感謝100の思索
おはようございます。1月9日の朝です。
こちらはアウトプット雑談プログラムとして、私が日々感じたこと、思ったこと、残しておきたいことをお話ししています。
今日はですね、私がインスタグラムや、以前だったらボイシーとか、あとブログなんかも拝見している古谷静香さんという方がいらっしゃるんですけど、
この方がインスタのストーリーズの方で、去年の2025年の感謝100を書きましたっていうお話を見まして、
ブログの方にも書いてらっしゃったので、それを読んで、年末の高値石にもこの話は聞いていたというか見ていて、やりたいなと思ってたんですけど、また再度流れてきたので、
私もやってみたいなと思って、昨日の夜、ざっと書き出してみたんですが、まだね100までは行けてなくて、40くらいまで書いていって、
そこでちょっと感じたことをお話ししようかなと思います。
私、書くことが好きなので、こういう誰かが何かを書きましたとか、こういうことを書いてますというのを見ると、一回はやらずにはいられないタイプなんですね。
今回もそれが発動したという感じなんですけれども、感謝100を考えると、1年を自動的に振り返ることになるのかなと思っています。
私は40個まで書き出して思ったのは、やっぱり誰かに会うことが多かった1年だったのかなと思っています。
新しいご縁をいただけたりとか、あとはすごく久しぶりに、横浜におじとおばがいるんですけれども、
もう2人とも80を過ぎていて、なかなか5年ぐらいはコロナの影響もあって会えなかったんですが、
本当に久しぶりに子どもたちを連れて会いに行けたなっていうこととか、
あとは色々なコミュニティとかを通して出会いが増えた1年だったなというのを40個くらいまで書いて今思っています。
やっぱり書いてみると、自分の活動とか動いた奇跡みたいなのがすごい感じることができるなと思っていいです。
あとは私は結構お金のことがあるかな、何かを払えましたとかいうのが結構出てきますね。
我が家は今年の4月から長女が高校生になりました。
この長女は去年の中学校3年生、なかなか厳しい時期を過ごしまして、
不登校気味から最後卒業する手前ぐらいは不登校だよねっていう状況になってしまって、
高校も行くとか行かないとか通信制に行くとかギリギリにすごいごちゃごちゃしたこともあって、
今年どうなるのかなって思ってたんですけど、最初こそ危ないなと思ってたんですが、
途中から何とか倒り取り直すというのもおかしいですが、行けるようになって、
昨日もまた冬休み明け、最初の登校日だったんですけれども、無事に行ってくれたので、
行ってくれたという表現もどうなのかなって自分で思いながら、4月から迷いながらやってきてはいるんですが、
今のところは通えています。
本人も学校が嫌なわけではない、高校を卒業したいという気持ちはあるので、
勉強の方は残念な感じではあるんですけれども、元気に行ってもらえたらいいかなと思っています。
父女は小学校6年生なんですけど、本当に私が一番しんどかった時期に、
小学校2年生とか1年生くらいの小さい時で、そこから毎日長時間の留守番をお願いするような状況が続いていて、
実家の父の応援とかもありながらも結構頑張ってくれて、今小学校6年生になったので、
もうそういう心配はなくなってはきたんですけれども、今年も1年よく留守番してくれたなという思いと、
あとはもう一人で留守番させておいても、全然苦じゃなくなってきたというか、
本人もいない時間を満喫しているというか、そういうふうになってきたなと思って、
父女の生まれた時の話をすると長くなっちゃいそうなんですけど、
お腹にいる時にいろいろあった人で、こんなにしっかりするとは、しっかりもしていないけど、
成長するんだなというのをすごい感じる人なので、そういう気持ちが思い出せてよかったなと思っています。
2025年は自分の中でもいろいろと駆け抜けた年だったなと思っていて、
1年1年すごい早くはあるんですけれども、充実した年だったなと思っています。
やりたいなと思っていることは大体できたなと思える年でしたし、
子どもたちの成長も感じることができた年で、
かつ新しい出会いとか新しい世界みたいなのも見ることができた1年だったなと思っています。
この勢いを2026年にもぜひ続けていけるようにと今は思っています。
会社100については40までかけたので、あと残りの60、ここからは正直ひねり出すようになるのかなと思うんですけれども、
会社は見つけるもの、あるものを見つけていくものって誰かがおっしゃった気がするので、
2025年の振り返り
当たり前のことに感謝しながら2025年を振り返りたいと思います。
今日はそんなお話でした。お聞きくださいましてありがとうございます。
ではまた。