1. ちはる|ジャーナリングのような雑談ラジオ
  2. ちはるってこんな人①幼少期か..
2026-01-10 09:33

ちはるってこんな人①幼少期から大学まで

自己紹介文を作りたくて、自分を振り返ってみようとお話することにしました。
ご興味のある方はどうぞ!😆

今回は、幼少期から大学生くらいまでをざっとお話しました。
#自分の人生を振り返る
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/628cb995f5aec42d87a1cc1e

サマリー

このエピソードでは、1979年生まれのちはるさんが幼少期から大学までの自己紹介を通じて、自身の成長や経験について語ります。特に、茨城県での生活や松山市での学校生活が、彼女の自信形成にどのように影響を与えているかに焦点を当てています。

幼少期の経験
おはようございます。1月10日土曜日です。
こちらはアウトプット雑談プログラムとして、私が日々思っていることや感じていること、残しておきたいことをお話ししています。
今朝も寒い朝でしたが、皆さんいかがでしょうか。
私は年末年始の休暇明けで5日間、今週仕事がありまして、まあそうですね、濃いめの1週間でした。
なんか年明けだからっていうわけじゃないと思うんですけどね、私ヘルプデスクで仕事してるんですけれども、もうちょっと内容濃いめのお客様が多かったなという1週間でございました。
今日からしばらくは、私が勝手に自分でやりたくてやるんですけど、自己紹介をどこかで作りたいなって思ってるんですけど、なかなかそういう時間がないので、
私ってこんな人みたいなことで、ちょっと振り返りながらこれまでの人生を勝手に話そうかなと思っています。
ご興味のある方はお聞きいただければ嬉しいです。
私は1979年生まれで、生まれ自体は東京都になるのかな、当時は東京都の町田に住んでいて、病院は相模原、隣の神奈川県の相模原の病院で生まれています。
3歳の時に両親がマイホームを建てるのに茨城県の方に引っ越してきていて、人生の半分、8割くらいは茨城で暮らしているような状況です。
今となってはもう9割くらい茨城にいるのかなと思います。
幼少期はとても活発ではなかったのかな、水泳がすごい得意で、4歳くらいで周りの人がびっくりするくらい25mプールを何回も何回も泳いでいたよっていうのをよく聞いたりしていて、
実際小学校に上がった時に選手コースっていうんですか、A4全部終わってその後上のクラスに行くっていうのになってしまってくらい水泳はできたんですが、選手コースがすごく面白くなかったのと、
小学校1年生の秋くらいにちょっと風邪をこじらして入院するようなことがあって、それを機にやめてしまうんですけれども、今となっては泳げてたかなくらいになっているので、そういうこともあったなという感じです。
小学校の前半は今では考えられないかもしれないですが、割とおとなしくて、授業中とかも発言とか一切しないタイプでしたね。
今の私が形成されたのは、おそらく小学校3年生で父の転勤でついて行った愛媛県の松山市かなと思っています。
環境が変わったことと、今までの自分の関東にいた自分ではちょっと考えられないような、都会ではあったんですけど、都会であり地方でありっていうところがすごく私には良かったのかもしれないですね。
あと全然全く環境を変えられたというのも一つ良かったのか、これまでの例えば、授業中は絶対手を挙げないみたいなのはまず解消されましたし、
あと茨城にいたのではなかなか日の目を見ることがなかった、自分の能力みたいなことにちょっと目を向けてもらえるようになったのも、松山の小学校に行ってからだったかなと思います。
例えば、就事でクラスの代表になるとか、何かでクラスの代表になるっていう経験を茨城にいた段階ではしたことがなかったんですけど、松山に行ってからは就事でも学校代表とかになれたりとかしたような気がするな、そういうことがあったのが松山の小学校での出来事で、すごい私に自信をもたらしてくれるような出来事があの時あったなと思っています。
大学時代の生活
書道は小学校1年生から始めていて、多分自分も好きだったので、毎週通うのも苦じゃなかったし、松山行っても教室探してたぐらいなので、多分好きだったんじゃないかなと思います。
松山には3年ほどいて、その後また茨城に戻ってきます。そこからはずっと茨城で社会人になるまでは生活していますよね。
地元の中学校に進むんですけど、中学時代は剣道部に入って、ただもうほんと3年間、引退するまでは剣道に明け暮れる。
特に先輩方が引退した2年生の夏ぐらいからは、剣道だけをしているような、そんな中学生でした。
周りにすごい方がいっぱいいるって言い方変ですけど、もっと目立ってちゃんとしている方がいっぱいいるので、割と静かな方、どちらかというと地味でしたね。
今も派手ではないんですけど、どちらかというと前に出ていくというタイプよりは後ろの方で静かにしている、そんな中学生でしたね。
高校も地元の県立高校に進むんですけど、ここのでも記憶もあまりないので、多分静かにしてたんだと思いますが、
高校は先生がお勧めするところよりも、もう少し入りやすい高校を選んだこともあって、高校でちょっと変な意味、いい意味で楽ができたんですよね。
成績の面であるとか、あとは高校ってやっぱりいろんな子が来るので、そういう意味では毎日真面目に登校していて、そこそこ成績もいいみたいなタイプだったので、
先生からは高評価だったなと思います。そういうところがまた自分でうまいんだなっていうのも、私はなんとなく自分で気づいているので、
人生のうまい渡り方じゃないんですけど、そういうのを学んだ気がします。
肌から見ればちょっとずるいのかもしれないんですけれども、そういうなんでもない中高生活を過ごして、大学も地元の大学に行くので、
あまり広がりもなく家から通ってバイトばかりをするような時代でしたね。
アルバイトもいろいろさせていただいたんですけど、ドトールでアルバイトしたのが一番楽しかったかな。
やはり同年代のバイト生がとても多くて、忙しくて、なんだかとても楽しかったなっていうのを覚えています。
そこでできた後輩とは今でもつながっている子もいますし、ちょっとした学校の延長のような場所だったんじゃないかなと思っています。
アルバイトの接客業が多かったですね。
セブンイレブンのアルバイト、ドラッグスターでのアルバイト、8日堂の地下のパン屋さんでアルバイトしてたこともありますね。
当時は目に見えるところでのバイトを探していたので、そういうところになっちゃったのかなと思いますが。
どこでの経験もなんとなく生きているような気がしていて、どこのバイトも無駄ではなかったなと思っています。
ざっとですが、大学まで振り返ってきて、やはりいろいろあったのは社会人以降かなという気がしているので、
その辺もまた明日以降お話ししたいなと思います。
今日もこの三連休はなかなか天気が大荒れというお話を聞きました。
成人式なのにせっかくのふりそで、綺麗に着てもらいたいというか大変ですけど、いい写真が撮れるといいなと思っています。
今日も良き日になりますようにお聞きいただきましてありがとうございました。失礼します。
09:33

コメント

スクロール