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【ゲスト:真鍋昌平先生】前編「漫画を描く以外やることがないと思っていた」
2023-09-12 31:30

【ゲスト:真鍋昌平先生】前編「漫画を描く以外やることがないと思っていた」

ゲストに「九条の大罪」「闇金ウシジマくん」の著者・真鍋昌平先生をお招きしインタビュー!前後編に分けてお届けします!真鍋先生の漫画を超える!?驚愕エピソードだらけ!番組史上初のピー音が入りました・・・・!

<目次>横浜との関係/茅ヶ崎から徒歩で九州へ/最高傑作は絵日記?/トラックの運転手さん事件/毎週のスピリッツで漫画を研究/ヤンキー学校でサバイブ/自分の中で湧き上がるものがないと続かない/自分の型をつくるきっかけ/距離感のとり方/自分を追い込んだ時期/徹底的な取材をするようになったきっかけ/キャラクターを生きているものとして捉えている/取材のルーツは?/ドラえもんのどこにグッときた?

「九条の大罪」衝撃の第一話を読んでみる↓https://bigcomics.jp/episodes/d4caca9984016真鍋昌平先生 X(Twitter)https://twitter.com/shoheimanabe■COMIC ATLAS(コミックアトラス) とは?

神奈川に縁のある漫画家をゲストに招き、作品から多大なる影響を受けてきたノルオブがロングインタビュー。辿ってきた道のり、現在までの地図をほんのちょっとのぞき見。人気作品を世に送り出す先生方の「過去のおもしろがり方」を学び、「生き方のヒント」を探っていく番組です。30代に突入し、これからの生き方を模索中のノルオブとともに、さまざまな先生の地図を収集して、自分だけの地図帳(=アトラス)をつくっていきましょう!

★毎週火・木曜 ごろ配信中!★X(Twitter)は  https://twitter.com/comicatlas847

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■ノルオブ海と山しかない町に生まれた音楽と漫画をこよなく愛する気さくな⻘年。ラッパー。ラップグループ「JABBA DA FOOTBALL CLUB」に所属。FMヨコハマで毎週日曜10時から放送している「まんてんサンデーズ」のDJも務める。・X(Twitter):https://twitter.com/jiro_no_musuko・Instagram:https://www.instagram.com/handsome_kanemochi/
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FMヨコハマ
podcast
コミックアトラス
皆さんには耳なじみがない言葉じゃろう。
これは様々な漫画家先生の巡ってきた道のりをお聞きし、
現在までの地図をノルオグとあなたが、ほんのちょっとだけ覗き見させてもらう番組じゃ。
彼らが紡ぐ物語のように、辿ってきた道のりの面白がり方を知れば、
あなたの世界の見方が変わるかもしれんぞ。
ノルオグと共に様々な世界の地図を収集し、自分だけの地図上、アトラスを作るのじゃ。
今回のゲストは、闇金牛島くん、九条の滞在の著者、真部昌平先生。
彼らの地図を覗き見する旅へ、さあ行くのじゃ。
よろしくお願いします。
真部先生に来ていただきました。
よろしくお願いします。
コミックアトラス来てくださってありがとうございます。
お願いします。
今日、早めに横浜に入ってらっしゃったんですよね。
そうですね。10時ぐらいに着いて、横浜の中華街、トッキって店行ったんですけど。
検索して、200店舗ぐらいあるうちから、一番厳選した10店って書いてあって、行ったんですよ。
そしたら、FM横浜のシール貼ってあります。
本当ですか。
どなたかが行ってるんじゃないですか。
確かにリポートとかで行ったりしてるんですよね、誰か。
もう中華料理屋さんってことですか。
中華。
ランチ食べて。
ランチ食べて。
なんだっけな、とんそくのラーメンが有名らしかったってことですけど。
トッキ。
ちょっと自分は詳しくないですけど、調べてみます。
楽しかったです。
その後はどうしたんですか、中華街から。
それで、時間がまだ余ってから、ランドマークタワー、展望台に登ってみようと思って。
昔、神奈川県に住んでて、茅ヶ崎出身なんですけど。
ランドマークタワーができた頃に、中学時代になると、親が一緒に来て。
それで、ものすごい話題になってたんですよね。
それで、その乗ったエレベーターを乗って、その頃のことを思い出そうと思って。
それで行ったんですよね。
街並み見たりとか、展望台行って。
そしたら、やっぱり自分が思ってた横浜って、もうだいぶ変わってて。
そうですね。
当時はどんな感じだったんですか。
なんか、もうちょっと高いビルがなかったイメージがあったんですよね。
そっかそっかそっか。
場所に行ったら、場所にまつわる記憶みたいなのが、甦ってくるみたいな感じなんですかね。
そうですね。だから、駅もここまで通ってなかった記憶なんですよね。
バスで来たような記憶があったんですよ。
かなり、横浜に来ること自体が久しぶりってことですか。
横浜はちょっと前に、今年の頭だったかな。
03:00
ユーリさんっていうミュージシャンの方。
ちょっとだけ知り合いで、社長とかが。
で、誘っていただいたから、すぐそこのパシフィックにある。
行ったのが一番最近ですね。
でも、街は確かにガッツリ見ることなくってことですよね。
そうですね。
その時は、一人で来て、もう一人ですぐ帰って、原稿書いてたんで。
そっかそっかそっか。
確かに街見る暇ないですね。
そしたら、今って神奈川住んでらっしゃるんですか。
今、東京ですね。
神奈川に住んでる時期は、あんまり横浜自体は来なかったってことですか。
横浜はあんま来なかったですかね。
祖父とか、茅ヶ崎で売ってないものを買いに来るとか、そういうのがあったんですけど。
そういうことですね。
基本的には茅ヶ崎で過ごし続けたんですか。
茅ヶ崎、平塚、富士山ですね。
それは何歳くらいまでいらっしゃったんですか。
18くらいまでですかね。
18くらいまで。
お金があんまない時期だし、お酒とかも飲まないじゃないですか。
だから、こっちの方まであんまり来なかったですよね。
そっか、横浜に来ても別にすることないじゃないですもんね。
そうなんですよ。
ただ今は、もうちょっとこの後に野外行こうと思ってて。
もう飲みたいなってなってるんですね。
野外最高だなって思う。
そうか。
茅ヶ崎にいた18までいて、その後はどこ行ってるんですか。
最初は2年間デザイン会社に勤めてて。
そこが寮的な感じで、新宿に寮庫じゃないんですけど、
本当はカメラのスタジオだった場所を改装して、
本当駅から近く行って、普通だったら何十万もするようなところを1万円で借りられたんですよ。
そこに1年か2年くらいいて、で辞めてっていう感じですね。
辞めてからはお漫画。
辞めて、そこのデザイン会社の外注さんみたいな感じで、
これだけやったらいくらっていうやつにしてもらって、
空いて時間で漫画を描いて投稿してたんですよ。
その時は五反田にある、便所もトイレもないようなところで、
その当時、さっき中華街って思い出したんですけど、
中国人の方が住んでて、いつも喧嘩してるんですよ、夫婦みたいな。
隣の。
で、外に露駐してた車が、車に跳ねられて、
中国人の人が、お前のバイクが大変なことになってるって言って、
言ったら、壁にめり込んでたんですよ。
バイクが。
大変になってますよ、それは。
それで、警察の人たちが来て、
お前何やってんだって怒られたんだけど、俺じゃないですよって言って、
跳ねたのが、ねじ工場の車で、
ちょっと抜けてる感じの方だった。
で、バイクの心配じゃなくて、落ちてるねじの心配で、
ちょっと待ってくださいって。
めり込んでますよって。
さっき、バイクが大変なことになってるって言った人の部屋だったんですよ、それが。
06:02
本当に、すごい、とんでもない経験したかったですよ。
とんでもなかったですよ、それは。
それが、20時21時前後ってことですよね。
そうですね、21時ぐらいで。
で、そのぐらいの時に、
歩いて茅ヶ崎から九州まで行こうって言って。
ちょっと待ってください。
飛びすぎですよ。
今、話が飛びすぎです。
めり込んだとこで。
バイクもなくなったし。
びっくりしてるんですけど、バイクなくなったら。
なくなったし、部屋も追い出されたし。
あ、そうか。
いろいろあってね。
だったら歩いて九州まで行こうって言って。
茅ヶ崎スタートで?
その間抜けなんですよ。普通にリックサッカーしよって歩いてくるんですけど。
髪の毛も全部剃ったんですよ、その時。
ちょっと待ってください。
今、全然情報が多すぎて。
バイクがつけ去って、
で、追い出されるんですよね、家を。
で、頭を丸めるんですね。
それは別で関係なく。
で、茅ヶ崎帰ってきたんですか?
一回戻って、荷物だけ全部自分のもともとあった部屋に置いておかせてもらって、バイクは廃車して。
で、自分の友達に頭剃ってもらって、それで歩いて九州まで行ったんですよ。
帰ってこれないように。途中でやめないように。
なるほど。
全てを。
全てをかけて。
そうですよね。茅ヶ崎から九州のどこまで行ったんですか?
えーとですね、関門海峡行ったじゃないですか。
あのトンネルを歩いて渡って、
一番最初の駅探して、それで電車で帰ってきました。
髪どころがありすぎる。
船に帰れなかったんですよ、もう。
一日だいたい、
人って1時間4キロなんですよ。
歩けて。
すごく歩いて40キロで、
あんまり歩けない。山道とかだと20何キロなんですよ。
それで、泊まる場所っていうのも
毎回泊まれる宿泊施設じゃないから、
あそこの学校の物をギャイ店に出す。
そういうところで持ったりとか。
滑れてるホテルとかあったら、
ここ寝られそうだなとか。
そういうのをやってましたね。
それで、
何週間?2週間くらいですか?
1ヶ月くらい。
それをなんで歩こうって思ったんですか?
うーん。
漫画はもううまくいってないし、
デザイン会社も別にそこが本当にやりたいかってわけでもなかったし、
それでもう一回ちょっと自分で
考え直すきっかけっていうのが
なんでもよかったかが欲しかったんですよね。
それで、歩いてる時に
絵日記をずっと書いてて、
その絵日記がもしかしたら、
俺の最高傑作かもしれないですよ。
へえ。ずっと1日の終わりに
書くんですか?
そうです。書くんですよ。
宿泊施設に泊まった時に。
そんな感じだったんですよ。
へとへとでも。
へとへと。でも毎日書いてた記憶ありますね。
その内容はその日に感じたことを
書くのか出来事を書くのかどっちなんですか?
出来事と感じたことですね。
どちらも。
それでたまに
自分が今思ってて、将来に対する
不安だったり、こうしたらいいんじゃないかとか
09:01
そんなような感じの内容を入れてって感じですね。
なるほど。自分に向き合う時間として
自分でどう生きてきたんだろうとか
何がしたいんだろうみたいなことを
歩きながらやってたってことですよね。
そんな感じです。
なるほど。それはもう
出発の時に書くぞっていうのも
決めてたってことですね。
そうですね。一応こういう大きい
キャンバスノートみたいなのと
絵描く用のノートとボールペン持ってたんで。
それで九州まで
行って
帰ってくるタイミングではもう
腹は決まってたんですか?
その一つ自分が
自分はこう向き合って生きていくぞ
みたいなことは。
行く時に
一ヶ月半だから
週刊のスピリッツ買ってたんですよ。
それすごい楽しみで、その時に
ちょうど松本太陽先生のピンポンのってて
なるほど。
それが楽しみだったんですよ。
あと歩くってほんとただ
ずっと歩くだけだから
面白くないんですよ。
ただ歩くだけですもんね。
ただ歩くだけなんですよ。例えば歩いてると
変な人も出てくるんですよ。車でトラックの
運転手がワーッと見て
ヤンちゃん何やってんだって言うから今歩いて
旅してて車乗っけてやろうかって
歩くからいらないって言ったらじゃあちょっと話しよう
って言われてトラックに乗ったんですよ。
話ししようと。で麦茶渡されて
飲めよって言って優しい人なんだと思ったんですけど
上に油浮いてて気持ち悪いなって思いながら
でも親切を受けなきゃいけないと思って
飲んでたんですよ。
そしたらだんだん喋ってて
お前いいパンツ履いてるなって股間触ってきて
お前ゲイだろって言って
いやゲイじゃないですよって
すごい1時間くらい問答して
やろうやらないみたいな
そしたらこいつはやらないなって思ったら
お前目の前にシュッシュしろよって言われて
シュッシュってなんすかって
おなにだよって
1時間くらいありましたよね。
その問答。
車から何を得て
降りたんですけど
気持ち悪くてさっきの
麦茶に浮いてた油が
ずっと道の中つば吐いて
本当は行動でつばは吐いちゃいけないかもしれないですけど
つば吐きながら
そんな感じの日もありましたね。
なるほど。
出てくれそうじゃないの。濃厚すぎるんですけど。
でもその
週に1回のピンポンは
相当救いだったんじゃないですか。
だからめちゃくちゃコマとか
暇じゃないですか。
めちゃくちゃ見ましたよ。
他のそのときナオコとか
いろいろやってたんですけど
表心文もやってたし
めちゃくちゃ研究してましたよね。
歩いてる時間で他にすることは
歩く以外考える以外は漫画を研究するんですもんね。
そうなんですよ。
自分は
村上先生の作品特に初期作品を見てて
松本太陽先生の
空気感と
何かリンクしているのを感じてたんですよ。
それはその作品というよりは
不良の捉え方っていうか
なんか
もちろん内容はお二人とも全然違うと思うんですけど
なんか不良に対する捉え方が
すごく
なんか近いような印象があって
12:01
寂しさも
凶暴性も含めて
なんかそれは今お話聞きながら
そうなのかなって一瞬思っちゃったりとか
あー
置いたところとかが多分
関わっているのかもしれないですね。
もちろんそういう雰囲気を醸し出してる
っていうのを自分も感じたから
松本太陽先生の好きだっていうのはあったと思うんですけど
あと斬新だったんで
何が斬新かって言ったら
あんなラフっぽいように見えてて
自由にやってるような作風で
ああいう商業史でやってる人って
少なかったんで
だからその辺がすごいなって思ってたんですよね。
そうかそうか。
ちなみに置いた地の部分でっておっしゃってたのが?
自分の場合は
行った学校が
高校が
ヤンキー学校だったんですよ。
自分は全然ヤンキーじゃなくて
小学校の時からドラえもん見て
漫画家になるって決めてたんで
行った学校失敗したなっていう
感じのとこだったんですよ。
でも親が絶対3年行けって言って
マジかと思って3年頑張ろうと思って
めちゃくちゃサバイブだったんですよ。
へー。
自分の同級生の人は
これは
ああもう
そんなことばっかやってた。
すごいハードな。
ハードでしたね。酷い学校でしたね。
小中学校の時は
逆にその
さっきお話したドラえもんとか
漫画作品に触れて
いわゆる文化的な部分
ってものを楽しんでいた子はあったんですか?
そうですね。
割と
漫画目指してる人とか
絵描く人が周りにいて
自分の小学校で
めちゃめちゃレベル高かったんですよ。
今の自分が見ても絶対上手いなって思うような
ぐらいのレベルの人もいたんですよね。
結局みんな途中で辞めちゃったんですけど
いろんな理由があって。
こういう漫画がいいとか
っていう風に教えてくれるし
その人の友達の家に行った時にある本棚
とかの漫画見るじゃないですか。
昔の漫画とか
新しいのとか
どんどん開拓していく感じだったんですよね。
ちょうど漫画のレフメキ
あきらとかドームとか
大友先生のとか
そういうのがバンバン出てたりとか
昔の優れてる
長居郷系の漫画とか
そういうのもすごい見てたんですよ。
同級生にたまたま漫画好きがたくさんいたってこと?
そんな感じですね。
その辺は運が良かったかもしれないですね。
その時先生は
ドラえもんを読んで
漫画面白いって思ってそいつらに出会うんですか?
そうじゃないですかね。
漫画好きなんだお前もみたいな感じ?
そんな感じですね。
その時は描いてらっしゃった?
描いてました。
見せ合うみたいな?
見せ合うもありましたね。
みんなお前その感じでいくんだみたいな。
自分ちょっとレベルが低かったですよね。
周りがめっちゃうまいからそう思ったってことですか?
それもあるし
描こうと思うものがまだはっきりしてないように描いてるから
始軸がないんですよ。
形にはなってるんですけど
15:01
っていうので
模索しなきゃいけないっていうのが結構長かったですよね。
小学校の時にもそういうことですか?
今思い返せばって感じです。
小学校の時そう思ってたんですよ。
編集になってましたよね。
小学校の時はバーって描いてたけど
今考えると
軸がなかったから逆に周りは軸があったように思えたんですか?
ないからやめたんじゃないですか。
なるほど。
みんなバーって描いてるだけで
漫画っていう触手道みたいなものに
当てられて描きあてて
お互いの趣味を
交換し合うみたいな
時間が続くってことですよね。
自分の中でちゃんと湧き上がるものがないと
続かないと思うんですよ。
先生には湧き上がってたものが
あったんですか?
あったと思います。
それ以外もうやることがないって思ってたんで。
漫画を描く以外は?
そうですね。
それは小学校の時に漫画に出会って描き始めて
例えば
スポーツとか
別のものもあるじゃないですか。
ゲームかわかんないですけど。
映画とか。
その中でも単純に最初から漫画だなっていうのは?
そうですね。
映画みたいに共同作業なんかできないし
他のゲームなんて作り方もわからないんで。
夢中になるものは漫画だったって。
そうですね。
それは例えば
漫画を描いたことによって
先生自身が
嬉しかったことというか
誰かに伝わったことがあったんですか?
承認されるってみんな欲しがるものじゃないですか。
そこは得られてる気がするんですよね。
描くこととかで。
でもそこが全部じゃないって思ってて。
最初に
何作るかっていうところが
あるわけですよ。
それをどう形にしていくかっていうので
今行動してるんですけど。
それが具体的にやる方法っていうのが
一人じゃなくて
いろんな人の協力で今作ってるんですけど
だからそういうのを
昔よりも形をちゃんと作れるようになっていった
っていうのが
今すごくいい状態になってますね。
それは
実際に漫画を描いて
プロとしてさっき言った
歩き終わって戻ってきて
投稿作品とかを作っていく中で
連載が始まって
そういうスタイルになっていったって感じなんですか?
そうですね。
そこに自分の形作るきっかけになったのは
最初投稿してる時に
全然ボツばっかだったんですよね。
受かってても
掲載されないっていうのが続いてて
どうやったらいいかってすごい考えた時に
そこに自分とって
何を描くべきかっていうプラス
見る相手っていうのをちゃんと考えなきゃいけないって思ったんですよ。
見る相手って何かって言ったら
まず審査員じゃないですか。
最初にってことですね。
出る前ですもんね。
それと審査員が見てる
向こう側にいる読者っていうのが存在があって
どういう傾向が受けてるのかって
要は章を取ったやつ全部見たんですよ。
見れる範囲。
傾向みたいなのが分かったんで
なるほどここ外さなきゃいいんだなってポイントだけは掴んで
18:01
自分の今までやっての
プラス
重ね合わせて作ったら対象取ってっていう感じなんですよね。
その分析するみたいなことは
昔はそれまではやってたんですか?
例えば漫画のみならず
物事全体
骨組みとして
こういう構造だなとか
こういうとこあるなっていうのを意識的に見てたりしてたんですか?
人の距離感を取るのが
上手かったって言われますね。
だから
今も取材いっぱいするんですけど
あんまり下手打たないんですよ。
ここまでやったらちょっと
良くないなっていうのを踏みながらでも
ギリギリまで行かなきゃいけないっていう。
そうですよね。
とんでもない3年間があったわけじゃないですか。
それで距離感はかなり。
そこで培われてますね。
逆に小中学校では
もっと奔放な感じだったんですか?
小学校の時はずっと
これが続くと思って
勉強ってしなくてもいいものなのかなって思ったんですよ。
その時はもう漫画
描いたり遊んだりってことですよね。
中学になってみんな勉強し始めるじゃないですか。
そっか。
そこであれ?世の中ってこういうものだったの?みたいな。
そうですよね。みんな勉強してない?ってなって
ちょっと焦るみたいな感じなんですかね。
いやそれでも焦らなかったんですよ。
焦らなかったんですね。
だから別に高校行かなくてもいいぐらいに考えてたんで。
漫画描いてよみたいな感じだったんですか?
そうですね。
とにかく漫画大好き少年だったんですね。
それ以外やりたいとも言えなかったんですよ。
とにかくそこなんですね。
とにかくシンプルなんですね。
めちゃくちゃシンプルです。
かなり自分の欲望というか
熱に対して自覚的だったんですかね。
手よりも能力が低すぎて
他のことができなかったぐらいの感じじゃないですかね。
多分。
運動とか勉強とか。
そんな時に漫画だなって
シンプルに思ったってことなんですね。
そっちだと思いますよ。
高校3年間経て
そうですね。
デザインの方に行くのは?
そのままプロにはやっぱ慣れなかったんで
登校してても全然浮かんなかったから
だからとりあえず就職はしとこうと思って
そうですね。
でも2年で辞めちゃいましたからね。
その後だから。
歩くんですかね。
歩きながら戻ってきて
害虫になってるんですよ。
お金を稼ぎながら
登校してってことですよね。
ただ一回そこの会社の
自分に発注してる人が
俺のおかげでクエでよかったねって
言った時にお前のおかげじゃねえとか言っちゃったんですよ。
それ以来俺仕事なくなってるから。
あんな人との距離感の
撮り方上手いのに。
全然撮れなかった。
その時はもうカチンと来てってことですか。
なんか嫌だったんですよ。
それは一つ自分が漫画家を
しっかり目指してて
自分たちに行ってたからっていうのもあるんですかね。
いやもうそこは感情的だったんですね。
シンプルに。
でも仕事なくなっちゃって
それで日雇い労働みたいなのをやって
人材派遣とかその時に始めたわけですけど。
だから本当は
21:00
便器運んだりとか
誰かの家の便器を
一日中運ぶんですよ。
ピラミッド作って奴隷みたいな感じですよ。
そうですよね。運び続けてね。
手振れるから今日は絵描けないみたいな
言い訳をどんどんしていくんですけど
そういうのが絶対ダメだと思って
消費者金融で100万円分ぐらい借りて
3ヶ月で描き上げなきゃ
もう終わりって日になって投稿したんですよ。
その時にさっき言った
分析してどうこうっていうのをやって
もう本当にそうやって生きるしかなかったから
もう分析も
何でもするし絶対にこの作品で
通ってやるんだって決めて
行ったからってことですよね。
そうなんですよ。もうとうとう便器運びたくない
と思って。
なんか自分をそういう環境に
追い込んでいくというか
置くっていう習慣があるんですかね。
でももっと早くやるべきだったなって
考えましたね。だから
そういう仕事があって
そこそこでたくさんお金もらえる
って状況に甘じてた部分が
あったんですよ。
それは良くなかったですね。
甘じてた環境を
無くしたのはさっきの
お前のおかげじゃねえよって言葉が
きっかけってことですよね。
今考えて謝りたいですけど。
あなたのおかげで。
今考えたんですよ。
当時はね。しかも感情的になってますし。
それがあったから逆にっていうのが
あるんですかね。
どの日そういう風にやってたと思うんですよ。
大賞取ったから
90万円もらって
税金費だから。
とにかく90万円もらえたから全部返して
借りてたの。
それで
漫画を書き始めていったことですよね。
先生やっぱり取材がものすごい
っていうのは作品見てても
いろんなインタビューとかを
見させてもらってもあるんですけど
その取材をするようになったのって
先ほどもおっしゃられたと思うんですけど
連載始まってからというか
牛島くんの1巻目ってほぼしてなくて
2巻目以降からやるようにしたんですよ。
出てる書物とか
自分の想像だけだと
もう限界があるなって
ちょっと思ったんですよ。
ちゃんと取材して
その場の空気とか
なんか情報って文字とか
それ以外にもいっぱいあるじゃないですか本当は。
大体が
だってなんか分かんないですけど
スマホで見た情報が
じゃあこれって受け止めてそれが全部って
そこだけじゃないような気がしてて
もうちょっとそこに行かないと分からないものって
いっぱいあると思うんですよ。
その空気感っていうのをちゃんと入れて
それを言語化しないんだけど
雰囲気が出れば面白いかなっていうのは
ちょっと思ったんですよ。
それは取材を始めた当初は
そういう思いではなかったってことですね。
全然違いますね。
まずは話聞いてみるかみたいな感じだったんですか?
自分の足りなさっていうのが
分かってたんで
そこをちゃんと埋めるパーツとして
まずはそういう専門の
自分が知らない世界にいる
人間の話を聞いたりとかってするっていうのが
必然なんじゃないかって思って
動いた感じですかね。
話していくうちに
24:01
それは実際に自分の表現に
反映されてって感じなんですかね。
話聞いて
書いてみるときにさっき話したような
言語ができないような空気とかを
纏うようになっていたって感じなんですかね。
できてるかどうか分かんないんですけど
もちろん聞いた話も
もちろんそれを解釈しながらやるんですけど
一人の話だけ聞くわけじゃないんで
そこにいる界隈の
何人かで聞きながら
こうやってミックスさせていくことが多いんですよ。
その人たちのいる
弁護士の先生だったり事務所だったり
そこに関わってる人たちとか
そういう人たちとの交流っていうのは
どんどん長い時間かけてあっていくと
一行で書いてあるようなものとか
一言で言ったもの以外に
ものすごい繋がりとか
環境があるじゃないですか。
それを吸収していきたいっていうのがあるんですよね。
それを吸収したものっていうのを
今書いてる法律とか
難しすぎるんで
それをできるだけ簡単に解釈して
出すっていうのをやらなきゃいけないんで
取り込む、消化する
自分の体を通して出していく
みたいな感じの
イメージなんですかね。
でも最終的に出すものは
学べ先生の
解釈で出していく
って感じなんですかね。
その作品の中の
役割として出していくのかっていうのは
どんな感じのイメージで
役割もありますよね。
今書いてる漫画っていうのがあって
自分の生活が
付属品みたいになっちゃってるんで
解釈してもらうと
法的なところは難しいから
専門の先生たちにお願いして
間違いないようにってやってるんですけど
全部が全部
自分の解釈で
出してるってわけじゃないですね。
キャラクターを生きてるものとして
捉えないといけないって思っちゃってるところがあるんで
そこにいるものとして
ちょっと変な感じなんですけど
そういうキャラクターに
注入してみて
そのキャラクターがどうアウトプットするかってこと
そんな感じですよね。
だから先生が考えてるようにはならない
こともあるというか
って感じなんですかね。
その話を聞いてると
人を観察するというか
見ることが
得意なのかなって
どのタイミングから
高校3年間が大きいのかなって
勝手に思っちゃってるんですけど
その前だと思いますね。
割とだから
見てるかもしれないですね。
そんなすごく
ちゃんと見てるわけじゃないんですけど
自分が幼少期の時に
お金持ちのいとこと
台湾か何か連れてってもらったことあった
うちはそんなにお金があるとこじゃなかったんで
27:02
それで
この間NHK出させてもらった時に
うちの母親の悪口って母親にめっちゃ怒られて
ここで
聞いてるかもしれないから
めちゃくちゃいいお母さんなんですよ
リカバリーが
その前段階では
リカバリーにならないんですよ
その時に
向こうの
人が
子供が
ビルとかデパートの屋上に
異常にいて
なんでかなって思ったんですよ
そういうのとかも
他の子供たち見てなかったんですけど
それはすごい今超学歴の社会に
成り立ての頃だったらしくって
それがダメだった人が
あぶれていたっていう
のとか
そういうのとかをいまだに覚えてるんですよ
洗濯物の干し方が
こういう日本みたいのじゃなくて
壁に刺してこうやってるのとか
そういうのは見てたりしますね
それ疑問を感じてるというか
違いとか
それは例えばAとBってものがあった時に
ここが一緒で
ここが違うなみたいなのが
癖としてあったってことですかね
あったような気がします
そうですね
それはやっぱり今の取材にも
かなり生きてる感じのイメージがあるんですけど
そうなってくると
その違和感とか
割と自分はこう一般的な考え
持ってると思ってるんで
不自然さを本人が
気づいてない人って多いじゃないですか
そこが面白みになるから
そういうとこも見てますね
だから複数の人の話聞いていくうちに
この違和感この違和感みたいなのを
たくさん収集していくって
ことなんですね
その上で自分のフィルターを通して
キャラクターに注入するって
そうそうそう
それは本当に養殖器が自然に行ってた
ことなんですね
そうかもしんないですね
だからドラえもん見て
もう書くって思ったから
そういう感じの
藤子先生とかが
書いてる本とかに
こうやって漫画を書いたみたいなのとか
読んでるわけじゃないですか
そういうのもあんのかもしんないですね
ドラえもんどこに一番
先生はグッと来たんですか
最初の1巻の
1話目とか
ですね
いきなり未来からやってきて
お前の将来これだからって言われて
めっちゃ翻弄するじゃないですか
いろいろ行動するんだけど
結局ダメでっていうのを何回も繰り返す話じゃないですか
あれって
そこの
机から未来から
自分の
世話師君って
子孫がやってきて
ドラえもんってわけわかんない生き物でやってきて
機械でやってきて
あんな説教されるって
すげえなとか思ってますよ
あんな設定思いつきます
みたいな
そうかもしかすると
自分が触れたドラえもんと
全く違う振り方ですもんね
僕はもう当たり前にアニメがあって
30:01
秘密道具のドラえもんとして
ドラえもんトライしてたんですけど
スマホを途中から使い始めた世代と
最初から認知してる人たぶん違うと思うんですよ
確かに確かに
そんな感じの驚きがあると思います
それがドラえもんに対しても起こってたんですよね
なるほど
iPhoneだったんですよドラえもんは
そうですねなんだこれはって
本当にそうですね
何でもできちゃうし
インタビュー前半はここまで
後半は次回更新いたします
ハッシュタグ
コミックアタラスで
ぜひ感想を待っています
チャンネル登録してお待ちください
次回更新もお楽しみに
31:30

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