ではなくて。
たまたまその期間にたくさん買ったという状態に過ぎないんですよ。
状態ですか。いや私の近所の常連さんは正確的にあの店の熱狂的ファンなんじゃないんですか。
統計学ではこれを平均への回帰と呼びます。ちょっと想像してみてください。ある町に100人の人がいるとしますよね。
今毎日あなたの近所のショップに通っている5人はたまたま通勤経路がお店の前だったり、今は時間に余裕がある状態にいるわけです。
ああなるほど。
でも半年後、引越しをしたり健康のために紅茶に切り替えたり、あるいは単に飽きたりして来店頻度は必ず落ちます。
確かに一生同じペースで通い続ける人というのは稀ですよね。
逆に今まで一度も来ていなかった人がリモートワークになって急に週に数回来るようになるかもしれない。
つまり人の行動には波があるんです。
波ですか。
ええ。小さなショップは母数が少ないのでこの波の影響をもろに受けます。
一方、巨大なコーヒーチェーンはこのたまたま今たくさん買っている人とたまにしか買わない人の波を圧倒的な母数で大量にすくい上げているだけなんです。
ということは特定の期間だけを切り取ってこの人たちは愛着が深いヘビーユーザーだと思い込んでも。
長期的には確率の波に飲み止まれて平均的な回数に落ち着いていくんですよ。
ああなるほど。顧客が恋に落ちたと思っていたらただ確率の波が寄せては返していただけだったと。
それは残酷ですね。
まあビジネスとしてはそういうことになります。
じゃあデータ上でダブルジョッパディの法則の例外となるような顧客数は少ないのに購入頻度が異常に高い本当の意味でのニッチブランドというのは存在しないんですか。
いえ、データ上例外となるブランドは確かに存在します。
あ、あるんですね。
ただしそれも商品が尖っていてファンを熱狂させているからではありません。
理由は極めて物理的です。流通やアクセスが制限されているからただそれだけです。
アクセスが制限されている、つまりわざと買いにくくしているってことですか。
というより特定の場所やコミュニティでしか手に入らない状態ですね。
ソースにある一番わかりやすい例は特定のスーパーマーケットでしか買えないプライベートブランド商品です。
ああ、PB商品ですね。
いえ、全国どこでも買えるわけではないので当然全体の浸透率、つまり顧客数は低くなりますよね。
はい、私がそのスーパーに行かなければそのPB商品を買う確率はゼロですもんね。
しかしそのスーパーを日常的に利用している人からすれば毎回必ず棚にあるので結果的に頻繁に買います。
するとデータ上は浸透率は低いのに購入頻度が高い例外ブランドとして記録されるんです。
なるほど。
アメリカのヒスパニック向けテレビ局も同じです。
スペイン語を話さない人は絶対に見ないので視聴者数は少ないですが、スペイン語圏の人にとっては少ない情報源なので長時間高頻度で見られます。
ああ、完全に腑に落ちました。つまりあえてターゲットを絞ってエッジの効いた商品で熱狂を生み出したわけじゃなくて、
はい。
そこでしか買えないあるいはそれしか選択肢がないから結果的に一部の人が何度もリピートしているだけなんですね。
これニッチ戦略でコアファンを作ろうとしている初心者やマーケターにとっては致命的な勘違いポイントじゃないですか。
おっしゃる通りです。マーケターはニッチで尖ったブランドを作れば熱狂的なリピーターがつくはずだという目を見ますが、
実際には単に流通を絞って自分の首を絞めているだけというケースが非常に多いんです。
いやー痛いところをつかれますね。じゃあロイヤリティが単なる数学的確率の結果に過ぎないなら、私たちが特定の顧客を囲い込むという幻想を捨てて、
実際に売上を伸ばすつまり浸透率を上げるためには一体まず何に取り組むべきなんですか。
答えは非常にシンプルです。顧客の頭を使って深く考えさせるのをやめさせて、アベイラビリティを極限まで高めること。
アベイラビリティ、つまり手に入れられる度合いですね。これには2つの種類があります。
メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティですね。
ええ、まずはメンタルアベイラビリティ。これは消費者の頭の中での早期されやすさです。
ここで重要なのは商品のスペックや機能の違いを大声でアピールすることではありません。
ライトユーザーはあなたのブランドの細かな違いなんか全く気にしていませんから。
確かにスーパーの棚の前でこの洗剤の酵素の配合量はなんて真剣に考えないですよね。
そうなんですよ。だから機能ではなく特定の文脈で思い出してもらう必要があります。
これを専門用語ではキャテゴリーエントリーポイント、CEPと呼びますが。
その文脈って私はよく消費者の脳内に新しいボタンを設置するようなものだと解釈しているんですがどうでしょう。
ボタンですか?
つまりブランドを愛してもらう必要はなくて特定の状況になった時に一番押しやすい位置にあるボタンになればいいという。
まさにその表現がぴったりです。ソースにあるコカ・コーラのネームボトルキャンペーンが良い例ですね。
ラベルにいろんな人の名前がプリントされていたあれです。
ありましたね。自分の名前を探したり友達の名前を見つけたりしましたよ。
あのキャンペーンが爆発的に売り上げを伸ばしたのはコーラの味や炭酸の強さを改良したからではありません。
友達の名前を見つけたら買ってシェアするというコーラを買うための新しいボタンを消費者の脳内に増設したからです。
これによって普段は水やお茶しか飲まないライトユーザーのメンタルアベイラビリティを一気に高めたんです。
なるほど。のどが渇いたという既存のボタンだけじゃなくて友達を面白がらせたいという新しいボタンを作ったんですね。
ではもう一つのフィジカルアベイラビリティはどういう仕組みですか?
こちらはもっと直接的です。物理的な買い求めやすさ。欲しいと思った時に目の前にあって何の摩擦やストレスもなく買える状態を作ることです。
あるブロッコリー農家さんの商品開発が非常に参考になります。
農家さんですか。野菜ってどうしても新鮮さとか栄養価っていうスペック勝負になりがちですよね。
当初彼らもそう考えていました。しかし仕事帰りの疲れた消費者が求めていたのは栄養価よりも調理の手間を省くことでした。
そこで彼らは袋のまま電子レンジで3分温めるだけで洗わずにそのまま食卓に出せるというパッケージに変えたんです。
それは買っちゃいますね。疲れている時にブロッコリーを洗ってお湯を沸かして茹でるのって物理的にも心理的にもすごくハードルが高いですから。
その通りです。その茹でる手間という物理的なハードルを取り払い極限まで買い求めやすくした。これがフィジカルアベイラビリティを高めるということです。
脳内のボタン、つまりメンタルを増やして買う時の摩擦、フィジカルをゼロにする。理屈は完璧に理解できました。
でもですね、少し意地悪な質問をさせてください。
はい、何でしょう。
コカ・コーラのような大企業なら、億単位の予算でテレビCMを売って新しいボタンを作り、全国のスーパーの棚を殺断で確保できますよね。
でも私たちがよく目にするような予算の限られた小さなブランドは、どうやってその2つのアベイラビリティを高めればいいんですか?
素晴らしい視点です。資金力のない小さなブランドが絶対にやってはいけないのは、大手と同じ抽象的なカテゴリーで正面衝突することです。
正面衝突を避ける。
限られた予算で戦うなら、先ほどのブロッコリーのように、自分たちにしか提供できない新しいオケージョン、つまり利用シーンを定義して、そこでのアベイラビリティを独占するんです。
大手が気づいていないニッチなボタンを作るということですか?でもそれって、さっき否定したターゲットを絞りすぎるなというルールに矛盾しませんか?
実はそこが最大の落とし穴でして、ターゲットとなる人を絞ることと、利用するシーンを絞ることは全く別物なんです。
人とシーンは別物。
ダブルジョバディの法則に従うなら、ターゲットを20代の働く独身女性のように絞って、パイを小さくしてはいけません。ターゲットは全ての人と広く保ちつつ、ライトユーザーが手に取りやすい文脈やシーンだけをずらすんです。
人ではなくシーンを絞る。何か具体的な成功例はありますか?
静岡市の養農省というローカルな漁港の観光戦略が集図です。彼らは京都や伊豆のような巨大観光地と観光資源の豊富さという抽象的な魅力で勝負するのをやめました。
京都と歴史の深さで勝負しても勝ち目はないですからね。
その代わり彼らは、自分たちが東京と大阪の移動ルート、いわゆるゴールデンルートの合間にあるという地理的条件に注目しました。
なるほど。
そして、がっつり観光する場所ではなく、新幹線移動の合間にふと立ち寄って、ローカルな漁港の日常を体験する場所という新しい文脈、オケージョンを作ったんです。
ああ、なるほど。ターゲットを歴史好きのシニア層などに絞るのではなく、東京と大阪を移動する全ての人に広げた上で、移動の合間のちょっとした立ち寄りという新しいボタンを脳内に作ったんですね。
その通りです。もう一つ、ラクオイモという干し芋の商品も面白いですよ。干し芋というとどんなシーンを思い浮かべますか?
うーん、やっぱり実家のコタツでおばあちゃんと一緒に熱いお茶を飲みながら食べるみたいなイメージですね。
ですよね。でも彼らはその商品を持ち運びやすいスタイリッシュなパッケージに変えました。そして、お茶漆の相手ではなく、ダイエット中や仕事中に持ち運べるグミや雨の代替品として文脈を完全にずらしたんです。
それはすごい。干し芋のターゲットをお年寄りからグミを食べるすべての人に一気に広げつつ、カバンに入れやすいパッケージでフィジカルアベラビリティまで解決しているんですね。見事な戦略ですね。
はい。予算が限られたブランドが、今日から意識すべき指針がここにあります。既存の2割の顧客を特別扱いするために予算や時間を使うなら、それをまだ自社を一度も試したことがない8割のライトユーザーに向けて使うべきです。
まだ知らない8割に向けてですね。
そして、自社の独自資産、つまりロゴや色、独自の文脈をブレずに一貫した発信を続ける。それが科学的に証明されたブランド成長の唯一の道なんです。
いやー、今日は本当にマーケティングのロマンが打ち砕かれると同時に、めちゃくちゃクリアな視界が開けました。
愛着やロイヤリティを高めれば売上が上がるという幻想を捨てて、ダブルジョパディの法則という冷酷な通学的現実を受け入れる。
その上でライトユーザーの頭の中に新しいボタンを作り、つまりメンタルアベイラビリティを高め、実際に買うときの摩擦を極限まで減らす。これがフィジカルアベイラビリティですね。これがすべてなんですね。
そうですね。カジノの胴元になるためには、運や愛に頼るのではなく、システムを構築するしかないんです。
リスナーのあなたもぜひ自身のビジネスや、あるいは今日スーパーでカゴに入れた商品を振り返ってみてください。それは深い愛で選んだのでしょうか。
それとも誰かがあなたの脳内に巧みに設置した文脈というボタンを押しただけなのでしょうか。
日常の買い物の裏側にある確率と数学に気づくと、本当に世界の見え方が変わりますよ。
本当にそうですね。最後に一つ、少し怖い考えが頭に浮かびました。
もし、私たちが特定のブランドに対して感じている、これがないとダメだ、という愛着や忠誠心が、実は私たちの内面から湧き出る深い感情なんかじゃなくて、
単にどこにでも売っていて思い出しやすいから買っているだけ、という数学的な確率の結果だとしたら、
私たちが自分の自由意志で商品を選んでいるという前提そのものが最大の思い込みなのかもしれませんね。