#107_ 大好きな母なのに、母親になってからずっと苦しかった。
2026-10-14 18:58

#107_ 大好きな母なのに、母親になってからずっと苦しかった。

「子育て」に関して…ずっと憧れだった母。

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保育士として4人の子どもを育て、今も子育ての現場で働く、
まさに子どもと遊ぶプロです。

そんな母のように子育てができない自分が、ずっと苦しかった。

でも、その苦しさの正体に、私は長い間気づいていませんでした。

今回の帰省で、母に自然と伝えられた本音。

「お母さんみたいに子育てできないこと、結構しんどかったんだよねー」

その会話から、改めて考えたことをお話ししました。

「あの人のようになりたい」
「あの人のようにはなりたくない」

正反対の思いでも、
どちらも基準が「あの人」になっているのかもしれません。

あなたの中の「いい母親」は、誰の姿ですか?

よかったらコメントやレターで教えてください🌿



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サマリー

話し手は、保育士として働き4人の子どもを育て、今も子育て支援に関わる母を尊敬する一方、母のように子どもと遊べない自分を長く責めてきた経験を語ります。母との比較で苦しくなっていたが、マザーズコーチングを学び、母と自分は違い、子どもとの関わり方もそれぞれでよいと受け入れられるようになりました。帰省中には母へ本音を伝え、仕事をしながら子育てする自分とは条件が違うという母の言葉も聞きました。さらに、親のようになりたい場合も、反対になりたくない場合も、どちらも「あの人」を子育ての基準にしているのではないかと考え、自分が子どもに渡したいものを自分で選ぶ大切さを話します。

母への憧れと自分の子育ての苦しさ
こんにちは、こはるです。 今日も聞きに来てくださってありがとうございます。
突然ですが、お子さんを持つ皆さんは、 こんなお母さんになりたいという理想の母親像ってありますか?
もしくは、もう子育てが一段落した皆さんは、 こんなお母さんになりたかったなぁ、といったものはあったでしょうか?
子供といつも楽しそうに遊んでいるお母さん。 手作りのご飯やおやつを作ってくれるお母さん。
子供が失敗してもイライラせずに受け止めてくれるお母さん。
でも現実は、仕事で疲れて子供と遊ぶ余裕もない。 つい、怒ってしまって寝顔を見ながら、
ごめんね、と言って自己嫌悪。 私のお母さんはもっとちゃんとしてくれたのになぁ、そんなふうに思ったことありませんか?
私は実はずっとそうだったんです。 しかもその苦しさの原因が、大好きで尊敬する母への憧れだったことに、自分でも実は気づいていませんでした。
今日はそんな私が少しずつ、自分の子育てを認められるようになったお話をしてみたいと思います。
この番組は、これまで大学受験の進路伴奏200名以上、今は中高生向けの講座やコンテンツの企画に携わるこはるが、
学ぶ・遊ぶ・選ぶをテーマにお届けするチャンネルです。
日々の対話から生まれる違和感や、これって何でだろう?を拾いながら、新しい問いや視点を一緒に考えていきます。
こうするべき、以外の選択肢がちょっと見つかる、そんな立ち止まって考える時間をお届けしています。
子育てのプロだった母との思い出
さて、今日はね、私の母の話をしたいと思います。
実はね、私の母、私が言うのもおかしな話なんですけど、もう子育てのプロなんです。
もうね、子育てに関しては、もう私は母のこと、すっごく尊敬しています。
もちろんね、子育て以外のところでは、いやぁもうちょっとお母さんみたいになりたくないな、とか、
いやぁここはもうちょっとこうした方がいいでしょう、みたいなところは正直いっぱいあります。
いっぱいありますが、子育てのことについてね、今日はちょっと触れてみようかなと思っています。
私の母はですね、長年保育士として働いていて、実際の子育てでも私は4人兄弟の長女、一番上なんですけども、4人の子供を育てて、
今はもう65かな、5を過ぎて、子育て支援センターで支援員の仕事をしています。
休日は、おもちゃ学芸員の仕事、おもちゃ学芸員の資格っていうのかな、持っていたり、
ベビーマッサージの資格とかも持っているので、休日だったりとか支援センターでベビーマッサージの活動もしたりしています。
でね、こないだ、これから何かやりたいことあるの?っていうことを、父と母両方に私聞いていたんですよね。
そしたら母は、そうだな、これからやりたいのはね、次はおもちゃコンサルタントの資格を取りたいのよね、って言っていました。
普段木のおもちゃに触れる機会の少ない子供たちに、いろんなおもちゃを届けたい、そんなことをお話をしていました。
だからね、いつも支援センターに持っていくものとか、そのおもちゃ博物館で土日ボランティアをしているんですけども、
そこで作っていくおもちゃを家でも試作して、作っては動画を送ってくる、そんな母なんですよね。
だからね、とにかく子供と遊ぶことが大好きな人なんです。
で、私はそんな母に育ててもらいました。
で、うちは4人兄弟で、父はお仕事がとっても忙しくて、朝も家を出てくるのが早かったし、
平日も帰宅するのは9時とか10時が当たり前で、土日も母が一人で子供たちを見ていました。
いわゆるワンオペですよね。
それでも後編や図書館には本当によく連れて行ってくれて、絵本もたくさん読んでくれました。
おやつやご飯もよく手作りだったし、お弁当なんかで私、冷凍食品が入っていたことってほとんど見たことがないなって、今振り返っても思っています。
そう、だからね、母と過ごした楽しい思い出っていうのが今でもたくさんあります。
だから私は母親になったら自然と母のように子育てするんだろうなって思っていたんですよね。
ところが、ところがですね、私できないんですよ、全然。
特にね、小さな子供と遊ぶことが実はあんまり得意ではないんです。
子供はね、大好きなんですよ。
でも、おままごとに延々付き合ったりとか、次の遊びを思いついて子供を笑わせたりとか、母のようにできないんです。
だから実家に帰ると子供たちはバーバー、つまり私の母ですね、母と遊ぶのが本当に楽しそうなんです。
母も楽しそうだし、私もケラケラ笑っている。
母と違う自分を認めるまで
それを見てね、もちろん嬉しいんです。
0歳1歳の時とかは、ご飯のあげ方とかお風呂の入れ方とか、そういったところも全部母に教えてもらいました。
でもその姿を見ながら、私こんな風に遊んであげられてないなって、なんだかいつも苦しかったんですよね。
すいません、ちょっと涙が出てきちゃったんですけど。
今回結構私がなぜマザーズティーチャーの資格を取って活動しているかっていうところにもつながってくるお話なんですけど、
どうして私は母のようにできないんだろう。
母にしてもらってあんなに嬉しかったことを自分の子供に返せないんだろうっていう気がして、すっごく情けない期間が長かったんですよね。
これを母に責められたわけではないんですよね。
もっとちゃんとやりなさいとか、こういう時はこうした方がいいよとか。
ただ私自身が母と自分を比較して勝手に自分に罰をつけていたんです。
もしかしたら実家に帰るのが少し辛かった時期もあったように思います。
大好きな母親としてうまくやれていない自分を見せたくなかったのかなって、今はそんな風に思っています。
余談なんですけど、私、社会人になってから保育士の資格まで取ってるんです。
そうなんですよ。
働きながらよく勉強したなって思うんですけど、もちろんこれは純粋に私も保育のこと、子供のことをもっと学んでみたいなっていう気持ちもあったんですけど、
どこかで、母にできるんだから私にもできるはずって思っていたのかもしれません。
いやいや、そもそも違う人間なのに、そんな風に思っていたんですよね。
でも当時は、母の存在が自分を苦しめる基準になっていたことすら気づいていませんでした。
そんな私がマザーズコーチングを学んで、少しずつ変わってきたことがあります。
それは、母と私は違う人間なんだなって受け入れられるようになったこと。
これね、当たり前なんです。
当たり前なんだけど、私にとっては大きな変化でした。
例えば、小さな子供と遊ぶことが得意ではない。
それは私の一つの特徴なんですよね。
でもそこに、だから私はダメな母親なんだ、という評価をつけていたのは自分自身だった。
母は小さな子供と遊ぶのが大好き。
私は子供と話をしたり、一緒に考えたり、新しいことを発見することが大好き。
だから息子と話をしていたら、いつの間にか人生相談みたいになっていることもあります。
子供との関わり方もそれぞれ違っていいんですよね。
そう思えるようになって、随分楽になった気がしています。
そしてもう一つ、そもそも私は、なぜ母の子育てが正解だったと思っていたんでしょうかね。
もちろん私は子供好きな母に育ててもらって、ありがたかったな、幸せだったなって思っていますし、
本当に65も過ぎてまだまだやりたいことがあって、いろんなことにチャレンジして、
自分の子供以外の子供たちにも愛を向けて、そんな姿を見せてくれた母を尊敬しています。
でもね、私にとって素敵な母、私にとって大好きな母だったっていうことと、
母の子育てが唯一の正解であるということは違うんですよね。
なのに私はその2つを一緒にしていた。
自分で決めたわけではない基準に自分自身が縛られていたんです。
帰省で伝えた本音と母の言葉
そんなことに少しずつ気づくようになった頃、今回、久しぶりに実家に帰ったんです。
母と話をしていて、ふとこんな言葉が口から出てきました。
私、お母さんみたいに子育てできなかったこと、できないこと、結構つらかったししんどかったんだよね、
って別に今日こそ伝えようって決めていたわけじゃないんです。
本当に自然に出てきた言葉でした。
たぶん自分の中で私と母は違う存在なんだ。
子育ての仕方だって違っていいっていうことを自分の中で認められたんだと思います。
すると母がね、そうだったの、話してくれて本当にありがとうって言ってくれたんです。
もしかしたら母にとっても自分の存在が娘の子育てを苦しくしていたのかもしれない、
そんなふうに思ってちょっとショックだったかもしれません。
でもその後に母は、私は専業自由の時もあったし、
あなたのように仕事をしながらではなかったから、だからできたこともいっぱいあるのよ、って言ってくれたんですよね。
でも母にそう言ってもらえたから、初めて楽になったわけではないんですよね。
たぶんそれまでに自分の中でも少しずつ変化だったり葛藤だったり、
以前なら見せたくなかった気持ちを自然に話せたんだと思います。
親を基準にしない子育てを考える
そして今回改めて考えたことがあります。
私は母のような子育てがしたくて苦しんでいました。
でも反対に自分の親のようにはなりたくないと思いながら子育てをしていらっしゃる方もいると思います。
もちろん私の母も完璧な神ではないので、子育て以外のところに関してはちょっとどうなの?って思うところももちろんありますよ。
そういったところは私も真似したくないなって思っています。
絶対に同じことはしたくない、そう思っているのに、
ふと子供に親と同じ言葉をかけてしまってハッとしたり、
もしかしたら自分も同じようになってしまうんじゃないかって不安になったり、
もちろん育ってきた環境も、経験してきたことも違いますし、
同じ苦しさとして語れるものではないと思います。
でも私は少し構造的に共通するものがあるんじゃないかなって思うんですよね。
それはどちらも基準があの人になっているということ。
あの人のようになりたい、あの人のようにはなりたくない、
方向は正反対でもどちらもあの人を基準に自分の子育てを考えている。
もちろん育ててくれた人がお母さんではない方もいると思います。
お父さんや祖父母、別の大人だったという方もいらっしゃると思います。
でも私たちは自分が育てられた経験から、子育てはこういうものだというイメージを持ちやすいのかもしれません。
というか子育ての見本とか手本になるものって自分がされてきたものしかないんですよね。
ないというか知らない。
子供が生まれて母になって子育てのやり方って誰かに教えてもらえましたか?
教わる機会ってないんですよね。
だからやっぱり自分がしてもらってきたこと、それが基準になってしまう。
でもそれが唯一の正解とは限らないんですよね。
私は普段から子供には自分で考えて自分で選んでほしいって思っています。
受験生と関わる時もずっと大切にしてきました。
なのに自分の子育てには母の正解を追いかけていた。
いやいやいや、私が一番自分で選べてなかったじゃん。
そしてこれ受験生を持つママさんにもつながる話だと思うんです。
自分が受験で苦労したから子供には同じ思いをさせたくない。
自分の親は勉強を見てくれなかったから私はちゃんと見てあげたい。
自分が子どもに渡したいもの
そんな思いも子供を大切に思うからこそ生まれるのかもしれません。
でもそれって本当に目の前のお子さんが望んでいることなのでしょうか。
自分がしてもらったことと子供が知ってほしいことは必ずしも同じではないかもしれません。
だからこそ私も立ち止まって考えていきたいなって思っています。
私が知っている子育ての形だけが正解ではない。
今日のお話もし少しご自身にも当てはまるなって思うところがあったら
ぜひ今日は試してみてほしいことがあります。
それは私が思い描いている良い母親って誰の姿なんだろうと自分に聞いてみること。
自分のお母さんなのか周りのママなのかSNSで見かける誰かなのか。
そしてもし思いを浮かぶ人がいたら
その人と同じようにしなくても私が子供に渡したいものって何だろう
そんな風に考えてみてもいいのかもしれません。
私はこれからも母のことが好きだし尊敬しています。
でも母と同じ母親にならなくてもいい。
私は私のやり方で子供たちと関わっていきたいと思っています。
まあでも母の遊ぶ才能は本当に分けてほしいなって思います。
どんな子供でも心を開いちゃうんですよ。
本当にすごいなって思います。
皆さんはいかがでしょうか。
自分の親のようになりたいと思ってきた方。
反対に親とは違う子育てをしたいと思ってきた方。
あるいは別の誰かを理想にしてきた方。
ぜひコメントやレターで教えてください。
今日も最後まで聞いてくださって本当にありがとうございました。
またお目見にかかりましょう。
小春でした。
18:58

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