ゲストに「映像研には手をだすな!」の著者・大童澄瞳先生をお招きしインタビュー後編です。大童先生が今、どのようなことを考え生きているのか、映像研を描いていく中で起こった変化など、作品を楽しむ視点でも、生き方のヒントにする視点でも発見がたくさんある濃密な内容となりました!ぜひお聴きください!
<目次>ハエってすごい/名前を知るのやべ〜〜!/伝わらねえこともある、それもしょうがねえ/自分の番がきた時のことをちゃんと考えないといけない/自分で気づくこと/一人二人は自分と同じような人たちはいるはず/浅草氏が幸せならそれでいい/映像研のこの先/漫画家になって楽しい?/オーセルのレグ/ナウシカの世界での「船」/ホコムシ/「ツイッターは遊びじゃねえんだよ」から考える未来の描き方/宿題
「映像研には手を出すな!」第一話を読んでみる↓https://bigcomicbros.net/work/6227/
大童澄瞳先生 X(Twitter)https://twitter.com/dennou319
■COMIC ATLAS(コミックアトラス) とは?
神奈川に縁のある漫画家をゲストに招き、作品から多大なる影響を受けてきたノルオブがロングインタビュー。辿ってきた道のり、現在までの地図をほんのちょっとのぞき見。人気作品を世に送り出す先生方の「過去のおもしろがり方」を学び、「生き方のヒント」を探っていく番組です。30代に突入し、これからの生き方を模索中のノルオブとともに、さまざまな先生の地図を収集して、自分だけの地図帳(=アトラス)をつくっていきましょう!
★毎週火・木曜 ごろ配信中!★X(Twitter)は https://twitter.com/comicatlas847
フォローお願いします!#コミックアトラス でご感想もお待ちしています!
■ノルオブ海と山しかない町に生まれた音楽と漫画をこよなく愛する気さくな⻘年。ラッパー。ラップグループ「JABBA DA FOOTBALL CLUB」に所属。FMヨコハマで毎週日曜10時から放送している「まんてんサンデーズ」のDJも務める。・X(Twitter):https://twitter.com/jiro_no_musuko・Instagram:https://www.instagram.com/handsome_kanemochi/
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<目次>ハエってすごい/名前を知るのやべ〜〜!/伝わらねえこともある、それもしょうがねえ/自分の番がきた時のことをちゃんと考えないといけない/自分で気づくこと/一人二人は自分と同じような人たちはいるはず/浅草氏が幸せならそれでいい/映像研のこの先/漫画家になって楽しい?/オーセルのレグ/ナウシカの世界での「船」/ホコムシ/「ツイッターは遊びじゃねえんだよ」から考える未来の描き方/宿題
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サマリー
大童澄瞳先生へのインタビュー後編では、まずビオトープでのハエの観察から、ミギワバエやカマバエといった多様なハエの生態、そして「修練進化」の概念について語られました。名前を知ることで世界が広がるという幼少期の経験を振り返り、名前が持つ認知上の絶大なパワーを強調しています。 また、『映像研には手を出すな!』における大人たちの描写について、安易な悪役にはせず、彼らの背景を理解しようとする自身の創作姿勢を明かしました。若者が老人を否定する視点への警鐘を鳴らし、自身の未来への危機感を語る一方で、作品が人々に自発的な気づきを促すツールであると考えています。多数派に流されず、自身が納得できるかどうかを重視する独自の価値観も示されました。 漫画家としての仕事については、「楽な仕事」だと感じており、自身の性質に適性があることを喜びとしています。浅草氏への深い愛着から「浅草氏が幸せならそれでいい」という創作基準を明かし、『映像研』の未回収の伏線や今後の展開についても言及。読者を「騙す」ことの快感や、宮崎駿監督の『ナウシカ』から得た世界観構築のヒント、そしてTwitterの名称変更が作品に与える影響など、多角的な視点から創作の裏側を語りました。最後に、インスピレーションの源として江ノ島と神奈川県立生命の星・地球博物館を挙げ、インタビューを締めくくっています。
生物観察から学ぶ名前の力
FMヨコハマ、podcast。
ノーロブです。コミックアトラス、映像機には手を出すな、の著者、大童澄瞳先生のインタビュー、後編です。ぜひお聴きください。
ビオトーブは楽しいですか?
楽しいですね。基本的に何もしなくてもいいというか、手は入れなさいというか、人間の手が入ることを否定しないということだと思うんですけど、
僕的にはあまり手を入れなくていい。雑草が生えててもそこは生き物の住みかね、みたいな捉え方もあるわけで、
そういうところでは気軽に自然化させることができて、やっぱり自分が作った環境に何か来てくれるっていうのはすごく嬉しいですよね。
ハエですね。ハエがめちゃくちゃすごいって思います。
ハエってハエじゃないですか。害虫の代表格ですよね。
こんなことをハエにね、というのもありますけど、そのイメージはやっぱり強いですね。
でも自分たちが知っている、普通の人が知っているハエの種類って、お風呂場とか流し場にいるチョウバエっていうハートマークみたいなハエと、
ショウジョウバエとギンバエみたいな3つだったんですけど、僕もその口だったんですけど、池に来るハエって水面にいるんですよ。
水面にいるんですか。
水面にいて、なんか調べてみたらミギワバエっていうハエでモオクってるんですよ。水面に浮かんでるモオクってるらしくて。
ミギワバエって、ミギワって何?って水の際のことなんですよね。水の際のハエ、あ、そうなんだみたいな。
それで調べてみたら、石油バエっていうハエがいるらしくて。
それは天然の石油が噴出してる湖、石油の湖みたいなのって自然にあるんですね。
そこに生きてて、しかもそのミギワバエの幼虫は石油の中にいるんですよ。
え、そうなんだ。
そんなことって可能なの?ってなるじゃないですか。
そうなると、ハエヤバくね?ってなるよね。
最近、つい1,2週間くらい前かな、ツイッターで知ったんですけど、カマバエっていうハエがいて、ミギワバエの一種らしいんですけど、カマキリみたいなカマがあるんですよ。
ハエにですか?
ハエに。虫って6脚じゃないですか。6本足があって、でもカマキリって4本足プラスカマみたいな動きしてるんですね。
そのカマバエもそれなんですよ。4本足で前足2本がカマになってるっていう。
面白いのが、そのカマの構造とかが本当にカマキリと全く一緒なんですよね。
でもカマキリとは全然縁もゆかりもない物なんですよ。
そういう似た構造なのに別の生き物とか別の種類みたいなので、修練進化っていう言葉で説明される。
修練進化?
修練ってそこに収束していくみたいな、そういう形になっていくみたいな言葉で。
例えばモグラの手の形とオケラの手の形が一緒みたいなのも、モグラは哺乳類だし、オケラは虫。
でも手の形よりかなり似てるみたいなのも進化の過程でやっぱりそういう形になっていくんだよみたいな。
そういう、ハエ面白いみたいな。
面白い、確かに。正体をちゃんと知ることによって、その生物とか印象で何か害虫っぽいかもと思ったものが知っていけば知っていくほど、ちゃんと虫として見れるし。
そうなんですよね。これがめちゃくちゃ面白くて、池にやっぱりアメンボが来ると、「お、アメンボ来たじゃん!」って思うし、ハエが来たら、「なんだ、ハエかよ!」って。
それは僕も学者ではないし、生き物好きとは言っても一般の意気を出ないような生き物好きだったので。
そうなってたんですけど、名前を知った途端に開けるものがあるっていうのが、それがめちゃくちゃ面白くて。
しかもその経験って幼少期にしたことがあって、なんか変な鳥飛んでるなっていう。
なんか、あの鳥空中で生死してね、みたいなのを。
で、それをおばあちゃんに聞いたら、「あれはヒオドリだよ。」って教えてもらったんですね。
で、ヒオドリって本当にポピュラーな鳥で、スズメ、ハト、ヒオドリみたいなぐらいどこにでもいるんですけど、それ名前聞いた途端、どこにでもいるようになったんですよ。
なるほど。
名前を知ることで初めてその生き物を認知できるという、世界にヒオドリが満ち溢れる瞬間が来るっていう。
本当に名前を知るのヤベーみたいな経験を小学生の頃にしてて、それがまた蘇ってくるっていう。
そうか。名前をつけるも名前を知るも。
名前というものがとんでもないパワーを持っていると。
そうです。人間にとってどれだけその概念とかその種、その対象を認知する上で、名前ってどれだけ重要なのかっていうことですよね。
はあ、面白い。
作品に込める人間理解と未来への視点
それは人とか、もちろん漫画で言うとキャラクターの背景だったりとか。
例えば作品の中ではコンテストで大人たちと対立が起こるじゃないですか、震災の。
起こりますね。
その時に大人たちの背景を知ったりすると、なぜ今こんな言葉を使っているのかとか、なんかその共感っていうよりは理解はできるというか。
最後に彼らがカウンターで若返った姿で、またこの熱を持って話してるシーンで、なんか彼らのことをただの役割、悪の対象とかじゃなくて、ある意味大人の権限じゃなく、彼らもクリエイターだったし若者だった。
で、今またその熱が伝わっている、一つの個体であるっていうのをすごい感じて、僕はすごい嬉しかったんですよ。
悪にされなくてよかったというか、彼らが。
僕もあれはやっぱり、描いてる途中で、やっぱりわかりやすくしないとダメかなと思って、悪の対象みたいなのを描こうかなと思ったんですけど、どうしてもその人たちは突き放したくないというか、絶対この人たちを救わなきゃというか。
そういう人たちにもちゃんと思いを馳せて、この人たちがなんでそうなってるのか考えてくれっていう気持ちが強くて、描きましたね。
でもそれは、そういう風なところに収束していく、その大人たちがなぜこうなったかみたいなことを、ここからでもまだちゃんと不誠実な人間ではなく誠実な人間になってくれるみたいなことを描く前の第7巻の時点で、こういうステレオタイプの悪い大人みたいなのを描き始めたんだ、もう読まねえわっていう人もいたんで。
へー、なるほど。
伝われないこともある、それもしょうがないみたいな。そういうこととか、自分にとって不利益になっても、まあまあまあみたいな。
我慢する時間も必要だっていう。
そうですね、いろんな人いるわっていう。
確かにそうか。今先生が最初に話してた感動したそういう人たちに向かって自分はこれからの人生、その姿になっていきたいなって気持ちも強いって感じなんですかね。その学者さんみたいに、ある意味フラットに。
やっぱりフラットにはなっていたいですよね。やっぱり悪い大人にはなりたくないというか、まあそれも概念ですけど、そういう存在にはなるべくならないようにっていうのと、あとは、そうですね、若いうちにそういう視点になりたくないっていうのもありますよね。
そういう存在になる素質って、老人の否定とか、老人だから頭が堅いみたいな、こいつはもう時代から振り落とされた人間だみたいなジャッジをしてしまう若者って、
そういう時代に取り残された人間になりやすくねえかみたいな、そのまんまの老人に対する偏見強めてったらやばくねえかみたいなのもあるので。
そのまま下に行きますもんね。年齢になったら。
そうなんですよね。自分の番が来るだけで終わるぞみたいなのもあるので。
その危機感っていうのは感じたんですか?自分で。もしかすると自分もそうなってしまう可能性があるかもしれないっていうのは。
危機感としては未知だからですね。やっぱり自分が老人になるっていうのは本当に未知なことで、
今までいろんな、僕は結構周りに老人が多い環境で育ってきて、おじいちゃんおばあちゃんも近所にいたし、
大叔父とか石井ばあちゃんとか2人もいたし、いろんなところで老人の手伝いとか昔話聞いて面白いなと思って生きてきて、
でもあんまりそこが自分と繋がらないというか、自分のそういう今の経験が昔話になるってあんまりイメージできないまま。
例えば最新のガジェットとかに興味をなくしていく自分とか、
例えばゲームソフトのシリーズの最新版が出た時に、もう出たの?みたいな気持ちになるんかみたいな。
昔は1本PSで次のシリーズが出る前にめちゃくちゃ時間かかったじゃないですか。
しかもコロコロコミックとかで応募者全員プレゼントみたいなフェイブレードとか注文してから、
家に届くまでに1ヶ月なんですけど、2年半ぐらい解散ではかかってるんで。
そういう感じじゃなくなっていくってどういうことなのっていう、やっぱり知らないんですよね。
だから全然大人になったりおじいさんになっていったりとかした時にどうなのっていうのと、
自分の世代だと、例えば本当に社会を大きく変えるようなムーブメントが今起きてるのは全然大丈夫というか、
LGBTQっていう言葉がすごい普及して、みんながそれについてどういう感情を抱いてようがその言葉は知ってるよってなってきて、
それで多くの人がそれに心を動かされたりとか、自分の生きやすさがいろいろ変わってきたりとかするところに、
自分はいいねって思えたりとかした時にする流れがあっても、やっぱりそういう中で昔の人はそれがタブーだった世代の可能性もあるんですよね。
タブーだった世代の人は、お前はもうダメな人間だって突き放すこともできない。
自分がそうなるかもしれないみたいな。
そのタブーだったのは、それは社会がそうさせたのであって、その人の意識が変わることはないけど、何とか穏やかにその人にも伝えていきたいみたいなことに、
自分のファンが来た時に、果たして周りの迷惑をかけない人間になれる自信はあるかみたいな。
ちゃんと考えなきゃいけない。自分には差別意識はないと思いたいけど、そうならないとはいけないしとか。
自分の意見も含めて難しいですよね。
それが正しいから全員そっちにチューニングしろっていうのもやっぱり難しい。
自分の中の信じたくない側面みたいなのが現れるかもしれない。ちゃんと警戒しなきゃみたいな。
自由感みたいなところがある。
自発的な気づきと個人の価値観
作品を僕は見させてもらってて、好きなことやりたいことっていうのをやっていくことが、もしかすると大きい意味では抵抗になってるんじゃないかみたいな。
うまく言ってないですけど、なんかそんな風に感じていくんですよね。
例えば、「これは良くないぞ!」って直で言うより、やりたいこと、好きなこと、熱を持ってできることをやることによって、その行動とかを見て人が動かされるとか、自分で考えるようになるってことはあるなって思うんです。
自発的に考える。それぞれの人が。
そうですね。
アプリケーションのツールとして、やっぱり言葉とはまた違いますよね。
受け取った相手に考えさせる余地を与えるものだなとは、すごく思いますね。
中でキャラクターたちが行っていることは、それの連続な気がしていて、金森氏、水崎氏、浅草氏の主要な3人がそれぞれ夢中なものが違っているんだけど、
彼女らが作っていったりするものの中で、お互いにそこを吸収し合っているというか、説明している部分もあると思うんですけど、
だからこれが必要なんだとか、だからこう変わった方がいいのかなとかっていうきっかけを、行動からもらい合っているような感覚があるんですよね。
例えば演出に気づくとか、ストーリーって分かりやすく伝えるんだって話のときに、気づいてしまって、自分の中に取り込んで、
こうした方がいいのかもしれない、みたいな可能性を手繰り寄せていくみたいな、それを連続している印象があるんですよね。
なるほど、なるほど。確かにその、おのおのがやったことを自分で解釈しているっていう感じですよね。
結局自分で気づいていくっていうことの方が結構多くて、説得されてどうこうっていうシーンって結構少ないというか、
金森氏が浅草氏を説得したのは、お前がいいと思わなかったらこの作品はご作になるっていう、そのぐらいで、
でもそれも自分がいいと思ってるのを考えろっていう促しなので、同じことっちゃ同じことを自分で気づけって言ってるようなものなので、そこも同じなのかな。
お互いに説得することってあんまりないですかね。最初の制作する上でスケジュールとかを加味して、みたいなことになってくると多少違いますけど、
そういうとこでは本当に理屈が必要になってきますけど。
先生自身はこれまでの人生の中で、誰かに言われてやるとか、もちろん自分が誰かに言ってやってもらうより、気づいてもらうっていうきっかけを作った方が、
もしくは行動したことがあったけど誰か変わったのかっていうのはあったんですか。
僕が人に話すときは、最終的には自分で決めてくれって思うんですけど、
僕が何か言われるときには、私を説得してくれればそれでいいよって思うっていうか、
本当にすべては言われ方だと思ってて。
納得できるかどうかって、その理屈で納得できるかどうかっていう。
例えば、あなたはこのゲーム買いなさいみたいな時に、なぜ買うべきかみたいな。
このゲームは面白いからとかでは私は納得しないんですけど、
このゲームは絶対あなたにとって面白くないゲームだけど、
これをやったお前は変わるみたいなことで、
あ、そうなの?みたいな。
これをやった後のお前を見たいって言われたら、じゃあやるよ。
僕を説得できるかどうかでしかないみたいな。
そこに自分はあんまり必要ないというか、
それをちゃんとすべてを合わせて面白がれる環境を作ってくれるかどうかみたいなことが影響したりするので、
結局、でもそうか言ってることは同じなのかな。
自分が納得できる形にしてくれればみたいな。
流されることはないとも言えますよね、裏を返せば。
みんながやってるからやらなきゃいけないかなとか、
みんなの話題についていきたいからちょっと辛いけどやっとこうかなみたいなのはほぼなくて、
だからこの映画面白いよって、すごい流行ってるよって言われてる映画がたくさんありますけど、
ほとんど見てない。ほとんど見てなかったりしますし、
SNSでもすごい話題になった映画を、これだけ話題になっているなら見てみるかと思って見て、
別に面白くないなってなっちゃったりとかして、
それで悩んだ時期もすごいあって、
この面白さが分からない、というかこの面白さをみんなと共有できないっていうのは、
悪いことだとは思わないけど異常ではあると。
普通ではないのは明らかだから、
こんな状態で自分は漫画を描けるのかみたいなことになるんですよね。
だからすごい困ったりした時期もあるんですけど、
そこに現れるのは、でも自分を納得させられる漫画は描いてるじゃんってことは、
一人二人は自分と同じような人間はいるはずだから、
そういう人たちを救うための漫画はこの漫画しかないはずじゃん、とはなるので。
浅草氏への愛着と『映像研』の未来
先生の作品のキャラ、特に主要の3人っていうのは、
先生自身が分身したようなキャラの印象があって、
逆にその3人が先生の中に今いて、いろんなことを話す基準だったりしてます?
自分のコントロールしてたものだったはずが、
キャラクター自身が一つ勝手に動き出す。
もしくは、もっと先の話かもしれないけど、精神に進んでいて、
その3人がテンション上がるのかどうかで判断するとか、あったりするんですかね?
表現の仕方はわかんないですけど、
浅草氏が幸せならそれでいいってツイートしたことがあって。
それかはとは思いますね。
確かに自分の分身だとは思ってるんですけど、
インナーチャイルドっていう言葉があって、
自分の中に飼っている子供っていうことかな。
幼少期の自分とかをすごく愛おしく思ったりすることはあるんですけど、
それに近い感覚で浅草氏が不幸せの目にあって欲しくないっていうのをしてて、
こんなことをしてていいのかみたいな浅草氏に申し訳なくないかみたいなのは、
まあ、ありますよね。
こういう話をするときに、
これって質問者に、今で言えばノルウォームさんに、
誘導されて自分は答えてないかみたいなことも、
すごいさっきネタ認知の話じゃないですけど、
考えながらなんですけど、
でもそれでもその瞬間はそう思ってるんで、
今も確かに言われてみればそうだなと思ってるんで、
そうなんだろうなっていう感じですよね。
自分もできるだけ誘導しないようにしなきゃっていつも思いながらインタビューをしてて、
どうしても自分が捉えた世界で先生の作品とか人生っていうのを解釈してしまってる部分があって、
いつもいつもこの収録終わったとかに、あれ誘導してなかったかなとかいうふうに考えちゃうんですよ。
それはね、お互いですね。本当にお互いだと思いますね。
コミュニケーションは相互のものなので、一方通行はないので、
その時言われたらああそうかもって思うのも人間の常だし、
やっぱり観測者効果じゃないですけど、
観察したりとか、対話することで与える影響は無視できないので、
それもいいんじゃないですかねみたいな、僕の意見ですけど。
自分の中では、こういう対談とかインタビューに対して誠実でいるためには、
なるべく自分自身も流れに抗う踏ん張りみたいなものはしなきゃいけないと思って受けますし、
自分で答えながらも自分のことを常にチェックしてるっていうのはありますけど、
そういうところで自分が今まであんまり意識してなかったことを言われてハッとするっていうのは、
経験として間違ってるわけじゃないので、
そういう浅草市のために漫画を描いているところがあるかもって今は思いますね。
それでも描き始めの時とは全く心境が違いますよねきっと。
そうですね、より強く愛着が湧いてるっていうのはありますね。
大切にしよう。
でもぬいぐるみにも愛着湧くので。
うさぎのぬいぐるみが。
そうですね、ありますし。
人間のすごいところは、はやぶさとかそういう明らかなメカにもね。
宇宙に飛ばすメカにまで人格を生きてるのが人間のやり方。
生き方というか、そういうもんだなと思いました。
今ちょうど僕8巻まで読ましてもらってて。
そうですね、8巻まで出てます。
物語がもう一つ大きな山場に来そうな瞬間なのかなと思っていて。
終わりとは言わないですけど、一段落つけに行くのかなってちょっと想像しちゃったんですけど、
それは想定をしてるんですか?
そうですね、それも気になるところなんですよね。
ご自身でもね。
例えば宮崎さんとか宮崎駿監督とかで、トトロとかに言及してるんですよね。
あの子どうなってるんですか?みたいなことだったのかな。
質問があったのかな?ちょっとあんまりわからないですけど。
トトロのサツキとメイの今みたいなもの。
自分の中ではすっかり成長してますみたいなことを言ってたかな。
とにかく扱いについて言及してって。
そういうのを読んだことがあって、話し作る人ってそうなんかな?みたいな。
他人事ですけど、そういうことを思ったりとかしたので。
自分の中でどうなっていくんだろうっていうのはありますよね。
例えば映像研の最終刊が出ましたと。
そうなった時に終わりなのかっていうと、別に全てその世界が真っさらに消え去ったわけでは多分ない。
自分の中ではそうのはずですし。
自分が好きな漫画も、完結を迎えた作品はいくつかありますけど、読者としてはどうなのか。
全てが終わったわけではなさそうだ。
だから自分がそういうタイミングを迎えたときにどうなるんだろうっていうのは、
全てが終わったとはならないだろうなと予測はしてますけど、どうでしょう?って。
そこも気になるところですと。
気になるところです。
自分を観察するものとしてはですね。
読んでると、これもしかして次で一つくぐりつけるのか?みたいな。
いうふうな心境になっちゃったというか。
一番の大テーマである最初のところに戻っていくというか。
王道のパターンですね。
ワクワクはさせられますけどね。
僕のこの第8巻までの展開っていうのは、第3週の時点かな。
そのあたりで考えてたことなんですね。
映像研がいろんな外部の勢力と戦って、
校内とかでもものすごいトタバタやって、
落ち着くっていう展開。
ソアンデとの対立みたいなものも、
ソアンデが何を考えてるのか、この学校とは何なのかみたいなものを書くっていうのは、
第3週あたりで考えて、
ふと思いついて急いでメールに大量の文章書いて、
この展開で考えてますって担当編集者に送ったのが、
初代編集者で、今で3人目の担当編集者のことなんですけど、
そこまで時間かかったなっていう感じで。
じゃあ、これは別にネタバレでもなんでもないですけど、
映像研でまだ書いてないこといくつあるのっていうと、
千葉浜高校とか、千葉浜島、この湖の謎とか、
時計塔の謎。
千葉浜高校の周辺にある九号兵器の跡とは何か。
なんで千葉浜高校の地下にはガスプラントがあるのかとか、
大昔の戦車が湖の底に沈んでるらしい。
それをどうやら生徒会は引き上げて使ってるみたいなこととか。
その辺何にも明かしてないんで。
そっか。楽しみっすね。
なるべく書き上げたいと思ってるんですよ。
あの世界のことを。
とはいえ、全ての謎が解けるのもリアルではないと思ってるので、
最近は謎は謎のままのパターンあるのとは思ってるんですけど、
その辺の設定もかなり書き上げたい気持ちはありますね。
『映像研』の世界観と創作の喜び
しかも最初、映像研みたいなこういう作品で、
劇中劇みたいな形でいろんなアニメみたいなの描写してきたの。
そんなでかいオブロスキー広げたのはなぜかっていうと、
僕は本当に漫画家になる予定もなかったタイプの人間なので、
この作品で全て終わる可能性あるぞと思って、
それだったら映像研の中で描きたいもの全部描けちゃうような土台作っちゃえっていうとこから始まってるんですよ。
浅草市がめちゃくちゃ作品名に慣れつくやつあるじゃないですか。
ありますあります。
あの科学に近いってことですよね。
そうですね。だから浅草市が描いたっていうことにすれば、
短編漫画いくらでも描けるんですよ、映像研だから。
まあそういう根端でもある。
だから、あんまりこういうことするかしないかわからないですけど、
僕がこれから連載するか、新しく連載始めるか、あるいは短編集を書くかとかそういうのはわからないですけど、
そういうのもこれは作者名に玄関大原住と作者浅草みたいな、
そこで鳴るパフォーマンスもなくはない。
それで売れるんだろう、それをやる。
金も練習いただきますね、ほんとね。
なるほどな。そしたら大原先生は漫画家になって楽しいですか?
いやー、楽な仕事だなとは思いますね。
楽な仕事だと思う?
相当大変なんですけど、
僕絶対ネクタイ締めて電車乗ってっていう日々絶対遅れないので、
本当に倒れちゃうなっていうのは分かったので、
これは自分にとっては転職に近い。
もちろんもっといろんな仕事あると思うんで、
デザイナーとかになったり、あるいは大工さんになったりとかだったら、
そういうネクタイ締める必要はないし、
社会に対する反発心からネクタイ締めて背広着て大工やってるかもしれないですけど。
分かんないですけど、今のところは、
いやーこれは多分自分にとっては楽な仕事だよって思いながら、
たまに休みもらったりしながらやってますね。
楽しいっていう気持ちもあるんですかね?
楽っていうことは適性があるってことですよね。
そうですね。
自分の性質に対して適性がある。
そこにワクワクするとか、そういうものはあるんですか?
ありますね。
やっぱり満足感がちょいちょい襲ってくるっていう。
作家にも本当にいろんな種類いるなと思ってて、
絵を描くのがめちゃくちゃ楽しいとか、
ネーム描くのが一番楽しいみたいなことを言ってる漫画家の方いっぱいいて、
わー俺はそんなんじゃねーなーみたいなこと思ったりするんですけど、
そういう中でも、
例えばある作家さんが、
ロボットとか描けないから自分は、
だからこういう風な形でアイディアを取り入れて作ってるんだよとか、
自転車って描くの難しいじゃんみたいなことを話してて、
じゃあ俺はそれ描いてやるよみたいな。
そういうので、どうだみたいな。
あとはもう読者を騙すっていう。
ちょっと快感で。
例えば作中で、
実在するような車を盗聴させたりとかすることもあるんですけど、
一方で難関だった。
浅草市が道歩いてる時に、
オーセルっていうメーカーのレグっていうピックアップトラックをメインにして、
オーセルのレグだみたいなこと言ってるんですけど、
そんなメーカーも車両も存在しないんですよ。
それでツイッターでちょっと見てると、
なんか必死に調べたけど全然出てこないこの車。
しめしめ見せない。
騙されたなみたいな。
そんなありそうな名前を考えるの大変だったんだっていう。
その世界は存在してますしね。
作品世界があるから。
そこだったらオーセルのレグはあると。
そういうのをやったりしてる時に、よしよしみたいな。
なるほどな。ニヤニヤしながらやってんですね。
そういうニヤニヤがちゃんと仕事をしている中で出てくるっていうのは、
やっぱり楽しさとか幸せがあるなって思う。
確かにですね。
言葉とSF的視点、そしてTwitterの変遷
ナウシカの危機の時代に読む、風語りのナウシカ。
そこの中でナウシカの世界では、
飛行船のことを船と呼ぶんだみたいな話があって、
それはあの世界だと不快があって、三の意味があってっていう、
陸路での交通手段がないんだっていう話がすごくびっくりして、
そういうことかって思ったんですよ。
その世界をリアルに捉えるっていうのは、
言葉一つを選ぶにしても、
言葉一つを選ぶだけでこんなに見え方が変わるみたいな。
感動したんですよね。本当だみたいな。
そうなんですよね。ナウシカの世界では、
大陸の中で国を分断しているのが、
深いという巨大な森で、そこは人間は車では絶対通れないし、
海は三の海で、船では多分どうやら行けないらしい、ボートですね。
っていうことは、空路がメインになると。
そうなった時に、そういう巨大な飛行艇みたいなものが、
どう呼ばれるかっていうと、船に置き換わるっていうような、
飛行機っていうよりは、これは船が転じて作られたものみたいな、
そういうニュアンスですよね。
それはすごい、自分の価値観すら結構揺らされる発見で、
でもそうなってくると、実はこの作品の中にも、
細かくあったりするのかなと思って。
そのインタビューの中では、ちょっとカマキーの話されたと思うんですよ。
その面白さっていうのは、さっきの二谷にも近いものでもあるよなと思って、
実在感みたいなのをしっかり出すものでもあんだなって感じたんですよね。
他にあったりするんですか?
いや、どうあったかな。でも、名前で言うと何かあったかな。
何か書いたような気もするんですけど。
そういうの本当に細かすぎて覚えてないことが多いですけどね。
やっぱりSFの根底ってものをどういう視点で見るかでもあるかなと思ったりしてるので。
その映像研でいうと2050年代の話っていうことにしてるんですけど、
あんまりそこまで見た感じ、現代と変わりないような感じで書いてるのは、
今からというとせいぜい25年後とかですよね。
25年後、そこまで変わんないだろうみたいな気持ちがあるので。
例えば攻殻機動隊とか見てるとあれ2030年代の話っていうんですけど、
あと数年で電脳化がそこまで発達するかどうか。
ただ、攻殻機動隊の場合は第三次世界大戦があって、
それによる開発競争的なものが起きて、
それで電脳化とかそういう技術が飛躍的に進歩したっていう背景の設定があるので、
それは全然作品の中で大きな文字を書いてないと思うし、
だいたい攻殻機動隊に対して矛盾点みたいなことを指摘することは不可能なので、
欄外に全部書いてある。
ここではこう書いているが、実際はこう並んでいる。
欄外に書き込まれている漫画なので、結構難しいですけど。
そんなことを考えながら書いたりしてて、
そういうところに本当に違う世界の話だったら、
虫の名前とかも違うんじゃないのみたいな。
カマキリってカマの部分がピックアップされるけど、
カマキリの胸の形の部分を見ると、明らかホコみたいな形してるぞみたいな。
それは僕が見た印象だったんですけど、
じゃあこれホコムシにしちゃえみたいな。
もしかしたら映像系の世界ではカマを持った生物っていうのが結構多い可能性はあるんですよね。
カマっていうものが特徴にならないとか、
そのせいで胸の形がホコみたいな形してるっていう方が注目されている可能性もあるんですよ。
まあその辺もあたしはあんまりわかってないですけど。
なるほどな。
地続きなのに、未来の話であるこの映像系の世界に対して、
自分がまたより実在感を持てたというか、その話が。
だからなんだなっていう、この世界は。
でもあれですね、ツイッターが買収されちゃったんで、ツイートが買収されない世界でしたもんね。
僕もそのことは、映像系の中でツイッターは遊びじゃねえっていうセリフを書いた時に、
ツイッターがいつまで持つかなって思い出したんですよ。
それ自体は面白くて、今までも未来の話を書いてるけど、
電話はプッシュフォンですらない、ダイヤル式の電話みたいなことがあったりとか、
例えばウルトラマンでも、コンピューター室はこういうテープみたいなのがぐるぐる回ってて、
いろんなランプが光ってるような、そういう世界として描かれてて、
あれは未来の話ではないと思いますけど、
そういう未来っぽい描写みたいな、最先端の描写みたいなものもどんどん変わっていくし、
昔の漫画を読んでると、ナウイっていう言葉が、ギャグではなくナウイっていう言葉が出てきたりするっていうのを、
やっぱりこういうの面白いよなと思って読んでた口なので、
ここでTwitterっていう固有の名前を、そういうサービスの名前を使うことがどう出るかなと思って入ったので、
早とは思いませんけど、あれ書いてから突然エピューになるのは早いのかと思いましたけど。
そうですね、それも楽しみの一つではありますよね。
出てくるものの、それはニヤニヤ感に繋がっていく気もするんですよね。
こっち側がまだ次はニヤニヤできるっていうか、こっちの世界と世界観がずれたみたいな。
そうですね、ブッキと捉えてもいいですね。
しかもそのTwitter、XがTwitterに戻らない。
確かに。
言い切れないので。
確かに。
それもおもろいな。Twitter戻っちゃったがあったら、いよいよニヤニヤしますね。
戻ってきたわけですね。
大童先生のおすすめスポット
なるほど、すごい楽しく今日はお話聞かせてもらいました。
最後、宿題的にここに行ってみなさいというロケ地があれば教えてください。
ロケ地、ここに行ってみなさい、そうですね。
もしかして行ってるっていうのもありますけど、いくつ話してもいいですか?
もちろんです。
江ノ島とか結構好きなんです。
江ノ島。
江ノ島ってすごい道細くて急斜面なんですけど、結構上の方まで人住んでるんですよね。
そうなんだ。
ここで暮らしてるんだみたいな、ここで代々住んできた人いるんだって思うと、
すごくそこの生活とか思いを馳せたりすることもあるし、
結構裏側の磯の方とか見るとボロボロとずれてる。
江ノ島いつまで待つんだ。
江ノ島自体がね。
ちょっと面白いし、結構インスピレーション受けられる場所。
あとは、あともう一個あるのは、
生命の星地球博物館の方にあるんですけど、
ここはね、結構僕は幼少期に行って、
箱根?
はい、箱根に。
ここは、自分の一番身近な博物館だと思う。
運命かもしれない。
ここは小学生の時にやってましたし。
その博物館は先生のどんな存在だったんですか?
やっぱり古生物に触れる場所で、
なんかすげえでけえかっけえみたいな場所ですよ。
なんか入ってすぐのところに、
大昔の魚の骨がされてるんですけど、
くそでかいし、骨ですよ。
俺、本当にお気に入りになった、
大昔の生き物はこれかもしれないですね。
僕は、全然恐竜とか車とか電車とか、
全然通らないで生きてきたんですけど。
アンパンマンさえも全然通ってないんですけど、
これはすごい好きですね。
ちょっと行ってみます。
気になりますね。
実物見るまでは調べずに行きます。
これか。
その喜びを感じてる、ちょっと。
ありがとうございます。
その宿題ちょっとやってきますので。
今日はですね、本当にお時間くださってありがとうございます。
ありがとうございました。
楽しかったです。
本当に今回結構今まで話してない話が多かったので、
有益でした。
良かったです。
ということで、今日のゲストは大原住人先生でした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
47:10
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