そうですね。
ドキュメント72時間。
ということで、あの渋谷のね、郵便局の界をなんて見てくれっていうので、お願いして。
送りつけられてURLを。
そうそう。
NHKのオンデマンドのお金も払うからって言われて。
押しかけて。
そう押しかけて。
そうありがたかったよ、大変。
さっき言った通りね、僕ら地方から東京に出てきて。
で、本当にこの放送がされて2019年とかも含めて、その前後とかでね、東京で暮らしたりもしてっていうところの中で。
で、世代的にももう平成ど真ん中じゃないですか。
そうなんですよね。
だからこの回って、やっぱ語るならちょっと同世代でほぼ同じものを見てきたアズマと語ったら楽しいんじゃないかなっていうので。
ちょっと今回この回取り上げたんだけど。
どうだった?
渋谷ね。渋谷のね、郵便局ね。
72時間ってさ、まず見たことある?
えっとね、まずこのポッドキャストで、まずその72時間を知って。
あ、そうなんだ。
そう。で、なんか年末年始とかの特番で、なんかこう連続でやってる時あるじゃんか。
はいはい、年末にね。
あれを去年見ました。
今年の頭か。
ベスト10をご紹介するというかね。
そうそうそうそう。
視聴者投票のっていうのが。
テレビを見る習慣がちょっとなかなかないんで。
あ、そうか。
72時間を見るってことがあんまりなかったんだけど、ポッドキャストでちらほらいろいろ聞いてて。
こいつずっと語ってるなっていうね。
なんでテレビ知らずに。
それで知ってるっていう感じですね。
そんな中で、じゃあ当然この回も見たことはなかったと思うんだけど。
もちろんです。
こうね、もう6年前の。
そうね、2019年の令和になる直前のタイミング。
そう、それを今こう、自分としては何回も見てるんで見返してるという気分なんだけど。
頭からすると、初めて見たこの72時間であり、この回ってなんかどういう風に映った?
なんだろうね、渋谷という町がなんかすごい自分にとって、最初にこの東京に来て行った町でもあるから。
そうだよね。
しかもその今に至るまでずっとこの、僕は渋谷という町には馴染めたことが一回もないんですよ。
わかるなー、なんか圧倒的な存在感ってあるもんね、渋谷にね。
私なんかその、渋谷に行くと僕はずっとこう一人ぼっちなんですよ。
ほう。
わかります?なんか。
え、どういうこと?
なんかあの、もともとその、一人で東京に出て行って、で渋谷にその、渋谷に住んでいる友達がいたから、
そのシェアハウスをやっている友達がいて、そこに初めて大学1年生ぐらいで遊びに行かせてもらうみたいな機会があって、
で、そこでこう行ったりとかしたんだけども、そこでその大勢で住んでる楽しそうに暮らしている人たちと、こう一人ぼっちで訪れている僕みたいな。
なんていうんですかね、この、圧倒的こうビジター感というか。
あーまあまあそうだよね。
で、その後でその数年後にこう就活とかでまた渋谷に行ったりとかすることがあったけど、
なんかこう渋谷ってこうITの企業が多いから、で僕もそのITの会社で働きたかったんで、それでまあ行ったりとかしてたんですけど。
そっか、就活の主戦場も多分渋谷だったりするんだよね、あの頃の。
そうっすね。
IT系のオフィスがいっぱい入ってて。
そうそう、だから毎回その夜行バスで行ったりとか、ヒッチハイクで行ったりとかしてたけど、常にこう一人で訪れて一人で帰って行く場所みたいな。
なるほど。
え、じゃあそういうその渋谷のイメージと今回の72時間の回って、なんかこう思い当たることがあったの?なんか共通感というか。
なんか俺と同じような一人でいる人がこの渋谷の郵便局っていう場所にはいるんだなみたいな。
確かに。
渋谷って言うとなんかその、もっとこう、例えばショッピングセンターだったりとか。
まあなんかタワレコとか。
クラブみたいなとこ。
クラブとか。
そうそうそう、そういうとことか。なんか仲のいい友達と遊びに来る渋谷に馴染めている人たち、大体2,3人連れだったりとかして歩いていて、僕はそういう人たちとすれ違いながらどんどん孤独を深めていくみたいな感じだったんだけど、ここで渋谷の郵便局にいる人って大体一人だなっていう。
それはそうだよねっていうかね。なんか用事があって来てるっていう人だもんね。
そうですね。なんか僕も渋谷に馴染み切れてはいなかったんですけど、なんか馴染み、ちょっと渋谷という町からも浮いている少し変な人がいたなっていう感じですね。
この72時間の会。
少し変というかちょっとなんか語弊があるかもしれないですけど。
個性的なというかね。
声をかける人の選び方も、なんだろう、東京でよく見る少し変な人というか。
相当人の出入りも激しいだろうしね、郵便局に。
その中でもなんか腕時計2個つけてるおばちゃんに声かけてみるとかっていうのは、やっぱ選んでると思うんですよね。
選んでると思う。絶対。
こういう人って生活してて確かにこうなんか町に出た時に、あ、いるなっていう感じで通り過ぎていくんだけど、そういう人がどうしてそうなってるのかみたいなところにちょっとこう声をかけてみて、掘り下げるみたいなのはすごい良かったなと思います。
いやわかる。そのさ、そういう渋谷とかでなんかすれ違う時に横目に見る、その、まあ時計2つつけてる人もまあよく見ないとわかんないとはいえ、まあそういう人だったりとか。
まあ今回で言えばね、一番わかりやすいのはあの猫耳バンドつけてこう原宿系ファッションみたいな。
あの人よかったですね。
してるね、ギャルの方とかいらっしゃったり。
すごい言葉遣いが丁寧で。
そうそうそう、ギャップがねまたすごいんだよね。ギャップがさ、すれ違うだけではわからないじゃない。
そうね。
っていう中で、この72時間だからこそインタビューして、ちょっとは深掘れるっていうところがあって、なんかさ、それぞれの自分たちも田舎から出てきてる地元とかでさ、そんなエンカウント率ないじゃん、そういう人たちとすれ違う。
まあね。
でさ、やっぱなんか渋谷とか歩くとさ、もうなんか最初に来てた時ってさ、なんかすごい目が映っていくぐらいさ、なんか凝視しちゃうというかさ、なんか田舎もんの悪い癖みたいな。
みたいな。
そうそうそう。でさ、こういう人ってさ、なんかどういう暮らしてんだろうとかやっぱ思うじゃん。
そうそうそうそう、なんて言うんだろうな、その街歩いてる人、その本の表紙だけ見えてる状態で。
おーはいはい。
わかります?なんかここに表紙だけ見えて閉じられてる本が浮かんでるみたいな感じの状態で、その中を開けるってことは絶対できないじゃないですか。
はいはいはい。
それ、なんか本の中開けれるんだっていうのが、なんか街頭インタビューってすごいなって思いましたね。
確かにね、なんかちょっとあらすじぐらいまでは読めるというかね、木字とかのパラ読みぐらいはできる感じが。
読んでいいんだみたいな。
読んでいいんだみたいなね。
あの、ヘブンズドアみたいな感じですよ、感覚としては。
ヘブンズドアってあれね、ジョジョの。
ジョジョのね。
どんな能力だっけ、あれ。
あれはその、人の本をめくることができるっていう。
人が本になって、それをめくることができる。で、そこに何か書き込むことができるんだけど、それは別として、めくったらその人の人生が書いてあるんですよ。
はいはい。そうだ、岸辺ロハンのわざだね。
そうそう、岸辺ロハン、そうそうそうそう。
そうか、確かに、なんかそういう感覚あるよね。
あの、この人ってどういう人なんだろうと思って、まあなんか、72時間でインタビューしていくと、ちょっとヘブンズドア感があるっていうこと。
そうそうそうそう。道行く人にヘブンズドアかけていく感覚というか。
うんうん。
それは絶対その、なんだろう、そのドキュメンタリーのやつのインタビュー番組みたいな形式だからみんな受け入れてくれるけど。
うんうん。
普通そんなことはできないですよ。
そうですね。何ですかってなるもんね。
俺がいきなりその、歩いてる人に声かけて、あなたはどうしてこんなことをしてるんですかみたいな。とか、できないから。
そうだね。本当そこの良さはあったし、それが、まあ今回で言えばその東京渋谷みたいな街だと、なんかより、なんか、表紙が派手っていうかさ。
そうね。
72時間の予算ってさ、全然表紙派手じゃないのに中身すげえっていうのもやっぱりいっぱいあって。
うんうん。
それが良さだなと思って。今回まあそういう人ももちろんいるんだけど。
うんうん。
まあね、やっぱり渋谷っていう大きな街で、多分あんな郵便局なんてさ、結構夜遅くまで開いてたりとかするから、気なしに人来ると思うんだよね。
だから、そういう中でさ、なんかピッカピカの表紙の人にやっぱさ、声をかけていくわけじゃん。
うんうん。
だからそこのさ、ワクワク感っていうかな。かなりある回なんだよね。
楽しかったろうなっていう。これ行かなきゃみたいなのも。
そうね。
あったんだろうなっていう感じはするな。
その中でも、なんかこの人気になったなみたいな、具体的な人っていうの。
いやー、この人気になったなか、なんだろうな。
まあ一番、やっぱその、グッと来てしまったのはまあ最後の手前ぐらいの。
うん。
あのー、三兄弟のお母さん。
あーそうだよね。
うーん、まあまあこれはね、どんな人でもグッと来てしまうわなっていう感じの。
うんうん。
まあその、お母さんで、一番下の娘がダウン症を抱えているけど、まあしっかりこう、なんていうんですかね、元気に育ってくれて、でその三兄弟に、こう今手紙を書いていますっていう。
うん。
街を歩いてたら手紙を書きたくなって、それで郵便局に行きましたみたいな。
エモいな。
いやー、街を歩いててふと手紙を書きたくなるなんてことは、ありますか?
いや、ないね。なんか、それもあるじゃん、今回の回ってさ、なんかそもそも手紙書くことなんてある?みたいな、この時代で。
そうそうそうそうそう。
仲間かないよね。
それはね、手紙を書いてた人って、意外と少ないから。
かなり少ないね。
この中で言うと、確か二人かな。
二人というか、一組はその、集まって、あのー、大阪とかから集まってきた、あのオタクの女性たちの三人組で、
で、その手紙は、そのー、自分に向けて手紙を書いてたよね。
はいはいはい。
なんかこう、日記みたいな感じで、こうこう、こういうことがあったみたいな。
旅先からみたいなね。
旅先から書くっていう。
それ以外は大体、なんかこう、あのー、ま、令和に変わるタイミングだから、切ってもらうとか。
そうだね。
消し印とか。
検証ハガキ送りますとか。
うんうんうん。
なんかそういう人が送って、で、本当にピュアに手紙書いていたのはそのお母さんだけだったかもな。
そうだね。たぶん、ほ、ほんとにそうだね。
どんどんなんか、荷物送るとかね。
郵便だから、どっちかというとそっちの方が多かったもんね。
ね。そうね。
えー、やっぱなんか時代もあってさ、すごいこう、やっぱメルカリとかで出店しますみたいな。
はいはいはいはい。
なりましたね。
結構。
あのー、子よかったね。
彼すごい、いい、いいキャラだったな。
あー、えーと、2400円で自分の価値を示すっていう。
そうそうそうそう。
経済学部1年生の男のね。
経済学部1年生。すごく経済学部1年生らしい感じで。
あれはなんか、俺の頭の中でこう、あずまで再生されましたね。
いや、僕が経済学部1年生の時に出会えてたらいい友達になれるかなっていう。
そうだね。そんな感じするもん。
ね。ちょっとね、こう、突っ走りすぎちゃってる感じが、また愛せるという。
そう。あの、手紙出す話でいくとさ、やっぱさ、
ま、なんか本当に、これ別に平成でも令和でも一緒だけど、
すごいなんか特別な行為に、もう今なってるんじゃない?
なってるね。
僕、その大学生の時は、手紙ちょくちょく書いてたんですよ。
うん。分かる分かる。
あの、自分もあずまからもらったことあるよ。
あ、そっか。
あるある。し、自分もあずまに出したことあるし。
うん。手紙書く友達が一人いて。
うん。
やたらと。多分共通する。
共通のね。今、いまだに手紙送ってるけど。
うん。いいね。そう。
で、多分彼の影響なのかな。
そうだね。
それで、学生の時は、なんかちょっと、あの、旅行でどっかに行った時とか、
そういう節目のタイミングで、こう、友達に手紙を書くってことをやっていた。
なんか、もう最近になって、もうついぞやんなくなってしまったよ。
でもあれは結構良かったなって思う。
そうだね。ちょこちょこね、ドキュメント72時間でも、こういう郵便局の会も複数回あるし。
あ、そうなんだ。
うん。あとさ、銀座とかに、あの、文房具店とかでメッセージカードとかすごい売ってるお店とかあるじゃん。
うんうん。
あそこに高いとこは、やっぱりその手紙コーナーに3日間いて。
はいはい。
今、手紙のレターカードとか買う人ってどういう人なんだろう?みたいなのは。
はいはい。
あったりもしたし、そういうのでね、ちょこちょこ手紙を送ることみたいなのはあったりするんだけど、
今回で言えばさ、なんか特に、やっぱ平成から令和みたいな、なんかちょっと節目の、なんか総括みたいなインタビューが多かったじゃん。
多かったね。
うん。だから、なんかそこが上手く引っ掛けられてるなというか、
なんか普通の日に郵便局行っても、なんか節目で書いてる人って、もちろんその人の人生の節目それぞれだから、それぞれのタイミングであるだろうから、
誰かはそういう人いるのかもしれないけど、今回はもう、なんかこう平成30年終わったなって、なんか平成から令和ってやっぱなんか区切りがちょうど良くない?なんか30年ってさ。
うーん。
それもあって、特にあずまが挙げてくれた人とかも、30年間自分で総括すると、子育てに充実してたっていう時代で、
3人の子供たちが、まあそれぞれやっぱり30、まあ平成初期に生まれるとね、30年、一人立ちとかも含めて育て上げるっていう感じがして、
なんかこの30年っていう期間がなんか、すごい人生の中でやっぱ締めくくる人時代の長さ感ってあるなと思ったんだけど。
いやほんとね、綺麗にまとめてくれますね。
いや、ちゃうちゃう。
さすがですよ。
ちょっとちょいちょいリズム崩してくれよ、この人。
崩していかないとね、せっかくだからね。
そうだね。
でもなんかね、その、なんだろう、50代以降の自分の人生って想像つかなくないですか?
いやわかんないよ、確かに。
40代はちょっと見えるけど、今が30、34歳ぐらい。
で、その結構モヤに包まれてるんですよね。
で、今回インタビューしてた人、結構50代より上の人が多かった。
多かったよね。
うん。でも結構ね、ほんとなんか、人生いろいろ感すごくて。
その、まあ何でもやれると思ってたけど、急にこう腎臓の病気になってしまって、みたいな。
自分の残された時間を、もう53歳だったけど、もう意識してざるを得なくなって、みたいな。
人もいれば、なんか。
時計の人だよ。
あ、そうそうそうそう。
だから腕時計を2つつけるという、ちょっとそれはわからない。
そう、そこからがわかんない。
病気になってまではすげえわかるのに、急にその、だから時計を2つつけてるっていう意味のわからないロジックなんだけど。
いやーでもね、その本人なりは切実な何か。
そうだね、多分そうなんだろうけどね。
かと思えきゃ、なんかもう、自分の写真集を、こう、送っている52歳の方とかもいらっしゃって。
そうだね、うん。なんだっけ、30年ラジオやられてたんですね。
そう、ラジオパーソナリティを30年やっていて、で、そのファンの人たちにこう、不締めのタイミングで、みたいな、写真集を作ったの。
すごいね、30年って。
すごい。これはなんかすごいなと思いましたね。
なんかそのラジオ30年やってる方とかもさ、なんか当時、なんかFM局のなんか解説ラッシュとかで、結構すごい仕事がたくさんあって、
そこからもう夢中になってたら30年経ちましたって言ってたんだけど。
なんかさ、そういうのも知らないじゃん。あ、そういうなんかFMの解説ラッシュみたいな時期があったんだとかさ。
うん。
で、しかもそこからまた30年続けてるっていうのもすごいし、
本当、アブンが言った通り、ちょっと自分らが想像できない、なんていうか、結構長期間の人生のスパンについて、なんか経験してる人たちの話っていうのは、
そうそう。
めちゃめちゃなんか参考になったよね。
うん。30年っていう単位は結構象徴的だなっていう感じはするな。
まあ平成が30年ぐらいっていうのもあるし、自分らもさ、生まれてきて、まあおよそ30年ぐらい経って、
30年ってこんな感じっていう、なんか時間間隔がようやくわかってきた感じというか。
そうだね。
自分がなんか6歳とか7歳とかの時に、その30年前のことって想像もつかなかったじゃん。
無理だね。
でもなんかその、この自分という長さの物差しというか、30年分の物差しがあって、それを後ろに30年ガッとずらしたら、
あ、そんな感じかみたいな感じが、なんかようやく、例えばその1970年代こんな感じだったのかなみたいなのが、
若干こう想像することができるようになってきたというか。
そうだね。やっと30年はね、やっと一周だもんね、僕らはね。
うん。で、そっからその自分が今まあ34とかで、そっからさらにプラス30年したらまあ64歳とか。
うん。
やった時に、こうどうなってるかみたいなのは、まだかなりもやに包まれてはいるけど、
なんかそこでこう登場してくる人物が、こうなんていうんですかね、30年後の自分がどこら辺にいるかっていうこのマッピングのこうポイントになってくるというか。
うん。
写真集出してる人もいれば、病気を抱えてる人もいればみたいな、子育てを育て切って、今こんな感じみたいな人もいればみたいな。
そうだよな。なんかしかもそれがさ、今回その、まあたまたまっていうかさ、その一応この日本の和暦の中では平成っていう歴がさ、
ちょうど30年とかで終わったっていうのもあってさ、なんかわかりやすく、それが、
例えばなんかその、和暦の30年っていうのをどこから引いてどこから終わりまでやるかとかって人それぞれなんだけど、
今回で言えばなんか平成みたいな感じで、30年その、まあ基本的に日本人にとっては全員に一括りにできる節目がある。
与えられた平成という時間。
そうそう。面白いねそれもね。
うん。確かに。なんかドラマシリーズのこうなんか、ワンシーズンみたいな感じ。
そうだね。
シーズン1こうだったよねみたいな。
シーズン1平成終わりみたいな。
平成。確かにそう考えるとなんか年号って悪くないなみたいな。
そうだね。
なんかデカい節目が1個、なんか人生の中でも長すぎも短すぎもそこまでしない単位で与えられるみたいなのが。
確かにね。でもさ、なんかそれがさ、なんか思ったのは、自分この回を最初に見た時とかはやっぱりそういう思いって、まあ自分の年齢とかもあるんだろうけど、なんか生まれ、
最初にってことは5年前くらいか。
そうそう生まれなかったんだけど、やっぱ7年くらい経って、6年か、6年くらい経って、なんかね、あ、なんかやっと平成って終わったんだなみたいな感覚もあるんだよ。
おー。
なんかこれを見て、あ、やっと終わったというか、なんかやっとこれを見て昔だと思えたところもあって、その辺ってアズマどう思った?なんかこの映像とか話してる内容とかやっぱ価値観とかも含めてさ、なんか変わったものって感じだ?
それはね、だってこれ放送された1年後にさ、もうコロナで渋谷がらんどうになってたわけよ。
そう、ほんとそうだよね。
そこから1年ちょうど経つと。そっからなんかこう2,3年くらいがらんどう期があって、それ挟んで今みたいな感じだから、なんか、1週どころかちょっと2週くらいしちゃった感じは。
あるよね。
覚醒の感痛かなんか。
そうだね。ほとんど令和のさ、令和元年から5年6年にかけてがそういうさ、コロナ的なもので、なんか結構失われた何年みたいな言い方も、まあされ得るところだから、なんかやっとそこでぽっかり精神と時の部屋みたいにぐるってなって、今7年になって、うわ平成の最後ってこうだったなっていうのは僕らが今思うっていうね。
本当に終わったんだなみたいな。
そうそうそうそう。
ようやくその過去のものとして見ることができるようになってきた感。
そう、それをすごいなんか感じたんだよね。
なんかさ、こう、やっぱ具体的に言えば、やっぱなんかそういうこう、物理的なさ、やっぱ今回もそのなんか化身みたいな感じでさ、なんか平成何年の化身、そして令和元年のみたいな化身みたいなのがあって、なんかそれが、それとか、まあ切手とかもそうだけど、
そういうなんか物質的なものに、なんかこう、まあ今でもさ、それ言うのはゼロではないんだけど、なんかまだまだそういうものが本当に力を持っていて、で今回はなかったけどさ、なんか自分たちの時だと、それこそその就職活動の時とかにさ、エントリーシートはさ、なんかこう血腥音がこの日で出せば、なんか有効みたいな、あったじゃん、なんかそういう。
血腥音という概念のね。
そう、概念ね。
まだ生きてた?
いやまだあるんだけどね、全然。
あるか。
あるけど、あるけどなんか意味を成してないっていうかさ、そこまで。
はいはい。
牽引がないというか。
うーん、まあそのコロナのなんかタイミングで、もうウェブミーティングで一緒みたいな。
あ、そう本当にそう。
かなり来たよね。
来た来た。
そこは結構大きくそうだなあと思ったし、逆に言うとその冒頭で来てた、アニメが好きな人の集まりみたいなとか、そういうなんか、今はもう全然、というか今はもっとそれが主流になっている。
なんか、より燃え盛ってる感じの。
そう、推しみたいな文化の、なんかその邦画みたいなさ、まだその名前自体はあんまり推しとかみんなは認知してない。
推しという概念ってなかったんだよな。
多分ないよね、この時は。
なかったと思う。
少なくともそんなにこう、人口に感謝した概念はなかったと思う。
だよね。
うん。
そういう人がいて、でやっぱり結構話戻ってくるけどさ、その猫耳のギャルの人がさ、なんか自分の好きみたいなものをさ、自覚わかるようになるまで結構時間かかったっていう話もあってさ。
別に人に誰からも言われない、その好きって大事にしていいじゃんっていう感覚になるまで、やっぱ結構かかって、今ちょうどそういうのが2019年時点で始まってきたよなぐらいの感覚を覚えたんだよね、見直して。
ここになんか芽生えがあったのかみたいな。
そう、芽生えと終わりと、なんかそのどっちもがある。
なんかアズマンの中ですごい、ここに平成を感じたみたいなものってある?
平成を感じたか、どれだろうな。今ね、リストアップしたやつを見てますけど。
リストアップしたんだよね、今回出てきてる人たちは。
いや、ちゃんとね、出るにあたってはちゃんと真面目に見たからね。
変なとこ真面目なんだよ。
平成感じたか、平成、なんだろうな、ちょっと待ってね。平成感じた話じゃない話。
いいよ、全然。
でも、なんかあの、83歳の人でも癌に侵されてる人みたいな、いましたよね。
はい、いましたいました。
20代からずっと切手収拾やってて、それをもう今もずっと続けてるみたいな。
っていう人が、街の中をアウトドアみたいな格好をして、
郵便局を通じてたのがなんかすごい、別にそこをフィーチャーしたような表現はなかったんですけど、
それはね、なんかすごい印象に残ったというか。
自分の体が思うようにいかなくなるっていうことは、街が山みたいになるってことなのかな、みたいな。
なるほどね。
いつどこで足を踏み外すかわかんない。だから、装備も軽量で、杖もなんか強いものを持つみたいな。
動きやすい。
衣装でこう街でアウトドアしてるのはちょっとかっこいいなって思いました。
なんかかっこいいって思ったんですよ、そこ。
それはなんかいいなと思いましたね。
なんかさ、ああいう人の感じで、なんかこう多分後半の雑談みたいな議論に入っていくのかもしれないけど、
自分があの人とかそういうのを見て思うのはやっぱ、結構さ、こういう大都会の東京みたいな感じでも、