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ポッドキャスト配信リレー2026
2026-09-30 15:00

ポッドキャスト配信リレー2026

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今年もポッドキャスト配信リレー参加しました。

その時の音源です😊

家族の事などペラペラ喋ってますw

りんご荘での参加は初ですが、皆勤賞です✨

毎年楽しみなイベントです。

感想

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サマリー

黒柳林檎が、働きながら3人の子どもを育てた日々を「ペラペラ」というテーマで振り返る。夏休みの音読カードを最終日に40日分まとめてサインしたことや、前夜に学校用品を買いに走ったことなど、時間・体力・財布に余裕のない生活を語る。子どもに十分向き合えなかった罪悪感はある一方、弁当作りや洗濯、急な買い物も子どもを育てるための愛情だったと考え直している。子どもが成長した現在は単身赴任先から帰宅すると夫に話し続け、かつて自分が子どもの話を聞き流したように夫も半分ほどしか聞いていないという。家族は役割が変わりながら、完璧でなくても一緒にいる関係なのだと結ぶ。

配信リレーと「ペラペラ」な働く母の話
はい、りんご荘壱萬七号室という、声日記を配信しております。 黒柳林檎と申します。よろしくお願いします。
人間広告者さん、お疲れ様でした。何か味のカレーの話なんかもしながら、 マーケティングや広告について楽しくお話しされている番組ですね。
なかなかの素敵なバトンを受け取ってしまいました。 まあ、マーケティング?難しい。
こっちは、夏休みの音読カードを40日分まとめてサインしたお母さんです。 マーケティングもね、噛まずに言えない。知性の落差がすごい。でも考えてみれば、広告もマーケティングも誰かに何かを伝えるものですよね。
ポッドキャストもマイクの前で誰かに何かを伝えるものということで、 人間広告者さんから受け取ったバトン、今度は私が15分ペラペラ喋って繋いでいきたいと思います。
ペラペラが、テーマで15分も何をペラペラ喋れというのかと考えました。 いろんなペラペラがありますけど、私が考えた結果ですね、
ありました。私にも語れるペラペラなものが、それは働くお母さんの時間と体力です。
今日はですね、長年仕事をしながら子育てをしてきた私のちょっとペラペラな、まあどうでもいいんですけどね、お母さんの人生についてペラペラ喋ってみようと思います。
夏休みの音読カードと子どもを見る余裕
夏休みの音読カード。子供が小さい時に、小学生の頃、夏休みの宿題に音読ってありませんでした?
毎日教科書を声に出して読んで、親が聞いて読んだらカードにサインをする、あれです。
本来なら子供が、お母さん音読するよと言って、お母さんは隣に座って、はいどうぞなんて言いながら、
わが子の成長を優しく見守りながらね、読み終わったら今日は上手に読めたねーなんて言って、
頭でなでなでとかね、してね、にっこり笑ってサインをする。そんなもんやっとられるのですよ。
こっちはね、毎日毎日バタバタしよるんです。朝から仕事に行き、帰ったらご飯、洗濯、片付け、明日の準備、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、
3人それぞれ呼んでくる。お母さんは一人しかおらんた?ってね。で、子供が小さい頃って、とにかくお母さん見て、お母さん見て、お母さん見てって言いません?
お母さん見て。見よるよ。見てません。お母さんすごいやろ?すごいすごい。何が?料理しながらですからね、こっちはね、洗濯したりとかね、しながらですから。
そこで突然、お母さん見て。振り向いたら、よくわからんポーズしとる。変顔に変なダンス。三点倒立に側転。それは今、絶対に見らんばいかんやつやったと。
まあね、癒されもするんですが、調子に乗ってね、しつこくされたり、もうエスカレードして、なんかこう、物をね、ぶつかって落としたりとか、壊したり、あと兄弟喧嘩が始まったりね。
ずっともうだんだんイライラ。でもね、子供にとってはね、たぶんね、大事件なんですよ。めちゃくちゃ楽しい時間なんですよね。
今日できるようになったこと、学校であったこと、描いた絵、よくわからんポーズ、自分の中で最高の変顔、全部お母さんに見てほしい。
でも当時の私は、うんうん、すごいすごい、はいはい、はいはいはいはい、と言いながらご飯を作っていた。
今考えると、もう少し見てあげればよかったかなぁと思うんですよね。ただですね、毎回あの謎のポーズや変顔まで真剣に見られるほど、こっちにも余裕はないんですよ。
子供たちは夏休みとか、もうテンション上がっちゃって、もういつもよりさらに元気。給食がないから、プラス弁当作りがね、家事に追加されて、親はフラフラ。
話は戻りまして、音読の話。夏休み最終日。ふと音読カードを見ると、真っ白。ちょっと待って、あんた音読はしてない。一回も?
普通のね、教育熱心なお母さんならもうここでね、怒るんでしょうね。でもハードワークの私にはもうそんな余裕はありません。
明日提出です。私が言ったことは一つ。もうペン持ってき、そして40日分。一気にサイン。7月、覚えてない。
8月1日、多分読みよった。8月2日、多分読んだような気がする。8月3日、この辺り多分そろそろ読んでないやろ。
8月15日、終戦の日は読んでなかったような。8月31日、読んでない、読んでない。
でもこのカードの上では40日間、1日も欠かさず音読を続けた模範児童の完成です。先生、ごめんなさい。今ここで謝罪いたします。
そして何より恐ろしいのが、親が共犯であるということ。サボりの共犯。教育とは、宿題とは何だったのでしょうか。
時間・体力・財布が足りない生活
親になると、いろんなものがペラペラになりますね。でもね、今になって思うんですよ。
仕事しながら子育てしている時って、本当にいろんなものがペラペラだったなーって。まず時間がペラペラでしょ。
朝起きた瞬間から、もう自分の時間なんてほぼない。その次に体力がペラペラ。仕事で全部使い切って帰ってくる。
玄関を開けた瞬間、残り充電3%。ちゃんと寝た翌朝でもね、100%には回復してない。
そこへ子供が、お母さん、明日クリール。なぜ今言う。明日学校で使う。だからなんで今言うかな。
夜の9時ね。そこから買いに行く。一番困ったのが書道用の版紙。
木銃、コンパス、文読機。コンパスなんかしょっちゅうね。息子はしょっちゅうコンパスをね、ぶっ壊して。
明日コンパス使わんといけんのやけど、コンパスないっちゃうね。なんで。みたいなね。
でね、これがね、コンビニにまず売ってない。版紙はたまに売ってある。木銃とかね。ある。けどね、コンパス文読機なんかなかなか売ってなくて。
ドラッグストアへもね、走って。たまにね、ドラッグストアとか置いてあるところもあって、大変ね、お世話になりました。
全国のお母さん、あれなんなんでしょうね。学校で必要なものって、なぜか前日の夜に発表されません?しかも寝る前に。
そして財布もペラペラ。給料が入ったら一瞬だけ財布がふっくらする。
家賃、食費、学校、習い事、なんやかんや。はい、ペラペラ。給料日とは財布が一瞬だけ膨らむ日です。
だんだん給料日来ても全然嬉しくない。もうすぐなくなるんやろうなーってね。滞在時間が短すぎる。ちゃんとしたお母さんでなんだろう。
不完全な子育ても愛情だった
当時はね、ちょっとね、ちょっとだけ罪悪感もあったりしたんですよね。もっと子供の話を聞いてあげた方がいいんじゃないかなとか。
もっと学校のことを見てあげんといかんよねとか。もっとね、手の込んだ料理を作ってね、なんかこれぞお母さんの味みたいなのをね、食べさせてあげた方がいいんじゃないかなとか。
もっと一緒にいてあげられたらいいんじゃないかなとか。世の中にはちゃんとしたお母さんというね、素敵な生き物がいるんですよね。
朝ごはんをきちんと作って、学校行事には全部参加して、子供の宿題を毎日見て、いつも笑顔で家も綺麗、お肌も髪もツヤツヤ、実在するんでしょうか。
少なくとも私には無理でしたね。家にいたのは仕事から帰ってきて、お腹すいたご飯は何?と子供に聞かれた瞬間、冷蔵庫になんか入っとらん。
とりあえずそれ食べても待って、今からご飯作るけん、とバタバタ仕事着のまま、ざっとしたご飯を作るお母さんです。
しかし子供が大きくなってから、ちょっと考え方が変わりました。音読を40日間、ちゃんと聞いてあげられなかった。
学校のプリントをちゃんと読めなかった日もある。話しかけられて、うんうんって返事しながら、実は半分くらい聞いてなかった日もある。
ほんと子供たちごめん。でもそれって愛情がペラペラだったんだろうか?違うと思うんです。
私は働いてた。毎日働いて、家に帰って、ご飯を食べさせて、洗濯して、次の日また仕事に行った。
決して丁寧ではなかった。完璧でもなかった。でも子供たちのために必死ではあった。
愛情って綺麗な形ばかりじゃない。子育て中って愛情というものは、もっとわかりやすいものって思ってました。
抱きしめるとか、大好きだよって言うとか、いつも優しいとか、一緒にいつも遊ぶとか。もちろんそれも愛情です。
でも今思うと、朝早く起きて弁当を作ったことも、眠いのに洗濯したことも、熱を出したら仕事場から大当てで帰ったことも、
夜に必要なものを買いに彷徨ったことも、全部愛情だったんですよね。
本人はその時はね、そんなつもりないんです。これぞ愛情っては思わない。
これでいいんかな、子供たちかわいそうじゃないかなとね、葛藤もありつつ、ただやらんと明日がね、回らんけんやらないと、それだけ。
でも親の愛情って、案外そういう隠れたところにあるものなのかもしれませんね。
単身赴任先から帰る妻の止まらない会話
そして子供が育った現在、もうね、娘も二人とも大学生ですし、息子も高校生、子供たちも大きくなりまして、
お母さん、明日これいるとか、お母さんあれがないとか、お母さん見てみてってね、言われることももうずいぶん減りましたというか、ほぼない。
じゃあ、あれだけペラペラだった私の時間に、ようやく厚みが戻ってきたのかと思うでしょ。
ところが現在、私は単身不妊中です。ハードワークにさらにね、磨きがかかりまして、単身不妊をやっております。
仕事をして、一人で生活して、たまーに自宅へ帰る。久しぶりの我が家です。玄関を開ける、旦那がえる。
そして私はですね、単身不妊先で一人で暮らしている半度でしょうか。旦那を見つけた瞬間からも喋る喋る喋る。
ねえねえ聞いて、あのね、こないだ仕事でさ、それでさ、あ、そういえば、あれどうなった、そうそう、それで思い出したんやけどさ、もうペラペラペラペラペラペラペラペラ。
話題にね、脈々なんてありません。仕事の話をしていたと思ったら3秒後には子供の話、
そこからスーパーで見つけた商品の話、さらにドラマの話、気がついたら最初に何を話していたのか、私自身がわからん。
でも旦那は、うん、へえ、そうね、以上。私が一人で10喋る。旦那、1返す。私また10喋る。旦那、ふーん。
会話のね、燃費が違いすぎる。こっちは肺浴満タンで帰ってきとるのに、向こうはね、アイドリング中です、みたいなね。
ちょっと聞いとるって言うと、聞いとるよ。じゃあ今何の話しよった?
沈黙。聞いとらんやないかい。でもそれでいいのかもしれません。昔の私は子供からお母さんお母さんってペラペラ話しかけられる側でした。
忙しくて、うーん、はいはいって返事しながら、半分しか聞けてないこともありました。
そして今、子供が育って、単身不妊妻から帰ってきた私は旦那に向かって、ねね聞いて、とペラペラ話をしている。
役割が変わる家族と次の番組へのバトン
そして旦那が、うーん、と多分半分くらいしか聞いてない。因果応報です。人生ちゃんと回ってくるんですね。
あの頃の子供たち、ほんとすまんかった。今お母さんはお父さんに同じことをされてます。
でもね、最近はそれも悪くないなと思うんです。別に旦那に解決してほしいわけじゃない。立派なアドバイスが欲しいわけでもない。
ただ、単身不妊妻であったことを家に帰って、あのねって話せる相手がいる。聞いてるのか聞いてないのか、若干怪しい。
いや、かなり怪しい。いや、聞いてないかも。それでもくだらない話をペラペラね、できる相手がいる。
それって案外ありがたいことなんですよね。ペラペラできる相手。子供が小さかった頃は時間も体力も財布も余裕も全部ペラペラでした。
だから子供の話を全部丁寧に聞いてあげることなんてできなかった。今は逆に私がペラペラ喋ってる。
そう考えると家族って面白いですよね。ずっと同じ役割じゃない。話す人になったり、聞く人になったり、
支える人になったり、支えられる人になったり、そしてどちらかがペラペラ喋って、もう片方がうんとだけ言う。
それでもなんとなく一緒にいる。もしかしたら家族そのくらいでいいのかもしれませんね。
今回のテーマはペラペラ。時間も体力も財布も余裕もペラペラになるまで働いた一人のお母さんの話でした。
そして今は単身不妊から帰るたび、旦那に向かって口がペラペラになっております。
でも一つだけペラペラじゃなかったものはあります。それは子供を何とか育てようとする気持ちですかね。
完璧じゃなくても丁寧じゃなくても必死に毎日を回してた。そんな自分に今ならこう言えます。
まあ、あんたなりに余裕やったよ。そして旦那にはたまにはあいじつ以外も喋らねえとね。
はい、さて私が家庭のことをここまでペラペラ喋ってしまったところで、そろそろ次の番組へバトンを渡したいと思います。
次は中日新聞ポッドキャスト明日の種さんということで、ここからはプロの記者さんにお任せしましょう。
今日聞いた話が明日誰かと話したくなる、そんな明日の種になるかもしれませんね。
それでは中日新聞ポッドキャスト明日の種さんへバトンを渡します。
最後まで私のペラペラ話にお付き合いいただきありがとうございました。
それではさようなら。
15:00

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