1. Cra出しRADIO 工芸とカルチャー
  2. S1 ep6 民藝って何? 民藝の1..

柳宗悦『南無阿弥陀仏』の話を受けて、終了間際の『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』@東京国立近代美術館に行ってきた海&志保。膨大な展示から浮かび上がる民藝像を追っていくと、何だかだんだんよく分からなくなってきました。(展示は2022年2月13日に終了)

今回の話題:
柳宗悦『南無阿弥陀佛』の話を受けて『柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年』@東京国立近代美術館に行ってきた/めっちゃ混んでた/数時間掛かる展示/民藝のコンセプトができる前の資料から運動の流れを追う展示/民藝のアウトラインは掴めた?/民藝は緻密にプロデュースされてた?/柳宗悦はセレクトショップのバイヤー?/民藝運動を主導したメンバーたちのセルフプロデュース力/「それいいじゃん!」で盛り上がる仲良しグループ/無名の雑器などもキュレーションされてるからイケてる/プロダクトとしてデザインし尽くされた雑誌『工藝』/産業革命以降の大量生産方式がまだ浸透しきっていない時代/端広鉄瓶 形として美しい鉄のやかんの理にかなった形状/機能美と審美的なデザイン性/ろくろのような方法で作る製法=完全な手作りではない?/民藝=用の美?/使いやすさを求めた結果と自然科学のマリアージュ/生活の時間軸を感じられる味わいもキュレーションの視点のひとつ?/文化人類学的な視点/政治家的な動きも?/雪深い地域の冬の仕事を生み出し、売り先も開拓する動き/NOT国立 NOT近代 NOT美術 徹底的に国立近代美術館に逆張りし柳宗悦/土偶も民藝?知れば知るほど混乱が深まる民藝という概念/アンチ権威主義?/アワードを開催して格付けっぽい動きも それは権威主義では?/細かいデザイン指導でプロデュース 作り手の意思は無視してる?/なぜ今多くの人が民藝に関心を寄せるのか?

ConCraプロジェクトの詳しいコンセプトは公式サイトへ。
https://concra.jp

そしてここに掲げているコンセプトのもと、実際にモノを作っていこう人が集まるオンラインコミュニティであり実験場 ConCra Collective(コンクラコレクティブ)が2022年3月1日にオープンしました!
興味のある方はぜひお気軽に参加してください。
https://basic.motion-gallery.net/community/concra/

#concra(twitter)で感想、質問、リクエストなどお待ちしています!

パーソナリティ:岩田篤 蔡海 福原志保


00:01
CRA出しRADIOは、使わなくなった大切なものを、さまざまな工芸技術で生まれ変わらせるコレクティブ。
ConCRAのメンバーが、分かりたいけど勉強しにくい工芸について、見たり調べたり作り手のお話を聞いて、時に脱線しながら皆さんと一緒に考えていく番組です。
ConCRAの海です。
岩田です。
しほです。
今回もよろしくお願いします。
はい、じゃあ今日6回目になりましたね。すみません、前回の5回目、私お休みさせていただいてたんですけど。
はい、振り返ると、鎌倉仏教のポップイズムを岩田さんが掘っている中で、それをポップイズム、ポップカルチャーと類似性を見てた。
なんか適当な話しちゃったなという感じですよね。
僕はめちゃめちゃ面白いなと思っていて。
くらだしラジオという形でしっかり始める前に、普段海さんと話している感じで、好き勝手喋っちゃったので、いろいろまずいことを言っている感じはしますが。
でもそこからの流れで、民芸の話から百年天皇がやっているらしい、らしいというか、結構話題になっている。
その仏教から、たぶん一番世界で短い呪文が、呪文じゃないですよね。
お経が生みな仏なんだろうということがあって、その本を書いた柳総越というか。
総越?
柳総越。総越に。
漢字とも総越とも読みますね。
そうなんだ。漢字は同じなのに読み方は違うの?
宗吉が基本というか、基本というか、普通に本名のはずですけど、どういう時に総越というのかな。
もうどしこに分からないですね。
なに、キャラ分けしているの?
キャラ分け。
周りがそう言っているだけなのかもしれない。本人は宗吉だから。
それ、私も百年天皇見に行ったのに気づかなかった。今軽くショックを受けて。
それはね、分からんでしょうね。パネルを見ている分には。
ルビーとかふてあったら優しいかも分からないですけど。
03:00
生網打物の著者、柳宗吉の話から、ちょうど柳宗吉をはじめとする言い出しっぺの民芸という、何て言うんですかね。
最初に言っちゃったんですけど、民芸というコンセプトができて百年経ったというところの展覧会が東京の国立近代美術館であったので、
岩田さんと喋った直後、多分数日以内にも、よし行ったるぞと言って、多分最終日の前の日ぐらいに滑り込んでいけたので、それでガーッと見て、ちょっと勉強しようかなという感じで。
最終日の直前だったからというのもあったり、お休みの日だったんだったっけ。
週末ですよね。
でもすごい混んでて、まずチケットを買うのにちょっとだけ並ぶんだけど、すぐにそのチケット使えないんですよ。何時の回という紙を渡されて。
整理券の。
1時間後に戻ってきて、1時間じゃない、1.5時間、2時間後に戻ってきてみたいな。
すごいですね。
むちゃくちゃすごくて、正直言うとちょっと舐めてた。
舐めてたって何。そんな混んでないだろうと思って、午前中には行ったんだよね。
行ったんで一応常設展とかを見た後に時間調整していくみたいな感じだったんで、近代美術館常設展もすごい充実してるから。
そうそう。
いいっちゃいいんですけど。
人が混んでるっていうことを展示を見る前に、そこから何が読み取れたかっていうと、
民芸とか、一般的に足を運んでる人の中で工芸と民芸という概念というか、言葉の意味を噛み分けて来てる人は別にいるとも限らないと思うんですけど、
それを工芸に対する期待感というか、みんなが求めてるヒントがそこにあるんだろうなっていう、
民芸含め工芸に対するたくさんの人の期待感というのを感じたんで、
僕ら工芸のプロジェクトをやっていこうとしている中で、会話をできる相手がたくさんいるんじゃないかなというのを一番最初に思ったところですね。
私、民芸ってなんだか全然知らなくて、言葉としてはもちろん聞いたことあるし、民芸屋さんとか、
06:06
青山のこと通りに民芸屋さんとか行ったりして、いろんな国からの誰が作ったかわからないものとか見て、
この国のこの時代のものらしいみたいなので見てたりして、それが民芸なのかなって、
ふわっと思って、この展覧会を見たら、全然思ってたのと違ってちょっとショックを受けて、
かなりプロデュース力によって作られたものなんだっていうのを知って、
誰かが作ったものがわからないものを集めて、これでもかっけえとか言ってるだけではなくて、
その地方とか作り手の生活を支えたりとかもするっていう機能があったっていうのを展示で初めて知ったので、
すごい会場が広くて、もちろん最初のスタート入った時は人見に来たんかっていうぐらい、
ヘルトコンベアーみたいなね、あまり流れに自由度がない感じがあるんですけど、
全くなかったから気持ち悪くなっちゃった、途中で退場してるの一回、人ごみ苦手だから一旦無理って一回、
でももう一回勇気出して入ったんだけど、そんなにみんな民芸好きなんて正直びっくりしました。
確かにね。岩田さんの話もあったんですけど、僕も一緒に作品を作ってる作り手の人から、
ちょっと海子は言ってきたけど、すごいですよっていう話を聞いてたのもあって、
なんか彼ももうちょっと1時間ぐらいで軽く見終わって帰ってくる予定がちょっと何時間かかったですねって話をしたから。
甘く見てたんだな。
そうですね。で、なんか言ってみたら確かに物量はすごかったんですよ。
何らかの理由で集められなかったもの以外は全部もうそこに端から端までも集めるぞっていう気合の物量だったんで、
そのコンセプトができる前の柳宗吉の、まだ民芸運動を始める前に彼が収集してたところから着想のヒントを得るっていう導入から始まって、
いろんなものを見出したり、民芸活動とか民芸運動を言い出すための拠点として民芸館であったり、それを標榜していくメディアというか、
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当時で言うと同人誌とか雑誌とかですよね。
どういう、彼らが言いたいことをどういう言い方をしてたのかっていうことが巡往ってあったので、
民芸って何っていうのって結構どうなんだろう、これを聞いてる人はどのくらい民芸について興味があるかちょっとわからないですけど、
切り口はいろいろあるにせよ、とりあえず全部のものが置いてあったので、こういうものかっていうアウトラインは、
たぶん早足で歩くだけでもなんとなくわかるような作りになってたんで、僕も学校で勉強したりとか、民芸っていうのが引用されている文献をそんなに熟読っていうことでもなく、
かいつまんで読んだりしてて、うっすらとたまった知識みたいなのはちゃんと補強されてアップデートしていくような、そんな作りになってたんで。
全く知識ない民芸って何って思ってる私が見たら、そもそも柳創越って人も名前は聞いたことあるぞっていうレベルなんで、
まず彼がそもそも一人の人間というか、彼の前のコレクティブ、お友達っていうのが、これいいじゃんみたいなノリで収集して、それを広めていったってことすら知らなかったから、
どっかの学者が後から民芸って言ったのかと思ってたんですよ。なんか考古学的に。そしたらすごい緻密に計算されて、プロデュースされてたっていうのを見て、
これって今で言うセレクトショップのバイヤーさんみたいな動きを柳さんがしてたんじゃないかって、ちょうどスタートするときの彼がイギリスとかに渡ってイギリスの椅子っていうのを持ち帰ってくるんですよ。
日本にはそういうのはないくて、これかっこいいっしょみたいな感じで紹介してるんだけど、ただ1個2個とかじゃなくて、ちゃんと商売になるような数をちゃんと船で運んできて、それを売って、それを資金にして、また他のものをコレクションしてっていうのを回してやってたの。
普通に買い付け、海外買い付けのバイヤーですね。
ただのバイヤーじゃなくて、自分たちのこれいいよねっていうものっていうものをちゃんと発信するのと同時に自分たちのこともブランディングしてて、
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なぜかその展覧会のとこに一つちょっと異質なコーナーがあったんだけど、それは彼らの服装、民芸運動している人たちの服装の紹介だったの。
そこには鳥取県のお店が売ってたネクタイっていうのを、ちょっと今思い出せないの。
図録を買おうと思ったら売り切れちゃってて、買えなくて。なのでちょっとうろ覚えなんですけど、そのネクタイをつけてるんだけど、そのネクタイ自体は端材から編んだかわいい柄なんだけど、もともと端材なの。
それをつけたりとか、あと浅袋も、この浅袋いい感じ、そんな言い方してないと思うけど、私の解釈ね。いい感じじゃん、かっけえじゃんって言って、何それかっけえ、僕も持つっていう。
その民芸の運動の人たちが持ち出して、服もイギリスのツイードみたいなやつを作った、出来たスーツっていうのを誰かが着だしたら、それいいじゃんってなって、みんなで同じものを着てるの。同じようなメガネかけてて。
めっちゃ仲良しグループじゃん。
そうそう。
仲良しグループですね、雰囲気が。
そうそう。で、それを見た人たちは、なんてハイカラな格好してるんだ、あの人たちはみたいな、ただもんじゃねえっていうオーラに捉えたんだよね。
こんな格好してる人たちいないみたいな、あの人たちが着るものってどこからなんだろうっていう興味。
だからやっぱりそのプロデュース力すごいなっていう、なんか、それまず印象的でした。
あとだから、結構僕の最初の印象で言うと、いわゆる無名で、あの茶器とかそういうものみたいに特権階級の人が使うんじゃなくて、生活でもみんなが使ってる素朴なものイコール民芸みたいなイメージもあると思うんですけど、
結構展示されてるものとかは、もうかなりこう、まあ、キュレーションっていう視点が入ってるのでめちゃめちゃイケてるんですよね。
無名であっても。そのイケてる、その選ばれた形っていうのが、例えば用途だったりとか生活習慣とかフードっていうところに理由を感じさせるものだったりとかして。
で、なんかこう、ちょっとへしゃげたでもなんかそんなに値段がつかなくて、一応使えるからっていうものイコール民芸ではないってことが確実に分かりましたね。
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全部集められたものは全部イケてる。
あと、ほうと思ったのが、民芸っていう本が雑誌って言っていいのかな。なんか出版してて、そのただの本じゃないですよ。カバーがちゃんとファブリックで想定っていうんですか。
想定されてて、そのファブリック自体も、民芸運動の方々が各地、日本各地を歩いて見つけてきた、すごいなんか素敵な感じのファブリックで、またそれを箱詰めしてて、その箱も全部手作り工芸で作られてて。
とにかく何だろう、プロダクトとして本をコレクションしたいって思わせる何かが、最初から何かデザインされてるっていうのを見受けられて、すごいなって感心した。
あと重要なのは何だろう、産業革命っていうのがもちろん明治以降に日本も起こるわけですけど、生活のものが全部工業生産として、産業的に大量生産的に作られ始めたかって言うとそうでもなくて、
やっぱり道具、地方に行けばそれなりにまだ生活道具として、それ専用の作り方とか材料であったりとかっていうもので作られてたものがたくさんあるので、じゃあ僕らの現代、使ってる日用品とかそういうものはそのまま民芸になるのかって言ったら、もちろん多分それはそうではないんだろうなっていう。
いくら僕がダイソーで買ってきた、例えばホウキとチリトリ、結構長いこと使ってる間に愛着を意外と持ってくるものだなと思ったとしても、それは民芸品をめでてるという、そういうことではもちろん多分ない。
民衆が使う臓器イコール、現代でもその概念が置き換えられるかって言ったらもちろんそうではないなっていう感じなんですよね。だから、それがむしろ現代における民芸のあり方みたいなことを逆に言うと分かりにくくさせてるのかなって個人的にはちょっと。
そうなんだよね。ちょっと混乱したことがあって、その民芸100年展のポスターとかになってる鉄茶瓶って言っていいのかしら?鉄の給酢?給酢じゃないね、あれなんて言うんですかね。
鉄の夜間があるんですけど、すごい形として面白いじゃないですか。なんでこんなピョーンって横にキュッとなってる感じ?単なる丸じゃなくて、なんかこうちょっと平ったくなってるんですよ、上の方が。真ん中の方か。
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それ、ただ形として美しいなって、私写真見たときにこれ実物あるなら見たいなってちょっとワクワクしたんだけど、ただそれ説明が書いてあってキャプションがその展示のところに、それちゃんと理にかなってるんですよ。
鉄の振れる面積を増やすことで熱伝導を高めて温めるのを早くするって書いてあって、だから作ってるって使ってるうちに、これもうちょっとここ広げたほうが早く沸くんじゃないお湯って気づいた人がそれをやったっていうのがまずきっかけと、
そうやって次に作ってたらかっけえなこの形って気づいた人がどんどん曲線を美しくしていったりとかしていったって、勝手な想像だけど。
っていうのがあって、この鉄の夜間はこの地方、その地方でローカルで広まってたけど、機能美と神秘的なデザイン性っていうので人気になって残って、それを柳さんたちがこれいいじゃんって。
私すごいキャラクター勝手に想像してるんだけど、これいいですねみたいになってピックアップ。
人間印をつけて俺らのコミュニティで売るぞみたいな。
これは完全にその形の補足で言うと、言葉で補足するのすごい難しいけど、例えば夜間の作り方でもいろいろ、昔とか椿三条とかでやってるトントン叩いて金槌だけで曲面を叩き出していくものはあると思うんですけど、
この山形県のハビロ鉄瓶ってやつは完全にヘラ絞りっていう、峠のろくろで作ったようなやつの金属板というか、回転をさせてそのヘラ絞りでヘラで押し当てながら。
ヘラで押し当ててそんな金属がろくろで回すみたいにうねっとなるんですか?
なるんですよね。形がいるんですけど、それをやりやすい厚みとかもあるんですけど、完全に手作りというよりはやっぱり旋盤とか回すものの機械的な味わいも入ってるっていうか、
手作りではあるんだけど、ある程度モーターというか、人力ではない回転物のあれもあるんで、完全な手作りなものが良しとかそういうことでもないっていうのがここからわかるかなという気がしますね。
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しほさんが鉄瓶の形になったのが金の帯っておっしゃいましたけど、よく民芸っていうと一緒にセットになってついてくるキーワードとして用の帯っていうのがあるじゃないですか。
ヤナギ・ムネヨシ本人はその言葉使ってないみたいなことも聞いたことあるんですけど。でも用っていう言葉は本の中にも出てくるし、もちろん美はどんだけでも出てくるから、それは突き詰めると用の美っていうことなんだと思うんですけど。
だから用ではない美は美じゃないっていうか。ちょっとそうやって言うときついな。
使い手がいて、使い手がさらに便利っていうんじゃないけど使いやすさっていうところに対しての切磋琢磨してこうしたらいいのかなみたいな工夫と、
それでできた自然科学とのバリアージュですよね。お湯が早く沸くんじゃない?これの形だと気づいちゃって、それってサイエンスだから。もうちょっと広げたらもっと早く沸くんじゃない?これってプロトタイピングじゃないですか。
製造の話になっちゃうけど。そうするとこっちの方が確かに効率いいぞっていうのはわかって、だけどあんまり広げすぎて重くなるしでかくなるから、ちょうどいい塩梅っていうのを見つけるみたいな。
そうなんですよね。だから生活の中での理由があっての形の洗練さとかそういうものにものすごく興味が行ってるんだなっていうのがあり、さらに言うと、例えばもう使わなくなった鶴べかなんかの道具とかそういうものも別に何に使うってわけでもなくかっこいいっていうことで収集してるところがあって、
多分なんですけど、生活の経過とか時間軸とかそういうものを感じられる味わいみたいなものに対しても何かキュレーションの視点が入ってるんだろうなっていう感じがしますね。
そうですね。あと、いい仕事してるなって関心したもう一個が、日本地図に当てはめて生産してたものっていうものを全部分類図を書いたっていう。
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これ誰かがやっぱり何かのきっかけでやらないと、ただ単に知られずどこかで消えていっちゃうものもたくさんあったはずだから、そういう意味もやっぱりキュレーションに近いというか、風土、人類学みたいな感じの機能もあるっていうのは素晴らしい仕事だなって思って関心しました。
結構あれですね、民芸イコール養の美みたいな捉え方は多分すごく一面的だと思うんですけど、お話聞いてるとそういう文化人類学的な視点とか、
あと単純にそれ可愛いとかかっこいいみたいな、割と直感的に楽しくそれに触れ合ってる感じもあるし、あとそれをプロデュースして売っていこうみたいな視点もあるし、人間の営みとしてこの形になったのは美しいみたいな視点もあるし、結構要素盛り盛りありますね。
そうなんですよ。だから展覧会としてかなり消化するのは大変で、あと政治家っぽい動きもしてるのも最後の方に出てくるんですよ。
政治家。
これは私の勝手な解釈だけど、例えばだけど、北海道とか福井とか雪深くて農業できなくなる、冬になると雪で農業できなくなると生活が逼迫しちゃうんで、
そうやって家の中でこもって作業できるものないかっていうのを提案、彼がしてて、それで生活、その村の人たちの生活をサポートする、だから作るだけでちゃんと流通考えてあげて、売るっていうことも整えてあげててっていう、それでもほとんど1個人がやる範疇じゃないこともやってたりとかしてはいるっていう。
あと近代美術館がエピソードとして紹介してたのは、柳宗吉から直接批判を受けている、国立近代美術館っていう名前そのものに対して批判を受けたことがあるっていうことを話していてて、
それに対抗することで自分の考え方を整理するっていう意味はあったと思うんですけど、まず国立っていうことは俺らちゃうぞとあくまで在野だぞと、近代っていうよりはもう今ですよっていう。
27:00
美術っていうよりはもう本当に美術品としてあがめたりとか、洋とかそういうことではなくて、美術品として扱うのではなくてあくまで生活の中でこうやる。
国立にも近代にも美術にも全部俺らは反対。
めちゃめちゃ熱心っこい。
それなのにわざわざそこで民間100年ってやられるって柳さんも想像してなかったんじゃないですか。
想像してなかったんでしょうね。草場の陰でね。なんかほくそえんでるような気がしますね。
ほくそえむのかおこんのかわからないですけど。
それもなるほどなって思った。やっぱりちょっと疑問に思ったのが、なんかドグっていうか縄文の土器とかも置いてあったりとかしてて。
また広がりますね。
そうなのよ。そうなるとちょっと余計私混乱してしまって、ちょっと待ってドグすら民芸になったら戦兵器どこみたいな。
天獣のあり方としても概念とか意味を拡張する民芸みたいな感じでね、ドグが紹介されたとかちょっと拡張しすぎだろっていうのがあって。
それこそドグなんて何に使われたかもよくわかってない。
かつ縄文自体が数千年体だったから、一面的な見方で見れないものに対して。
今までの文脈の積み重ねの延長にドグがあるっていうのはどういう考えなんだろうなって正直ありますよね。
だからさっきのなんかこのほうきかわいいとかそういうレベルでドグってなんかいいよねみたいな感じだったんだろうなっていうのは。
ただちょっとそれだとちょっと待てよってやっぱり突っ込みどころがあったなっていうのが他にも石器とかね、形かっけえとか入ってたけどちょっと待てよみたいな。
まあそうなんですよね。さっきの国立近代美術館の言葉全部に対して対抗していくところから彼の考えをちょっと読み解こうって考えたときに、
一番国立っていうところを本当に在野だよという一生活者の目線でっていうことへのこだわりっていうのはすごい自分も共感するところもある一方で、
なんかそれもすごく難しいのは簡単に言い換えればその権威主義に対するアンチっていうこともあると思うんですよね。
工芸品のいわゆる格付けとかそういうことよりはという中で、とはいえ重箱の隅を突くように見たらちょっと意地悪なんですけど、
30:10
彼らもそのアワードみたいなことやってるんですよね。なんでその民芸っていう中で結局その格付けをしてたりとかあるいはその、
例えば地方で作られてたものに対していわゆるデザイン指導をするっていうものに対してそういうことがあったっていうのはほら良くなったでしょうじゃないですけど、
それに関してはすごく正しいとか間違ってるとかっていうよりは見る人によって感想が違うだろうなっていうのはありますよね。
私ちょっと違和感もあったところが掛け軸を飾るのに、誰かが作った掛け軸をもっと良くするために竹筒みたいに上と下で筒あるんですけど、
それを陶器かなんかでやってて、色とかも全部指定してて、掛け軸の貼る紙の色もこれとか全部指定してて、そもそも作った人の意図なんか完全無視してる可能性もあるのにもかかわらず、
完全にこれでこういうふうにやると良いでしょみたいな、この色のコントラスト良いでしょっていうふうにすごい指示書がデザイナー完全に。
おかしいことが起きて、編集してるんだよね人の作品を。編集してこれが民芸って言われてたんだと思って、それはちょっと私アーティストだから、それやられたくないぞってちょっと思って、はっきり言って迷惑だぞってちょっと思ったんだけど。
なんかすごいですね、なんかいろんないろんな側面見えてきますね。僕も別に何の情報も得てはないんですけど、民芸に関する書籍とか読む中で知ってるエピソードなんかも多少はありつつなんですけどね。
なんか僕はこの展示が行けてないので、だからお聞きしたかったのは、この展示会、まぁそんだけダダゴミだったわけでしょ。別にね、そこに来てる人々になんで来たんですかっていうことはできないにしても、
なんでこの今、その100年っていうのがあるにしても、なんで今その民芸がこうやってピックアップされて、そこにそれだけの人が集まってきたのかみたいなことの、答えはわかんないですけど、海さんとしほさんの一旦見解をお聞きしたいなと思うんですけど、ちょっとその話まで触れると長くなりそうなんで、一旦ちょっとエピソードこれで閉じて。
33:12
ちょっと次回そのなんで、なんで今その民芸なのかみたいな、ちょっと答えが出そうにない気もしますけど、お二人がその展覧会に行って感じた雑貨みたいなのをちょっとお聞きしたいなと思うんですがよろしいですか。
大丈夫です。
というわけで、コンクラ出しラジオ、感想も募集してますので、ツイッターでハッシュタグCONCRAコンクラでつぶやいてくださいと言いながら、まだツイート3回しかしてません。
この段階ではちょっとあの番組の告知とかが。
そうですね、こんなエピソード配信されるぐらいにはもうちょっとツイートしてるかなと思いますけど。
はい、そして常にコレクティブメンバー募集中です。概要欄からコンタクト取ってもらえればと思います。
入らないまでもなんかもうちょっと話を聞きたいっていう人は、ぜひ番組をフォローしていただき、いろんなアンカーをフォローしているプラットフォーム、スポーティファイ、アップルポッドキャスト、グーグルポッドキャストで聞けますので、ぜひ登録お願いします。
はい、じゃあちょっと次回続きの話で聞かせてください。
はい、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ありがとうございました。
34:49

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