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スピーカー 2
研究者の方?
スピーカー 1
経験なんです。ちょっと異論は認めます。
スピーカー 2
大学院で言語学を専攻した方?
でもさ、うちのさ、うちのって別に大学名わざわざ言うあれじゃないけど、
大学の自分の学部の先生の中に方言研究の先生がいた。
スピーカー 1
へー、すごい。
スピーカー 2
なんかそういう、もう全然覚えてないけど、
なんかそういう方言のその先生がやってる研究のところの説明の授業みたいなのを受けた気がするし、
なんかそんな感じのレジュメもらった気がする。大学1回、2回とか。
すごい。
えー、ちょっと何をやってるか聞いてみたい。
スピーカー 1
いやそう、やっぱ言葉の問題、言語の問題っていうのはね、すごく大事っていうのは、
スピーカー 2
自分がいろんな本を読んだ中でもそういう風に言う人は多かったし、
それは確かにそうだなと思うし、
やっぱでもその一方でやっぱ難しいじゃない、言葉の問題っていうのは。
難しいですね。
だからその訓練してできるようになりましたってさらっとさ、
スピーカー 1
その収録外で言われたから、
スピーカー 2
それはなんか回して喋った方がいいんじゃない?って言ったらさ、
スピーカー 1
さわり喋ってくださいって言われて。
なんかすごい見てますね。
あーそういう風に反応したらいいのかとか。
私結構あいづちで、関西でなーとか言うじゃないですか、なーなーとか、そうやなーとか。
でも関西弁でなーっていうのは柔らかいんですけど、
なんかイントネーションを関東にしてなーって言うとちょっときつい気がするんですよね。
え、どういうこと?
イントネーションは関東に戻してるとしましょう。
イントネーションはそうだよねーって。
その子が何か言ってきたときに、なーって言ったらちょっときつく聞こえるというか、
スピーカー 2
私の感覚なんですけど。
やっぱりなーっていう言葉自体は関西弁に属すると見ていいの?それは。
その違和感が生まれるっていうか、そういう風に。
でも自分はそんな感じする。
スピーカー 1
なーは関西弁。
スピーカー 2
そうそう。
スピーカー 1
なんかなーなーって話しかけてくるのは関西の人だし。
スピーカー 2
まあ多分標準語だったらねーねーやん。
スピーカー 1
そうなんですよね。
スピーカー 2
なんか標準語のことをLINEしてたりとかしてもねーって言ってくるので、
スピーカー 1
なんかねーがスタンダードなんだなと思って。
最初結構なーが出ちゃってたんですけど、
スピーカー 2
なんか徐々にみんなねーって言ってると思って。
スピーカー 1
そうだよねーとかねーなんだなと思って。
スピーカー 2
ねーを頑張って周りを見て集合して。
スピーカー 1
で、何か言われたときにねーって言うようにしてみたいな。
結構あのイントネーションの差に。
いやーまあねー、やっぱ人間観察が好きというか得意なんだろうね。
なんかそんなに、まあ自分のことは結構精一杯なんで言ってはないけど、
スピーカー 2
なんか見て学ぶみたいなのが結構してますね。
スピーカー 1
職人からの学び方?
スピーカー 2
職人なのか?
なんの?
スピーカー 1
いろんな人の技術を盗むみたいな。
確かに。
スピーカー 2
弟子入りした人の。
スピーカー 1
なんか自分の喋ってることとか、なんか振る舞いとかがこれでいいのかなって結構思うんですよ。
スピーカー 2
あーその自信がない感じというか。
スピーカー 1
だからなんか結構周りの人を見て学んでるみたいなことがあって、
でもなんかこの感覚、私だけだろうなって思ってたんですよ。
なんか結構周りの人がどう言ってるかを見て慌てるみたいなのがあったので、
なんか私だけかなって思ってたんですけど、
なんだっけな、なんか1年ぐらい前に読んだ、もうちょっと前か、
なんかあの村田沙耶香さんってわかりますか?
スピーカー 2
わかんない。
コンビニ人間の。
えーコンビニ人間っていうの?
スピーカー 1
コンビニ人間っていう小説?
スピーカー 2
小説か。
スピーカー 1
なんかの小、なんだったかな、あの期尚かな、なんか撮ったやつなんですけど、
なんかそれで、コンビニで働いてる女の人の話なんですけど、
まあとりあえず変わってて、
なんかその人も、なんか私の喋り方は今周りにいる人の喋り方を真似てすべてできているみたいなことを書いてて、
スピーカー 2
はいはいはいはい。
スピーカー 1
なんかコピーしてるみたいな。
スピーカー 2
はいはいはい。
スピーカー 1
だからなんかそういう風に語尾を伸ばすんだなとか、
なんかそういう風に喋るんだなとか、
スピーカー 2
相槌はこうなんだなみたいなことを学んで真似てやってるみたいなことを書いてて、
スピーカー 1
すっごい堂々とそんなこと書いてると思ったんですよね。
はいはいはいはい。
うーん、なんかわかるその感覚と思って。
スピーカー 2
いやそれはすごいよね、たぶん今の話とたぶんちょっと違うんだけど、
あのー、えっとね、たぶんお互い知ってる人で、
えっとあれ、とばさんか、あのー、
えっとなんだっけな、ちょっと待って。
スピーカー 1
はいはい。
スピーカー 2
今ちょっと気づきじゃないですけど、
君は君の人生の主役になれっていう本があるんですけど、
スピーカー 1
あ、知ってます知ってます。はいはい。
スピーカー 2
そう、あれー、
スピーカー 1
え、でも読んでないまだ。
えーーー。
そう、読みたいんですけど、
そう他の本は2冊読むんですけど。
スピーカー 2
あのー、なんて言うんだろう、あの誰にでもお勧めできる本ではない。
スピーカー 1
読みたいです、めっちゃあのー、感心はあるんですけど、
ちょっとまだ読めてないっていう感じ。
そう、それはね、あのー、ちょっとなんだろう、似たような話が書いてあった記憶があって、
スピーカー 2
あのー、要は、たぶん話としては言い方が逆で、
自分の言葉って説明するとかよく言うじゃん。
その自分の言葉っていうのは本当に存在するのかみたいな。
スピーカー 1
はいはいはい。
スピーカー 2
そう、存在しないよねって。
我々はみんな先人の言葉の借り物で、
あのー、言葉を紡いでいるみたいな話で、
そう、だからそれを思い出したな。
スピーカー 1
うーん。
スピーカー 2
いやでも本当にそうだよなっていう。
スピーカー 1
あー、事実そうなんですかね、みんな。
それに、なんか自覚してるかしてないかみたいな話。
スピーカー 2
だからなんて言うんだろう、自分の言葉でとか、
自分の頭で考えろみたいなのを大人が言うわけだけど、
やっぱりそこに、なんて言うんだろうな、
あの、実態が伴ってるかみたいなね。
その、本当にその言葉を掘り下げて考えたときに、
スピーカー 1
それが妥当性があるのかっていうと、
スピーカー 2
もしかしたら違うかもねっていうのは、
確かにそうだなっていうのは、
スピーカー 1
確かに確かに。
思うし、
スピーカー 2
まあ確かにそういうなんて言うんだろう、
なんか響きのいい言葉にこう、
逃げちゃうみたいなが、
そういうところが、なんかね、
大人のイメージの中にあるよなとか。
スピーカー 1
はいはい。
読みたいな。
スピーカー 2
いやいやいや。
あれは何だろうな、
なんか大人について考えさせられる本だと思うな。
やっぱりその、
スピーカー 2
確かに確かに。
スピーカー 1
おすすめです。
なんか大人になってから読むといいですよね。
なんだろう、なんか結構、
なんかその別の本を読んだことあるんですけど、
スピーカー 2
なんか親子の関係の本。
スピーカー 1
で、なんか親のことについても書いてあるんですけど、
結構子供目線で読んじゃうというか、
小さい頃の自分とか中高生の頃の自分を思い出しながら読んでたから、
スピーカー 2
なんかあんまり、自分の目線はまだそっち側やなとは思いました。
スピーカー 1
大人目線で読まない。
一応なんか子供と関わる仕事とかはしてるし、
大人目線で読んだほうがいいのかもしれないけど。
スピーカー 2
いやでもそれはいいんじゃない?
やっぱ子供目線で読むっていうことが、
その子供とコミュニケーションする上で役立つっていうのは、
スピーカー 1
なんかそうありそうな気はするけどね。
確かに確かに。
結構子供の気持ちで読んじゃいましたね。
スピーカー 2
いやそれすごいんじゃない?
やっぱりさ、大人と子供を一番隔ててるものってさ、
大人は子供の気持ちがわからないっていうさ、
スピーカー 1
いや本当にそうですよね。
なんで忘れるんでしょうね?
なんかすごい思ってました、昔。
でもそこは正直自分は忘れていってるなっていう感覚はある。
もちろん忘れたくないなっていうのはあるけど。
なんだろうな、多分正確には覚えてないとは思うんですけど、
なんだろうな、それは大人都合だよなって思うことは結構あったりとか。
スピーカー 2
だから自分の場合は、
自分の記憶の中の子供像と、
例えば目の前に子供がいたとして、
その人をうまくシンクロさせるみたいな感じっていうのは難しいって思ってるから、
そもそも自分の中で大人子供っていう区別っていうのをあんまりしないようにしてる。
スピーカー 1
その人で見るようにはしてる。
そこの意識は持ってるかな。
確かに確かに。
いや本当になんか子供好きって言うじゃないですか、よく子供好きな人とか。
でもなんか広すぎません?
子供、人間だから気が合うとか感覚がわかる人もいるし、わからない人もいるから。
スピーカー 2
子供好きとかお年寄り好きみたいなのはあんまりわかんないなって思う。
子供から入るんじゃなくて人から入らないといけないような気がするよね。
確かに考えてみれば、
やっぱり子供と関わる仕事とかだったら、
その場にいる子供が10人いたらさ、10人と上手く関係性を築かなきゃいけないみたいな感じ多分なるし、
実は仕事だからそうなのかもしれないけど。
でも仕事だからとはいえ、
会う人会わない人ってあるわけじゃない?
スピーカー 1
それが子供から入っちゃうと無視されちゃうみたいな。
スピーカー 2
それがめっちゃありそうやなって思いますけど。
スピーカー 1
めっちゃわかります。
なんか、子供らしさじゃないけど、
子供らしさの押し付けみたいになっちゃうし、
スピーカー 2
なんか、子供でもすごい自分にはない部分だなって思うこととかもあるし、
スピーカー 1
なんかすごい正直に言ってるのを見て、いやそうよな、その通りすぎるって思うこともあるし、
大人の方がすごいごまかして、
なんかなかったことにしてるし、
しかもそれを大人になったら必要だからってごまかして、
なんか上から押し付けようとしてるけど、
スピーカー 2
なんかすごいドキッとすることあります。
なんかこっちがやらなきゃいけないからやってるけど、なんか申し訳ないなとか。
多分子供に素直なこと言われて、ドキッとした時が分岐点だような気がする。
そこで完全に子供に対して取り繕ってしまった瞬間が、
スピーカー 1
やっぱり自分の悪い意味での大人の発生だろうなって思う。
わかりますよ。
でもなんか取り繕ってしまうこともあるので、
すごいなんかああーってなります。
友らしいことを言ったな、今みたいな。
自分でわかるんですよね。
スピーカー 2
でもやっぱり難しいのが、
完全に一人の人として捉えるのも多分違うと思う。
自分がもし仮に子供ができたとして、
スピーカー 1
その子供に対して本当にただ一人の人間として向き合うみたいなことをすると逆にダメだと思う。
スピーカー 2
ある意味で子供扱いするっていう部分っていうのも、
多分結構な要素で持っておかないといけないし、
その上でやっぱりその作られた大人像っていうか、
自分で自分を大人として演じるみたいな要素が必要じゃないですか。
そういうところをバランス感覚だよね。
あくまで演じるなのか、それに飲み込まれてしまうのかみたいなことを決めて、
スピーカー 1
それがなんか大事なんだろうなって思う。
あくまで演じるっていう自覚がある人はすごい信用できるなって思います。
関係性でしかないというか、
それが本当に偉いんだというか、権力の話じゃないですけど、
本当に偉い、本当に大人の方が色々知っていて偉いんだみたいなことに思い込んでる。
思い込んじゃうともう歪んでいくじゃないですか。
スピーカー 2
本当にそうだと思う。
どうですか?一旦区切って、もう一本ぐらいこのまま行っておきますか?
スピーカー 1
そうですね。じゃあ一旦区切ります。
じゃあ次回に続きます。