろうな日記を書くことと事実ってとはいえ違うじゃないですか
つまり日記って電気じゃないからその客観性というか本なんだろうな例えば書くことを制御できるじゃないですか
例えば朝起きて何しましたとかってみんな書かないわけで
それこそ今回のこの日記誰かの日記を開く時の中でもそのあえてそのタイミングの言葉書かれてないとかっていうのが
逆に面白いみたいなことはさらっと先生から振られたみたいなことが実は書いてあるとかね
そういうことが面白いみたいなことが書いていてそれは確かになぁと思ってるんだけど
でもそういうなんか実はそういう日記ですら人は嘘をついちゃうというか嘘じゃないんだけど
なんか物語化して書いちゃうみたいなことはやっぱりあるよなっていうのはこれを見て
なんていうんだろうなこう別にそうは本人は思ってないけれども例えば恋愛のシーンだと刺激のヒロインっぽい感じに思っちゃうとかね例えばねっていうのがなんかあるなっていうのは思っていて
でそういうそうやって偽った日記みたいなことをこうプライベートでクローズなの覗き見る見れるみたいなことで思うと
それが本当にそのなんか人間を理解したことになるみたいなことを思うとそれはなんか日記ってあくまでその人物語りしたものだから別にその人自身を理解したものじゃないじゃないですか
例えばSNSを見て本人理解したかっていうのは理解しないだと一緒ででもなんか日記を読むとか日記を見るみたいなことが実はその人の本音を知れるみたいなことにこの番組で描かれているようなことになっちゃうと
じゃあ別に本人の生き写しじゃないのにそこを信じ切っちゃってることを日記が要は生き写しみたいなあれですよ
なんだっけハリーポッターなどオルデモートがその日記分けるじゃないですか
秘密の部屋で日記という形で間違えた事実を最初ハリーに停止するんですよね
そうそうあるじゃないですか
視聴の推奨
そういうんじゃないけどなんかそういうその完全に個人の何かみたいなことじゃなくてやっぱ嘘をつかれちゃうからちょっとそういうここで紹介している日記は確かにコンテンツになり果てる時代なんだけれども
それってリアリティーショー的なものの演出されてないものというか無意識に演出されているものだからこそなんか危ないじゃないかなみたいなことは思っていて
でなんか物語的な物語化されることっていうのに結構意識的にならないとリアリティーショーも含めアイドルも含めVTuberとかすべて含め推し勝つも含めの話なんですけど
結構物語化実はされているよっていうことに気をつけなきゃいけないなっていうのをなんかここまで長々喋ってきたんですけど僕はこれを見て思っているっていう感じですね
ということはこの番組はその継承を鳴らすドキュメンタリーということですか
いやいやこの番組はもう日記が最近流行ってますっていう番組です
いやいやいや上げ方がやっぱおかしいから
いやいやいや違うんですよ
このドキュメンタリーを見て欲しいっていうのを上げないと
いやいや見て欲しいんですよ見て欲しい見て欲しい見て欲しいって言ってんのか
それは日記がでも最近流行ってますっていう番組になってくるでしょでも
ただそれがやっぱ直筆だったりとかそういうことが加わってくるとそれをやっぱそういうふうに多分書いてる本人も別に嘘をついてると全く思ってないし物語を作ってると全く思ってないんだけど
物語になっちゃってるっていうことがすごい如実に現れてるなっていうのが
僕のこの話を聞かないとわかんないというか思わない可能性が高いんですけど非常に
でも確かにこの番組見たほうがいいですね
なぜかっていうとそれを今の山口さんのを理解しやすくなるぐらい手書きで書かれた日記が与えてくるエネルギーとドラマ性を肌で実感できますね
つまり今までの話でずっとこの日記を書いてるんですってことの情報しか僕らはポッドキャストで伝えれないけれども
正直番組を見るとそのリアリティがわかるというか
それが意図してない嘘であったのかどうかわからないけどそうであっても常念が強すぎるものとして
文字手書きってこんなに立ち合われるんだっていうのが
日記の魅力
またしかも結構実は最近書いた日記とかじゃないですよね
10年ぐらい書いた日記とかで捨てられるようなものを分けてくれませんかみたいなので
日記収集家の方が集めたやつを紹介してるんで
そういうメモ帳とか日記帳も年記入ってるんですよ
結構ボロボロなんですよね
そう滲んでるとかね紙が滲んでとか古くなってきてとか
そこに殴り替えた文字のエネルギーっていうのが強すぎて
そこに物語を感じてしまうなっていう説得力はあの番組見ないとわかんないですね
そうそういう
確かに日記は時代的に来るのかもしれないが
日記とか詩とかもそれに近いんだと僕は思うんですけど
詩とか単価とか現代単価が流行る理由もそれに近いと思うんですけど
あんまりそういう物語みたいなものに騙されない方がいいかなっていうのはちょっと思ってる感じですかね
あの番組難しかったですね
僕なんかまず大前提として日記を書くことは本当に素晴らしいことだと思うんですよ
とか本当に書きたいのに書いた方がいいし
なんか多分無意のまま過ごしてしまうよりは
それこそだから私はここで死ぬじゃないけど
自分が思ったことで何か残すってことは見せる見せないに関わらず
やっといた方が確かにいいかもなと思う点はあるから
日記っていうものが書くことがどんどん大衆化
もともとされてるけどされていくっていうのは良い
この前提はありつつあの番組ってそれを覗き見るのって何か良いよねっていうことになってたじゃないですか
それってそうなのかなってめっちゃ思ったんですよ
あれ最近のフェイスティック日記書くことじゃなかったっけみたいな
他人の日記読むことなんだっけみたいになって
それってブログを垣間見るのと結局何が違うのみたいなのになっていて
非常に最後僕がよく分からなかったのは
しかもこれ書いた時は確実に誰かに読まれることを想定してないじゃないですか
そうですね
だからいいって言ってるんですけど
それで本当に読んでいいんだっけって思ったんです
でもこれは日記収集課の方がその人から譲り受けているもので
読んでもいいですよっていうことで譲り受けられているものだから
その時点で了承は取れているのだろうが
それでもなんかその自分だけのために書いた文章って
何か他人が覗き見ていいんだっけって本当に思いました
これね結構難しくてそのやっぱ出てる尾崎世界観とその根本修行ですよね
この二人の例えば尾崎で言うとその日記的なそのやっぱ自分の経験を歌にしてきたわけですよね
ただ尾崎の場合はもう少し細かく言うと
自分の経験をそのまま歌にするのではなくて
自分の経験を一人称を女性にすること特に初期の話ですけど
女性にしてでそれを話にすると
だから例えば本当に立場は逆なんだけどピンサロ城の歌を書くとかね
女性の歌を書くとそういうことをしてきたタイプですと
やっぱそれでも自分の物語でそういうしかもそれを別に売れない時代とかに書いてて
それを日記的に要は書いてきたわけですよ
とはいえやっぱ見せるって前提があったわけですよね
作品として歌詞として もちろんそこは表現者だから
そうそう表現としてあったと
で根本宗子、根本宗にとっては劇作家というかとして
やっぱそういうある意味そういう何だろうな
本人的には本当に嫌だろうけど
メンヘラ的な文脈のものをたくさん書いてきたわけだ
それは
本当に自己を表現させてそれを表現に落とし込んでる人たちなんですよね
根本宗は本当にメンヘラ的なものの中心人物にいて
メンヘラ的なもののパーソナリティを彼女が書くものによって
強調したと言えるくらいそのカルチャーの中心にいた人物なんですよね
でそれは彼女自身がそうであったっていうのは昔インタビューも含めて言っていて
ただそれは彼女自身が自分自身を客観視するためにそうやって物語化することによって
自分はもうそういうのではないんだけれども
そうやって自分の経験を物語にして自分は客観視すると
見る側にとってはそういうことをやっぱり共感して欲しいみたいなことで
彼女は書いてるって言っているタイプなんですよ
彼女もある意味で日記的なものを人に見せるように共感を得るために書いてきたっていう人なんですよね
でスタリトも確かに日記を書いて物語にはしていて
それはさっき本田さんが言ったみたいに日記を書くことによって
ネモ集で言うと自身のケアも含めてそうだし大崎もそれに近いところはあるんですけど
そういうところはあってでも別に読む側の人間二人ともないわけじゃないですか
でそれが日記を開くときというところで他の日記が出てきて読んで
この二人に面白いですねみたいなことを言わせることが本当にどうなのかなみたいなのは見ていて思ったんですけど
すごくなんかその構図が視察的だし
そういうその10年代カルチャーみたいなものの割と中心にいた彼らがNHKに出てそういう話をしているというのは
なんかそういう0年代10年代とかのサブカルを追ってきた僕からするとなんか
感慨深いというかそうなるんだな時代はみたいなのは思うって感じですかね
なんで誰かの日記を開くときはあのなんかそういうその日記さえもコンテンツになり果てる時代で
なんか結構強度が物語性の強度が強いものとして日記とか手書きの文字って訪れるけれども
なんか別にそうじゃないものも含めてだけど物語っぽいものになんか騙されないようにしないと距離を取らないようにしないといけないなーって
思わせる啓蒙作品として僕はいいんじゃないかなと思って
現代文化と日記
やっぱり啓蒙作品ってことですね
って感じかないや違うんですよまあまあそうねそう思ってるかな
まあ僕はあのこのドキュメント20ミニッツのシリーズの中で最近あったあの
30分の開放区スマホと青春の関係論っていうやつは面白かったですけどね
それどういう話なんですか
全く別の話ですよ
あの函館のラサール寮では未だに携帯をスマホを触る時間は1日の中で30分とされていて
それ以外の時間すべてスマホを先生に預けないといけないという過酷な状況で暮らしてるんですよ
でその30分でスマホを今時の若者が30分で足りるのかっていう話もあるし
その30分何をやってるのかっていうドキュメンタリーなんですよ
もうね日記を覗き見るとかとはもう真逆の世界ですよ
もう逆に30分しか触れないのでそれ以外の時間もう多分日記書くぐらいしかないですよもうそのツイッターでつぶやけないですよもう
確かにねほぼラサールとかはね別にまあ通ってた人もよく言うかあれだってね
本当に刑務所みたいな暮らしていますからねあそこね
それがいまだにっていうね面白いですよこの時代にだって親との連絡とかもあるわけですよ
高校生で入ってるわけだからまあでもそれはね確かにスマホない時代は親と別に連絡することもないでしょそれ
だけどなんかそれすべての連絡手段みたいなところも含めて1日30分しかスマホ触らせてもらえないっていう
過酷な環境に生きる若者っていうところになんか僕はもう非常に愛らしさを覚えましたけどね
それはそれでなんか不思議な感じですけどねまあ確かに30分でも30分で連絡するだけ
何するんですかだって別にそんななくないですか
そうなんですよで30分でまあそのLINEのメッセージ返したりとかあとそのスマホのゲーム本当に30分でやったりとか
でまあ親にああなんかあれを送っといてとか連絡したりとかまあ人によって本当に使い方様々なんですよ
で人によってはもう30分意味ないから30分も使えませんみたいなやつも出てくるんですよ
まあそうするんだって別にLINEも来ないだろうしでそんなだってそんな連絡がなんか緊急のね用途があれだったら来るかもしれないですけどそんな別に
確かに来ないだろうしな
でもねあの寮じゃなくて自宅から通ってる同級生の子はそのルール課されてないんで同級生の中でもスマホ持ってるやつとかいるわけですよ
まあそうでしょうね
で放課後遊びに行ってなんか一緒にラーメンとか食べてなんかラーメンの写真撮っといてって言って友達に撮ってもらってそれを後で送ってもらうらしいんですよ
そんなことあるっていう
まあね
でもそれなんか別に無理やり話しつなげるわけじゃないんですけどまあでもネットない時代ってそうだったなっていうところもあり
で結局日記っていうのもそうでなんかあれってなんであんなにグッてその実感値として結構受けるかっていうと
割とそういうネットない時代とかあってもなんかあのまだ柄系の時代みたいななんかそういう時代の文字だったじゃないですか
めっちゃ平成0年代みたいな日記ばっかりだったじゃないですか
そうですね
なんかその時だからこそ持つリアリティというかエネルギーってあるんだろうなと思いました
でもなんか日記って呼べるかわかんないですけどメモに書きません?今も思ったこととか
メモっていうの手書き?
だからそれが携帯じゃないですか
だからあの日記っていうのは手書きだったっていうのもまあ一つあんのかなと思ったんですよ
だから今だったらそれを携帯でポエムっちゃうというかまあ日記も含めてですけど
その書いちゃうっていうのはもちろんあるだろうしただラサールの子たちみたいにもうないですっていう状態
まあ多分その柄系の時代もなんか授業中とかなんか携帯出しちゃダメですとか
そういうローカルルールがあったりしたとこもあったと思うんですけど
まあそういうのも含めて携帯のメモじゃなくて手書きっていうところの手書きが持つパワー
しかもそのじゃあ今手書きすればいいのかっていうそういうことじゃなくて
手書きしかないみたいな選択肢がそれしかないみたいなものが持つ
なんかエネルギーってあんのかなっていうのはちょっと思いました
そうっすよねこの間全然話変わるんですけど
宮沢賢治の雨にも負けずってあるじゃないですか
まさしくその映画見ました
映画じゃないですって実物を見に行ったって話なんですけど
実物見に行ったんですか
森岡に
そうそう森岡に行った時があって
その雨にも宮沢賢治記念館みたいなとこに行って雨にも負けず見たんですよその実物
実物雨にも負けず
はいはいはい国語弁談でよく見てたやつだ
そうそうそうで実物雨にも負けずはなんか本当に雨にも負けずなんだなと思って
小っこいメモ帳に書いてんじゃなかったの
そうそうそういやマジの日記なんですよ
マジの日記ってか本当にすごい伝わりづらい各自検索してほしいんですけど
雨と負けずっていうのは同じ大きさで書いてあってにもはちっちゃいんですよ
言葉のサイズとして
分かります分かります覚えてます覚えてます
そういう手書きってフォントとか大きさの操作もできるじゃないですか
配置も自由だからやっぱそういう何て言うんだろうなまあフォントで言うとその
デザインみたいな文字のデザインみたいなタイポグラフィー的なことも手書きだとできるから
すごく伝わりやすいなっていうのが雨にも負けずはこう実物読むとこんなに伝わるんだみたいな思ったのと
やっぱそうですね日記も同じだなみたいなことをこれを見て思いましたね
そこがもう散々話しましたけどだから私はここで生きるの竹内さんが文字を綴るっていうことで40冊のと書いてたじゃないですか
あれもちょっとだから僕結構宮沢賢治がフラッシュバックしたというか
あれはねだって賢治の本ありましたよね何だっけ青空書店の中に
ありましたね確かに
意識はしてるんだろうなと 確実に意識はしてる
そういうやっぱなんか竹内さんもノートに書いてるっていうのもあったし
だからなんか手紙を出すとかもよくありますけどそういうのも含めて紙のね
手紙を出すとかも含めてそういう回帰はなんか理解できるなと思いましたね
あの回を見てそういう手書きっていうことへの回帰というか
それはいいなと思えることに関しては結構賛同っていうのはあったんですけど
なんかそれをまた大変なのを見て物語性を勝手に作っていくっていうのはまたなんか面白いなっていう
うんちょっとなんかそんな気はしましたがね
あとまぁ今回そのドキュメンタリー部門でオンデマンドに入っておらず
僕が紹介しなかったものとしてはあの川口くるどじん真相ですね
スマホと青春
ああ幻の作品ですね
これはもうあの本当にどこでも見れないんですけれども
あのいろんなね事情があり変更報道じゃないかっていう話になってね
あの川口くるどじん真相はAパターンBパターンというのが存在するんですけれども
再放送された グレードランナーみたいだね
そうです再放送された ディレクターズカット版みたいな
再放送されたのはディレクターズカットでねなんですけれども
やっぱねぜひAパターンがね本当は面白いので見てほしいんですけれども
ちょっともう見れないということで
まあ調べると多分ねどういう内容だったかとかはネットで出ると思ってまあまあ
いやーでもこれ今年のドキュメンタリーでやっぱそういう情報化社会とまあフェイクAIみたいな話は外せないんじゃないっす
そうですねまあ僕がもう一個挙げてるのだとそして息子はAIになったってこれBSのドキュメンタリーなんですけど
これオンデマンドで見えるんですよね多分 見れます見れます
息子を銃乱射事件で亡くしたアメリカかなアメリカへ銃乱射事件で息子を亡くして
でその亡くなった息子が銃をインフルエンサーにして銃乱射事件をアメリカから亡くしたい
だからその銃規制をかけたいみたいなことをやっぱり両親が思って活動していくんだけれども
まあAIでそうやって死者を蘇らせるっていうのは冒涜だみたいなことだったりとか
とはいえまあそういう社会的意義があることだからって言って賛同する人がいたりとか
まあそういういろんなこう葛藤が描かれている作品でまあ最終的にはその本当にこう
じゃあなんで息子を本当に自分たちはこうAIにしたかったんだっけみたいなことを
すごくこう逆に両親たちに問いただされるみたいなね
これはなんかその誰から日記を開く時みたいなそうなんか変な見方をしなくて普通に見て
わかるなっていう話ではありますけどね
まあねもう今年は結構そういうドキュメンタリーはたくさんありましたね
倫理的葛藤
NHKスペシャルでやったのが作られた真実ディープフェイクの時代っていうのがあるんですけど
これもまあ本当NHKスペシャルでも調査報道的にたくさんいろんなことを取材して
まあそれをもとにドラマ版みたいなところもあってドラマパートとドキュメンタリーパートがあるんですよ
でなんかドラマパートでめちゃめちゃなんかこうすごい僕らの心を追い込みながら
これは実際にあったことですっていうふうにドキュメンタリーパートが挿入されるっていうちょっとえぐい仕掛けになってるんですけど
まあそれでもありましたねやっぱりなんかその死んだ息子に孫が成り変わってお母さん頑張って手術受けてねみたいな
AIで全部顔とか声変えて祖母を元気づけるみたいなのはあるんですけど
まあそれも山下さんの今の話と一緒ですよねそれっていいことなのみたいなのがよくわからないまま
これは実際に中国で起こったことであるみたいなやっぱ中国なんでもあんだみたいな感じで
まあもう本当にフェイクとその倫理性みたいなところですよねまあAI技術とかの発達によるところでの倫理性がもう問われていて
まあほぼ答えは出てないよねというのがまあ2025年の現在地って感じですかね
まあそうですねまあなんかそうね答えはそうねだから一位な世の中的な答えを求めるかっていうことがなんかある気がしてて
多分もうそれはないんじゃないかなっていう答えがそれぞれにしかない気はまあしてますかね
だからまあ別にいいと思ってそうやってやる人もいるだろうしで別にそのね息子をそのAIになってそのAI息子をインフルエンサーとして
で別に最終的にそれが10期生になればいい話なのかもしれないしとかなんか結構そういうそのね正しい正しくないみたいなことがもうそれぞれの
指標に中にしかない時代に突入してるなあみたいのはすごく思いますかね
まあでもややこしいですけどその答えはないそれぞれで考えていくしかないんだということもまだなんか社会に馴染んではない気がしますね
ヤマゲさんの中でその考え方あるし僕もそれはすごく普通だと思ってるんだけどなんか世の中的に普通じゃないというか
でもそうだと思います
いやこっちであるっていうアジテーションが大きすぎるまだ社会だからなんかいやそれぞれだよねとか答えてないんだよねにまだ社会が至ってなかをすごく痛感する2025年って感じでしたかね
情報化社会の影響
そうですねだからあれなんですよそのなんかポスト正義というかなんかニュージャスティスというかなんかそういうのが多分時代としてはあるんだけど結局それはその陰謀論とか特にそうじゃないですか
一位な世の中に真実がありそれは絶対に正しいのであるみたいなことが思っているからそういうのがはびこるわけなんですけどいろんな考えがあるみたいなことが本当は広がるといいなっていうのは思ってますかね
まあね本当にそこのアジテーションが大きすぎるのとそれを考えるみたいな形でやっぱだから哲学とか教養とかがまた振り返してきてるのかなっていう感じですかね
そうですねなんかそのアジテーションみたいなのの方向性をこうどうしていくかみたいなのがなんか結構求められてきている気はしますけどね
別にそれこそなんだお金が集まる方向に行けばその例えばなんだろうなこうよく言うその sns フォロワー稼ぐんだった政治家陰謀論の話みたいな話じゃないですけどそういうなんか稼ぐ話だったら
本当にそうなってましたよね
そうです稼ぐ話だったらそれはそうですだって絶対それで sns だった方が稼ぎますもんそれはもうなんか資本主義社会において今何がその sns フォロワー増やしますかって言われたら多分真の回答は実はそれになってしまってただでもそれでいいのみたいな話あるじゃないですか
それは全く良くないと僕は思うからその話をあえてしているわけでじゃあなんかその新しい真実というかそういうアジテーションしていく方向はどんなんだろうみたいなのの今回この僕らがねこの NHK がすごいやってるのもそうですけどまあ一方向として結構こういうなんかキュレーションしていくみたいなことが意外と重要だと思うし
AI でねそれこそ日本で言うとあの AI の中で信頼できるソースとして結局ノートっていうのが今あるらしいですねAI の中で
どういうことですか
検索よりもノートとかに真実が書かれてるっていう風にAI は理解していて
学習してるんですか
そうそうでAI ノートから結構拾ってくることが多いんですって
ノートってだからサービスの方の
そうそうサービスのノート
サービスの
そうそうそうらしいですよノートが SEO を強くした結果ノートが世の中の真実であるという風に考えられているからだからチャット
ちょっと待ってでもそうかな
そうそうそうじゃないじゃないですかそうじゃないんだけどでもチャット GPT 的な世界観で言うと実はそうなっていて
なるほどね
それがやっぱさっきの日記の話にこれぐるっと戻ってくるんですけど人々の日記がそのAI 的な時代で言うと真実になってしまう時代だからこそ結構そういう物語じゃないけど気を付けた方がいいよっていうのは
ちょっとカギカッコつきのなんか正解すぎますね
そうそう正解すぎるじゃないですか実際そんなわけないっていうことが出てくるっていうのも確かにいや結構そう思うよくそのねハルシネーションみたいなこと言いますけど
そのAI が間違ってるんじゃなくてよく見ると参照元の人間が間違ってるって結構あるんですよ
めちゃめちゃ見ましたよそういうノート
そうめっちゃ面白くてなんか逆になんかAI がダメなんじゃなくてこれは人間がダメだろうではとか思いながらやっぱ最近見てるんですけどそういうことがやっぱ今後もっとより
例えばそういう傾向だってウィキペディアとノートが重要参考源らしいですからね
それってなんかそれがAIとして正しいか正しくないかって言われてじゃあ何だこう広辞苑だけ参照しろってそういうわけにもいかないんで
別にそういうものとしてあるんだったらそれと向き合っていくしかないんだろうなと思うんですけどね
というかあくまでそのAIがアルゴリズムで弾き出した一応暫定解みたいな学習のメモとしてウィキとノートがいいってことになっちゃってるってことでしょ
そうですそうです
すごい時代ですよ
だからやっぱ僕らもノートで72時間で発信するのもそうですけどやっぱこういうポッドキャストもそうですけどちゃんとこうね発信していかないと
発信しないものはやっぱAIも学習しないしその次の時代に残っていかないっていうことになっちゃうんだなっていうのは
さっきの日記とは真逆のことを言っているようですけどでも一方である話だなと思うんですよね
そうですねそうというか思いますよ
非常に同意で発信するしかないと思いつつ全く同じ理論でアジテーターの人たちに回収されていきそうな気がするから本当にやだなって思いました
結構ねだから難しいというか今それが本当にAIのコード一つで変わってしまう世の中だからより何かアジテートするとかではなく
その無意識下において検索結果としてこれしか出ないみたいなことで自然と情報統制されていくみたいな感じになっちゃってるなってなるしかないっていう状況に今陥りそうだなっていうのが
2025年のこういう今回のドキュメンタリーとかいろんな作品見ても思いまし日々生活していても何となく思うことですかね
だいぶ最後ちょっとあんまり希望が見えない中で締めると思われるんですが
でもドキュメンタリーはそういうもんですからね本当に現実をやっぱり一番映し鏡にしてると
でもそうですよやっぱり今ここを知るっていうのは重要なので
そうですね
それが別に良い悪いとかっていうより今ここはこれでじゃあそれをどうしようかっていうのを考えるのがドキュメンタリーだったりしますし
歴史になる前の歴史の話だと僕は思っているので辞書の話だと思っているので72時間とかもそうだと思いますけどね
そういうことなんで別にこういう話でいいんじゃないかなっていうのは思いますけどね
ということでちょっとドキュメンタリーはいろいろまだ紹介しきれないものもたくさんあるんですが
ちょっと時間の関係もありますので今回は以上とさせていただければと思います
では改めてですね本田が選んだのがだから私はここで生きる
山口さんが選んだのがあれ何でしたっけ
誰かの日記を開く時ですね
そうでしたということで今回は以上となりますありがとうございました
ありがとうございました
01:13:50

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