#94_ 子どもの「好き」は応援したい。じゃあ、自分の好きは?| hanaso.
2026-09-24 10:24

#94_ 子どもの「好き」は応援したい。じゃあ、自分の好きは?| hanaso.

子どもには、
「好きなことを見つけてほしい」
「自分で考えて、自分で選んでほしい」
「失敗しても、やってみてほしい」

そう願っているのに。

じゃあ私は、
「好きなことは?」
「やりたいことは?」
「本当はどうしたい?」

そう聞かれて、すぐに答えられるだろうか?
私は数年前、全然答えられませんでした。


これまで200人以上の高校生の受験・進路に伴走する中で、
自分で選ぶことに自信を持てない子どもたちにも
たくさん出会ってきました。

だからこそ今思うのは、
子どもに「自分で選んでほしい」と願うなら、
まずは一番身近にいる大人から。

でもそれは、
「子どものために大人が変わらなきゃ」
という話ではありません。

大人の人生だって、大人自身のものだから。

迷ってもいい。
途中で変えてもいい。
やってみて、違ったら選び直してもいい。

自分自身にも
「やってみたら?」
と言える大人でいたい。

そんな思いから、「hanaso.」をやってみることにしました🗣️

今回は、なぜ私がhanaso.をつくろうと思ったのか。
その原点についてお話ししています。

次回は、
「話して終わり」にしないために
大切にしたいことについてお話しします。



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#離そう
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感想

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00:05
みなさん、こんにちは。今日も聞きに来てくださってありがとうございます。
今日は、最近ずっと考えてきたことについてお話をしていきたいと思います。
最近、私、話そうっていうサービス、プログラム、コミュニティ、ちょっと違うんですけど、複合的なものをやりたいなって思っています。
ただ、今日はこんなことをやりますとか、こんな人を募集しますっていうお話ではありません。
その前に、なんで私は話そうをやりたいんだろうっていうところからお話をしてみたいと思います。
突然ですが、お子さんに自分で考えられる子になってほしい。自分で自分の人生を選んでほしい。
って思うことありませんか?
私はすごくあります。
というのも、やっぱり教育とか子育てって最終的なゴールっていうのは、自立だと思っているんですよね。
いかに子供の手を離していくかっていうところにあると思っています。
私はこれまで教育の仕事で、200人以上の高校生だったりとか基礎生の受験や進路に伴走してきました。
その中で、たくさんの子供たちと話をしてきたんです。
どうしたい?って聞いた時に、分かりません。って答える子。
進路を選ぶ時にも、親がこっちがいいって言っているから。
先生にこっちにしたら?と勧められたから。
と、自分の気持ちより先に誰かの答えが出てくる子。
まだ何もやっていないのに、私には無理です。どうせできません。
って、自分の可能性を自分で小さくしてしまう子。
もちろん高校生なんだから、迷って当たり前だし、誰かに相談することだって悪くはありません。
でも、そんな生徒たちと関わりながら、私はずっと思ってきたことがあります。
自分の人生を自分で選べる人になってほしい。
誰かの意見を聞いたっていい、迷ったっていい、途中で変えたっていい、失敗したっていい。
でも最後には、私はこっちに行ってみる。って自分で選んでほしい。
だから私は、進路や受験について、こうした方がいいよ、と答えを渡す。
というよりかは、こういった選択肢もあるよ、っていうページを押してきました。
その子の得意なことや苦手なこと、今置かれている状況を一緒に見ながら、
あなたはどうしたいんだろう?何だったら一歩目を踏み出せそうなのかな?
こんな選択肢もあるけど、どう思う?って一緒に考えることを、ずっとずっと大切にしてきました。
03:05
そして、じゃあ今週はこれをやってみます。これだけならできそう、と決めたら、
次に会った時に、どうだった?やれた?って言って、また話す。
うまくいったら、じゃあ次はどうする?うまくいかなかったら、何が合わなかったんだろう?
そうやって、話して、選んで、やってみて、また考えて、そして選び直してみる。
振り返ってみたら、私はそんな伴奏をもう何年もやってきたんですよね。
そして最近、この話そうっていう場を考えながら、もう一つ自分の中で繋がったことがありました。
子供には自分で考えてほしい。自分で選んでほしい。失敗を怖がらずにやってほしい。
で、私はこんなにも願っている。こんなにも願っているのに、じゃあ私は?私は自分で選べているんだろうか?
失敗するのが怖くて、やってみたいって言えていないんじゃないだろうか?
これを考えた時にね、いやー私できてないところいっぱいあるって思ったんです。
母親なんだから、会社員なんだから、この年齢なんだから、普通はこうするよね。
ちゃんとしなきゃ。子供には、あなたはどうしたいと思ってるの?って聞いているのに、
自分のことになると、私はどうしたい?より先にどうするべき?を考えている。
つまり、正解探しをしていることがたくさんあるなって思いました。
これって私だけなのかな?と思ったんです。
子供には自分を信じてほしい。自分の人生を自分で選んでほしい。
だったら、子供の一番近くにいる私たち大人が、自分の気持ちを置き去りにして、ずっと正解を探していたらどうなるんだろう?
もちろん、子供のために大人が完璧にならなきゃいけない。そんな話ではありません。
むしろ逆で、迷ってもいいと思うんです。わからなくてもいいと思うんです。失敗したっていいと思うんです。
やってみて、あ、違ったって戻ってきてもいい。
でも、最終的には、私はどっちに住みたいのかな?どこに行きたいのかな?って考えて、
自分なりに選んで、じゃあちょっとやってみようかな?って動いてみる。
そんな大人の姿を子供が身近で見られたら、私はそれも一つの自分で選ぶことを伝える方法なんじゃないかな?って思うようになりました。
06:05
だから、まず子供の一番近くにいる大人から。これが私がハナソーをやってみたいと思った大きな理由です。
でもね、ここで一つすごく大事にしたいことがあります。
ハナソーは子供のために自分を変えようっていう場所にはしたくないと思っています。
というのも、だって大人の人生だって大人自身のものだから。
私の人生を生きてくれるのは、子供でもパートナーでも上司でもないんですよね。
結局私自身が生きていかなきゃいけない。
子供にあなたの人生を生きていいんだよって言いたいなら、私自身も自分の人生をもっと自分で選んでいいんじゃないかな?
仕事のことでもいい。子育てのことでもいい。ずっとやってみたかったことでもいい。
なんかモヤモヤするって言った違和感でもいい。まだ言葉になっていないものでもいい。
まずは誰かと話してみる。
頭の中で考えていると、いつもの考え方で同じところをぐるぐるしてしまうことがあります。
私はね、めちゃくちゃあります。
でも誰かに話をして、それってどういうこと?って聞いてもらったり、こういう見方ってあるんじゃない?って違う視点をもらったりすると、
あれ?って自分の中から今までに出てこなかった言葉が出てくることがある。
私自身、誰かと話をしたことで、あ、私本当はこっちがやってみたかったんだとか、こういうことがやりたかったんだって気づいた瞬間が何度も何度もあります。
そして振り返ってみたら、高校生との伴奏でも同じことをしていました。
話して、考えて、自分で選んで小さくやってみる。
そしてどうだった?ってまた振り返る。
だから話そうは、私が教育現場でやってきたことをそのまま大人抜けにしたものということではなくて、私が教育の現場でずっと大切にしてきた。
その人が自分で考えて、自分で選ぶことを支える、という伴奏を今度は子供の一番近くにいる大人たちとも一緒にやってみたい。
そんな思いから生まれた場所です。
子供にやってみたら?を気軽に言える大人でいたい。
その前に自分自身にもやってみたら?って言える大人でいたい。
私自身もまだまだその途中です。
09:00
だからこそ一緒に考えて考えて試してみる場所を作りたい。
それが話そうの始まりです。
ただここでもう一つ疑問が出てきました。
話すことは大事、でも話してすっきりして終わったら現実は何も変わらないんじゃない?っていうことなんです。
考えることが大好きで考えているだけで満足しがちな私にはこれはかなり重要な問題です。
じゃあ話したことをどうやって自分の一歩につなげるのか。
そこで話すでは、えーと、対話だけではなくて小さく試すことと振り返ることまでを大事にしたいなと思っています。
次回はこの話そうをなぜ対話と小さな一歩と振り返りという形にしたのか。
考えるのは好きなのになかなか動けない私自身の話も交えながらお話ししたいと思っております。
今日も最後まで聞いてくださって本当にありがとうございました。
またお耳にかかりましょう。
和春でした。
10:24

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